ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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205話

 

 

「弾速重視のライトニングでも鉛弾(レッドバレット)を付与すると実用には無理があるってことなんですよね?」

 

狙撃手(スナイパー)用訓練室で鳩原はツグミにこれまで自分が試したことを全部話した。

 

「うん。あたしにもっとトリオンがあれば何とかなるんだろうけど、あたしじゃダメだったの。ツグミちゃんくらいトリオンがあればできるかもしれないけど」

 

「じゃあ、わたしも試しにやってみます」

 

ツグミは鳩原から鉛弾(レッドバレット)の話を聞いていたものだから、その日の訓練には自分のトリガーセットにライトニングと鉛弾(レッドバレット)を加えていた。

普段は滅多に使わないライトニングだがそれでもポイントが5000を超えていたのだから、そこそこ使える。

久しぶりにライトニングを構え、100メートル先の人型の的を撃ってみた。

 

「う~ん…わたしでもギリギリってところですね。単なる的当てならなんとかなりますけど、実戦では的が動くから当てるのは厳しいかな…」

 

「だからあたしは諦めたの。あたしのトリオン能力じゃ鉛弾(レッドバレット)は無理だって」

 

「でも武器(トリガー)を破壊するだけよりも敵の動きを止めることができる鉛弾(レッドバレット)の方がはるかに効果があります。何か上手いやり方はないものかしら?」

 

ツグミはそう言ってライトニングを構えた姿勢で考え始めた。

 

狙撃手(スナイパー)用トリガーで鉛弾(レッドバレット)を使うなんてアイデアは人が撃てない鳩原さんだからこそ生まれたもの。実際には使えないけど、そういう誰も考えないようなことをひとりで考えて実行しようとした意欲は認める。だからこそその努力を無駄にはしたくない。…ライトニングは弾速重視で威力はイマイチ。でも鉛弾(レッドバレット)を使うのなら威力なんてゼロでも構わないんじゃないかしら? 通常弾(アステロイド)だったら撃つ時に自分で弾速・射程・威力といったものを自由に設定できるから、鉛弾(レッドバレット)を付与するならギリギリまで射程を削って、威力をほぼゼロまでに落とし、その分を弾速に回せばいい。それが狙撃手(スナイパー)用トリガーでもできるようにしたら…)

 

しかしそれが無理であることはツグミも承知している。

ただ無理といっても汎用のノーマルトリガーではコスト面などでいろいろ問題があって実現できないだけで、技術面において不可能であるということではないのだ。

そこでツグミには名案がひらめいた。

 

「鳩原さん、これから一緒に研究室(ラボ)に行きましょう!」

 

「え? ええーっ!?」

 

素っ頓狂な声を上げる鳩原。

それまでじっと真剣な顔でライトニングを構えていたツグミが急に大声を上げたのだから驚くのも無理はない。

 

「ダメかもしれませんが、何にしろやってみなければわかりません。先方にはわたしが説明しますから、あなたは一緒に来てくれるだけでいいです」

 

ツグミは困惑している鳩原の手を掴むと引っ張るようにして訓練室を出て行った。

 

 

 

 

ツグミと鳩原が研究室(ラボ)に入室すると何人もの技術者(エンジニア)がそれぞれ自分の担当の仕事に夢中になっていたものだから、ふたりが部屋に入って来たことにすら気付かずにいた。

ボーダーの知名度と信頼度が増すにつれて防衛隊員だけでなく技術系の職員も増えていった。

なので古株のツグミにとって馴染みのない技術者(エンジニア)ばかりで「お願いごと」をするのにも少々躊躇うことになる。

それでも奥の方へ行くと、チーフの寺島がソファに寝転がっているのを見付けてそっと近付いて行った。

 

「寺島さん、お疲れさまです。差し入れ持って来ました」

 

ツグミはそう言って寺島に紙袋に入ったものを手渡した。

 

「これは、いつものアレか?」

 

「はい。疲れた時にはやっぱりコレですよね」

 

紙袋の中に入っていたのはタッパーに詰められたツグミ特製「レモンのハチミツ漬け」で、これまで何度も開発室のメンバーに迷惑をかけてきたツグミのお詫びの品の定番である。

今日はツグミが鳩原と一緒に食べようと考えて持って来ていたのだが、寺島への()()として利用することを思い付いたのだ。

 

「サンキュ。…で、おまえが用もないのに手土産持参で研究室(ここ)に来るわけがない。また何かしたのか?」

 

「また何かした…って、わたしはそんな問題児じゃありませんよ。たしかに昔はいろいろありましたけど、玉狛へ異動した後のわたしは非常に真面目でお手本になりそうなくらいの模範隊員です。今日はお願いがあって来たんです」

 

「お願い?」

 

「はい。こちらの鳩原さんにA級特典でトリガー改造をやってもらえないかと思いまして」

 

ツグミが鳩原の名を出すと、彼女の後ろに隠れるように立っていた鳩原が前に出て寺島に挨拶をした。

 

「は、はじめまして。二宮隊の狙撃手(スナイパー)の鳩原未来です」

 

「二宮んトコの狙撃手(スナイパー)か。それで改造したいってのは?」

 

すると鳩原が困ったような顔をする。

なにしろ彼女自身もツグミから何も聞いていないからだ。

 

「それはわたしから説明します」

 

ツグミは自分の案を寺島に説明した。

 

「ふむ…ライトニングの射程をギリギリに詰めて、威力をほぼゼロにした上で弾速を最大限に引き上げ、そこに鉛弾(レッドバレット)の効果を付けるのか。たしかにライトニングはトリオン能力が上がればその分だけ弾速を上げることができるから、鉛弾(レッドバレット)で落ちた弾速をそこで相殺するってわけだな」

 

「はい、そうです。狙撃手(スナイパー)用トリガーはそれぞれトリオン能力によって上げ底できる能力がひとつずつありますが、それ以外の能力は固定されてしまっています。たとえばアイビスは威力を重視したトリガーですから、使用者のトリオン能力によって威力が上下します。ですが弾速や射程はトリオン能力による効果の変動はありません。わたしがA級の時に改造してもらったアイビス(カノン)通常弾(アステロイド)のように威力・射程・弾速を自由に設定できるようにしてもらいました。そこで鳩原さんのライトニングは自由に設定を変えるのではなく、威力をMINにして、射程は…狙撃手(スナイパー)トリガーとして最低限まで切り詰めて、そして弾速をMAXにして固定し、鉛弾(レッドバレット)専用ライトニングにしたいんです」

 

「まあ、理屈はそうだよな…」

 

鉛弾(レッドバレット)を付与した弾には対象にダメージを与える力はない。

ならば初めからライトニングの威力を無視して的に当てることだけに重点を絞ってトリオンの大部分を弾速に振り分ければ良いとツグミは考えたのだった。

しかし鉛弾(レッドバレット)を使用する場合はメインとサブの両方のトリガーを同時に使用するため、シールドやバッグワームを使うことはできない。

特に狙撃手(スナイパー)としては必須のバッグワームが使えないとなれば実用性はゼロである。

また狙撃手(スナイパー)用トリガーは遠距離からの攻撃に特化しているのだから、どうしても射程にトリオンを消費してしまうシステムなのは仕方がないことで、その上で鉛弾(レッドバレット)を付与するのは無茶ともいえる。

したがって技術者(エンジニア)たちは初めから狙撃手(スナイパー)用トリガー+鉛弾(レッドバレット)の考え方は頭になかったのだった。

そもそも攻撃用トリガーはいかに効率良く敵を倒すかが重要で、威力を高めることには熱心だがそれをゼロにしようなどとは、これまでの自分たちの仕事を否定するようなものに近く、寺島があまり乗り気でないのも当然だ。

これが逆に威力を高めるだとか、新しい効果を与えるオプショントリガーの製作であればノリノリで受けるかもしれないが、それだって彼らの本来の仕事の合間にやるのだから時間と心と体力に余裕がなければなかなか難しい。

それに鳩原の詳しい事情を知らなければ「鉛弾(レッドバレット)なんて使わずに普通に狙撃すればいいじゃん」となるわけで、タダでさえ忙しい技術者(エンジニア)たちにチーフの自分が()()()()()仕事をさせることはできず、だからといって自分がやる義理もない。

たしかにA級隊員がその特典で自分のトリガーを改造してもらう権利はあるが、それをやるかやらないかは技術者(エンジニア)たちの気持ち次第である。

 

「難しい技術なので寺島さんにしかできないだろうと思って相談してみたんですけど…チーフの寺島さんだからこそお願いしちゃダメだったんですね」

 

ツグミが寺島の心の中を察して言い、さらに続けた。

 

「そうですよね…。前回の遠征で持ち帰ったトリガーの解析が終わったと思えば新しいトリガーの開発に加えて既存のトリガーのバージョンアップとか、休む暇も与えてもらえずに本部に泊まり込みで仕事をしているんですものね。これ以上お仕事を増やしては身体に障りますから、残念ですけど諦めます」

 

「え? おい…」

 

面倒なことを頼みに手土産まで持って来たというのに、あまりにもあっさり引き下がってしまうものだから、寺島は拍子抜けしてしまった。

ツグミが「チーフの寺島さんだからこそお願いしちゃダメだった」と言ったのは本心からであり、それはこれまでの彼女の態度から良く知っている。

「そこを何とかお願いします」とか言って頼み込むものだと思っていたものだから、寺島は逆に引き止めてしまいたくなってしまった。

 

「待てよ、ツグミ。諦めるって、他にアテなんかないんだろ?」

 

「ええ。でも寺島さんはお疲れのようですし、寺島さん以上に優れた技術者(エンジニア)の方はいらっしゃらないので、この案件はボツにするしかないでしょう」

 

「いや、俺は別にできないとは言ってないぞ」

 

「はい、それはわかっています。でもこんなワンオフトリガーを作ったところでボーダー全体の得にならないでしょうから、時間の無駄になってしまいます。わたしは鳩原さんのためにと思って考えて良い案だという自信があったものですからお願いに来たんですけど、寺島さんの事情やお身体のことまで考えていなかったんです」

 

「俺のことを心配してくれるのは嬉しいが、健康管理はきちんとやってる。…急ぎでないなら今の仕事の合間の気分転換にやってやってもいいぞ」

 

「ホントですか!?」

 

「ああ。男に二言はない」

 

寺島が胸を張って自信満々に言うものだから、ツグミはこれ以上ないというくらいの笑顔で礼を言った。

 

「ありがとうございます! やっぱり寺島さんは頼りになりますね。ええ、急ぎではありませんので、寺島さんのご都合の良い時にやってください。完成した時にはきちんとお礼をさせていただきます。正式なトリガー改造の依頼は彼女が書面で提出しますので、どうぞよろしくお願いします。じゃ、わたしたちはこれ以上いると休憩のお邪魔になりますから、これで失礼します」

 

ツグミはペコリと頭を下げて、同様に頭を下げる鳩原の手を引っ張って研究室(ラボ)を出た。

 

 

 

 

廊下を並んで歩くツグミと鳩原だが、ふたりの表情は正反対だ。

ツグミは上機嫌で、鳩原は不安そうな顔をしている。

 

「鳩原さん、どうしてそんな顔をしているんですか? ライトニングで鉛弾(レッドバレット)が使えるようになれば、敵の頭だろうが胴体であろうが普通に撃てる。あなたもそう考えて試してみたって言ってたはずです」

 

「うん、それはそうなんだけど…あたしなんかのために開発室の人に余計な仕事を押し付けちゃったことになるから…」

 

「たしかにこっちから持ち込んだんですけど、最終的には寺島さんが自分の意思で引き受けてくれたんですから大丈夫ですよ。もちろん他の優先順位の高い仕事を先にやるでしょうから、ライトニングの改造はその後になると思います。今すぐに、ってわけにはいきませんが、その間にあなたは並行して人を撃つことに抵抗を持たないような精神を鍛える。そうすれば次の遠征選抜試験までにライトニングが完成すればいいですし、完成していなくてもあなた自身が少しでも変わっていれば希望はあるんじゃないですか?」

 

「うん…。でも寺島さんも初めは全然やる気なしってカンジだったのに、よく引き受けてくれる気になったなって不思議に思ってるんだけど、ツグミちゃんはなぜかわかる?」

 

「それは簡単ですよ。無理強いしないですぐにこっちが退いたからです」

 

「?」

 

「難しい技術の改造ですから他の人にはできない。あなただけが頼りなんです、って顔をして彼を持ち上げておいてあっさりと退かれてしまったら『おいおい、それで諦めるのか?』ってなるでしょ? 彼がはっきりとNOと言わないうちにこっちが帰るとなれば引き止めようとしたくなる。そういう心理を利用させてもらいました。時間がかかるのは仕方がありませんが、自分からやると言った以上は絶対に完成させてくれます。それを待ちましょう」

 

「……」

 

「この依頼は技術者(エンジニア)にとって不満な仕事です。これまでは攻撃用トリガーなら攻撃力を高めるとかトリオンの消費を減らすとか、効果的に敵を倒すために必死になってきました。オプショントリガーだって同じです。それなのにそれらから逆行するようなトリガーの改造ですからやる気なんて起きません。寺島さんの顔にもそれがありありと見えました。でも自分以外の人間にはできない難しい仕事となればいくらかでも食指が動くことになり、こちらが押してもダメなら引いてみればって行動をすれば、それに引っ張られて受けてもらえるんじゃないかなって考えたんです。正直言ってこうも上手くいくとは思いませんでしたけど」

 

「じゃあ…」

 

「ダメ元でお願いしたんです。もしダメでも玉狛のクローニンさんにお願いするという第2案も考えてあったんですけど、そんな心配はいらなかったですね」

 

ツグミは年上の寺島を相手に駆け引きをしていたのだった。

寺島にしては彼女が自分を頼りにして来たのだから土下座まではせずともOKを貰うまで居座るくらいのことを覚悟していた。

それなのにツグミの態度が彼女らしくなくすぐに諦めて帰ろうとしたので、()()引き止めてしまったわけだ。

引き止めておいてNOと言うはずがなく、したがって渋々でも引き受けることとなる。

そしてツグミにはもうひとつ狙いがあった。

本業が忙しくて大変なほど、気分転換にそれとは真逆の関係ない作業をやりたくなるもので、ある意味「現実逃避」をしたくなって、そのネタを与えたのであるから存外早いうちに改造は終わるかもしれないと考えている。

 

「念には念を入れて後で寺島さんの分だけでなく他の技術者(エンジニア)さんたちの分も差し入れをしておきます。そうすれば周囲も『仕方ないよな…』って気分になって寺島さんの()()を大目に見えてくれるようになるでしょう」

 

「ありがとう、ツグミちゃん。あたしもどこまでできるかわからないけど頑張ってみる」

 

鳩原はツグミが自分のために様々な策を考えて動いてくれていることに感謝の気持ちしかなかった。

こうなると自分も人を撃てるように努力してみようという気にもなる。

そこがツグミの計略のひとつであった。

鳩原が自分は人が撃てないという負い目を抱えていて、そんな彼女に「撃てるようになれ」と言っても逆効果で、自分からすすんで壁を乗り越えようとする意思を持たせなけれなダメだとツグミは考えており、あえて背中を押すのではなく自分から前に進もうという気にさせた。

ツグミにとって鳩原が人を撃てるようになろうとなるまいと関係のないことである。

ただ友人が悩んでいることであれば解決してやりたいという気持ちだけで、鳩原本人が人を撃てない自分を肯定できればそれでもかまわない。

人を撃てない自分でも部隊(チーム)のために役立っているという自負があるなら、彼女は二宮隊の一員として十分やっていけるはずなのだ。

 

(わたしは鳩原さんのためにいくつかの()を作った。後は彼女の意思だけ。人が撃てるようになってもなれなくても彼女には前に進むことができるように複数の道がある。彼女がどの道を選んだとしても、わたしが友人であることは変わらない。…ただし人を撃てないままで遠征に行こうとするのは友人として応援したくはない。彼女を死なせたくはないもの。でも人が撃てるようになったら全力で応援するから頑張ってね)

 

ツグミにとって鳩原は特別な存在であった。

家族といえるほど親しくはなく、かといって仲間というほど他人行儀でもない。

過去にツグミはクラスメイトを友人と呼んでいたがそれは同級生という同じコミュニティにいただけの人間で、彼女の事情を知らずに仲間外れにしたような薄情な人間たちであった。

しかし鳩原とはお互いの事情を理解した上で友好関係を結ぶことができた唯一の存在で、家族同様に失いたくはないと思ったのも彼女が初めてなのである。

この時はまだ鳩原が近界(ネイバーフッド)への密航を企てるとは露ほども思っておらず、この密航事件はツグミの心にも暗い影を落とすことになる。

ツグミは千佳が人を撃てない ── 実際は「撃ちたくない」であった ── という悩みを抱えて苦しんでいた姿を鳩原に重ねており、誰よりも心配していた。

だが千佳も鳩原と似たようなもので、鳩原は自分が直接手を下すことによって罪悪感を覚え、千佳は他人に責められるのではないかと勝手に怯えていただけの臆病者であった。

違うところは問題の解決手段だけ。

鳩原の場合は彼女に手を貸そうとしたのがツグミだけであり、千佳の場合は周囲の人間が寄ってたかって甘やかし放題であった。

さらにトリオン能力の関係で千佳はユズルから教えてもらったライトニング+鉛弾(レッドバレット)の狙撃方法が可能であったものだから「人を撃つことで責められるのは嫌だけど、役に立たないと思われるのはもっと嫌」な彼女は根本的な部分を解決せずに対処療法で誤魔化すことにした。

それがツグミには許せなかったのだ。

千佳のことだけでなく自分自身も許せず、同じ轍を踏みたくはないと考えたツグミは玉狛支部 ── 家族と決別する覚悟で千佳を諭した。

ツグミの想いが千佳に届いたのかどうかわからないが、少なくとも表面上は人を撃てるようになったことは確かで、その点に関しては鳩原の時よりはマシである。

もしツグミがもっと鳩原に厳しく接したなら彼女を密航などさせずに済んだかもしれない。

しかし迅のような未来を予知する能力のないツグミに責任を追求するのは筋違いで、彼女にできなかったことが他の人間にできるはずがない。

結局のところ鳩原は誰も信頼しておらず、友人であったツグミさえも我を通すために裏切ることとなるのだ。

 

 

 

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