ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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152話

 

 

レギンデッツが目を覚ました。

牢屋のベッドの上にいたものだから自分の置かれた状況が把握できないようでいたが、鉄格子の向こう側にツグミと迅がいるのを見付けた瞬間にすべてを理解したようだった。

そして怖い顔で睨みつけながらふてぶてしく言う。

 

「オレは何も話さないからな」

 

そんなレギンデッツに対し、ツグミが挑発的に言い返した。

 

「わたしはあんたみたいな下っ端に興味はないわよ。あんたはタダの捕虜で、拉致された隊員を救出するための交換材料だもの。話をする必然性もないわ」

 

「貴様ぁ!」

 

ツグミに飛びかかろうという勢いのレギンデッツだが、ツグミは涼しい顔で続けた。

 

「まあ、わたしたちはあんたと話すつもりはないけど、ウチの上官が何をするかは知らない。なにしろウチの隊員を拉致したんだから、拷問でも自白剤でも何でも使って情報を吐かせることになるかもね。その時には嫌でも喋ってもらうことになるから覚悟しておきなさい。ウチの上官は手段を選ばないから」

 

「……」

 

ツグミは拷問という言葉を出したものだから、レギンデッツは勢いを失くした。

自分たちが捕虜に対してやっている酷い仕打ちを思い出し、自分がやられる立場になったことで怯えてしまったのだろう。

 

「ジンさん、捕虜の目が覚めたことですから城戸司令に連絡して話を進めましょうよ」

 

「ああ、わかった」

 

 

 

 

数分後、迅の連絡を受けた城戸、忍田、林藤が牢の前にやって来た。

そして城戸がレギンデッツの使用していた携帯電話を手にしながら言う。

 

「これからきみの仲間に電話をし、きみとウチの隊員の身柄交換の交渉をする。我々はきみをどうこうしたいのではなく、拉致された隊員を救出したいだけだ。よってきみには交渉をスムーズに行うために少々協力をしてもらうことになる」

 

「断ると言ったらどうする?」

 

レギンデッツが訊く。

口では反抗しているようだが、城戸の感情を表に出さない冷徹そうな目と大きな傷跡に怯え、さらにツグミから目的のためなら拷問もやぶさかではないと聞かされているから反抗するにも腰が引けているようだ。

 

「断るのであればこちらにもそれなりの考えはある。ひとまずこれを使わせてもらうぞ」

 

そう言って城戸は忍田に携帯電話を手渡し、忍田はリダイヤル機能を使って電話をかけた。

 

 

「…レギー、何かあったのか?」

 

電話に出たのはコスケロであった。

定時連絡以外の通信であるから、彼の声は少し訝しげである。

 

「私はボーダー本部長の忍田という者だ。そちらのリーダーを電話口に出してくれたまえ」

 

「…!」

 

レギンデッツが所持している携帯電話でボーダーの幹部から電話があれば、どういう状況であるかは何も言わなくてもわかるはずだ。

コスケロはガトリンに携帯電話を渡した。

 

「俺はガロプラのガトリン。遠征部隊ガトリン隊の隊長だ」

 

「私はボーダー本部長の忍田真史。先日は私の部下たちが大変世話になったようだが、それについてはひとまず置いておいて用件を言う。我々は貴君の部下の少年を預かっている」

 

「レギー…いや、レギンデッツは無事なのか?」

 

「もちろんだ。彼の声を聞くかね?」

 

「ああ、頼む」

 

忍田は携帯電話をレギンデッツに向けた。

 

「きみの上官が声を聞きたいそうだ」

 

するとレギンデッツは鉄格子に駆け寄り、携帯電話の通話口に向かって喋る。

 

「隊長、すみません。作戦に失敗しました」

 

「そのようだな。それよりも怪我はしていないか?」

 

「はい、今のところは問題ありません。ですが今後どうなるかはわかりません」

 

「心配するな。俺たちが必ずおまえを助け出してやる。もう少し待っていろ」

 

「わかりました」

 

レギンデッツは泣きそうな顔で俯いた。

忍田は再び携帯電話の通話口に向けて言う。

 

「このように貴君の部下は我々の手中にあり、彼の運命は我々が握っていると言ってもいい。しかし我々は彼を拷問して情報を引き出そうとか、先日の戦闘の憂さ晴らしに暴力を振るおうというのではない。貴君らが拉致したウチの隊員を返してほしいだけだ。つまり人質交換をしたいということ。お互いに大事な部下を失うわけにはいかないだろ?」

 

忍田はこのガトリンという男のことをまったく知らないが、遠征部隊の隊長を務める以上は部下をみすみす死なせるようなことはないと考えている。

敵も拉致したC級隊員に危害を加えることを目的としているわけではないので、人質交換はそう難しくはないはずなのだ。

 

「わかった。人質交換に応じよう。それでこちらはどうすればいい?」

 

「我々は貴君らの存在を公にはしたくない事情がある。よってここにいる限られた人間のみで話を進めたい。そこでひとつ提案があるのだが聞いてもらえるか?」

 

この人質交渉において主導権を握っているのはボーダー側だと思わせておき、ここでこちら側から譲歩の気配を見せれば相手が乗ってくると()()()が言い出したのだった。

 

「どういう内容だ?」

 

「我々は貴君らがこちら側の世界の人間をさらったり侵略をしようとしているのではないことを知っている。あくまで宗主国であるアフトクラトルの命令に従わざるをえなかったため、不本意ながら戦闘を仕掛けてきたのだと推測している」

 

「そのとおりだ。我らはアフトクラトルから玄界(ミデン)の足止めをするように命じられただけだ。だが遠征艇の破壊に失敗し、続いて情報操作によって内部を混乱させるという手段に出たのだがそれも失敗した。ただし我らは民間人には一切手を出してはいない。我らガロプラは玄界(ミデン)に敵意はないのだ」

 

「わかっている。そこで我々は貴君らと取引をしたいと考えているのだが、貴君らにとっても悪い話ではない。貴君らはアフトクラトルに対し命令を完遂したと言い訳ができれば良い。こちらは貴君らに即刻近界(ネイバーフッド)へ帰ってもらいたい。このふたつを満たす良い話がある」

 

「もったいぶらないで早く言ってくれ」

 

「今夜一九〇〇時、場所は旧三門市立大学キャンパスのグラウンド。この場所でこちらから貴君らに贈り物をしようと思う」

 

「贈り物だと? それは何だ?」

 

「それは見てのお楽しみだ。そこで私は部下をふたり同行させる。貴君は部下を連れて来ても良いし、ひとりでもかまわない。そしてその贈り物に満足してもらえたらお互いに信頼関係が成立したとみなし、人質交換に進みたいと思う。どうだろうか?」

 

忍田の話だけでは信用して良いものかわからないものだから、ガトリンは判断に困っていた。

 

「罠…ではないだろうな?」

 

「もちろんだ。この話だけではなかなか信用されないのは当然だ。だからまずお互いの手に人質がいる状態で会って話がしたい。もし即答できないのであれば、貴君も部下たちと相談して決めてもらっていい。しかし貴君らが拉致した隊員にも家族がおり、彼らが心配しているので早く答えがほしい。貴君らにも祖国に家族がおり、早く帰りたいのだろ?」

 

「もちろんだ。…少し待ってほしい。答えが出たらこちらから改めて電話をする」

 

「承知した」

 

ここでガロプラとの交渉は一時休止となったが、5分も経たないうちにガトリンから着信があった。

 

「先ほどの条件をのむことにした。我らもアフトクラトルの連中の仕打ちには腸が煮えくり返っている。ならば敵の敵は味方とも言うからな、一時的に手を結ぶのも悪くはない」

 

「これで決まりだな。では指定の場所の地図をメールに添付して送る。メールの使い方はわかるか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「では約束の時間に待っている。実を言うと私個人としては貴君に会うのが楽しみなのだよ。本部基地に侵入して来た時の戦いぶりを見て、なかなかの猛者であると感じたものだからな」

 

「察するに、貴公も本部長となればそれなりの強者であろう? 一戦交えてみたいものだ」

 

「ハハハ…私も同じ気持ちだが、そうならないための顔合わせだ。お互いに正々堂々といこうではないか」

 

「そうだったな。では、また後で」

 

そこで電話は切れた。

ガロプラ側との接触は上々で、このまま無事に交渉を進めればお互いにとって良い関係を築き、抱えている問題を解決することができるだろう。

ひとまず約束の時間までは3時間弱なので、それまでに「お土産」を用意しなければならない。

そちらは城戸を通して開発室に連絡が行っており、()()()()()を見繕って軽トラックに積み込むまではやってくれることになっている。

突然の指示に鬼怒田は面食らっていたが、事情を知ると自らすすんで動いてくれているらしい。

 

「ツグミ、例のものの手配は済んでいる。交渉の場には私とおまえと迅の3人で行く予定ことになっているが、本当に大丈夫なのか?」

 

廊下を歩きながら忍田がツグミに訊く。

「大丈夫なのか?」というのは、最悪の事態なった場合には戦闘となる可能性を秘めており、その上で彼女の身体のことを心配しているのだ。

 

「もちろん問題ありません。本格的な戦闘に耐えられそうにはありませんが、足手まといになることもありません。いざという時のために最小限の()()()()()で行くと決めたんですから、ちゃんと役に立ってみせます」

 

上手く交渉の場に引っ張り出すことができても、ガロプラ側がこちらを信じずに戦闘員やトリオン兵を多数配備している恐れがある。

その場合、ボーダー側もある程度の戦力は必要で、そのために忍田、迅、そしてツグミという戦闘員のみで赴くことにした。

ツグミではなく林藤でという意見もあったが、城戸がツグミを推したのだった。

 

「トリガーセットはスラッシュ、通常弾(アステロイド)、弧月、旋空、レイガスト、スラスター、通常弾(アステロイド)、シールドとわたしにとってベストな組み合わせにしてありますから心配は無用です」

 

「そういう問題ではない」と言いたかった忍田だが、喉から出かかった言葉を飲み込んだ。

 

(ツグミはいくら私が言ったところで自分の信念を曲げるようなことはない娘だ。それよりもいざという時に私が全力で守る。それしかない…)

 

そう考えてツグミから離れ、歩く速度を落として彼女の後ろ姿を見つめながら歩いて行った。

 

 

◆◆◆

 

 

一方、ガロプラの遠征艇の中ではガトリンたちが難しい顔をしていた。

 

「隊長はあんな約束をしましたが、玄界(ミデン)の連中は何か企んでいるんじゃありませんか?」

 

ウェン・ソーがガトリンに訊く。

 

「たしかに敵の言い分を素直に信じるわけにはいかないが、俺達の作戦は2度失敗してレギーを人質に取られている状態だ。地の利も奴らの側にあってこちらは非常に不利な状態であるというのに、奴らは俺達に武力ではなく穏便に話し合いで事を解決しようと言っている。もちろん奴らは仲間を取り返したいからこの取引を申し出ただけだろうが、それでも俺達がレギーを取り返すことができればもう一度チャンスを得られるだろう。今はレギーを無事に取り戻すことだけを考えればいい」

 

「でも『贈り物』とか、すごく怪しいですよ。何か罠を仕掛けているに決まってます」

 

忍田の言葉を信用しないウェン・ソーに、ヨミは対策手段を提示した。

 

「だったらぼくたちも自分たちの身を守るためにやれることをやっておこう。まだドグが十数体残ってるから、連中が怪しい素振りを見せたらすぐに投入すればいい。それにこっちは(ゲート)を使えるんだから、いざとなれば逃げることもできる」

 

納得したという顔ではないが、これ以上反対しても無駄だと察してウェン・ソーはそれ以上は何も言わなかった。

そしてガトリンが最終決定を下した。

 

「では、最悪の事態を想定して取引現場の周囲にドグを10体ほど配置する。しかしそれは初めから相手にわかるようにする。玄界(ミデン)の人間を試してみよう。奴らが信用できる人間なら、現場には取引に直接関係する3人以外の兵士の反応はないはずだ。そして信頼できると判断したら、ドグは動かさない。下手に動かして相手に不信感を抱かせてしまったらこの取引自体が中止になり、レギーを取り戻せなくなるからな。こちらは俺とコスケロとラタの3人で行く。残りのメンバーは遠征艇内で待機。いざという時にはすぐに出動できるように準備だけはしておいてくれ。…では約束の時間までまだしばらくある。ひとまず解散とするが、一八〇〇時にここに集合だ。それまで各自好きにしてかまわないが、時間までに食事は済ませておけ」

 

「了解」

 

 

ガロプラ側も()()を練り、万全の体制で取引に臨む気でいる。

ボーダー側からの申し出を手放しで信じることはできないが、信じなければレギンデッツを取り戻すことはできないし、何より「玄界(ミデン)の足止め」を行うためには彼が人質のままでは何もできはしない。

だから分の悪い()()であっても乗るしかないのだ。

そんな中で人質となっているC級隊員・武川の世話をしていたラタリコフは人質交換が行われることを本人に教えようと監禁部屋として使っている倉庫へと向かった。

 

「おい、もうすぐ家に帰れるぞ」

 

毛布を被って体育座りしながらマットの上でぼんやりしていた武川はラタリコフの言葉を聞いて一瞬で精気が戻ったようである。

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、本当だ。さっきボーダーの本部長のシノダという男と隊長が話をし、ボーダーで捕まったこちらの仲間と交換をすることになったんだ」

 

「はあ…やっと家に帰れるんだ…」

 

武川の嬉しそうな顔に対し、ラタリコフは申し訳なさそうな表情で言う。

 

「すまなかったな。言い訳のように聞こえるだろうが、いくら任務とはいえこんな卑怯なマネはしたくなかった。でも仕方がなかったんだ。許してくれ」

 

「許すも何も…。もう済んだことです。それにラタリコフさんはオレの世話をしてくれたし、話し相手にもなってくれました。そんな中で近界民(ネイバー)もオレたちと同じ人間で、それぞれ事情があって戦ったり悩んだり苦しんだりしているんだってわかりましたし。オレはまだボーダーに入って半年で、実戦経験もありません。この前のアフトクラトルみたいな奴らは絶対に許しませけど、ガロプラの人たちとは敵味方となって戦うのは嫌だなって思いました。これまで近界民(ネイバー)のことをまったく知らなかったオレにとってある意味収穫があったと言えます」

 

「フッ…すいぶん前向きな性格だな、おまえは?」

 

「そうでしょうか? まあ、近界民(ネイバー)に拉致監禁されるという貴重な経験をしたわけですから、自分でも少し変化があったって気がします。怖い思いをしましたが、悪い経験ではなかったと断言できますよ」

 

「そう言ってくれると気が楽になる。…さて、人質の受け渡しは一九〇〇時ということだから、それまでに食事を済ませてしまおう。せっかくだから一緒に話をしながら食うか?」

 

ラタリコフがそう言うものだから、武川は当然のように首を大きく縦に振った。

 

「はい。何だか友達と別れる前の最後の食事だと思うと、ちょっと感傷的になっちゃいますね?」

 

「ああ、そうだな。じゃ、ちょっと待ってろ。今取って来る」

 

ラタリコフはそう言って倉庫を出て行った。

 

 

 

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