ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
166話と167話はツグミが一人称で過去の話をします。
内容は彼女がボーダーに入隊してから「ミリアムの
原作第1話以前の話は
166話
わたしがボーダーに入ろうと思ったのは、わたし自身がトリオン兵に襲われることがあって、自分でも戦えるようになれば誰かに守ってもらわずとも済むと考えたからです。
9年前はまだ
幸か不幸か当時からわたしはトリオン量が多かったのと、養父である真史叔父さんがボーダー隊員であったことから、わたしは入隊を希望してその準備を始めました。
準備というのは剣術を学ぶことです。
当時の
ジンさんが最上さんに剣術の手習いを受けていたことを知っていたので、わたしも最上さんに教えてもらおうと決めました。
初めのうち最上さんは反対をしましたが、わたしが熱心にお願いをしたものですから聞き入れてくれました。
それはわたしが厳しい稽古に耐えられなくなってすぐに自分から辞めると言い出すだろうと考えていたからでしょう。
そしてわたしは最上さんに弟子入りしたのですが、それはたった1日だけでした。
稽古が厳しくてわたしが泣き言を言ったのだと思うでしょう?
残念、違います。
その日の夕食の時にわたしが最上さんに弟子入りしたことを真史叔父さんに話したんです。
そうしたらものすごく叱られました。
勝手なことをしたからというよりも、わたしが真史叔父さんを頼らなかったからなんです。
真史叔父さんは最上さんと並ぶ弧月使いでしたから、剣術を学ぶならなぜ自分を頼らなかったのだと言って泣きそうな顔をしました。
わたしはただジンさんと一緒に稽古ができれば楽しいし上達も早いに違いないと考えたからで、別に真史叔父さんの腕前がどうのと言うわけではありません。
当時、わたしは両親を亡くしていましたから周囲の大人たちはわたしのことを自分の娘のように可愛がってくれました。
最上さんもわたしのことを父親目線で見ていましたから、真史叔父さんからすると自分が
勘違いさせてしまったことをわたしは反省し、最上さんに事情を話して破門してもらいました。
もちろん真史叔父さんの弟子になるためです。
そしてわたしは翌日から真史叔父さんから剣術を学ぶことになりました。
稽古は非常に厳しいものでした。
父親としては娘に甘い真史叔父さんでしたが剣術の師としては甘さの欠片もなく、2年ほど経ったところでやっと入隊を許可されました。
まあ、仮入隊でしたからまだトリガーは持たせてもらえませんでしたが、それでも守られる側から守る側になったという自信を持つことができるようになり、ますます稽古に熱が入るようになったのです。
◆
わたしが仮入隊した7年前のボーダー隊員は城戸さん、最上さん、林藤さん、真史叔父さん、コナミ先輩、ジンさん、レイジさんという小規模なものでした。
コナミ先輩、と彼女だけ特別に呼ぶのは入隊以前に呼んでいた「キリエちゃん」だと自分が先輩として尊敬されていない気がすると言うものですから「コナミ先輩」と呼ぶことにしたのです。
その後、十代から二十代の若者が次々と入隊して隊員は増え、一時期はわたしを含めて20人になっていました。
数年前に有吾さんが抜けてしまっていましたが、それでも城戸さんと最上さんを中心として組織を少しずつ固めていき、すべては順調に進んでいたように思われました。
しかし5年前の
わたしはその遠征に参加していません。
なぜならわたしは
たしかに当時のわたしはまだ11歳でしたから子供だということで置いていかれるのは仕方がありません。
でもどうしても行きたいなどとダダをこねると、ジンさんが自分と戦って勝てたなら連れて行ってくれると言い出しました。
わたしは喜び勇んで彼と対戦したのですが負けてしまったものですから諦めるしかなく、19人の
その時のわたしは全員無事ですぐに帰って来ると信じて疑うことはなく、帰って来る日を指折り数えて待っていたのでした。
そしてひと月半ほど経って遠征艇は帰還しましたが、生還者は9人しかいませんでした。
その9人も無傷というのではなく、全員が多かれ少なかれ
しかしそれよりももっと深く一生消えない傷を心にも負っていたのです。
最上さんのように
後から聞いた話ですが、遠征へ行く前にジンさんは大勢の仲間が死ぬという予知をしていたそうです。
遠征に行けば
そんな話を聞かされた最上さんたちは悩み抜いて遠征に行くことを自分自身で決めたそうです。
死者が出るほど厳しい戦いになることは遠征へ行く前からわかっていたことでしたから、きっとわたしでは足でまといになって死ぬだけだとして居残りをさせたに違いありません。
わたしがもっと強ければ遠征へ行くことができて、もしかしたら犠牲を減らすことができたのではないかと考えるなんて思い上がりに過ぎませんが、そんなことを考えてしまうくらい自らを責めました。
でも責めただけではありません。
二度とそんな思いをしたくはないとそれまで以上に剣の稽古に励み、さらに導入されたばかりの弾丸トリガー ── 当時はまだ名称はなく、後に
それが半年後に起きた「第一次
◆
穏やかで平和な三門市の日常はその日を境にして一変してしまいました。
現在ボーダー本部建っている地区は東三門と呼ばれている場所ですが、そこを中心として異世界からの
何の前触れもなく突然現れた未知の敵に対して自衛隊は戦車や戦闘機で応戦しましたが、
異世界からの侵略者なんて小説や漫画の世界の話でしたから、それが現実となるなんて誰も想像していませんでしたし、何より頼りにしていた自衛隊の最新兵器が何の役にも立たない状態なのですから市民は逃げ惑うしかなく、逃げ延びた者も地獄絵図のような光景を呆然と見守るしかできなかったのです。
しかし異世界からの侵略者の存在を事前に察知していた人間はいました。
人知れず
それが界境防衛組織、ボーダーです。
2日間の攻撃で死者1200人以上、行方不明者400人以上、東三門地区は壊滅という被害を出してしまいましたが、当時の隊員はわずか10人でしたから仕方がないと言えば仕方がないことです。
ですが現在のように
ここで
どこかの国、と言うのはこの第一次
この
ボーダー隊員だけでなく、この事件をきっかけに人生が大きく狂わされた民間人は大勢いるのです。
家族や友人を亡くした人、住む家や財産を失ってしまった人…死者と行方不明者を合わせれば1600人以上の人間が「平穏な日常」から突如消え去ってしまったのですから無理もありません。
昨日と同じように今日があって、今日と変わらない明日があって、それがずっと続くと信じていたというのにそれが一瞬にして脆く崩れ去ってしまったのです。
ある幼い少女がいつもと同じように「パパ、いってらっしゃい」と見送った父親は
父親が死んだということを理解できない少女は今も父親の帰りをずっと待ち続けているそうです。
ある少年は一緒にいた友人が目の前でトリオン兵に食われてしまい、何もできずにただ逃げ惑うだけだった自分を未だに責めています。
ある男性は恋人とデートをするために家を出ましたが、途中でトリオン兵の襲撃に巻き込まれてしまい、家族と恋人のどちらかしか助けに行けない状況で迷いながらも家族を助けるために引き返したのです。
幸い家族は助けることはできましたが、恋人は翌日になって待ち合わせの場所で瓦礫に埋もれて冷たくなった状態で発見されました。
そういった大切な人の命を奪った侵略者を恨み、呪い、憎み、その負の感情が原動力となり復讐のために「生きる」こととなった者や、住む場所や財産を失って「生きる」糧を得るための手段が必要な者などがボーダーの元に集うこととなるのです。
わたしはこの戦いで死んでいたかもしれません。
と言うのもわたしは戦闘中に仲間たちとはぐれてしまい、単独でトリオン兵と戦わざるをえなくなってしまったからです。
いくら倒してもキリがなく、どんどん出現するトリオン兵を前にして精根尽き果てようとしていました。
そして辛うじてトリオン兵の群れから少し離れた場所で身体を休めていた時のことです。
突然わたしの背後から人型
咄嗟のことでしたから、わたしはその
だって生身ではトリオン体の敵に敵うはずがありませんから、襲って来たということはすなわちトリオン体であると思うじゃありませんか?
しかしその敵は
捕虜にでもしようと考えて襲いかかったものの
わたしはこの戦いで初めて人型
戦闘員である以上は人を斬るのも撃つのも
ですが結果的にわたしはひとりの人間を殺してしまいました。
今でもわたしはその時の「人を斬った感触」を忘れられずにいます。
いえ、忘れてはいけないことですからこの胸と頭と手に覚えさせ続けているのです。
ボーダーの戦いでは
ボーダー隊員であろうとも
だからわたしは極力戦いたくありません。
自ら志願してボーダー隊員になったわたしがこんなことを言うのはおかしいと思われるでしょうが、戦いを終わらせるには敵を殲滅するか敵の戦意を失わせるしかありません。
ですからわたしは
わたしがミリアムの
絶対に使わないと決めていますが、いざとなればその恐ろしさの片鱗を見せて相手の戦意喪失を狙うかもしれませんけどね。
話が少し脱線してしまいました。元に戻します。
わたしは人を斬り殺してしまったショックから錯乱してしまい、その直後のことは今でも良くは覚えていません。
気付いたら数体のトリオン兵に囲まれていて逃げることができなくなっていました。
冷静な判断ができればそのような事態に陥ることはなかったでしょうし、囲まれてしまってもそれなりの対応ができたはずなのです。
しかしその時はただ自分が殺される、人を殺してしまった罰としてここで死ぬことになるのだと思うばかりで身体が固まってしまっていました。
そして死を覚悟した瞬間にわたしの頭の中にはとある人物の顔と声が浮かんできたのです。
その人物とはジンさんで、わたしは前日の夜に彼から「トリオン兵に取り囲まれて絶体絶命だという状況になったら正面にいるトリオン兵の背後にあるビルの屋上へ逃げろ」と言われていたのを思い出しました。
実際、わたしの正面にはバムスターがいて、その先には崩壊直前ですが7-8階建てのビルがありました。
わたしは迷うことなく大きくジャンプしてバムスターを飛び越えるとビルの階段を駆け上りました。
もちろんトリオン兵の群れはわたしを追いかけて来ましたが、さすがにあの巨体ではビルの階段を上って追いかけて来ることはできません。
わたしはビルの屋上で落ち着きを取り戻し、迎えに来てくれた真史叔父さんと合流して命拾いをしたのです。
ジンさんには
もしわたしが彼の言葉を思い出さなければ間違いなく死んでいたと思います。
この時にわたしは彼の
◆
第一次
これまではその存在自体を秘匿とし、一部の警察・行政機関などの限られた人物のみが知る組織でしたから活動も目立たないように行ってきたので、突然現れたボーダーという組織を胡散臭いと感じる人は多かったです。
そして半年ほどしてボーダーは大きく変わることになります。
現在の組織になったのはこの頃からで、本部基地を第一次
以前のようなスカウト形式では無理があると考えて隊員を大々的に募集したものですから、
その中の何人かとわたしは深く関わることになるのですが、それはまた別の機会に詳しくお話ししますね。
こうやって話をしているとボーダーの運営は順調であったように思われますが、実際はいろいろとあったんです。
そもそも5年前の
城戸さんは遠征の責任者でしたから若い隊員の半数を喪ったのは自分のせいだと思い込んでおり、その顔に受けた傷よりももっと深い傷が心の中に刻まれています。
故に
たしかに
続いて真史叔父さんですが、彼は「
そして林藤さんは「
そんなことで同じ遠征で同じ経験をした3人はそれぞれ違う考え方を持って、それぞれが正しいと思う
わたしは「
まあ、ひとつの組織に派閥が3つあったところで特に問題はありません。
城戸さんと林藤さんの考え方は真逆ですが、だからと言って城戸さんが林藤さんをボーダーから追い出そうとすることはなく、林藤さんも総司令となった城戸さんのやり方を表立って批判することもありません。
それに先の大規模侵攻の時はすべての隊員と職員が派閥など関係なく一致団結して戦ったからこそアフトクラトルを追い返すことができたのですから。
現在の組織になって間もない頃は本部基地だけしかありませんでした。
その後、市内に6つの支部が開設され、旧本部基地が「玉狛支部」となって林藤さんが支部長を拝命。
旧ボーダー時代の思想を引き継ぐ若き隊員たちが玉狛支部に集まるのですがそれはまだしばらく先のことになります。