ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「しかしあのエマという隊員の執念は恐ろしいな。自分が落とされればカゲウラ隊は全滅だとわかっていて、その死に際に2点も取ったその根性は賞賛に値する」
詳しい事情を知らないゼノンがそんな感想を漏らした。
「現在2位の影浦隊と4位の玉狛第2はお互いに『相手から点を取りたい、相手には点を取らせたくない』という状態にあり、先ほどの戦闘では来馬隊長を三雲隊長が落とせるチャンスに絵馬隊員が横取りして1点、さらに三雲隊長をも倒して一気に2点を奪いました。そうなると現在までの得点合計は影浦隊が36点で、玉狛第2が33点となり、玉狛第2は逆転するためにあと4点取らなければなりません。もし絵馬隊員が来馬隊長だけしか落とせなかった場合の影浦隊は35点で、玉狛第2は33点の2点差プラス三雲隊長の生存となります。さらに来馬隊長も落とすことができなければ玉狛第2に1点が入ったでしょうから影浦隊と玉狛第2は34点と同スコアになり、さらにプラス三雲隊長の生存。ここで影浦隊は全滅しましたから、後は玉狛第2が東隊の3人全員を
「なるほど、良くわかりました」
「このB級ランク戦では1・2位と3位以下の差は大きいです。上位2
ユズルの
「次回のRound8が今シーズンの最終戦となります。対戦相手は夜の部の結果次第ですが、暫定1位の二宮隊はほぼ確定していると思われます。ヒュース隊員は自分の持つ
遊真・ヒュース・千佳の玉狛第2、奥寺・小荒井・東の東隊。
奇しくも
ショッピングモールの中と居場所の判明している東隊に対し、千佳は屋外にいて居場所はまだバレていない。
千佳は「人を撃てない」ということになっており、彼女がここぞという場面で「撃つか否か」がこの試合の重要なポイントとなる。
「雨取隊員の技術では壁抜き
モニター画面のマップにはいくつものダミーの反応が表示された。
上階で影浦隊・鈴鳴第一・玉狛第2の3
「これは…東隊長が時々使うダミービーコンによるかく乱作戦ですね。ダミーの反応は動きを見ればわかるものですが、これだけたくさんあるとそれに意識を割かざるをえなく、隙ができればそこを襲撃されます。この作戦は面積が狭くいくつもの階層がある密閉された場所ということで効果は特に大きいです。ビーコンのトリオンが切れるまでの数分間、ここで東隊は本格的に仕掛けてくるはずです。その数分間を上手くやり過ごすことができるかどうかで玉狛第2の勝敗が決まるでしょうが、いっそのこと建物を破壊してこのダミービーコンの密集している空間から逃れ、屋外で戦うべきだとわたしは思います。そうなると雨取隊員が
「え? 千佳ちゃんて人を撃てないの?」
ツグミの発言にゆりが驚いて訊いたが、逆にゆりが知らなかったことにツグミも驚く。
「ゆりさん、聞いていなかったんですか? チカちゃんは人を撃つことができなくて、そのことでずっと悩んでいるんですよ」
そう答えてから、ツグミは陽太郎を睨んで言う。
「ヨータロー、あんたがみんなにちゃんと説明しておいたんじゃないの? 玉狛第2のメンバーのプロフィールや戦力はわかる範囲で教えておく、おれに任せておけと自分から言ったんでしょ?」
すると陽太郎はしゅんとして答えた。
「すまん、わすれていた。しかしチカはレッドバレットそげきができるようになったのだから、人がうてなくてももんだいはない」
「そうかもしれないけど、これは重要な問題なのよ。ちゃんと役目を果たしなさい」
ツグミは陽太郎にそう言ってから、ゆりやゼノンたちに事情を説明する。
「たしかに敵の身体に重石を撃ち込んで機動力を奪うという
「ツグミちゃんは厳しいわね。あなたの言うことは正論だけど、それを今の彼女に強いるのはちょっと酷だわ」
ゆりが千佳を擁護するものだから、ツグミはあえて厳しく言った。
「彼女を甘やかすことに対して異議を唱えることはしませんが、
「……」
そこでゆりはツグミが「初めて生身の人間を斬ってしまった」時のことを思い出した。
(そうか、ツグミちゃんは第一次
ゆりの表情が曇ったことで、ツグミは彼女が自分の過去の事件のことを思い出したことを悟った。
ツグミが殺してしまったのは彼女と同世代の少年兵で、その事件から半年ほど彼女は肉類を一切口にすることができなくなり、夜に寝ていてもその時の光景が悪夢となって現れるものだから睡眠障害に陥り、さらに登校することもままならない時期があった。
もっとも第一次
ツグミが人を殺してしまったとは言ってもそれは戦争の中のことであり、それも過失であったのだから自分を責める必要などない。
しかし子供の彼女には善とか悪とかは関係なく、ただ自分と同世代の人間の命を奪ってしまったという
以前に千佳から「ツグミさんは初めから人を撃つことができたんですか?」と訊かれた時にツグミは「人を斬った時の感触は慣れるまでに
ツグミにとって忘れてしまいたい出来事ではあるが、忘れてはいけない事実として深く記憶に刻み付けている。
「ボーダーや
ツグミはそう言って固く握り締めていた両手を開いた。
手のひらには彼女自身の爪の跡がある。
中央部分に爪が刺さるほど強く握り締めていたために跡が付いたようで、血は出ていないがひどく痛々しい。
自分の無力さや取り返しのつかない過去を悔いて、行き場のない感情が溢れ出しそうなのを抑えていたのだろう。
彼女の言葉だけでは過去に何があったのか詳しくはわからないが、リヌスは自分と同じく過去に「人を殺した」経験があることを察したようで、自分の心の中を悟られまいとして顔を背けた。
(これまでの私は人を殺めたところで何の感情も湧かなかった。任務であれば当然のことであり、任務以外のことであっても赤の他人の命が失われたところで私には何の関わりもない。幼い頃から多くの『死』に囲まれていたものだから、感覚が麻痺していたのかもしれないな。もっとも兵士として戦うのだからそれは都合が良かった。ところが彼女も同じように身近な人間の数多くの死に接していたそうだが、彼女は私のようにはならなかった。今でも自分が死なせてしまった
リヌスはちらりとツグミの顔を見た。
彼女はモニター画面をじっと見つめていて、リヌスの様子には気付いていないようだ。
(彼女はたくさんの『死』に囲まれているからこそ、人間の命について真摯に向かい合っており、けっして逃げることはない。『生』を何よりも大切にしているから、それと対になる『死』に対して目を背けることもないのだ。人の命を守ることも奪うこともできる力を持っている彼女は、その力に対しての責任を果たさなければならないと考えていて、だからこそミリアムの
リヌスは自己否定しているものの、かつての彼であったならこんなことすら考えなかったはずである。
ツグミと出会ってから彼女に個人的な興味を持つようになり、そのうちに彼女へ好意を抱くようになった。
敵であったはずの相手に対して無邪気に笑顔を見せ、他人ことであってもまるで自分のことのように一緒に喜んだり哀しんだりするツグミ。
そんな彼女の中に「本来の人間のあるべき姿」を見付け、リヌスは人間らしい感情を取り戻しつつあった。
彼がツグミに惹かれたのは、自分が失ってしまった大切なものを持っており、それを取り戻させてくれる存在であると無意識に気付いたからであろう。
とはいえ、リヌスが一番欲しいと願っているものは彼女からは得られない。
なにしろツグミと迅は比翼の鳥であり、片方が失われたらもう片方は死んでしまう。
ふたりの間には誰であっても立ち入る隙などなく、リヌス本人もそのことについては薄々勘付いているのだが、キオンに帰国することで諦められるだろうと考えているから冷静だ。
それでもこうして隣に座って一緒にいられる時間を大切にしている。
(帰国すれば厳罰が待っており、死ぬまで収容所で暮らすことになる。ならばせめて幸せな想い出を心の支えにして生きても良いではないか…)
リヌスの悲愴な胸の内は誰に気付かれることもなく、彼の未来は本人が考えてもいなかった方向へ進むことになるのだが、それはまだしばらく先のことである。