ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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162話

 

 

ツグミは食事の支度が整うと、ゼノンとリヌスとテオのいる部屋に赴いて事情を説明して詫びをした。

レイジやゆりからは任務でしばらく出かけていると聞かされていたものだから、真実を知って驚くと同時にツグミが玉狛支部を出て行くことをひどく残念がっていた。

それでもこれが本人の意思によるものであるとして納得し、これまで()()として接してくれたことに感謝の意を示した。

それから4人で食堂へ行き、林藤と迅とクローニンを交えた7人で食事をする。

久しぶりのツグミの手料理にゼノンたちは大喜び。

特にテオは自分の好物であるハンバーグを作ってくれたと感激して食べながら涙を流すほどだった。

もっともその涙は嬉しいのと同時にこれが最後だと思って流す哀しい涙であったことは誰もが承知している。

そしてツグミがデザートのレアチーズケーキを切り分けていると、急に林藤が真剣な顔になって言った。

 

「悪いが、俺にしばらく時間をくれないか?」

 

「しばらく」という言葉から、ツグミはヤカンに水を入れるとコンロにかけた。

 

「紅茶を淹れますから、あと少しだけお待ちください」

 

ティーカップを作業台の上に並べながら、ツグミは考えていた。

 

(ゼノン隊長たちのいるこのタイミングなんだから、きっと彼らの処分…というか帰国の目処がついたってトコじゃないかしら? 城戸司令たち上層部は彼らが玉狛支部で客人扱いされていることをあまり快く思っていなかった。それにキオンのトリガーの解析も終わったことだから、さっさと出て行ってほしいと思っているだろうし。だとしたらわたしも自分のことばかり考えてるんじゃなくて、彼らの帰国前にやれることをやらなきゃ)

 

ツグミが等分したレアチーズケーキと紅茶を7人分運んで来ると、6人の男たちは神妙な面持ちで彼女を待っていた。

しかし彼女の姿を見るとクローニンは立ち上がり、林藤に言う。

 

「林藤殿、私はこれで失礼します。私がここにいると彼らも話づらいこともあるでしょうから」

 

「気ぃ使わせて悪いな」

 

「いえ、急ぎの仕事がありますから」

 

クローニンは自分の分のレアチーズケーキの皿とティーカップを持つと食堂を出て行く。

林藤の話の内容がゼノンたちのことであると察し、敵対する国の人間ではないとしても同じ近界民(ネイバー)であるから同席するのは遠慮した方が良いと判断したのだ。

もっとも自ら面倒事に足を突っ込むのが嫌だという理由もあるだろうが。

そしてツグミが席に着くと林藤がおもむろに口を開いた。

 

「おおよそ見当が付いていると思うが、話ってのはゼノンたちのことだ」

 

そう前置きし、林藤はゼノンの顔をチラリと見て続けた。

 

「昨日の幹部会議でゼノン隊長、リヌス隊員、テオ隊員の3名はこれ以上拘束する理由がなくなったということで解放することに決まった」

 

ツグミは近いうちにそうなると覚悟していたから驚くことはなかったが、林藤とゼノンのふたりが示し合わせていたといった感があることが少々気になった。

おまけにリヌスとテオは帰国できるというのに残念そうな表情である。

特にテオは家族と再会できるのだから嬉しくないはずがない。

やはり帰国すれば任務失敗による処分が下されるということで不安なのだろうか。

 

「まあ、このまま帰国…ということになるわけだが、事情が事情だけにそう簡単に事が済むものではない。そこでここにいる6人で話し合おうということにしたんだが、とりあえず現状について説明する」

 

城戸を始めとした上層部のメンバーよって緊急会議が開かれ、ゼノンたち3人の扱いについていくつかのことが決まった。

彼らを解放するといってもそれは強制的に近界(ネイバーフッド)へ追い返すことである。

ゼノンたちはキオン本国のことだけでなく近界(ネイバーフッド)の国々の情報についても一切話さず、トリガーの解析も中断せざるをえない。

そんな非協力的な人間にいつまでも()()()食わせておくことはないということだ。

ただしすぐに追い出すということはできない。

なぜなら彼らの遠征艇の燃料はゼロであり、ボーダーには彼らに供与できるようなトリオンの余裕はなく、彼ら自身のトリオンを抽出して動かすしかないのだ。

とりあえず(ゲート)を開いて近界(ネイバーフッド)にある一番近い国までの燃料となるトリオンを()()から抽出するのに10日かかるということで、少なくともあと10日は玉狛預かりとなる。

 

これらの内容を元に()()に入った。

林藤はツグミたちを見回してから言う。

 

「これはゼノン隊長から相談を受けたことで、ほぼ決定事項だ。だが俺自身は判断に迷ったものだからおまえたちにも意見を聞きたい。内容は本人に説明してもらう」

 

林藤に代わってゼノンが口を開いた。

 

「俺たちは任務に失敗したわけだが報告の義務がある。よってそのために本国へ帰還せねばならない。しかし帰国すればそれ相応の処罰が待っている。まずは現在の二等市民から三等市民への格下げは免れず、さらに過去の例から鑑みると最悪の場合は強制収容所送りとなるだろう」

 

強制収容所と聞いて、ツグミは背筋に冷水をぶちまけられたかのようにゾッとした。

こちら側の世界にも同様のものがあり、そこに送られた者たちが過酷な目に遭ったという話は知っている。

重罪犯だけでなく思想犯や体制に反対した者たちが劣悪な環境で過酷な労働を強いられ、死ぬまで自由を得られないなどという地獄のような場所であるから、ゼノンたちがそんな場所に送られると聞けば自分のことではないとしても身の毛がよだつのは無理もない。

 

「そこで俺はこの部隊の責任者としてリヌスとテオのふたりを玄界(ミデン)に残し、俺ひとりで帰国することに決めた」

 

「「隊長!!」」

 

リヌスとテオのふたりが同時に叫んだ。

隊長であるゼノンがひとりで帰国するということは、若くて未来のある部下ふたりを厳罰から守るためにすべてを自分ひとりで引き受けるという意味である。

ゼノンはしばらく前から考えていて林藤にも相談していたことから落ち着き払っており、愕然とするリヌスとテオの様子とは対極的だ。

ふたりが反論しようとするのを手で制止すると、彼らの目を見ながら続ける。

 

「もちろんおまえたちにも言い分はあるだろう。特にテオ、おまえは本国に家族がいて帰りたいのだろうが()()我慢してくれ」

 

「どういう意味ですか?」

 

テオは納得できないという顔でゼノンを睨みながら訊いた。

 

「俺の書いた筋書きでは、玄界(ミデン)でミリアムの(ブラック)トリガーを発見し、奪おうとして戦闘となり、リヌスが殉職しテオは戦闘中に生死不明。かろうじて生き残った俺がひとりで帰国して事の顛末を報告する、ということになっている。テオ、おまえはほとぼりが冷めた頃に()()()()()()別人として帰国しろ。どうせ2年か3年もすれば皆がおまえのことを忘れる。そしてその後に家族の元へ戻って事情を説明すれば良いことだ」

 

ゼノンは家族のいるテオのことを一番に心配していた。

テオが諜報という難しい任務に就いたのは家族を一等市民にして生活を楽にさせてあげたいという一心によるものである。

だから成功すれば家族揃ってこれまでとは比較にならないくらいの裕福な暮らしが保証されていたが、失敗したことで三等市民に格下げとなる。

三等市民の暮らしは非常に厳しいものである。

これまで自由に買い物をしたり職業を選択したりと、こちら側の世界での一般市民と同様の生活ができたのだが、三等市民には数々の制限が生じる。

居住する場所は限定されてしまい、食料品を購入するにしても二等市民の町での売れ残りが流れてくるだけなので質は悪く数も少ない。

若ければ働き口も見付かるが、まともな職業に就くことも難しい年齢ともなれば自分のトリオンを売るといった「売血」のようなことまでしなければ生きていくこともままならないのだ。

よって二等市民から三等市民に格下げになるということは生活に困窮するというだけではなく、生存そのものが厳しいものとなる。

それをテオだけでなくその家族に強いるのはあまりにも酷いと、ゼノンは一時的にテオと家族を引き離してほとぼりが冷めた頃に()()として帰国したテオを家族に再会させようという考えなのだ。

テオの家族にはしばらくの間辛く悲しい思いをさせることになるが、テオが生死不明であれば家族にまで罪が及ぶことはないから二等市民のままでいられるし、()()()死亡認定されたら遺族年金も出るのだから悪い話ではない。

 

続いてゼノンはリヌスに言う。

 

「リヌス、おまえは玄界(ミデン)の人間と風貌が良く似ている。だから()()して玄界(ミデン)の人間となって生きていくのが良いだろう。現にオリバがそうしたように、おまえも玄界(ミデン)の習慣に従って暮らしていればいずれここがおまえの第3の故郷になるに違いない。玄界(ミデン)には若い女性も多い。おまえならごく当たり前で幸せな家庭を築くことができるはずだ。亡命の件についてはリンドウ支部長に相談し、ある程度の目処は付いている」

 

ゼノンの言葉を補足するように、林藤が説明をする。

 

近界民(ネイバー)の亡命及び帰化ってのは織羽の時の()()を使えばそう難しくはない。問題はその後どうやって生活していくかだが、そっちもどうにかなるだろう。城戸さんがOKすれば本部で狙撃手(スナイパー)の教官を勤めるって手もある。もちろんボーダーとは無縁の世界で生きていくってのもアリだ。まあ、それはボチボチと考えればいい」

 

「……」

「……」

 

リヌスとテオのふたりは黙り込んでしまった。

ゼノンから思いがけない話を聞かされて納得ができないのは当然のことだが、それ以上に自分たちのことを思いやるゼノンの気持ちを考えたら異論を挟むことなどできるはずがないのだ。

しかしツグミにはゼノンが精一杯考えた末に出した()()を彼らにとっての「最善の未来」であるとは考えられない。

ゼノンのシナリオだと、彼が長年追いかけていた(ブラック)トリガー奪取に失敗したというだけではなく部下をふたり失ったということにもなる。

そうなると彼は部下を死なせた無能な指揮官というレッテルを貼られることにもなり、ますます彼の立場は悪くなる。

リヌスとテオに下される罰が厳しいとわかっているから部下に自分と同じ目には遭わせたくないとして死んだことにするのであり、その罰を3人分引き受けることになれば想像を絶する過酷なものとなるだろう。

ツグミが想像するのは過去に読んだ本で描かれていたソビエト連邦の強制労働収容所で、極寒の中、飢え死に寸前の状態ですさまじい重労働を何十年にもわたり強いられ、家族に消息が知らされることもなく生きて帰って来られたら奇跡に近いとまで言われた「この世の地獄」であるから、それと同様の場所にゼノンが送られるとなれば居ても立ってもいられない。

 

(ゼノン隊長が考える『最善の未来』はそうなのかもしれないけど、わたしは違うと思う)

 

ツグミは黙って挙手をし、林藤をじっと見る。

それはゼノンの考えに異論があり、同時に自分ならもっと良い案を出せるという意味で「自分にも意見を言わせろ」ということである。

林藤も彼女が()()()することを承知の上で、後になって騒がれるよりはと考えてこの場に同席させたのだから、彼女に好きなようにさせることにした。

 

「何か意見があるのか?」

 

「もちろんです。ゼノン隊長のお気持ちはわかりますし、現状ではそれがベストだと考えるのは無理もありません。でもボーダー(わたしたち)が協力すればもっと良い方法が見付かるはずなんです。わたしだって今回の事件の当事者なんですから意見を言わせてください」

 

「いいぞ、言ってみろ」

 

続いてツグミはゼノンに視線を向けるが、彼は無言で「俺たちのことはもう放っておいてかまわない」という顔でいる。

しかしそんなことでツグミが引き下がるはずがない。

 

「ゼノン隊長の案にわたしは反対です。帰国すれば任務の失敗を報告せねばならず、その責任を取らされるのなら自分ひとりで十分だと考えるのはあまりにも短絡的です。部下を大切に思うものだから自分ひとりで全部被ってしまおうと気持ちはわかりますが、その大切な部下の意思を無視して勝手なことをしようとしているんですよ。リヌスさんとテオくんの顔を見ればわかります。ふたりに相談もなくひとり…じゃなくて林藤支部長とふたりでいろいろと企んでいたみたいですね。自分たちのことなのに何も知らされていなくて、突然玄界(ミデン)に残れと言われたら困惑するだけ。まずはわたしが意見を述べる前にふたりの気持ちを聞きましょう」

 

リヌスとテオにとって隊長であるゼノンの命令は絶対であるから本来異議を唱えることはできないが、ツグミが本人たちの意思を確認しようと言うのだからゼノンもダメとは言えずにふたりに正直な気持ちを訊くことにした。

 

「きみの言い分はもっともだ。それなら先にリヌス、おまえが言ってみろ」

 

するとリヌスは小さく頷いてからツグミに微笑むと答えた。

 

「私はゼノン隊長の部下ですから、その指示に従うのは当然です。なにしろ帰国すれば重い刑罰に処せられるわけで、特に私の場合はエウクラートンの人間ですからキオンの人間の隊長やテオよりも重い刑になるでしょう。だから隊長が私に玄界(ミデン)に亡命しろと言うのはわかりますし、この決断が悩んだ末に決めたことだということもわかっています。だからその気持ちを無にしたくはありません」

 

「つまりリヌスは俺の意見に賛成ということだな?」

 

「建前はそうです。ですがツグミが自分の気持ちを言うよう勧めてくれましたから本音を言わせてもらいます。隊長が本気で私を玄界(ミデン)に亡命しろとおっしゃるなら、私はあなたにずいぶんと見くびられていたってことですね」

 

リヌスはこれまで見せなかった感情的な態度になり、ゼノンを睨みながら続けた。

 

「たぶん私には肉親がいませんから死んだことにしても哀しむ人間はいないと考えたのでしょう。たしかに私が玄界(ミデン)に残ったところで誰も哀しむことはありません。ですが私にとって隊長とテオはかけがえのない家族です。その家族である隊長がキオンの強制収容所で辛い日々を過ごしていると知っていて、自分だけが戦争のない平和な世界で安穏と生きていけると思うんですか? 亡命するくらいだったら私も隊長と一緒に労働だろうがトリオン搾取だろうがどんなことでも耐えてみせますよ」

 

ゼノン自身も肉親や妻子もいない独り身で、リヌスとテオを弟や息子のように思っていた。

そのリヌスから家族だと言われ、ゼノンは嬉しいと同時に自分の浅慮を深く恥じた。

 

「すまなかった、リヌス。たしかに俺がおまえと立場が逆であったら同じ気持ちになるだろう。そのことを考えずに軽率なこと言ってしまった」

 

頭を下げるゼノン。

そんな彼に対し、今度はテオが口を開いた。

 

「隊長、オレはキオンに帰りたい。でも今オレが帰ると家族が三等市民になって苦しい暮らしをしなければならないということがわかっているから、ワガママを言わずに隊長の命令に従おうと思った。隊長はオレのためにそうしろって言ってくれているんだから、オレがそれに従うのが一番良いに決まってる。だけどオレだって隊長のことを家族だと思ってるから、隊長だけが重い罰を受けるのは納得できない。無関係な両親や弟を巻き添えにしたくはないけど、だからってオレが死んだことにして哀しい思いをさせる方がマシだなんてことはありえない。…だって、母さんはオレが任務で出かける時は必ず『どんな姿になってでも生きて帰って来てくれたらそれで十分だ』って言うんだぜ。そんな優しい家族を騙すなんて、2年や3年であってもオレにはできないよ…」

 

初めのうちは勢いがあったものの、最後の方では家族の顔が目に浮かんだのか涙声になっていた。

リヌスとテオの本音を聞けば、ゼノンも考えを改めるしかないという気持ちになる。

しかし彼が自分で最善だと考えていたことだから、おいそれとそれを却下して新しい策を考えるのは難しい。

 

「だったらみなさんがミリアムの(ブラック)トリガーと同等かそれ以上の価値のあるものを持って帰ればいいじゃありませか?」

 

ツグミのひと言にゼノンたちだけでなく迅や林藤も目を丸くした。

 

 

 

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