ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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140話

 

 

会食は終盤となり、ご飯は赤貝や北寄貝など貝の握り寿司五種盛り、止め椀は春ワカメと若竹の吸い物、そして会席膳の締めの水菓子はイチゴの練乳がけであった。

 

「このイチゴはさっき言った大荷物の老婦人から貰ったものなんだよ。店に着いた時に、最後に出してくれって頼んでおいたんだ」

 

そう言う雪弥の言葉にツグミは驚いた。

 

「あの話って本当にあったことだったんですね。てっきりわたしは意表を突いた登場をして、場の緊張を解そうとしたお芝居かと思っていました」

 

そんな彼女の言葉に雪弥は苦笑する。

 

「何でそんな風に思ったのかな?」

 

「だって一流企業の社長が頭ボサボサで、全速力で走って来たみたいに息を切らして到着するなんてありえないですよ」

 

「そんなことはないさ。僕は家を17時30分に出た。約束の時間が18時で、この店まで徒歩で約20分だからちょうど良い時間だからね」

 

「待ってください。こういう時には運転手付きの自家用車ですよね?」

 

「いいや。今日は土曜日だから使用人は全員休み。もちろん運転手もね。だから徒歩なのは当然だろ?」

 

「会社が週休二日制なのはわかりますけど、運転手とか家政婦も同じなんですか?」

 

「もちろん。弊社はホワイト企業だからね。…で、歩いている最中に例の老婦人を見付けたものだから、彼女の荷物を背負って家まで送り届けたってわけ。僕って九住市では有名人だから、どこにいても誰からも声をかけられてしまうんだよ。向こうから挨拶されたら無視できないだろ、ハハハ…。そんなことだから大事な約束の時間に遅れまいと必死に走った…というのが真相さ。まあ、そのおかげできみとはごく自然な会話で始めることができた」

 

「いえ…自然どころか、導入部(Introduction)としてはとても不自然でしたよ。だからわたしはあなたにテストされているのかと思ったくらいです」

 

「まあ、テストする気もあったけどそんな必要はなかったね。普通に会話していて、きみの人間性は良くわかったから。さあ、このイチゴは老婦人の息子さんが作ったもので味には自信があるそうだよ。どうぞ召し上がれ」

 

「はい。たしかイチゴは九住市の名産でしたね。それにこれは小笠原社長の勤労の代価ということですから、ありがたくいただきます」

 

ツグミはそう言って真っ赤なイチゴを口に入れた。

甘酸っぱい果汁と練乳の甘さに目を細める彼女の顔を雪弥は満足そうに見つめている。

 

「その様子だとお気に召していただけたようだね?」

 

「はい、とても美味しいです。どの料理も美味しかったですけど、このイチゴはまた格別です」

 

「そうか、それは良かった。今日は僕が無理を言って遠いところから急遽来てもらうことになって申し訳なかったと思っている。でも喜んでもらえたようでホッとしているよ」

 

「いえ、ボーダーに支援していただけるのであれば多少の無理は平気です。それにここまで連れて来てくれたのは唐沢部長ですから遠路と言っても気になりませんし、こんなに美味しいお料理と会話が楽しめるのならいつでも大歓迎です」

 

「それならまた会ってもらえるということだね? ボーダーのことをもっと聞きたいし、きみの親父さん…織羽さんとの想い出話もしたいな」

 

雪弥が織羽の名を出したことで、ツグミは返答に窮してしまう。

自分には織羽の記憶がなく、昔話などできるはずがないのだ。

その様子を見た雪弥は自分の失敗に気付いてすぐに謝罪した。

 

「デリカシーに欠けたことを言って申し訳ない。あんな酷い()()で両親を同時に亡くしたきみに対して配慮が足りなかったね」

 

するとツグミの顔色が変わった。

 

「酷い事件ってどういう意味ですか? わたしの両親はごく普通の交通()()で亡くなったと聞かされています。事件と言うからには単なる事故ではなかったということですか? 何かご存知なら教えてください!」

 

織羽と美琴がキオンの諜報員に殺害された()()は公には路上強盗による殺人事件とされているが、忍田はツグミには交通事故だと教え込んでいた。

だからそのことを知らない雪弥は「事件」と言ってしまったのだ。

彼も自分がうっかり言ってしまったことの重大さに気付き、この場をどう収めようかと急いで考える。

そんなふたりの気まずい様子を察し、城戸から事件の顛末を聞かされていた唐沢は雪弥に助け舟を出した。

 

「ツグミくん、その話は次の機会にお願いしよう。そろそろ出ないと玉狛に着く頃には日付が変わってしまいそうだ」

 

唐沢にそう言われて「いいえ、話が済んでからでないと帰れません」と駄々をこねるようなことをすれば、この会食自体が失敗となってしまうことを十分理解しているツグミはおとなしく引き下がった。

 

「…はい、わかりました。今日は楽しいお話をたくさんしましたから、これくらいにしておいた方が良いですね」

 

そう言ってツグミは深々と頭を下げた。

 

「本日はお招きいただき誠にありがとうございました。どうもごちそうさまでした」

 

「僕も楽しい時間を過ごさせてもらって嬉しかったよ。今後共よろしく」

 

雪弥がさり気なく手を差し出し、ツグミはそっとその手を握った。

せっかく上手くいった会食の雰囲気が雪弥のひと言で微妙なものになりかけたが、これでひとまず無事に終わった。

しかしツグミの内心は複雑だ。

 

(これまでは両親のことを思い出すと辛くなるからとか、両親を恋しがっていては親代わりの真史叔父さんたちに申し訳ないからとか言って、無意識に記憶を封印してきたような気がする。でももうそういう歳じゃない。知らないでいた方が幸せなのかもしれないし、周りの人たちがわたしに真実を告げないのはその方がわたしにとって良いと判断したからに違いない。そして一度知ってしまったら知らなかった頃には戻れないこともわかってる。でも自分にとって不都合な真実であっても知る必要があるなら目を背けてはいけない。真史叔父さんや林藤さんに聞いても教えてくれそうにないから、とりあえず自分でできる範囲で調べてみよう)

 

 

 

 

三門市への帰途に就いたツグミだが、雪弥のひと言のせいで往きとは手のひらを返したように物憂げだ。

おいそれと声をかけるのも躊躇われる様子だが、唐沢は思い切って声をかけてみた。

 

「ツグミくん、もし疲れたなら眠っていてもかまわないよ」

 

するとツグミが静かに答えた。

 

「わたしは長距離運転をするドライバーの隣で居眠りするような失礼なマネはしません」

 

「……」

 

「…すみません。わざと言ってみました。唐沢部長が気を使ってくださっているのはわかっています。でも部長だってわたしが沈黙している理由はおわかりだと思います。もし何かご存知でしたら教えていただけますか? どんなことでもかまいませんから」

 

ツグミはそう言うものの、唐沢が城戸から聞いた話は口外無用。

もちろん当事者である彼女には絶対に言ってはならないことである。

 

「おれから言えることは何もない。何も知らないというのではなく、知っていてもおれの口からは言ってはならないということだ」

 

「やっぱりそうですか…。無理を言ってすみませんでした」

 

「いや、おれはきみの味方だけど、こればかりはどうしようもないんだ」

 

「はい。何となく事情はわかります。…でもひとつだけ教えてください。()()()のは最近のことですか? それともずっと前から知っていましたか?」

 

「おれが聞いたのは最近のことだ」

 

「わかりました。それで十分です。どうもありがとうございました」

 

ツグミは十分だと言ったが、彼女には本当にそれで十分であった。

()()()()が自分に隠していることがあるということは以前から薄々勘付いており、その秘密を構成するパズルのピースのようなものはいくつも彼女の手の中にある。

そしてまだ全部は集まっていないものの、それらを組み合わせていけば真実は見えてくるというもの。

ピースがまだ足りないながらも、彼女は頭の中で組み立ててみることにした。

 

(唐沢部長のことだから自分で調べたということも考えられるけど、『おれが()()()』という言葉から、何者かによって教えられたということ。それが最近のことだというなら、ほぼ間違いなくミリアムの(ブラック)トリガーにも関係のあることに決まっている。()()をこれ以上秘密にしておけなくて、城戸司令は上層部のメンバーにだけ事情を打ち明けたんだろうな。霧科織羽が近界民(ネイバー)であること、()()がこちら側の世界に持ち込まれた理由、そしてわたしが適合者であることとか。その中で例の事件だか事故だかの話も知ったんだと思う。あのまま小笠原社長から『わたしに聞かれたらマズイこと』を聞かされたら困ることになるから、あんな形で話を止めたんだ。…織羽(お父さん)()()を命懸けで近界(ネイバーフッド)から持って逃げたというのが20年前。そしてゼノン隊長の前任者がミリアムの(ブラック)トリガーを探していて、彼はこちら側の世界に手がかりがあると本国に伝えたらしい。その後()()は手に入れられず、消息不明になってしまった。それが9年前)

 

さらに考える。

 

(交通事故で両親が死んだとされているのも9年前。でも小笠原社長は()()だと言っていた。たぶん彼は交通事故ではなく何らかの事件によって死んだということを知っている。そしてボーダー関係者がそのことをわたしに秘密にしていることを知らずにいたから、つい口を滑らせてしまったと考えるのが妥当。酷い()()であったという真実を告げれば幼いわたしがショックを受けると考えた真史叔父さんたちが、交通事故というごく普通にある死亡原因にすり替えたに違いない。わたしには()()()の記憶がないから都合が良かっただろう。…とにかく事故でも事件でも、当時の新聞を調べれば何か載っているだろうから、明日にでも図書館に行って調べればいい)

 

ひとまず両親の死の真相について考えるのはやめた。

彼女には過去を振り返っているよりも、未来に目を向けなければならないことが多いのだ。

 

(本部異動の発令がいつになるかわからないんだから、そろそろ引越し先を探し始めないといけないかも…。警戒区域に近い場所なら条件の良い物件で空きはありそうだし、出勤に便利で都合が良い。でも食費や光熱費とか玉狛にいる時よりも出費が多くなる。S級になれば固定給が出るといっても懐具合は厳しくなりそう。家具や家電を揃えなきゃいけないから初期費用はけっこうかかるだろうな。リサイクルショップで探すとしても運ぶのが大変だし…)

 

「ハァ…」

 

思わず出てしまったため息に、唐沢が声をかけてきた。

 

「まださっきのことで考えているのかい?」

 

「いえ、玉狛支部を出てひとり暮しをする予定なんですけど…」

 

「そうか、きみは例の(ブラック)トリガーの件で本部に戻って来るんだったな。それで実家には戻らずにひとり暮しをするわけだ」

 

「はい。時期は未定ですけどそう遠くない未来に玉狛支部を出なければなりませんから、今のうちに部屋探しをしようかと。新しい生活を始めるとなると家具や家電を揃えないといけないんですが、どうやって初期費用を抑えようかと悩んでいたところです。ボーダー隊員なので部屋の保証人や敷金礼金は不要なんですけど、ゼロからの新生活になりますから必要なものは揃えなければなりませんからね」

 

「なるほど。…家電に関してはちょっと心当たりがある。おれに任せてもらえるかな?」

 

「部長が…?」

 

「そう。いつも仕事を手伝ってもらってばかりで、なかなかお礼ができないからね」

 

「別にお礼は不要なんですけど。…でもそのお気持ちはとても嬉しいです。お願いできますか? 最低限必要なものだけでかまいません。冷蔵庫と炊飯器と電子レンジ、洗濯機があれば十分です」

 

「承知した。…それにしてもきみがS級になってしまうと、もうきみの試合が見られなくなってしまうんだよな」

 

「それはわたしも残念に思っています。でもあらゆることには犠牲が付きものですから仕方がありません。それでも通常任務にはノーマルトリガーを使いますから、本部の廊下やロビーでウロウロしていれば個人(ソロ)戦を挑んでくる隊員がいるでしょう。公式戦ではありませんが()()の戦いは今まで以上に増えますから、運が良ければ観戦できますよ」

 

ミリアムの(ブラック)トリガーの一件で、城戸たち上層部は「特例」を設けることになった。

ツグミが所有者となりB級からS級になるのだが、ミリアムの(ブラック)トリガーは使わないことに意味があるという特殊なものであるため、彼女をS級にしても扱いはA級と同じとすることに決めた。

ノーマルトリガーと(ブラック)トリガーの2本持ちとし、通常はノーマルトリガーのみ使用することになるため、原則使用しない(ブラック)トリガーを持つことでS級扱いをするのは他の隊員の不満を生むことになりかねないとし、A級と同じ扱いをすることで事を収めようというのだ。

彼女は元A級であり、B級ランク戦では目覚しい活躍を見せたのだから文句を言う者は出ないだろう。

ツグミもこの特例に不満はまったくなく、後は異動人事の辞令発令を待つだけである。

 

「そうなるときみと太刀川くんや二宮くんとの()()の戦いも見られるってことか」

 

「太刀川さんは喜んで挑んでくるでしょうけど、二宮さんは公式戦でないからと言って戦ってくれないでしょうね。それに彼らにはアフトクラトル遠征がありますから。二宮さんはA級昇格試験があり、太刀川さんは忍田本部長から『留年したらボーダー活動禁止』を言い渡されていますから、暇なんてないはずです。もし遠征前にわたしが太刀川さんと殺り合ったら、わたしが忍田本部長に叱られそう。『慶はおまえと遊んでいる余裕なんてないんだ!』とか言って、太刀川さんの首根っこ掴んで引っ張って行く忍田本部長の姿が思い浮かびます」

 

「ハハハ…」

 

「とにかく本部所属になれば城戸司令の命令は絶対ですから、前のように謹慎や降格では済みません。しばらくはおとなしくしているつもりです」

 

「そうだな。遠征部隊が近界(ネイバーフッド)へ行っている間、きみたち居残り組が三門市を守ることになるのだから、その貴重な戦力を減らすのは誰にとっても得策とは言えない」

 

「そういうことですので、わたしは本部所属となったらみんなの手本になるような真面目な隊員になります」

 

「まあ、ほどほどにな。きみは何事にも全力投球するから、気付かないうちに疲労が溜まってしまって倒れたりするんだ」

 

「重々承知しております。もうあんなことにはなりません。…といってもトリオンの使いすぎで防衛任務ができない状態なんですけど、ヘヘヘ」

 

わざとおどけてみせるツグミ。

その後も自分の両親のことに触れる話題は避け、もう雪弥の言葉など気にしていないのだと唐沢に思わせたいがための演技を続けるのだった。

 

 

 

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