ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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138話

 

 

ダミービーコンの仕掛けをブラフだと断定して「攻め」を続けるのか、千佳が攻撃される可能性を鑑みて「守り」に入るか、もしくは「第3の策」を考えるか…の選択を迫られた修は「千佳の安全確保を最優先する」という()()()()()()()()「愚策」を選んだ。

 

(やっぱりね…。オサムくんはチカちゃんの安全(こと)を最優先に考えるに決まってる。そのせいで結果が満足いくものでなかったら、それは自分のせいだと言って自責の念に駆られるのよ。でもそれは仕方がないか。オサムくんには()()がかけられているんだもの。その()()が解かれなきゃ、いつまで経ってもチカちゃんをユーマくんのような戦友として扱うことができずに保護者の立場でいる。チカちゃんもオサムくんに甘えっきりで成長できない。どちらにとっても良いことではないわ)

 

修が「千佳の安全確保を最優先する」という判断を下すことは、東の誘導によるものであるのは明らかだ。

東でなくても修の性格や行動原理、これまでの戦いを見ていれば誰でもわかること。

千佳が狙われる可能性がわずかでもあれば、彼女の守りに徹するのは火を見るよりも明らかなのである。

 

(こうなるとこの試合の結末はヒュースの態度次第ってことになるわね。ヒュースは自分の信念というものを絶対に曲げないから、『妥当性のない指示には従わない』とか言うに決まってる。そして険悪になったこのふたりの仲を取り持つようなカンジで、ユーマくんはヒュースのやりたいようにさせて、自分はオサムくんの指示に従うことになるんだろうな…)

 

修の指示に反してショッピングモール内に残ったヒュースはエスクードで東隊のふたりを追い詰めながら探していき、遊真は千佳の援護のために屋外へ出るとツグミは想像している。

 

「どうやら三雲隊長は雨取隊員の安全確保を最優先とし、東隊の追撃は行わないという指示を出したようですね。しかしヒュース隊員はそれに異議を唱え、自分はショッピングモール内に残って索敵を再開。空閑隊員のみが雨取隊員の援護のために動くようです。ヒュース隊員ならひとりでも手負いの小荒井隊員を倒すのは簡単です。しかし逆に小荒井隊員が自分を囮にして東隊長の銃口の前にヒュース隊員を誘き出すという策を講じていたら、絵馬隊員の二の舞になる可能性が高くなります。この戦力を分散した作戦が吉と出るか凶と出るか…。それはヒュース隊員の技量と東隊長の知略のどちらが優っているかで決まりますね」

 

玉狛第2に肩入れしていたツグミだが、修や千佳の判断や態度に失望してしまったことで中立的な態度に変わっていった。

これまでは修たちを「目的を果たすまで応援してあげたい可愛い後輩たち」と考えて色々と便宜を図ってきたが、彼らが周囲の厚意に甘えてばかりで、解決しなければならない問題に目を向けず遠征部隊に選ばれることだけしか考えていないことに腹立たしさを感じてきたからだ。

そしてもう玉狛第2がどのような戦い方をするのか、そして結果がどうなるのかに興味がなくなり、解説もしなくなってしまった。

それでもモニター画面を見つめているのは東がどのような策によって撤退するのかを確認するためで、彼のとった奇策にだけ大きく反応した。

 

小荒井はヒュースの追撃から逃げるように見せかけて動き、あえてヒュースの前に飛び出すことで罠に嵌めたのだ。

ヒュースは目の前の獲物に対して変化弾(バイパー)を撃とうするのだが、その視界の中に東のものと思われるバッグワームが目に入った。

そこでヒュースは標的(ターゲット)を東に変更したのだが、トリオンキューブが撃ち抜いたのはバッグワームだけで、そこに東()()はない。

東は自分のバッグワームを脱いで瓦礫に引っ掛けており、ヒュースがちょうど良い場所に立ち入ったタイミングでバッグワームが落ちるような仕掛けがしてあったらしい。

東は別の場所にいて、アイビスをヒュースに向けて撃った。

いくら頑丈なヒュースのシールドといえどもアイビスには耐えられず、ヒュースは被弾してしまう。

しかしヒュースも万が一のことを考えており、半分残しておいた変化弾(バイパー)で東の右脚を奪うことで一矢報いた感じだ。

そこでヒュースは戦闘体活動限界によって緊急脱出(ベイルアウト)

その間に小荒井はショッピングモールの壁に穴を開けて脱出可能な状態となり、遊真は千佳のいる場所に到着した。

そして最後は千佳が2発目の炸裂弾(メテオラ)を放つことで東隊に撤退を促し、東と小荒井が自発的に緊急脱出(ベイルアウト)して試合は終わったのだった。

結果は玉狛第2が生存点を含めて6点、東隊と影浦隊がそれぞれ2点、鈴鳴第一が1点という結果に終わった。

これまでの合計が玉狛第2と影浦隊が36点と同点(タイ)になり、逆転はできなかったものの玉狛第2は善戦したと言っていい。

いつものツグミなら大喜びしているところだが、不満げな顔をしてポツリと言った。

 

「東隊を巻き込む恐れがあったというのに、最後にもう1発炸裂弾(メテオラ)を撃ったじゃないの。やっぱりチカちゃんは撃てるのよ。撃ちたくないという彼女のエゴイズムによって玉狛第2は大事なところで点を得られず、ヒュースなんて東さんに()()()ちゃったじゃないの。これでオサムくんたちが今後も彼女のエゴを容認するというのなら、わたしにはもう彼らを応援する気は起きないわ」

 

誰に言うというのではなく、彼女の抑えきれない悔しさが言葉となって溢れてしまっただけである。

そんな彼女の気持ちがわかるゼノンたちは彼女に言葉をかけることはできず、ゆりと陽太郎も黙ったままでミーティングルームを出て行くツグミの姿を見送るしかなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

昼の部の試合が終わり、玉狛第2のメンバーが解散した直後、栞の携帯電話に歌川からの着信があり、その用件というものが衝撃的なものであった。

ラウンジで寛いでいた風間隊はC級隊員が「玉狛の新入りは近界民(ネイバー)なんじゃないか?」と噂をしているのを聞いたというのだ。

一緒にいた修はすぐに行動を開始。

林藤を通じて根付に面会のアポを取り、本部で公式に噂を否定してくれるよう依頼した。

もちろん根付は拒否するものの、噂レベルの疑惑に()()が慌てて否定すれば疚しいことがあると自ら言っているようなものである。

しかし噂が広まるのを見過ごすわけにはいかないと考えており、根付は修の来訪の前に東とふたりで相談して噂を()()()することに決めていた。

今流れている噂よりも信憑性の高い噂を作り、東の名前を使って流すというのだ。

内容は「ヒュースは玉狛支部の技術者(エンジニア)であるクローニン班長(チーフ)の親戚で、きわめて高いトリオン能力を持つためにスカウトされた。かねてから玉狛支部で訓練を受けてきて、玉狛第2に入隊した」というもの。

現隊員の中でもっとも信頼できる東の話であれば誰もが信用し、ヒュースが近界民(ネイバー)であるという噂はデマであったとなる。

「どこの誰かが言いだしたのかわからない噂」と「()()東の言っていること」であれば後者を信じるに決まっているのだ。

そしてヒュースとクローニンの素性を知っている人間と口裏合わせをして「ヒュースは近界民(ネイバー)ではなくカナダ人」ということで押し通すことにしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

B級ランク戦観戦後のツグミは不機嫌であった。

原因は言わずもがなで、自室で読書をしていても集中できず、ますます苛立ちが募っていく。

そんな彼女の携帯電話に着信があり、表示されている発信者は「唐沢部長」となっている。

用件は外務・営業部長補佐の仕事なのだが、いつもなら前もって連絡をもらってあって支度をしているものの、先方の都合で急遽来てほしいということになり、唐沢が慌てて電話をかけてきたのだった。

何もしないで玉狛支部にいるよりは気分転換にもなると考え、ツグミは二つ返事で了承した。

 

 

「急に呼び出しをしてしまって申し訳ないね、ツグミくん」

 

玉狛支部の玄関の前で、申し訳なさそうな顔をして言う唐沢にツグミは首を横に振って答えた。

 

「いえ、今日は非番ですし食事当番も休みですから暇を持て余していたところです。それにこれもわたしのお仕事ですから気にしないでください」

 

「そう言ってくれると助かるよ。なにしろ先方はきみを同伴することを条件に会ってくれるということなものでね」

 

「わたしに会いたいということでしょうか? それよりもどこへ行くのかはまだ聞いていませんけど」

 

「時間があまりないから詳しいことは車の中で話す。さあ、行こう」

 

そう言って唐沢はツグミと並んで駐車場へと歩いて行く。

そしていつものように唐沢の車の助手席に腰掛けると、唐沢が話を切り出すのを黙って待った。

 

(時間があまりないというのは、先方との面会の時間が迫っているということなのかな? わたしを連れて行くことが条件で会ってくれるというくらいだから、わたしのことを知っているってことよね? 須坂会長の誕生パーティーに出席した時にたくさんの人と名刺交換をしたけど、その時の誰かかな?)

 

スポンサーになりうる大企業のオーナーともなれば高齢者が多く、ツグミのことが孫娘のように見えて応援したくなるというパターンが多い。

須坂の誕生パーティーではスポンサーになりうる可能性のある人間たちといくつものコネクションを作っており、その中の誰かであろうと想像していた。

ツグミが名刺交換した相手の顔と名前を思い出そうとしていると、唐沢が最寄りのインターチェンジから高速道路に乗ろうとしているのに気が付いた。

 

「唐沢部長、このまま行くと高速道路のインターチェンジですけど、高速道路で行くほど遠い場所なんですか?」

 

「ああ。これからおれたちが会いに行くのは九住(くすみ)市にある愛信建設というゼネコンの代表取締役社長の小笠原雪弥(おがさわらゆきや)氏。きみのお祖父さんの霧科文蔵氏が相談役を勤めていた会社の社長だ」

 

「わたしの祖父に縁のある会社の社長さん…ですか?」

 

「そうだ。そして小笠原社長は42歳、2年前に父親の小笠原智弥(おがさわらともや)氏から社長の座を譲られた。そして彼は若い頃に織羽氏と親しくしていたということだ」

 

「わたしの父と親交があった方だから、わたしに会いたいと言ってきたわけですね?」

 

「そういうことになる。言い方は悪いが、きみが『伝説の大侠客』霧科文蔵氏の孫ということを利用させてもらったよ。かつて文蔵氏や織羽氏と親交があった小笠原社長が代表取締役ともなれば会って話を聞いてもらえるかな、と」

 

愛信建設は中堅クラスのゼネコンである。

三門市とは直接関係がないものの、ツグミの父親や祖父と関わりの深い企業ということであればスポンサーになってもらえる可能性があると考えた唐沢が雪弥に面会を申し出た。

その際に唐沢はツグミの名を出したものだから、雪弥が彼女を同伴することを条件に会うと言い出したようだ。

 

「ですが…わたしは祖父や父のことを全然覚えていませんし、小笠原社長のこともまったく知りません。そんな状態では会話も成り立たず、先方の機嫌を損ねてしまいませんか?」

 

「それは大丈夫。きみはまだ幼かったのだから覚えていないのは当然のことだから。小笠原社長はボーダーという組織の設立に文蔵氏や織羽氏が深く関わっていたことを知り、ボーダーの活動に興味を持ってくれたようなんだ。きみに会いたいと言うのは、防衛隊員として働く現場目線のきみの口から聞きたいということで、昔話をしようというのではないから」

 

「それならいいんですけど…。それで話が上手くまとまらなくてもわたしを責めないでくださいね。それよりも九住市ということは高速を使っても片道2時間はかかりますよ。市内での移動と面会時間を合わせたら玉狛支部の戻る頃には夜中じゃないですか?」

 

「林藤支部長と忍田本部長の許可は貰っている。きみに何かあったら大変なことになるから、無理をせず安全運転で行くことにするよ。…とは言っても約束の時間に遅れるとマズイ。小笠原社長は多忙な人で、貴重なプライベートタイムをおれたちのために割いてくれたのだからね。さて、と…」

 

前方を法定速度で走っている高齢運転者標識(シルバーマーク)付きの軽乗用車が邪魔らしく、唐沢は車線変更をすると一気に追い抜いた。

 

「ひとまず小笠原社長という方がどのような人物か、そしてわたしの祖父と父がどのように関わっていたのか、わかる範囲でかまいませんから教えてください。情報がまったくないのでは()()になりませんから」

 

ツグミはそう言って微笑む。

彼女にとって祖父・文蔵は顔すら覚えていない人物で、父・織羽も写真や忍田たちから聞いている話での()()しかない。

そもそも織羽が文蔵の養子であるから文蔵とは血の繋がりはなく「伝説の大侠客」の孫娘と言われても戸惑うだけである。

そして唐沢から教えられた内容は彼女にとって驚くことばかりだった。

 

文蔵が某任侠組織の若頭であった頃に、雪弥の父で現在の愛信建設会長・小笠原智弥は文蔵の舎弟となった。

しばらくして増長した智弥が敵対する組の人間とトラブルを起こし、絶縁処分を言い渡される。

ヤクザの世界での「絶縁」とは最も重い処分で、極道を引退して堅気にならなければ、親分に刃向かったと見なされるというもの。

絶縁状が各組織に送られるため、対象者はヤクザの社会で生きていけなくなる。

そんな重い処分を下された智弥だったが、陰から様々な支援をしてヤクザの社会ではなく堅気の世界で生きられるようにしたのが文蔵である。

愛信建設の資本金の大部分が文蔵の()()()()()()()であるし、初期の社員も文蔵が連れて来た「元ヤクザだが信頼のできる堅気の人間たち」であった。

よって智弥にとって文蔵は大恩人であり、雪弥も子供の頃から文蔵の生き様に憧れていた。

そして文蔵が織羽を養子にしたことで、同世代の雪弥と織羽は友人となったのだった。

文蔵が他界し、織羽も「不慮の事故」によって亡くなったことで霧科家との関係は絶たれていたのだが、唐沢が「織羽の娘がボーダーにいる」と伝えたことから雪弥は「織羽の愛娘」に会いたいと言ってきたというわけだ。

 

「元極道さんの会社だといっても100%堅気の人たちが働いているってことですよね。少し怖かったですけどもう大丈夫です。…それにしても霧科文蔵という人物は祖父であるとかないとかは関係なく、非常に興味深い人物ですね。ボーダーを裏から支え、表には名前の出て来ない最大の貢献者。亡命して来た近界民(ネイバー)を養子にしてしまうくらいですから、どんな人物であっても抱え込んでしまう懐の深い人だったんでしょうね」

 

ツグミは自分の祖父である文蔵のことを何も知らない。

幼い頃に可愛がってもらったことはあるが、両親の記憶を封印したことで文蔵のこともすべて覚えていないのだ。

しかし世間から白い目で見られるはずの極道が「伝説の大侠客」と呼ばれるまでになった立志伝的な話に興味を持つのは当然と言えよう。

 

「きみのことだから文蔵氏のことに興味を持つだろうと思ったよ。グローブボックスの中に本が入っている。目的地までまだ1時間以上かかるから、その間に読んでおくといい」

 

ツグミは唐沢に言われたようにグローブボックスの中から1冊の本を取り出し、それを夢中になって読み始めた。

その本は霧科文蔵の生涯を記した内容のもので、市井の貧しい家に生まれ落ちたところから16歳でヤクザの世界に飛び込んだこと、組長として組織の大改革をして「堅気の衆に迷惑をかけない」極道の道を歩み始めたこと。

ヤクザの世界では()()である文蔵がどれだけ苦労して今日の名声を築き上げたのかが平易な文章で書かれている。

あっさりした書き方であるから逆に文蔵の人となりが身近に感じられ、どんどん読み進めて行くことができる。

さらに個人出版による「自分史」的なものではなく、大手出版社から上梓されていて奥付をみると重版が数回行われていることがわかる。

それだけ大衆が好んで読んでいるということになるのだ。

 

ツグミが夢中になって祖父の「冒険譚」を読んでいるうちに、車は目的の九住市に入ったのだった。

 

 

 

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