ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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148話

 

 

部隊解散届の提出は滞りなく済んだ。

受付をしてくれたのがツグミの顔馴染みの職員であったのでいろいろ事情を訊かれたが、上手く誤魔化して受付をしてもらった。

本来なら林藤による支部長印が先に必要なのだが、会議のために本部へ来ることになっているのでその時に押印してもらうことになっている。

そして城戸まで書類が回って決裁印を押してもらえば正式に霧科隊という部隊は解散となるのだが、あまりにもあっさりと「大切にしていたもの」を手放すことができたものだから、ツグミは自分のことなのに他人事のような気がして妙な気分であった。

 

一方、新居探しは難航している。

彼女が理想としているものに合致する物件はなく、現在あるものの中から決めても不満が残るとして民間の不動産屋の物件を含めてその中から選ぶということに決めてしばし保留ということとなった。

急いで決めなければならないというものではないが、だからといって長居はできない。

忍田家周辺にボーダー関係者は住んでいないものの、もしツグミが忍田の家で暮らしているということを知られたら「ボーダー本部長が部下の女子隊員と同棲している」という噂が立ちかねない。

なにしろボーダーの正隊員は顔が知られているし、忍田もテレビの記者会見などに登場しているから市民の多くが彼のことを知っている。

そしてそのふたりは「赤の他人」ということになっていて、そのふたりが同じ屋根の下で暮らしているとなれば、それはボーダーという組織を揺るがす大スキャンダルとなり、ボーダーを快く思わない連中の絶好の餌食となるだろう。

三門市民はボーダーに対して好意的な人間が多いものの、すべての人間が味方というわけではない。

第一次近界民(ネイバー)侵攻で家族や家を失ってボーダーを憎んでいる人間もかなりの数いる。

さらに先の大侵攻では人的被害はなかったものの経済的な被害が出ており、一部の人間からの信頼度が下がってしまったことは否めない。

近界民(ネイバー)によって被害が出たのだからボーダーを憎むのは単なる逆恨みなのだが、抑えきれない憎しみの心を何かにぶつけなければ精神の安定が保てないほど彼らは傷付いてしまった哀れな人たちなのである。

そういった人間に炎上の火種を与えるようなことは絶対に避けるべきだ。

もちろんふたりが戸籍上の父娘であると発表すれば済むことなのだが、それはそれでいろいろ問題が起きそうなので黙っていた方が良い。

よってツグミが()()()()新居を見付けてそこで暮らすようになるのがベストとなるわけだ。

 

 

本部基地での用事を済ませてしまったツグミがC級ランク戦のロビーを歩いていると、見覚えのある顔のC級隊員とすれ違った。

そのふたり組の男は以前にツグミがC級隊員に変装して玉狛第2の試合を見に行こうとした時に邪魔をした背の高い短髪の少年と長髪で耳にピアスをしている少年である。

もちろん彼らはすれ違ったツグミがあの時のC級女子だとは想像もしていない。

 

「あの時のクソ生意気なC級女子、あれ以来顔を見ねえよな?」

 

「ああ。あん時は大勢の前で恥をかかせてくれたからな、今度見付けたらギッタギタにしてやる」

 

「当然だ。入隊したばっかの初心者だからって手を抜いてやったら本気出しやがって、絶対に許せねえ」

 

もちろん彼らはすれ違ったツグミがあの時のC級女子だとは想像もしていない。

だからこそ彼女の前で平気で陰口を叩けるのだ。

 

(こういう連中がいるからチカちゃんが他人の目を気にしてしまうのも無理はないけど、こんな虫けら以下の連中のことなんて無視すればいい。それができるくらい()()()で強くなってほしい。そんなわたしの気持ちをわかってもらえるといいんだけど…)

 

そんなことを考えながら歩いていると、さらに気になる会話が聞こえてきた。

 

「東隊長はそう言ってたらしいけど、あいつは絶対に近界民(ネイバー)だ。物証はないけど、オレは確実にこの目で見ているんだぜ」

 

その声に反応してツグミは周囲を見渡すが、人の数が多くて声の主を断定することはできずにいた。

無闇に声をかけて()()に悟られてはならないと、ツグミは捜索を一時中止する。

 

(あいつって言うのはヒュースのことに間違いない。東さんたちが噂の上書きをしているって聞いているけど、それでもまだ言い張るのね…。声の主は自分の発言を正当化したいというよりも、どうしてもヒュースを近界民(ネイバー)だということにしたいのかもしれない。でもそんなことをしたって誰の得にもならないのにどうしてかしら? さらわれたC級の中に親しい友人がいてアフトクラトルのことを恨んでいたとしても、騒ぎを大きくする理由にはならないし。つまり他に理由があるってこと。…そうなるとこれはかなりマズイわね)

 

ツグミは自分ひとりで行動するよりも一刻も早く根付に知らせるべきであると判断し、東の携帯電話に連絡を入れた。

幸いにも東は本部基地内におり、事情を聞いた東は根付に面会予約(アポ)を取ってくれると言う。

そしてツグミと東はメディア対策室前の廊下で落ち合うことにした。

 

 

 

 

「お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ありません」

 

東に謝るツグミに彼は首を横に振る。

 

「いや、これはボーダーにとって非常に重要なことだ。すぐに知らせてくれて、逆に礼を言いたいくらいだから気にするな」

 

「はい」

 

「それでさっき電話で言っていた『他に理由がある』という根拠を訊いてもいいか?」

 

「もちろんです。でも確証はなく、単なるわたしの想像でしかありません。突拍子もない話だと思っても最後まで聞いてください」

 

そう念を押してからツグミは話し出した。

 

()()はC級とはいえボーダー隊員なのですから、この組織にとって不利益を生じさせることをするとは思えません。一度目は目立ちたいお調子者がセンセーショナルなことを言って騒いだということで済んだとしても、一度否定されたことを再び蒸し返して自分の発言を通そうとするからには何か特別な理由(わけ)があると思うんです」

 

「ふむ…」

 

「それで以前にジンさんから聞いた情報を加えてひとつの仮説を組み立ててみました。…先月のガロプラによる本部基地襲撃の際に敵は遠征艇を破壊すること目的にしていたということですけど、その目的を果たせずに撤退してから10日以上一切動きを見せないのはおかしいと思いませんか?」

 

「…たしかに目的を達することができたなら、さっさと帰国してしまったと考えるのが自然だが、現実には多数のトリオン兵を失っただけで何の結果も出せていない。その後まったく動きを見せずに沈黙をしているのは変だ。むしろ気味が悪い」

 

「ですよね。それでジンさん曰く『本国が混乱しているアフトクラトルの連中はボーダーを足止めするために従属関係にあるガロプラを利用。ガロプラの連中は遠征艇を破壊することを目的として本部基地を襲撃させた』ということですから、ガロプラの連中は帰国したくても目的を果たせていないので帰ることができず、まだ三門市に潜伏していているのではないかと思うんです」

 

「その可能性は大きいな。迅はこの件に対して何か視えているのか?」

 

「それはわかりません。わたしは何も聞いていませんし、関連する未来が視えたなら城戸司令たちに伝えているでしょうから、東さんの耳にも届くはずです。それでガロプラが本部基地襲撃に際に『トリオン兵に姿を変えた人型近界民(ネイバー)が、(ゲート)のようなものを作って壁抜けをして侵入した』と聞いています」

 

「そのとおりだ。…ということはもしかして…?」

 

「ガロプラの人間が実在するC級隊員になりすまして侵入し、ヒュースが近界民(ネイバー)だという噂を流して内部を混乱させることで遠征を延期させようとしているのかもしれないと考えたんです。遠征艇を壊すのは無理だとしても、情報操作や内部の混乱を招いて遠征計画を遅延させることはできます。そういうことでもしこの仮説が本当のことだったらと考えたら早く手を打たなければならないと行動に移したんです」

 

「ああ、そのとおりだ。しかしボーダー以外のトリガーを使えばその反応は察知されるだろうし、(ゲート)を使って侵入すれば間違いなくすぐにわかるぞ」

 

「でももし敵が()()()()()トリガーを使用していたとしたらどうなると思いますか?」

 

「そうか! C級隊員を拉致してトリガーを奪い、そのトリガーを使用して正面から堂々と侵入されたとしたらわからない上に、そのC級隊員の命が危険に晒されているということにもなるのか!」

 

「そうです。ですが時期的にも拉致されたC級はまだ生きている可能性は高いです。利用できる内は簡単に殺したりはしないはずですから。ですがこちらがガロプラの作戦に気付いたと知られたらどうなるかわかりません。なのでわたしは単独行動をせずに、真っ先に東さんに連絡をしたというわけです。ただしこれは全部わたしの想像によるものですから物証はありません。根付さんにも一笑されるかもしれませんが、わずかでも可能性があるのですから調べてもらいたいと思って」

 

「了解した。奇想天外な話とも思えるが、ただの妄想とも言い切れない。事態が悪化しないうちに手を打たねばならないな。…ところできみが本部にいるのは珍しいが、こっちに何か用事でもあったのか?」

 

東に訊かれ、ツグミは素直に答えた。

 

「部隊解散届を出しに来ました」

 

「部隊解散…だと?」

 

「はい。どうせ隊長会議の時に知られることですから隠すことはないですものね。いずれ上から発表がありますが、()()()()()でわたしは本部に異動になります。なので霧科隊つまり玉狛第3は解散することになり、その手続きをしに来たというわけです」

 

「そうか、玉狛第3のオペは宇佐美だったからな。本部に異動したら彼女に頼むのは無理か。…となると改めて本部所属のオペを探して新規に部隊を結成するということか?」

 

「いいえ。その()()()()()で部隊は組めません。正式な発表前にわたしの口からは言えませんので、詳しいことはもうしばらく待ってください」

 

「わかった。しかしきみとは一度公式戦で戦ってみたかったのだが、残念だ」

 

「わたしもです。わたしも一度でいいから大勢の観客の面前で東さんを緊急脱出(ベイルアウト)させたかったので残念でたまりません」

 

東は微妙な表情になり、続いて声を殺して笑ったのだった。

 

 

 

 

それから30分ほどして根付がメディア対策室に戻って来た。

沈静化するだろうと思われていた案件を再び持ち出され、それが大事件に発展しそうだという情報を持ち込まれたものだから、根付の機嫌はすこぶる悪い。

しかしツグミから詳しい話を聞かされ、それが仮説で済まなかった時のリスクを考えれば動かざるをえない。

ひとまずC級男性隊員が本人かどうかひとりずつ調べていくことになった。

いくらそっくりに()()()いても中身が近界民(ネイバー)であれば必ずボロが出る。

もちろん周囲の人間に悟られることなく慎重に進めなければならないのは言うまでもなく、根付は城戸たちに報告するべくメディア対策室を出て行った。

ツグミは東と一緒に部屋を出ると、後のことは東たち本部の人間に任せて帰宅することにした。

 

 

◆◆◆

 

 

忍田家の夕食のメニューはちらし寿司と蛤の茶碗蒸し、そして菜の花のお吸い物である。

3月3日はひな祭りなので、ツグミはそれに合わせた料理を作ったのだ。

あとは忍田が帰宅するのを待つだけなのだが、例のC級隊員が潜入したガロプラのスパイではないかというツグミの情報を元に緊急会議が開かれ、定時よりも1時間から2時間ほど遅れるという連絡があり、ツグミは手持ち無沙汰でいた。

 

(わたしの仮説が取り越し苦労で済めばいいんだけど…)

 

ツグミはガロプラとの戦いに参加していないが、迅からいろいろな話を聞かされていた。

この襲撃はアフトクラトルにとっては非常に重要なものではあるが、ガロプラにとってはまったく利益がないものである。

ガロプラはこちら側の世界を侵略しようとか、トリオン能力者を拉致しようというのではなく、あくまでも宗主国であるアフトクラトルの命令に従っているだけ。

従属関係にあるガロプラはアフトクラトルの命令を拒否することができず()()()()()ボーダー本部基地を襲撃したが、結果が出ていないことから帰国もできずにいるはずである。

遠征艇を破壊することはできなくとも、ここで組織の内部を混乱させることで遠征計画を延期させることができれば、アフトクラトルに対して面目が立つというもの。

その状態で今回の事件であるから、ガロプラが関係しているとツグミが考えるのも当然である。

次のアフトクラトル遠征は万全の態勢で挑まねばならない。

だから余計なことにかまっていられないのだが、遠征計画を邪魔する者が現れたなら確実に排除すべきである。

そのためには僅かな可能性であっても看過することはできないということで、緊急会議の議題となったのだった。

仮にツグミの仮説が正しかった場合、C級隊員ひとりの命がかかっているわけで、()()探しは最優先事項となる。

ここでツグミの仮説が完全に否定できればそれはそれで良し。

さらに噂の発信源が近界民(ネイバー)でなく本物のC級隊員であったなら、それはそれで犯人を突き止めて口を塞ぐことができて騒ぎは沈静化し、噂も隊員たちの記憶から消えていくことだろう。

 

 

(キオンのトリガーの解析は進んでいるのかな…?)

 

続いて考えることはキオンの「敵トリガーを無効化するトリガー」のことである。

次の遠征ではアフトクラトルまでの途中で立ち寄る国で()()()()()()()()()()()()()戦闘に巻き込まれる可能性は高く、アフトクラトルとの戦いの前に戦力を消耗したくはないと考えている。

もしこのトリガーをボーダー側でも使うことができれば戦闘を有利に運ぶことができるだけでなく、本格的な戦闘に至る前に敵を撤退させることも可能だ。

敵となる近界民(ネイバー)もボーダーのトリガーを研究・解析しており、実際にガロプラが緊急脱出(ベイルアウト)システムを使用している。

近界民(ネイバー)のトリガー解析も優先事項であるから、防衛部だけでなくメディア対策室、開発室、外務・営業部…すべての部署が忙殺されていた。

それなのに通常の防衛任務にすら参加できずにいるツグミは心苦しくてたまらない。

 

(わたしにできることは忍田()()()の健康管理くらい。今あの人が倒れたら目も当てられない。だからプライベートな部分はわたしが全力でフォローしなきゃ。…本来ならこれは沢村さんにやってもらうべきなんだけど、彼女には本部長補佐の仕事があるものね。それと自分自身の健康管理もしなきゃいけない。二度もトリオン切れで倒れるようなことになったらボーダー隊員失格。メンタル面でももっと強くならなきゃ、この先やっていけないもの)

 

並みの人間よりもはるかに強いメンタルを持つツグミだというのに、それでもまだ十分ではないと考えている。

自分の限界を作らずにさらに上を目指そうとする彼女の姿勢は好ましいが、度が過ぎれば自らを滅ぼしかねない。

彼女に近しい者たちは彼女のことを見守る姿勢でいるが「強く張りすぎた弓の弦は切れやすい」の言葉もあることから常に不安を抱えている。

一方ツグミはそのことに気付いておらず、周囲の人間に心配をかけたくないといいながら心配をかけていることになっているなど想像もしていないのだ。

 

 

 






読者の皆様へ

ご存知のとおり、この148話は原作の第176話の中でC級隊員の間に「玉狛の新入りは近界民(ネイバー)なんじゃないか」という噂が広まったエピソードの続きが描かれています。
当然これはオリジナル展開です。
原作では2月19日の夜にガロプラによる本部基地襲撃があり、そこで任務に失敗したガトリンたちは「玄界(ミデン)の軌道を外れるまではまだ日がある」として身を潜めている状態です。
葦原先生はこのままガロプラのメンバーをフェードアウトさせるのではなく、何らかの形で再登場があることを匂わせています。
しかし本日(2019/12/4)発売された「ジャンプSQ」の第188話の段階まで登場はありませんでした。
そこでこの物語の中ではこの段階でガロプラを再登場させ、ガロプラ関連のエピソードは原作とは違う形で終結させることにしました。

この物語はできるかぎり原作に沿うよう物語を進めてきました。
ですから玉狛第2は原作と同じメンバーで、同じ相手と戦い、同じ結果を出しています。
オリ主もRound4までは参加し暫定1位にまで上り詰めましたが、このままだと原作の流れと矛盾してしまうため、オリジナル展開の流れに合わせてランク戦に不参加させることになったわけです。
オリ主を中心にし、原作の主人公4人をサブキャラ扱いで「原作の流れと矛盾が出ないようにオリジナル展開でストーリーを進める」方針で描いてきましたが、さすがに原作に追いついてしまいましたのでこれ以上は原作と大きく外れることになるのは仕方がありません。
玉狛第2が最終戦でどういう結果を出すのか、修を含めて全員でアフトクラトル遠征に参加できるのか…現状では全くわかりません。

原作が進むのを待ってこれまでのようにできるかぎり原作準拠で物語を進めるか、または完全にオリジナル展開にして原作がどのような形で進むとしても無視して進めるか、二択を迫られております。
ひとまずB級ランク戦最終戦の直前まで描き終わっていますので、そこまでは定期的にアップしていく予定です。


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