ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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136話

 

 

「しかしあのエマという隊員の執念は恐ろしいな。自分が落とされればカゲウラ隊は全滅だとわかっていて、その死に際に2点も取ったその根性は賞賛に値する」

 

詳しい事情を知らないゼノンがそんな感想を漏らした。

 

「現在2位の影浦隊と4位の玉狛第2はお互いに『相手から点を取りたい、相手には点を取らせたくない』という状態にあり、先ほどの戦闘では来馬隊長を三雲隊長が落とせるチャンスに絵馬隊員が横取りして1点、さらに三雲隊長をも倒して一気に2点を奪いました。そうなると現在までの得点合計は影浦隊が36点で、玉狛第2が33点となり、玉狛第2は逆転するためにあと4点取らなければなりません。もし絵馬隊員が来馬隊長だけしか落とせなかった場合の影浦隊は35点で、玉狛第2は33点の2点差プラス三雲隊長の生存となります。さらに来馬隊長も落とすことができなければ玉狛第2に1点が入ったでしょうから影浦隊と玉狛第2は34点と同スコアになり、さらにプラス三雲隊長の生存。ここで影浦隊は全滅しましたから、後は玉狛第2が東隊の3人全員を緊急脱出(ベイルアウト)させ、生存点を得るしか逆転する道はありません。つまりここで絵馬隊員が2点取るか否かで影浦隊が現在の順位が守れるかどうか大きく関わってくるためにどうしても2点欲しかったわけです」

 

「なるほど、良くわかりました」

 

「このB級ランク戦では1・2位と3位以下の差は大きいです。上位2部隊(チーム)はA級への昇格のチャンスが得られることになりますから、どの部隊(チーム)も必死になって戦っています。特に暫定1位の二宮隊と2位の影浦隊は()()()()()のせいでB級降格となった元A級ですから、他の部隊(チーム)よりも気合の入れ方が違います。しかし今回は玉狛第2が遠征部隊選抜試験という目標を掲げており、そのためにはやはり上位2部隊(チーム)に入らなければなりません。三雲隊長たちはA級になりたいというより、こちらの方が重要ですね。空閑・雨取・ヒュース各隊員は遠征部隊に参加が確定しておりますから、部隊(チーム)全員で参加するためには絶対に負けられません。そういった理由でこの3部隊(チーム)が2つの枠を巡って激しく争っているのです」

 

ユズルの緊急脱出(ベイルアウト)によって激しい攻防が一区切りしたため、ゼノンだけでなくリヌスやテオもモニター画面から目を離してツグミの解説に聞き入っている。

 

「次回のRound8が今シーズンの最終戦となります。対戦相手は夜の部の結果次第ですが、暫定1位の二宮隊はほぼ確定していると思われます。ヒュース隊員は自分の持つ変化弾(バイパー)を隠しておきたいらしく、通常弾(アステロイド)に見せかけた『弾道を設定しない』弾しか使っていません。玉狛第2は影浦隊との得点差を縮めたいのですが、「あと4点()取らないと逆転できない」という状況が彼らに重くのしかかっていることでしょう。また東隊から点を取るのは難しいので、ここで切り札を使うことはせずに次の試合に温存しておこうと考えているのではないかとわたしは推測しました。ですが№1射手(シューター)の二宮隊長にそんなものは通用しません。この試合の経過を見ていればヒュース隊員の『変化弾(バイパー)の秘密』に絶対に気付きます。他の対戦相手になる部隊(チーム)でも気付いた人がいれば、これまで隠しておいたことが無駄になってしまうでしょう。変化弾(バイパー)を変化弾として使わないことに決めたヒュース隊員の判断が報われれば良いのですが、こればかりはわかりません」

 

遊真・ヒュース・千佳の玉狛第2、奥寺・小荒井・東の東隊。

奇しくも攻撃手(アタッカー)ふたりと狙撃手(スナイパー)ひとりというポジションが同じ組み合わせになったわけだが、置かれた状況は大きく違う。

ショッピングモールの中と居場所の判明している東隊に対し、千佳は屋外にいて居場所はまだバレていない。

千佳は「人を撃てない」ということになっており、彼女がここぞという場面で「撃つか否か」がこの試合の重要なポイントとなる。

 

「雨取隊員の技術では壁抜き狙撃(スナイプ)は無理です。彼女に()()()()()()()()ためには空閑隊員やヒュース隊員に()()を屋外に追い立ててもらうしかありませんが、東隊のメンバーがそう簡単に照準器(スコープ)の前に飛び出してくれるはずがありません。…っと、どうやら戦場に変化が見られたようです」

 

 

モニター画面のマップにはいくつものダミーの反応が表示された。

上階で影浦隊・鈴鳴第一・玉狛第2の3部隊(チーム)が激闘を繰り広げていた間に東がダミービーコンを撒いていたのだが、それを起動させたのだ。

 

「これは…東隊長が時々使うダミービーコンによるかく乱作戦ですね。ダミーの反応は動きを見ればわかるものですが、これだけたくさんあるとそれに意識を割かざるをえなく、隙ができればそこを襲撃されます。この作戦は面積が狭くいくつもの階層がある密閉された場所ということで効果は特に大きいです。ビーコンのトリオンが切れるまでの数分間、ここで東隊は本格的に仕掛けてくるはずです。その数分間を上手くやり過ごすことができるかどうかで玉狛第2の勝敗が決まるでしょうが、いっそのこと建物を破壊してこのダミービーコンの密集している空間から逃れ、屋外で戦うべきだとわたしは思います。そうなると雨取隊員が炸裂弾(メテオラ)を撃つしか方法はありませんね。このマップを見て装備をしていないとは思えません。それに雨取隊員が『人を撃てない』と言うなら人のいない場所を狙って建物を破壊すればいいだけです」

 

「え? 千佳ちゃんて人を撃てないの?」

 

ツグミの発言にゆりが驚いて訊いたが、逆にゆりが知らなかったことにツグミも驚く。

 

「ゆりさん、聞いていなかったんですか? チカちゃんは人を撃つことができなくて、そのことでずっと悩んでいるんですよ」

 

そう答えてから、ツグミは陽太郎を睨んで言う。

 

「ヨータロー、あんたがみんなにちゃんと説明しておいたんじゃないの? 玉狛第2のメンバーのプロフィールや戦力はわかる範囲で教えておく、おれに任せておけと自分から言ったんでしょ?」

 

すると陽太郎はしゅんとして答えた。

 

「すまん、わすれていた。しかしチカはレッドバレットそげきができるようになったのだから、人がうてなくてももんだいはない」

 

「そうかもしれないけど、これは重要な問題なのよ。ちゃんと役目を果たしなさい」

 

ツグミは陽太郎にそう言ってから、ゆりやゼノンたちに事情を説明する。

 

「たしかに敵の身体に重石を撃ち込んで機動力を奪うという鉛弾(レッドバレット)を付加した弾丸なら撃てますが、それはタダのその場しのぎであって根本的な解決をしなければいけないのは事実です。…とにかく雨取隊員は狙撃手(スナイパー)であっても人を撃つことができません。人体を破壊するという行為に嫌悪感を抱いていて、いざという時に躊躇してしまうのではないかと思いますが…。『人を撃ちたくない』というのは人間として当然の感情ですが、ボーダー隊員として近界民(ネイバー)と戦うのであれば、そんな感情は邪魔なだけです」

 

「ツグミちゃんは厳しいわね。あなたの言うことは正論だけど、それを今の彼女に強いるのはちょっと酷だわ」

 

ゆりが千佳を擁護するものだから、ツグミはあえて厳しく言った。

 

「彼女を甘やかすことに対して異議を唱えることはしませんが、()()()()()()()()()彼女のためを思うのなら、彼女の『問題』を取り除くことが重要です。人の姿をした()()を斬る、撃つという行為に対して罪悪感を抱いたり、生理的に受け入れられなかったりするのはボーダー隊員の誰もが通ってきた道です。そしてすぐに慣れてしまった人もいれば、鳩原さんのように最後までできなかった人もいます。そんな彼女のような悲劇を起こさないために()()()ことは必要不可欠なんです」

 

「……」

 

そこでゆりはツグミが「初めて生身の人間を斬ってしまった」時のことを思い出した。

 

(そうか、ツグミちゃんは第一次近界民(ネイバー)侵攻の時、換装が解けて生身になっていた近界民(ネイバー)をそれと気付かず斬り殺してしまったことがあったっけ。近界民(ネイバー)の戦争はトリガーによる攻撃でなければ効果がないのだから、敵が攻撃を仕掛けてきたのならトリオン体であるはずだと思い込んでいて、鉄パイプを握り締めて背後から襲ってきた近界民(ネイバー)を弧月で一刀両断にしてしまった。鉄パイプを剣と見間違えて咄嗟に斬り付けてしまったって言ってたけど、あの状況なら仕方がなかったことだわ。そしてその近界民(ネイバー)の血しぶきを浴びて初めて生身であったことに気付いた彼女は呆然としてしまって、それがきっかけでパニックになり正しい判断ができなくなって絶体絶命の危機に陥った。この時の彼女はまだ11歳。近界民(ネイバー)との戦いだって初めてのことだったから、そのショックは大きかったのよね。今の彼女なら冷静に見極めて、敵がトリオン体でないことに気が付いて()()()にしたでしょう。あの時、彼女はボーダーを辞めると言い出すかと思ったけど今でも続けている。彼女は強いわ。だけど誰もが彼女のように強くいられるわけじゃない。鳩原さんのことだけでなく彼女自身の経験もあるから、千佳ちゃんが同じようなことにならないよう心を痛めているんだわ。だから厳しいことを言ってしまうのね)

 

ゆりの表情が曇ったことで、ツグミは彼女が自分の過去の事件のことを思い出したことを悟った。

ツグミが殺してしまったのは彼女と同世代の少年兵で、その事件から半年ほど彼女は肉類を一切口にすることができなくなり、夜に寝ていてもその時の光景が悪夢となって現れるものだから睡眠障害に陥り、さらに登校することもままならない時期があった。

もっとも第一次近界民(ネイバー)侵攻の直後は三門市全体がツグミのような心に傷を負った人間ばかりであったから、世間では彼女の情緒不安や不登校など特に問題にはされなかった。

ツグミが人を殺してしまったとは言ってもそれは戦争の中のことであり、それも過失であったのだから自分を責める必要などない。

しかし子供の彼女には善とか悪とかは関係なく、ただ自分と同世代の人間の命を奪ってしまったという()()のみが重くのしかかって、身動きができなくなってしまっていたのだ。

以前に千佳から「ツグミさんは初めから人を撃つことができたんですか?」と訊かれた時にツグミは「人を斬った時の感触は慣れるまでに()()()()時間がかかった」と答えたが、過酷で悲惨な状況であったことを隠して大したことではなかったフリをしただけである。

ツグミにとって忘れてしまいたい出来事ではあるが、忘れてはいけない事実として深く記憶に刻み付けている。

 

「ボーダーや近界民(ネイバー)の戦いでは()()()に生身の身体に傷が付くことはありません。しかしそれは絶対というのではなく、万が一には人の命を奪ってしまうこともありうるんです。そして危害を加えてしまった本人の心に深い傷を残し、その傷を癒す方法はありませんから死ぬまで苦しむことになります。そんな苦しみを味わうのはわたしだけにしてほしいものです」

 

ツグミはそう言って固く握り締めていた両手を開いた。

手のひらには彼女自身の爪の跡がある。

中央部分に爪が刺さるほど強く握り締めていたために跡が付いたようで、血は出ていないがひどく痛々しい。

自分の無力さや取り返しのつかない過去を悔いて、行き場のない感情が溢れ出しそうなのを抑えていたのだろう。

彼女の言葉だけでは過去に何があったのか詳しくはわからないが、リヌスは自分と同じく過去に「人を殺した」経験があることを察したようで、自分の心の中を悟られまいとして顔を背けた。

 

(これまでの私は人を殺めたところで何の感情も湧かなかった。任務であれば当然のことであり、任務以外のことであっても赤の他人の命が失われたところで私には何の関わりもない。幼い頃から多くの『死』に囲まれていたものだから、感覚が麻痺していたのかもしれないな。もっとも兵士として戦うのだからそれは都合が良かった。ところが彼女も同じように身近な人間の数多くの死に接していたそうだが、彼女は私のようにはならなかった。今でも自分が死なせてしまった近界民(ネイバー)に対して罪の意識は消えず、胸の中に癒えない傷を抱いたままで生き続けているのだろう)

 

リヌスはちらりとツグミの顔を見た。

彼女はモニター画面をじっと見つめていて、リヌスの様子には気付いていないようだ。

 

(彼女はたくさんの『死』に囲まれているからこそ、人間の命について真摯に向かい合っており、けっして逃げることはない。『生』を何よりも大切にしているから、それと対になる『死』に対して目を背けることもないのだ。人の命を守ることも奪うこともできる力を持っている彼女は、その力に対しての責任を果たさなければならないと考えていて、だからこそミリアムの(ブラック)トリガーの所有者となった責任を果たさねばならないと、自らの身を危険に晒すようなことまでしてでも正しく使おうとしているに違いない。もし私が彼女の立場であったとしても同じようにはできないだろう。私には彼女のような人間らしい感情は持ち合わせていないのだから)

 

リヌスは自己否定しているものの、かつての彼であったならこんなことすら考えなかったはずである。

ツグミと出会ってから彼女に個人的な興味を持つようになり、そのうちに彼女へ好意を抱くようになった。

敵であったはずの相手に対して無邪気に笑顔を見せ、他人ことであってもまるで自分のことのように一緒に喜んだり哀しんだりするツグミ。

そんな彼女の中に「本来の人間のあるべき姿」を見付け、リヌスは人間らしい感情を取り戻しつつあった。

彼がツグミに惹かれたのは、自分が失ってしまった大切なものを持っており、それを取り戻させてくれる存在であると無意識に気付いたからであろう。

とはいえ、リヌスが一番欲しいと願っているものは彼女からは得られない。

なにしろツグミと迅は比翼の鳥であり、片方が失われたらもう片方は死んでしまう。

ふたりの間には誰であっても立ち入る隙などなく、リヌス本人もそのことについては薄々勘付いているのだが、キオンに帰国することで諦められるだろうと考えているから冷静だ。

それでもこうして隣に座って一緒にいられる時間を大切にしている。

 

(帰国すれば厳罰が待っており、死ぬまで収容所で暮らすことになる。ならばせめて幸せな想い出を心の支えにして生きても良いではないか…)

 

リヌスの悲愴な胸の内は誰に気付かれることもなく、彼の未来は本人が考えてもいなかった方向へ進むことになるのだが、それはまだしばらく先のことである。

 

 

 

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