ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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209話

 

 

城戸への御機嫌伺いを済ませたツグミは早々に本部基地を出て、その足でゼノンたちのいる遠征艇に向かう。

理由はもちろん情報収集の続きと、彼らが帰国する際のお土産を探すためだ。

 

(一度に3人を連れて出かけると目立つから、1回にひとりずつよね…。順番はケンカにならないようにジャンケンとかくじ引きで決めてもらうのがいいかな?)

 

そんなことを考えながらクロスバイクを走らせ、午前中の時と同じように人目につかない場所に停めると倉庫に入って行く。

そして遠征艇の扉を開くとゼノンたちが3人並んでいてツグミを出迎えた。

 

「「「ツグミ、おかえりなさい」」」

 

「…ただいま」

 

まるで自宅に帰って来た家族を迎えるような様子で、ツグミはちょっと驚いたが嬉しくて胸がジンときてしまった。

ゼノンたちが「おかえり」と言ったのは、昼にツグミが何気なく「いってきます」と言って出て行ったことに対する彼らなりの嬉しさと感謝の表現なのだ。

 

「ツグミの弁当、美味かったぜ。これまで食べたのとは違って味があっさりしてたけど、それはそれでいいよな。オレはハンバーグが一番好きだけど、今日の鶏肉も美味いと思った」

 

テオは満面の笑みでツグミに言う。

 

「ありがとう、テオくん。美味しいという言葉は作った者に対しての最高の賛辞よ」

 

笑顔のツグミにゼノンやリヌスも顔がほころぶ。

 

「ツグミの料理を食べるとトリオンの量が増えるような気がするんだ。隊長たちは気のせいだって言うけど、オレはホントにそう思うんだ」

 

「わたしもテオくんの意見に賛成よ。トリオン器官は人間の体内にあるものなんだから、その人間の気分や体調の影響を受けて変化するのは当然だもの。同じことをやるにしても気分の良い時は順調に進んで、悪い時には思うようにいかないなんてこと普通にあるものね」

 

「そうそう! …だけどツグミのメシが上手いと早くトリオンが溜まってキオンに帰らなきゃならないからさ、それが困るんだよな」

 

困ったような顔で笑うテオにツグミは微笑みながら答えた。

 

「トリオンが溜まったとしても、玄界(ミデン)にいたいならいてもかまわないんじゃない? もちろん何ヶ月も滞在するのは無理だけど、10日が20日になったところで誰も咎めやしない。なにしろあなたたちがここにいることを知っているのはボーダーの中でも一部の人間だけ。…わたしとしてはあと20日間くらいいてほしいと思っているくらいよ」

 

「あと20日って、そんなに長く?」

 

「うん。だってそれくらいすれば桜の花が咲くから、みんなでお花見ができるもの。人の多いところでは目立ってしまうから無理かもしれないけど、わたしの家の庭にも1本だけあるの。わたしの叔父…忍田本部長が生まれた時に両親が記念に植えたという桜の木で、同じ場所に母が生まれた時に植えた梅の木があるんだけど、それは今が満開で見頃になっているのよ」

 

ツグミが嬉しそうに話すのを聞いていたゼノンの顔が一瞬曇った。

彼女の両親を殺したのが先輩の諜報員であることを知っているからだ。

キオンの人間が親の仇であると知れば自分たちのことを憎むのではないかと不安になるのと同時に、親身になって自分たちのことを心配してくれる彼女を騙しているという罪悪感が顔に浮かんでしまったのだ。

しかしさすがはベテラン諜報員ですぐに元の顔に戻ったからツグミには気付かれなかったはずである。

もっともツグミのような素人に動揺を悟られては諜報員を廃業せねばならないのだが。

 

「ツグミ、今日はこれからどうするんだい?」

 

ゼノンが話題を変えるために言った。

 

「えっと…これから毎日午後はトリオン抽出作業のない時間に交代で街へ出てもらい、キオンへ帰国する際のお土産になりそうなものを探したいと思っています。玄界(ミデン)には近界(ネイバーフッド)にはない優れたものがたくさんありますから、単に消費するものだけでなくキオンでの生活に取り入れられる道具やシステムがあればその参考になるものを持ち帰ってもらいたいんです。人の生活に欠かせない衣食住を豊かにすることで、人の心に余裕が生まれて他人に優しくできるようになれば戦争が愚かなものに思えてくるはず」

 

「……」

 

「もちろんそう簡単なことではありませんが、挑戦する意味がないとは思いません。やってみてダメならそれはそれで仕方がありませんが、やらないうちにダメだと決め付けるのはわたし嫌いなんです。だからわたしに協力してください。お願いします」

 

そう言って頭を下げるツグミ。

普通に考えたらここでツグミが頭を下げることなどない。

ゼノンたちが任務失敗でキオンに帰国したところで彼女に何の損も得もないのだ。

それにキオン国民の生活が向上することで三門市民の安全が確保されるわけでもなく、ボーダーの活動とは無関係なことに熱心になっているように傍からは見えることだろう。

しかし彼女の行動は無意味なことではない。

彼女はキオンが近界(ネイバーフッド)の国々に与える影響の大きさを考え、軍事大国アフトクラトルに対抗しうる存在として注目していた。

出会いこそ最悪のものであったが、ゼノンたちキオンの人間と関わりを持つことになったことは必然であったと考えていて、父・織羽に導かれたのだと思っている。

だからこそ自分にしかできないことだと考えて、自分のやり方で未来を最善のものにしようと努力しているのだ。

 

「ツグミ、頭を上げなさい。きみがそこまでする必要はない。むしろ我が祖国のことに心を砕いてくれていることに感謝しているくらいだ。我々はキオンの軍人であるという立場上きみの()()()に協力できない部分もあるが、個人としてはできる限りのことをしたいと思っている」

 

「ゼノン隊長、ありがとうございます。ではこれからのことについて相談したいことがありますので座って話をしませんか?」

 

「ああ、そうだったな。これでは玄関での立ち話だ、ハハハ…」

 

ゼノンは頭を掻きながらツグミを作戦室へと案内した。

するとそこには10日前にはなかったものがひとつ置いてある。

 

「これは…どこから持って来たんですか?」

 

ツグミの言う「これ」とはひとり掛けの黒い革張りのソファで、その疑問にリヌスが答えた。

 

「この倉庫の隣の建物に置いてあったものです。長い間使っていなかったものですから埃まみれになってはいましたが、壊れてはいませでしたので綺麗にしておきました。あなたのために用意した椅子です」

 

ツグミが拉致された時に椅子が3つしかなかったものだから、テオは自分の椅子を彼女に譲ってダンボール箱に腰掛けていた。

それを元に彼女はゼノンたちが3人組であることを判断したこともあった。

ゼノンたちは彼女がまた自分たちに会いに来てくれるとわかったものだから、彼女の椅子を探して来てくれたのだ。

 

「ありがとうございます。でもわたしだけこんな肘掛のある椅子に座るのはちょっと心苦しいかな?」

 

「いいんですよ。これはあなたにここに少しでも長くいてもらいたいと言う私たちのワガママなんですから座ってもらわないと困ります」

 

リヌスの言葉は本心からのもので、ツグミを引き止めたいとの想いが行動に出たのだ。

もちろん椅子がどんなものであってもツグミは毎日ここへ通うが、彼らの気持ちを大切にしたいと思って言った。

 

「では遠慮なく座らせていただきます。…うん、とっても楽です。うっかりするとまた居眠りしちゃいそう」

 

拉致された時に硬い椅子に腰掛けたまま寝落ちしてしまったツグミ。

そのことを今でも覚えていて少々恥ずかしいのだが、それも良い想い出として大事にしている。

 

早速ツグミはソファに腰掛けるとゼノンたち3人に自分の計画を説明した。

その様子はツグミを隊長とした部隊の作戦会議のようで、ゼノンたちは興味深げに彼女の話を聞いていて、ひと通り話し終えるとゼノンたちは彼女の提案に賛成という意思表示として大きく頷いた。

 

「ツグミ、きみは面白いことを思い付くものだね? 我がキオンを利用しようと言うのだから。しかしきみの考えは正しいと思う。きみたちがキオンを利用しようとするのと同時にキオンも玄界(ミデン)を利用すれば良いという考え方は俺も好きだな。互いに利となるのであれば打算的な関係であっても()()それでいい」

 

ゼノンがそう言うと、ツグミが付け加えた。

 

「外交に関してだけでなく、世の中すべてがそういうものじゃありませんか? たとえば商売で商人と客の関係にしてもお互いに相手を利用していると考えることができます。客は商品が欲しくて商人は金が欲しい。その利害関係が一致して取引が成立するのですから。別に相手のことが好きだからその人のために親切心で何かをしてやろうというのではなく、単純に自己の利益のために動いているだけ。それで十分なんです。ただ両者は対等な関係でなければいけません。お互いに同じだけ得をすることが重要で、片方が一方的に得をしてもう片方が損をするような関係ではダメです。対等な立場であればお互いに自己の利益だけを考えていても結果的には相手の利益にも繋がります。キオンと玄界(ミデン)もそんな関係で良いと思います。無理に相手の人間のことを尊重しようなどと考えると感情というものが先立ってしまって面倒なことになります。だから私情を挟まずに割り切ったやり方で、お互いに得をするだけの関係から始めようと考えたわけです」

 

ツグミの考え方は非常にビジネスライクなものである。

お互いに利用し合うなどと言うと欺かれたり出し抜かれたりしないように警戒の目で相手を見てしまいがちになるが、「Win-Win」を大原則として双方がこれを遵守するのであれば何の問題もない。

むしろお互いが得をする関係を続けている間はトラブルも起きず、自分が相手を利用している以上は自分たちが利用されているとわかったところで腹も立たない。

ボーダーは近界(ネイバーフッド)の進んだトリオン文明やトリガー技術を手に入れたいと考えていて、キオンと良い関係を築くことができれば先のアフトクラトルによる大侵攻のような戦争に対応できる戦力を手に入れられるかもしれない。

ツグミもキオン国民と友人になりたいのではなく、ボーダーの活動が今まで以上に楽になれば良いと考えているだけ。

それに城戸に対しても「キオンを利用する」という言い訳ができるというもの。

だからこそゼノンたちに街へ出てもらってキオンで必要とされるものを探そうというのである。

キオンのトリガー技術を手に入れるだけの対価となるものであるから難しそうに思えるが、案外そうでもないのだ。

 

「そこでこれから帰国するまでの間、皆さんには空いている時間を利用して街中でいろいろなものに接してもらいたいと思っています。玄界(ミデン)に滞在中は任務の関係で歩き回ったかと思いますが、これからは視点を変えてキオンにあったら良いもの、自分たちが欲しいと思うものを見付けてほしいんです。それを持ち帰ってもらい、まずは任務失敗の穴埋めにしましょう。これで皆さんの上官が玄界(ミデン)に良い意味で興味を持ってもらえれば成功です。後のことは追い追い考えていきましょう。時間はたっぷりとあるのですから」

 

ゼノンたちが(ブラック)トリガーを確保できなかったことで()()()で帰国すれば厳罰が待っているのは疑いようがない。

そこでツグミは彼らに()()()を持たせて帰国させることを考えたのだが、その後のことも考えていた。

近界民(ネイバー)なら誰であってもこちら側の世界の文化の一端に触れれば興味を持つことになり、「知りたい」「欲しい」という気にさせることが重要なのである。

ツグミにとっては普段は気にも留めないようなものであっても、生まれて初めて見たゼノンたちにはすべてが物珍しく興味深いものばかり。

比較的簡単に手に入るものでもキオンの人間にとっては非常に珍しく価値の高いものといえるのだ。

 

「そこでこれから交代でわたしと一緒に街へ出ていろいろなものを見たりお買い物をするとか、とにかく物でも知識でもいいので何かを手に入れましょう。皆さんが興味を持ったもの、欲しいもの、何でもかまいません。…あ、でもわたしの所持金で買えないほど高価なものや、その品物単独では使用できないものなどはダメです」

 

「その品物単独では使用できないものって何?」

 

テオに訊かれたツグミは自分のポケットから携帯電話を取り出して説明をした。

 

「例えばこの携帯電話ですが、通話をするためには同じような機械が必要なのはもちろんですが、基地局、ネットワークセンターといった施設がなければ使用できません。ただしこの機械には写真を撮る機能があって、それだけでしたら使うことに問題はありません。もっともこれは作動するためのエネルギーが電気で、この中にある充電池にその電気が蓄えられていてその電気を使い切ってしまったらおしまいになります。これを再び使えるようにするには充電すれば良いのですが、近界(ネイバーフッド)ではすべてのエネルギーがトリオンで賄われているので電気というものは存在しません。ですよね?」

 

「うん」

 

「そうなると玄界(ミデン)の優れた技術で作られたものも宝の持ち腐れとなってしまいます。まあ、携帯電話くらいの電力消費の小さいものなら太陽光を利用したソーラーチャージャーを使えば充電して使用できるようになります。このソーラーチャージャーは太陽光に当てるだけで発電します。つまりトリオンを使わなくても機械を動かしたり明かりを点けたりすることができるんです」

 

「すっげえ…」

 

近界(ネイバーフッド)ではすべてのエネルギーがトリオンによるものだから、トリオンを使わないで済むというだけで驚いてしまう。

トリオンに頼る文明だからトリオン能力の高い人間を攫うために戦争が起き、その戦争でトリオン能力者を捕まえるために大勢の兵士の命が失われるというスパイラルに陥ってしまっている国が多い。

キオンがアフトクラトルのようなトリオン能力者を捕らえるために戦争をする国だったら話にならなかったが、幸いキオンはトリオンには不自由しておらず、気候が寒冷であるために食料庫となる国を確保するために戦争をしているだけなのでその問題を解決さえすれば戦争もしなくなるというもの。

ツグミはそこに目を付けて、キオンを味方にしようと考えているわけである。

 

「昨夜お話したようにわたしは近界(ネイバーフッド)にトリオン以外のエネルギー技術を持ち込んでみたいと考えています。寒冷地での作物については現地の土壌について情報がない以上はどうしようもありませんが、玄界(ミデン)での寒冷地で育つ作物の種や苗を持って行って試しに植えてみようかと思っています」

 

「…!」

 

リヌスはツグミのこの言葉に違和感を抱いた。

再生可能エネルギーや食料事情の改善といった話は昨夜のものと同じだが、内容は同じことであっても彼女の言い方にちょっと引っ掛かるものを感じたのだ。

 

(…いや、気付かなかったことにしておこう。ここでそのことを指摘したら彼女が計画を変更してしまうかもしれない。彼女の気持ちの変化は私にとって歓迎すべきことなのだから…)

 

ここでリヌスが何も言わなかったことで2本あったツグミの進む道が1本が消えて1本になろうとしていた。

まだ確定ではないし新たな選択肢が生まれる可能性もあるが、このまま彼女が順調に計画を進めればリヌスの期待どおりになることだろう。

一方、ゼノンとテオはまったく気付いてはおらず、ツグミと一緒に街へ出ることで頭がいっぱいだ。

 

「今からどなたかひとりと一緒に出かけたいと思いますので、3人で誰が出かけるか選んでください。もちろん明日以降は順番を決めておいて交代で出かけますからご安心を」

 

「わかった。ツグミ、少し待ってくれ。すぐに決める。…リヌス、テオ、ここは公平にジャンケンで決めよう。いいな?」

 

ゼノンがリヌスとテオに訊くと、ふたりは黙って頷いて手を出した。

 

「では、いくぞ。…じゃん、けん、ぽん!」

 

ゼノンたちは3人でジャンケンを始めた。

キオンにはジャンケンという習慣はなかったのだが、陽太郎と遊んでいるうちにテオが覚え、ゼノンとリヌスにも教えたものだ。

陽太郎曰く「もっともこうへいなきめかた」であるらしく、くじ引きのように道具を用意することがなくて簡単なために彼らは気に入っているようである。

 

「よし、俺の勝ちだ!」

 

一抜けしたゼノンが大人げなくガッツポーズのような格好をして叫んだ。

続いてテオが勝ち、リヌスが負けとなった。

こうしてゼノン、テオ、リヌスの順で出かけることが決まったので、ツグミはさっそくゼノンと出かけることにする。

 

「ツグミ、支度をするのでもう少しだけ待っていてくれ」

 

ゼノンはそう言うと退席をし、すぐに戻って来た。

彼の姿は一般的な三門市民の男性と区別がつかないもので、それを見たツグミは驚いてしまう。

見た目が日本人とほぼ同じで髪も目も黒くなっていて、服装もごく当たり前の30代男性のものである。

 

「それって…どうしたんですか?」

 

「これは潜入調査用の変身トリガーで、現地の人間の中に溶け込むために使うものだ。俺たちは任務で様々な国に潜入するが、その際には現地の人間のデータを入力して姿を変えて行動するのだよ。玄界(ミデン)に来てからもこれを使って活動していた。これにはトリオン反応を消す装置が付いているのでトリガー使いだとは思われずに済む優れものだぞ」

 

「そんなものがあるんですか…」

 

「ああ。だが問題点がひとつある。これはこの遠征艇の中にある装置を使わないと換装できないもので、換装を解くにもここへ戻って来なければならないということ。いざ戦闘状態になってもすぐには戦闘用トリガーに持ち替えることができないのは不便だ」

 

これまでキオンや自分たちの任務のことを含めて近界(ネイバーフッド)やトリガーに関することはまったく話をしなかったゼノンであったが、ツグミが自分たちの懐に無警戒で飛び込んでくるものだから彼もうっかり油断してしまったようだ。

 

「そうなんですか…。その姿なら目立ちませんから安心して歩き回れますね。ではまいりましょうか。リヌスさん、テオくん、お留守番をお願いします。ちょっと遅くなるかもしれませんが、夕飯は買って帰って来ますので楽しみに待っていてくださいね。じゃあ、いってきま~す」

 

ツグミは悔しそうな顔のテオと不安そうな表情のリヌスに手を振って遠征艇を出たのだった。

 

 

 

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