ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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183話

 

 

新年第1回目の射撃訓練は1月13日の午後からとなった。

それまでの間、ツグミは任務がない日はほぼ毎日訓練場で自主練習をし、250メートル離れた的であればほぼ100%の精度で中心に当てられるようになっており、狙撃手(スナイパー)としての腕をめきめきと上げていた。

だから早く次の段階に進みたかったのだが、この日程は東の都合であるから仕方がない。

よって当日は朝からウズウズしていて学校での授業も上の空の状態であり、放課後になったとたんにボーダー本部基地へと全速力で自転車を走らせた。

 

 

訓練開始時間の20分前に本部基地に到着したツグミは狙撃手(スナイパー)用訓練室に直行した。

そしてまだ誰も来ていないだろうと思いながらドアを開いたところ、中からイーグレットの発射音が聞こえてきた。

音の発信源に目をやると、膝射の構えで的当てしているレイジの姿がある。

まだ訓練時間ではないのだから、彼は早めに来て自主練習していたということだ。

ツグミが入室して来ても気付かないほど集中しており、彼女も邪魔をしないようにと足音を立てずに歩いてレイジの視線に入らない場所に荷物を置いた。

 

(さすがはレイジさんだな…。体格が良いからイーグレットを構えていても様になってる。同じ銃でも拳銃(ハンドガン)タイプなら誰でも持つのは楽だけど、ライフル銃となると小柄な人間じゃキツイ。重量は何とかなってもサイズはどうしようもないもの。林藤さんが別タイプの狙撃手(スナイパー)トリガー開発についてオフレコの話をしてくれたけど、それを実現化させるためにもわたしたちが頑張って狙撃手(スナイパー)が有効なポジションであることを示さなきゃならないってこと。やっぱ『やれるか、じゃなくて、やらなきゃいけない』なのよね。レイジさんもそれがわかっているから、きっとこうして早めに来て練習しているだろな…)

 

レイジはツグミの視線に気付かずに黙々と的を撃ち続けていた。

 

(ツグミのヤツはもう250メートルの的をクリアしたらしいが、俺がいない間にずいぶんと先に進んだものだな。もっともあいつの強化視覚(サイドエフェクト)ならこれくらい平気でできるのかもしれないが、俺以上に自主練習を頑張ったに違いない。どっちが先に狙撃手(スナイパー)になるなんて競争しているわけじゃないが、あいつのことだから俺より先に狙撃手(スナイパー)になってやろうなんて子供っぽいことを考えてるはずだ。だから俺が練習している姿を見せることであいつの闘争心を煽り立ててやろうじゃないか)

 

ツグミの負けず嫌いの性格を良く知っているレイジであるから、彼女が訓練室に来るよりもかなり早く到着して練習を開始していた。

しかし高校生の自分が小学生に負けるのは不愉快だという気持ちがないとは言えず、彼女に対してのライバル意識がレイジを動かす原動力になっているのだが、本人がそれに気付いていないだけである。

 

ツグミがレイジの練習している様子を見物していると、そこに東がやって来た。

そこで初めてレイジはツグミが既に来ていたことに気付き、ここで初めて彼女に声をかけた。

 

「ツグミ、おまえが来ているのにまったく気付かなかったよ。声をかけてくれれば良かったのに」

 

「レイジさんの集中力がハンパじゃなかったですからね、お邪魔するのは申し訳ないと思って静かに見せてもらっていました」

 

レイジはツグミに見せるつもりで練習していたものの、自分が気付かなかったくらい夢中になっていたのだと知って気恥ずかしいのか顔がほんのり赤く染まった。

そんなふたりのやり取りを微笑ましく見ていた東は自分の弟子たちが誇らしく思えてきた。

 

(俺の弟子たちは師匠の俺よりもやる気に満ちていて、あっという間に追い抜かれてしまいそうだ。木崎はまだ大丈夫だが、霧科は今日の訓練で300メートルの的をクリアするだろうな。次は動く的を撃つ訓練だが、そのシステムが未完成なんだよな…)

 

新体制になったばかりの頃のボーダーは足りないものばかりであった。

防衛隊員、技術者(エンジニア)、職員、訓練施設、資金、市民からの信頼…現在のボーダーからは想像もできないくらい必要なものが圧倒的に不足していて、ツグミたちのように訓練時間や方法を増やしたいと願っても不可能であった。

そして時間を増やすためにはプライベートな時間を費やすしかなく、個人の犠牲の上に成り立っていたともいえるのだ。

それはツグミやレイジだけでなく、攻撃手(アタッカー)射手(シューター) ── まだこの頃は銃手(ガンナー)というポジションはなかった ── を目指す隊員たちの訓練も同様に苦労していた。

よって新入隊員は市内巡回任務よりも訓練に時間を取られ、正隊員である旧ボーダーメンバーや太刀川らに多くの負担がかかることになる。

つまりツグミとレイジは防衛任務+狙撃手(スナイパー)の訓練+学業と三重苦のような状態で、「仮想訓練システム」の完成と新入隊員の正隊員昇格、そして春休みになる3月上旬までしばらくこの苦労は続くのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

2月になるとボーダーにとって喜ばしい出来事が続いた。

まずは「仮想訓練システム」の完成で、これによりトリオンを消費しないで訓練をすることができるようになり、生身の身体のトリオンを温存しておけるようになった。

このシステムを使えばトリオン切れを心配せずほぼ無限に、さらに「安全に」戦闘訓練ができることで、これまで以上に戦力アップを望めるというもの。

訓練生扱いだった新入隊員たちもこれで次々に正隊員に昇格していった。

ツグミとレイジはこの「仮想戦闘システム」を利用した新しい的当ての訓練を開始した。

その内容はツグミが「空き地A」と勝手に呼称した1000メートル四方の更地 ── モデルはボーダー本部基地と警戒区域及びその周辺の放棄地区 ── にバムスターやモールモッドといったトリオン兵を出現させて撃つというもの。

これまでは固定されていた標的を撃つだけであったが、これは突然出現しては動き回るトリオン兵を倒す「ゲーム」である。

装甲の硬いバムスターは弱点の()に上手く当てなければ効果はなく、モールモッドは動きが非常に機敏でロックオンするだけでも骨が折れる。

初めのうちは1体ずつ出現するが、倒せば次のトリオン兵が出現するという繰り返しで、武器(トリガー)がイーグレットのみという()()があるため、近寄られたらそこでおしまいとなる厳しいものだ。

しかしゲームというものはルールが難しいほど面白いもので、ツグミはすぐにこの射撃訓練に夢中になってしまった。

そしてこの日もレイジと一緒にこの「ゲーム」に挑戦していた。

 

 

「ツグミ、本部の南西エリアはおまえに任せた。俺は北東エリアを担当する」

 

「了解です。今日もクリアしますよ」

 

ツグミとレイジは本部基地の屋上に転送され、それぞれ分担を決めて狙撃場所を決めた。

この「トリオン兵狙撃訓練」は本部基地屋上にいるツグミたちを狙って近付いて来るすべてのトリオン兵を倒すというもの。

モールモッドはその鋭い(ブレード)を使って外壁を登って来るので、屋上に着くまでに倒さなければならない。

開始時はバムスター2匹とモールモッド2匹であるが、10分後から5分経過する毎に次々と(ゲート)が開いてトリオン兵は増えていく。

バムスターは外壁を登って来られないものの、出現から30秒倒せないでいると小型で敏捷性の増したモールモッド3匹を体内から出すものだから早めに倒さないと厳しくなるという設定だ。

よってバムスターが小型モールモッドを出さない内に仕留め、同時に近付いて来るモールモッドを倒すという順になる。

屋上であるから見通しは良いのでバムスターは見付けやすいが、家屋がまだかなり残っているのでモールモッドはある程度近付いて更地になっているエリアで見付けて撃たねばならない。

 

ツグミとレイジが定位置に着くと、東から通信が入った。

 

[さあ、準備は良いか? 今日はいつもよりも少し厳しめの設定に変えるぞ。(ゲート)が開く間隔は5分だが、開始15分経過と25分経過のタイミングでそれぞれバンダーが2匹出現するようになる。バンダーの砲撃は射程距離300で設定。本部基地の外壁にダメージを与えるほどの威力はないが、きみたちは1発でも喰らえば即おしまいだ。気を引き締めてやれ。今回のクリア条件は40分の制限時間内にすべてのトリオン兵を殲滅すること。いいな?]

 

[了解です!]

[了解!]

 

ツグミとレイジの気合の入った返事を聞いた東はカウントダウンを始める。

 

[開始10秒前、…9…8…7…6…5…4…3…2…1…開始(スタート)!]

 

カウントダウンが終わると、本部基地の南西約700メートルの位置と、北東約600メートルの位置に(ゲート)が開いた。

そこからバムスターとモールモッドがそれぞれ湧き出て地面に落下した。

この(ゲート)発生の位置の違いはツグミとレイジの射程の差によるものである。

 

(うん、700なら楽々。バムスターの頭が民家の屋根の上に見える。…さあ、いくわよ!)

 

ツグミは照準器(スコープ)のレティクルの中央にバムスターの()が重なった瞬間に引き金を引いた。

 

「よし! まずは1匹!」

 

ツグミの放った弾は見事にバムスターの()を撃ち抜き、バムスターは轟音を立てて地面に伏した。

使用しているトリガーはイーグレットのみであるから、確実に()を撃たない限りダメージは与えられない。

もっともツグミたちの方へ向かって来るのだから自然に()がこちら側に向けられるので、慌てずにチャンスを待てば良いのだ。

ツグミの狙撃のすぐ後にレイジもバムスターを倒したようで、今のところ()はモールモッド2匹である。

ただしそのモールモッドはある程度まで近付かないと()を狙えないので、モールモッドが外壁を登って来ようとするタイミングまで待つしかない。

 

(残るは南西と北東にモールモッド1匹ずつ。わたしの担当は南西の1匹だけだけど、これから5分間隔でトリオン兵が現れる。これはいつもと同じだけど、そのうち2回がバンダーで、砲撃するってことはこっちに()が向くからそこがチャンスになる。でも一歩間違えれば砲撃に巻き込まれてゲームオーバー。タイミングを間違わなければ大丈夫だけど、一撃で決めないとバンダーの次の砲撃の餌食になる。屋上(ここ)で隠れる場所といったら四隅の砲台設置用の張り出し部分しかないから、まずはこの部分に隠れていて奴が現れたら危険を承知で身を晒して砲撃を誘い、それを避けた次の瞬間に撃つ…しかなさそう)

 

モールモッドが出現するまでのわずかの間に作戦を考えるツグミ。

 

(モールモッドが本部基地の外壁を登り切るのに要する時間は約60秒。けっこう早いのよね…。登り始めた、つまり()がこちらに向いたタイミングで撃たなければならないけど、そこにバンダーが砲撃してきたら避けるのは難しいし、避けたところでモールモッドが屋上に着いたらそこでアウト。トリオン兵同士が連携して攻撃してくることはありえないけど、この仮想戦闘システムなら管制室にいる東さんの匙加減でどうとでもできる。同じタイミングで攻撃してくる可能性は捨てられないけど、その時はその時で何とかしてみせる!)

 

 

開始から5分、モールモッドがツグミの視界に入ってきた。

そこにレイジからの通信が入った。

 

[ツグミ、こちらはモールモッドの姿を確認した。そっちはどうだ?]

 

[はい、200メートル地点を通過。こっちに真っ直ぐ向かって来てます]

 

[俺の方は後50メートルで到達する。出現位置のせいだろうな。で、そっちの作戦は?]

 

[特に思い浮かばなかったので、作戦名『臨機応変』でいきます]

 

[フッ…おまえらしいな。じゃ、訓練が終わって東さんに恥ずかしくない顔で会えるよう、お互いに全力を尽くすぞ]

 

[ご武運を]

 

ツグミがそう返すと通信が切れた。

続いてレイジのイーグレットの射撃音が響き、ツグミの足元にモールモッドが見えるようになる。

 

(さあ、こっちもやるわよ!)

 

モールモッドは真っ直ぐにツグミに向かって来るというプログラムになっているから、どの位置を登って来るのか確定するのは容易い。

また本部基地の高さがわかっているので射程距離も数メートルの誤差はあってもそれくらいは大したことがない。

すなわちモールモッド単品であれば苦労はしないのだ。

 

ツグミはモールモッドを撃ち、そこで一旦トリオン兵はゼロになるが、すぐに新たな(ゲート)が開いてバムスターとモールモッドが現れた。

今度は南西600メートルと北東500メートルで、1回目よりも近くなっている。

1回目同様バムスターはすぐに倒すことができてモールモッドが本部基地に向かって来るわけだが、5分後にバンダーが出現するという点が少し違う。

バンダーの出現位置によって対応を即時変更しなければならないので、その点が今回の訓練のポイントであるといえよう。

 

(東さんのことだからいきなりモールモッドの襲撃とバンダーの砲撃が同じタイミングって()()()()()ことはしないと思うけど、けっこうギリギリなことはしそう。これは3種のトリオン兵を時差で出現させて同時並行処理能力を鍛えるための訓練かも…?)

 

ツグミの考えているようにこれは「同時並行処理能力を鍛える」訓練で()あった。

バムスターは出現と同時に倒さなければ後々面倒になるから真っ先に倒さなければならず、モールモッドは出現位置によって本部基地到着の時間が変わる。

そしてバンダーという300メートルの射程距離を持つ「動く砲台」がどこに出現するかで優先順位が変わるものだから、「冷静に」そして「正確な」判断が重要となるのだ。

 

開始から15分後、バンダーが出現した。

位置は南西と北東でそれぞれ距離は500メートルで、射程距離に入るまでまだ200メートルある。

 

(トリオン兵の進撃スピードは分速100メートル。つまり2分後に射程距離に入るということ。それまでにモールモッドの処理は終わらせればなんとかなる)

 

ツグミがそんなことを考えていると、レイジのイーグレットの射撃音が聞こえてきた。

 

(バンダーの出現位置を500メートルにしたことで、その射程に入らないうちにモールモッドを撃つことができたということね。わたしの方もそろそろ…って来た!)

 

ツグミの視界にモールモッドが入り、1回目と同様に最短距離で向かって来るところを狙撃して処理完了。

後は蛇が鎌首をもたげているような様相のバンダーを撃つだけだが、こっちはまず砲撃をさせてそれを回避し、次の砲撃までの間に()を撃つしかない。

 

(射程距離ではこっちに分があるけど、()をこっちに向けさせないと撃つことができないって厄介なヤツよね…。ひとまず張り出しの上に乗って様子見だわ)

 

大きくジャンプして張り出しの上に登ったツグミはすぐにバンダーの姿を見付けた。

彼女が姿を出したおかげでバンダーは真っ直ぐに本部基地へと向かって来る。

その際に足元の民家を破壊しながら進撃して来るのだが、それを見ているうちに彼女の脳裏には第一次近界民(ネイバー)侵攻の悪夢が蘇ってきた。

 

「許せない…。わたしの大切なものを奪うヤツらは絶対に許さないんだから!」

 

バンダーの出現は南西・北東共に500メートルであったから、ツグミとレイジはほぼ同時に攻撃をして2匹のバンダーを沈めた。

これで現状のトリオン兵はゼロになったわけだが、まだあと3回トリオン兵が出現するタイミングがある。

問題となるのは次のバムスター・モールモッドと、その次のバンダーの出現位置と襲撃のタイミングである。

 

(一回目のバンダーを上手く処理できたんだから、東さんは次のバンダーを1回目の時よりも難しい位置に出現させるはず。下手するとモールモッドと同じタイミングにするかもしれない。だけど()()()可能性ゼロの無茶はしない。やり方によってはゲームクリアできる道を残しているはずだから、あの人の思考を読んでその裏をかくしかない)

 

 

開始から20分後、南西700メートル、北東600メートルの位置に(ゲート)が開いた。

つまり南西側のモールモッドは約7分後、北東側の個体は約6分後に本部基地に到着するということになる。

ツグミたちは余裕でバムスターを仕留めると、5分後に出現するバンダーの警戒をした。

 

(今のうちにいくつかのパターンを考えておかなきゃ。…まず可能性が高いのは北東側のバンダーの出現位置が400メートルとなるケース。これだとモールモッドとバンダーを同時に処理しなければならなくなる。そうなればわたしが援護に駆け付けてバンダーの砲撃の囮になって、その間にレイジさんがモールモッドをやっつけてからバンダーの次の砲撃の前に撃つ…しかない)

 

しかしその間に南西側ではバンダーが接近し、モールモッドが外壁を登って屋上に来てしまうというリスクを負うことになる。

ただしツグミには勝算があった。

 

(バンダーは恐れる必要はない。問題はモールモッドだけ。でもたぶんわたしなら大丈夫)

 

ツグミは他のケースについても考えていた。

 

(東さんの()()()も生存確率ゼロになるような鬼畜なことまではしない。必ず()()()()()助かる道を残しているはずで、それに気付くかどうかでこの訓練の成否が決まるようになっている。これまでの訓練ではレイジさんとわたしで分担を決めてそれぞれが個人で戦ったけど、今回の訓練は共闘するのが成功の鍵になると思う。だってボーダーの戦いは個人(ソロ)より部隊(チーム)の方が効果が出るんだもの)

 

 

開始から20分後、南西・北東共に400メートルの位置に(ゲート)が開いてバンダーが出現した。

この分だとツグミが考えていたように、北東側では1分後にモールモッドとバンダーの同時攻撃が起きる確率がほぼ100%となったわけで、彼女は躊躇せずにレイジのいる北東側に向かって全力疾走しながらレイジに通信を入れる。

 

[レイジさん、聞こえますか?]

 

[ああ、どうした、ツグミ?]

 

[これからわたしがそっちに向かいます。モールモッドの到着とバンダーの出現のタイミングが重なるはずなので、わたしがそっちへ行ってバンダーの囮になります。レイジさんはモールモッドの対処の後にバンダーにトドメを刺してください]

 

[南西側はどうするんだ?]

 

[こっちはモールモッドの到着が1分遅れになります。だからあえて登って来させて屋上の反対側で迎え撃ちます。南西側に現れるバンダーは標的(わたし)が見付からなければすぐには砲撃して来ないはず。北東側の隅にいるわたしたちは死角に入っていて見えないので、接近はするでしょうが砲撃はないとわたしは睨んでいます]

 

[だが…]

 

[でもこのままじゃレイジさんがモールモッドとバンダーの同時攻撃で殺られちゃう可能性が高いというなら、まずはそっちの問題を解決してから残った方を片付けるしかないでしょ? それにもうそっちに向かってますから]

 

ツグミは有無を言わせない勢いで捲し立て、通信が終わるか終わらないうちにレイジの姿を見付けて近寄った。

 

「レイジさん、わたしはこの張り出しの上に乗ってバンダーの砲撃を誘います。もちろん当たらないように砲撃の瞬間に飛び降りて隠れます。その間にレイジさんはモールモッドを倒し、わたしが再度囮になってバンダーの砲撃を誘うので、その直後にバンダーを撃ってください」

 

「しかしそれは非常に危険だぞ。それに俺が必ずしも一撃で倒せるとは限らないというのに…」

 

「ここで失敗しても死ぬわけじゃありません。このゲームに負けるだけで、次は必ず勝てば良いだけです。それにもう来ちゃったんですから、今更何を言っても遅いですよ」

 

ツグミの強引さと賢さを良く知っているレイジは苦笑するしかない。

 

「わかった。おまえの作戦に任せよう」

 

ツグミは無言で笑顔を返し、張り出しの上にジャンプした。

彼女の視線の先にはバンダーがいて、彼女の姿を見付けると彼女を標的(ターゲット)に定めたような素振りを見せる。

レイジは砲撃の影響を受けない位置にまで移動すると、そこでモールモッドが登って来るのを待った。

同時に南西側ではモールモッドとバンダーが接近していて、北東側の対応が遅れるとモールモッドの襲撃を受けて一巻の終わりである。

 

(つまり絶体絶命ってこと。わたしが考えた戦術だもの、わたしが成功させなきゃ!)

 

 

ツグミを射程に捉えたバンダーは口内の()からレーザー砲を放った。

もちろんツグミは当たらないように張り出しの下に飛び降り、張り出しを盾にして身を守る。

 

[ツグミ、モールモッドは殺った。悪いがもう一度囮役をやってくれ]

 

[了解です。じゃ、いきますよ]

 

ツグミが再び張り出しの上にジャンプしてバンダーの砲撃を誘い、その砲撃の直後にレイジが()を撃つことでバンダーを沈黙させたのだった。

 

しかし北東側のトリオン兵を片付けただけで、南西側はまだモールモッドとバンダーが残っている。

その上、モールモッドは外壁を登って来ており、ツグミは自分が想定している出現位置を睨んだ。

 

(ここからだと約400メートル。落ち着いて撃てば十分に勝算はある。これまでの訓練の成果がここで明らかになるんだ!)

 

膝射の構えで照準器(スコープ)を覗くツグミ。

直進して来る的だから焦らなければ対処するのはそう難しくない。

 

「来た!」

 

ツグミの想定どおりの場所に現れたモールモッドは彼女に向かって突進して来る。

その()を彼女のイーグレットの一撃が破壊し、モールモッドはそこで沈黙した。

モールモッドに接近されたらアウトであるが、屋上の対角の位置なら400メートル近く離れていて、接近戦しかできない敵を倒すのは()()と考えていたものだから、彼女はこの戦術を実行したのだった。

 

[レイジさん、次は南西側のバンダーです。お手伝いしてください]

 

[了解!]

 

ツグミとレイジは南西側の角に向かって疾走する。

ただし既にバンダーの射程に入っているため警戒は怠らない。

張り出しの陰に隠れるようにして近付き、さっきとは逆にレイジが囮になって砲撃を誘い、次の砲撃までの間にツグミが()を撃つ。

モールモッドがいない分、今回は楽であった。

 

「残るはバムスターとモールモッドだけです。たぶん次はもう凝った手は使わずに、いつもと同じパターンになるでしょう。次の出現まで3分弱、レイジさんはもう一度北東側に戻って()()()をお願いします。わたしはこっちをきれいに片付けますから」

 

「ああ、おまえの機転で助かった。たぶん東さんもおまえがどんな判断をするのかを試してみたくてこんなことをしたんだろう。東さんから良い評価がもらえるといいな」

 

「はい」

 

そんな会話を交わし、レイジは自分の役目を果たしに走って行った。

そして開始30分後、南西950メートル、北東700メートルの位置に(ゲート)が開き、バムスターとモールモッドが出現。

この距離はツグミとレイジの現状における最大射程で、30秒以内にバムスターを狙撃して倒してしまわなければ小型モールモッドが出て来て、制限時間の40分以内にトリオン兵を殲滅するというクリア条件を達成するのはほぼ不可能になる。

 

(最後まで気を抜かせないつもりなんだ…)

 

ツグミは張り出しの上にジャンプして、伏射の構えでバムスターの()を狙う。

この姿勢がもっとも安定して長距離射撃でも()()が起きないためだ。

 

(よし、捉えた! 3…2…1…発射(ファイア)!)

 

ツグミの弾はバムスターの()を撃ち抜き、巨大な体躯は轟音を立てて伏した。

続いてレイジも同様にバムスターを倒し、これで全クリまであと一歩となる。

そしてそれぞれがモールモッドを確実に倒し、全トリオン兵を殲滅するという条件をクリアして終了した。

とは言え南西側のモールモッドの出現位置が950メートル離れていたため、外壁を登って来る段階で残り時間が30秒を切っていてギリギリであったのでさすがのツグミも少々焦った。

ただしそれが東の最後の足掻きにも思えて、ツグミは失笑してしまったのだった。

 

 

 

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