ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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164話

 

 

ツグミは忍田家の自室で時計を見た。

 

(そろそろオサムくんたちの試合が終わった頃かな…。もうすぐ結果が送られてくるだろうけど、見たいような見たくないような複雑な気分。どうせいずれは知ることになるんだけど、結果がどうであってもわたしには満足できるものではないから)

 

B級ランク戦の最終戦が終わったことで、今期の順位が確定する。

通常であれば上位2部隊(チーム)までに入ればA級への挑戦権が得られるというだけだが、今期のランク戦はアフトクラトル遠征部隊選抜にも大きく関わっているから、修たちのように遠征に参加したい部隊(チーム)と隊員は特に力が入っていた。

結果を待たずとも1位が二宮隊であることは確定しているのだが、2位が影浦隊になるのか玉狛第2になるのかは夜の部の玉狛第2がどれだけ得点できたかによるものだから、多くの人間が上位グループ夜の部の試合に注目していたことだろう。

今期のランク戦が始まった当初はツグミも玉狛第2を無条件に応援していた。

彼らはまだB級になったばかりであるから、同じB級の仲間たちと競い合っているうちに「もっとも大事なこと」に自ら気付くだろうという期待があったからである。

しかし彼らは試合に勝つことしか考えておらず、いくつかの障害を周囲の助言や手助けによって上手く乗り越えてしまったものだから、上位グループに入ってもなお()()()()弱点を克服できていなかった。

最終戦までにいくらかは改善できたといっても、近界(ネイバーフッド)遠征に耐えうるだけの力は身に付けていない。

そもそも上位2位までに入ったとしてもそれは遠征選抜試験に参加できる権利を得ただけであり、合格してもその後の訓練の結果如何では落とされる可能性もある。

一番の問題は玉狛第2が第一の関門である「上位2位までに入る」ことで苦戦していて、ギリギリ()()してもその先に待っているものがさらに困難で狭き門であることにまで頭が回っていないこと。

ハードルをひとつひとつ確実に越えていけば良いのだから、まずは上位2位に入ることを目指すというのは当然なのだが、選抜試験に参加する隊員たちは覚悟も実力もあるA級を含めた猛者たちで、B級になって間もない修たちが敵うレベルではない。

なにしろB級隊員といっても修はラッド掃討作戦のご褒美、千佳は上層部の特例によって()()()()()()()で昇級したことに加え、玉狛第1や迅といった優秀な隊員に()()()()されて現在の彼らがある。

もちろん本人たちも努力はしているが、一般隊員に比べるとはるかに恵まれた環境で訓練を受け、さらに隊員4人のうちふたりは戦闘経験豊富な近界民(ネイバー)であるから、彼らによって修と千佳は下駄を履かせてもらっているに過ぎないのだ。

さらに戦闘を前提とした遠征は現ボーダーの組織になってから初めてのものであり、近界(ネイバーフッド)においての戦闘は先の大規模侵攻とは違って地の利を得ることもできない上に援軍もないという不利な条件しかない。

そこに入隊して数ヶ月の()()素人が加わっても足手まといになるだけだ。

ツグミが修や千佳を近界(ネイバーフッド)遠征に参加させたいと思っていたのは本心であった。

しかしアフトクラトルへの遠征となれば別だ。

死地に後輩の新兵を送り込んで自分は安全な場所で帰りを待つしかないという状態は、多くの犠牲者を出した5年前の苦い記憶を蘇らせてしまう。

5年前は自分が弱かったため、今回は過去の遠征で犯した罪によって大事な時に参加できないという彼女の気持ちは如何ばかりであろうか。

 

(もうわたしは玉狛支部の人間じゃないんだから、玉狛第2のことなんて気にするのはやめよう。林藤支部長がわたしのやることに口出しできないように、わたしはオサムくんたちに何かを言える立場じゃないんだもの。それに今はゼノン隊長たちのことに専念しなきゃいけない。彼らが玉狛支部にいられるのは10日。それを過ぎたら『とっとと国に帰れ』と言わんばかりに追い出されてしまうはずだから。万が一のことを考えてそっちの方も考えておかなきゃ)

 

ツグミは頭の中を切り替えた。

玉狛第2のことなら()()()()()フォローしてくれるだろうが、彼女は()()()()してくれないゼノンたちのことを考えなければいけない「責任」があるのだ。

 

(林藤支部長の話だと、ゼノン隊長たちは毎日例の遠征艇へ行って午前と午後に2時間ずつトリオンを抽出するらしい。ということは、それ以外の時間はフリーになるってことだから、その時間を利用して街を散策しながら近界(ネイバーフッド)に欲しいものとか取り入れたいこちら側のシステムなんかを探すのはどうかな? これまではボーダーで拘束していたから外出なんてできなかったけど、これからは自由の身なんだから大丈夫でしょ、きっと。3人一緒で行動するのは無理だから交代でひとりずつ。計画の途中で邪魔が入るといけないから目立たないようにしないとね)

 

時間はあまりないというのにやることだけはたくさんある。

ひとまずやりたいことの優先順位を決めることから始めた。

まずはキオンという異世界の国であり、さらに寒冷地であるという特殊な土地でこちら側の世界の()()が通用するかが問題である。

同じような農作物を収穫して食料としているようだが、同じように見えてその遺伝子がまったく違うということも考えられるため、単純にこちら側の作付面積あたりの収穫率が高い種子を蒔いても収穫量が期待できないだけでなく、土壌が異なれば生育しないということもありうる。

それに現地で結果が出るまで時間がかかるものであるから、すぐにこちら側の世界の進んだ技術を証明できない。

太陽光発電についても大掛かりなものは持って行くことができない上、こちらも太陽光が近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界とで違えば発電できない可能性もある。

 

(これはやっぱり現地に行ってみないとわからないことばかり。机上の空論っていうのはこういうことなのね…。みんなの前で偉そうなことを言っちゃったけど、これは順番を変えてアプローチしなきゃダメかもしれない)

 

ツグミがそんなことを考えていると、携帯電話にメールの着信があった。

発信元がボーダー本部であるからおそらくB級ランク戦の結果であろう。

定期考査の結果のように見たいような見たくないような、それでいていずれは知らなければならないことであるからと、彼女は渋々内容を確認した。

 

(ふ~ん、そういう結果(こと)になったんだ。でも結果がどうなろうと今のわたしには関係ない。後は彼らと玉狛支部の師匠たちがどうするかだもの。城戸司令がこのタイミングでわたしをS級にして本部に異動させたのも、このB級ランク戦の結果次第で()()()()ことや人が動くだろうと考えたからって邪推したくもなるわね。一時はわたしを太刀川隊に移籍させて玉狛支部から引き離そうとしたくらいで、それは城戸司令がわたしの実力と行動力を認めているってことの証明みたいなもの。自分の手元に置いてトラブルを起こさないようにっていう予防線を張ったってことよね。…でも城戸司令(あの人)は何をしようというんだろう? ミリアムの(ブラック)トリガーのことだって忍田本部長や林藤支部長にすら隠していたんだし、隠していることがまだいろいろありそう)

 

付き合いの長い仲間にさえもなかなか本心を見せようとはしない城戸だから、以前のツグミは彼に対して強い警戒心を抱いていた。

大規模侵攻の後に何度か一対一かもしくはそれに近い状態で話をする機会を得てお互いの本心を打ち明けることもあったが、両者ともまだ完全に和解したとは言えない状態が続いている。

 

(あの人は自分ひとりで何でもかんでも抱え込んじゃうタイプで、5年前だってリーダーの自分のせいで大勢の仲間を死なせてしまったって思ってる。でもそれは大きな間違い。あの戦いでは誰かひとりに全部責任があるってことにはならないし、あの人が自分自身を責めたところでジンさんや忍田本部長たちの辛さや哀しみが癒えるわけじゃないんだもの。あの時のわたしは遠征に参加できなかった部外者で、何もできずにジンさんのそばにただ黙って座っているだけだった。そんなわたしがあの人のために何かしてあげられないかって思うのは傲慢よね、きっと…)

 

5年前の同盟国を救うという目的の近界(ネイバーフッド)遠征は当時の()()()()ボーダー隊員たちの人生を大きく変えてしまった。

半数が死亡し、残った者も心と身体に大きな傷を残している。

城戸の顔の左側の額から頬にかけて大きな傷跡はこの時に負ったもので、それ以上に深く死ぬまで消えない傷が心の中にある。

迅の未来視(サイドエフェクト)による「この遠征に行けば()()死ぬ」という運命を背負わされたメンバーのひとりであったことをツグミは知らされていないものだから、遠征に連れて行ってもらえなかったのは自分が子供で弱いからだと思い込んでいて、城戸の顔の傷を見るたびに自分の力不足を思い知らされるのが嫌で顔を合わないようにとずっと避けていた。

一方、城戸は城戸でツグミが彼を避けていたり命令違反をする理由がわからず、どう扱えば良いのか手をこまねいていた。

それが両者の関係をギクシャクさせていたのだから、きっかけが何であれ会話をしてお互いの気持ちを知れば改善されていくというもの。

しかし残念ながらどんな人間であっても100%理解し合えるものではない。

 

(わたしがゼノン隊長たちのために動いていると知れば不愉快に思うはず。知られないようにこっそりと行動してもバレた時の方が面倒なことになりそうだから、前もって言っておいた方が良いかも。きっとあのしかめっ面がますます不機嫌そうな顔になるんだろうな…。ひとまず明日は本部に行って、面会が可能ならきちんと()()しておこう)

 

 

◆◆◆

 

 

忍田が帰宅したのはまもなく日付が変わろうとしていた頃であった。

 

「お帰りなさい、叔父さん。お疲れさまでした」

 

笑顔で出迎えるツグミに対し、忍田はお疲れ気味のようで愛娘の出迎えにも笑顔を返すことすらできない。

 

「ただいま、ツグミ。もう寝たかと思っていたが、まだ起きていたんだな」

 

「もちろんです。叔父さんがお仕事頑張っているのに、わたしだけ暢気に寝てはいられませんよ。お風呂は入れるようになっていますし、夜食もすぐに用意できますよ」

 

「少し腹減ってるから先にメシを食って、それから風呂に入る」

 

「わかりました」

 

忍田からカバンを受け取ると、すたすたと先を歩いて行くツグミ。

その後ろをネクタイを緩めながら歩く忍田というふたりの様子はまるで幼な妻とその夫のようでもある。

家に帰って来れば暖かい出迎えに美味しい食事や風呂の用意…このようにいたれりつくせりであれば忍田が結婚をしようと考えるはずがない。

 

ツグミは台所に行くと手早く「豆腐粥」を作る。

豆腐をごま油で軽く炒ったものにご飯を加え、水と昆布出汁と鶏ガラスープの素を入れて、塩で味を整えたものに卵白を入れて軽く混ぜる。

そして卵白が半熟状態のうちに器に入れ、最後に卵黄をのせて刻みネギをふりかけたらでき上がり。

豆腐でかさを増しているからその分カロリー控えめ、温かくて消化に良いということで玉狛支部にいた時に良く夜食や夜勤明けで帰って来た隊員たちに作ってやったものだ。

 

「うん、これは美味いな」

 

そう言って粥を美味しそうに食べる忍田の顔を見ていると早く結婚させなければと思う一方、もっと一緒にいて娘として親孝行をしたいとも思ってしまうツグミ。

 

(叔父さんを結婚させるのも娘であるわたしの役目だけど優先事項とは言い難い。他に急いでやらなきゃならないことがたくさんあるんだもの。だからもう少しだけここにいて親孝行させてもらいます)

 

ツグミにとっての優先順位が低かったために、忍田はもう少しだけ娘と一緒に過ごす時間を与えられた。

織羽と美琴の死によって忍田は24歳独身の身で7歳の少女の親となってしまったが、それを面倒だとか彼女のことを邪魔だと思ったことは一度もない。

幼い少女が両親の遺骸にすがって泣き叫ぶ姿を見た忍田が自分の手で大事に育てようと決心してから彼にとってツグミは姪ではなく実の娘そのものなのだ。

だからツグミが実家に帰って来てくれたことを心から喜んでおり、一日でも長くこのささやかな()()()()()の暮らしを楽しみたいと思っているのだが、()()()()()()()としての立場がそうはさせてくれない。

 

「そういえば、おまえは三雲くんたちの試合を見ないで引越し作業をしていたらしいが結果は見ただろ?」

 

粥を食べ終わった忍田がツグミに訊く。

 

「はい。まあこんなものだろうなと感じましたが、それ以上でも以下でもありません」

 

ツグミの反応が冷淡なものだから、忍田は不思議に思ってさらに訊いた。

 

「以前は玉狛の後輩たちのことになると親身になって相談に乗ったり手助けしてやっていたそうじゃないか。それなのに本部に異動した途端にずいぶんそっけない態度になったな。やはり例の件が原因なのか?」

 

例の件とはツグミが千佳に対して厳しい物言いをして、その直後に玉狛支部を出たことを言っている。

 

「和解できていないというのなら私が仲立ちしてもいいが…」

 

「いえ、その必要はありません。そもそも和解するとかしないとかの問題ではないのですから。たしかにわたしは玉狛第2を遠征に参加させたくて応援していましたが、()()()()()()()()()遠征については反対です。チカちゃんがお兄さんと友人を探しに行きたいという気持ちは理解できますから、()()()()()()()()()()()遠征であり彼らが近界(ネイバーフッド)へ行って無事に()()()()()ことができるだけの実力と覚悟を身に付けた後に行かせてあげたいと思っていました。ですが今の彼らはその実力も覚悟もないのにアフトとの全面戦争になりかねない遠征に参加することしか考えていないようですから応援する気は失せてしまったわけです。そして本部へ異動となった今、わたしには彼らを応援することも諌めることもできません。さらにわたしにはもうB級ではありませんし遠征計画に関して()()()です。B級ランク戦の結果や誰がアフト遠征に参加するとかしないとか、そういったものに口を出す資格がないのに興味を持って一喜一憂するのは疲れるだけですからやめました」

 

「おまえの言うことはもっともだが…」

 

「でしたらこのお話はおしまいにしましょう。アフト遠征の責任者は忍田本部長なんですから、これからは選抜試験や対象隊員の訓練などでもっと忙しくなるでしょう。わたしは本部長のプライベート面のサポートで僅かながら協力させていただきます。わたしは()()()()()()()()()のお手伝いはできませんからね」

 

忍田は何も言えなくなった。

 

(ツグミがああやって冷ややかな態度でいるのもぶつけようのない苛立ちや悔しさから目をそらすためなのだろうが、あの子がこうして執着していたものを自ら捨てるのはこれで二度目だな…)

 

両親が近界民(ネイバー)に惨殺された事件から半年ほどツグミは忍田から片時も離れず、引き離そうとすると泣き喚くという症状が続き、登校さえままならなかった時期があった。

しかしある日突然こともあろうか家族写真や両親に買ってもらった洋服やおもちゃ、両親の遺品などを全部ダンボール箱に入れて忍田の前に持って来ると「もういらないから全部捨ててほしい」と言ったのだ。

彼女にとっては何よりも大切なものであり、特に眠る時には必ず抱きしめていたクマのぬいぐるみまで捨ててほしいとまで言うのだから、忍田にはこの幼子の精神状態が病んだだけでなく壊れてしまったのではないかとさえ思ったほどであった。

なにしろその時の彼女の表情や態度が7歳の子供のものではなく、人生を達観したかのようであったから忍田にはそう強く感じられた。

それでもツグミ本人が懸命に考えた結果であったから、忍田はそのダンボール箱を彼女の知らない納戸の奥に隠して「捨てた」ということにしてある。

今でもその箱は納戸に中にあって、いつでもツグミは「織羽と美琴に会える」ようになっているのだが、そのことを彼女は知らずにいた。

その後の彼女は忍田を慕うものの普通に通学するようになり、次第に明るさを取り戻していった。

一度目の「執着したものを捨てる」は良い結果を生み出したのだが、二度目の今回はどうなるかわからない。

だが9年前と同じように彼女が考えた末に出した答えであるからと、忍田は何も言わずに彼女の行動を見届けようと決めたのだった。

 

 

 

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