ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
東隊にとって圧倒的に有利な状況のマップだったが、千佳の
彼女の放った超巨大なトリオンキューブは建物の南半分を木っ端微塵にし、さらにはその至近距離にいた奥寺を巻き込んで
この光景を目にした誰もが驚嘆し、特に千佳のトリオン能力を知らなかったゼノンたちは言葉を失ってしまう。
ヒュースのようにアフトクラトルの人間は
リヌスが彼女とほぼ同量であるが、
もし彼がボーダーのトリガーをマスターすれば、同じような破壊力を持つ
「さっきの話だと、あの子は人を撃てないのではなかったのか?」
ゼノンが驚いた顔のままでツグミに訊いた。
「たぶんあれは事故です」
「事故?」
「はい。彼女は『わたしは人を撃つことができない』と
「それは想定外の退場者を出したからかい?」
「いいえ。もちろんそれもありますが、それだけではありません。雨取隊員が人を撃てないことは誰もが知っています。しかし今の彼女は奥寺隊員を『撃った』ことになっていて、彼女が『今後も人を撃つことができるのか、それともこれは事故であってやはり人を撃つことができないのか』がわからない状態です。後者であれば彼女が積極的に撃ってくることはないでしょうが、前者であれば次に狙われるのは自分かもしれないと戦々恐々とするわけです。まあ、東隊長ならそんなことはないでしょうが、小荒井隊員はチームメイトがすぐそばで吹き飛ばされるのを見ているわけですから動揺しないはずがありません。これで少々東隊の勢いを削ぐことができたことでしょう」
ツグミの説明でゼノンも納得したらしく、再びモニター画面に目を戻した。
同様にツグミもモニター画面を見るのだが、玉狛第2の今後の動きを考えながらである。
(これで建物の壁が壊れたのだからユーマくんとヒュースが外に出て、チカちゃんの
そして東隊がこの状況でどうするのかを考えた。
(まずはこのまま屋内で戦うのか、それとも屋外に出て戦うのかだけど、建物が半分吹き飛んだことで屋内の有利は消えてしまった。そしてチカちゃんがショッピングモールの南にいるって判明したのだから、彼女を倒してしまえば
その頃、戦闘フィールドではヒュースによって「大量のエスクードを出現させて通路を塞ぐ」という作戦が進んでいた。
「これは…先ほどの
ツグミの言い方に何かひっかかるものがあり、ゆりが彼女に訊く。
「どうして愚策だと言うの? 北側からヒュースくんがエスクードで壁を作って追い詰め、南側の大きな穴が開いたところを千佳ちゃんがカバー、他の出口を探してウロウロしていれば遊真くんが奇襲をかける。わたしは完全な布陣だと思うけど」
「いいえ、知将・東春秋を相手にしているのですから、もっと斜め上をいく誰もが考えもしない奇策でなければ意味ありません」
「そうかしら? ヒュースくんのエスクードで東隊の逃げ道を限定するなんて誰も考えていなかったはずよ」
「はい。ヒュース隊員のエスクードでの壁については誰も想像できませんが、獲物を逃がさないように逃げ道を限定して追い込むという作戦は誰でも考えますし平凡すぎて面白味がありません。それに追い詰めすぎて『撤退』しか道がないとなれば自発的に
「それならツグミちゃんだったらどうするのかしら?」
少し意地悪そうな言い方で質問するゆり。
「わたしが三雲隊長の立場であったなら、雨取隊員に
「でも千佳ちゃんは人を撃てないんでしょ?」
「いいえ。彼女は『撃てない』のではなく『撃ちたくない』だけです。今回のことでハッキリしました。すでに1発撃ち、奥寺隊員を
「それは少し言い過ぎじゃないの?」
「はい、わかりました。ではわたしの雨取隊員に対する個人的な感想はここまでにしておきます。…話を元に戻しますが、わたしならエスクードで逃げ道を封鎖するのではなく、空閑隊員とヒュース隊員に小荒井隊員を追うように見せかけ、屋内で戦闘を続けるつもりだと思わせます。東隊長は小荒井隊員の援護のために建物内に潜んでいるでしょうから、タイミングを見計らって雨取隊員に
「……」
「それなのに実際はヒュース隊員がエスクードで北側から追い詰めてしまっていますから、東隊はダミービーコンを操作して南側に逃げる反応をいくつも作り、それに紛れて脱出するかもしれませんし、またダミービーコンを意味なく動かして心理的なプレッシャーをかけるという作戦も考えられます。南側に逃げると思わせて、その裏をかいて上階へ上り、屋上から東隊長が雨取隊員を狙撃するという手もアリです。とにかく今のやり方では東隊長に考える時間を与え、さらにいくつもの可能性を生み出させてしまうわけです。これはランク戦ですから勝っても負けても犠牲は出ません。しかしこれが実戦であり、敵に考える時間と逃げる隙、さらに反撃のチャンスを与えてしまったらどうなるでしょうか? 敵は倒せる時に確実に倒さなければいけません。ランク戦は単なるゲームではなく、実戦のための訓練なんですから」
その場にいた全員が黙り込んで、じっとツグミの言葉に耳を傾けていた。
彼女の戦術はともかく、ランク戦の意義と実戦に対する覚悟は正しい。
特にゼノンたちにとっては彼女の実戦に対する「敵は倒せる時に確実に倒さなければいけない」という考え方は自分たちのそれとまったく同じものであるから、話を最後まで聞くと大きく頷いた。
そしてこれでおしまいかと思いきや、何かを思い出したかのようにツグミが付け加えた。
「ああ、さっき『大量のエスクードを出現させて通路を塞ぐ』という戦術を愚策だと言った理由ですけど、あれだけ派手にエスクードを乱立させてしまえば、雨取隊員ほどではなくても相当なトリオン能力者であると自らからバラしているようなものです。せっかく
トリオン消費の激しいエスクードを大量に出現させるという荒業は
これだけ派手に戦えば誰もがヒュースに興味を抱き、そのトリオン量の割にトリオンキューブの威力が低いことに疑問を抱く。
もし千佳が
よって千佳の人が「撃てない」問題を解決せずに放置しておいたために
「まあ、それでも玉狛第2の隊長は三雲で、彼が雨取隊員の問題を『
ついさっきまでは玉狛第2の戦いを見ていて一喜一憂していたツグミだというのに、千佳が
彼女の人が「撃てない」が「撃ちたくない」であると断言しただけでなく彼女の弱さを嫌悪し、さらにそれを黙認している修のことまで否定するようになってしまったのだ。
7歳で戦場に身を置く決心をしたツグミは自分の弱さを切り捨てて生きてきた。
そんな彼女から見れば千佳の覚悟は甘く、彼女を守ることだけしか頭にない修はもっと甘いとしか思えない。
遠征に参加しても周りの隊員たちが彼女たちを守って死なせることはないだろうが、彼女たちが周りの隊員たちを死なせてしまうことはありうる。
ツグミの千佳や修に対して厳しい態度を示すようになったのはそういった理由があるからで、嫌いになったからというのではない。
失いたくない大切な玉狛の
そんなツグミの気持ちも知らずに、問題の根本を解決せずその場しのぎで誤魔化している千佳とそれを許している修、そして問題を解決する方法が見付からない自分自身に腹を立てているからなのである。
ツグミの真意に気付いたゆりは静かに微笑んだ。
(そうね、あなたが意味もなく他人の人間性を否定するようなことをするはずがないもの。千佳ちゃんや修くんのことで厳しいことを言うものだからつい腹を立ててしまったけど、あなたは私よりもずっと彼女たちのことを良く知っている。自分にも他人にも厳しいあなただから、千佳ちゃんの問題を自分のことのように考えて悩み、解決できないものだから苛立っちゃうのも無理はないわね。あなたのことを誤解しちゃってごめんなさい)
ゆりの誤解は解けたものの、千佳の問題は解決しないままに玉狛第2の戦いは続いている。
ツグミの推測どおりに東隊は「撤退」を選択し、ダミービーコンを操作して玉狛第2をかく乱しながらショッピングモールを脱出する作戦を開始。
その様子を作戦室で見ていることしかできない修は重要な選択を迫られていた。
ツグミはそんな修に問いかける。
(いくつかのダミービーコンの反応が南側を目指している。それに紛れて東さんと小荒井くんが屋外に逃走して