ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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144話

 

 

「わたしは7歳の時に自分の意思でボーダーに入隊することを決意しましたから、以来剣の稽古は絶対に手を抜かず、ジンさんや他の隊員たちに追いつこうと努力してきました。仮入隊できたのは9歳の時で、今で言う訓練生のようなものですから中学生や高校生の正隊員に敵うはずがありません。でもここでわたしは『まだ小さいから未熟なのは当たり前。だから弱くても許される』という考えは持ちませんでした。()()()()()近界民(ネイバー)と戦うための組織の一員なんですから年齢など関係なく、年少だから弱くても仕方がないという考えであってはいけません。そしてボーダー隊員で勉強をする時間があまりないのだから成績が悪くても仕方がないなどという考えも持ちませんでした。4年前に現在のボーダーの組織が成立してからは学生に対して学校側が融通を利かしてくれるようになりましたが、旧ボーダー時代は存在自体が極秘でしたから『ボーダー隊員ですから学校を休みます』は通用しません。だから毎日通学して授業の時に怠けないで勉強し、普通の子供が遊ぶ時間を剣の稽古や家での自習に費やしました。おかげで剣の腕は上がり、成績も学年トップにまでなりましたが、その犠牲は大きいものでした。友達に『放課後に一緒に遊ぼう』と誘われても断るしかなく、いつの間にかわたしはクラスの中で孤立していました。成績が良かったから『どこかの塾に行ってガリ勉してるんだぜ』とか陰口を叩くクラスメイトもいました。でもわたしはそんなことを気にせずに自分の選んだ道を歩き続けたんです。その道を真っ直ぐに進むことがわたしにとって義務に近いものであったからです」

 

レイジはツグミの小学生時代を知っている。

本人はクラスメイトに陰口を叩かれたことを「そんなことを気にせず」などと軽く言っているが、当時レイジはツグミが悔しそうな顔をしながらボーダー本部にやって来た姿も何度も見ているし、その原因も知っていた。

だから無理をせずにたまには友達を遊ぶようにと言ったことがあったのだが、彼女はもっと悔しそうな顔をして「わたしがもっと強くならないと、いつか近界民(ネイバー)が襲って来た時に友達を守れないから」と答えたのだった。

仲間はずれにし、陰口を叩くような人間であっても彼女にとっては守るべき「友達」なのである。

レイジはそれ以上何も言えず、彼女のやることを黙って見守ってやるしかできなかった。

 

栞はツグミの過去について初めて知った。

ツグミは自分の辛い過去を話すようなタイプではないし、栞も他人の過去を無闇に詮索するようなことをしないから知らなくても当然のことである。

7歳の少女が守られる立場から守る側になろうとして努力をしてきたことは知っていたが、そのために「普通の子供らしい日々」という犠牲を払っていたことなど想像もしていなかった。

と言うか、考えたことなど一度もなかった。

現在でも彼女が仲間のために自分の時間の大部分を割いていることを思い出し、自らの愚かさを恥じた。

そしてツグミが千佳の甘さ、そして自分やレイジが千佳を甘やかしすぎることに腹が立てるのも仕方がないように思えてきた。

 

千佳は自分のことしか考えていなかったのだと改めて思い知らされた。

子供の頃にトリオン兵に襲われたことをきっかけにボーダーに入隊したというツグミの話は聞かされており、自分と同じだと千佳は考えていた。

同じだから自分のことを理解してもらえると信じていて、ツグミの豹変に戸惑うばかりである。

しかしツグミの生き方とボーダー活動に対する姿勢を知り、彼女が自分とはまったく違い、自分はボーダー隊員としても人として甘いのだと再認識させられることになったのだ。

 

 

ツグミの告白は続いた。

 

「みんなに嫌われたくない。みんなに嫌われたらわたしは居場所を失ってしまう。玉狛支部(ここ)がわたしの家で、玉狛の仲間が家族だと考えていたから、わたしは『誰からも好かれる人間』になるために努力をし続けました。だって失望されるようなことがあったら、それまでの努力が無駄になってしまうから。だから相手の期待に応えるだけでなく、それ以上の誰もが納得する結果を出さなきゃいけない、と自分を追い詰めていました。人間としてもボーダー隊員としても完璧であろうとしたせいで、わたしは無理をしていたのですがそれに気付きもしませんでした。そしてわたしは健康を害してしまい、このままボーダー隊員として復帰できなかったらわたしの価値はない、みんなに見捨てられて居場所を失うという恐怖に駆られ、ますます状況を悪化させてしまいました。これはキオンのトリオン兵による精神攻撃でしたが、わたしの心の中にも『仲間に対する猜疑心の種』があって、それが芽吹いてしまったのは確かです。でもこれがきっかけでわたしは自分の愚かさに気付き、自分を飾ることなくありのままで生きようという決心をすることができました。これまでのわたしであったなら、わたしはチカちゃんに対して厳しいことは言えなかったでしょう。だってそんなことをすればチカちゃんに嫌われてしまうし、チカちゃんの味方であるレイジさんやシオリさんのことを敵に回してしまうことになるだろうから。それを恐れて言いたいことを言わず、無難に傍観者の立場でいたことでしょう。でも今のわたしは何も怖くありません。他人に嫌われないように自分の見栄えを良くしようと飾り立てることと、失うことを恐れずに飾らないありのままの自分でいることを天秤にかけたら、後者の方が大事だって思うようになったからです。もう自分を偽ることはやめました。そうしたら目の前に漂っていたモヤのようなものが消え、自分が進むと決めた道がはっきりと見えるようになってきたんです」

 

「……」

 

「そして最後にひとつ。これまで散々チカちゃんのことを責めましたが、わたしにもみんなに隠している秘密があって、それは『嘘をついていた』とか『騙していた』と言われても反論できないものです。だから罪滅ぼしの意味を込めてここで告白します。…わたしは生身の人間を斬り殺したことがあります」

 

「!?」

 

千佳と栞の表情が強張り、一瞬息が止まった。

レイジはこの事実を知っていたので事件自体に驚くことはなかったが、まさかツグミが告白するとは思ってもおらず衝撃を受けていた。

 

「人を殺したことがあると知られたら怖がられたり避けられると思ったからずっと黙っていたんですから、わたしもチカちゃんと同罪かもしれません。でもチカちゃんの罪はいずれ許されるでしょうが、わたしの罪は永遠に許されることはありません。なにしろ許しを与えられる唯一の存在は死んでしまっているんですからね」

 

そう言い残し、ツグミは屋上から立ち去った。

 

 

 

 

ツグミが立ち去った後、残された3人はしばらくひと言も発せず俯いたままでいた。

それはツグミの衝撃的な告白のせいもあるが、それぞれに思うところがあり即解散というわけにはいかなかったのだ。

そのうちにレイジが重々しい口ぶりで言った。

 

「ツグミが言ったことは事実だ。第一次近界民(ネイバー)侵攻で、あいつは近界民(ネイバー)が背後から襲って来た時に敵が生身であることを知らず反射的に斬り殺してしまった。あきらかに()()だ。あいつに罪はない。そもそも戦争中での出来事なのだから誰もあいつのことを咎めることはなかったが、人を殺したという事実に変わりはない。その罪をずっと胸の中に抱えたままでいたことを俺は知っていた。知っていても何もしてやれなかった。どんな言葉をかけたところで、あいつの心の傷を癒すことはできやしないのだから」

 

「……」

 

「だからなのか、あいつは仲間を絶対に死なせたくない、いや近界民(ネイバー)であっても死なせたくないと考えて行動している。人間の命を奪ったことがあり、自分自身が死にかけたことがあるからこそ頭と心で『人間の命』というものを理解しているんだろう。俺たちも人の生き死になんてものはあいつと同じ状況になれないかぎりわからないんだろうな…。事情はどうであれ人を殺したことがあると知られれば怖がられたり嫌われたりするだろうから隠していたのだが、そんな自分が雨取を責めるだけ責めておしまいにすることはできないと考え、誰にも言えなかったことを告白した。そういうことだから、このことは誰にも言わないでくれ。俺のような旧ボーダー時代からの人間は知っているが、これ以上あいつの古傷を広げたくはない」

 

「わかったわ」

「わかりました」

 

 

ツグミの衝撃的な告白の件は済んだが、本題である千佳のことがまだ残っている。

 

栞は千佳が自分の命を軽視しているところがあると感じ、千佳をがっつり甘やかすという方針を貫いてきた。

「みんながあなたのことを心配しているのだから自分を大切にしてほしい」という本心からの気持ちである。

しかし千佳に対して「撃てなくてもかまわない。誰も責めたりしないから大丈夫」という安心感を与えたと同時に逃げ道を作ってしまっていたことに栞は気付いた。

 

(千佳ちゃんには無理をしてほしくないと思ってずっと甘やかしてきた。彼女に対して注意したことって『自分の命を軽く見て危険なことばかりしちゃダメ』と言ったことくらい。彼女の行動に対してダメ出しをしたことは一度もなかった。撃てないことに対しての解決策を考えてあげたことはなく、できないという彼女に『きっとできるようになる。頑張ってみよう』という励ましの声をかけるだけ。千佳ちゃんがいつか撃てるようになるのを見守っていようという消極的な姿勢だったのは事実。…でももしかしたら厳しいことを言って千佳ちゃんに嫌われたくないという保身の気持ちがアタシにもあったのかも。千佳ちゃんに好かれる良い先輩を演じていただけなのかもしれない)

 

千佳は「人を撃ったことで責められる」ことに怯えていたが、「いざという時に撃たなければそれはそれで責められる」とわかっていた。

しかし周囲の人間が「撃たないことで責めたりはしない」という姿勢でいれば、撃たないでいる方が自分にとって都合が良いという考えに偏ってしまう。

おまけに鉛弾(レッドバレット)を使用した攻撃手段を手に入れたものだから、ますます「人を撃ちたくないから撃たない」で済む()()方へ流されて行く。

千佳がこうなってしまった原因の一端は栞たちの甘やかしにあると言われたら否定できない。

 

 

レイジはツグミのことを長年見守ってきたから良く知っている。

彼女が千佳に対して厳しいことを言ったのは嫌っていたり憎んでいるからではなく、心の底から千佳のことを心配しており、人が撃てないという悩みを解決したかったからだと理解もしている。

それに信頼していたからこそ失望感が一層強くなり、つい言い方が乱暴になってしまったのだとも思えるし、わざと乱暴にして嫌われ役を演じていたようにも感じられた。

 

(ツグミが言うように雨取が俺の弟子である以上、俺はあいつに狙撃手(スナイパー)としての技術だけでなく、メンタル面でのサポートをもっとするべきだった。あいつが人を撃てないことで悩んでいたことは知っていたから、俺は人が撃てないのはある意味正常だと教え、戦いたいなら少しずつ慣らしていけばいいと教えた。しかしそれは見当違いだった。自分の膨大なトリオンのせいで他人の目を気にして、人を撃ったことで責められるのが怖いという心理的理由が原因などとは想像もできなかった。雨取が告白してくれなければずっと気付かなかっただろう。ヒュースが雨取を追い詰めるようなマネをしたから話が聞けたわけで、俺や宇佐美のようにただ甘やかして本人が自分から変わるのを待っているだけであったら永遠に知ることはなかったかもしれない。こういう場合はツグミのような荒療治も必要だ。もし俺たちが最後に千佳のすべてを認めて許すだけで終わらず、逆境を乗り越えるために必要なことや自分がやるべきことだと決めたことはどんな困難であってもやり遂げる勇気を持つように諭していたなら、ツグミはあえて苦言を呈すようなことはしなかっただろうな)

 

甘やかすことは悪いことではないが、限度を超えたり使いどころを間違えれば薬どころか毒にしかならない。

ツグミはそのことを良く知っており、レイジと栞の「千佳を責めずに認めてやる」方針を否定はしないが、根本的な解決をせずに終わらせてしまおうとした態度は認めることができなかったのだ。

レイジ自身も千佳は人を撃てると確信しており、訓練を続けていればそのうちに慣れて撃てるようになると楽観的に捉えていた。

だから積極的な()()はせず成り行きに任せていたのだが、それは具体的な治療方法が見付からないから放置しておいたとも言える。

しかしツグミは千佳の心の病の治療方法を見付け、それが荒療治になるということも承知の上で()()した。

たしかに乱暴なやり方で、いわゆる言葉による暴力ともいえるものだが、彼女の言っていることは間違っていない。

 

(雨取自身が悪いわけではないが、修がボーダーに入隊したのは本人の意思というよりは雨取を守るためには他に手段はないからという理由だった。ツグミは『呪い』と言っていたが、雨取の兄が修に雨取を託すようなことをしなければ、修はボーダーに入隊したとは思えない。あいつの人生を変えてしまったというのは過言ではないな。それから友人がさらわれたことと兄の失踪を自分のせいだと思い込むといったところはたしかに()()妄想に駆られていると言える。子供の時のトラウマが原因であっても極端すぎる。それにツグミの言うように、雨取の陰口など聞いたことはない。玉狛の連中は誰ひとりとしてあいつを悪く言うことはないし、狙撃手(スナイパー)仲間との関係も良好だと聞く。しかも他人との交流には消極的で、玉狛の人間以外だと本部の夏目とユズルくらいしか親しい友人はいないらしい。…いや、俺たちとの間にも一定の距離を置いていて、本心を見せようとはしていなかった。それは俺たちのことも信用できなかったからというわけか…)

 

ヒュースに追い詰められてにっちもさっちも行かなくなって、ようやく自分を責めたりはしないと思える人間に対して()()本心を打ち明けるに至った千佳。

もしここで栞とレイジしかいなかったら全面的に自分を肯定する栞とレイジの言葉がすべてとなり、「誰も責めたりしないのだから、撃ちたくないものを無理して撃つ必要はなく、自分に出来る範囲内でやれることだけやっていればダメなヤツだとも思われずに済む」という()()()()で自分を正当化しておしまいになっていたかもしれない。

しかしそこにツグミがいたものだから、千佳に対して疑義を唱えた。

本人も言っていたが、精神的に追い詰めることで「撃たなかったら起きるかも知れない恐ろしい現実」を想像させ「撃たなければ大事なものを失うという恐怖」を植え付けるという()()()を施して「根本的な解決」を目指したのだ。

 

 

その荒療治の効果は出ており、千佳は自らの行いを振り返っていた。

 

(わたしはツグミさんに嘘をついたり騙したりしているつもりはなかった。でもあの人の言うとおり。わたしは自分のことしか考えていなくて、自分が傷付きたくないだけなのに『誰かを傷付けたくない』という自分で自分に言い訳をして、周りの人たちと距離を置いていた。玉狛支部の人や出穂ちゃんやユズルくんがわたしのことを真剣に心配してくれているのに、わたしは『撃ちたくない』を『撃てない』ということにしていたんだから騙していたと言われても仕方がない。わたしはみんなのことを信頼していると口では言っていても、本当は誰のことも信じていなかった。修くんのことだって信じていなくて、わたしに優しくしてくれるからその気持ちを利用しているだけだと言われても否定できない。そして修くんがボーダーに入ったのは兄さんのせい。そしてそれはわたしのせい。本当だったら修くんは近界民(ネイバー)と戦うことはなかったし、死にそうになるほどの大怪我だってしなくても済んだはずだもの)

 

近界民(ネイバー)に襲われたことを訴えても両親にすら信じてもらえなかった千佳。

そのせいで人を信じることができなくなった。

いや、信じてくれる者が現れても青葉のように失うことがあれば、その責任を押し付けられて自分が傷付ことになるのだから、人なんて初めから信じなければいいと自分から人を遠ざけていた。

学校でも友人を作らず、近界民(ネイバー)から逃げるためにできるだけ目立たないよう気配を消す癖がついてしまった。

それが彼女のサイドエフェクトの「近界民(ネイバー)の気配を察知する」能力と同時に持つ「自分の気配を消す」能力を生み出したのかもしれない。

そして周囲との関係に波風立てないために自我を抑えて他人に追従し、微笑んでいてもそれは他人の目を気にして()()をしているだけ。

他人に嫌われないように自分自身を偽っているのだ。

しかしそれは彼女に限らず誰でも多かれ少なかれ同様のことをしている。

現にツグミもそうであったと言っていた。

 

(でもツグミさんはわたしとは違う。あの人はわたしに失望したというのに自分の過去の辛かったことを話してくれた。人を斬って死なせてしまったことなんて絶対に知られたくなかったはずなのに、それをわたしのために話してくれたんだ)

 

千佳はツグミと自分を比べてみた。

 

(わたしはツグミさんのことを何でもできるすごい人だと思ってた。ボーダー隊員としてはA級レベルの完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)だし、手先が器用で勉強もできる。羨ましいと思ったけど、ずるいとは思ったことはない。そう…ツグミさんの言うとおり。自分より優れている人がいたら羨ましいと思うし妬む人間もいる。だけど真に優れている人は妬むような少数の人間のことを気にして自分の持つ才能を隠そうだなんてしない。それよりも自分に対して友好的な大多数の人の期待に応えようとする。ツグミさんはそういう人。それにあの人はいろんな犠牲を払い、努力を重ねた末に今がある。あの人も他人の目を気にして自分を良く見せようとしていたと言うけど、やっぱりわたしとは違う。わたしは他人から期待されても『わたしはこれだけしかできないから』と言って逃げようとする。あの人は他人の期待に応え続けて疲れてしまったけど、そのおかげで自分を見つめ直してありのままでいる道を見付けることができた。その結果他人から嫌われることになってもそれを恐れないと言う。それはあの人が自分の生き方に自信を持っているからだ。わたしだったら過失であっても人を殺してしまったなんて口が裂けても言えない。強い人なんだなって思う。でもそんなことを言えばきっとあの人は『わたしは強くない。弱いから強くなりたくて努力を重ねている』って言うに違いない。わたしならそこまでできない。適当な理由を付けて『わたしの限界はここまで。だからもう無理』とか言って努力を怠る。そこがわたしとあの人の大きな違いなんだ)

 

そして千佳は自分の心の弱さが「罪」であると悟った。

 

(そうだ…わたしはもっと強くなろう。わたしのことを嫌う誰かのことを気にするよりも、わたしのことを信じてくれる仲間のことをわたしも信じて一緒に戦おう。玉狛のみんなや本部の狙撃手(スナイパー)の人たちはわたしのことを責めたり嫌ったりすることは絶対にない。みんながわたしを責めるかもしれないなんて思うからいけなかったの。わたしがみんなのことを信頼すれば、みんなもわたしのことを信頼してくれる。だからもう恐れない)

 

「だってわたしはひとりじゃないんだもの!」

 

千佳が突然そう叫んで立ち上がったものだから、栞とレイジは驚いた。

 

「どうしちゃったの、千佳ちゃん!?」

 

栞の呼びかけに千佳が答えた。

 

「わたし、ツグミさんに謝ってきます! そしてもう何も恐れずに戦う覚悟を決めましたって言います!」

 

そして栞たちを残して階段を駆け降りて行ったのだった。

 

 

 





【作者による言い訳】

142話~144話を読んでいただきありがとうございました。
原作ではレイジと栞が千佳の心情を理解して許すことにより、千佳が「ちゃんとわたしも戦いたい」という気持ちになって終わります。

しかしこれだけで彼女の問題が解決できたでしょうか?

千佳の「人が撃てるか撃てないか」の問題は解決できたとして、他人が彼女のことを「あんなにトリオンを持ってるなんてずるい」とか「あんなずるい奴とは戦いたくない」とか陰口を叩くことを止めることはできません。
もし千佳がひとりでいる時にそんな会話を耳にしてしまったらどうなるでしょう?
「やっぱりわたしはみんなから見るとずるいんだ」「みんなから嫌われている」と思ってショックを受けるに違いありません。
その悪口を言われたという事実を千佳はレイジや栞に相談し、彼らがその連中の口を塞ごうとするでしょうか?
いいえ、みんなに心配をかけたくなくて千佳は自分の中にしまいこんでしまうでしょう。
また相談してレイジが物理的な手段で悪意ある連中を押さえ込むことにでもなれば、ますます千佳は立場がなくなるでしょうからそんなことをするとも思えません。
「そんな陰口を叩く連中はいる。だからそんなことは気にせずにいろ」と言うだけで、彼女に効果があるとは思えないのです。
「陰口を叩くような連中を恐れて震えているより、自分を信じてくれる仲間を大事にして堂々としていよう」という気持ちにさせるには、レイジや栞の言葉だけでは力不足だと感じました。

「誰もわたしを責めたりはしない」→「撃っても誰も責めないなら、わたしもみんなと一緒に戦える」→「だから撃つ」
という流れでは単純すぎやしませんか?
「誰も責めないと言うから撃ったけど、やっぱり責める人がいた」→「そういう人たちから責められるのが怖いからもう撃ちたくない」→「撃たなくても修くんや栞さんたちは責めないから撃たなくてもいいよね」→「だから撃たない」
になりそうな問題をはらんでいるように思えるのです。
他人の悪意に耐えることのできる強靭な精神力はボーダーで戦うだけでなく、普通に生きていくだけであっても必要なものです。
根本的な解決をしないで前に進めるはずがなく、ツグミはそれを解決するためにあえて厳しい態度で接しました。
ツグミの言い分にはきちんとした根拠があり、それをわかるように説明しています。
過去に多くの仲間を失い、自分が死にかけた経験がある彼女だからこそ、どんな時にもどんな状況でも自分のチカラで切り抜け仲間を守れる「覚悟と根性と心の強さ」を持ってほしいと願っていて、そのためなら自分が嫌われ役になることもやぶさかではないのです。

レイジや栞の「相手を責めないで認めてやる優しさ」は大事です。
ですが優しさだけでなく、ツグミのように厳しく諭すことも重要だとわたしは思います。
なにしろ玉狛支部のメンバーや本部の親しい隊員たち、つまり「千佳の世界の住人」は彼女に厳しく言うことはありません。
かろうじて二宮が厳しいことを言っていましたが、それは千佳に対する彼なりのエールです。
逆に言えば「千佳の狭隘な世界」の外にいる人間は彼女がどういう人間か知りませんから、自分にないものを持っている彼女を嫉妬し、陰口を叩くのは当然というか仕方がないのです。
「誰も責めない」は「千佳に好意的な人間だけが住んでいる限られたとても狭い世界」の中だけのことで、外の世界には様々な悪意がひしめき合っています。
それに耐える力・乗り越える力は他人から与えてもらうものではなく、自らが鍛えていくものです。
この力を武器にして千佳が自らすすんで他の隊員たちと交流して自分の世界を広げることができれば、彼女の悪口を言う人間は減ることでしょう。

千佳の「自分のことしか考えていない」に対し、修の「自分のことを犠牲にしてでも他人を助けようとする」態度の方が危なっかしいですがずっと好感が持てます。
以前に千佳が「自分を囮にして戦う」とか「砲台の役をしたい」と言い出し、それがきっかけで栞は千佳を()()()()()甘やかすことになりますが、むしろ修の方が自分を犠牲にしているところがありますから「もっと自分のことを考えろ」とか「自分を大事にしろ」と諌めた方が良いかもしれません。
そして千佳の「自分を囮にして戦う」「砲台の役」発言も自分を大事にしていないというより「修たちにダメなやつと思われたくないから一生懸命やる」であって、ランク戦で死なないという前提があるから言ったのではないかと思います。
これが実戦であったら彼女は本気で「わたしが囮になる。砲台の役をする」と言えたでしょうか?
ボーダーでの戦いは()()()()()死にませんから、緊急脱出(ベイルアウト)システムのなかった「人は斬られたり撃たれたら死ぬ」の時代を知っているツグミにとって千佳の態度に腹が立つのももっともなことです。

最後にツグミによる「人を殺した」という告白は、千佳の「人に責められるのが怖い」という告白よりもずっと言いづらかったはずです。
以前に千佳に人を斬った時の気持ちを教えましたが、その時の「人を斬った」が第一次近界民(ネイバー)侵攻で殺してしまった近界民(ネイバー)のことを言っているのです。
ツグミはずっと罪の意識に苛まれ、周囲の人間が「おまえは悪くない」と言っても効果はありませんでした。
彼女の罪を許すことができるのは、犠牲になった近界民(ネイバー)の「おまえのせいじゃない」という言葉だけなのですから。
ですからここで懺悔のような告白をして千佳や栞に「あなたは悪くない」と言ってもらいたかったわけではありません。
千佳に対して彼女の心の傷をえぐるようなことをしたことをした「詫び」のつもりなのです。
その結果、自分が玉狛支部に居られなくなるとしても告白せざるをえなかったわけです。


以上のような理由によって142話~144話は描かれました。
読者様にはいろいろ思うところがあるでしょう。
ですがツグミ=拙作の作者はこのように考えて描いたのだということだけはわかっていただきたいのです。
くどいようですが、葦原先生の作品にケチをつけたいのではなく、ただ納得できない部分を自分なりに補填しただけのことですのであしからず。


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