ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ゼノンたちに弁当を届けた足でツグミはボーダー本部基地へと向かった。
毎月第一金曜日の午後は各部隊の隊長が集まって行う月例隊長会議があり、S級隊員になったもののその会議に出席しなければならないからだ。
もっとも会議自体に参加するのではなく、彼女がS級になったことのお披露目的な意味を持つものである。
彼女がS級になったことはまだ公にはされておらず、今後も発表する意思がないために急遽隊員たちに周知させるための場を忍田が設けたのだ。
2月の会議にはツグミもB級部隊の隊長として初参加したのだが、その時にはまさか翌月にはこのような形で出席することになるとはまったく想像もしていなかった。
それだけこのひと月の間に様々なことが起きたという証拠でもある。
B級ランク戦では最下位からスタートしてRound4の段階で暫定とはいえ1位になるという前例のない快進撃。
大規模侵攻からB級ランク戦にかけて無理をしていたことによるトリオン不足と過労による体調不良。
キオンの諜報員による拉致事件。
この事件によって父親が
他にもガロプラの人間たちと関わったり、千佳の「撃てない問題」をきっかけに玉狛支部を家出同然で出て行くことになるなど、このひと月の出来事が彼女の人生を大きく変えることになったのは間違いない。
本部長室で待機していたツグミの携帯に忍田から連絡があり、彼女は隊長会議が行われている会議室へと向かって歩いている。
彼女にはこの後の展開が見えており、面倒なことにならないようにどうすべきかは昨夜のうちからずっと考えていてひとつの答えを出していた。
(
会議室の前で呼吸を整えると、ツグミは中にいる人物に声をかけてから扉を開けた。
「霧科ツグミ、入ります」
すっと扉が開き、ツグミが一歩足を踏み入れたと同時にその場にいたメンバー全員が彼女に視線を向けた。
忍田からはまだ彼女がS級隊員になったということは知らされておらず、なぜ彼女が呼び出されたのか理由がわからないといった表情である。
ツグミは忍田の隣に立ち、そこでやっと忍田が事情を説明し始めた。
「実は昨日付けで霧科ツグミ隊員は城戸司令からミリアムの
「
さらにざわめきが発生し、明らかに「きちんとした説明がほしい」という顔をしている。
「きみたちが言いたいことはわかっている。今から私が説明をする。もっとも私の説明できみたちが納得するかどうかはわからないが、この人事はきみたちが不満に思って城戸司令に掛け合ったところで覆ることはない」
忍田の言葉で室内は静かになり、ツグミから手渡されたミリアムの
「これがミリアムの
「は~い、忍田さん! …ってことはツグミの親父さんはボーダーの人間だったってことですか?」
太刀川が手を挙げて訊く。
「ああ。彼女の父親の霧科織羽はボーダー創設メンバーのひとりで、後輩の私や林藤支部長はずいぶんと世話になった。9年前の交通事故で亡くなった時に城戸司令がこのトリガーを預かったのだそうだ」
ツグミの父親がボーダー創設メンバーであったことを知ったものだから、なぜ彼女が旧ボーダー時代からの隊員なのか、また忍田が剣の師匠であった理由など腑に落ちたようで何人かが頷いている。
続いて風間が手を挙げて訊いた。
「事情があるようですけど、どうして城戸司令は今まで秘密にしていたんでしょうか? 天羽の
「たしかにそうなのだが…城戸司令はこのトリガーの能力を知っていて、その上で封印して使用しない道を選んだ。適合者を探さなかったのはこのトリガーの能力と使用者の負担を知っていればこそで、そのすべてを知って納得した上で霧科は所有することを選んだのだ」
「その言い方ですと
「そういうことに…なるな」
「忍田本部長、ここから先はわたしが説明してもかまいませんか?」
「ああ、頼む。だが、わかっているな?」
「はい。余計なことは喋りませんからご安心を」
あまり深く追求されると立場上困るといった忍田の表情を見て、ツグミが代わって説明することにした。
「お許しをいただきましたから、ここからはわたしが説明をいたします。といってもわたし自身もまだ知らないことはありますが、訓練室で2度使ったことがありますから使用者の立場から忍田本部長よりはディープな内容をお話しできると思います。まあ、口で説明するよりも実際に見てもらった方が手っ取り早いというか、わかりやすいと思います。これから訓練室でデモンストレーションを行いますが、いかがでしょうか?」
隊長会議自体は終わっているので、ここで解散しても良い状態になっている。
興味のある者は付き合うだろうし、なければさっさと帰ってしまえばいい。
ツグミはここで何人かが帰ると思っていたが、意外なことに全員がデモンストレーションを見物するということになった。
◆
ツグミと太刀川、風間、三輪、二宮、諏訪の5人の隊長たちが「市街地A」のフィールドに転送された。
残ったメンバーは狭い管制室の中で様子を見物している。
当初はツグミがトリオン兵を倒すというこれまでのものと同じことをする予定であったが、太刀川が「見ているだけじゃつまらない」と言い出し、体験してみたいという希望者5人が
流石に正体不明の
よって予め弾丸トリガーであり追尾能力が高いものであること、そしてトリオンに反応してどこまでも追尾することを公表しておいた。
トリオン兵はバムスター、モールモッド、ラッドを合計100匹で、そこに適当な距離に転送された隊長5人。
フィールドの中央に転送されたツグミは周囲をぐるりと見回すと
「
巨大なトリオンキューブが125分割され、近くにいるトリオン兵に向かって飛んで行った。
トリオン兵は回避や防御をしないので正確にその
それを見ていた太刀川と風間と三輪はシールドを併用しながら自分に向かって来る弾を斬り、二宮と諏訪は背後にシールドを展開しながら正面の弾を撃ち落として第一波の攻撃は退けた。
しかしここからが本番である。
ツグミは続いて第二波として125分割の弾を撃つ。
1撃目はトリオン兵100匹を倒した残りの25弾を防げば良かったのだが、2撃目は125弾がすべて5人の隊長たちに襲いかかって来る。
さらに2撃目に対応すべく動いている彼らに対してツグミは間髪入れず第三波の攻撃をしたものだから、計250弾がまるで本物の蜂のように複雑でバラバラな動きをしながら襲いかかる。
その様子を見ながらツグミは考えた。
(トリオン兵だけなら数がたくさんでも問題はないけど人型だと回避や防御をするし、そのうちに反撃を仕掛けてくるだろう。でも一番近い場所にいる二宮さんですら無防備のわたしに攻撃できるほどの余裕はないみたい。弾数を増やして攻撃を密にすれば反撃のチャンスを見付けるのに苦労する。今のところ125分割までしかしたことがないけど、もう少しイケるかも?)
トリオンを消費しない仮想戦闘だから
弾は視線誘導ではなくトリオン供給機関や伝達脳のトリオンに反応して自動で追尾するものだから、一度撃ってしまえば後は放っておいても勝手に追いかけてくれる。
なので余裕で
(
使い過ぎてしまえば使用者自身に危険が及ぶというミリアムの
だからこそツグミは使わないことに決めたわけだが、場合によっては無駄な戦いを回避するためには
そのためには能力を知っていなければならず、このデモンストレーションは彼女にとって都合の良い「実験場」となった。
いくらボーダーでトップクラスの隊員であっても不規則に飛び回る蜂のような弾を回避したり防御し続けているのには限界がある。
勝つためなら手足の1本2本失ってもかまわない、という
それでは時間稼ぎにしかならず、いずれは消耗してトリオン体の換装が解けて生身になってしまい、次の1発で命を奪われることになるのだから。
5人のうちで最初に
トリオン切れを心配しなくても良いためにいくらでも攻撃も防御もできるのだが、気の短い彼にとって長期戦は向いていない。
建物の壁を背にしてメインの
壁を背にしていたといっても隙間があってそこに入り込まれてしまったのが運の尽き。
そこを突かれたわけだ。
諏訪が
ツグミが何発も
ツグミは反撃される心配がない場所で一方的に攻撃をし、後は高みの見物である。
(もっとも実戦ではそうもいかないのよね…。自分のトリオン残量や精神バランスを確認しながら暴走しないよう努めなければならないんだけど、その弱点を明かさなければ無敵の
残った風間と二宮は普段から冷静に対処できるタイプであるから、長期戦になっても余裕があった。
お互いにトリオンが減らないので延々と戦い続けることはできるのだが、ツグミが本気で攻撃しているように見えないものだから二宮は自分がおちょくられているように感じて、さらに
それの繰り返しに耐えられなくなってしまった二宮が先に殺られ、残った風間もこれ以上続けても勝ち目はないとして自発的に
戦った5人が5人とも不満げな顔をしているが、そもそも初見の
彼らの力不足ではなく、この5人の隊長であっても手に負えない
しかしこうなると父親の遺品だからという理由でツグミが所有者となったことを狡いとか卑怯だなどと妬む者も現れる。
口にしなくてもそう心の中で思っている人間は必ずいて、それこそ卑怯な陰口を叩くものである。
もっともこの場にいる隊長たちの中には
「この
「……」
生身の身体の機能停止…つまり死ぬまで止まらないということである。
いくら相手が
それは敵であっても殺害するまでに至るほどの憎しみで戦っているのではなく、また人の命を奪うまでの覚悟はないからである。
それに
しかしミリアムの
「この
「……」
「わたしはこの
ツグミはそう言ってミリアムの
ここまでの話だと城戸とツグミの間に何らかの密約があって、両者の利害関係が一致したことにより彼女が所有を認められたのだろうから無関係な自分たちに今回の人事に口を挟む資格はない。
さらに忍田の言った「使用者の負担」が人間を皆殺しにしてしまう「精神的なもの」だと考えたのだ。
たとえ敵性
命のないトリオン兵なら
面倒なものに関わらない方が身のためであると判断したわけだ。
もっともただひとりだけツグミに対して個人的にジェラシーを感じている隊長がいるが、ここで名乗りを上げて適合者でなかったら恥をかくとして歯ぎしりをしながらダンマリを決め込んでいる。
しかしこのタイミングで東がツグミに問いかけた。
「霧科、きみはそんなものを持つ必要はないだろ? 適合者であるからといってもきみには拒否する権利があったはずだ。きみは本気でそんなものを使って戦う気なのか?」
「はい。わたしは
「…きみが何を考えているのかイマイチ良くわからないが、俺はきみのことを信じている。元々俺たちに異議を唱える権利はないのだから、これ以上はもう何も言わずにおこう」
東がそう言うのだからと、誰もが異議を挟む気はないようで沈黙を続けている。
「ありがとうございます、東さん。…ではこれでみなさんに納得していただけたと判断いたします。今後わたしは城戸司令の直属の隊員として本部基地で活動するようになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。…あ、なお通常はこれまでのノーマルトリガーを使用し、非常時においてのみ
そう言ってツグミは忍田の方を振り返って訊いた。
「これでわたしからの説明は以上ですが、他に本部長から何かありますか? なければこの後予定が詰まっていますのでこれで失礼させていただきたいのですが」
「ああ、もういいぞ。忙しいところを呼び出して悪かったな」
「いえ、これもお仕事ですから。…では失礼いたします」
ツグミは隊長たちに一礼すると管制室を出て行った。
◆
ツグミがS級隊員になったことは隊長から部下の隊員たちに知らされ、さらに彼らの口から
隊員たちの中には事情がわからないことで納得できないという顔の者もいたが、実際に「威力は絶大でも自分でコントロールできないヤバイ
そもそも
それにツグミの父親の形見であるというのであれば、彼女が持つには当然と考えるのが普通である。
持つべき者が持つのであるから誰も異論を唱えようがないということで、ツグミのS級昇格人事については騒ぎにならずに済んだのだった。