ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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185話

 

 

東はツグミたちと別れた後、その足で本部長室にいる忍田に会いに行った。

もちろん訓練の結果報告であるが、ひとつの()()をするためでもある。

書類の束を難しい顔で処理していた忍田だったが「東の来訪=ツグミの話を聞ける」なので、東の顔を見るととたんに笑顔になる。

この頃の東はまだ忍田とツグミの関係を知らずにいたから、単に目をかけている隊員の訓練結果を聞けるのを楽しみにしているのだろうというくらいに考えていて、彼も自然と表情を和らげた。

 

「訓練は終わったのか?」

 

「はい。今日もなかなか面白いものを見せてもらいましたよ」

 

「そうか。まあ、そこに座れ。コーヒーでいいか?」

 

「はい」

 

忍田は窓際に置いてあるテーブル上のコーヒーサーバーからコーヒーを2杯注ぐと、カップをふたつ手にして応接用ソファへと向かう。

そして東にカップをひとつ手渡し、向かい側のソファに腰掛けた。

 

「それで今日の成果は?」

 

「前半はトリオン兵をいかに効率良く殲滅するかという訓練でしたが、いつもとは少し状況を変えてふたりの対応を見てみようと思いましてね、ちょっと意地の悪いことをしてみたんですよ」

 

東はそう言ってモールモッドが本部基地の外壁を登って来るタイミングとバンダーが射程に入るタイミングを同時にし、ツグミとレイジが連携しなければならない状況を作ったことを説明した。

 

「これまでの訓練ではそれぞれが自分の目の前のトリオン兵を確実に倒すことでクリアしていた訓練ですが、今回は木崎くんの危機に霧科くんがどのような援護に入るかが重要となります。木崎くんの援護に向かえば自分の受け持つモールモッドが屋上に登って来てしまう状況で、彼女はどうしたと思いますか?」

 

忍田は少し考えてから答えた。

 

「あの子の性格だと、まず木崎の援護のために走っただろうな。この訓練では制限時間内にトリオン兵を殲滅するのが目的だから、ひとりが緊急脱出(ベイルアウト)したとしてもそこでおしまいではない。だから木崎を見捨てて自分の役目を全うするという方法もある。しかしあの子はふたりとも無事で、且つトリオン兵を殲滅する道を選ぶに決まっている。それがかなり危険な橋を渡るようなことになってもな」

 

すると東がニヤニヤしながら言う。

 

「忍田さんは霧科くんのことを良く理解しているようですね。正解です。俺はわざと木崎くんの側でバンダーとモールモッドの襲撃のタイミングが同時になるようにし、さらに1分後に彼女の側でも同じパターンになるように設定していました。そこでまず彼女は自分が囮となって木崎くんの側のバンダーとモールモッドを沈め、屋上の対角に登って来たモールモッドを自ら狙撃して活動を止めました。モールモッドが屋上に来てしまえばイーグレットしか持たないふたりはおしまいだと思われますが、本部基地の屋上は広い。対角の距離は約400メートルありますから十分に狙撃手(スナイパー)の有効射程です。ここでモールモッドを仕留めてしまえば後は簡単です。これまでよりも難易度を上げてみたのですが見事にクリアされてしまいました」

 

ツグミが東の出す()()を次々にこなしていく姿をボーダー本部長として、また父親として嬉しく思っている。

子供の頃は誰しも毎日はっきりとわかるほど成長していくものだが、彼女はそれが他の子供に比べて顕著であった。

喜ばしいことではあるが、これで彼女が子供でいられる時期がますます短くなっていくと思うと複雑な気分にもなる。

 

「霧科くんは賢い子です。訓練の際には必要最低限の情報しか与えず、その中で自ら考えて動く。今日の訓練では初めてバンダーを登場させたのですが、砲撃では本部基地の建物はノーダメージであることと射程距離が300だということだけ教えました。しかし彼女はバンダーの弱点を自分で見付けました。バンダーは標的(ターゲット)を目視して初めて攻撃態勢に入ることと、屋上の対角になる場所は死角になって砲撃は受けないという2点です。さらにバンダーの位置と自分の位置を計算に入れ、砲台用の張り出し部分に身を隠すことで砲撃を避け、その直後のタイミングで弱点の()を撃つ。少々勇気が要りますが、タイミングさえ間違わなければ難しいことではありません」

 

東は続けた。

 

「これまでの訓練では出現したらできるだけ早いうちにバムスターを倒してしまわなければ後々小型モールモッドが面倒な存在になるということを()()()()してきたのですが、後半の訓練ではあえてバムスターを生存させるという戦術に出ました」

 

それを聞いた忍田が身を乗り出した。

 

「後半の訓練の方が興味深いものだったようだな? 早く話してくれ」

 

「はいはい、わかっています。後半の訓練では木崎くんにはイーグレットを使用してもらい、霧科くんはイーグレットは使わずに弧月と通常弾(アステロイド)で戦ってもらうことにしました。これは攻撃手(アタッカー)射手(シューター)狙撃手(スナイパー)の連携をどうするか見てみたいためであると教えただけで、特にクリア条件は言いませんでした。そこで木崎くんの側にバムスターとモールモッドを、霧科くんの側にはバンダーをそれぞれ1匹ずつ出したところ、木崎くんは普通にまずバムスターを撃ち、モールモッドは本部基地に接近するまで待つという普段どおりの攻撃をします。霧科くんはバンダーが接近するのを待つよりも自ら接近して戦うことを選び、本部基地を離れました。俺は彼女が弧月を使う姿を初めて見ましたが、さすがは忍田さんの愛弟子ですね。見事な太刀筋でしたよ。そこで俺は彼女の近くに(ゲート)を開き、バムスターとモールモッドを出現させました。そこで彼女は考えたようです。木崎くんと彼女をバラバラにしているこの状況では『連携』を見せることができない、と」

 

「……」

 

「そしてもうひとつ重要なポイントに気付いたのです。バムスターとバンダーという大型トリオン兵は同時に2匹までしか出て来ない、ということを。ご存知のとおりあの訓練場で市街地を再現するとそれだけでかなりの量のトリオンを消費し、さらに大型トリオン兵となれば2匹で容量がいっぱいとなる。よって2匹を生存させていれば新たなトリオン兵の出現はないと判断したわけです。これまでバムスターは最優先で撃破していたものですから次々に新しいトリオン兵を出すことができましたから、トリオンの消費量や容量のことに気付かせませんでした。しかしこのカラクリを見破られてしまい、面倒な小型モールモッドを出させてしまってでも生存させようと考えました。そしてこの訓練での基本中の基本である『トリオン兵は最も近い場所にいる標的(ターゲット)に対して最優先で攻撃をする』も教えてはいませんでしたが、彼女は自分で気付いたようです」

 

「何度も経験しているうちに仮想トリオン兵の()()が見えてきたということか」

 

「でしょうね。俺が言わなくても自分で気付くという点が彼女の優秀さです。木崎くんも気付いてはいるのですが、それが戦術に活かすことができていないというか…彼女の方が先に気付いて木崎くんに指示するという流れになってしまいます。なにしろ彼女は自分と木崎くんの双方の敵がどのように動いてどのタイミングで攻めて来るのかを頭の中でタイムスケジュールを組み立てているんですよ。トリオン兵の進撃スピードをすべて分速100メートルに統一して計算しやすくはしていますが、同時にいくつものトリオン兵の行動を把握して動くことのできる能力は非常に有用です。彼女には同時並行処理能力の才能がありますよ。それを伸ばすべきです」

 

「同時並行処理能力か…。たしかにあの歳でいくつもの仕事を同時に且つ完璧にやるのだから才能があるというのは間違いないだろう。しかし普段から当たり前のようにやっていることだからな。あの子の趣味は料理をすることで、毎日家族の食事を作るのはあの子の役目なんだが、効率が良いというか無駄がないというか…とにかく仕事が上手いんだよ」

 

「はあ…」

 

「いくつもの料理を作る際にそれぞれの手順と作業時間を頭の中に思い浮かべ、時間のかかるものから順に作業を始める。そして煮込みと焼き物といった同時にできる作業は並行して行い、最終的に全部がほぼ同時に出来上がるんだ。おまけにわた…いや彼女の叔父が帰宅時間を前もって言っておくとその時間に合わせて出来立ての料理を出してくれるそうだ。帰宅時間から逆算して作業を始めるらしい」

 

「それは凄いですね…。12歳の少女とは思えないですよ」

 

「ああ。だからその才能を活かすためにも私立の進学校の受験をさせようとしたらしいのだが、本人は中学は義務教育だからどこでも行けばいい。もっと勉強するならレベルの高い高校へ行くから、あと3年間はボーダーに専念したいのだとさ。今は与えた分だけ吸収する時期だから、勉強だろうがボーダー活動であろうが本人のやりたいようにさせるしかなかろう」

 

「そうかもしれませんね。しかしそれにしてもあなたは霧科くんのことを娘のように可愛がっているんですね。彼女のことも良く知っているようですし」

 

東にそう言われて忍田はドキッとした。

さっきもうっかり「私」と言いかけてしまい焦った彼はどう繕おうかと考えた。

 

「娘? それはそうかもしれない。なにしろあの子が7歳の時から剣術を教え、ボーダーに入隊してからは私だけでなく城戸さんや林藤も彼女や隊員たちを自分の子供のように慈しんできたからな。特にあの子には木崎ら他の隊員たちよりも長い時間接しているから、つい特別扱いしてしまいたくなるんだ」

 

「なるほど、そういえばそうですよね。彼女も旧ボーダーのメンバーのことを家族だと言っていますから、あなたが彼女の父親でなくてもそれに近い存在だと思っているんでしょう」

 

「あ、ああ…」

 

「ではボーダーでの父親であるあなたに彼女のことでひとつお願いがあります」

 

「ん? 何だ、言ってみろ?」

 

「これからの防衛隊員の組織についてです。現在はまだ人員が少ないですから防衛任務の度に仮の部隊を作るという形でやっていますよね。ですがこれから人員が増えていけば恒常的な部隊を作ることになります。そこで俺は自分の部隊を作りたいと考え、そのメンバーに彼女を加えたいと思うんです。もちろん彼女の意思を最優先しますけど」

 

東の言うように現状では市内巡回等の防衛任務の際にはレイジを隊長とした「木崎隊」と東を隊長とした「東隊」という仮部隊を作り、その都度メンバーを組み合わせている。

レイジは旧ボーダーからの経験者であり、東は一番の年長者であるからという理由で隊長をやっているわけだが、それも仮部隊であるから仮の隊長でしかない。

しかしふたりとも隊長として相応しい人物であるから、隊員の数が増えて恒常的な部隊を作ることになれば彼らはそのまま正式な隊長となるはずで、そうなった場合に備えて優秀な隊員、つまりツグミを囲い込もうというわけなのだ。

 

「それは本人さえよければ何の問題もない。むしろ歓迎すべき話だ。もちろん木崎に不満があるわけではない。ただ私はあの子にもっと広い世界を見てもらいたいと願っているから、昔の仲間たちとばかり親密に関わっているより良いのではないかと思うだけなのだが」

 

「俺は自分が指導者として相応しい人間であるか不安でしたが、彼女が『わたしが認めた師匠なんですから大丈夫。わたしの人を見る目は確かです』と言ってくれたことが嬉しくて、自信の回復に繋がりました。たぶん俺もまだ学ぶことがたくさんあり、彼女と共にいることで俺自身も成長できるような気がします。だから彼女が欲しいんです」

 

「わかった。その話は私の方からあの子に話しておこう。もっとも部隊の編成はもう少し先になるだろうが、それまであの子を一人前の狙撃手(スナイパー)に育て上げてやってくれ」

 

「いや、()()()()()もう十分に狙撃手(スナイパー)としてやっていけますよ。彼女は『2月末までには撃てるようになる』とハードルを上げていましたが、それもクリアしてしまいそうです。残るは狙撃手(スナイパー)の基本中の基本を学ぶだけです。たぶん彼女にとって一番苦労するんじゃないでしょうかね」

 

ツグミは数日後に東の言う「狙撃手(スナイパー)の基本中の基本」を教えられるのだが、これまでの訓練の中で一番難しいものとなる。

 

 

◆◆◆

 

 

その日の訓練はレイジがおらず東とツグミのふたりきりの予定であったのだが、訓練開始直前となって東が忍田の呼び出しを受けたということで、急遽ツグミはひとりで東から与えられた課題を行うことになった。

 

[俺は用事を済ませてすぐに戻って来る。何時になるかわからないが、俺が戻るまできみは出現したトリオン兵をひたすら撃つだけだ。俺がいない間は自動的に(ゲート)が開いてトリオン兵が出て来るようにしてある。今回はいつもとちょっと様子が違うものになっているが、やることは一緒だ]

 

東はそう言って通信を切った。

 

(たしかにいつもとは様子が違うわよね…)

 

ツグミが転送された先はいつもの「空き地A」ではなく、なだらかな丘が続くのどかな田園風景が見渡す限り広がっていて、遠くに雪を被った山々が見える。

そして彼女がいるのはどこかの牧場の母屋の屋根の上である。

 

(三門市にはありえない風景だけど、たまにはこんなのも良いかも。さて、どこから来ても大丈夫なように全方位見える一番高いところで待機ね)

 

この建物は「マンサード屋根」といわれる特徴のある形の屋根をしている。

いわゆる「腰折れ屋根」で屋根の勾配の上部が緩く下部が急な2段になっているもので、雪が積もりにくいという利点があるため北海道など積雪の多い地方で良く見られるものである。

その屋根の上に転送されたのだが、周囲は身を隠すようなものはまったくないため、トリオン兵が出現すれば背の低いモールモッドであっても狙撃はそう難しくない。

 

(それにしても何で東さんはこんな非現実的なステージを選んだんだろ? たぶんこれはわたし向けの特別なものだと思う。何か意味があるんだろうけど、推理するには()()が足りない。とにかくそんなことを考えるよりいつトリオン兵が現れても良いように待機しなきゃ)

 

ツグミは棟 ── 屋根の屋根の頂上にある水平な部位 ── に腰を掛けてイーグレットを起動すると遥か遠くに見える山の稜線をぼんやりと見つめた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

いつもなら開始すぐにバムスターやモールモッドが姿を現すのだが、この日に限って5分経っても10分経っても(ゲート)が開くことはない。

 

「……」

 

「……」

 

「暇だ…」

 

20分経過してもまだ何の変化もない。

晴れ渡った青空の下、爽やかな風が吹くのどかな田園風景はいつまで経っても戦場になる気配はない。

ツグミは少々苛立ち始めた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

30分経っても何も起きないものだから、ツグミはとうとう我慢できなくなって立ち上がった。

 

「あー、もう絶対におかしい! 故障してるんじゃないの!?」

 

そう叫ぶと何もしないまま自ら緊急脱出(ベイルアウト)して訓練室を出てしまったのだった。

 

 

 

 

ツグミが仮想フィールドに転送されてからずっと東は管制室にいて、彼女の一挙一動をつぶさに見守っていた。

忍田の呼び出し云々は嘘で、彼女をひとりきりにするための方便であったのだ。

そしてツグミがイライラしながら緊急脱出(ベイルアウト)したところもしっかりと見ており、大きくため息をついた。

 

「ハァ…30分が限界か…」

 

東はこうなることを想定していたものの、自分の想像が良い意味で裏切られることを期待していた。

しかしこれまでのツグミの性格と行動パターンから推測されるとおりの結果が出た。

 

(技術的には十分に狙撃手(スナイパー)としてやっていけるだけのレベルに達したものの足りない部分はまだある。狙撃手(スナイパー)としての必須スキルは敵に見付からないように射程まで近付くことや、マップや地形を見てアクセスルートや潜む場所を見付けることなどいくつかあるのだが、その中でも技術と同じくらい重要なのは忍耐力。狙撃手(スナイパー)は対象が現れるまで身を潜めて待つのが基本で焦りは禁物だ)

 

ところが30分で耐えられなくなってしまったものだから、東はこれでは「お墨付き」を与えることはできないと判断。

緊急脱出(ベイルアウト)先である作戦室に足を向けた。

東がツグミを見付けたのは、彼女が作戦室から廊下に出たタイミングであった。

ツグミは東の顔を見るなり駆け寄って来て子供っぽい怒りを彼にぶつける。

 

「東さん、今日の訓練は何なんですか!? 30分待ってもトリオン兵が1匹も出て来ません。システムの故障ですか? それともトリオンが足りなくてモールモッドすら出せないとか? あれじゃ時間の無駄です。わたしは訓練のために来ているのであって、景色の良いところで日向ぼっこをするためじゃないんです!」

 

すると東は険しい顔で彼女を諌めた。

 

「霧科くん、今日の訓練は不合格だ。俺は時間制限があるとは言っていないし、勝手に訓練を終了しても良いとは言っていない。『俺が戻るまで出現したトリオン兵をひたすら撃つ』という課題だったはずだが、覚えていないのか?」

 

「いいえ、覚えています。ですがトリオン兵が出て来なければ撃ちようがありません」

 

()()()30分で音を上げたとは情けない。それでは狙撃手(スナイパー)としての資質、忍耐力に欠けているという証拠だな」

 

「…!」

 

狙撃手(スナイパー)のスキルの中でも忍耐力は狙撃技術と同じくらい重要だ。狙撃手(スナイパー)は対象が現れるまで辛抱強く身を潜めて待つのが基本。その対象が30分で現れるとは限らない。1時間や2時間、いや半日とか一日待っても姿を見せないことだってありうるんだ。今回の訓練はきみがどれくらいの長時間待つことができるかを計るためのもので、30分しか待てないのであれば不合格としか言いようがない」

 

するとツグミは嫌味なことを言う。

 

()()じゃなくて()()なんじゃありませんか? …まあたしかにわたしは東さんの策に嵌められてしまったわけですけど、でもこれで前回の訓練でクリア条件は果たしたのに百点満点ではないと言ったあなたの答えがわかりました」

 

「それで?」

 

「わたしは武器(トリガー)が弧月と通常弾(アステロイド)しか使えないものですから、バンダーが出現したことで深く考えずに突撃してしまいました。わたしはトリオン兵を見付けると真っ先に倒してしまわなければならない。そうしないと街が破壊されてしまうから、そうならないうちに倒さなければと躍起になってしまう癖があるようです。状況によってはそれも必要ですが、ケースは様々ですからその時に応じて積極的に攻めるべきか、もしくは様子を見てから行動を開始するか考えなければいけないとわかったんです。前回の訓練ではバンダーが本部基地の東約350メートル地点に現れたわけですが、射程内に入るまで少々時間はありました。それに姿を見せなければ砲撃はしてこないんですから、死角に隠れて様子見をするということもできたわけです。わざわざ遠くまで行ってトリオン兵をゾロゾロ引き連れて戻って来る必要はなく、近付いて来たバンダーをもっと本部基地に近い適当な場所で撃破し、続いて出て来るバムスターとモールモッドを引き寄せればもっと効率良く戦うことができたと今になって思います」

 

東は表情を一変させた。

彼が口で言って教えてしまうことは簡単である。

しかし本人に自ら気付かせることの方が大切だと考え、ツグミは彼の期待に応えて自分自身で答えを見付けることができたのだ。

 

「正解だ。よって前回の訓練を改めて合格とする。だが今日の訓練では『ひたすら待つ』というのがクリア条件であったから不合格にするしかない。いちおう1時間待つことができたら合格にしようと思っていたのだが、さすがに30分しか待てないのではダメだな」

 

「はい…」

 

「たしかにいつ襲撃されるかわからない状態で待ち続けるのは難しい。今回のように360度どこから現れてもおかしくない状況で、おまけに隠れるところもない。いつもと環境が違うというだけでストレスは溜まるし、ゴールが見えない状態でマラソンをするようなものだから不安でもある。しかし実戦でそういう状況にならないとは言い切れないのだから、狙撃手(スナイパー)として一人前になりたかったらまず『じっと待つ』ことができるようになろう」

 

「わかりました。今回の訓練で東さんの意図が読めなくてイライラしてしまったものですから、つい冷静さを失ってしまいました。それが()()です。…ですが辛抱強く待つことができるようになるための訓練って何をするんですか? 今回の訓練はネタバレしてしまいましたから、もう同じ手は使えませんよ」

 

すると東は微笑みながらツグミの頭に手を置いて言う。

 

「今のきみは待つことの重要さに気付いたのだから、むやみに突撃するようなことはなくなるだろう。そもそも忍耐力を鍛えるといっても具体的に何かをするというものではない。日々の暮らしの中で自然と培っていくものだから、意識して行動するだけで随分と変わるはずだ」

 

「そういうものなんですか…。どうしたらいいのかわかりませんが頑張ってみます!」

 

ツグミが気合を入れて答えると、東は苦笑した。

 

「焦りは禁物だぞ。焦りは挫折しか生み出さない。一歩一歩じっくり足場を踏み固めるように物事に取り組んで行こう」

 

「はい、わかりました」

 

こうしてツグミは一人前の狙撃手(スナイパー)に一歩近付いた。

 

 

 

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