ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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169話

 

 

太刀川が忍田に押しかけ弟子入りした動機は忍田の「マジすげぇ~」姿に憧れて自分も忍田のようなカッコいい男になりたいからで、アイドルを追っかけるファンの心理に似たものあって動機としては少々不純なものである。

だから忍田だけでなくツグミや迅が稽古や防衛任務に就いて時々姿を現すトリオン兵を相手に戦っている姿を見ているうちに自分がいかに小さい人間であったかを思い知らされて落ち込んでしまった。

そして夏休みも残りあと3日となり、太刀川にはやらなくてはならないことが山積みとなっていて急遽稽古を休むことになった。

稽古だけは欠かさずに来ていた太刀川が突然休むと言い出したものだから、忍田は彼が具合でも悪くなったのではないかと心配になり、ツグミに様子を見に行かせることにした。

 

(真史叔父さんも心配性だな…。病気になったんだとしても()は両親と同居してるんだし、家にいるってことは大した症状ではないってことになる。わざわざわたしが見に行く必要なんてないと思うんだけど、ここで姉弟子らしいトコを見せておかないとせっかく良くなった雰囲気が元に戻っちゃうかもしれないものね)

 

太刀川がツグミのことをある程度は姉弟子として敬うようになってきていたから、ふたりの関係は改善されつつあった。

よってツグミが太刀川のことを「慶」と呼び捨てしても怒らないし、彼がバカにしたり子供扱いをしなければツグミも腹は立たない。

良好とは言えなくても悪くはないという雰囲気であるからそれを維持するためにツグミも努力はしているのだ。

 

忍田から手渡された住所の書いてあるメモを頼りに太刀川家にたどり着いたツグミ。

平日の午前中だから両親は外出中で、彼女を出迎えたのはボサボサの髪がいつも以上にボサボサになっている太刀川本人であった。

 

「よう、何しに来たんだ?」

 

「何しに来たはないでしょ? あれだけ毎日稽古に来てた()()()が突然休むなんて言うものだから、忍田さんが心配して様子を見に行ってこいって頼まれたのよ」

 

「へえ…」

 

「その様子だと病気ってわけじゃなさそうだけど、寝不足気味なのは見た目でわかるわよ。いったいどうしたの?」

 

「いや、夏休みの宿題がまだ終わってないものだから」

 

「高校生でも夏休みには宿題ってあるのね?」

 

「宿題っていうか…1学期の期末の結果が悪くて、それで追試もダメでさ、その補習の代わりの課題ってトコかな? おまえは宿題終わってんの?」

 

太刀川に訊かれ、ツグミはさも当然と言わんばかりの顔で答える。

 

「わたしは日記以外毎年7月中に終わらせてるから。もちろん今年もとっくに終わってるわよ」

 

「マジか?」

 

「嘘言ってどうするのよ。だけど宿題が終わってないなら忍田さんにそう言えばいいのに」

 

「それは…」

 

太刀川が口ごもる。

どうやら理由があるらしい。

 

「なぜ言わなかったの?」

 

「忍田さんにはもう終わったって言ったから。だって宿題が終わってなかったら稽古に来てはダメだって…」

 

「あー、それって嘘ついてたってことじゃないの。バレたら怒られるわよ」

 

「だから絶対に内緒だぞ! 言ったら殺すからな」

 

「別に告げ口なんてしないわよ。それにあと3日しかないのに宿題が残ってて追い込み真っ最中だなんて知ったら激怒して怒鳴り込んで来るかも? だからここは黙っていてあげる。これでひとつ貸しだからね」

 

「ありがとな、ツグミ」

 

「どういたしまして。それじゃ忍田さんには病気じゃなかったから心配しなくていいって言っておくわね」

 

「ああ、頼む。それにしてもこんな暑い中こんなトコまで良く来てくれたよな。時間があんなら少し休んでいけよ。何か冷たいものでも出してやるぞ。俺ひとりしかいないから遠慮なんてしなくてもいいからな」

 

「…じゃ、お言葉に甘えて少しだけお邪魔する」

 

ツグミは太刀川のせっかくの厚意を無にしたくはないのと、暑くて喉が渇いていたものだから家に上がらせてもらうことにした。

もしふたりの間に恋愛感情があったなら「俺ひとりしかいない」家に招かれたら身構えてしまうことだろう。

しかしツグミと太刀川の間にはそんなものは欠片もないから()()()のことは起きるはずもなく、それを承知で忍田もツグミをひとりで行かせたのだ。

 

「ちょっと散らかってるけど、俺の部屋でいいよな? クーラー効いてるのが俺の部屋だけだから」

 

「うん。どうせすぐ帰るから気を使わないで」

 

そんな会話をしながら太刀川はツグミを自分の部屋に案内した。

そこは十代男子の部屋としてはごく普通で、6畳ほどの広さのフローリングの床にベッドと勉強机と漫画本しか入っていない本棚が置いてあって、壁にはアイドルの水着姿のポスターが貼ってある。

 

「その辺に座ってろよ。飲み物は…麦茶とスポーツドリンクがあるけどどっちがいい?」

 

「麦茶」

 

「わかった」

 

部屋にひとり取り残されたツグミは少々悩んでしまった。

 

(座れといわれても床にはラグが敷いてあるわけではないし、椅子はひとつしかないんだから慶が座る場所を奪うわけにはいかないから残った場所はベッドしかない。ちゃんと整えてあるけど毎日慶が寝ている寝具に触れるのは嫌。せめて畳敷きだったら良かったのに…)

 

と、オロオロしているうちに太刀川が右手に麦茶の入ったグラス、左手にペットボトル入りのスポーツドリンクを握って戻って来た。

部屋の隅で立ちっ放しのツグミを見付けると怪訝そうな顔をする。

 

「座って待ってりゃいいのに…」

 

そう言って太刀川は机の上にグラスとペットボトルを置いて椅子に腰掛けた。

これでツグミの選択肢はひとつ減り、床かベッドの二択となる。

 

「ほら、麦茶」

 

太刀川はグラスをツグミに突き出した。

それを受け取ると、ツグミは悩んだ末に床の上に正座をする。

 

「何だよ、そんな硬い床の上じゃなくてベッドに腰掛けりゃいいだろ」

 

「こっちの方が慣れてるから」

 

「そっか、いつも道場では床の上で正座するもんな」

 

「それに床の方がひんやりしてて気持ちいい」

 

この言い訳はとっさに思い付いた割には良いものだった。

太刀川はツグミの心の中の葛藤など想像もできないようで、正座をしながら麦茶を飲むツグミに声をかけた。

 

「今日、おまえはボーダーの方、休みなのか?」

 

「うん。でも明日は早朝から昼過ぎまで市内巡回の予定。新規の隊員を募集して増員しないと現在の4人と忍田さんだけじゃ防衛任務は手が回らないからね、忍田さんは本格的な募集の前に何人かいる候補者と直接会って交渉しているそうよ」

 

「どんなヤツなんだ?」

 

「旧ボーダー時代の隊員の風間進さんの弟さんと、三門市立大の東さんっていう学生さん、他にも防衛隊員じゃなくて技術者(エンジニア)として誘っている人もいるらしい」

 

「俺、まだ忍田さんからボーダーに入らないかって言われてない…」

 

「そりゃそうよ。弟子入りしてまだ2ヶ月だもの、もうしばらくは竹刀を握って実戦のための基本を学ばなきゃ。忍田さんも『慶は筋が良い』って言ってたから真面目に稽古を続ければボーダーの本格的な始動開始までに間に合うかもよ」

 

「忍田さんが俺のことを褒めてた?」

 

「うん。でも嘘ついて稽古をサボったのがバレたらすべて水の泡になると思うけど」

 

「うっ…」

 

「とにかく宿題が終わっていないということ以外は問題ないようだから、忍田さんからのメッセージを伝えるわよ。『今日の午後3時に道場に来い』ですって。わたしは詳しいこと知らないけど、絶対に今日でないとダメな用事があるらしいから必ず来てね。すっぽかしたらそこで破門かも」

 

太刀川は「破門」という言葉を聞いて身震いした。

しかしこう言っておけば絶対に来るだろうというツグミの策であって、忍田がそう言ったわけではない。

それでも太刀川は嘘をついたという負い目があるから、勘違いしてビビっているのだ。

 

「それじゃあ、わたしはこの後少しだけ用事があるからこれで失礼するわね。念を押すけど、必ず道場に来てよ。麦茶、ごちそうさまでした」

 

ツグミはそう言い残して太刀川の部屋を出た。

 

(ひとまず誘い出すことには成功。さて、急いで帰って支度をしなきゃ。…それにしてもまだ夏休みの宿題が残ってるっていうんだからかなりヤバイんじゃない? ボーダー隊員になれば勉強する時間だって今よりもずっと減るわけだし。まさかボーダーに入隊することを高校中退する言い訳にするつもりなんじゃ…。いやいや、そんなことをすれば真史叔父さんが激怒するに決まってる。それに慶が破門されたところでわたしは何も困らないし、むしろ元通りの日常に戻れるから歓迎すべきことかも)

 

そんなことを考えながら、ツグミは炎天下の中スーパーマーケット経由で家に帰った。

そして2時間後、迎えに来てくれた迅と一緒に荷物を抱えて道場へと向かうのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

忍田の呼び出しであればサボるわけにはいかないと、太刀川は宿題を残したまま家を出た。

 

(絶対に今日でないとダメな用事って何だろな…?)

 

心当たりがあるようなないような状態なものだから、太刀川は頭をひねりながら約束の時間の5分前に道場の入口に立った。

扉の向こう側に人の気配はあるものの、なぜか物音ひとつせずしんと静まり返っているからなんとも不気味で扉を開くのに躊躇われた。

しかしいつまでもこうして立っているわけにもいかず、約束の時間ちょうどに扉を開けようと手を掛けたところでいきなり扉が勝手に開いた。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

太刀川は道場の中から現れた2本の腕に両腕を掴まれて中に引きずり込まれてしまう。

その2本の腕の正体はツグミと迅で、道場の中央へと引っ張られて忍田の前に連れて行かれてしまった。

 

「本日の主役のご登場です」

 

ツグミはそう言って太刀川の背を押して忍田の前に立たせた。

 

「慶、時間ピッタリだな」

 

道場の中央には畳が2枚が敷いてあり、その上には円形のテーブルが設置してあった。

テーブルの上には明らかにバースデーケーキと思われる大きなケーキが鎮座しており、その周りには鳥の唐揚げやポテトフライといった料理が盛られた大皿と2リットルサイズのペットボトルの炭酸飲料などが置いてある。

そこに忍田はあぐらをかいて座っていて、驚いた顔の太刀川を見上げていた。

 

「これはどういうことですか、忍田さん?」

 

「見てわからないか? 今日はおまえの誕生日だろ。だからみんなでおまえを祝ってやろうと思ってな」

 

状況を説明されてもまだわからないという顔の太刀川。

 

「どうして今日が俺の誕生日だって知ってんですか?」

 

すると迅がふたりの間に入って説明する。

 

「だって太刀川さん、10日くらい前に教えてくれたじゃないですか。今月の29日に16歳になるって」

 

「あ…」

 

迅は10日ほど前に忍田の代理で太刀川の稽古の相手をしていた。

その休憩時にプライベートな話題となり、そこで太刀川が29日、つまり今日で16歳になると迅に言ったのだった。

それを忍田とツグミに伝えたところ、当日にサプライズパーティーをしようということになり3人で計画を立てていた。

しかし当日になって太刀川が稽古を休んだものだから、ツグミが様子を見に行って問題なしと判断して予定通り決行となったのだ。

そして事情がわかったといった顔の太刀川に忍田が言う。

 

「それにしてもおまえが稽古を休むなんて言うから急病かと思って心配したんだぞ。だがツグミの報告によると町内会の清掃活動に参加していたらしいじゃないか」

 

「え? まあ…」

 

太刀川がツグミの顔をチラ見すると、ツグミは意味ありげな笑みを浮かべて言った。

 

「慶が数人のお年寄りと一緒に歩いていて、彼らの分のゴミ袋も担いでゴミの集積場まで運んで行くところを見かけました」

 

「そうか、なかなか良い心がけだ。偉いぞ、慶」

 

町内会の清掃活動うんぬんは全部ツグミの作り話である。

太刀川の宿題を終わらせていないという真実を隠すだけでなく、忍田に良い印象を与えている。

戸惑う様子もなく淡々と言うものだから、忍田は彼女の言葉を全面的に信用しており疑う気配はまったくない。

そんな彼女の様子を見ながら太刀川は思った。

 

(こいつ、味方にするなら心強いが敵に回したらけっこう面倒なことになりそうだな…)

 

ツグミも忍田に嘘をつくのは心苦しいものの、真実 ── 宿題が終わっていないのに終わったと忍田に嘘をついたこと ── は内緒にする約束であったから仕方がないのだと自分に言い聞かした。

 

(本当のことを言えばみんなが不幸になるだけ。これでみんなが楽しくパーティーをできればそれでいい)

 

そしてさらに思った。

 

(それにこう言っておけば慶だって宿題を溜め込んだ状態なのに嘘をついて稽古に来るなんてことはしなくなるでしょうし)

 

ツグミはそう考えていたが、その見当は外れることになる。

ボーダー隊員になった後、太刀川は学業を疎かにして防衛任務や訓練・模擬戦に夢中になり、さらには大学に進学しても授業をサボったり論文の提出期限を守らないなどして忍田に過度なストレスを与えることになるのだが、それはまだしばらく先のことだ。

 

 

4人でテーブルを囲み、パーティーは始まった。

これは意外なことであったのだが、太刀川は自分の誕生日を友人たちと一緒に祝うということがこれまで一度もなかったのだそうだ。

というのも8月29日という夏休みの終盤であるから自宅に友人を招いてパーティーをすることはなく、両親と3人でケーキやご馳走を食べることしかできない。

もっとも本人が宿題の追い込みでそれどころではなかったのだが。

だからこうして自分のためにサプライズパーティーが計画されていたと知ってとても感激していた。

もちろんそんなことを口にはしないが心の中では泣きそうなくらい嬉しくてたまらないものだから、いつもよりも礼儀正しくバカな振る舞いは一切しなかった。

 

「このコロッケ、すげぇ美味い。どこの店で買ったんだ?」

 

太刀川は好物のコロッケを口に入れたままでモグモグしながら訊く。

するとツグミが答えた。

 

「わたしが作ったのよ。コロッケだけじゃなくてケーキや他の料理も全部わたしの手作り」

 

「へぇ~」

 

「ケーキのスポンジは昨日のうちに焼いておいてデコレーションは今朝やったのよ。それなのに稽古を休むって言うからパーティーもキャンセルになるのかと思ったわ。でも良かった。パーティーは予定通りにできたし、慶が美味しいって言ってくれたから頑張った甲斐はあったもの」

 

ツグミがそう答えると、太刀川は箸を置いて訊いた。

 

「俺、おまえに嫌われてると思ってたんだけど、違ってたのか?」

 

「嫌いじゃないけど好きでもないわよ。入門したばかりの時には大っ嫌いだったけど、いつの間にか慶の視線が変わったものだから。…ああ、あれって例の焼肉屋の一件の後だわ。あの日を境になんとなくわたしを敵視する感じがなくなった気がするの。だからわたしもあなたと敵対するよりも共存する道を選んだってわけ。その方が忍田さんも安心するだろうし、ボーダーの隊員になれば一緒に戦うことにもなるわけだから仲良くとはいかなくても険悪な状態ではマズイでしょ? まあ、慶がわたしと仲良くしたいって言うなら、わたしに異存はないわよ」

 

姉弟子としての心のゆとりと言うか寛容さを示すツグミ。

彼女の方から手を差し出されたら握手をせねば狭量な奴だと思われてしまうから、太刀川も度量のあるところを見せようとして答えた。

 

「俺だって別におまえと喧嘩したいわけじゃないからな。だが急に仲良くってのも無理だから少しずつ、だな」

 

「ええ。こうして忍田さんとジンさんという証人もいることだし、ひとまずこれで手打ちにしましょう。さあ、コロッケだけでなく他の料理もなかなかイケるはずだからたくさん食べてね」

 

ツグミは小皿にコロッケとキッシュと玉子サンドを盛って太刀川に手渡した。

 

ツグミと太刀川の様子を黙って見守っていた忍田と迅は「ツグミの大人な態度」と「太刀川の謙虚な姿勢」に安堵した。

特に良かろうと思ってしたことがことごとく裏目に出ていたものだから、忍田にとってこのふたりの変化は歓迎すべきことである。

なにしろ11歳のツグミと15歳、いや今日から16歳になる太刀川のふたりが姉弟子と弟弟子という年齢と立場が逆転している関係にあるものだからトラブルが発生していた。

元々ツグミは大人ばかりの集団の中にいたから、早く大人になりたくて背伸びばかりしていたが所詮は子供である。

そんな彼女に対して年上の太刀川が彼女よりも子供じみているから、忍田はこのふたりにどう()()して良いのかわからなかったのだ。

幸いツグミは器用で知恵が回る子供であったものだから、忍田は彼女にいろいろ頼る部分があってそれを申し訳なく思ってしまう。

その罪悪感からますます彼女を溺愛するようになるのだが、本人にとっては嬉しくもあり迷惑でもあった。

 

「慶、私からおまえに誕生日プレゼントがある」

 

忍田は脇に置いてあった黒い帆布製の袋を握ると太刀川の前に突き出した。

 

「忍田さん、これって…?」

 

袋の中身は木刀であった。

 

「通常だと剣道は小学生や中学生の頃から始めるから高校生になってから始めたおまえは不利な部分が多いが、おまえは筋が良いからそのハンデを物ともしない。たった2ヶ月で驚くほど成長したな、慶」

 

「はい…」

 

「明日からは級審査の実技試験受験に準じた稽古を始める。これはそのための木刀だ」

 

つまりそれは級審査を受けることができるだけの技術はマスターしたということを意味している。

忍田から認められたということが太刀川にとって最高のプレゼントだということだ。

 

「ありがとう…ございます!」

 

嬉しくて泣き出しそうになるのを我慢して笑う太刀川。

これでやっとツグミと太刀川の確執も解消されたかのように思えたが、迅にはまだ()()()()ある様子が視えていた。

 

 

 

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