ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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173話

 

 

ツグミが道場を出て行ってしまい、男3人が残された。

 

「やれやれ、今日はトリガーじゃなくて木刀での稽古か…」

 

太刀川はヨロヨロと立ち上がり、自虐的な笑みを浮かべながら呟いた。

そんな彼のことが気の毒に思えた迅は近寄って事情を話すことにした。

 

「太刀川さん、そもそもツグミは模擬戦なんてやるつもりはなかったんだ。でもちょっと機嫌が悪いというか虫の居所が悪かったもんだから太刀川さんを利用して憂さ晴らししたんだと思う。だから許してやってよ」

 

「憂さ晴らしって…。だいたい機嫌が悪いって、それはあいつが悪いんだろ? 俺が誕生日を祝ってやるって言うのにあんな言い方をしてさ、俺の方が気分悪いぜ」

 

「だけどそれには事情があるんだ。それを説明するから聞いてもらえる?」

 

「別にかまわないが、そっちはいいのか?」

 

「俺?」

 

「そう。午後は城戸さんの手伝いがあるって言ってただろ?」

 

「ああ。少しくらい遅れたところでどうってことはない。それよりもツグミのことの方が大事だ。太刀川さんに勘違いされたまんまじゃ可哀想だからな」

 

迅と太刀川の会話の中に「ツグミ」「事情」「可哀想」などという言葉が出てきたものだから、忍田がふたりに近付いて来た。

 

「ツグミに関わる話なら私も聞きたい。そもそも私がここに着く前に何かあったようだが、それに関係しているのか?」

 

話の内容は忍田も知っていることだが、迅は改めて事情を話すことにした。

 

「忍田さんも知っていることでしょうけど、今日の出来事も含めて話しますね。何があったのかは知っておいてもらいたいから」

 

ツグミの言動が理解しにくかったり誤解を招くことがあるのは過去の出来事が大きく影響している。

その理由を知ってもらうことで少しでも彼女のことをわかってほしいという迅はその願いを込めて話を始めた。

 

 

「さっきツグミが自分の誕生日を祝ってほしくないと言っていたのは、1年前の誕生日のパーティーとそれに続く遠征が原因なんだ。去年は普通にパーティーを開き、あいつもそれを喜んでいた…と思う。もしかしたら周りに気を使って喜んでいたフリをしていただけかもしれないが」

 

「それはどういう意味だ? 何かその時にトラブルでもあったのか?」

 

太刀川がそう思うのも無理はない。

 

「いや、トラブルがあったのはその前なんだ。…太刀川さんはいずれボーダーに入隊する関係者だから話すけど、このことは他人には言わないでくれ」

 

「あ、ああ…」

 

「ちょうど今から1年前、俺たちボーダー隊員はあいつを含めて20人いたんだが全員が家族のように仲が良くて、その中で一番小さかったツグミはみんなから可愛がられていた。でもまだ訓練生のレベルだったから近界(ネイバーフッド)への遠征には連れて行けない。そのことを自分だけが仲間外れ扱いされたと感じていて、どうしても遠征に行きたいってダダをこねたんだ。それで俺と模擬戦をして勝ったら連れて行くということにした」

 

「それであいつは近界(ネイバーフッド)へ行けたのか?」

 

「いいや。公開模擬戦をやって仲間たちの前であいつ自身に負けを認めさせた。あいつを連れて行けば必ず死ぬことになっていて、俺は絶対に負けることはできないと本気を出して戦ったかなら。まあそれで無理矢理に留守番させることになったものだからしばらくの間ものすごく機嫌が悪くてさ、それからすぐにあいつの誕生日が来たもんで全員でパーティーを開いて祝ってやった。まあ、機嫌を直してもらいたかったって意味もあったが、それ以上にあいつのことを祝ってやりたかったからな。…楽しいパーティーだったよ。みんなで歌ったり踊ったりして、この時だけは辛いこととか嫌なことを全部忘れた。近いうちに遠征に行くってことも忘れようってカンジで」

 

「……」

 

「そして12月になってすぐにあいつ以外の19人は予定通り近界(ネイバーフッド)へ向かった。…しかし戻って来たのは9人だけだった。その時の遠征の目的は同盟国の戦争に参加して戦うことだったから、犠牲が出ることは覚悟の上だった。しかし()()()()()は半数以上が死ぬという過酷な戦いになるなんて想像もしていなかったから、それだけショックは大きかった。で、あいつの誕生パーティーは結果的にみんなのお別れパーティーにもなってしまったわけだ」

 

「……」

 

「だからあいつにとって誕生パーティーはちょっとしたトラウマで、太刀川さんが誕生日を祝ってくれると言った時に1年前のことを思い出しちまったんだろ。あの時…仲間たちを見送るあいつの目には涙がいっぱい浮かんでいた。まさかその時が今生の別れになるなんてあいつはこれっぽっちも考えてもいなかっただろう。みんなが帰って来ればまた一緒にいられて、今度こそは自分も共に戦えるって信じていたはずだ。だからもう二度と戦力外で仲間と一緒に戦えないなんて絶対に嫌だ、おいてけぼりにされたくない、って思って訓練を続けている。あいつがボーダーにいる理由は市民のためとか平和な世界のためとかいう大層なものじゃない。自分と自分の家族や仲間っていう手の届く範囲の人間と一緒にいられるだけで十分なんだよ。一緒にいるためにはその資格が必要で、その資格ってのが近界民(ネイバー)と戦って勝つことができる力を持つこと。だからあいつは現状に甘んじることなく強くなりたいと願い、そのために俺たち以上に稽古を続けているんだ」

 

迅の話を聞いて太刀川は納得した。

 

「あいつにそんなヘビーな過去があるなんてちっとも知らなかった。悪ぃことしちまったな」

 

「いいや、知らなかったんだから仕方がないさ。人生をハードモードで送ってるようなもんだからある程度は耐性ついてるんだけどやっぱまだ子供だからな、ああやって感情を抑えきれなくなる時もある。でも言っていることは間違っちゃいない。あいつの事情を知っていれば理解もできる。だから勘弁してやってよ」

 

「ああ。ちょっとムカついたが結局のところ俺はまだあいつには敵わないって再認識させられただけだ。だが次は必ず倒してみせる」

 

「ありがとう、太刀川さん」

 

迅は太刀川に礼を言うと、次に忍田に向かって言った。

 

「ということであいつの誕生日には俺たちはあえて何もしませんから後はよろしく頼みます、忍田さん」

 

「わかった。私に任せておけ」

 

忍田はずっと黙って迅の話を聞いていた。

誕生パーティーのことは自分も参加していたのだから当然知っていたのだが、それ以外の話は初耳であった。

もっともツグミがこんな話を誰かに話すようなことをするはずがない。

迅がこのことを知っているのはそれだけ彼女のそばにいて、彼女のことを深く理解をしているからである。

しかし本来ならそれは父親である忍田が察してフォローすべきことであった。

 

(私はあの子のそんな哀しみや苦しみに気付いてすらやれなかった。あの時は自分のことでいっぱいいっぱいで、あの子のことにまで心を配ることができずにいたのだ。これでは父親失格だな。せめてこれからはそんな辛い思いをさせずに毎日を笑顔で過ごさせてやらないと。それが自己満足な罪滅ぼしだと言われてもだ…)

 

こうしてツグミは12歳の誕生日を誰かに祝ってもらうということはなかったが、「世界で一番大好きな真史叔父さん」と一緒にバイクで()()()をすることになった。

それ以降も彼女の誕生日には特別なことを行わず、忍田が無理矢理にでもスケジュールを空けて彼女と過ごすことを恒例行事としていた。

それは彼女の16歳の誕生日まで続けられたがそれはこの日でおしまいとなり、次の年からは一緒に過ごす相手が迅になるのだがそれはまだしばらく先の話である。

 

 

◆◆◆

 

 

太刀川は忍田と迅と共に新本部基地へと向かっていた。

トリオン体を破壊されたことでトリガーを使った稽古ができないからと、忍田と迅の仕事を手伝うと申し出たのだ。

その途中で忍田や迅からツグミに関することや1年前の遠征の話を聞かされ、ボーダーという組織と隊員たちの経験してきたものが自分の想像していたものよりもはるかに過酷で悲惨なものであったのかを知った。

特にツグミの場合は年少であるがゆえの悲劇が多く、娘や妹のように可愛がってくれた年長者を何人も喪ったことが彼女の人格形成にも大きく影響しているのは太刀川ですらわかるほどだ。

 

(5ヶ月前の近界民(ネイバー)襲来であいつだけでなく大勢の三門市民も家族が死んだり家や財産を失くしたりと酷い目に遭った。俺も忍田さんがいなけりゃ死んでたかもしれないけど、結果的には家族も家も無事だった。だから忍田さんみたいに強くなりてぇ、なんて暢気なことを言ってられるんだ。ボーダーに入る理由なんてどうでもかまわないって忍田さんは言ってたけど、ツグミより俺の方がガキっぽい気がしてきた。忍田さんは俺のことをどう思ってるんだろ?)

 

忍田と迅の様子をチラ見するがふたりは何やら小難しい話をしているものだから、太刀川はひとりで思索を続けた。

 

(だけど近界民(ネイバー)に仲間や家族を奪われて憎んでいるはずなのに、あいつはそんな素振りを見せたことはない。死んだ連中のことを忘れてしまったってわけじゃないのはさっきの迅の話でわかってる。むしろ今でも心の中に死んだ連中との想い出がたくさん詰まってるから、あいつはああやって不機嫌になったんだ。…じゃあ、何であいつはあんな澄んだ目で弧月を握っていられるんだろ? 近界民(ネイバー)に対する恨み辛みはもうないっていうのか?)

 

考えれば考えるほど答えが出ないだけでなく疑問が増えてきてしまう。

 

(ああ、もう本人に訊くしかないだろ、これ!)

 

悶々と思い悩むのが性に合わない太刀川だから、手っ取り早く解決するために選ぶ手段はひとつしかない。

 

「忍田さん、すいません。俺、ツグミに訊きたいことがあるんでこれで失礼します」

 

すると忍田は足を止めて訊き返した。

 

「それはかまわないが、あの子の居場所はわかるのか?」

 

「あいつの巡回ルートはわかってるんで先回りして捕まえます」

 

「そうか。じゃあ、行ってこい」

 

「はい!」

 

太刀川は歩いて来た道を急いで引き返した。

ツグミと一緒に何度も歩いた道であるから、おおよその見当はつく。

 

(たしかあいつはいつも同じエリアを巡回していて、それも几帳面に同じスピードで歩くから今頃は第二中学校の辺りだろうな。走ればその先のスーパーの駐車場で追いつくぞ)

 

 

 

 

15分ほど走ったところで太刀川はツグミの後ろ姿を見付けた。

この頃のボーダーの隊服は全員揃いの黒いロングコートで、小学生の女の子が着ている服としては異様であるが、三門市民にとってこの隊服は自分たちの町を異形の侵略者から守った正義の象徴であり、誰もが良く知っているものである。

だから市内巡回をしていると市民から労いの声をかけられることは多いが、家族や財産を失った者たちの中にはこんな少女にすら恨みの拳を挙げようとする者もいるのが現実だ。

もちろん小学生のツグミに直接危害を与えるようなバカな人間はいないが、言葉の暴力は時として物理的な加害よりも深い傷を負わせることがある。

そしてそういう時は「抑え切れない怒りや哀しみをぶつける相手として他に見当たらないのだから仕方がない」と言って彼女は哀しそうに笑うだけだ。

ボーダー隊員の事情を何も知らない市民から罵詈雑言浴びせかけられることが何度もあって、そのたびに哀しそうな顔をするツグミを見ている太刀川は悔しくて弧月の柄に手をかけたことがあるが、それこそボーダーの評判を落とすことになると彼女に諭されたこともあった。

 

(そうは言っても命をかけて戦っているボーダーの人間、それもツグミみたいな子供に『キサマらが役立たずのせいでオレは家も家族も全部失ったんだ!』なんてほざきやがった奴がいた。ボーダーがいなかったらどうなっていたと思うんだ? ツグミや忍田さんたちが体張ってこの町を守ったから、そうやって暴言吐くことができるじゃねーか。感謝しろとは言わねぇけど、あいつを責め立てるのは人間のやることじゃねぇぞ。…あん時ツグミが止めてくれなかったら今頃俺は忍田さんから破門を言い渡されてただろうからな、そんところは感謝している。何だかんだあっても、あいつは俺のことを気遣ってくれてるんだよな)

 

そんなことを考えながら近付いて行くが、ツグミの背中は小さいままだ。

そして手の届くところまで来たところで、太刀川は気付いた。

 

(こんなちっさい身体で俺よりも重たいものをたくさん背負ってんだよな…)

 

「無言で背後に立たれたら、問答無用で斬っちゃいますよ」

 

ツグミは振り返りもせずに弧月の柄に手をかけた状態で太刀川に言う。

 

「あ、悪ぃ…」

 

「戦闘体の状態のわたしに背後から近付いたらどうなるか…忍田さんから話は聞いているはずです。斬られたって文句は言えませんよ」

 

「……」

 

ツグミの言葉には殺気が込められていて、太刀川は本気で斬られるんじゃないかと感じて身震いしてしまった。

しかしその直後、殺気はすっと消えて振り返ったツグミは子供っぽい笑顔で言った。

 

「冗談ですよ。()()()以来、ちゃんと相手を確認してから攻撃するようにしていますから。それにさっきジンさんから連絡があって、こっちに慶が向かっているって教えてもらっています。わかっていて言ってみただけです。さあ、行きましょう」

 

ツグミは迅から太刀川が自分を追いかけて来ることを教えられていたたのだから、嫌なら逃げることもできた。

 

(でもわたしが隠しているから慶は知りたがるのよね…。だったら話せることは全部話してやった方が面倒ないかも)

 

ツグミは自分のことを話そうとはしない。

彼女にとって楽しい想い出であってもその多くが哀しく辛い想い出に繋がっていて、思い出したくはないことばかりだからだ。

彼女は両親の事故死や仲間たちの殉職など幼い頃から多くの「死」を目の当たりにし、数多くの別れを経験してきた。

この年齢の割には多くの不幸に見舞われたわけで、もしこの事実を知れば多くの人間はツグミのことを憐れむだろう。

だから彼女は()()()()()を知らない他人から「可哀想な少女」というレッテルを貼られるのが嫌でずっと隠し通してきたのだ。

 

(でも慶なら大丈夫。だって今のわたしを見れば可哀想だなんて思うはずがないもの。もしそんなことを匂わせたら、換装を解いて生身で思いっきりグーパンチを顔面に叩き込んでやるんだから)

 

 

ツグミと太刀川はいつもの市内巡回の時のようにふたり並んで歩き出した。

 

「それで生身の身体で後を追いかけて走って来たということは、よほどわたしの口から聞きたいことがあるようですね? 何だって訊いてもいいですよ、って言いたいところですけど話せないこともたくさんあります。またさっきみたいにわたしを怒らせるようなことがないよう気を付けてください」

 

そう前置きするツグミ。

太刀川も彼女を怒らせることが目的ではないし、何よりも彼女から()()を聞かなければ心の中のモヤモヤが消えず、弧月を握る手にもその()()()が顕れそうで稽古どころではない。

 

「ああ、わかってる。おまえの両親が交通事故で死んだとか、1年前の遠征で隊員の半分以上が殉職したとか、そういった話は忍田さんや迅から聞いている。俺が知りたいのはおまえがなぜ今のおまえでいられるのか、ってことだ。俺は自分がおまえと同じ目に遭ったらって考えてもわからない部分が多い。だからおまえの口から直接聞きたい。俺がこれまで以上に強くなるために教えてくれ!」

 

自分が強くなりたいから教えてほしいという身勝手な気持ちを真っ直ぐにぶつけてくる太刀川に半ば呆れたが、同時にそれを隠さない潔さに少し感動したものだから、ツグミはただ一点 ── 忍田と彼女が叔父と姪の関係で同居している ── を除いて教えることにした。

 

 

 

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