ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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137話

 

 

東隊にとって圧倒的に有利な状況のマップだったが、千佳の炸裂弾(メテオラ)によって一変してしまった。

彼女の放った超巨大なトリオンキューブは建物の南半分を木っ端微塵にし、さらにはその至近距離にいた奥寺を巻き込んで緊急脱出(ベイルアウト)させてしまうというアクシデントまで起きた。

この光景を目にした誰もが驚嘆し、特に千佳のトリオン能力を知らなかったゼノンたちは言葉を失ってしまう。

近界(ネイバーフッド)の国々に詳しい彼らでも、千佳ほどのトリオンを持つ人間は非常に珍しい存在なのだ。

ヒュースのようにアフトクラトルの人間は(ホーン)トリガーによってトリオン量を上げ底していたり、(ブラック)トリガーを使用することで一時的にトリオン量が増えるということはあるが、彼女はノーマルトリガーを使用して()()威力であるから驚くのも無理はない。

リヌスが彼女とほぼ同量であるが、狙撃手(スナイパー)であるからトリオンキューブを丸ごと撃つような使い方をしたことはない。

もし彼がボーダーのトリガーをマスターすれば、同じような破壊力を持つ炸裂弾(メテオラ)を撃つことができるようになるだろう。

 

「さっきの話だと、あの子は人を撃てないのではなかったのか?」

 

ゼノンが驚いた顔のままでツグミに訊いた。

 

「たぶんあれは事故です」

 

「事故?」

 

「はい。彼女は『わたしは人を撃つことができない』と()()のですから、三雲隊長からの指示は『人のいない場所を狙って炸裂弾(メテオラ)を撃て』だったはず。しかし威力が予想以上であったために、たまたま近くにいた奥寺隊員を巻き込んでしまっただけでしょう。…しかしこれはラッキーな展開ですね」

 

「それは想定外の退場者を出したからかい?」

 

「いいえ。もちろんそれもありますが、それだけではありません。雨取隊員が人を撃てないことは誰もが知っています。しかし今の彼女は奥寺隊員を『撃った』ことになっていて、彼女が『今後も人を撃つことができるのか、それともこれは事故であってやはり人を撃つことができないのか』がわからない状態です。後者であれば彼女が積極的に撃ってくることはないでしょうが、前者であれば次に狙われるのは自分かもしれないと戦々恐々とするわけです。まあ、東隊長ならそんなことはないでしょうが、小荒井隊員はチームメイトがすぐそばで吹き飛ばされるのを見ているわけですから動揺しないはずがありません。これで少々東隊の勢いを削ぐことができたことでしょう」

 

ツグミの説明でゼノンも納得したらしく、再びモニター画面に目を戻した。

同様にツグミもモニター画面を見るのだが、玉狛第2の今後の動きを考えながらである。

 

(これで建物の壁が壊れたのだからユーマくんとヒュースが外に出て、チカちゃんの炸裂弾(メテオラ)で焼き払うという手もある。でもそんなことはありえないわね。というか、この状態でオサムくんが彼女に2発目を撃たせるとは思えないもの。人が撃てない()()の彼女に東さんたちを狙って撃てと命令しても無理だし、何よりオサムくんが彼女の嫌がることは絶対にさせないから。そんなことでグズグズしていると、東さんと小荒井くんが自発的に緊急脱出(ベイルアウト)してしまう可能性が高くなる。今の玉狛第2は1点でも多く点が欲しいのだから、絶対に逃がしてはならないのに)

 

そして東隊がこの状況でどうするのかを考えた。

 

(まずはこのまま屋内で戦うのか、それとも屋外に出て戦うのかだけど、建物が半分吹き飛んだことで屋内の有利は消えてしまった。そしてチカちゃんがショッピングモールの南にいるって判明したのだから、彼女を倒してしまえば狙撃手(スナイパー)は東さんひとりだけになって屋外で戦う方が有利となる。でも小荒井くんは奥寺くんという相棒を失ってしまったことで戦力は半減以下の状態。それにそばにいた奥寺くんが緊急脱出(ベイルアウト)してしまったくらいの威力だもの、小荒井くんが無傷でいるとは思えない。片手になっていれば弧月は握りにくいし、片脚になっていれば機動性が失われる。どちらにしても見付かったらアウトだから、今はバッグワームで姿を隠して動かないでいるんでしょうね。彼の性格だと奥寺くんの仇を討ちたいだろうけど、これは個人(ソロ)戦じゃなくて部隊(チーム)戦。個人の気持ちよりも部隊(チーム)のためにこれ以上の被害を出さないようと、自分の気持ちをぐっと我慢することが必要だって理解しているはず。いくら東さんの援護があるといっても手負いの攻撃手(アタッカー)ひとりじゃユーマくんとヒュースには勝てないということで撤退する道を選ぶわね。さて東さんはどんな判断を下すのかな?)

 

 

その頃、戦闘フィールドではヒュースによって「大量のエスクードを出現させて通路を塞ぐ」という作戦が進んでいた。

 

「これは…先ほどの炸裂弾(メテオラ)によって開いた南側を雨取隊員に任せ、北側からはヒュース隊員がエスクードで東隊を逃げられないように追い詰めている…ようですね。他の逃げ場所を探してウロウロしていれば空閑隊員に見付かってしまうという状況になり、東隊は撤退する他に道はなさそうです。…しかしこのヒュース隊員の戦術はわたしから見れば愚策ですね」

 

ツグミの言い方に何かひっかかるものがあり、ゆりが彼女に訊く。

 

「どうして愚策だと言うの? 北側からヒュースくんがエスクードで壁を作って追い詰め、南側の大きな穴が開いたところを千佳ちゃんがカバー、他の出口を探してウロウロしていれば遊真くんが奇襲をかける。わたしは完全な布陣だと思うけど」

 

「いいえ、知将・東春秋を相手にしているのですから、もっと斜め上をいく誰もが考えもしない奇策でなければ意味ありません」

 

「そうかしら? ヒュースくんのエスクードで東隊の逃げ道を限定するなんて誰も考えていなかったはずよ」

 

「はい。ヒュース隊員のエスクードでの壁については誰も想像できませんが、獲物を逃がさないように逃げ道を限定して追い込むという作戦は誰でも考えますし平凡すぎて面白味がありません。それに追い詰めすぎて『撤退』しか道がないとなれば自発的に緊急脱出(ベイルアウト)してしまい、玉狛第2は貴重な得点チャンスを失うことにもなりかねません」

 

「それならツグミちゃんだったらどうするのかしら?」

 

少し意地悪そうな言い方で質問するゆり。

 

「わたしが三雲隊長の立場であったなら、雨取隊員に炸裂弾(メテオラ)を撃たせます。もちろん東隊のふたりを巻き込んで緊急脱出(ベイルアウト)させるためです」

 

「でも千佳ちゃんは人を撃てないんでしょ?」

 

「いいえ。彼女は『撃てない』のではなく『撃ちたくない』だけです。今回のことでハッキリしました。すでに1発撃ち、奥寺隊員を緊急脱出(ベイルアウト)させてしまったというのに、彼女はまだ戦闘可能な状態で待機しています。動揺はしているでしょうが、戦闘できるというのであればわたしは『撃て』と命じます。もし『撃てない』と返事をしたなら、わたしは隊長として彼女を除隊(やめ)させます。わたしは三雲隊長のように彼女を甘やかしたりはしません。除隊が嫌なら彼女は()()撃ちます。なにしろ彼女は追い込めば撃つはずなんです。『撃てない』のではなく『撃ちたくない』だけなんですから。もし彼女が本当に『撃てない』なら、今頃は手が震えてライトニングを構えていられるはずがありません。鉛弾(レッドバレット)を付加した弾なら撃てるというのなら人を『撃てる』のであり、重石を付けられて動けなくなるだけなら大丈夫だから『撃てる』で、人体が破壊されるのは嫌だから『撃てない』とワガママを言っているだけに思えます」

 

「それは少し言い過ぎじゃないの?」

 

「はい、わかりました。ではわたしの雨取隊員に対する個人的な感想はここまでにしておきます。…話を元に戻しますが、わたしならエスクードで逃げ道を封鎖するのではなく、空閑隊員とヒュース隊員に小荒井隊員を追うように見せかけ、屋内で戦闘を続けるつもりだと思わせます。東隊長は小荒井隊員の援護のために建物内に潜んでいるでしょうから、タイミングを見計らって雨取隊員に炸裂弾(メテオラ)を撃たせ、空閑隊員とヒュース隊員には床に固定したシールドで両防御(フルガード)させて身を守らせます。彼らのトリオン量ならこの方法で耐えられるはずで、一気に2点と生存点2点の計4点をゲットします。もし空閑隊員とヒュース隊員の防御力が足りなくて緊急脱出(ベイルアウト)してしまっても、雨取隊員が生存していれば生存点は得られますから問題はありません。さすがの東隊長でも()()()()()()()()()()()()()()()()味方を巻き込んでの炸裂弾(メテオラ)までは考えていないでしょう。東隊は撤退することを前提に動いているでしょうから、東隊長に策を考えさせる時間を与えず、一気にカタをつける作戦でいきます」

 

「……」

 

「それなのに実際はヒュース隊員がエスクードで北側から追い詰めてしまっていますから、東隊はダミービーコンを操作して南側に逃げる反応をいくつも作り、それに紛れて脱出するかもしれませんし、またダミービーコンを意味なく動かして心理的なプレッシャーをかけるという作戦も考えられます。南側に逃げると思わせて、その裏をかいて上階へ上り、屋上から東隊長が雨取隊員を狙撃するという手もアリです。とにかく今のやり方では東隊長に考える時間を与え、さらにいくつもの可能性を生み出させてしまうわけです。これはランク戦ですから勝っても負けても犠牲は出ません。しかしこれが実戦であり、敵に考える時間と逃げる隙、さらに反撃のチャンスを与えてしまったらどうなるでしょうか? 敵は倒せる時に確実に倒さなければいけません。ランク戦は単なるゲームではなく、実戦のための訓練なんですから」

 

その場にいた全員が黙り込んで、じっとツグミの言葉に耳を傾けていた。

彼女の戦術はともかく、ランク戦の意義と実戦に対する覚悟は正しい。

特にゼノンたちにとっては彼女の実戦に対する「敵は倒せる時に確実に倒さなければいけない」という考え方は自分たちのそれとまったく同じものであるから、話を最後まで聞くと大きく頷いた。

そしてこれでおしまいかと思いきや、何かを思い出したかのようにツグミが付け加えた。

 

「ああ、さっき『大量のエスクードを出現させて通路を塞ぐ』という戦術を愚策だと言った理由ですけど、あれだけ派手にエスクードを乱立させてしまえば、雨取隊員ほどではなくても相当なトリオン能力者であると自らからバラしているようなものです。せっかく変化弾(バイパー)通常弾(アステロイド)に見せかけていても、トリオン量の割には火力が弱いと誰でも疑問に思います。そしてアレが通常弾(アステロイド)ではなく変化弾(バイパー)であったことに気付いてしまうわけです。射手(シューター)のトリオンキューブはその人のトリオン能力に比例し、大きさや威力をコントロールできませんから、慣れた人間ならキューブの大きさでその人のトリオン能力がわかります。ヒュース隊員のキューブも通常のものよりは大きいことは明らかでしたが、その威力はイマイチ。追尾弾(ハウンド)でも炸裂弾(メテオラ)でも、ましてや通常弾(アステロイド)でもないとなれば、自然と答えは出てきます。もちろん気付かない人もいるでしょうが、B級上位グループに属する部隊(チーム)の隊員が気付かないはずがありませんよ」

 

トリオン消費の激しいエスクードを大量に出現させるという荒業は()の人間にはできないことだ。

これだけ派手に戦えば誰もがヒュースに興味を抱き、そのトリオン量の割にトリオンキューブの威力が低いことに疑問を抱く。

もし千佳が()()()人を撃つことができれば、ヒュースの真の実力を最終戦にまで温存しておくことができたはずである。

よって千佳の人が「撃てない」問題を解決せずに放置しておいたために()()()()を無駄に披露してしまったことになるのだ。

 

「まあ、それでも玉狛第2の隊長は三雲で、彼が雨取隊員の問題を『その場しのぎの技(レッドバレット)』で解決できた気でいるのですからそれでかまいません。ですがわたしの玉狛第3には彼女のような隊員は不要です。必要な場面で使えるか使えないかわからないような隊員は役に立たないどころか()()()でしかありませんから。彼女が戦力として不足していて、彼女を守りながら戦わなければいけないという足枷が付いてしまったら、他の隊員は思う存分戦えません。そのせいで誰かを死なせたり自分が死ぬようなことになれば後悔どころじゃ済みませんよ」

 

ついさっきまでは玉狛第2の戦いを見ていて一喜一憂していたツグミだというのに、千佳が炸裂弾(メテオラ)を撃ったあたりから様子が変わってしまった。

彼女の人が「撃てない」が「撃ちたくない」であると断言しただけでなく彼女の弱さを嫌悪し、さらにそれを黙認している修のことまで否定するようになってしまったのだ。

7歳で戦場に身を置く決心をしたツグミは自分の弱さを切り捨てて生きてきた。

そんな彼女から見れば千佳の覚悟は甘く、彼女を守ることだけしか頭にない修はもっと甘いとしか思えない。

遠征に参加しても周りの隊員たちが彼女たちを守って死なせることはないだろうが、彼女たちが周りの隊員たちを死なせてしまうことはありうる。

緊急脱出(ベイルアウト)システムのなかった頃の戦いを知らない人間はツグミの考えを取り越し苦労だと笑うだろうが、ボーダーのトリガーを無効化するトリガーが存在することを知れば笑うどころか顔が青ざめるに違いない。

ツグミの千佳や修に対して厳しい態度を示すようになったのはそういった理由があるからで、嫌いになったからというのではない。

失いたくない大切な玉狛の()()であるから、千佳には周りの人間に守られるだけでなく自分自身で戦う術を身に付け、そして同時に周りの人間を守れるようになってほしいと思うのは当然だ。

そんなツグミの気持ちも知らずに、問題の根本を解決せずその場しのぎで誤魔化している千佳とそれを許している修、そして問題を解決する方法が見付からない自分自身に腹を立てているからなのである。

 

ツグミの真意に気付いたゆりは静かに微笑んだ。

 

(そうね、あなたが意味もなく他人の人間性を否定するようなことをするはずがないもの。千佳ちゃんや修くんのことで厳しいことを言うものだからつい腹を立ててしまったけど、あなたは私よりもずっと彼女たちのことを良く知っている。自分にも他人にも厳しいあなただから、千佳ちゃんの問題を自分のことのように考えて悩み、解決できないものだから苛立っちゃうのも無理はないわね。あなたのことを誤解しちゃってごめんなさい)

 

 

ゆりの誤解は解けたものの、千佳の問題は解決しないままに玉狛第2の戦いは続いている。

ツグミの推測どおりに東隊は「撤退」を選択し、ダミービーコンを操作して玉狛第2をかく乱しながらショッピングモールを脱出する作戦を開始。

その様子を作戦室で見ていることしかできない修は重要な選択を迫られていた。

 

ツグミはそんな修に問いかける。

 

(いくつかのダミービーコンの反応が南側を目指している。それに紛れて東さんと小荒井くんが屋外に逃走して緊急脱出(ベイルアウト)してしまうだけならまだしも、チカちゃんを攻撃するかもしれない。彼女を逃がそうとして動かせば南側の守りがゼロになり、東さんたち無事に緊急脱出(ベイルアウト)できる。チカちゃんを守ろうとするならユーマくんかヒュースのどちらかが屋外へ出ることになるから、これもまた東隊に逃げるチャンスを与えてしまうことになる。どう動いても東さんと小荒井くんのふたりを倒して、生存点を含めた4点をゲットするのは無理。さあ、あなたはどういう判断をするのかしら、()()()()?)

 

 

 

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