ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「あなたの想像していたとおりの展開となりましたね。照明のオンオフを切り替えることで僅かな時間であっても視覚を奪い、動揺している隙に攻撃を加えるというのは見事な戦術です」
リヌスがツグミに言う。
「ええ。特に暗視モードになっている時に照明が点灯した際に目が眩んでしまうのは、暗くなって何も見えなくなる時よりもキツイです。影浦隊長が村上隊員の攻撃を避けきれなかったのも仕方がありませんね。わたしの場合、戦闘中は常にゴーグルを装着していて暗闇になった時にはトリオン体の反応を追えますから暗視モードに切り替える必要はなく、また明るくなった時もゴーグルのおかげで眩しい思いをせずに済みます。この強化視覚がエウクラートンの人間特有の能力だなんて知らなくて、ずっとサイドエフェクトだと思っていました」
「ただし能力に個人差はあります。どういう理由かわかりませんが、エウクラートンの人間は視力に関して他の国の
「つまりリヌスさんは小さい頃から優秀だったってことになりますね。『俺の部隊はキオンの諜報部隊の中でもエリート中のエリートだ』とゼノン隊長が自慢していましたけど、その一員に選ばれたんですからリヌスさんは凄いです」
「あ…いや、そういうつもりで言ったわけではないんですけど…」
リヌスは自分とツグミに共通点があることが嬉しくて言っただけである。
ついうっかり自慢するような言い方になってしまったが本人にはそのつもりはまったくない。
ただ結果として好意を抱いている女性に褒められることになり、頭を掻きながら目尻を下げてしまう。
精悍な面構えで任務を黙々と遂行していたリヌスの締まりのない顔を見たゼノンが表情を強ばらせた。
(寡黙な男だったが
続いてモニターに視線が釘付けになっているテオを見る。
(こいつはまだ子供だ。家族と一緒にいるのが一番良いに決まっている。だが生まれてからずっと二等市民であった人間にとっては三等市民の暮らしは想像以上に堪えるだろう。それを家族に強いることになるのだから、こいつにとっては二重の責め苦となる。もし殉職したことにして
試合そっちのけで部下たちの心配をするゼノン。
帰国の際にリヌスとテオをどうするのかはほぼ決めているのだが、まだ少し迷っているようである。
「ゼノン隊長、どうかしましたか?」
試合を見ていても心ここにあらずと言った様子で、その上険しい表情でいるゼノンのことが気になったものだから、ツグミは声をかけた。
「え? …あ、いや…何でもない」
言葉を濁すゼノンだが、ツグミは彼の考えていることに見当が付いた。
「そうは言っても難しい顔をしています。もしかしたら帰国した時のことを考えていらっしゃるのではありませか?」
「…まあ、そんなものかな」
「帰国すれば皆さんがそれ相応の罰を受けなければならないことはわかっています。でも今からそのことを考えて落ち込んでいても意味ありませんよ」
そう言って微笑むツグミ。
「わたしはミリアムの
「俺たち3人はその
ゼノンが少々嫌味っぽく言うと、ツグミは慌てて言い直した。
「前言を訂正します。キオンの腕利き諜報員3人を手玉にとることができるほどの小娘ですから、大船に乗ったつもりで相談してください、ね」
するとゼノンは我慢しきれなくなって吹き出した。
「プッ…ハハハ…。君と話をしているとヘコんでいる自分が愚かしく感じられるな。どうして君はそう前向きに物事を考えることができるんだ?」
「前向きというよりも、まだ確定していない未来を憂いて今の自分が停滞してしまうようではいけないと思っているだけです。それに『いつか絶対にこうしてやる』と決めていたとしても、実際のその時点になったら『あ~、やめた』ということもあります。実を言うと、わたしは自分の体調の不良がキオンのトリオン兵のせいだと聞いてもの凄く腹が立ったんです。だから犯人を捕まえて『元の顔がわからなくなるくらいボコボコにする』って決めていました。それくらいしないと腹の虫が収まらないんですもの」
「「「……」」」
ツグミとゼノンの会話に耳を傾けていたリヌスとテオも彼女の言葉に絶句してしまった。
「でもわたしはそんなことしませんでしたし、これからもするつもりはありません。つまりその時の感情で未来に『これしかない』とか『こうするんだ』と思い込んでいても、必ずしもそれが実現・実行するとは限らないということです。だから未来に起こることを今のうちから勝手に想像して憂うのはバカバカしい。あまり能天気にしすぎるのもどうかと思いますが、落ち込んでいても良いことはありません。せっかく近付いた幸せにも気付くことなく逃げられちゃうことになりますよ」
「「「……」」」
「それにみなさんに罰を与える領主様?が大喜びするようなお土産をたくさん持って帰れば機嫌が良くなって減刑してくれるかもしれませんし。まあ、それはともかく今は試合を見ましょう。皆さんが帰国することになった時にどうしたらいいのか一緒に考えればいいんですから」
◆
玉狛第2や東隊は鈴鳴第一と直接対決はしていないものの、館内の照明が点いたり消えたりしていればこれが鈴鳴第一の作戦であると気付かないはずがない。
さっそく動いたのが遊真とヒュースで、危険を察した太一がコソコソと逃げ出そうとしていたところをヒュースの
「アレって…!」
迅が大規模侵攻でヒュースと戦った際にエスクードを2枚使い、ヒュースを挟み込んで拘束したという話をツグミは聞いていた。
それとまったく同じことを当人がやったのだから彼女も驚くわけだ。
「今のヒュース隊員の使った技は、本来盾として使うエスクードを2枚使うことで敵を挟んで捕えるというもので、彼にとっては因縁のある技です。というのも、彼が捕虜になったのは迅隊員にこの技で捕まってしまったからなんです。エスクードの使い方も迅隊員に教わるのが嫌で烏丸隊員に教わったくらいですから。そんな彼が同じ技で敵を捕えるなんて、ちょっと驚きました。…って、ええっ!?」
ツグミがモニターの向こう側で起きたことに驚きの声を上げた。
太一を
吹き抜けを利用して一気に6階の高さまで上がると、続いて遊真のグラスホッパーで直角に方向転換してあっという間に6階フロアに到着したのだ。
「これはまた面白い使い方ですね。わたしの知る限りエスクードの使い手は彼を含めて5人。わたしもそのひとりですが、エスクードを使ってジャンプするなんて想像もしていませんでした」
そう感想を言ってから彼女は付け加えた。
「でも空閑隊員のグラスホッパーでジャンプしても良かったんじゃないかと思うんです。まあ、何か理由はあるんでしょうけど、まだわかりません。…さあ、これで影浦隊と鈴鳴第一に玉狛第2のふたりが加わって三つ巴の戦闘となります」
戦闘フィールドでは来馬と村上、遊真とヒュースが影浦と北添をL字型で挟むような位置におり、それぞれが間合いを取って牽制していた。
こういった乱戦となる場合は影浦隊が有利なのだが、影浦が先の村上から受けたダメージでかなりのトリオンを失っている。
さらにヒュースというまだ手の内がまったくわからない相手を攻略する手段が見付からないのであれば無闇に動けない。
それは鈴鳴第一も同じことで、とりあえず玉狛第2がどう動くのか様子見をすることにしたようだ。
「ヒュース隊員はこれが初戦なのでトリガー構成が敵
一方、修は遊真たちとはまだ合流せず、5階フロアで階下にいるユズルや奥寺・小荒井を警戒していた。
バッグワームを使っていてもおおよその居場所は敵にバレているのだし、遊真たちと合流するにしてもその前に見付かってしまえば援護を受けることなく落とされてしまうのだから慎重に行動するしかない。
Round4で東の「壁抜き
「空閑隊員は影浦隊長・村上隊員との個人戦勝率を比べると不利なんですが、これは団体戦であってチームメイトとの連携によって勝敗は大きく左右されます。特に玉狛第2にはヒュース隊員という隠し玉があり、彼のトリオン能力なら
ツグミにとってもヒュースの情報は少ないものだから、玉狛第2がどのような作戦を組み立てているのか想像できずにいる。
(ヒュースは大規模侵攻で
ただし
(
ツグミは
彼女が弾丸トリガーを使うと言えば
ところがRound3では荒船相手に
諏訪隊に向けて頭上から
それは諏訪隊への攻撃と共に、荒船隊に
そして荒船に向けて
普段は滅多に使わない
(ユーマくんとヒュースならこちら側の人間には想像もできない奇想天外は技を見せてくれるに違いない。ランク戦が盛り上がれば盛り上がるほど隊員たちの士気は高まる。隊員全体のレベルアップも期待できるし、良い傾向よね…)
このB級ランク戦の結果の先にアフトクラトル遠征部隊選抜があり、それによって玉狛第2が
もし自分がランク戦に参加していれば玉狛第2が上位2位に入るのは厳しかっただろうが、彼女のリタイヤで可能性は見えてきた。
だから彼女はリタイヤしたことを残念だとは思いながらも、これで良かったのだと自分に言い聞かせて納得している。
(とにかくオサムくんたちには残り2戦を悔いのないように戦ってもらわなきゃね。…さて、今のうちから今日の戦勝祝いのご馳走を何にするのか考えておいた方がいいかも)
まだ玉狛第2が必ず勝つという気配はないものの、ツグミには彼らが勝って帰って来る姿が