ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
狙撃の基本をマスターしたということで、ツグミは本格的に東から戦術について学ぶことになった。
彼女が実年齢以上に賢くて本人にやる気があるのだから、大人たちはその才能を伸ばしてやりたいと思うのは当然である。
もちろん戦闘訓練や防衛任務の時間を減らすことはできず、彼女のプライベートタイムを削ることになるのだが本人はまったく気にしていない。
むしろ知的好奇心を満たす機会を得られたことで、週一の「東塾」が彼女にとっての最大の楽しみとなった。
すでにオペレーターの月見が東に師事して戦術を学んでいたので、その弟子のひとりに加えてもらうこととなる。
高校生の月見のレベルに途中から参加して付いて行けるものかと不安視されたが、それは東の杞憂に終わることとなった。
干からびた大地に水を撒くようなもので、いくらでも与えれば与えた分すべて吸収するものだからキリがないので東も困惑してしまう。
ここで太刀川のように本来優先すべき学業を放ったらかしにしてボーダー活動にのめり込むようであれば厳重注意の後に出禁を言い渡すこともできるのだが、ツグミの場合は学校での勉強は申し分なく、さらに防衛任務や訓練も手を抜くこともないのだからまったく問題ない。
それを周囲の人間は驚くが、本人はそれを不思議がるだけ。
すべての人間に対して平等に1日24時間が与えられているものの、それを効率良く使うことができるかどうかは本人の裁量に委ねられていて、彼女はそれが得意なだけなのだ。
ツグミはこれまで忍田や最上といった戦闘の技術に優れた大人たちの中で育ってきたのだが、東のように豊富な知識とそれをわかりやすく伝えることのできる話術を持った人間に出会ったのは初めてであった。
剣術を教える場合、言葉よりも実際にやって見せて覚えさせるという方法が多いから自然と言葉は少なくなるのは仕方がない。
そして東の講義を聴いていて「人に理解してもらうためには言葉が重要である」ということを再認識し、ツグミは「言葉は剣以上に強力な武器となる」ことを確信した。
この日のテーマは「軍事地理学」で、東はいくつかの有名な戦争の例を挙げて、戦闘において戦場の地理的環境を理解することの重要さの講義を行った。
戦場の地形、気候、天気、時刻等は戦闘において重要なファクターであり、それを上手く利用することで戦闘を有利に運ぶことができるものだ。
のちに行われるB級ランク戦において、マップの選択権のある
戦術学では学習者を部隊の指揮官という想定で課題を出すことが多く、戦術目標達成のためには「どのエリアで戦闘を行えば自軍に有利か?」「敵はどのような戦闘行動に出るのか?」「現状で自軍の戦力をどのように配置するべきか?」「敵をどのように攻撃するべきか?」「圧倒的劣勢において退却と防御のどちらを選択するべきか?」といった内容について答えを理論的に導き出すよう求められる。
月見は戦術、指揮、並列処理、情報分析等に優れていて、戦術面において「東の正統後継者」と言われるほどの逸材でオペレーターとして現在でも活躍している。
よって完璧とまでは言えずとも無難で東の期待した答えを導き出した。
一方、ツグミは基本を踏まえた上で誰も思いもよらないような奇抜な策を講じて実行する戦闘員で、東から同時期に戦術を学んだ姉弟子の月見とは正反対のタイプに育つことになる。
東の期待を裏切ると言うよりも彼が想像していない ── もちろん不正解ではない ── 答えを出すものだから、それをどう評価すべきか悩んでしまうほどだ。
敵にタダの
こうなるとツグミと月見のどちらが優れているかと問われても単純に比べられない。
しかしツグミはB級ランク戦において
この事実によって彼女が優秀なのは戦闘員としての技量だけでないとはっきり裏付けられている。
敵の戦力を的確に分析し、自分と敵の戦力を比べて最も効率的なトリガー構成を考え、常人の考えの斜め上を行く戦術を講じることで敵に自分たちの
そして同時に自分の手の内を悟られないようにして優位に立って戦うことで勝利を得るのだ。
もし彼女がトリオン切れで倒れてドクターストップを宣告されなかったら、B級ランク戦の上位グループ同士の試合では二宮隊や東隊、玉狛第2といった彼女と因縁のある
それは本人も残念がっていたが、その後に彼女の身に起きたキオンやガロプラに関わる事件がこちら側の世界と
すべては目に見えない巨大な力を持つ何者かによって導かれた結果なのだ。
この「東塾」がのちの「旧東隊」の元になるのだが、旧東隊の始動はもう少しだけ先の話になる。
◆◆◆
ツグミが開発室での新トリガー作製の手伝いをすることになったものだから、自動的に防衛任務に携わる時間が減ってしまった。
そうなると他の隊員に彼女の分を負担してもらわなければならないのだが、意外と不満の声は上がらなかった。
その理由は簡単である。
彼女が鬼怒田たち
近距離攻撃用トリガーは弧月、中距離攻撃用トリガーは
また当時はまだ銃型トリガーを使う
しかしその分攻撃に手間がかかるのと命中精度がやや荒いのが欠点であり、使いこなすにはセンスが必要であるために敬遠されがちで、第1期入隊組はすべて
そこで
そして近・中距離対応可能な
さらに
こうして見ていくと
しかし「スコーピオン」が開発されると状況が変わっていった。
太刀川と
このスコーピオンの出現で迅と太刀川の
ちなみに弾丸トリガーが強化されたことで人気が高まるに連れ、それに不満を抱いた
スコーピオンとシールドを元に造り出したもので、防御寄りの
おまけにシールドが強化されたものだから、攻撃は弧月もしくはスコーピオン、防御はシールドという組み合わせが定着してしまい、さらにレイガストは不遇な扱いを受けることとなる。
なにしろレイジは小型化した柄を両拳に握り込んだまま敵を殴り飛ばすという筋肉に任せた豪快な使い方が基本だし、村上は弧月を使う際の盾として使用しているので、寺島が考えた本来の使用方法とは異なっているのだから哀れなものだ。
こうして様々なトリガーが開発されていき、ツグミはその様子を間近で見ていて試用を任されることが多かった。
元々器用な人間であり、トリオン能力が高いのでアイビス並の破壊力を持つトリガーでなければ安心して使わせることができたからである。
その結果すべてのトリガーを使えるようになり、それぞれの性能を熟知しているものだから、東から授かった戦術学と合わせて様々な状況に対応できる
◆◆◆
ボーダーという組織が旧体制から新体制に移行している時期であったからいくつかの混乱も起きていた。
特に考え方の違いから上層部のメンバー内で組織運営の方針にも対立する部分が見られるようになる。
隊員たちは自分の考え方と近い者を仰ぎ、それがのちに派閥という形になっていく。
考え方の違いは行動の違いにも繋がっていき、隊員同士の間にも微妙な距離感が生まれてしまうのも無理はない。
特に部隊を結成するに当たって思想が同じなのか異なるのかは大きく影響する。
ツグミは旧ボーダーのメンバーらしく敵対心のない
東も
月見は
そこに徹底的な「城戸派」の人間が加わることとなる。
第一次
ツグミと三輪の出会いは12月に行われた内輪だけでの新本部基地の完成パーティーの席であったが、東のケースとは違って最悪なものであった。
旧ボーダー時代からの古株であるといってもツグミは末端の一隊員に過ぎず、三輪の入隊動機や防衛隊員としての実力など知ることはできなかったから、彼がどのような人間であるかなどまったく知らずにいた。
しかし三輪はツグミのことを「姉さんを助けてくれなかった奴らの仲間」と認識しており、
ツグミは自分に向けられる三輪の視線と同じものを経験していたので、彼の事情を知らずともなんとなく気付いていた。
市内巡回の際に家族や友人を喪った抑え切れない怒りや哀しみを抱えている一部の市民から罵詈雑言浴びせかけられることが何度かあって、それと同じ怨念のようなものを感じたからだ。
「
明るく朗らかだった城戸だが遠征で多くの仲間を喪って以来、誰ひとりとして彼の笑顔を一度も見ていない。
そんな城戸と同じ
それが突然目の前に現れて、東から「今日から一緒に戦うことになった」なんて紹介されてはさすがのツグミでも困惑するだけである。
三輪本人も不本意のようで、本部長命令でなければ従う気はないという顔でいた。
第1期入隊の隊員が全員正隊員になったのをきっかけにして恒常的な
◆◆◆
東、ツグミ、三輪、そしてオペレーターの月見という4人で東隊は始動する。
そしてまだまともに連携の訓練もしないうちに市内巡回任務に就くこととなり、不協和音を奏でる状態で街へと出た。
(
ツグミは不安を抱えながら東の隣を歩いていた。
三輪はというと東を挟んでツグミと逆の位置で一歩後ろを険しい顔をして無言で歩いている。
場の雰囲気が険悪なものだから東は三輪の扱いをどうすべきか悩み、それが無意識に表情に表れてしまうものだから、今度はツグミが東のことを心配してさらに不安が増すという悪い空気が漂っていた。
戦闘力は十分に基準を満たしているものの、他人を頼ろうとせず自分ひとりですべて解決しようとする三輪のやり方では味方に犠牲が出かねない。
それを解決するために忍田は東に彼の身柄を預けたのだから、隊長の東としてはこの不協和音をなんとか解決せねばならないのだ。
いくら東が優秀な人間であるといっても戦闘指揮官としてはまったくの素人である。
しかし三輪は東に対しては憎しみを抱いてはおらず、むしろ彼の才覚に敬意を示しているくらいだから彼の「一喝」で済みそうなものなのだが、東本人がそのやり方を是としていないのだからするはずもなく、したがってこのような
(このまま何もないままで終わればいいんだけど、そういう時に限って災難ってものは降りかかってくるものなのよね…)
ツグミの
いや、勘という言い方は的確ではない。
彼女の未来を視ることができる能力は、これまでに蓄えた知識と経験値に最新の情報を入力して計算をすることで近未来に起きる結果を導き出すものだからだ。
ここ1週間に3回ものトリオン兵出現があり、その3回の状況はほぼ一致していた。
午後6時から10時の間、警戒区域の北西から西にかけての一帯もしくはそこに接する緩衝エリア、天気は曇りか雨。
今現在、時間は午後7時半で天気は雨が降りそうな曇天、まさに最も警戒すべき北西エリアを巡回しているのだから、彼女たちの前にいつトリオン兵が現れてもおかしくない状態なのだ。
(現在、市内巡回任務に当たっているのはレイジさんとコナミ先輩とジンさんの『木崎隊』だけ。彼らはこことは真逆の南東エリア担当だ。緊急時に駆け付けるとしても10分から15分はかかる。これまでのケースだとトリオン兵の出現は同時に2匹までだから
まだこの頃の
最近のトリオン兵出現もそのせいで、開発室の
トリオン兵がどれも同じように見えて国によって少しずつ違うことは証明されており、
巡回を始めて1時間ほど経った頃、ツグミの嫌な予感は的中してしまった。
[東さん、トリオン兵が出現しました。場所はそこから南西3.7キロの住宅地の中で、確認された反応はふたつです。急いでください]
月見からトリオン兵出現の通信が入るが、東の指示を待たずに三輪はひとりで駆け出してしまった。
トリオン兵が現れたと聞いて平静を保てなくなってしまったのだろう。
「待て、秀次! 単独行動はダメだ!」
東が大声で呼びかけるも振り向くことはなく、隊長の命令を無視して民家の屋根伝いに目的地に全力で疾走していく。
「困った奴だ…。霧科、俺たちも行くぞ」
「了解です!」
ツグミと東は屋根から屋根をジャンプして三輪を追いかける。
すると三輪に追いつく前に民家の合間からバムスターの頭が見えた。
「東さん、あそこに!」
「ああ、2匹いるのを確認した。霧科、現着して真っ先にすることは何だ?」
走りながら東がツグミに訊くと、ツグミはさも当然という顔で答えた。
「周囲に民間人がいないか確認し、民間人がいるようでしたら安全な場所まで避難誘導します」
「よし、正解だ。秀次のことだからいきなりトリオン兵に攻撃を開始するだろうから、きみはまず民間人の有無を確認。問題なければトリオン粒子の収集をやってくれ」
「承知しました」
ツグミと東がそんな会話をしながら走っているうちに三輪が現着し、バムスターと交戦開始。
もちろん周囲に民間人がいるかどうかなど確認せず、いきなり目の前の