ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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157話

 

 

医務室のベッドの上で横になっていた武川は城戸と忍田の姿を見るなり勢い良く身を起こし、上半身をすっと伸ばすと敬礼までした。

幹部ツートップの突然の訪問に動揺するのも無理はないが、その姿が滑稽でツグミは城戸たちの後ろでおかしさを堪えきれずにプッと吹き出してしまう。

一方、城戸はいつもの威圧感のある顔で武川に声をかけた。

 

「武川くん、休んでいるところをすまないね。きみが近界民(ネイバー)に拉致監禁された事件についていろいろ聞かせてもらいたいのだが、身体の調子はどうだ?」

 

「だ、大丈夫、です!」

 

訓練生が直に本部司令と口を利くなんて機会はまずないから緊張するのは仕方がないことである。

しかし近界民(ネイバー)にさらわれて怖い思いをしただけでなく、城戸から()()でもされたら彼のメンタルはボロボロになってしまいそうだ。

そこにツグミが助け舟を出す。

 

「城戸司令、彼はまだ本調子ではなさそうですから、手っ取り早くやることをやってしまいましょう。城戸司令と忍田本部長は別室で控えていらしてください。後はわたしが()()()やりますから」

 

ツグミはそう言って城戸と忍田を部屋の外へ追い出すと、呆気にとられている武川のいるベッドに近付いて行き、そばにあったパイプ椅子を開いて腰掛けた。

 

「わたしは霧科ツグミ。昨日の夜に一度会ってるから初めましてじゃないよね?」

 

武川は自分が近界民(ネイバー)から解放された時にツグミが一番に駆け寄って来て、毛布を掛けて軽トラックの中に案内してくれたことを思い出した。

しかし彼は以前からツグミのことを見知っていた。

 

「はい。あなたは玉狛支部の人ですよね? B級ランク戦で活躍していたのをいつも見ていました」

 

「そう? じゃ、これから近界民(ネイバー)に拉致されてから解放されるまでの詳しい話を聞かせてもらうことになるんだけど、もし身体の具合が悪くなったらベッドに横になってもいいからね。早速始めるわよ」

 

「……」

 

武川は自分と同い年の少女が城戸や忍田に()()したり彼らに代わって事情聴取をしようとしているものだから、城戸に対するものとはちょっと違うものの警戒をしているといった感がある。

そして何かを言いたげな顔でじっと見るものだから、ツグミは先に事情を説明することにした。

 

「わたしのようなタダの防衛隊員がどうしてこんな役目をしてるんだろ…って思ってるんでしょ? わたしはこう見えても第一次近界民(ネイバー)侵攻の時にも参戦したボーダー内ではかなりの古株で、城戸司令や忍田本部長にはものすごく信頼されているのよ。だからこういった特殊な事件が起きると駆り出されることがあるの。もしあなたが城戸司令や忍田本部長から直接事情聴取される方がいいって言うなら交代しようか?」

 

「いえ…あなたでいいです。…じゃなくて、あなたにお願いします!」

 

ボーダーの古株で城戸や忍田に重要な任務を任されていると言われれば、言葉遣いが丁寧なものとなるのは自然な成り行きだ。

 

「うん。ではまず近界民(ネイバー)に拉致された時のことから訊くわね?」

 

ツグミは用意していたICレコーダーのスイッチをONにし、自分はレポート用紙とペンを手にした。

 

武川の口から今回の事件の一部が明らかにされた。

2月28日、夕方から本部基地でC級の仲間たち4人と自主練習を行い、21時頃にひとりで蓮乃部市内にある自宅に自転車で帰宅する途中に数人の正体不明の男に遭遇した。

人数や人相はわからないが、ガロプラの男性兵士であることは間違いない。

そして何らかの薬物の使用によって昏睡状態となり、意識が戻った時には見知らぬ場所にいた。

その場所とは無機質で殺風景な窓のない4畳半くらいの広さの部屋で、隅にいくつもの木箱が置かれていたことからおそらくガロプラの遠征艇の倉庫室であると思われる。

そこに4日ほど監禁されていた。

トリガーと携帯電話と腕時計を取り上げられてしまい、さらに手足は拘束されていないものの部屋から出ることができたのは用便の時と3日目のシャワータイム1回のみであったから不自由であったことは確かである。

睡眠時は体育の授業で使うようなマットと毛布をそれぞれ1枚与えられただけであった。

暖房は効いていたので寒いことはなかったが、空気が乾燥していて喉が渇いた。

食事は1日2食。固くてボソボソするパンや塩漬け肉の缶詰めといった糧食(コンバット・レーション)だけで、お世辞にも美味しいとは言えないシロモノであった。

今一番食べたいのは白いご飯と味噌汁と生野菜である。

水は2リットル入りのペットボトル ── ガロプラのものではなく、こちら側の世界のミネラルウオーター ── を渡されていて、飲み終わってしまうと新しいものを追加してくれた。

時計がないので時間の感覚は良くわからなかったが、近界民(ネイバー)たちの行動パターンでおおよその見当はついた。

捕虜に対する扱いとしてどうなのかはわからないが、暴力行為はなく命の危険を感じるようなことは一切なかった。

「任務が終われば解放する」と言われていたが、それがいつになるのかわからなかったためにずっと不安は消えずにいた。

主に食事を運んでくれたラタリコフと年齢が近かったせいもあるだろうが、他のメンバーと違って仲良くなって暇潰しのための会話などをした。

会話内容はこちら側の世界の一般市民の普段の生活の様子で、コンビニやファストフード店といった食生活に直接関わることや自動販売機や携帯電話について特に興味を示していた、等々。

 

ツグミが武川に質問する形で事情聴取は約20分間行われたが、これ以上質問をしてもボーダーの今後の活動に役立つ情報は得られないと思われた時点でツグミは事情聴取をおしまいにすることにした。

 

「ありがとう、お疲れさまでした。今日の午後には家に帰ることができるそうだから、昼食にはほかほかのご飯と味噌汁と生野菜がたっぷり食べられるように手配しておくわね」

 

「どうもすみません」

 

「じゃ、続いて本題に入るわよ」

 

「本題…?」

 

武川が不思議そうな顔をした。

事情聴取が終わったというのにこれからが「本題」だと言われればそんな反応するのも無理はない。

 

「そう。これまでの話は単なる拉致監禁事件の聴取だからね。それでここからはあなたが今後もボーダー隊員を続けるかどうかという話だから心して聞いてちょうだい」

 

「オレがボーダー隊員を続けるかどうか…」

 

「もちろんあなたは今回の事件がなければ正隊員を目指していたと思う。でも近界民(ネイバー)に拉致されたことでボーダー隊員であり続けることに不安を抱くようになったんじゃない? 今回は無事で済んだけど、この先どうなるかわからない。最悪の場合は死ぬこともありえるって思ったら怖くなったでしょ?」

 

「それは…正直言うと初めは殺されるんじゃないかってすごく怖かったんです。でもあの近界民(ネイバー)たちは別に暴力を振るうこともなく、話をしているうちにオレたちとあんまり違わないんだなって思って、それが少しショックで…。だって近界民(ネイバー)はオレたちの街を侵略しようとする悪であり、彼らと出会うまではトリオン兵自体が近界民(ネイバー)だって思ってたくらいですから。でも近界民(ネイバー)もオレたちと同じ人間で、同じ人間なのにアフトクラトルの連中は街を破壊するし本部の非戦闘員を殺したりC級の仲間を大勢さらっていった。さらわれたC級の中にはオレの同期のヤツもいました。だから近界民(ネイバー)がオレたちの敵だって頭ではわかってはいます。でも…もし次に襲撃して来た近界民(ネイバー)が問答無用で殺戮や破壊をするアフトクラトルのような奴らだったら敵だと思って戦うつもりですが、いざとなれば怖くて戦えないかもしれない。逆にオレをさらったガロプラの奴らみたいに普通に会話できる連中ならあんまり戦いたくない。戦わずに済ませたいと思ってしまいそうです」

 

「……」

 

「頭の中がごちゃごちゃで言っていることがわかりづらいと思いますけど、ようするにオレは今までみたいに『オレたちボーダーは正義の味方で、近界民(ネイバー)は悪党だ』ってことにして普通に戦えるかどうか自信がなくなってきたってことなんです。オレがボーダーに入ったのは家族や友達を守りたいからで、今は三門市内だけでもいつか蓮乃部にも被害が及ぶかもしれないから今のうちから戦えるようにって。入隊する時には自分の命を懸けてでも戦うって心に決めたのに、拉致されてこのまま殺されるかもしれないと思った時にボーダーなんかに入らなきゃ良かったなんて思ってしまったくらいで、自分でもどうしたらいいのかわからないんです」

 

ツグミには武川が混乱していることが良くわかった。

自分の信じていたものが崩れていくことほど不安なものはない。

これまで敵だと思っていたものは近界民(ネイバー)が使用しているトリオン兵という()()で、近界民(ネイバー)は自分たちと同じ人間であったと知った時はショックであっただろう。

さらに近界民(ネイバー)にも戦う事情があって、それを自分と重ねてしまえば単純に「近界民(ネイバー)=悪」とは考えられなくなってしまう。

それにボーダーでの戦いは()()()()死ぬことはないということになっていたから、現実に非戦闘員が死亡したり仲間が近界民(ネイバー)に拉致されたのを目にし、自分も同様の目に遭うかもしれないと考えたら心が揺れるに決まっているのだ。

ただ「怖い」という感情は負の感情と決まったものではない。

むしろ戦場において恐怖を感じないで戦う兵士の方が危険だとツグミは考えている。

恐れる気持ちがあって死ぬかもしれないと思うから慎重に行動するようになるし、無茶なことをして周囲を危険に巻き込むようなこともなくなる。

そして彼が近界民(ネイバー)のすべてが悪であるわけではなく、様々な事情を持つ同じ人間であるということを身をもって知ったことはボーダー隊員としての肥やしになるはずなのだ。

 

(彼にはボーダーを辞めてほしくない。でも記憶を維持したままでは()()彼には危険すぎる。戦場での迷いは死に直結することにもなるんだから)

 

ツグミは武川の目を見ながら質問をする。

 

「あなたは自分の意思でボーダーを続けることも辞めることもできる。続けるのであれば今後も同じような危険な目に遭うこともありえるし、正隊員になれば厳しい環境で戦うことにもなる。逆に辞めてしまえばもう近界民(ネイバー)と戦うどころか関わることもなくなるでしょう。まあ、三門市に近い蓮乃部に住んでいるのだから、もしかしたら民間人として近界民(ネイバー)と遭遇することになるかもしれないけど」

 

「はい…」

 

「今ここでどっちにするのか決めろと言われてもすぐには判断できないと思う。ただこっちにはあまり長く待つこともできない事情があるのよ。今回の近界民(ネイバー)関連の事件はボーダー内部でも極秘扱いになっていて、あなたが誰かに口外すれば隊務規定違反で処分をされることになる。まあ、簡単に言えばクビになるってことね。その時には機密保持という意味で今回の事件はもちろんのこと、ボーダーにいたという記憶さえ消去されてしまうかもしれないわ」

 

「記憶を消されるんですか!?」

 

「そう。たとえば民間人がうっかり警戒区域内に侵入してしまい、そこに運悪く(ゲート)が開いてトリオン兵に遭遇してしまったら、その時にはボーダーでその民間人を()()し、当該部分の記憶を消去してから解放することになるの。ボーダーはそうやって組織を守ってきたのよ。そしてそんな大事なことをあなたに教えたということは、どういう意味かわかるわね?」

 

「…はい。オレの記憶もボーダーにとって都合の悪い部分を消してしまうつもりだということですよね?」

 

「そのとおり。もしあなたがボーダーを辞めるなら、ボーダーに関することはすべて消してしまう。あなたが民間人として生きていく上で必要のない情報であり、うっかり外部に漏れたら困るからね。そしてボーダー隊員を続けるのであれば、あなたにとって今回の事件は()()()()ことにした方がいい。これはボーダーのためというよりはあなた自身のためなの」

 

「オレのため…ですか?」

 

「そう。さっきあなたが不安を打ち明けてくれたように、もし今あなたの目の前に近界民(ネイバー)が現れたとして、以前のあなたなら自信がなくても敵にトリガーを向けることができたと思う。でも『怖れ』を知った()()あなたではアフトクラトルのような人間を前にしては怯えて戦えない。一方、近界民(ネイバー)も自分たちと同じ人間なんだと知ってしまったことで、戦わずに済むなら戦いたくはないと思ってしまう」

 

「はい…」

 

「でも正隊員になった時、戦場で躊躇うことになればそのせいで命を落としかねない。もちろん記憶を維持したままでもボーダー隊員を続けて近界民(ネイバー)と戦うことは可能だけど、それはとても辛く厳しい道のりになる。…玉狛支部に所属する隊員たちは近界民(ネイバー)と仲良くしようという考えを持っている。彼らの半数以上は旧ボーダー時代から戦ってきた人たちで、現在のボーダー組織になるまで何人もの仲間たちを近界民(ネイバー)との戦いで喪ってきた。昔は緊急脱出(ベイルアウト)システムなんてなくて、換装が解けてしまったらそこでジ・エンド。すごく過酷な状況で戦ってきたから怪我をするのは当たり前で、5年前の近界(ネイバーフッド)遠征では隊員の半分が死んでしまった…」

 

「……」

 

「旧ボーダー時代は今よりずっと小規模で20人くらいしかいなかったものだから、仲間の絆というか結びつきはとても強かった。血の繋がりはなくても家族のように付き合っていたわ。そんな自分にとって家族のように大切に思ってきた仲間を近界民(ネイバー)に殺されているにも関わらず敵意のない近界民(ネイバー)には融和的なんだけど、それははなぜだと思う?」

 

「わかりません」

 

「それは数々の辛くて哀しい出来事を乗り越えて来たからこそたどり着いた『答え』。わたしたちの『希望』というか『願い』なのよ。現在のボーダーは『近界民(ネイバー)は敵だから絶対に許さない』という考えを持つ城戸司令の派閥と、『積極的に戦う気はないが、街を守るためならやむをえず戦う』という忍田本部長の派閥と、『敵対心のない近界民(ネイバー)なら仲良くしよう』という玉狛支部という3つに分かれている。どれかひとつが正しくて、そしてそれ以外は間違っているということではないわ。…いずれあなたも正隊員になって近界民(ネイバー)と戦っていくうちに自分が何のために戦うのか、何をすべきなのかを真剣に考える時が来る。それまでは単純に『近界民(ネイバー)=悪』だと考えていた頃のあなたのままでいた方がいい。わたしも入隊したばかりの時にはそうだったから。でも戦っていくうちにいろいろ考えるようになり、そして『近界民(ネイバー)とも仲良くすべきだけど、わたしから大切なものを奪う奴らは絶対に許さない。だから戦う』という答えを出した。…という理由で今回の事件のことは忘れてしまった方が良いとわたしは思うんだけど、どうかな? わたしの言ったこと、わかる?」

 

「…なんとなくわかりました。オレはボーダー隊員を続けたいと思います。そのために忘れた方が良いのなら、忘れてしまって心機一転訓練に励むことにします」

 

武川はスッキリとした顔でツグミに答えた。

 

「よし、これで決まったわね。…実を言うと城戸司令たちは規定に則って強制的に記憶処理をするつもりでいたようだけど、ちゃんと話をしてあなたに納得してもらった上で行った方が良いってわたしが城戸司令に進言したの。あなたは隊務規定違反をしたわけじゃないし、他人の記憶を勝手に弄るなんて許されるものじゃないから。もっとも記憶処理をすれば今ここでわたしが話したことも全部忘れちゃうことになるけどね」

 

「せっかく良い話を聞けたのに忘れてしまうなんてもったいないですね…」

 

残念がる武川にツグミは微笑みながら言った。

 

「わたしがあなたのことを覚えているから大丈夫。あなたが正隊員になったらわたしの方から声をかけてあげる。弧月の扱いならわたしはちょっとしたものよ。あなたのことを鍛えてあげるし、また今の話をしてあげるから」

 

「はい! その時にはぜひお願いします」

 

ツグミと武川の様子を別室のモニターで監視していた城戸と忍田は安堵の表情を浮かべて立ち上がった。

彼女に任せて正解だったと思っているのだろう。

医師の判断では武川の体調は記憶処理を施すことに何の問題もないと許可が出ており、早いうちにやってしまおうということになった。

そして近界民(ネイバー)に拉致監禁されていた2月28日夜から3月5日、つまり現在までの出来事は「本部基地内に個室を持っている先輩隊員に誘われて泊まり込みをしながら訓練をしていたのだが、家に連絡を入れたつもりですっかり忘れていた。そして頑張りすぎて倒れて医務室に運ばれた」という偽の記憶にすり替えることとなった。

そうすれば彼の家族に対しても()()()()()()()言い訳になり、記憶処理も本人ひとりだけで済むことにもなる。

これもツグミが考えたシナリオで、この非公式な「ガロプラによるC級隊員拉致事件」は始めから終わりまでほぼ彼女の先導によって解決することなり、城戸と忍田は改めて彼女の才知と行動力に目を見張ることとなった。

 

記憶処理を終えた武川は再び医務室のベッドに運ばれ、彼は目を覚ますと生野菜サラダ大盛りと豆腐とわかめの味噌汁を含めたボリュームたっぷりの昼食を済ませてから自宅に帰ったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

本部基地の食堂で昼食を済ませようと考えたツグミが館内を歩いていると、東隊の3人が談笑しながら歩いて来るのを見付けた。

東もツグミの姿を確認したようで、小荒井と奥寺に何かを告げるとひとりで彼女の方に向かって駆け寄って来る。

 

「霧科、ちょっといいか?」

 

東が周囲に聞こえないようにヒソヒソ声で言うのだから、用事があるというならそれはひとつしかない。

 

「はい。例の件なら後ほど城戸司令か忍田本部長から報告があると思いますけど無事に解決しましたからご安心を」

 

ツグミも声をひそめて答えると、東の表情が緩んだ。

 

「そうか…それは良かった。しかし解決したということは犯人を見付けて拉致されたC級を保護したということになるが、この短時間ですべて終わったというのか?」

 

「もちろんです。もっとも幸運が続いたおかげですけど。それに保護しただけでなく、本人の記憶処理も済んで自宅に帰るところまで済んでいます。予想どおり例の噂を流したC級隊員はガロプラのスパイで、彼らも今頃は祖国への帰還の途中のはずですよ」

 

C級隊員を取り戻しただけでなく当該近界民(ネイバー)を撤退させたと知り、普段は眠そうで半開きのような眼の東が大きく目を見開いた。

 

「それは本当か!?」

 

「しーっ、大きな声を出さないでください」

 

「あ、ああ…すまない。つい興奮してしまった。しかしどうやって奴らを追い返したんだ? 奴らはアフトクラトルの命令で我々の足止めをするために遠征艇破壊を目論んだが失敗をしている。それと同等の効果を出さなければ帰国などできるはずがない。きみのことだから何かあっと言わせる策を講じたのだろうが、何をやった?」

 

近界民(ネイバー)とはいえ彼らも血の通った人間ですからね、腹を割って話せばわかってもらえるものですよ。まあ、ちょっとした『お土産』を持たせてあげたらとても喜んでいました」

 

ツグミがもったいぶってなかなか核心部分を言わないものだから、東は少しイラついてきた。

 

「その思わせぶりな言い方はやめろ。俺たちはこれから昼の部の試合に参加するんだ。このままじゃ気になって試合に集中できないだろ」

 

「わかりました。東隊には全力で戦ってもらわなければなりませんからお教えします」

 

そう言ってツグミは事件の流れの要点をかい摘んで説明をし、その内容に東は納得した。

 

「そうか…なるほどな。奴らの事情を十分に考慮し、こちらが歩み寄ることで信頼を得て、さらに奴らの里心を突いたなかなかの良策だ。これならガロプラとは禍根を残すこともない上に、アフトクラトルの連中を出し抜くことができるかもしれない。きみはこういうことには頭の回転が早いな」

 

「わたしの戦術の師匠が抜け目のない切れ者でしたから」

 

ここで東のことを持ち上げたのはツグミが自分の功績を得意な様子で披露したことを嫌味なく受け取ってもらうためという彼女の目論見なのだが、それもまた東から教わった知略ゆえのものなのである。

こうなれば東も苦笑するしかない。

 

「ハハハ…これで安心してランク戦に集中できるというものだ。…しかし俺が何もできないうちに済んでしまったというのはなんとも申し訳ない気がするな。何かきみに礼をしてやらなければいけないな」

 

「お礼なんて不要ですけど、ひとつお願いがあります」

 

「何だ? 言ってみろ」

 

「次の対戦相手は影浦隊と王子隊ということですが、できることなら影浦隊を集中的に攻めて絶対に勝ってください」

 

「どういう意味だ?」

 

「玉狛第2が上位2位までに入るためには影浦隊が邪魔です。たぶん今の玉狛第2では逆転するのはとても無理。だから本人たちに頑張ってもらうだけでなく、東隊と王子隊に影浦隊を潰してもらうしかないんですよ」

 

「つまり玉狛第2は自力で2位に入るのは不可能だときみは考えているんだな?」

 

「はい。理由は…いえ、言わずにおきます」

 

ツグミは「玉狛第2が勝てない理由」を言おうとしたが口を噤んだ。

今シーズンは東隊との対戦はもうないが、それでもライバル部隊(チーム)に弱点を教えるのは修たちに対して義理を欠くと思ったからだ。

 

「残念ながら東さんたちの試合もリアルタイムでは見られないんですけど、とにかく玉狛第2の命運は東さんの手腕にかかっていますので応援していますね。じゃ、失礼します」

 

そしてツグミは軽く会釈をするとその場を後にした。

 

 

 

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