ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

2 / 721
2話

 

 

朝を迎え、ツグミは玉狛支部の自室で身支度をしていた。

 

(昨日はいろんなことがあったっけ…。まさかの近界民(ネイバー)出現。ユーマくんはこちら側の人間に危害を加える様子はないから安心だけど、このまま何もなく済むはずがない。いずれ本部にもその存在が知られて大騒ぎになるにちがいないわ)

 

そんなことを考えながら部屋の外に出ると、ちょうど迅が向かい側から歩いて来るところだった。

 

「おはようございます、ジンさん。今日はいつもより早いですね」

 

「おはよう、ツグミ。今日はちょっと人に会う予定があってな。おまえもメシ食ったら俺と一緒に来い」

 

「一緒に来いって…。それってこれから会うっていう人物にわたしを会わせたいってことですか?」

 

「ああ。俺の未来視(サイドエフェクト)がそうすべきだと言っている」

 

迅の言うことならばと、ツグミはすぐに了承した。

 

「わかりました」

 

 

 

 

迅に連れられてやって来たのは普通の住宅地で、ふたりの行く先に三輪隊の三輪秀次(みわしゅうじ)と米屋陽介(よねやようすけ)がいた。

彼らはとある一軒家から出てきたメガネの少年を見張っているようだ。

迅はツグミを残してひとりですたすたと歩いて行き、三輪たちにいきなり背後から声をかけた。

 

「ぼ〇ち揚食う?」

 

「…!?」 「うおっ、迅さん!?」

 

三輪と米屋は同時に驚き、その慌てぶりに迅は大笑いする。

 

「うはははは、びっくりした? おまえらさ、今日の午後から大仕事があるから基地戻っとけよ。ほい、これ命令書ね」

 

そう言って迅は三輪に本部からの命令書を手渡した。

 

「じゃあな、よろしく~。ツグミ、行くぞ」

 

これで役目は終わったとばかりに迅はさっさと立ち去ってしまう。

それを追いかけようとしてツグミは駆け出すが、一度止まって三輪と米屋に対してきちんと挨拶する。

 

「三輪さん、陽介さん、おはようございます。急いでいますのでこれで失礼します」

 

姿勢を正して頭を下げ、再び迅を追いかけた。

そして彼女が追いついたところで迅は三輪たちが見張っていた少年に声をかける。

 

「よう、メガネくん、おまたせ」

 

「あ、おはようございます。…あの、この人は?」

 

ツグミの存在に気づいた少年が迅に訊く。

 

「ああ、こいつは俺と同じ玉狛支部の霧科ツグミだ」

 

そう言ってツグミの方を振り向く。

 

「こいつは三雲修。おまえに会わせたい人物その1だ」

 

迅がそう言うと、修はツグミにペコリと頭を下げた。

 

「はじめまして。ぼくは本部所属C級隊員の三雲修といいます。よろしくお願いします」

 

礼儀正しくて真面目そうな少年だという好印象をツグミは抱いた。

 

「わたしはB級の霧科ツグミ。こちらこそよろしくね」

 

ツグミと修が挨拶すると、迅はふたりを促した。

 

「さあ、この先にイレギュラー(ゲート)の原因を知る人間がいる」

 

迅の言葉に修が驚く。

 

「 ! 迅さんの知ってる人ですか!?」

 

「いや、全然」

 

「……え!?」

 

「でもたぶんメガネくんの知り合いだと思うよ」

 

「ぼくの…!? どういう意味ですか!?」

 

修は迅の言動に少し混乱しているようだ。

まあ迅のことをよく知らない人なら誰でも同じ反応をするものだ。

平常運転の迅と、わけがわからないという顔の修、そして彼らを見守るツグミの3人は警戒区域内の空き地にたどり着いた。

ここは一昨日の夕方にバムスターが現れ、民間人の中学生が保護された場所でもある。

そしてそこにはツグミにとって見覚えのある顔があった。

修は驚いて彼の名を呼んだ。

 

「空閑…!?」

 

「おっ、やっぱりメガネくんの知り合い?」

 

ここでツグミはこれまでの出来事がひとつに繋がったと感じた。

 

(ユーマくんの友人のボーダー隊員がオサムくんで、一昨日のバムスターを倒したのもたぶんユーマくん。昨日のモールモッドの出現場所と合わせてラッドの痕跡を探していたのね。ジンさんはオサムくんに会っていて、未来視(サイドエフェクト)で「オサムくんの知り合いがイレギュラー(ゲート)の原因を突き止める」未来が視えた。そしてジンさんはわたしにオサムくんとユーマくんのふたりを会わせたかったってことね)

 

遊真が修たちに気が付いた。

 

「おう、オサム。…と、どちらさま?」

 

遊真が訊く。

 

「おれは迅悠一! よろしく!」

 

「ふむ? そうかあんたがウワサの迅さんか」

 

「ウワサの」ということは、既に遊真は修から迅のことを聞いているようだ。

 

(オサムくんったら、どこまでボーダーの情報を流しているのかしら?)

 

「で、こちらさまは?」

 

遊真がツグミを見て訊く。

あくまでも初対面であるということになっているので、ツグミもそれっぽく答えた。

 

「わたしは霧科ツグミ。オサムくんと同じボーダー隊員で、ジンさんと同じ玉狛支部ってトコの所属よ。よろしくね」

 

「これはこれはご丁寧なご挨拶いたみいります」

 

ツグミと遊真がそんな挨拶をしている脇で、迅が意味ありげにほくそ笑んでいる。

 

「おまえ、ちびっこいな! 何歳だ?」

 

迅が遊真の頭をわしゃわしゃ撫でながら訊く。

 

「おれは空閑遊真。背は低いけど15歳だよ」

 

「空閑遊真…。遊真、ね」

 

そう言った迅の表情が変わる。

 

「おまえ、むこうの世界から来たのか?」

 

「……!?」 「!」

 

修と遊真の顔色が変わる。

そして遊真はチラリとツグミの顔を見た。

迅の後ろにいるツグミは「自分がバラしたんじゃない」といった感じで首を横に振る。

 

「いやいやまてまて。そういうあれじゃない。おまえを捕まえるつもりはない」

 

迅が警戒する遊真を宥める。

 

「俺はむこうに何回か行ったことがあるし、近界民(ネイバー)にいいやつがいることも知ってるよ。ただ俺の未来視(サイドエフェクト)がそう言ったから、ちょっと訊いてみただけだ」

 

遊真には迅の言葉が嘘かどうか見極めることができる。

ならば遊真もこれ以上警戒しないだろうと、ツグミは静観し続けることにした。

 

「迅さんのサイドエフェクトって…!?」

 

修は迅のことは知っていても未来視(サイドエフェクト)のことまでは知らなかったようだ。

まあ新入りのC級隊員なら仕方がないことなのだが。

 

「おれには未来が視えるんだ。目の前の人間の少し未来が」

 

「未来…!?」

 

「昨日、基地でメガネくんを見た時、今日この場所で誰かと会ってる映像が見えたんだ。その『誰か』がイレギュラー(ゲート)の謎を教えてくれるっていう未来のイメージだな。それがたぶん遊真(こいつ)のことだ」

 

そう言いながら、迅はまた遊真の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「じゃあ、空閑おまえ…突き止めたのか!? 原因を!」

 

修が遊真に訊くと、こともなさげに遊真は答えた。

 

「うん、ついさっき。犯人はこいつだった」

 

そう言って見せたのはツグミが破壊したトリオン兵と同型のものだ。

見たことのないトリオン兵に修は仰天する。

 

「…!? なんだこいつは…!? トリオン兵…!?」

 

〔詳しくは私が説明しよう〕

 

レプリカが現れ、迅とツグミに挨拶する。

 

〔ハジメマシテ、ジン、ツグミ。私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ〕

 

「おお、これはどうも。はじめまして」

 

「はじめまして、レプリカ」

 

遊真の時と同様、ツグミは初対面を装う。

挨拶が終わると、レプリカが状況説明を開始した。

 

〔これは隠密偵察用の小型トリオン兵『ラッド』。それも(ゲート)発生装置を備えた改造型のようだ〕

 

現物を発見したことで、昨日のレプリカの仮説は実証されたことになる。

 

〔昨日と一昨日の現場を調べたところ、バムスターの腹部に格納されていたらしい。1体掘り出して行動プログラムを解析してみた。ラッドはバムスターから分離した後地中に隠れ、周囲に人がいなくなってから移動を始め散らばっていく。そして人の多い場所付近で(ゲート)の起動準備に入り、近くを通る人間から少しずつトリオンを集めて(ゲート)を開く〕

 

「じゃあ、開いた(ゲート)の近くに運良くボーダー隊員がいたというのは…」

 

ツグミは今回のイレギュラー(ゲート)に関する戦闘報告を調べて、(ゲート)が開いた場所には偶然非番の隊員がいたことで犠牲者が出なかった事例がいくつかあるということを知っていた。

しかしこれは逆であった。

 

〔ボーダー隊員の近くで(ゲート)が開く…と言った方がいいだろう。高いトリオン能力を持つ人間からは大量のトリオンを得られるからだ〕

 

「そういうことだったのね。不思議だと思っていたのよ。じゃあ、そのラッドを全部倒せばいいってことよね?」

 

ツグミの言葉にレプリカが絶望的なことを言う。

 

〔ラッドは攻撃力を持たないいわゆる雑魚だがその数は膨大だ。今探知できるだけでも数千体が街に潜伏している〕

 

「数千…!」

 

「全部殺そうと思ったら何十日もかかりそうだな」

 

修は絶望的だという顔になり、遊真は諦めムードで言うが、迅とツグミは違っていた。

 

「いや、めちゃくちゃ助かった。こっからはボーダーの仕事だな」

 

迅はラッドを弄びながら言う。

 

「そうそう。ボーダーの組織力を甘く見ないことね」

 

ツグミも自信たっぷりで、「この勝負の勝ちが見えている」という感じだ。

ボーダー本部では開発部によってトリオン障壁で(ゲート)を強制封鎖しているがそれには限界がある。

残り時間はすでに36時間を切っていて、それまでに手立てを講じないと第一次近界民(ネイバー)侵攻のような大惨事を招くかもしれない状況だ。

しかし迅には未来視(サイドエフェクト)でラッドの駆除が成功する未来が視えている。

そしてツグミは迅の未来視(サイドエフェクト)を信じているから不安はないのだ。

 

「ジンさん、ラッドの解析には2-3時間…といったところでしょか? 鬼怒田さんたちならそれくらいでできそうだもの」

 

「ああ、俺はこれから本部へ行っていろいろ手配してくる。午後からはボーダー総動員で害虫駆除だな。忙しくなるぞぉ。じゃ、またな」

 

迅はそう言うとツグミを連れて本部へ向かった。

その途中、迅がツグミに訊く。

 

「おまえ、遊真のこと…知ってただろ?」

 

「え? まさか…そんなわけないじゃないですか。ハハハ…」

 

誤魔化そうとするが迅にそれは不可能だ。

 

「…って、すみません。昨日の夜に会ってます。でも彼は危険がないと判断して見逃しました。だって空閑って…。もしかしたら有吾さんと関係があるかもしれませんし。昔、有吾さんがわたしと同じくらいの年齢(とし)の息子がいるって言ってました」

 

「ああ、たぶんそれビンゴだ。…それよりもあのふたり、いずれ俺たちの仲間になるぞ」

 

「仲間って、ボーダーに入るってことですか? ユーマくん、近界民(ネイバー)なのに。まあ、ジンさんの未来視(サイドエフェクト)が言っているならそのとおりなんでしょうね。楽しみだわ。…ということは、わたしに会わせたかった人というのはオサムくんとユーマくんのことだったんですね?」

 

「まあ…それもあるが、会わせたい人ってのは本部にもいる」

 

「えー、本部ですか…。あまり行きたくないんですけど」

 

ツグミが嫌々そうに言うと、迅はさらっと答える。

 

「大丈夫。今日は城戸さんには出会わないで済むから」

 

「それなら安心です」

 

「迅の言うことは正しい」…これは9年前に迅と知り合って、ずっとそばで彼を見てきたツグミだから自信持って言えることだ。

 

(それにしても本部でわたしに会わせたい人って誰だろ?)

 

 

◆◆◆

 

 

「俺はこれから城戸さんたちのところに行ってくる。おまえはここで待っていろ」

 

迅にそう言われたツグミは本部のラウンジでひとり佇んでいた。

 

(待っていろということは、ここにいれば誰かがわたしに会いに来るということよね…。もったいぶらないで教えてくれてもいいのに)

 

彼女は2年前まで本部所属のA級隊員であったが、隊務規定違反によりB級へ降格処分となっていた。

隊務規定違反というのは、近界民(ネイバー)に対する扱いが納得できないといって上官命令に逆らったというもの。

ツグミ本人は処分について妥当であると甘んじて受け入れたのだが、本部司令・城戸正宗(きどまさむね)に逆らったことで本部に居づらかろうと、玉狛支部長・林藤匠(りんどうたくみ)が彼女を引き抜くことにしたのだ。

玉狛支部にはツグミにとって付き合いの長い隊員がいたから本人も喜んで転属に同意した。

城戸も自分の意に沿わぬ彼女を辞めさせたいと思いながらも古参で実力者の彼女の戦力を必要としていたから、玉狛支部への転属を認めたのだった。

 

本部(こっち)に来るのは週2回の狙撃手(スナイパー)の合同訓練の時くらいなのよね…。うっかり城戸司令に出会ったらお互いに嫌な気分になるからできるだけ来ないようにしてるし。…そういえば真史叔父さん、元気にしてるかな? 本部長ともなれば激務だし、ここ数日のイレギュラー(ゲート)の件でさらに忙しくなっているだろうから。ちゃんと家に帰ってご飯食べてるかな?)

 

そんなことを考えていると、いきなり背後から声をかけられた。

 

「ツグミ、久しぶりだな」

 

声の主はボーダー本部長・忍田真史(しのだまさふみ)、今まさにツグミが思い浮かべていた人物だ。

 

「ま、真史叔父さ…、いえ、忍田本部長、…お久しぶり、です」

 

ツグミは周囲をキョロキョロと見回して、さらに声を潜めて挨拶する。

忍田はツグミの母方の叔父であり、彼女の両親が他界してすぐに幼い彼女を引き取り、親代わりとして育てていた。

彼女と忍田が血縁関係にあることはごく一部の人間しかいない。

本部長と一隊員が身内であると知られれば、興味本位や嫉妬の目で見る者もいるからだ。

特に隊務規定違反に関して本部長の身内だから甘い裁定が下されたのではないかと勘ぐる者も出ないとはいえない。

そしてツグミはようやく迅の意図を悟った。

彼の言う会わせたい人物というのがこの忍田のことだったのだ。

 

「おまえが合同訓練の時にしか本部に来ないのは仕方がないが、せめて時々実家に顔を出すくらいはできるだろ。おふくろもおまえに会いたがっているぞ」

 

「…はい」

 

おふくろというのはツグミの祖母のことで、中学を卒業するまで忍田と祖母と3人で一緒に暮らしていた。

そして忍田家を出て玉狛支部で暮らすようになって以来、一度も帰っていないというのが事実である。

別に忍田や祖母を嫌っているのではなく、自分が忍田家のお荷物になっているという後ろめたさが15歳での独立を促したのだ。

もちろん忍田たちは彼女のことをお荷物などとは一切考えておらず実の家族として遇し、早々に独立してしまった彼女のことを応援しつつも寂しいと感じている。

 

「今はゆっくり話している暇がない。ともかく正月には帰って来い。いいな?」

 

「わかりました」

 

ツグミがそう言うと忍田は立ち去ろうとしたが、何かを思い出したかのように振り返って彼女に言った。

 

「元気そうでよかった。健康にはくれぐれも気をつけろよ」

 

忍田は笑顔でそう言うと彼女に背を向けた。

そして作戦室の方へ歩いて行く。

その表情はこれから始まる改良型ラッドの一斉駆除作戦に臨むボーダー本部長の顔であった。

 

 

◆◆◆

 

 

本部開発室長・鬼怒田本吉(きぬたもときち)は技術者(エンジニア)たちを集めてラッドの解析をし、わずか2時間でレーダーに映るようにした。

メディア対策室長・根付栄蔵(ねつきえいぞう)はテレビの緊急放送を行い、市民に現状の報告と協力を求めた。

そして忍田はC級隊員を含む全隊員を招集し、迅の指揮のもとラッドの一斉駆除作戦は昼夜を徹して行われた。

そのかいあって翌日の早朝にはすべての改良型ラッドは駆逐された。

今回の「ラッド事件」が無事に解決できたのは遊真とレプリカの功績が大きいのだが彼らの名が公にできるはずもなく、成功したのは修のおかげということになり、その論功行賞として隊務規定違反の件はお咎めなし。

さらにB級への昇進を果たしたのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。