ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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196話

 

 

1日目の午前中、ツグミと迅は昨夜(ゲート)が開いた地点にやって来た。

ここは第一次近界民(ネイバー)侵攻の際に被害の大きかった場所で、目的地へ至る道すがらふたりは見る影もなく破壊された民家を発見した。

それも1軒だけでなくその地域全体が瓦礫で埋め尽くされている。

おそらく大型トリオン兵によって踏み潰されたり、砲撃にあったのだろう。

辛うじて家の土台が残っているから民家があったのだとわかるほどで、()()()までは普通の人の営みがあったなどとは信じられない。

それだけ凄まじい一方的な破壊と殺戮が繰り広げられたという証拠でもある。

ボーダー本部基地の周辺、東三門地区にはこのような場所はいくつもあって見慣れてはいるが、だからといって平気でいられるものではない。

今でもこうした光景を見るとツグミは胸を痛め、ささやかな幸せを求めて日々を過ごす市民が二度と哀しむことのないようにとボーダーの活動により一層力を注ぐのだ。

 

 

(ゲート)が開いたのはこの辺りってことだけど…大型トリオン兵の形跡はないみたいですね。やっぱり艇に乗って来た人型近界民(ネイバー)がいたんだと思います」

 

ツグミは昨夜のうちに忍田から貰ったデータからいくつかの仮説を立てており、そのひとつひとつを検証して消去法で範囲を狭めていった。

そして最後に残った結論が「人型近界民(ネイバー)が艇に乗ってこちら側の世界にやって来た」である。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

迅に訊かれ、ツグミは答えた。

 

「このエリアは見てわかるように2年前の第一次近界民(ネイバー)侵攻によってほぼ壊滅。建物の瓦礫で地面が見えないほど埋まっています。もしこの上にバムスターやバンダーのような大型トリオン兵が降りたらそれなりの形跡は残ります。それが(ゲート)発生地点を中心とした半径50メートルの範囲にはありません」

 

「だけどこんだけ瓦礫の山になってたらトリオン兵が上を歩いてもわからないだろ?」

 

「そう思うのは間違いです。一見するとタダの瓦礫の山ですが、良く見るとわかることが多いんですよ。例えば…」

 

ツグミは足元の瓦を拾うと、両手で持ってまるで板チョコを半分こにするように「パキン」と軽くふたつに割った。

そしてその断面を迅に見せる。

 

「ジンさんの足元にある瓦の破片を拾ってこれと見比べてみてください」

 

迅は言われたとおりに瓦の破片を拾い、ツグミに手渡された瓦と比べて見てその違いに気付いた。

 

「そうか…2年前に破壊されたものは断面が風化しているが、おまえが割ったものはまだ断面が新しくて中が綺麗なままだ。つまりこの辺りの瓦礫でつい最近壊れたものはない。昨日の夜に大型トリオン兵がここにいたなら、新しい断面を持つ瓦礫があるはずだということか?」

 

「正解です」

 

「だが飛行能力を持つ新型のトリオン兵かもしれないぞ」

 

「当然それも考えられます。測定されたトリオン反応の大きさから仮に大型トリオン兵であったとしましょう。大型トリオン兵はトリオン能力者の拉致もしくはトリオン器官の奪取を目的としていますから、飛行型だと地上にいる人間を捕獲する場合は上空からクレーンゲームのクレーンのようなものを伸ばして、こう…引っ掛けたり掴んだりすることになります」

 

ツグミは右腕をクレーンに見立ててジェスチャーを交えながら説明をする。

 

「ですがこれは案外難しくて効率が悪い。従来のバムスターのように地上で()()()ような捕獲手段の方が手っ取り早いです。そもそも大型トリオン兵に飛行能力を持たせるとなるとそれだけでトリオンを大量に消費するというのに、さらにステルス性能を持たせるとなればとんでもなくコストが高くつきます。飛行能力を持たせるなら上空からの攻撃に特化したトリオン兵にするでしょう。トリオン能力者捕獲用であれば性能よりも低コストで大量に生産できるタイプの方が効率が良い。そういった理由でわたしはトリオン兵ではなく艇に乗って来た人型近界民(ネイバー)だという説を推します」

 

「なるほどな…」

 

「昨夜の状況では(ゲート)発生の直後に大型トリオン兵クラスのトリオン反応が確認され、その反応はすぐに消えてしまいました。わたしの推理では(ゲート)を抜けた艇はこちら側の世界が夜であることに気付き、カメレオン的な見た目を消すのではなくレーダーによる追跡を免れるためにバッグワームのようなトリオン反応を消すシステムに切り替えたのだとすれば辻褄が合います。夜間で目撃者が誰もいない場所ですからトリオン反応を消せば逃走するのは簡単だったでしょう。実際、二宮隊と冬島隊は近界民(ネイバー)らしきものは発見できませんでしたから」

 

「それでその艇というのはどこに行ったんだ?」

 

「さすがにそこまではまだわかりません。データが足りませんからね。ただ考えられるのは人型近界民(ネイバー)が情報収集等の潜入もしくは亡命希望であっても艇をどこかに隠さなければなりません。こちら側の人間と接触するにしても、状況を把握してからでないと次の行動ができませんから。大型トリオン兵と同等のトリオン反応だったということは、艇としては小型のものだと推測されます。そうなると連続して長距離の移動をする能力でもない限り()()()近場で人目に付きにくい場所に隠れていることでしょう。そして周辺の状況を調べてそこを拠点に行動するか、または別の場所に移動するか…。移動するならやはり夜間にステルス性を利用するわけで、とにかく今現在は艇を移動させずにどこかに停泊しているはずです。この辺りで艇を隠すとしたら…やっぱり北部の山の中でしょうね」

 

そう言ってツグミは北側の山並みを見た。

標高200メートルから300メートルクラスの山がいくつか連なっており、深い針葉樹林の森が広がっている。

また山腹には自動車用の道路はなくハイキングのための登山道が整備されているだけなので、春や秋の行楽シーズン以外に民間人が立ち入ることも滅多にない。

もしそこに艇を隠していたら発見するのは容易ではないのだが、ツグミの能力があればさほど問題にはならないだろう。

 

「北の山ではなく他の方向へ飛んで行く可能性は?」

 

「ゼロではありませんが、ここからどこかに飛行して艇ごと身を隠すなら人家の多い東から南、そして西にかけては避けるでしょう。近界(ネイバーフッド)の国々では夜になるとほとんど漆黒の闇状態になりますが、こちら側の世界では街灯や人家の明かりがたくさんあって驚いたんじゃないでしょうか? わたしだったら街の中心部よりも暗い山の中を目指します。潜伏するのであれば人のいないところを選ぶのは自然の流れ。そしてそこに住む現地の人間の習慣を学び、慣れてきたところで中に紛れ込むことにします。さっきは『長距離の移動をする能力でもない限り』と言いましたが、わたしはその能力は持ち合わせていないと確信しています。なぜなら小型の艇だと乗員の数も限られていて、燃料となるトリオンを補給するのにも苦労するでしょう。少量のトリオンで短距離を飛ぶタイプの艇にすればトリオンの抽出時間が短くなりすぐに満タンになります。それを何回も繰り返すんです。長距離飛ぶことができる艇の方が便利のように思えますが、トリオン抽出の回数は減っても1回当たりの時間は長くなります。特に追っ手から逃れようとしている人型近界民(ネイバー)なら短距離を繰り返すタイプの方を選ぶでしょう。その方が逃げやすいですからね」

 

ツグミの推測にはきちんとした根拠があり、迅も納得する。

ボーダーの遠征艇もそうだが、飛行する際のエネルギーは乗員から抽出したトリオンであるから、トリオン能力の高い者が多ければ多いほど運行は楽になる。

逆にトリオン能力者が少ないと抽出するトリオンの量にも限界があって、途中で長時間滞在しなければならずに目的地まで時間がかかってしまうのだ。

小型の艇なら乗員も少ないだろうから、短距離の飛行を何度も繰り返すタイプだと考えるのは妥当な推理である。

 

「たぶん食糧はある程度積んでいるでしょうからすぐに街へ出て来るようなことはなく、しばらく人目につかない場所で待機。そして同時にトリオンの抽出をすることになると思います。よって数日間は北側の山中に身を潜め、様子見をしながら安全であると判断した後に行動を開始するとわたしは考えます。…しかし三門市に現れたのも別の国へ行く途中の経由地であり、数日後にはまた(ゲート)を開いてどこかへ行ってしまうという可能性も捨てきれません。その場合は放っておいた方が良いのでしょうけど、その近界民(ネイバー)が何者かに追われているということであれば、この三門市内で近界民(ネイバー)同士の争いが起きる恐れがあり、こちら側の人間が巻き込まれることにでもなれば最悪のケースとなりうるわけです。それを未然に防ぐためには一刻も早く該当近界民(ネイバー)を発見し、どういった理由でこちら側に世界にやって来たのかを知る必要があります。ジンさん、とにかくあの山へ行ってみましょう。わたしのトリオン体でできているものを検索(サーチ)できる能力はこういう時に役立てなきゃ意味がありません。地面の下までは追いかけられませんけど、実際に現場に行けば何か痕跡を見付けられると思うんです」

 

この時点ではまだ小型艇に乗った人型近界民(ネイバー)が北側の山の中に潜んでいるとは断定できない。

しかし他に手がかりはなく、ツグミの言うことにはそれなりの根拠があっていくつかある可能性の中で最も確率が高いのだから行ってみる価値は十分にあった。

 

「そうなると念の為に登山の準備をしておいた方がいいかもしれない。不測の事態が起きないとも限らない。一旦解散し、準備を整えてからもう一度集合だ」

 

 

 

 

2時間後、迅がツグミを忍田家まで迎えに来た。

軽登山になるので装備もそれなりのものが必要となり、登山口まで公共交通機関で行くのは大変だろうということで、レイジが車で送ってくれることになったのだ。

もちろんレイジは詳しいことを知らないが、迅が頼むことであればそれなりの理由があるとわかってくれて、何も聞かずに運転手の役目を引き受けてくれたのだった。

おかげで昼前には登山口に着いて捜索を始めることができるだろう。

 

 

ツグミと迅は戦闘体に換装せず生身のままで登山を開始した。

近界民(ネイバー)であろうとこちら側の人間であろうと、戦闘とは無関係な人間ならば生身の状態でいるのが普通で、逆に言えばトリオン体であることはすなわちトリガー使いだということになる。

トリガー使いが近付いて来るとなれば目的の人型近界民(ネイバー)が警戒するかもしれないとツグミが言い出したのだった。

たしかに人型近界民(ネイバー)が艇の中で周囲の様子を伺っていて、そこにトリオン反応を2つ見付けてしまえば警戒するだろう。

こちらが()()()()()人間であると思わせることでいきなり無駄な戦闘に至ることはないはずなのだ。

もちろんこちらが敵意を見せずとも襲撃される可能性もあるが、トリガーは常に携帯していていつでも使えるようになっているから生身であっても問題ない。

なにしろツグミには「トリオン体でできているものを検索(サーチ)できる」能力があり、人型近界民(ネイバー)がカメレオン的な隠密トリガーを使用していたとしても奇襲を受けることはまずありえないのだから。

そして生身のままでいるのにはもうひとつ理由があった。

本格的な行楽シーズンの前とはいえシルバーウィークの4連休であるから、民間人がハイキングをしているところに思いがけず出会ってしまう可能性は高い。

その時にボーダーの隊服を着ていれば何事かと訝しがられる恐れがあり、そうならないためにもツグミたちは民間人を装う必要があるのだ。

今のふたりの格好は「学校が休みなので遊びに来たアウトドア派の学生カップル」で、仮にふたりがボーダー隊員だと知っている人間に出会っても「今日は非番だから」と言えばそれで済む。

まさか正体不明の人型近界民(ネイバー)を探しているなどと露ほども思わないだろう。

この任務で最も大切なことは「民間人に知られてはならない」であるから、ごく自然に()()()()()フリをするのがポイントだ。

もっとも演技などせず本心からハイキングを楽しんでいるツグミたちの顔を見て誰も極秘任務の遂行中などとは思うはずがない。

 

「ジンさん、この700メートル先に休憩できる場所があるみたいなので、そこでお昼ご飯にしましょう」

 

ツグミは地図を見ながら迅に言う。

この地図というのは市役所の観光課で配布している観光客向けのもので、登山口に向かう途中でレイジに寄り道をしてもらって案内所で手に入れたものである。

他にも国土地理院の2万5千分の1の地図も持って来ているのだが、中学生や高校生のカップルが()()()に本格的な登山用の地図を持っているはずがなく、あくまでも学生カップルを装うのあれば観光マップ的なものの方が誰かに見られた時に疑われないだろうとのことだ。

そこまで考えて行動しなくても良いように思えるが、念には念を入れて完璧な計画を立てても何らかのアクシデントが起きるものだとツグミは良くわかっているのである。

ちなみに国土地理院の地図は彼女の私物で、三門市内のどこで何があってもすぐに対応できるようにと小遣いで買ったものである。

子供ながらにも「トリオン兵が現れたら誰よりも先に駆けつけて戦うためには三門市内の地理を知っていなければならない」と考えた故の行動だった。

その地図を穴が開くほど見つめ、もう地図など見なくても大丈夫なほどに地理を把握したおかげで、彼女はキオンの諜報員たちに拉致された時にも冷静に行動できたのだった。

 

ツグミたちが目指した休憩できる場所というのは簡易な木製ベンチとテーブルがあるちょっとした広場になっていて、そこから南を望むと市街地が広がって見える。

その景色の中でボーダー本部基地は異様なほど大きくて目立っており、異世界からの侵略者から市民を守るための砦として頼もしく見えるものの、逆にこれがないと市民の生命と財産を守れないという現実から目を逸らしてはいけないと言われているような気にもなってくる。

ツグミは自分がボーダー隊員であるからそんなことは考えていないが、市民の中はそう感じている人もいるかもしれないのだと自らに戒めた。

 

ツグミがテーブルの上に広げた弁当は迅が想像していたものよりもずっと豪華で美味しそうに見えた。

少し大きめのおにぎりは昆布の佃煮とおかかの2種類で、おかずはダシ巻き玉子、ブロッコリーのジャコ和え、牛肉のごぼう巻きと栄養バランスを考えたものである。

一時帰宅する前にツグミが迅にふたり分の弁当を用意すると言っていたのだった。

 

「すごいな…。よくあの短い時間でこれだけのものが作れたな?」

 

迅は感心するが、ツグミは当然だという顔で答えた。

 

「これって実は朝のうちに用意しておいたものなんですよ。ジンさんと一緒に調査に出かけることになっていたので、多分必要になるだろうと思って。作業をしていたら真史叔父さんが物欲しそうに見ているので、3人分作ってひとつを叔父さんに渡して出勤させました。きっと今頃同じお弁当を食べているんじゃないかしら?」

 

そう言ってツグミはボーダー本部基地の方を見た。

そんな彼女の顔を見る迅の心中は複雑である。

彼女にとって理想の男性は忍田であり、事あるごとについ自分と忍田を比べてしまうのだ。

 

(こいつは俺のことを兄として慕ってくれているが、俺が望んでいるのはそんなことじゃない。俺のことをひとりの男として見て、その上で俺のことを好きだと言ってもらいたいんだ。たしかに忍田さんは俺から見ても凄い男だと思う。あの人を超えなければいつまで経っても俺は兄のまま。こうして一緒にメシを食って、それで十分幸せだと感じているようではダメだ。だが何をどうすればいいのかまるっきりわかんねぇよ…)

 

迅はツグミの本当の気持ちを知らずにいた。

ツグミにとって忍田は「人として素晴らしく敬愛できる父親」で、迅こそが「恋愛感情を抱いている異性」なのである。

だからいくら彼女が「真史叔父さんだ~い好き!」と言ってもそれは単に娘として父親が好きなだけであり、自分と忍田を比べたところで意味はないのだ。

 

ふたりの出会いはツグミが7歳の時で、その時から兄妹のようにして育ってしまった結果、お互いに兄妹としてならいつまでも一緒にいられると信じ込んでいて男女の関係になろうという一歩を踏み出せずにいた。

近界民(ネイバー)との戦いの中で生まれた幼い恋心はその戦いの中で少しずつ育まれ、あと2年ほどこの状態は続くのだが転機となった事件もまた近界民(ネイバー)によるものであった。

近界民(ネイバー)に翻弄されながらも、迅の隣には必ずツグミが寄り添い彼を支え、ツグミの危機には必ず迅が彼女を救う。

そうしてふたりは絆を深めていくのだが、この時の迅、そしてツグミはまだ何も知らない。

アフトクラトルによる大侵攻での自分の決断が正しかったのか否か迅が苦悩していた時、ツグミはいともあっさりと彼の悩みを消し去ってしまった。

「正解のない問い」に悶々としていた自分が愚かだったと思ってしまったほど、迅にとって目からウロコの「答え」であったのだ。

たぶんずっとそばにいて迅を見続けてきたツグミだったからこそ、深い霧の中で彷徨っていた彼を救い出せたのだろう。

そしてキオンの諜報員によって精神攻撃を受け、心身共に憔悴していたところを拉致されてしまったツグミを救ったのは迅である。

何もせずにゼノンたちの取引に従えば良かったものの、迅のことを誰よりも信頼していたから彼女は大博打のような作戦を練って実行したのだった。

この時の迅はまだこれらの未来を視ることはできない。

この亡命近界民(ネイバー)の事件の後に起こるいくつかの出来事にはいくつもの選択肢があって、どれを選ぶかで未来は大きく変わってしまうからだ。

3ヶ月後の近界(ネイバーフッド)遠征にツグミが参加しなかったら…

その遠征で捕虜の近界民(ネイバー)を逃亡させなかったら…

彼女がボーダーをクビになって玉狛支部に転属することがなかったら…

どれかひとつでも選択肢を誤れば、ふたりは進む道を分かつこととなっていたかもしれないのだ。

いや、このような人生を変えるほどの大きな選択肢でなくとも日常の中にいくつもの小さな分かれ道はある。

それを迅は未来視(サイドエフェクト)によって、ツグミは強い意思と行動力によって「Bad end」へのフラグを()()()()()きた。

まだ視えぬ未来に不安を抱きながらも、迅はツグミという「魂の片割れ」によって前へと進み続けている。

 

(俺にとって忍田さんは絶対に越えられない高い壁のようなものだ。道の真ん中に立ち塞がっていて今のままじゃ前には進めない。だけどツグミが高い壁にしてしまっているだけで、こいつの意識が変われば壁は低くなるどころか俺にとって何の障害でもなくなる。その意識を変えること、俺には忍田さんが持っていない良さがあるとわかってもらえればきっと…)

 

迅はツグミの顔をチラリと見ながら思った。

 

(たしかに俺には俺にしかない良さはあるはずなんだけど、俺自身がわからないんだからどうしようもないんだよな…)

 

と、重大なことに気付いてため息をついてしまった。

 

「はぁ…」

 

するとそのため息に気付いたツグミが迅に訊く。

 

「ため息つくほどわたしのお弁当はNGでした?」

 

「あ、いや…そういう意味じゃなくて…」

 

迅は慌てて言い訳をした。

 

「任務じゃなけりゃ心からハイキングを楽しめるのに残念だなって思っただけさ」

 

とっさに思いついたにしては上出来だと迅は自信を持っていたが、ツグミのひと言でへこんでしまった。

 

「何を言っているんですか? 任務だからこそここに来てお弁当を食べているんですよ。そうでなかったら今頃わたしは本部基地で狙撃訓練か個人(ソロ)ランク戦で誰かを相手に戦っているでしょう。ジンさんだってこんな任務がなければわたしと一緒にハイキングをしようなんて考えることすらなかったはずでしょ?」

 

ツグミは任務であることを強調する。

しかしこれは迅に言っているというよりは自分に言い聞かせていたのだった。

 

(ジンさんと一緒にお出かけできるなんてこんなチャンス滅多にない。だけどこれは任務なんだから浮かれてちゃダメ。気が緩んで、それが原因で任務に失敗したってことになれば城戸司令のジンさんへの信頼度はガタ落ちになる。そうならないためにはふたりとも気を張っていなきゃ。間違ってもデートだなんて思っちゃいけない。だってジンさんにとってわたしは妹みたいなものなんだから…)

 

せっかく和やかな雰囲気であったというのに、少々雲行きが悪くなってきた。

それはツグミと迅の間の空気のことだけでなく、それまで快晴だった空に黒雲が出て来て文字どおり「雲行きが悪く」なってきたのだ。

天気予報では一日中晴れだということだったが、所によっては雷を伴うにわか雨が降るとも言っていた。

念の為に雨具は用意してあるが、できることなら使わずに済ませたいものだ。

 

「ツグミ、さっきの地図を出してくれ」

 

迅が真面目な顔でツグミに訊いた。

 

「ここから一番近い雨宿りのできる場所を探してくれ。すぐにそこへ行こう」

 

「もしかして()()()んですか?」

 

「長時間降られることにはならないだろうが、ちょとヤバイかもしれない」

 

「わかりました」

 

ツグミは地図を広げると、この場所から登山道を1000メートルほど行ったところに茶屋があることを見付けた。

 

「山を降りても雨宿りできるような場所は近くになかったですから、ちょっと無理をしてでも登ってここまで行った方が良いと思います」

 

「そうだな。じゃあ、早くここを片付けて向かうぞ」

 

大急ぎで荷物をまとめてリュックサックに詰めると、ツグミは迅に手を引っ張られながら登山道を登って行った。

 

 

 

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