ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
11月に入って間もなくボーダーの本部機能が建設中の新本部基地へと移動した。
これまでは玉狛にあった旧本部で業務を行っていたが、組織を拡大するにあたって手狭になっていたものだから、まだ完成していないものの早々に引越しをしたのだ。
もっとも城戸、忍田、林藤の3者のボーダー活動の意見の食い違いもあり、以前のように同じ場所で仕事をすることに精神的な苦痛を感じるようになってきていたという理由もある。
特に城戸は「
彼の心情は旧ボーダー時代の隊員たちと撮った集合写真を残していったことからも察することができる。
本部機能をすべて新本部基地に移動してしまうと、旧本部に残ったのは忍田たちが使っている道場だけになった。
新本部基地に隊員がトリガーを使う訓練をするための訓練場が作られているから、ここも年内には閉鎖されることになる。
もっともそれから2年経たずに旧ボーダーの意思を継ぐ者たちが再び集まって「玉狛支部」として再出発することとなるのだが、この時のツグミはまだそのことを知らない。
◆◆◆
ツグミと太刀川の模擬戦は3-4日に1回のペースで行われていた。
太刀川の「ツグミに負けたくない」という強い意思は日頃の稽古に臨む姿に顕れており、そんなやる気のある彼の姿に忍田は期待をしている。
間もなく新組織が始動するということもあり、風間や東たちを入隊させる時に一緒に正隊員として入隊させても良いと考えていた。
一方、ツグミも太刀川の剣の腕前の上達ぶりを認めざるをえなくなった。
なにしろ模擬戦の勝負はツグミの勝ちとなるのだが、太刀川は負けたことで腐るどころか逆に闘争心を燃やすものだから、どんどんツグミの腕前に追い付いてきている。
もちろんツグミも負けじと毎回頭を使って新しい戦術を用いるがそれも困難になってきたのだ。
太刀川は怠け者で勉強ができない
だからツグミがいくら様々な戦術を思いつくといっても武器が弧月オンリーでは限界があった。
(慶に負けるのは癪だけど、そろそろ限界かな…)
弧月は攻撃力と耐久力共に高いレベルでバランスの取れている
そこで彼女は弧月と並行して弾丸トリガーをマスターして使うようになっていた。
彼女が太刀川の弧月を受け太刀すれば鍔迫り合いで負けるだろうし、時間が長引けば体力的に不利であるから短時間で勝負を決めたいと思うのも無理はない。
何度も戦っているうちに太刀川も彼女の弱点に気が付いたようで、彼女の初手を防ぎきれば自分にも勝機が見えてくるとわかってそれを戦術に組み込んでくるようになっている。
(でも初めから負けるつもりで勝負はしないわよ! あまり使いたくはないけど、まだ
ツグミは「あまり使いたくない
◆◆◆
ツグミが自分に好意を寄せていると勘違いをしていた太刀川であったが、彼女から「理想の男性は忍田さん。強くてカッコイイ人でなきゃダメ」と言われて事実を知ると共に納得をした。
(そりゃそうか…。俺だって忍田さんのことは尊敬しているし大好きだもんな。俺が入門したばかりの頃にあいつの態度が喧嘩腰だったのも、大好きな忍田さんを俺に取られたくないという子供っぽいワガママだったんだ。まあ、いくらあいつが忍田さんのことが好きだって言っても忍田さんがあいつを相手にするはずがないよな~)
そんなことを考えてながら歩いていると、突然背後から声をかけられた。
「太刀川さん、これから忍田さんと稽古?」
声の主は迅であった。
「ああ。迅は?」
「俺は市内巡回の途中。この後、ツグミと交代して、午後は新しい本部基地に行って城戸さんたちの手伝いだよ。せっかくの日曜だってのに朝早くから任務任務。人手不足だってのはわかるけど、これって完全に労基法違反だよな~」
迅は愚痴を言っているのだがその表情は楽しそうで、太刀川は迅のことが羨ましく、同時に悔しくなった。
(俺だって正隊員になれば…)
この気持ちはかつてツグミが抱いていたものと同じである。
自分の力不足ゆえに
そしてすぐそばにいる相手 ── 迅につきまとって稽古をつけてもらったり模擬戦を挑んだりしていたのだが、今の太刀川もツグミに対して同様のことをしている。
しかし太刀川とツグミには大きな違いがあった。
ツグミは自分と周囲に人間の平穏な日常を守るために強くなりたいと望み、太刀川は強い奴と戦いたいから強くなりたいと願っている。
剣を学ぶ、そしてボーダーに入隊して戦う理由がまったく違うのだ。
そもそも太刀川が戦いたいのは
ツグミは迅と同等になれば周囲の人間から必要とされると考えていたから戦って勝ちたいと思うのは迅ひとりだけであった。
一方、太刀川の頭の中のヒエラルキーでは頂点に忍田がいて、その下に迅がおり、さらにその下にツグミがいて、最下層に自分がいる。
だからまずツグミを倒し、その次に迅、最終的には忍田を倒すことを目的としているのだ。
そして太刀川は模擬戦で正隊員のツグミに勝利すれば正式入隊できるということで必死になって彼女を倒そうとしているが、勝たねばならない理由がもうひとつできた。
彼女が好きなのは強い忍田であるから、その忍田よりも強くなれば自分のことを尊敬し好意を持つだろうという浅はかなものだ。
しかしここでも太刀川は勘違いしている。
たしかにツグミは忍田のことが大好きだが、太刀川の考えているような「好き」ではないということだ。
もっともこれは忍田とツグミが叔父と姪であることと彼女を養子として育てていることを太刀川が知らないゆえの勘違いであるのだが。
(まずはツグミを倒し、正隊員になれば迅ともガチ勝負ができるようになる。そしていつかは忍田さんを倒して俺が一番になるんだ!)
太刀川は正式入隊して1年足らずで迅と互角に戦うようになりNo.1
◆◆◆
太刀川と迅が道場へ到着するとツグミが彼らを待っていて、太刀川の誕生日の時と同じように畳が敷いてあり、テーブルの上には重箱が置いてある。
「ジンさん、慶、待ってましたよ~」
畳で正座をしながら大きく手を振るツグミの姿は普通の小学生の女の子そのもので、この少女が弧月を振り回してトリオン兵を倒したボーダー隊員であるとは到底信じられない。
「何でおまえがここにいるんだ? これから市内巡回があるんだろ?」
太刀川が怪訝そうな顔で訊くものだから、ツグミは頬を膨らませて答えた。
「そうです、これから任務です。でも今日は特別な日なのでお弁当を作って持って来たんですよ」
「特別な日? 忍田さんの誕生日は先月やったよな? 迅は4月だし…もしかしておまえの誕生日か?」
ツグミはさらに膨れっ面で言う。
「たしかにわたしの誕生日はもうすぐですけど違います。今日は久しぶりに忍田さんを含めて4人で一緒にお昼ご飯を食べることができるので、腕を振るってお弁当を作って来たというわけです」
ボーダーの仕事が増えたことで忍田も稽古の時間があまり取れなくなっており、ツグミと太刀川は自主練習が多くなっていた。
迅も学業と任務の両立のためにいろいろ忙しい。
そのような状況の中、この4人が一堂に会する貴重な機会を得ることができたものだから、ツグミは稽古の時間を少し削って弁当作り、昼食を終えたら市内巡回へと向かうことにしているのだ。
「へえ~。それでおまえの誕生日はいつなんだ?」
「今月の24日です」
「じゃあ…」
「でも残念ながらその日はわたしとジンさんは市内巡回があって、忍田さんも仕事があるって言ってました。だからパーティーはありません」
「そっか、それじゃみんなで祝うってのはできないのか…」
残念そうな顔をする太刀川だが、そんな彼にツグミがヘンだと言わんばかりの表情で言った。
「なんで慶が残念だって顔をするんですか?」
「だって俺の時にはみんなに祝ってもらったからさ。だからお返しにおまえの時には俺たちが祝ってやらないと ──」
「別にいいです。誕生日なんてものはひとつ年を取ったという節目の日であるだけで、他に特別な意味なんてありません。わたしが慶や忍田さんのお祝いをしたのは喜んでくれるからで、わたし自身は別に嬉しいとは思いませんから。だから誕生日だからといって特別なことはしないし、してもらおうとも思いません。今度の11月24日はわたしが12歳になるというだけのこと。その日はいつものように任務があって、午後から稽古をして、夜になったら家に帰って寝るだけです」
すると今度は太刀川が妙な顔をして言い返した。
「おまえ、子供のくせに冷めてんな? 普通、小学生ならパーティーやるって言えば喜ぶだろ」
「わたしは『みんながそうだから』という言葉は大嫌いです。わたしは自分の考えを持っていて、それが他の人と違うからといって否定されるものではありません」
「……」
ツグミがしっかりとした考えを持っているものだから、太刀川は唖然としてしまった。
その様子を見て、ツグミは呆れてしまう。
「自分に主義・主張がなく、節操もなく他人の意見に同調するような人間のことをわたしは軽蔑します。だから周囲の人間が認めなくても自分の考えをしっかり持っていて、それを他人の意見でそう簡単に曲げない強い意思を持つ人間をの方が好きです。もちろんそれは他人の言葉に耳を傾けないとか、不法行為をしたり公共の福祉に反することを強引に自分にとっての正義だと言い張るような奴のことを賛美しているのではありませんから」
「……」
「もしかしたら『こいつ、小学生のくせに難しいこと言ってるな』なんて考えているんじゃないですよね? こういったことは子供とか大人とか関係ありませんよ。まったく何も考えていない大人がいるくらいですから、しっかりとした意見を持っている子供がいてもおかしくありません」
太刀川はこの時ツグミよりも剣の腕は上になれても、それ以外のことでは敵わないと
そんな会話をしていると、そこに忍田がやって来た。
「おう、みんな揃ってるな」
「忍田さん、いらっしゃい。忙しいのにお時間をいただいてすみません」
立ち上がってお辞儀をするツグミ。
こういう点が迅や太刀川に対してと忍田に対しての大きな違いである。
ひとまずここでツグミによる弁論大会はおしまいとなり、4人での会食が始まった。
重箱の中はツグミお手製のおにぎりと色鮮やかで美味しそうなおかずが詰め込まれている。
「今日のメニューはコロッケ、だし巻き玉子、若鳥の唐揚げ、ほうれん草とコーンのバター炒め、デザートはカスタードプリンですよ」
「これは豪勢だな。作るの大変だっただろ?」
感心する忍田にツグミは嬉しそうな顔で言う。
「いいえ、見た目よりも手間はかかっていないです。さあ、召し上がれ」
ツグミは小皿におかずを少しずつ盛り合わせて忍田、迅、太刀川の順に手渡していく。
手間はかかっていないと言うものの前日から準備をしており、さらに彼女の小さな手で握るおにぎりであるから数が20個もある。
時間と手間はだいぶかかっているが、忍田たちを喜ばせたくて頑張ってしまうツグミだから平気なのだ。
ゆえに太刀川は逆に疑問に思ってしまう。
(だったら俺たちがこいつを喜ばそうとして誕生日を祝ってやりたいという気持ちはわかってもらえるはずなんだがな。何が気に入らないんだろ?)
太刀川がそんな気持ちを抱いたままで会食は終わった。
◆
「慶、ここを片付けたらいつもの模擬戦をしませんか?」
迅と太刀川が畳を片付けていると、ツグミが何を思ったのか模擬戦をしようと太刀川にいつもとは逆に挑戦状を叩きつけた。
その様子を見ていた忍田と迅は驚いた。
なにしろツグミはこれから巡回任務を行わなければならず、戦闘体を破壊されるとその任務ができなくなるということ。
もちろんそのことを彼女が知らないはずがなく、明らかに「わたしが勝つ」と言わんばかりの挑戦であるからだ。
ツグミは会食の前の太刀川との会話で少々苛立っていた。
(慶は事情を知らないし、良かれと思って言ったことだとわかってはいる。でもそのせいで嫌なことを思い出しちゃった…)
彼女にとっては自分の誕生日を祝うパーティーは楽しい想い出と同時に苦々しい記憶を蘇らせてしまうのだ。
そこでそのイライラを振り払うために太刀川を
「忍田さん、審判をお願いしても構いませんよね?」
ツグミが忍田に訊くと、戸惑いながら訊き返した。
「おまえはこれから巡回任務があるだろ? 自信あるのか?」
「もちろんです。わたしの場合、トリオン体の修復には24時間以上掛かりますから負けたら自分だけの問題では済まないこともわかっています。その上で戦いたいと言うんです」
「それなら問題はない。…慶、おまえはどうだ?」
忍田にそう訊かれ、太刀川も引き下がるわけにはいかないと強気で返事をした。
「俺はいつでも受けて立ちますよ。俺だって負ける気はしませんからね」
これまで全戦全敗でいる割には自信たっぷりの太刀川。
彼自身もツグミの態度が納得できなくて苛立っていたから憂さ晴らしにちょうど良いと考えているのだ。
これで両者の同意が得られたということで、急遽模擬戦を行うことになった。
迅も見届け人となるために道場の端で正座をし、換装したツグミたちの様子を見守る。
(あいつ、あれからもう1年経とうとしているのに、あの時のことをまだ引き摺ってんな…。俺たちとは違った部分で深く傷を負ったわけだけど、俺にはどうしてやったらいいのかわからない。俺はあいつに癒してもらったというのに何もしてやれないって、俺はなんて不甲斐ない奴なんだろ。せめておまえの
距離を置いて対峙した「剛」の太刀川と「柔」のツグミ。
力技でねじ伏せようとする太刀川に対して頭を使った戦略で軽くあしらうツグミの戦いは対照的で、これまでは圧倒的にツグミの方が有利であったが、太刀川の技も日々磨きがかかってきている。
迅ですらこの結末は視えておらず、忍田もふたりの弟子のどちらが勝つのか予想できずにいるが、ふたりとも結果よりもツグミと太刀川がどのような戦いを見せてくれるのかが楽しみなのだ。
ツグミと太刀川、両者とも中段の構えでお互いに相手が動くのを待っていた。
といっても先に動くのは太刀川と決まっている。
なにしろツグミがどのような手を使うか想像できないため、対抗する防御や反撃のイメージが掴めないからだ。
先手必勝といかなければ圧倒的に不利となるので、どうしても先に動かざるをえないということである。
(ツグミの余裕って顔が癪に障るな…)
太刀川はツグミの表情に苛立ってきた。
こういう勝負では心の平静を保つことが重要であるから、心を乱してしまうのは厳禁である。
これもツグミの仕掛けた罠のひとつで、余裕に見えるのは「演技」だ。
ツグミは試合前には苛立っていたが弧月を握ることで落ち着きを取り戻していた。
昔から心がざわつく時には木刀を握って気持ちを落ち着かせていたから、試合開始の段階でツグミに有利であり、さらに太刀川を苛立たせることでますます試合を有利に運んでいる。
その証拠に太刀川の表情に焦りが見え始め、余計なことまで考え出した様子がツグミにもわかるほどだ。
(わたしが余裕でいるものだから焦りだしたわね…。切っ先が揺れているもの。これならこっちが隙を見せればその瞬間に斬り込んでくる。つまりこっちがそのタイミングを誘うことができるってこと)
ツグミは太刀川から視線を外らさずに左足を下げて身体を斜めにすると右半身を太刀川に向け、弧月を右手だけで握って左手は軽く鞘に添えた。
これは今までに誰にも見せたことのない構えで、太刀川だけでなく忍田と迅も彼女に注目した。
さらにツグミは少しだけ身体を屈め、弧月を床と平行にして刃を太刀川に向けている。
(はぁ? これってどんな技の構えなんだ…?)
見たことのない構えに太刀川は混乱していた。
(片手ってことは受け太刀は考えていないってことだよな? だったら今がチャンスか? …いや、これは俺を誘っているんだろう。迂闊に動けば殺られる。もう少し様子見だな、これは)
ここでも太刀川はツグミの策略に乗せられてしまっている。
もしこれが彼女の罠だと気付いていれば一気に斬りかかっていただろうが、これまでの全敗の経験が彼を臆病にしてしまっているのだ。
(これは…『片手水平』? いや、得意な『片手逆袈裟』? それとも意外と『突き』でくるか!?)
勝手に想像して頭の中をいっぱいいっぱいにしてしまっている太刀川。
彼は依然と中段の構えで安定した姿勢だが、ツグミは弧月を片手で水平に持っているから右腕に掛かる負担は大きい。
このまま両者とも動かないと先にツグミの方が潰れてしまう。
こうなればツグミが先に仕掛けてくるのはまず間違いはない。
そして数秒後、事態は動いた。
ツグミは右手に痺れがきたように見せて弧月の切っ先を上下に揺らし始める。
それを見た太刀川はチャンスだとばかりにツグミを袈裟斬りしようと一気に間合いを詰めた。
「そこだぁぁぁあ!」
弧月を振り上げた太刀川の目の前でツグミは慌てる様子もなく弧月の切っ先を床に刺したのだ。
「え?」
太刀川はここでツグミは両手で持ち直して受け太刀するか、もしくは身体をかわして回避するかのどちらかだと踏んだ。
しかしそのどちらでもなく弧月を捨てるような真似をしたのだから一瞬思考回路が止まってしまう。
おまけに視線はツグミが手放した弧月にあるものだから、彼女の右手の行方を見逃してしまったのだった。
ツグミは右手で左腰にある「鞘」を掴むと同時に右足を軸にして身体を回転させ、勢い余って突っ込んで来る太刀川の右側に回って鞘で顔面を強打する。
「うがぁあ!」
悲鳴とも呻き声ともつかない鈍い声を上げる太刀川。
まさか顔面を鞘で打たれるとは想像もしていなかった太刀川は次の行動を考える余裕はなく、身体のバランスを崩してしまう。
その隙を狙ってツグミは右手をさっと返し、鯉口に左の手ひらを押し当てて小尻で太刀川の腹を思い切り突いた。
「げふっ!」
生身の身体であったらついさっき食べたコロッケやご飯をリバースしたところだろう。
トリオン体であったことが救いであるが、顔面と腹を強打されているものだから足元が不安定となってよろめいてしまう。
ツグミは待っていましたと言わんばかりに鞘を捨てると床に刺してあった弧月をさっと抜いて両手で握り、前につんのめった状態の太刀川の首を一刀で斬り落としたのだった。
その一連の流れは剣扇舞のようで、決着がついても忍田は判定の声を上げることはなく、迅は目を大きく開き身体を乗り出したままで固まってしまっている。
そして換装の解けた太刀川は相変わらず自分の敗北が信じられないような顔をしてツグミを見上げているだけだ。
「忍田さん、競技なら反則技かもしれませんけど、この模擬戦なら何でもアリってことで問題ありませんよね?」
ツグミが忍田の呼びかけると、そこで忍田は正気に戻ったかのようになって答えた。
「あ、ああ、問題ない。勝者、霧科ツグミ!」
この試合もツグミの勝利となった。
さっきまでの苛立ちはどこかに飛んで行ってしまったかのようで、彼女の機嫌は上々である。
トリオン体も無傷であるから、これからの任務にも差し支えがない。
そんなツグミは太刀川に対して
「今日の敗因はこれまでの全敗のせいで臆病になっていたところですね。見たことのない構えだからどんな技を使って攻撃してくるかわからない。第一戦で考えなしに猪突猛進して負けたものだから相手の様子見をするようになり、それが攻撃の手を遅らせることになってしまいました。もし第一戦の時のようにいきなり弧月を振り上げて突撃してきたら、わたしはこの技を使えなくて防戦一方になったと思います。慶は真面目に稽古を続けているから剣の腕前はすごく上達していて、真っ当に勝負したらわたしは負けてしまう。だからわたしはあなたが想像もしないような手を考えるしかないんです。あなたがが気付かないうちにこちらのペースに乗せて、上手い具合に誘導する。わたしの余裕って顔を見てあなたはイラついたでしょ? それも作戦のひとつで、その時点であなたはわたしの策略に乗ってしまったってことです」
「……」
太刀川はぐうの音も出ずにうなだれている。
剣の腕前はツグミよりも上回ったが、相手の心理を上手く利用して自分のペースに乗せてしまうといった部分は彼女の方が圧倒的に上なのだ。
そして最後に付け加えた。
「わたしにはただ単に勝負に勝つことよりも、見ている人をあっと言わせる
ツグミは床に落ちている鞘を拾うと左腰に付け直し、弧月を鞘に戻して道場を出て行ったのだった。