ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
6月になると第2期入隊の隊員が訓練生としての活動を開始した。
この中で特筆すべきメンバーは二宮、加古、諏訪の3人である。
二宮と加古は
第1期のメンバーはすべて
これは中距離攻撃用トリガーが充実してきた証拠であり、新入隊員だけでなく1期以前からの隊員たちも自分に適した
隊員の数が増えていくと巡回任務のローテーションが組みやすくなり、隊員ひとり当たりの負担が減ることで訓練に費やす時間が増える。
そうなると市内で起きる
第一次
それはこの1年の間ボーダー隊員が地道に活動を続け、市民の期待に応えられるようになってきたからでもある。
そして第一次
◆◆◆
追悼式典から数日後、訓練生から正隊員に昇格した二宮が東隊に入隊した。
入隊してひと月足らずで正隊員になった優秀な
トリオン能力も高く、当時のトリオン値13はツグミと同じボーダー最高レベルであるから、火力で相手をねじ伏せるタイプの戦闘をする。
将来№1
しかし完璧な人間などいるはずもなく、彼もまた「人間的に少々問題がある」と忍田に見なされ、三輪の時と同じように東隊に放り込まれた。
二宮は「才能ある人間」が好きであるから、東に対しては初めから敬意を示していたが、ツグミと三輪に対しては上から目線の冷ややかな態度であった。
三輪は他人に対してあまり興味を持たないので二宮の態度を特に気に留めなかったが、ツグミは年長者であっても礼儀のなっていない人間が大嫌いなものだから二宮の態度に苛立ちを覚えた。
なにしろ二宮は入隊挨拶の際に「同じ
ツグミは短気ではないし目上の人間に対しての礼儀はできているから
しかし理不尽・不条理なことに関しては決して妥協しない面があって、トラブルを起こす時には周囲の人間を巻き込んでの騒ぎとなるのだ。
「わたしもあなたと同じ
ツグミもあえてそう言って二宮を挑発した。
忍田の命令でなければこんなところに来るものかという態度であったのだから、ツグミが投下した燃料によって一気に二宮の怒りは爆発する。
「この小娘が俺に向かっていっぱしの口を利くな! この身の程知らずの愚か者が!」
「身の程知らずなのはあなたですよ。相手を見た目だけで判断するなんて自分がバカだって言っているようなものだから。目の前にいるのが味方であろうと敵であろうと正しい判断ができなきゃ、その時点であなたの負け。そもそも小娘に向かって何を喚き散らしているのかしら? 大人ならもっと大人の態度を示したらどうですか?」
相手が年上の二宮であるから言葉遣いは丁寧であるが、彼を激昂させるようなことをポンポン言う。
ツグミは声を荒げることがないので第三者から見れば彼女の方が冷静で、さらに正論を言っているものだから彼女の方が
二宮もそれに気付いたのか語気を抑え、さらに居住いを整えるとツグミに言った。
「ほう…この俺に指図するとはずいぶん強気だな。ならば
「ええ、いいですとも。これから一緒に
「では決まりだな。俺は女子供であろうと容赦はしないぞ」
「わたしだって未熟な後輩に対しても手加減はしません」
自然な流れで模擬戦を行うことになった。
こうなることは東にも想像できていたようであたふたすることもなく、迷惑そうな顔の三輪を含めた3人を引き連れて訓練室へと向かったのだった。
◆
何もない空間に三門市を模した市街地が出現し、そこにツグミと二宮のふたりが転送された。
ツグミのトリガー構成はメインに弧月、イーグレット、
しかし二宮が
トリオン値も同じ13であるが、攻撃力において二宮に軍配が上がるものの、ツグミにはそれを上回る実戦経験と敵を出し抜く知恵、そして強化視覚という能力がある。
東もどちらが勝つのかわからない状況で、楽しみであり不安でもある。
ツグミと二宮…このふたりは良く似ている。
ふたりとも才能があって努力家でもあり、訓練も真面目に続けていてボーダー隊員として非常に優秀である。
訓練の積み重ねが自信に繋がっているから他人に否定されるとつい感情的になってしまう。
同属嫌悪とか似た者同士は喧嘩しやすいというが、認め合うことができれば良きチームメイトになるだろう。
しかし一歩間違えばずっと拗れたままで東が隊長命令で縛り付けるしかないという最悪な
まあ、対決は避けられない状況であるから見守るしかない東であった。
[二宮、霧科、ふたりとも聞こえるな? 時間は無制限、一本勝負だ。これでどちらが勝っても負けても文句は言いっこなし。この約束を破った者は問答無用で俺の隊をクビにする。この意味はわかるな?]
東の通信にツグミが答えた。
[単に東隊をクビになるだけでなく、ボーダー隊員として不適格であることを忍田本部長に伝えることになり、ボーダー隊員を辞めなければならなくなる、ってことですよね?]
[そのとおりだ。いくらきみが旧ボーダーからの古株だといっても忍田さんから俺が預かっているんだからな、俺のひと言でどうとでもなるんだぞ]
[わかっています。それにこの勝負、わたしが勝てば何の問題もありませんから]
この通信による会話は二宮にも聞こえているものだから、「自分が勝つに決まっている」といった風な口を利くツグミの態度に苛立っていた。
しかしこれはツグミによる「敵の気持ちを乱して冷静さを失わせる」戦術のひとつで、彼女にとっての戦闘はもう始まっていたのだ。
[では、模擬戦開始!]
東の合図で戦闘開始となった。
このマップは「市街地B」で路地や遮蔽物が多い入り組んだ作りになっていて、低層の民家だけでなくマンションや学校など高低差がある建物が密集している。
「市街地A」よりも複雑になっている分、戦術というものがポイントになるステージだ。
ツグミはすでにあらゆるマップを熟知しており、対戦相手に応じていくつもの策を講じてある。
(前から一度試してみたかった策があるのよね~。ボーダー歴の浅い二宮さんになら通用するかも?)
ツグミは転送された5階建てマンションの屋上から北東約250メートルの位置にある民家の屋根の上に二宮、北西約400メートルの位置に中学校の校舎を確認すると、その中学校に向かって屋上の端から地上に大きくジャンプをした。
当然ながら二宮はツグミを追って来る。
バッグワームの使用は禁止されていないので使ってもかまわないのだが、ツグミはあえて二宮に追って来させるためにバッグワームは起動していなかった。
よって追いかけるのはいとも簡単なのだが、二宮もこれが罠だとわからないほどバカではない。
(何を企んで嫌がる…?)
ツグミが真っ直ぐ自分に向かって来ない以上、二宮は彼女を追いかけるしかない。
もし彼女の気が変わってバッグワームで姿を隠してしまえば広いフィールドの中で彼女を見付けるのは面倒なことになる。
それは逆の立場であっても同じなのだが、この時の二宮は戦術の重要性に気付いていないから、直ちに敵を見付けて得意の火力で相手をねじ伏せることしか考えていない。
だから自分がツグミを罠に嵌めようなどと考えさえしないのだ。
おまけにツグミを
ツグミは目的の中学校に到着した。
そして校舎の中に入り、ここでバッグワームを起動。
1階にある部屋の窓のカーテンを全部閉じて「調理室」に身を潜めた。
1階は正門に近い方から職員・来賓用玄関、事務室、校長室、職員室、保健室、調理準備室、調理室、被服準備室、被服室、そして最後に畳敷きの作法室兼進路相談室という並びになっている。
二宮には彼女が校舎の中に入ってどこかの部屋に隠れているということはわかっており、特に1階だけすべての部屋がカーテンで中が見えないようになっているのだから、このどこかにいるというのは間違いないと考えていた。
そして正門を入ったところでバッグワームを起動し、奇襲を避けると同時に自分が奇襲をかける準備をする。
これでお互いにレーダーを使って相手の位置を知ることはできなくなった…はずなのだが、ツグミにはトリオン体でできているものなら遮蔽物の裏側のものでも
つまり条件は五分ではないのだ。
二宮は事務室から順に部屋の中を確認していった。
すべてのドアが閉まっていて、ドアの陰に身を隠してゆっくりと引き戸のドアを開けて隙間から中を見るのだが、ツグミの姿はない。
それを何度か繰り返して、二宮は調理室のドアを開けた。
「な、何だこれは!?」
部屋を覗いた二宮は中が真っ白であったものだから
しかし直後にこれがツグミの罠だと気付いたのだがすでに手遅れだ。
ドアとは反対側、対角線上の窓側の隅にいたツグミは手元にあったガステーブルのスイッチを押して点火をしたのだ。
カチッ
ドーン!
バリバリ!
爆発音と窓ガラスの割れる音が響き、二宮は咄嗟に両腕を曲げて手で頭部を守る仕草をしてしゃがんでしまった。
誰であっても爆風から瞬時に身を守るとなれば腕で頭を庇い身を屈めて小さくなろうとするものだ。
しかしトリオンでできた戦闘体はトリオンによる攻撃以外でダメージを受けることはない。
よってツグミは自身を守る行動はせず、冷静に二宮に向けて
部屋の中は真っ白で何も見えない状態だが、ツグミには二宮の戦闘体ははっきりと見えていて、無防備な状態の二宮は蜂の巣にされて戦闘体活動限界で
[勝者、霧科ツグミ!]
東の声を確認すると、ツグミは換装を解いた。
二宮はというと自分が負けたことが信じられないという顔だが、
ツグミと二宮は管制室に行き、東の前に並んで立った。
「まあ、何て言うか…常識外れの面白い試合だった。二宮は不満そうな顔をしているが、約束どおり文句は言いっこなしだぞ」
東にそう言われるのは二宮が苦虫を噛みつぶしたような顔をしているからで、それは試合に負けたこと以上にツグミがドヤ顔をしていてムカつくからである。
「文句は言いませんが、聞きたいことはあります。こいつに質問してもいいですか?」
二宮がそう言うと、ツグミは当然という顔で答えた。
「ええ、かまいません。きっとあの罠の種明かしでしょうから。でもボーダーの先輩に向かって『こいつ』とか言う礼儀知らずなヤツにはあまり気乗りしませんけど」
わざと嫌味っぽく言うツグミ。
すると二宮はムッとした顔をしたがすぐに言い直した。
「霧科、あの爆発について教えてくれ」
年下であるから二宮に名前を呼び捨てされるは仕方がない。
彼なりの妥協できる線がここまでなのだとわかっているので、ツグミは教えてやることにした。
「簡単なことですよ。あれは粉塵爆発です」
「粉塵爆発?」
「そうです。六頴館の学生さんなら名を聞いたこともどういった現象なのかもご存知のはずです。ですから原理の説明は省きますね」
粉塵爆発とはある一定の濃度の可燃性の粉塵が大気などの気体中に浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発を起こす現象である。
粉体が小さいほど酸素(空気)との接触面積が増大し酸化反応が促進され、その発生には「粉塵の粒子が微粉の状態で、空気中に一定の濃度で浮遊」しており、「発火源(エネルギー)の存在」と「空気中の酸素」の3点が揃った時に起きる。
ツグミはその現象を利用したというのだが、二宮は粉塵爆発がなぜあの場所で起きたのかがまだわからないでいる。
「訓練の際に再現される街並みは本物とほぼ同じ物質として再現されています。建物やその中にある家具や道具などもすべてリアルのものと寸分違わないもので、現実の世界で起きる現象はこの訓練室に再現された街の中でも同様に起きるんです。そこで以前から一度試してみたかったことを実行したんですよ」
「それが粉塵爆発なのか?」
「はい。リアルで実行するわけにはいきませんからね。で、以前に読んだ本の中にあった小麦粉による例を試してみました。学校の調理室なら小麦粉があって発火源もあります。ちょうど良い広さの密閉…とまではいえませんが閉鎖された空間の3つが揃う場所がすぐそこにあったんですからやりたくなってしまうのは無理ないでしょ?」
「そんなことを考えるのはおまえだけだ」
「そうですか? わたしは面白い
「……」
「トリガーによる攻撃以外は戦闘体にダメージを受けないことに慣れていれば身を守る姿勢をとることはありません。でも入隊してひと月、実戦経験のないあなたでしたら
「ああ、良くわかった。つまり俺の行動パターンを読んで、上手く罠に嵌めたということだな」
「『戦術で勝負する時は、敵の戦術レベルを計算に入れる』というのが東さんの教えのひとつです。相手の力量がわからないのに真っ向から撃ち合い勝負するのは非常に危険ですからね。そこでこんな小細工をさせてもらいました。でも今後チームメイトとして一緒に戦うのですからお互いの手の内を見せることになり、次の模擬戦をする時にはガチの撃ち合いになることでしょう。わたしはそれが今から楽しみです」
そう言ってツグミは微笑んだ。
この彼女の言葉には「仲違いしていないで協力し合おう」という意味が含まれている。
つまり勝者である彼女から手を差し伸べられて、それを振り払うことは東隊を辞める、すなわちボーダーを辞めることになるわけだ。
ならば二宮も負けを認めて彼女の手を握るしかない。
「ああ、俺も楽しみにしている」
ここでやっと二宮の顔にも笑みが浮かんだ。
元はといえば彼がツグミのことを何も知らず、自分の態度が悪かったのだと反省すれば万事解決する
喧嘩というものは同レベルの人間同士でなければ起きないもので、つまりこのふたりは似た者同士であったという証拠。
現にどちらも
「ようやくお互いを認め合ってチームメイトとしてやっていく気になったようだな。じゃ、この後みんなで東隊結成パーティーをやろう」
「結成パーティーですか?」
「ああ。きみと秀次、そして二宮が加わったことで戦力は十分。これなら
「
ツグミだけでなく三輪や二宮も初耳だったようで、3人とも不思議そうな顔をして東を見つめた。
「
現在行われているランク戦のシステムは旧ボーダー時代のまだ隊員が10名にも満たない頃に有吾が考案し林藤がその意思を引き継いだものである。
隊員の数が順調に増えてきて恒常的な
「
このツグミの言葉の意味がわかるのは東だけであった。
まだこの頃の三輪と二宮は
「近いうちに正式な発表があるだろう。だから
「食事ってどこに行くんですか?」
「う~ん…焼肉屋でも行くか? 先月の給料がまだ残ってるから全員の分をおごってやるくらいできるぞ」
「わたしは賛成です」
「俺も異論はありません」
ツグミと二宮はすぐに賛成したが、ずっと黙りこくっていた三輪はポツリと言う。
「俺はパスです。大勢でメシを食うのは好きじゃないので」
断る三輪に対して東は彼の頭や肩をポンポン叩きながら言った。
「ダメだ。俺の命令だぞ。おまえはもっと肉を食って身体を鍛えないと。こんなヘナヘナの身体じゃ戦闘体になっても十分に戦えないぞ。それにこの会食はチームの親睦を深めるためのものなんだから、おまえだけ欠席は許さん。行くぞ」
東はそう言うと三輪を連れて管制室を出た。
ツグミと二宮はその後ろをついて行く。
先に声を発したのは二宮の方であった。
「さっきは尊大な態度で無礼なことを言って悪かった」
「いえ、わたしの方こそ目上の方に失礼なことを言ってすみませんでした」
「ではこれでお互いに遺恨はなしでいいな?」
「はい」
「それはそうと、おまえは東さんから狙撃だけでなく戦術を学んでいるらしいな。おまえのような子供でもわかるものなのか?」
「あー、また子供扱いですか。わたしは9歳で入隊し、11歳で正隊員になりました。先の大侵攻でも戦っているんですよ。二宮さんよりもはるかに戦い慣れているんです。戦術を学ぶことでもっと効率良く戦うことができて、味方や市民の被害を減らすことができるんです。だったらもう学ぶしかないでしょ? わかるものなのかと訊きますけど、東さんだって何もわからない子供に指導できるほど先生慣れしていませんよ。わたしが蓮さんと一緒に学べるだけの学力があるから弟子にしてもらえたんです」
「ふむ…」
「さっきの模擬戦もお互いに撃ち合いになったらあんなに簡単に済まなかったでしょう。ふたりともボロボロになって、最後は相討ちになって
「たしかにおまえの言うとおりかもしれないな。俺は刀を振り回したり銃を撃つなんて才能はないが、トリオンキューブを自由にコントロールして撃つセンスはあるつもりだ。だから
「
これは暗に二宮が「トリオン能力と空間認識能力の高い人で戦いのセンスのある人」であると褒めているのだ。
二宮もツグミに褒められていることがわかるものだから、さっきの苦虫を噛みつぶしたような顔の人間とは別人のように見える。
「フフン、おまえとは上手くやっていけそうだな」
「ええ、わたしもそう思います」
まさに「雨降って地固まる」的な展開で、東もこれで安堵したはずである。
ツグミと二宮はお互いに相手の優れているところを認め、技術を磨き合っていくことで東隊の戦力は次第にアップしていくのだった。