ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
仮想戦闘モードを解除してタダの空間に戻った訓練室に換装を解いたツグミとレイジが入って来た。
ふたりを迎える東の顔は満足げである。
「ふたりとも良くやった。今回の訓練ではいつもと違うルールを取り入れ、時間にも厳しい制限を設けたにも関わらずミッションクリアした。特に2回目のバンダーの対処にはふたりが協力しなければクリアできない条件にしたが、霧科くんはとっさの判断で見事に切り抜けた。あそこがこの訓練の一番の難所だったからな」
するとツグミは照れながら答えた。
「東さんのことだから絶対に不可能な条件の設定をするはずがなく、レイジさんとふたりで一緒にやっているんですから共闘することでクリアできるんじゃないかって気付いたんです。1分毎のタイムスケジュールを頭の中に浮かべ、トリオン兵の出現位置と本部基地に接近する時間を考慮して、その結果北東側でモールモッドとバンダーの同時攻撃があると判断しました。バンダーは一度砲撃させて、次の砲撃までの短い間に撃たなければならないという
「うん、トリオン兵の特徴を把握した良い戦術だ。これなら次はもっと難しい設定でもいいかも知れないな」
「はい、ルールが難しいものであるほどクリアした時の達成感は増しますからどんと来いです」
「よし、覚悟しておけ」
東はそう言ってツグミの頭を軽く撫でた。
続いてレイジに言う。
「木崎くんもこの短期間での上達には目を見張るものがある。動く的で700メートルを撃つことができるようになったのだから、次は距離を伸ばすか、もしくは動きの激しいものを的にするか…」
「いえ、俺はまだまだです。もう少し基本の訓練を繰り返し、自信が持てるようになったら次のステップに進みたいと思います。もしそれでツグミの訓練が遅れるなら、俺のことは放っておいて先に進んでかまいませんから」
積極的なツグミに比べてレイジは慎重に進めたいらしい。
東も初めからふたりの「違い」を理解していたから、このレイジの申し出は当然だとわかっている。
「わかった。今後は合同訓練の回数を減らし、個々のレベルに応じた訓練を増やそう」
東はそう言うが、合同練習なら1回で済むことが個別にやるとなれば回数が倍になる。
つまり東の負担が増えるということだ。
「待ってください、東さん。そうなるとあなたの負担が増えてしまうじゃないですか。わたしもレイジさんと同じ訓練でかまいません。基本はやればやっただけ身に付きますから」
ツグミが東に訴えると、彼は首を横に振った。
「霧科くん、俺のことは心配しなくていい。きみたちはまだ3学期の途中だろうが、俺はもう春休みに入ったから時間は十分ある。それに巡回任務に就ける正隊員の数が増えたことでローテーションもだいぶ楽になったしな。それぞれの個別訓練ができるくらい余裕はあるんだぞ」
「それなら…遠慮なくガンガン進めてもらいます」
ツグミの子供らしからぬ気配りは嬉しいものの、今はそれよりも彼女の向上心と成長の芽を潰さないようにするためには彼女のやりたいようにさせるのがベストだと考えている東。
よって自分に時間の余裕ができたのだから、今はその時間を弟子たちの育成に費やすのは当然だということなのだ。
「よし、20分の休憩後に訓練を再開する」
◆
後半の訓練はツグミとレイジにとって想定外のものであった。
「これからきみたちにやってもらう訓練はこれまでと一部ルールを変更する。木崎くんはイーグレットを使用して、霧科くんは正規のトリガー、つまりイーグレットは使わずに弧月と
「俺に異論はありません」
「わたしもです。師匠なら弟子の戦力の把握は必要ですからね」
「よし、では戦闘フィールドはこれまでと同様だが、
ツグミとレイジは本部基地屋上に転送され、その直後に
場所は北西約400メートルの位置で、バムスターとモールモッドが1匹ずつ。
そして東約350メートルの
この初期位置であれば、まずレイジがバムスターを撃ち、4分後に外壁を登って来るところを撃つ。
バンダーはツグミが接近して対処する…という動きがベストだと思われる。
ただしこれがこれから先の戦いにとってベストであるとは限らない。
ツグミが東側にいる間に西側に新たな
かといって本部基地周辺で戦うとなれば、屋上のレイジはバンダーの砲撃に注意しながら狙撃をしなければならなくなる。
(わたしの近・中距離と、レイジさんの遠距離攻撃をどう組み合わせて戦うかを東さんは知りたがっている。だからどちらかが楽でもう片方に負担がかかるようなことはしないだろう。上手く役割分担をして、これまでの
ツグミは東の思考を読み、バンダーの対処のために本部基地外壁を斜めに走りながら地上に下りた。
[レイジさんは北西側をお願いします。わたしはまず東側に現れたバンダーを倒しに行き、その後は東さんの
[了解した。俺の援護が必要な時には頼れよ]
[はい。それを計算に入れて動きますから]
ツグミはレイジと短い会話を交わし、鎌首をもたげているバンダーに向かって全速力で走って行く。
(この仮想トリオン兵はひたすら本部基地に近付こうとするけど、
建物の陰に隠れながらバンダーに近付き、同時に攻撃をしやすい場所を探すツグミ。
その間にレイジがバムスターを撃破し、モールモッドが接近している。
さらに西約650メートルにバムスターとモールモッドが1匹ずつ出現した。
(まだレイジさんひとりで十分対処できる範囲ね…。こっちもさっさと片付けなきゃ)
ツグミは本部基地に一直線で進んで行くバンダーの前に飛び出した。
するとバンダーは彼女を
彼女のいる場所は住宅街の中の道幅が約5メートルの十字路の中央で、正面にバンダーが道を塞いでいて、左前方の角には民家のコンクリート製車庫がある。
その車庫の陰に隠れれば直撃は避けられるものの、戦闘体にダメージを受けてしまうだろう。
右側には隠れる場所はなく、彼女とバンダーの距離はわずか20メートルだ。
ボーダー隊員であっても砲撃準備体勢に入ったバンダーの前に立つのは躊躇うものだが、実戦で経験済みの彼女にとって仮想トリオン兵など敵ではない。
それに彼女にとってもっとも都合の良い場所で対峙したのだから自信満々なのである。
(…今だ!)
バンダーの口が最大に開いて不気味な光が
12月の新本部基地完成からずっと
「よし! まずは1匹! 次はどこ!?」
ツグミがバンダーを倒した様子を東は興味深げに見ており、彼女のすぐ近くに新たな
位置は彼女のいる住宅地の南東100メートル地点で、バムスターとモールモッドが1匹ずつ出現する。
(こんな近くに!? レイジさんは北西側と西側のモールモッドで手がいっぱいのはず。だったらわたしひとりでここは抑えるしかない)
ツグミは二階建ての民家の屋根の上にジャンプし、そのまま屋根伝いに南東の敵に向かって行った。
その頃、レイジは2匹のモールモッドを倒し、新たな
(おかしい…。東さんは
それなのにそれぞれが担当して各個撃破した方がはるかに効率が良い場所にトリオン兵を出現させているように思えるのだ。
だからこれまでふたりは別々にトリオン兵を沈めてきた。
しかしこのままでは東の見たいはずの「
レイジが不審に思うのは当然だ。
(だいたいツグミはひとりでも対応できる。あいつは先の大侵攻でも俺たちとはぐれた際に弧月と
レイジがそんなことを考えている頃、ツグミも同じようなことを考えていた。
(東さんの思考が読めない。本部基地を中心にして真逆とまでいえるほど離れた場所にトリオン兵を出現させては別々に対処することになって連携を見ることはできないというのに。何をしようというんだろ…? 普通ならわたしの周囲にトリオン兵が群がって対応できない状態にところをレイジさんがイーグレットで援護して…あっ!)
そこでツグミはあることに気が付いた。
(もしかしたら東さんはわたしがトリオン兵に囲まれる
ツグミは南東に現れたバムスターとモールモッドの前までやって来たが、それを倒さずに背を向けた。
そして全速力で本部基地の方へ走って行く。
ここでバムスターをすぐに倒さなければ小型モールモッドが3匹出現してしまう。
だからこれまでは最優先でバムスターを倒してきたのだが、ここはあえてトリオン兵に囲まれる状況を作るために「逃げる」という戦術を彼女は選んだのだった。
ツグミがバムスターを無視して逃げている間に小型モールモッドが現れ、バムスター、モールモッド、小型モールモッド3匹と全部で5匹のトリオン兵に追われる形となってしまった。
そこにレイジの通信が入る。
[ツグミ、どうしたんだ? 何かあったのか?]
ツグミがバムスターを倒さずトリオン兵の反応の数が増えたことで彼女に何かトラブルが発生したのかとレイジは考えたのだ。
[こっちは順調です。レイジさん、お願いがあります。そっちでバムスターが出現したら撃たないで本部基地に接近させてください]
[なぜだ?]
[これからわたしはこっちのトリオン兵を引き連れて本部基地に戻ります。トリオン兵は一番近い場所にいる敵に反応して向かって来るんです。わたしが本部基地の近くの空き地にいれば外壁を登ろうとするモールモッドはいません。地上にいるわたしを倒そうとして群がって来るでしょうから、そこをレイジさんが援護射撃するってことでよろしくお願いします]
そこでレイジもツグミの言っている意味がわかり、同時に東の意図が読めた。
[わかった。こっちはバンダーと外壁を登って来るモールモッドだけを始末して、おまえが戻って来るのを待つ]
そこで通信を切り、ツグミは真っ直ぐに本部基地を目指して走り続けた。
そんなツグミとレイジのやり取りを見守っていた東はニヤリとほくそ笑む。
(霧科は気付いたようだな…。このまま二方向で個別撃破をしていては連携を見ることはできない。よって霧科は自分がトリオン兵を
レイジがバンダーを倒すと東側200メートル地点に新たな
ツグミに言われたようにバムスターを放置しておくと体内から小型モールモッドが3匹ぞろぞろと出て来た。
この小型モールモッドが外壁を登って来ると面倒なことになるが、ツグミはそれらのトリオン兵をも引き連れて本部基地へと戻って行く。
彼女が本部基地に到着した段階で生存しているトリオン兵はバムスター2匹、モールモッド2匹、小型モールモッド6匹。
バムスターを2匹生かしているために新たな
しかしゴキブリ等の節足動物が大の苦手のツグミにとってモールモッドに囲まれるのは地獄のような展開であるが、それでも実戦のつもりで殲滅するしかないのだ。
[レイジさん、聞こえますか?]
ツグミはレイジに通信を入れる。
[小型モールモッドは動きが早いのでわたしがやります。レイジさんは
[わかった]
[じゃ、行きます!]
東の目的が「連携が見たい」であり、それをツグミとレイジのふたりで「見せる」ことがクリア条件だとわかれば、そこで勝ちは見えたも同然である。
屋上からレイジがバムスターの頭部をイーグレットで狙撃し、ツグミに向けられていた注意を逸らす。
その間にツグミはメイントリガーの弧月とサブトリガーの
弧月を両手で握っていても
いくら小型モールモッドの動きが敏捷であっても、
その間に3匹の小型モールモッドを一刀両断にした。
残るはバムスター2匹、モールモッド2匹と 小型モールモッドが3匹で、この状態でも新たな
そうツグミは判断したが、実際にそのとおりであった。
当時の仮想戦闘システムは実用化されたもののトリオンと容量不足で、同時に大型トリオン兵を多数出すことは不可能だったのだ。
レイジはバムスターを「生かさず殺さず」の状態にし、ツグミに危害を加えないように上手い具合に場所を移動させて行った。
これでツグミの敵は無傷のモールモッド2匹と軽微なダメージを受けた小型モールモッドが3匹ずつとなり、本部基地のすぐ近くの路地に誘い込んだ。
路地の幅は約2メートルで、身体の幅が1メートルにも満たない小型モールモッドなら十分に通れるが、ノーマルタイプは通ることがギリギリであるから小型モールモッド3匹が先に、そしてその後ろにノーマルタイプのモールモッドが1匹ずつ縦に並んで周囲を頑丈なコンクリートブロックを壊しながら追いかけて来る。
これがバムスターであれば周囲の建物を押しつぶして道幅を広げながら楽々追いかけて来るだろうが、モールモッドではそうもいかないようだ。
こうして目の前の敵の数を減らして戦うのは戦闘の定石で、幅の狭い路地であるから弧月ではなく
「死ね!」
ツグミの節足動物に対する憎悪は半端ないものだから、3匹の小型モールモッドは蜂の巣にされて動かなくなってしまった。
残るはモールモッド2匹で、こちらは
動かなくなった
そんなモールモッドの様子をツグミは民家の屋根の上にジャンプしてしている見物する。
「無様ね…」
ツグミの声が聞こえたからか、モールモッドは頭部を持ち上げて上を向き
しかし
そこをツグミはまるごとひとつの
[レイジさん、こっちは全部片付けました。バムスターの処理をお願いします]
レイジに通信を入れると、ツグミは本部基地へと戻ることにした。
残り時間はあと5分弱。
レイジがバムスター2匹を倒せば新たな
しかし目の前のトリオン兵を放置することはできず、何もできずにウロウロしているだけのバムスターを狙撃して現状のトリオン兵をゼロにした。
そして東はこれ以上の戦闘は不要だと判断したようで新たな
◆
訓練後、東による講評が行われた。
やはり東に「連携を見せる」ことがクリア条件であり、あえてそのことを言わずに気付くかどうかを彼は試していたのだった。
「霧科くんがトリオン兵を誘い出して木崎くんとの連携が可能な場所で戦うことに気付いたのは名案だが、それよりもバムスターを倒さずにいると新たな
ツグミの
ならば百点の正解は何なのか訊くと「それは自分で考えること」とだけ言って教えてはくれない。
次の訓練までに答えを見付けてそれが正解であったなら、今回の訓練を百点と認めてくれるということになり、その日はそれで解散となったのだった。