ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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195話

 

 

時が経つに連れてボーダーの認知度と信頼度が高まり、入隊希望の若者が増えつつあった。

それは隊員・職員たちの地道で誠実な働きが市民に認められたからである。

その姿を見て自分も戦おうという意思を持つ人間が現れることはとても喜ばしいのだが、すべての入隊希望者が戦闘員として実戦に耐えられるというものではない。

そこで試験を行って可能性のある者だけに絞り込み、訓練生という形にして入隊させてから武器(トリガー)の使い方を覚えさせる。

それは「トリオン」だとか「トリガー」といった近界(ネイバーフッド)技術(テクノロジー)は民間人には極秘事項であるから入隊させるまで教えるわけにはいかないという理由である。

しかし防衛隊員となるための素質として最も重要な「トリオン能力」を持たない者が多く、筆記試験で合格しても面接の際にこっそり受験者のトリオン能力を測定し、その数値が一定レベルに達していなければ不合格にせざるをえない。

事情を説明してオペレーターや事務職員などに転向してくれる者は良いが、近界民(ネイバー)と戦いたい一心で入隊希望する者はそこで諦めるしかなくなる。

そこで防衛隊員となる人材をもっと効率良く集めるためにと、防衛隊員や職員を三門市外に派遣して「スカウト活動」を行うようになった。

三門市民と違って近界民(ネイバー)とは()()()人間をスカウトするのだからそれなりの苦労はあったが、そのかいあって優秀な人材を何人も得ることができた。

そして防衛隊員の数が増えてくると武器(トリガー)の練度を基準にしてA級・B級・C級と3つのランクに区分けするようになる。

当初、B級からA級への昇格は個人(ソロ)単位であったが人数が増えて部隊(チーム)を作るようになると、その部隊(チーム)単位での昇格・降格を決めることにルールが変わった。

つまり個人では優秀な隊員であってもひとりだけではA級になれないことになり、さらにチームメイトのレベルやチームワークが他の部隊(チーム)と相対的に強いか弱いかですべてが決まってしまうのだ。

もちろん個人(ソロ)ランク戦によるポイントの奪い合いによって個人としての順位も決まるのだが、A級とB級の違いは給料にも影響してくるから重要である。

そうなるとB級隊員は強い隊員を勧誘して自隊に入れ戦力増強を図り、さらにC級の中に有望な人間を見付けてB級昇格の後にチームメイトにするといった活動が見られるようになった。

そうなるとA級隊員で特定の部隊(チーム)に所属していない隊員がいれば「ぜひ我が部隊(チーム)へ来てほしい」と声がかかるのは当然で、ツグミが東隊を辞めたというニュースはあっという間に防衛隊員たちの間に広まり、それと同時に勧誘が始まったのだった。

しかしツグミはすべての勧誘を断り、おまけに自分の部隊(チーム)を作ろうという気配も見せずに無所属(フリー)を通していた。

別に部隊(チーム)を組んで戦うのが嫌いだとか面倒だというのではない。

むしろ個人(ソロ)ではできない()()()戦術を使った試合ができると考えているから、もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が現れたらその人物と部隊(チーム)を組んでみたいとさえ思っている。

それではなぜツグミが無所属(フリー)を通していたのかというと、彼女は「他の誰にもできない役割」を担うつもりでいたからだ。

 

 

◆◆◆

 

 

迅が風刃の所有者となったのは2ヶ月ほど前のことであった。

最上は自らの定められた運命に抗いながらも迅の予知した結果を迎えた時、その命と全トリオンを注いで(ブラック)トリガー・風刃を遺した。

城戸は遠征から帰ってすぐに風刃を金庫に入れてしまい、そのまま2年もの間ずっと誰の手にも触れさせずにいた。

ところが急に適合者探しをするということになり、全隊員が起動実験を行った。

その結果、20名以上もの人間が適合者であったため全員で争奪戦を行うことになり、迅が圧倒的な強さで勝ちを得たのだった。

(ブラック)トリガーを持つことはすなわちS級隊員となることで、これまで所属していた木崎隊を抜けることとなる。

そして城戸や忍田といった上層部の()()()命令を遂行する役目を引き受けるようになった。

迅の趣味が「暗躍」と言われるようになったのはこの頃からで、他の隊員には知られないようにコソコソと動くことが増えてきたからである。

ツグミは迅の行動は「城戸たちの密命」によるものだと察し、自分も迅の手伝いがしたいと思うようになったことから無所属(フリー)でいることを選んだのだ。

ボーダーは謎の多い組織である。

民間人には知られないようにするのは当然だが、前線で戦う防衛隊員にすら内緒にしていることは多い。

そういった点で「一般隊員にすら知られたくない面倒な案件」を処理する人間が必要となる。

そしてその人間はすでにボーダーの内情を深く知っており、今さら隠してもどうしようもない人物であることが望ましいとして、旧ボーダー時代からの隊員の中から選ぶことになった。

そうなると候補者は迅、レイジ、小南、ツグミの4人となるが、城戸は予めレイジと小南のふたりは除外していた。

小南には不向きな仕事であり、レイジはその人柄から()()のリーダーとしての役目が相応しいと考えていたからである。

さらにツグミは東隊で()()()の身であったから、彼女も除外された。

迅が風刃の所有者となったことは好都合で、彼を「本部司令直属」の隊員とした判断が正しいことはすぐに証明される。

しかし単独行動である上に、彼は未来視(サイドエフェクト)で視えた映像(ビジョン)を手がかりに動くのだから限界がある。

そこでツグミは()()()()()ボーダーの表には出せない「裏の仕事」を手伝うことを忍田に申し出たのだった。

もちろん迅の()()のことはツグミにも教えていなかった。

それなのに本人が様々な手がかりを総合して導き出した事実を忍田は否定することができず、城戸に進言して表向きは無所属(フリー)のA級隊員でありながら非常時には迅と共に城戸の直属の隊員として動くことになる。

 

「一般隊員にすら知られたくない面倒な案件」にはいくつか種類がある。

その中で最も面倒なものは近界民(ネイバー)による密入国事件で、この事実を知っているのは上層部のメンバーと直属部隊の迅とツグミだけだ。

トリオン兵の出現に関しては隠す必要はないし隠し通せるものではないが、()()が密かにこちら側の世界に潜入したとなれば騒ぎにならないよう収めなければならない。

なにしろキオンの諜報員が潜入してツグミの両親を殺害した事件が発生し、事件が表面化するのを阻止するためにいろいろと手を回して事件を強盗殺人事件として隠蔽した過去があるくらいだ。

軍事的な面で「玄界(ミデン)の情報収集」をするためにスパイとして送り込まれて来るケースも多々あるが、それよりも慎重に扱わなければならないのは「亡命」である。

常に戦争が行われている近界(ネイバーフッド)での暮らしは我々が想像する以上に厳しいもので、特に虐げられる側の庶民は日々の食糧を手に入れるのにも困窮しており、トリオン能力のある人間は強制的に徴兵されてしまうケースが多い。

もちろん誰もがそれを運命として受け入れて我慢をしながら暮らしているのだが、さすがに命の危機に直面すると()()せずにはいられなくなる。

そこで崖っぷちまで追い詰められた人間がやることは逃亡なのだが、中にはこちら側の世界の存在を知っていて亡命を求めて(ゲート)を開く者もいた。

どうやら「玄界(ミデン)は戦争のない平和な世界で、身分の格差もなく誰もが自由に生きている」という情報がいくつかの国に流れているようなのだ。

その情報の発信源は掴めなかったものの、「ユーゴ」という名の男が息子とふたりで様々な国を旅していて、その男が玄界(ミデン)から来たらしいとなれば城戸たちは亡命者を何とかしなければならないと考えるのも無理はない。

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」という言葉もあるくらいで、ボーダーにとって都合が悪いことにならないと断定できるケースに限り亡命者の希望を叶えることで()()()()()()にするのだ。

こういった案件は年に2-3回は発生し、多くは織羽と同様に戸籍を作ってこちら側の世界で生きていけるようにしている。

実はボーダー本部基地の食堂のおばちゃんや清掃係の若い男性、本部基地の最寄りのコンビニの女性店員の3人は海外から出稼ぎに来ている外国人のように見えるが実際は亡命した近界民(ネイバー)なのである。

艇を手に入れて(ゲート)を開くことができるくらいだからそれなりの立場 ── トリオンの研究やトリガー開発などに携わっていた ── であるから、そちらの面でも協力を求めるために()()()()()にいてもらっている。

当然のことながらボーダーの目の届く場所に置くのは彼らがこちら側の世界に悪影響を及ぼさないか監視するためでもある。

回収した艇や所持していたトリガーは開発室で事細かに調べられ、その結果ボーダーの遠征艇のエンジンの強化やトリオン効率の良い武器(トリガー)の開発等に大きく貢献することになり、城戸も不本意ながら亡命近界民(ネイバー)を厚遇するしかなかった。

そして彼らがもたらす技術(テクノロジー)のおかげでボーダーの強化ができるとなれば、林藤のように積極的に近界民(ネイバー)と友好的な交流を持とうと考えるのも当然だ。

こうして近界民(ネイバー)に対する意識の違いは以前からあったものの、ボーダーの組織を健全に運営していくためには意思を統一して一丸となって事に当たるしかなかった。

しかし2年も経つと組織も盤石なものとなっていて、それが逆に離反を招いたとなれば何とも皮肉なものだ。

「玉狛支部」が創設されるきっかけとなった事件も亡命近界民(ネイバー)にまつわるものであった。

そしてその玉狛支部の存在がツグミの人生を大きく変えることになるとは本人すらも想像できずにいた。

 

 

◆◆◆

 

 

事件が起きたのはまだ残暑の厳しい9月中旬の金曜日の夜であった。

本部作戦室に(ゲート)発生の警報(アラート)が鳴り響いたのは二〇三五時で、その場に居合わせたオペレーターの沢村は大慌て。

発生場所は本部基地の北約400メートル地点。

直ちに現場へ防衛隊員を派遣することになったのだが、(ゲート)発生の直後にトリオン反応が消えてしまうという事態となる。

通常は(ゲート)が開くと同時にトリオン兵が出現してそのトリオン兵の反応が続くわけだが、なぜかこの時は反応が消えてしまった。

バッグワームのような機能を備えた新種のトリオン兵である可能性を考慮し、巡回任務に就いていた二宮隊と本部待機をしていた冬島隊の2部隊(チーム)が現場に直行するものの、その周辺にトリオン兵の姿はなかった。

警戒区域内であるから目撃者もおらず、考えられるのは「探査システムの誤作動」であったため直ちに開発室の技術者(エンジニア)に調べてもらった。

しかしシステムは正常に作動していた。

システムエラーでなければそこで(ゲート)が開き、トリオン反応のある物体が存在したのは間違いない。

それがないということはステルス性能を持ったトリオン兵が送り込まれたか、やはりステルス性を有する艇に乗った人型近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)からこちら側の世界にやって来たのではないかと推測される。

ただトリオン反応がないということはバッグワーム的なステルスであるから、現場で目視することで存在を確認できるはずなのだが発見はできなかった。

この時点でトリオン兵か人型近界民(ネイバー)なのかはわからないが、後者であった場合は重大な事件に発展する可能性がある。

さらにスパイの潜入あるいは亡命者のどちらであっても、その存在を民間人に知られることにでもなればトリオン兵を近界民(ネイバー)だと思っている人々に真相がバレてしまい大パニックが起きるだろう。

なにしろトリオン兵というこちら側の世界の最新鋭の兵器を用いても倒せない怪物を作って異次元から送り込んで来るような()()が敵だというのだから。

これまで近界民(ネイバー)とは近界(ネイバーフッド)に住む人間であることを隠し続けてきたボーダーであるから、今後も隠し通すためにごく一部の限られた人間だけが事件に関わり、速やかに処理するしか道はない。

 

 

 

 

(ゲート)発生から2時間後、深夜であったが迅とツグミが本部基地に呼び出された。

本来なら年少者、つまり18歳未満の()()を深夜に働かせることは禁止されている。

これは「労働基準法」第61条で定められていることで、特に当時のツグミは14歳で、児童扱いされるために20時以降の勤務は認められない。

しかしボーダーはその特異な組織であるがゆえに防衛隊員の多くが年少者となるため、「特例」が設けられていて深夜の防衛任務であっても問題はないのだった。

そもそも第一次近界民(ネイバー)侵攻で公の存在になるまでずっと「労働基準法」の第56条 ── 15歳未満の児童は労働者として使用することは禁止である ── を守っていなかったのだから現行の法律を適用すれば組織の存続はありえない。

超法規的措置は当然のことなのだ。

本部司令室に入室すると城戸、忍田、林藤、鬼怒田、そして事件発生当時オペレーターとして対応した沢村の5人が待っていて、迅とツグミは忍田と沢村から詳しい話を聞かされた。

 

「なるほど…()()()面倒な案件のようですね。ですがそういう仕事を片付けるのが俺()()の役目。いいですよ、早速取りかかりましょう」

 

迅はいとも簡単に引き受けた。

もっとも断ることはできないし、何より心強いパートナーがいるのだから当然の反応かもしれない。

ツグミも迅がやると言うなら自分に異論はないと言わんばかりに頷いた。

 

「今日は金曜日。ラッキーなことにちょうどシルバーウィークで明日から来週の火曜まで学校は休みになります。4日間あれば何とかなるでしょうから」

 

ボーダー隊員としての任務であれば欠席も公欠扱いとなるのだが、ツグミが学業を疎かにしたくはないと頑張っている姿を誰もが見ていて、当然のことながら迅も知っている。

その迅が「4日間あれば何とかなる」と言うのだから「4日間で必ず片付ける」という意味であると皆が理解した。

 

「よし、お前たちに一任する。手段は選ばずとも良い。必ず()便()()処理しろ」

 

城戸は険しい目つきでそれだけ言うと「後は現場責任者の忍田と調整して任務に挑め」という顔でいる。

彼にとって人型近界民(ネイバー)が絡む案件が不愉快なのは仕方がない。

彼が顔と心に一生消えない大きな傷を負った原因は人型近界民(ネイバー)なのだから。

しかしこれで本部司令からの「お墨付き」を貰ったことになり、迅の判断で行動できるようになったわけだ。

彼の未来視(サイドエフェクト)は万能ではないものの、その力によってこれまでいくつもの()()()()未来を回避して来た。

今回もその力を使って()()()()()()()()()()()()ことにならないよう行動するのだが、ステルス性を有するトリオン兵もしくは人型近界民(ネイバー)が対象であるからツグミの強化視覚は大いに役立つだろう。

 

(俺にとって、そしてツグミにとっても未来に大きく影響する4日間になりそうだ…)

 

迅には少しだけ先の()()()()未来が視えており、それは彼にとってほんの少し嬉しいことが起きるというものであった。

ただそれは誰にも話せないことで、特にツグミに知られたら白い目で見られること確定な内容である。

よって心の中を悟られないように笑顔を必死になって堪えたものだから妙な顔になり、逆にツグミに不審がられたという始末。

しかし迅にとって異性として意識し始めたツグミとふたりきりになるオフィシャルな理由ができたのだから、そわそわした気分になるのも無理はない。

一方、ツグミは迅の役に立てることが嬉しいのと同時に、ふたりとも無事に任務を遂行して忍田に褒めてもらうのだと気合を入れていた。

 

(ジンさんの役に立って、それが真史叔父さんのためにもなる。こんなチャンスは滅多にないんだから頑張るぞ~!)

 

 

そして翌日からの4日間、ちょっと遅めの「ひと夏の冒険」が始まるのだった。

 

 

 

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