ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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165話

 

 

ゼノンとリヌスとテオの3人は玉狛支部の一室で顔を合わせていた。

 

「ツグミのヤツ、荷物も全部持ってホントに出て行っちまったんだな…」

 

テオが寂しげな顔で言う。

 

「出て行ってしまったことは事実だが彼女に二度と会えないということではない」

 

「そうだ。なにしろ彼女は俺たちのために、罪に問われないようにと考えてくれているんだからまた会えるに決まっている。そんな顔をして…それじゃまるで今生の別れみたいじゃないか」

 

リヌスとゼノンに諭されても、まだテオは浮かない顔をしている。

 

「そりゃ玄界(ミデン)にいる間…あと10日くらいは会えるかもしれないけど、キオンに帰ればそれっきりだろ? そしたら一生会えなくなるんだから寂しいに決まってる。オレだけじゃなくて隊長もリヌスも同じだろ?」

 

「…ああ。彼女は自分を拉致して近界(ネイバーフッド)へ連れ去ろうとした俺たちを許すだけでなく、俺たちのことを友人だと言ってくれた。優しくて勇気があって賢くて…本気でキオンに連れ帰りたくなるような気立ての良い娘だ。会えなくなるのは残念だが、彼女の住む世界はここなのだから仕方がない。しかし彼女と別れたくないのなら玄界(ミデン)に残るという手がある。俺はそれでもかまわないんだぞ」

 

ゼノンの言葉にリヌスがいち早く反応した。

 

「バカなことを二度も言わないでください! 私たちが隊長だけを帰国させるはずがないじゃありませんか。もし玄界(ミデン)で暮らしたいのなら、帰国してすべてを済ませてからもう一度ここに戻って来ますよ」

 

するとゼノンがニヤリとする。

 

「それが本音だな、リヌス?」

 

「え? あ…いえ、私はそういう意味ではなく…」

 

返事に詰まってしまうリヌスだが、言ってしまったからにはゼノンに説明せなばならない。

 

「隊長が察していらっしゃるように私は彼女に好意を寄せています。彼女の身体にもエウクラートンの血が流れているからなのでしょうか、考え方や価値観に共通するところがあって、ずっと一緒にいられたら楽しいし幸せだろうなと思っていました。深夜に遠征艇で彼女と話をし、彼女が私ともっと話がしたいと言った瞬間、私は彼女をエウクラートンへと連れて行きあの青々とした草原がどこまでも続く景色を一緒に見たい、草の上に並んで座っていつまでも話がしたい、誰にも邪魔されない世界で平和な未来を語りたいと心の底から思いました」

 

「ならば彼女にそう言えばいい」

 

「フフッ…そんなことできるはずがありませんよ。こういうことには疎い隊長ですからお気付きにならないようですが、彼女にはジンという相思相愛の恋人がいるんですからね」

 

疎いと言われて少しムッとするが、ゼノンも自分が任務一筋で30歳を過ぎても自分自身の恋愛を蔑ろにしていたことを思い出した。

 

「ジンか…。たしかにツグミとジンは一緒にいることが多いし仲は良さそうに見えるが、恋人だという根拠はあるのか?」

 

「私にはわかるんです。つい彼女の一挙一動に神経が集中してしまい、彼女の表情の変化や言葉の中にジンに対しては他者とは違う感情が含まれているのに気付いてしまいました。そして彼女に恋人がいると知って残念だとは思いましたが、存外ショックはなかったんです」

 

「それはどういう…?」

 

「私は彼女のことを性的な愛つまりエロスではなく、友愛(フィリア)として『好き』なのです。もちろん私も男ですから性欲はありますが、彼女に対して欲情することはありません。しかしそれは彼女が女性としての魅力がないというのではなく、それどころか素敵な女性であるからこの手で穢したくないと思うのです。当然彼女もそのようなことは望んではいないでしょうし。それにジンに対しても嫉妬の感情が込み上げてくることはなく、彼女のことを任せられる人物だと信頼までしているんです。…これはむしろ友愛(フィリア)よりも家族愛(ストルゲ)に近い感情ですね」

 

「……」

 

玄界(ミデン)にもう一度戻って来たいというのはエウクラートンの同胞のためにできることをここで探したいと思うからです。玄界(ミデン)には彼女の言うようにエウクラートンだけでなく近界(ネイバーフッド)にとっても希望となるものがあるという気がします。隊長とテオと一緒にいたいですが、それよりも故郷の同胞のために働きたい。それができるかもしれないという希望をツグミが与えてくれました。彼女と一緒ならきっと願いが叶うに違いない。さっきの彼女の演説でそう思えてきました」

 

これはゼノンに気を遣わせまいとして言ったのが、届かない想いを別のものに置き換えて自分への言い訳としているというのが真実であった。

リヌスは自分のツグミへの感情が友愛(フィリア)家族愛(ストルゲ)であると言っているが、ツグミがリヌスに向けている感情こそが友愛(フィリア)家族愛(ストルゲ)なのである。

ツグミは自分がリヌスに対して酷い仕打ちをしているなどと露程も思っておらず、リヌスの気持ちを知る由もない。

もし迅が遊園地でツグミへ告白していなかったら違う未来になっていた可能性がある。

迅は指輪を購入した時点で「ツグミに指輪を突き返される未来」をも予知していたのだが、遊園地で渡すというタイミングを逃してしまっていたら違う結果になっていたであろう。

自分でも気付かないうちに迅は「Bad end」を回避しており、リヌスにとっては最初で最後、ただ1回のチャンスが本人の知らぬ間に奪われていたのだった。

 

そしてリヌスは続ける。

 

「そもそも私と彼女は文字通り住む世界が違うのです。エウクラートンにはこのような言い伝えがあります。人はひとつの魂がふたつに分かれて生まれてくる。それが必ず男女ひとりずつで、どんなに離れていようとも必ず巡り合って夫婦になり、元の魂と同じ存在となるので死がふたりを分かつまで離れ離れにはならない、と言うものです。きっと私の()()()近界(ネイバーフッド)で私のことを待っていることでしょうから、早く帰らなければいけませんね。…さあ、私の話はこれくらいにしましょう」

 

そう言って寂しげな笑みを湛えた。

ゼノンとテオは黙ってリヌスの話を聞いていたが、ふたりとも「リヌスに悪いことをしてしまった」という後ろめたさがあって本来の「今後どうすべきか」の話し合いを再開しようにもこの重い空気の中では名案も浮かびそうにない。

 

「ゼノン隊長、テオ、私たちには10日しか時間がないんです。この短い間にツグミは我々のために奔走してくれるんですよ、だったら我々もできることをしましょう。一日4時間のトリオン抽出作業以外は自由に外出しても良いとリンドウ支部長に言われたではありませんか。その時間を利用して玄界(ミデン)の文明についてもっと良く知り、キオンでその技術や知識を生かすことができれば我々の未来は開かれます」

 

リヌスに発破をかけられ、ゼノンが口を開いた。

 

「リヌス、おまえの言うとおりだ。ツグミは俺たちの刑罰を軽くしたいがために働いてくれているのだ、当事者である俺たちがこの調子では申し訳ない。ひとまずこれまで調査した玄界(ミデン)の情報の中から近界(ネイバーフッド)に導入可能な物品や技術があるかどうか考えてみよう」

 

 

◆◆◆

 

 

B級ランク戦を終えて玉狛支部に戻って来た修たちは林藤からツグミが()()()出て行ったことを聞かされた。

ツグミが何も言わずにこっそり引越しをしてしまったことについて各々思うところがあるようで、特に小南はツグミの「何も相談をしないで勝手に決める」という態度に対して常々腹を立てていたものだから、今回の夜逃げ同然の引越しには我慢できなくなって本人にではなく林藤に対してその怒りの矛先を向けた。

 

支部長(ボス)は引越しのことを知っていたはずなのに、なんであたしたちに内緒にしてたんですか!?」

 

口に出したのは小南だけだが、その場にいた修やレイジたちも同じ気持ちである。

 

「内緒にしてたってことはねぇぞ。今日付で本部転属の辞令が出て、昼過ぎにあいつから夜に引越しをするって連絡があったばかりだ。連絡が来た時にはまだおまえたちはいたが修たちの応援に行くってことで騒いでいたからな、帰って来てから報告すれば良いと思って何も言わなかっただけだ。言ったところで見送りも引越しの手伝いもできなかっただろ?」

 

ツグミは引越しを5日の夜にするということを迅にしか言っておらず、林藤に告げたのは本人が言うように当日の昼過ぎであった。

小南が勘ぐったように林藤がグルであったと思われたくないようにとのツグミの気遣いである。

 

「それはそうですけど…。だけどこんな夜逃げみたいにコソコソしなくてもいいのに…」

 

「別にこれが今生の別れっていうわけでもねぇし、本部に行きゃいつでも会える。それにあいつにはあいつなりの考えがあってやってることだ、勘弁してやれ」

 

林藤が小南を宥めようとするが、そばでふたりの会話を聞いていた千佳が青ざめた顔で言う。

 

「わたしのせいです。きっとツグミさんはわたしの顔を見たくなくて、わざと玉狛第2の試合の時間に合わせて引越しをしたんです」

 

それは明らかに千佳の勘違いなのだが、それを否定できる人間はひとりしかいない。

そこにタイミング良く現れた…というか部屋に入るきっかけを探して待っていた迅が千佳に声をかけた。

 

「それは違うぞ、千佳ちゃん」

 

「迅さん…?」

 

観衆の視線を一身に受けながら迅は続ける。

 

「ツグミがみんなのいないタイミングで引っ越した理由はいくつかあるが、一番の理由はみんなに見送られたくなかったからだ」

 

「どうして見送られたくなかったんですか? わたしのことはともかく他の人たちにも挨拶なしで出て行ってしまうなんてツグミさんらしくありません」

 

千佳の疑問に修や小南たちも同意だと言わんばかりに頷いている。

そこで迅はツグミから聞いた話をすると、誰もそれ以上何も言わなくなった。

5年前の遠征出発時のツグミと同じ経験をしたことはなくても、もし自分がその立場であったならと考えればツグミの誰にも見送りたくないし見送られたくなかったという気持ちがなんとなくわかるような気がするのだ。

 

「とにかくツグミはみんなのことを嫌って出て行ったわけじゃない。本部に異動して城戸さんの直属になったからといってあの人の思想に共感しているのではなく、今までどおり近界民(ネイバー)と仲良くしようと思っている。それにメガネくんたちのことをとても気にかけていて、あいつが厳しいことを言うのもアフトへの遠征がそれだけ危険なものになると考えているからなんだ。そのことだけはわかってくれ」

 

「……」

 

そう言って迅は立ち去ろうとするが、その背中に向かって修が声をかけた。

 

「迅さん、ぼくたちも霧科先輩のことを嫌ってなんかいません。そして心配してくれていることにも感謝しています。でもぼくたちは危険であろうともアフトクラトルへ行かなければならない理由があるんです。だから霧科先輩に心配や迷惑をかけることになろうとも、ぼくたちは必ず遠征に参加します」

 

修がきっぱりと言うものだから、迅は複雑な気分だが初めて出会った時に比べて修がはるかに逞しくなったことが嬉しかった。

ボーダー本部に侵入しようとして警戒区域内に立ち入り、そこで運悪くトリオン兵に遭遇してしまった時の修は腰を抜かして身動きできない状態であったが、その時の少年と同一人物とは思えないのだ。

嬉しいものだから自然と笑みがこぼれる。

 

「好きにするといい。未来を決めるのは俺の未来視(サイドエフェクト)ではなくおまえらの意思と行動だ。ツグミには心配するなって伝えておくよ。じゃ、おやすみ」

 

迅にはまだ修が遠征部隊に参加する未来は視えていない。

しかしそれは参加できないという話ではなく、いくつもの不確定要素があるために予知すらできないということだ。

さらに視えたとしても、必ずしも実現するとは言えない。

よって迅の言うように「修たちの意思と行動」にすべてがかかっている。

 

(しかしメガネくんがアフト遠征に参加すると決まればツグミは素知らぬフリはしていられなくなる。遠征に行くことはできなくてもあいつなりにメガネくんたちのことをこっそり応援するんだろうな…)

 

そんなことを考えながら、迅は自室へと戻って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

レースのカーテン越しに差し込む月の光の中、なかなか寝付けないでいたツグミは寝巻きの上にカーディガンを羽織ると机の近くまで歩いて行った。

そして机の上に並べて置いてあるボーダーのノーマルトリガーとミリアムの(ブラック)トリガーを見つめ、ミリアムの(ブラック)トリガーを手にするとトリガーを起動する。

 

(トリガー、起動(オン)

 

(ブラック)トリガーであるから換装後の姿は寝巻きのままであるが、()()()でちゃんと換装したことがわかる。

なのでツグミは目をつぶって心の中で呼びかけた。

 

(ミリアムさん、お話をしたいんですけどいいですか?)

 

すると返事があった。

 

(こんな時間にどうしたの?)

 

(なんだか眠れないものですから、少しお話ししたいと思って。城戸司令から正式に()()()の所有を認められましたから、これからはずっと一緒にいられますよ)

 

(それは嬉しいわ。私は貴女の意思や行動にとても興味があるから、こうして貴女がいつも携帯してくれれば全部見ていることができるもの。それで話って何?)

 

ミリアムはツグミに対して好意的であるから、彼女が所有者になったことを喜んでいた。

なにしろこれまでの適合者とは考え方が違い、()()を殺人の道具ではなく誰も殺さないで戦争をなくそうとするために使()()と言うのだから期待もしたくなるというもの。

ツグミの可能性に賭けてみたいと思うのは城戸や忍田たちだけではないのだ。

 

ツグミはミリアムに問いかける。

 

(訊きたいことがたくさんあるんです。近界(ネイバーフッド)での人々の暮らしや(ブラック)トリガーのこととか。でも一番に知りたいのはあなた個人のことです)

 

(私個人のこと? そんなものに興味があるなんて面白い子ね、貴女って。まあ、オリバの娘ならわからないでもないけど)

 

(そこです。あなたはわたしの父のことを良く知っているようですから。…わたしは玄界(ミデン)人に帰化した霧科織羽としての父のことすらもほとんど覚えていません。ですからエウクラートンのオリバであった頃の話を聞きたいと思って。あなたが父の師匠であったとか家族同様の付き合いをしていたとかいう話も断片でしか聞いていないので、生前のあなたが父とどのような関わりを持っていたのか教えていただきたいんです)

 

(なるほどね…)

 

(それにいくつか気になることがあるもので。前に会話をした時にあなたは16歳で生んだ息子さんを他人に預けて育ててもらい、その男性と偶然再会したと話していました。その男性があなたのことを師匠として慕っていたということと、あなたが命よりも大切な息子さんの命を守るために(ブラック)トリガーになったこと、そして城戸司令はわたしとあなたの間には何らかの関係があることを匂わせることを言いました。それらを踏まえてひとつの仮説が思い浮かびました。…ミリアムさん、もしかしたらあなたはオリバの母親で、わたしの祖母なんじゃありませんか?)

 

かなり大胆な推理であったが、ツグミには自信があった。

はっきりとした根拠はないものの、漠然とでもそう思うのはこの3人に血の繋がりがあるからだろうと判断したのだ。

 

(ツグミ、貴女はオリバに良く似ているわ。あの子は幼い頃から賢くて敏い子だったそうよ。勉強熱心でトリガーに関してとても興味を持っていたそうだから、養父母はあの子を上の学校に進学させて技術者(エンジニア)に育てた。そうすれば自然に生母である私と出会うだろうって。実際、私がオリバと初顔合わせしたのは研究室(ラボ)だったもの)

 

(なんで自分が母親だって言わなかったんですか? やっぱり後ろめたいところがあったとか?)

 

(う~ん…後ろめたいというよりも、あの子に余計なことを言わない方が良いって思ったからよ。当時の私は研究室(ラボ)責任者(チーフ)で大勢の部下がいたから、新入りの若造が実の息子ってことになるとオリバに対する周囲の目が…ね。あの子の実力は本物だったから、親の贔屓があったなんて勘違いされて嫉妬されたら可哀想だもの。そしてあの子は養父母を実の両親だと疑ったことがなかったから、私が母親だって名乗れば困惑するだけ。この気持ち、貴女にもわかるでしょ?)

 

(たしかにそうですね。わたしと真史叔父さんとの関係も世間に内緒にしていたのも同じ理由ですから)

 

(それにもしオリバがまだ小さな子供だったら抱きしめてやりたかったけど、再会したのはあの子が18歳でもうそんな可愛らしい年齢じゃなかったし。とにかく親子の名乗りはしなかったけど、私とあの子は確かな絆で結ばれていたことに違いはない。一緒にいられたのはたった4年だったかもしれない。でもその4年はとても濃密で、あの子を守るためならって思ったら何の迷いもなく(ブラック)トリガーになっていたわ)

 

(そうなると自分の実の母親が(ブラック)トリガーになったことを知らなかったのは父にとって良かったことなのかもしれませんね)

 

(ええ、私もそう思う。だけどその後のことであの子には苦労をかけてしまったわけだけど。まさか玄界(ミデン)にまで逃げて行くとは思わなかったわ)

 

(有吾さんという玄界(ミデン)から来た友人がいたからできたことでしょう。住む世界は違っても親友になれるということを身をもって証明したようなものですから。そのふたりの気持ちがボーダーを創り、そこに集まった若者たちが試行錯誤して組織の地盤を固めていった。その中で出会った男女が愛を育み、わたしが生まれた。そのわたしが()()()を手にすることになるなんて、あなたは想像もしていなかったでしょうね?)

 

それからしばらくの間ミリアムは何か考えていたようで無言が続いた。

 

(…私はオリバにこの(ブラック)トリガーを使わせたくなかったから、素質はあったけど私の意思で使わせないようにしていたの。私は(ブラック)トリガーの研究もしていたけど、わからない部分が多くて難儀したわ。でも自分自身が(ブラック)トリガーになってみてわかったことがいくつかある。(ブラック)トリガーは作った人物の人格が反映されるために使用者を選ぶ性質があるってことになっているでしょ。それはある意味正しいけど間違ってもいる。なぜなら素質は十分満たしていて適合者としては合格であっても、元の人間が『ダメ』だと判断したら起動できないから。というか起動させないのよ。事実、オリバは適合者で資格はあったけど、私があの子を死なせたくなくて起動させなかったんだから)

 

それは当然である。

自分の息子 ── オリバを死なせたくなくて自ら(ブラック)トリガーになったというのに、使えば死ぬ可能性があるということになれば使わせないに決まっている。

そしてキオンによる第二次侵攻の際には起動できるトリガー使いがいなくてエウクラートンはキオンの前に屈したのだった。

ミリアムにとっては祖国エウクラートンよりも息子オリバの方が大事であったということで、その気持ちはツグミにも良くわかる。

 

(キオンはエウクラートンを食料の供給地にしたくて攻めて来たのだから住民を皆殺しにするはずはない。だから2度目の侵攻の時には抵抗手段がなくてかなり早いうちに降参したことで被害は最小限で済んだようね)

 

(ええ。エウクラートン出身でキオンの諜報員をやっている男性から少しだけ話を聞いています。収穫した作物の多くを持って行かれてしまうらしく食生活の面では厳しい生活を強いられているようですけど、住民が理不尽な扱いをされてそのせいで死んだり傷付くようなことはないそうです。エウクラートンは農産物がたくさん収穫できる豊かな土地でできているせいでキオンに狙われましたが、だからこそ住民を生かさず殺さずといった支配をしているんでしょうね)

 

(そうね…。エウクラートンの(マザー)トリガーになった人物は高潔な人格で、誰からも敬愛された女性だったというわ。そして彼女が(マザー)トリガーになったことで今の豊かな土地を持つ国になったそうよ。以前はキオンやアフトクラトルのように武力で他国を侵略するような国だったけど、これまでのトリガー技術を国防のために使うようになった。エウクラートンはトリガー技術に関しても他国よりも数段秀でていたからそこもキオンに狙われる原因となってしまったのよ)

 

(難しい問題ですね。(マザー)トリガーになった人物がどのような人間であったかによって国自体が大きく違ってくる。トリオン量が多ければ広い国土となり、逆にトリオンが少なければ狭くなるから他国からさらってでも優れたトリオン能力者を…って考えてしまうのも無理ない。そうなれば軍事に力を注いでしまうから、一般市民の生活が蔑ろにされてしまう。この負のスパイラルを断ち切る手段がなくて、こちら側の世界にまでトリオン能力者をさらうために近界民(ネイバー)がやって来て、市民を守るためにボーダーは防衛機関としての役目を果たすのみになってしまう。元々はふたつの世界を友好的な目的と手段で結ぶ架け橋になるための組織だったはずなのに…)

 

ツグミが心を痛めていることを察したミリアムは話題を変えることにした。

 

(私の話はひとまずこれくらいにしておいて、今度は貴女の話を聞かせてちょうだい。私は貴女がどんな過程を経て今に至ったのかとても知りたいのよ)

 

(わかりました。ではわたしがボーダーに入ることになったきっかけからお話ししましょう)

 

 

 

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