ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
3月5日の朝、ツグミは忍田を送り出した後にひとりで本部基地に向かった。
前日に城戸から指示を受けていた午前9時ピッタリに本部司令執務室のドアをノックすると、部屋の主に呼びかけた。
「城戸司令、霧科ツグミがまいりました」
「入れ」
中から城戸の声がした。
指示どおりに部屋の中に入ると城戸だけでなく忍田もいて、その様子からたった今までふたりで相談か打ち合わせをしていたことがわかる。
ツグミは入室すると執務机を挟んで城戸の向かい側に立った。
机の上には1枚の書類とミリアムの
「本日付でおまえは本部異動だ。同時にS級隊員で本部司令直属隊員となる。4月の新年度からの予定だったが、様々な理由により繰り上げることにした」
「謹んで拝命致します。本部異動は決定事項でしたし、わたしの意思でもありますから望むところですけど、それにしても城戸司令の直属とは…。でもS級隊員となればそれも当然ですね」
ツグミはそう言うが、心の中では「わたしが暴走しないように自分の手で手綱を握っておきたいんだろうな」などと考えていた。
そもそもS級隊員とはA級やB級の隊員とはまったく違う「戦力」であるから、通常の本部所属隊員の「本部司令 → 本部長 → 隊員」が「本部司令 → 隊員」という順になるのは無理もないことである。
「しかし平時はこれまで使用していたノーマルトリガーを使用して巡回任務に就くのですから、その場合は忍田本部長を経由した指揮系統の方が便利なのではありませんか?」
ごく当たり前の疑問を抱き、城戸に訊くツグミに対して忍田が答えた。
「その件なら問題はない。私と城戸さんで話し合った結果おまえは通常の巡回任務のローテーションには組み込まないことにしたからな」
「それはどういうことですか!? わたしには巡回任務をさせないってことでしょうか!?」
困惑するツグミを宥めるように忍田が言う。
「落ち着きなさい、私は『通常の』と言ったはずだぞ。各部隊がローテーションを組んで行っている巡回任務の枠から外れ、おまえの
「はあ…なるほど。でもそうなると今までよりもずっと仕事量が減っちゃいますね。玉狛支部にいた時みたいな日常の雑務はゼロになりますし」
「それなら空いている時間に後輩たちの指導をしたり唐沢さんの仕事の手伝いをしたりと、やりたいことができるようになるだろ? そのために城戸さんはおまえに『自由』を与え、『イレギュラー的存在』として働いてもらうことにしたんだ。もちろん何もしないのも自由だし、
「わたしの良心を信じている、なんて言われたら無茶なことはできませんね。了解いたしました。本日から城戸司令直属の隊員として、
そう言ってツグミは城戸に敬礼をした。
「よかろう。…そしてこれからはこの
城戸はミリアムの
「はい。この
自らすすんでミリアムの
途中で足を止めることがあったとしても、絶対に後戻りはできないのだ。
形だけの辞令授与式が終わり、続いて城戸は重要な話を始めた。
「武川隊員の事情聴取の前におまえにいくつか報告することがある。まずキオンのトリガーを無効化するトリガー・カテーナの件だ。開発室でいろいろ調べてもらった結果、解析を中止することになった」
「解析中止…ですか?」
「そうだ。
「リヌスさんのトリガーはイーグレットに近い狙撃用トリガーとカメレオンのような隠密トリガーと『トリガーを無効化するトリガー』の3種という
「3つのうち2つはボーダーのものとほぼ同じ仕組みだが、カテーナの『トリガーを無効化するトリガー』を制御する部分にはこのようなものが埋め込まれていた」
城戸は1枚の写真を見せた。
リヌスのトリガーホルダーを開いた中の様子が写っており、そこに黒曜石のような色艶をした直径1センチ弱の大きさの玉がはっきりと見える。
「寺島くんの仮説だが、これは
「
「ノーマルトリガーにおけるチップだと考えれば良い。我々は
「トリガーを無効化する」能力は極めて珍しく、使い方によっては高い効果を生み出すことができる。
しかし攻撃・防御どちらの能力も持っていないため使い勝手が悪い。
他のトリガー使いの援護としてしか使い道がないのである。
おまけに敵と対峙した場合、効果範囲内であれば敵からトリオンによる攻撃を受けることがないので防御の必要はないが、範囲外からの狙撃に狙われたら一巻の終わりだ。
よって遠距離攻撃にのみ警戒すれば良いということで、「トリガーを無効化する」能力の
彼なら遠距離にいるトリガー使いを探知できる上に、いざとなれば彼自身が
そういった理由で彼の「狙撃用トリガー」と「隠密トリガー」のノーマルトリガーに
リヌスの使用していたトリガーはノーマルトリガーと
そしてキオンが
そしてカテーナという人名がトリガーの名称であるところからも、元がカテーナという人物が自らを犠牲にして作った
「この仮説を証明することはできない。
ボーダーとしてはアフトクラトル遠征の途中で「トリガーを無効化するトリガー」を持つ敵が現れる可能性を危惧していた。
しかし
同じ能力を持つトリガーを再現できればもっと良かったのだが、さすがにそこまでの贅沢は言えないだろう。
「キオンの捕虜たちは
「寺島さんの仮説が正しいなら、キオンでは汎用性のあるノーマルトリガーに
ツグミの言うように、もしミリアムの
もしトリオン満タンのツグミがミリアムの
その中でも特筆すべきはトリオン量で、計算上ではトリオン量が82となり、
さらに攻撃力は45で、防御や射程といった他のパラメーターもアップするから
もちろん彼女にはそんなモンスタートリガーを作る意思はまったくないし使おうなどとは微塵も思っていないのだが、まだ仮説ではあっても実際に作ろうと思えば作ることができるかもしれないという現実を突き付けられて、冗談でも言わなければ居ても立ってもいられないほど彼女は
そんな彼女の気持ちを察し、城戸と忍田は何も言わない。
冗談だからと笑い飛ばすことはできないし、彼女の発言に肯定も否定もできるものではないのだから。
「トリオンやトリガーの技術に関しては
「もちろんトリオンとトリガーに関しての新しい知識や技術が欲しいに決まっている。しかし現行では他に方法がないのだからやむをえまい」
忍田があきらめ顔で言うが、城戸はツグミの様子を見て逆に訊いた。
「その顔、おまえには何か考えがありそうだな?」
するとツグミはうそ笑んで答えた。
「漠然とですがわたしにはちょっとした策があります。しかしそれを実行するためには様々な難題があり、できることからひとつひとつ解決していかないと前に進めないんです。幸い、かなり高めのハードルのひとつを上手く越えられたようですので一歩前に進めたと思います」
勿体つけているというのではないが、まだ確証を得られないことについて
城戸も無理に訊こうとしても無駄だとわかっているから、それ以上追求はしなかった。
ただ
「私はおまえを信頼して直属の部下にした。その信頼を裏切るようなことさえなければ好きにやるといい。…ただ、おまえには家族がいて、その家族を哀しませないようにする
「承知しております」
「ならば、良い。では、これでキオンのトリガーの件はこれで終了とする。…それからおまえのプライベートに関することなのだが、おまえは玉狛支部を出て住む場所を探しているそうだな?」
「はい。本部異動の辞令も出ましたから、いよいよ引っ越さないといけません。いちおう探してはいるんですが、希望に合う物件が見付からず現在は保留の状態です。荷物は今日の夕方に玉狛支部へ行って運び出しをして実家にしばらく置いておくつもりです」
「そのことでひとつ良い話がある。実は唐沢くんが持ってきた話なのだが、須坂氏の会社の社員寮が旧弓手町駅の近くにあって、そこが第一次
「それは良いですね。これからは三門市外からも何人もの人間がボーダー隊員になるために移住するようになりますから、住居は絶対に必要となります。旧弓手町駅の近くということなら本部からもそう遠くはないですし、わたしにとっては玉狛支部にいた時よりはずっと実家に近いですから不規則な生活になりがちの
「そのとおりだ。しかし私は良く知らないので詳しいことは唐沢くんに訊くといい」
「わかりました。いつまでも実家にいるわけにはいかないので早く新居を探さなければと思っていたところです。早いうちに唐沢部長に会って話を聞いてみます。貴重な情報をありがとうございました」
城戸から新居の話が出るとは思ってもいなかったツグミ。
彼女が玉狛支部を出たこととその理由も知っていて何も言わずにいた城戸だったが、やはり
「いや、今回のガロプラの件でおまえは多大な貢献をしてくれたというのに公にできないため何の褒美も与えることができない。せめておまえが今後も働きやすいように環境を整えてやるのが本部司令としての私の義務であり、そして…ささやかな感謝の気持ちだと思ってくれ」
「はい、承知いたしました」
「うむ。これでおまえに伝えることは以上だ。さあ、次の仕事は武川隊員の事情聴取と説得だ」
城戸は肩の荷をひとつ下ろすことができたと言わんばかりにスッキリとした表情になって立ち上がった。
105話と106話に登場したリヌスのトリガー「カテーナ」の話が出てきました。
ずいぶん前の話なので読者の皆様はすっかり忘れていらっしゃると思いますので、ここでもう一度触れておきます。
【カテーナ】
能力は限られた範囲内(使用者の半径約30メートル)に干渉して、敵のトリガーが起動できない状態にするというもので、起動している状態であれば強制的に「トリガーオフ」にします。
キオン製のトリガーには影響せず、敵の
原作の中では
アフトクラトルには「角」を植え付けるという他国とは違う技術があるので、キオンにも特殊な技術があるということにしてみたかったものですから。