ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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159話

 

 

迅が迎えに来てくれたので、ツグミは料理をジープの後部座席に積み込んでから助手席に腰掛けた。

 

「こうしてジンさんと一緒に玉狛支部に向かうのもこれが最後なのかと思うとしみじみしちゃいますね」

 

ツグミが玉狛支部内に住み込むようになったのは中学卒業のタイミングで、今から1年前のことになる。

その時も迅と共にジープに乗ってやって来たのだから、感慨深げになるのも無理はない。

 

「ああ。1年前、俺はおまえとひとつ屋根の下で暮らせると思ってドキドキワクワクしていたのを今でも覚えている」

 

「そうだったんですか? それは初耳です」

 

「言ってなかったっけ? 俺がおまえを異性として意識し始めたのは、おまえが中学に入学した時だったからな。セーラー服姿がなんとも艶かしくて、おまえの姿を見るたびに胸がときめいていたっけ」

 

するとツグミは呆れたように言う。

 

「ジンさんたらそんな目でわたしを見ていたんですか? わたしはてっきり子供には興味がないんだと思っていました。ジンさんの好みは魅力的なお尻の大人の女性でしょうから」

 

「いやいや、お尻は大好きだがおまえが俺のことを兄として慕っているものだから、おまえを女として扱ったら嫌われるだろなと思って良い兄のフリをしていただけだ。おまえのお尻は兄であり続けるためにはけっして触ってはいけない()()だったからずっと我慢していたんだぞ」

 

「聖域って…。でもそうなると今なら積極的に触りたいってことですか?」

 

「もちろん!」

 

迅が自信満々というかさも当然という言い方をするものだからツグミは少々引いてしまったが、それだけ彼が自分のことを大事にしており、愛してくれているのだと思うと嬉しくもなった。

 

「まあ、恋人同士なんだし、これからは触っても許されるよな?」

 

迅が満面の笑顔で言うものだから、ツグミは苦笑しながら答えた。

 

「そうですね。ふたりきりの時ならかまいませんよ。これまで我慢していた分もどうぞ」

 

「そりゃ嬉しいな。ではこれからは思う存分触らせてもらおうかな、ハハハ…」

 

冗談とも本気ともつかぬ会話をしながら玉狛支部へ向かうツグミと迅。

こうしてふたりだけでいられる時間も減ると思うと、一分一秒が貴重で愛おしく思えてくるものだ。

 

「あ、それから朗報です。わたしの新居の目処が立ちました。旧弓手町駅の近くにある須坂会長の会社の元社員寮がボーダーに譲渡されたんです。それをリフォームすることになり、唐沢部長からいろいろ話を聞いたら良さげな物件なのでここにしようと決めています」

 

「へえ~、良かったじゃないか」

 

「そうですね。もうしばらくは実家暮らしになりますけど、その間は父親孝行でもしながらいろいろ戦略を練ろうかなと思ってます」

 

「戦略?」

 

「はい。わたしには叶えたい願い事があって、そのためにはやるべきことと諦めることを選別しなきゃなりません。いくらわたしが欲深いといってもやりたいこと全部やることはできませんからね。ただひとつの願いを叶えるために必要なことはやるし、無関係なことであれば我慢して諦める。そしてやるべきことを決めたらそのためにどう行動するのか考えるんです。せっかく城戸司令から時間をもらったんですから、それを有効に使わなきゃもったいないと思いませんか?」

 

「まあな。…でもおまえの叶えたい願い事って何?」

 

迅の問いにツグミは意味深な目つきで答えた。

 

「特別なことじゃありませんよ。誰もが望んでいるごく当たり前でささやかなものです。ただわたしの場合は障害が多いものだから、普通の人よりも願いを叶えるためには努力が一層必要なんです。でもその願いの一部を叶えることができました。後は残り全部を叶えるだけ…ということで、本部異動となったことを機会に心機一転ますます頑張ります」

 

ツグミの願いとは「迅悠一のそばにいて、その笑顔をずっと見ていたい」であるから、そのためにはやらなければならないことがたくさんあるのだ。

 

「頑張るのはいいが、あまり俺をヤキモキさせるなよ。おまえが俺たちの前からいなくなる未来、なんてものは二度とゴメンだからな」

 

「ええ、わかっています。でもそんな未来をわたしは自分の力で覆してみせましたよ。だからあまり心配しないでください。また悪い未来が視えたなら、その時もわたしが未来を変えてみせますから」

 

迅が視た「ツグミが迅たちの前からいなくなる未来」がキオンの諜報員によってさらわれた事件のことで()()()、たしかにツグミは自分の知恵と行動によって無事に帰還したのだから「不都合な未来なら自分の力で覆す」という自分の信念を現実にしたと言える。

ツグミは迅の視た未来を信じながらも()()()()()()都合が悪いものは積極的に変えようとする。

確定していないとはいえ迅の未来視(サイドエフェクト)によって視えたものであるから変えるのはそう簡単なことではない。

それでもツグミに変えることができたのはただひとつの願い ── 迅のそばにいたい ── によるもの。

彼女の強い意思が()()確定していた未来を変えたのだ。

もしツグミがゼノンたちにさらわれた時に「これが迅の視た未来なのだから自分ではどうしようもない」と諦めてしまったら、彼女だけでなく彼女を取り巻く周囲の人間の未来すらも最悪のものとなってしまっていたことだろう。

どこまで人の意思が介入できるものなのかわからないが、少なくとも諦めさえしなければゼロではないことは確かだ。

 

 

そんな会話をしながら()()()()していると玉狛支部の建物が見えてきた。

 

「たったの3日ぶりなのにすごく懐かしい気がします」

 

ツグミが感慨深げに言う。

 

「7歳でボーダーに入ると決めてからずっと通い続け、最後の1年間は住んでいたんだから人生の半分以上はここにいて、想い出のほとんどはここでの暮らしで生まれたもの。ミリアムの(ブラック)トリガーの事件さえなければもうしばらくはここにいられたと思うと残念で、自分で決めたことなのにちょっと辛いですね」

 

ミリアムの(ブラック)トリガーはこれまでのように城戸の管理とし、B級隊員を続ければ玉狛支部の隊員としてこれまでの日常を続けることができたはず。

しかしツグミは自分の意思で安穏とした日常をおしまいにすることに決めた。

何の不自由もない楽しい日々を捨てるのは相当な覚悟がいることだが、それを捨ててでも叶えたい願いがあるとなれば仕方がないこと。

そしてその覚悟の後押しをしたのが迅である。

「兄」ではない迅がそばにいてくれると思うからこそ、ツグミは「絶対に手放してはならないもの」「一時的に手放しても絶対になくならないもの」「捨てるには忍びないが、時によっては捨てざるをえないもの」といった感じで今まで抱え込んできた大事なものの取捨選択ができたのだった。

 

「…なんて過去を振り返って感傷的になるなんてわたしらしくないのでこれくらいにしておきます。今のわたしにはやるべきことがいっぱいあるんですから、昔のことを恋しがるのはまた時間のある時にします」

 

「そうだな…」

 

迅はそう言うしかなかった。

普段は平気な顔をしているツグミだが時折寂しげな表情を見せることがある。

もちろんツグミは誰にも気付かれていないと思っているが迅にはバレバレだ。

幼い頃からずっと見ていたのだからそれも当然で、こういう場合には慰めたり優しい言葉をかけるのが逆効果だということも知っている。

だからあえて何も言わないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミと迅が玉狛支部の玄関に到着すると、中には林藤がいてふたりを出迎えた。

 

「よう、来たな」

 

「林藤支部長にお出迎えしていただけるなんて、1年前のことを思い出しますよ」

 

1年前にツグミが玉狛支部に引っ越して来た時にも林藤が同様に迎えてくれたものだから、その時のことを思い出して感無量になってしまう。

しかし彼女に残された時間は少なく感傷に浸っている暇はない。

ツグミは料理の入った大きなカゴを抱えて廊下を歩きながら林藤に訊いた。

 

「ところでオサムくんたちはもう本部へ行きましたか?」

 

「ああ。全員で一緒に本部で晩メシ食うって言って少し早めに出て行った。あいつらにとって今夜の試合は部隊(チーム)として遠征に行けるかどうかの重要なものだからな、特に気合が入ってんだろ。応援する方も同様だ」

 

「ええ。彼らは遠征部隊に参加するためにB級ランク戦に挑んだわけですからね。でもここで上位2位に入ったとしても選抜試験の参加資格を得ただけで、必ずしも遠征に行けるというものではありません。なにしろ遠征部隊選抜の条件には『(ブラック)トリガーに対抗できる』というものがあります。今のオサムくんはその条件を満たしていませんし、彼の性格からすると近界(ネイバーフッド)へ連れて行くのはとても危険ですよ」

 

近界(ネイバーフッド)での戦いでは、緊急脱出(ベイルアウト)システムが機能すれば無傷で遠征艇へ帰還できる。

しかし戦闘体が破壊されてしまえば再度戦闘体を生成するには時間がかかり、その状態で遠征艇が襲撃されたとなれば敵と戦うどころか自身の身を守る手段もないという状態になるのだ。

だから緊急脱出(ベイルアウト)は最終手段であり、敵からの攻撃でダメージを受けない戦い方が必要とされる。

致命傷にならないような小さな傷であってもトリオン漏れを引き起こすことにもなり、これまでのB級ランク戦のように手足を失ってでも勝ちに行く戦術など実戦ではほとんど意味がないのだ。

たしかに「手足を失ってでも勝ちに行く戦術」は()()()ではアリだが、()()において有効なものとはいえない。

B級ランク戦では制限時間があり、既知のトリガーしか使用されず、そしてルールがあってそれは敵も味方も()()守るという前提がある。

ところが近界民(ネイバー)との戦いともなれば制限時間などなく、未知のトリガーが使用されるのは当たり前。

そして近界民(ネイバー)との戦いにはルールなどない。

どのような手段を用いても「勝つか負けるか」で、負ければ捕虜になるか死ぬかのどちらかだ。

ツグミがB級ランク戦でRound4まで()()で勝ち残ったのは、彼女が常に「絶対にダメージを受けない」戦いを意識していたからである。

彼女は緊急脱出(ベイルアウト)システムのない時代の戦いを経験しているから、換装が解けて生身になってしまうことを極度に恐れており、大規模侵攻で修が換装を解いて生身で大怪我をした原因が自分のせいであると自身を責めたし、二度とこのようなことがないようにと努めている。

修が一命を取り留めたのはボーダー本部基地のすぐそばで負傷し、直ちに適切な救命措置が行われたからであるが、もし同様の負傷をしてそれが医療設備の万全ではない近界(ネイバーフッド)であったならと考えるとツグミは身震いしてしまうのだ。

さらに近界(ネイバーフッド)遠征がこれまでのように極秘ではなく一般に知られてしまっているのだから、死者や負傷者が出ればボーダーは大規模侵攻の時以上に世間から叩かれることにもなろう。

そういった面からツグミは()()修のままでは近界(ネイバーフッド)遠征に参加させたくはないと考えている。

 

「たしかにな…。だけど本人がやる気出してるんだし、あいつらのやりたいようにさせてやるしかないだろ?」

 

林藤は()()らしい寛大な態度を示すが、ツグミは眉をひそめる。

 

「林藤支部長はその懐の広さと誰に対してもフランクな性格が魅力ですけど、もう少し厳しい目で見てください。そもそもこれまでの遠征は密かに潜入し、交渉によって穏便にトリガーを手に入れるといったものでした。もちろん戦闘になって負傷者が出たこともありますけど。しかし今回のアフトクラトル遠征は大規模侵攻でさらわれたC級隊員を取り戻すのが目的で、敵の本拠地に正面から殴り込みに行くことになるんですよ。どれだけの隊員が参加することになるのかわかりませんが、何の情報もない完全アウェイで戦うには不利なのは間違いありません。わたしは2年前に隊務規定違反をして遠征に参加できなくなったんですから口出しするのはおかしいかもしれませんが、それでも彼を行かせることにわたしは反対です」

 

「相変わらず厳しいな、おまえ」

 

「当然です。オサムくんが必死になってアフトクラトル遠征を目指しているのは自分のせいでレプリカがあんなことになってしまったと自らを責めていて、()()()()()ユーマくんに少しでも早くレプリカと再会させるためならどんなことでもするという一心によるもの。罪滅ぼしに近いものです。それにユーマくんはレプリカとの再会を望んでいるでしょうが、オサムくんがやろうとしていることに協力しているだけという消極的な感じしかしません。そしてチカちゃんは相変わらず自分のお兄さんと友人を探すことしか考えていない。ヒュースはアフトクラトルに帰ることさえできれば、その時点で敵になるかもしれない存在。玉狛第2はC級奪還を目的にしているのではなく個々の欲で動いているだけなんですよ。もちろんそれは悪いことではありません。でもボーダーにとってはC級32人を無事に連れ帰ることが最優先。そのことを考えたらオサムくんは自分が近界(ネイバーフッド)へ行きたいだなんて言えるはずがありませんよ」

 

「おまえは修たちのことを応援していたと思ってたがな」

 

「ええ。わたしは彼らのことを応援していました。しかしさすがにB級になったばかりで実戦もちょっとかじった程度の隊員を近界(ネイバーフッド)へ送り出すようなことはできません。遠征艇のエネルギーとなるチカちゃんと、貴重な(ブラック)トリガー使いのユーマくん、アフトクラトルまでの案内人ヒュースは城戸さんも()()()()参加させるでしょうが、オサムくんに限っては()()()に選抜試験に合格しても、鳩原さんの時と同じように上層部の最終判断で落とす可能性が高い。まさか林藤支部長はそういうシナリオを承知の上で傍観しているんじゃありませんよね?」

 

「あー、それはない。おまえが修のことを心配する気持ちは良くわかるが、玉狛第2がB級ランク戦で上位2位までに入って選抜試験の参加資格を得て、それで合格するだけの実力があれば城戸さんたちも修を落としたりはしないさ。そして遠征に参加するとなったら修だけでなく誰も死なせやしない。だから思い煩うことはないぞ」

 

「まあ、たしかにそのとおりですね。もっともわたしは今夜の最終戦で玉狛第2が上位2位までに入るのは無理だと思っていますから」

 

厨房に着いたツグミは作業台にカゴを置いて言う。

すると林藤がツグミのちょっとトゲのある言い方が気になったのか、渋い顔になって訊いた。

 

「その根拠は?」

 

「昼の部で東隊が活躍して影浦隊を3得点に抑えてくれたものですから、玉狛第2が2位に入るには4点が必要となります。生存点を狙えば2人落とすことで4点ゲットできますが、二宮隊、生駒隊、弓場隊という3部隊(チーム)を相手にしては1得点でも難しい。なにしろ隠し玉であるヒュースの変化弾(バイパー)はRound7で通常弾(アステロイド)に見せかけていましたがわかる人にはバレバレ。たぶん最終戦がもっとも厳しい戦いになると考えてのことでしょうけど、わたしなら最終戦で勝つことよりも残り2戦でどれだけ得点できるかを考えてRound7でバンバン使って敵に対策を考える暇を与えずに得点できるだけしておく道を選びました。実際、変化弾(バイパー)を使えば影浦さんと来馬さんを仕留めることができたはず。出し惜しみをしたものだから他の部隊(チーム)に点を持って行かれてしまいました。特に来馬さんを落としたのはユズルくんです。ライバルの影浦隊に点を与えてしまったんですから愚かとしか言いようがありません。最終戦で変化弾(バイパー)()()するつもりなんでしょうけど、逆に敵にはヒュースが変化弾(バイパー)を使ってくると教えてしまったことになりますから、そう簡単に得点できないでしょうね」

 

「それはそうだが…」

 

「そしてヒュースの存在が玉狛第2の要だとなれば、彼が仲間と合流できないうちに潰そうと考えるのはどの部隊(チーム)も同じ。下手をすれば二宮隊・生駒隊・弓場隊の共同戦線で集中砲火を受けるかもしれません。Round4の玉狛第3・生駒隊・王子隊の戦いではわたしが戦場を支配する形になりましたから、生駒隊と王子隊がお互いを潰し合うのではなくわたしを先に落とそうとして動いたことがありました。その戦場でもっとも邪魔な駒を真っ先に落とし、残った者同士で戦うというのは自然な流れです。もしヒュースが真っ先に落とされたら残る3人で4得点は厳しいです。Round7のメインとなる戦場がショッピングモールの中という屋内戦であり、暗闇を利用するという鈴鳴第一の作戦がヒュースに戦術の変更を促したのでしょうけど、このB級ランク戦のシステムを考えれば『個々の試合で勝つより、すべての試合で総合して多く得点する』を重視すべきでした。彼の変化弾(バイパー)は二宮さんにはバレているのは間違いなく、二宮隊は十分な対策を練ってくるはず。よって生駒隊と弓場隊に気付かれていないことを祈るしかありません」

 

ツグミは鍋をコンロの上に置いたり、デザートを冷蔵庫に入れるなどの作業をしながら林藤に説明を続けた。

 

「さらにチカちゃんの意識が変わったかどうかです。彼女は人を撃つことに抵抗がありましたが、たぶん次は()()躊躇しても撃つことができるでしょう。ただしそれはオサムくんたちに指示されてからであり、自ら考えて必要な時に撃つということはまだできないはずです。なにしろそんな訓練をしていませんから。それに彼女はこれまでずっと狙撃手(スナイパー)として戦い、それもオサムくんの指示によって撃つことしかしていませんでした。射手(シューター)()()()戦うポジションですから、自分で考えて行動することに慣れていない()()()射手(シューター)の彼女では()()射手(シューター)と比べてどれだけ戦えるでしょうか? たぶんオサムくんのことだから最終戦では彼女の炸裂弾(メテオラ)を頼りにするはず。そうなると彼女を単独で行動させることができず、ユーマくんかヒュースがそばにいてガードすることになるでしょう。以前のように狙撃手(スナイパー)ならバッグワームで姿を隠して単独行動していたでしょうが、彼女を射手(シューター)として使うのであれば単独行動はさせられず、彼女の居場所がわかればそこにはユーマくんかヒュースがいるということもバレてしまいます」

 

「……」

 

「最終戦のステージ選択権は弓場隊にありますから、まず間違いなく『市街地B』になります。彼らの得意なステージですからね。ならばチカちゃんが本来の狙撃手(スナイパー)として人を撃つことができるか否かがポイントだとわたしは考えています。炸裂弾(メテオラ)なら標的(ターゲット)に直接ヒットしなくても効果がありますから彼女の精神的な負担もわずかながら減るでしょう。しかし照準器(スコープ)を覗いて標的(ターゲット)の頭や胸を撃つという『自らの意思で人を()()』ことができるようにならないとダメです。彼女は狙撃手(スナイパー)なんですから。付け焼刃の射手(シューター)テクで乗り切れるほど上位グループの戦いは生易しいものではありません」

 

「厳しい意見だな」

 

「ええ。厳しいですけど所詮これはB級ランク戦です。誰も死なないし傷付くこともありません。ここで生き残れないようなら近界(ネイバーフッド)遠征に行くなんて無理。わたし()彼らの個人的な願いを叶えることよりもボーダーという組織のことを優先的に考えてしまうものですから」

 

林藤の渋い顔がますます渋くなる。

 

「あれだけオサムたちに肩入れしていたおまえがそんなことを言うとは…」

 

「わたしだって彼らの願いが叶うならその方がいいに決まってます。でも今回のアフトクラトル遠征で叶うとしたらユーマくんとレプリカが再会することくらいで、チカちゃんの願いが叶う可能性は非常に低い。次の遠征がいつになるかわからないですし、必ずしも彼女が参加できるかわからない。さらに一度や二度の遠征で情報を得られるかどうか…。それにボーダーには第一次近界民(ネイバー)侵攻で行方不明になった400人の民間人を連れ戻すという優先すべき目的があります。チカちゃんの友人は捜索の対象となるでしょうが、隊務規定違反で密航した鳩原さんと一緒に近界(ネイバーフッド)へ渡った麟児さんのことを積極的に探そうとするとは思えません。そしてもしアフトクラトル遠征が失敗したとなれば世間のボーダーに対する風当たりは強くなり、組織が崩壊するようなことになれば彼女が入隊した意味はなくなります。それじゃ本末転倒ですよ」

 

「……」

 

ツグミの言っていることは正論であり、さすがの林藤でも反論できない。

 

「わたしだって自分の言い分が理屈っぽくて、世の中正論では片付けられないことが多いこともわかっています。頑張っているオサムくんたちにケチを付けるのも遠征に行くことのできないヒガミにも聞こえて自分でも嫌でたまらない。それにわたしは彼らにとって玉狛支部の先輩ではないのですから彼らに物言う立場にはありませんよね。もう本部に転属となったというのに、まだ玉狛支部の人間だという意識が消えなくて…。さて、この話はもうおしまいです。今日は引っ越しのために来たんですから」

 

修たちのことを家族だと思っているからこそ厳しいことを言ってしまう。

ツグミはまだ自分が玉狛支部に未練があるのだと気付いて自己嫌悪に陥り、不機嫌そうな顔をしてひとりで厨房を出て行ってしまった。

その様子をずっと黙って見守っていた迅はツグミの後を追いかけた。

 

 

 

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