ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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219話

 

 

会議室に再集合した受験者たちは全員合格したというのにその心の中はスッキリしておらず、ツグミと忍田がやって来るのを待っている。

さらにアフトクラトル兵士の役として参加した隊員も来ており、ツグミから詳しい話を聞くことになっていた。

なにしろ試験官側の嵐山や緑川たちもなぜあのような戦いをしなければならなかったのかツグミからまだ知らされていないからだ。

すべてを把握しているのはツグミひとりだけであるから、彼女の口から聞かなければ納得いかない部分が多い。

試験自体は全員合格で「めでたしめでたし」ではあるが、だったらそんな試験をやる意味はあったのだろうかと考える受験者は多く、無駄な時間を過ごしたと憤る者もいた。

 

第2試合から第4試合まで第1試合とほぼ同様の経過となった。

第2試合の風間隊とB級合同はお互いに内部通話で連絡を取り合い、場合によっては両部隊(チーム)での連携を考えたが転送位置の関係で効率が悪いことが判明して単独での戦闘となる。

第3試合は加古隊と二宮隊で、こちらも第1試合と同じく初めから部隊(チーム)同士の連携など考えてはおらず別々に行動した。

第4試合の太刀川隊と玉狛第1はアフトクラトル兵士役の隊員が手加減する必要もなく、どちらも無難に城門を開けて出て行った。

ただしすべての隊で必ず誰かひとりが狙撃手(スナイパー)に撃たれ手や脚を失っており、その後チームメイトの力を借りて緊急脱出(ベイルアウト)可能エリアまでたどり着き、ミッションクリアとなっている。

会議室に集合してからお互いに情報交換をし、その納得のいかない結果に皆がモヤモヤした気持ちでいたのだった。

そこに少し遅れてツグミと忍田が到着し、会議室内の空気が想像していたとおりになっているものだからツグミは苦笑してしまう。

 

「すべての受験者が制限時間内に遠征艇へ戻るというミッションクリアをしましたので全員合格と認定します。みなさん、おめでとうございます」

 

「……」

 

「これで無事に選抜試験を終えたのですから、みなさんの顔は晴れ晴れとしているはずなのですが、どうやらそんな気分ではないようですね。まあ、その理由はわかりますのでこれから詳しくご説明いたします」

 

ツグミは室内の照明を落とし、会議室の正面の壁にあるモニターに映像を投影した。

それは朝の説明の際に見せたベルティストン家の城下の街並みである。

 

「受験者とアフトクラトルの兵士役のみなさんは実際に転送されていますので、どのような雰囲気であったかは良くご存知ですね。城下町を取り囲む堅牢な城壁は生まれて初めて見るものだったでしょうから、その存在感に圧倒され驚いたかと思います。中世ヨーロッパに見られる高い城壁で囲んだ城郭都市と呼ばれる街は当時多かった『都市に集まる富の略奪』をしようとする敵からの襲撃を防ぐためにあのような形になったものです。アフトクラトルでも似た目的のために造られたもので、街の中に敵を侵入させないように頑丈な城壁で街を囲っています。つまりあの城壁は中に侵入した敵を閉じ込めてしまうものではなく、外からの攻撃に対して応戦するためにあるのです」

 

ここまでの説明で東と古寺はツグミの意図の一部を理解したようであった。

しかし他のメンバーはツグミの言っていることの意味はわかっても、なぜそれが自分たちの戦いがあのようなものになったのか関連付けることができずにいる。

 

「兵士役のみなさんがわたしの指示したことを忠実に守ってくださったおかげでこの試験は大成功を収めました。みなさんにはここでお礼申し上げ、疑問についてお答えします。…兵士役のみなさんには受験者が誰であるのかだけでなく、何人がどこに転送されるのかも内緒にしていました。これは実際に遠征部隊のメンバーが街に潜入した時のシミュレーションですから、当然ですがアフトクラトル側もボーダー隊員が何人潜入しているのかわからないはず。自分の担当エリアを死守するのを役目としましたから、他のエリアで戦闘が始まってもそれに参加することはできませんでした。だってその場を離れた隙に他のボーダー隊員が城門を開いて逃げてしまうかもしれませんからね。よって4つに分けたエリアをそれぞれ3人で担当してもらうことにしました。比較的機動力の高い方にはボーダー隊員を探す役目をお願いして、何人かは城門以外の場所で交戦となりました。特に第1試合の緑川隊員の場合は彼がいなければ玉狛第2は難なく城壁を乗り越えていたことでしょう。人によってはただ門の前で立っているだけの方もいらっしゃって申し訳ないと思っていますが、そういう理由でしたので移動を制限させてもらいました。わかっていただけたでしょうか?」

 

城門前を担当していた生駒、荒船、時枝、嵐山は納得したという意味で軽く手を挙げた。

 

「受験者のみなさんは転送された位置をベルティストン家の居城と太陽の位置関係で推測したと思います。それは正解です。この点に気付くのが遅れるとその後の展開が厳しくなったのですが、さすがにみなさんはすぐ気付いたようで安心して試験を見ていることができました」

 

ツグミの言葉に修は複雑な気分だった。

なにしろ気付いたのは遊真で、彼に言われなければ転送された場所を特定することができたかどうか怪しいからだ。

 

「城外へ出るには選択肢が3つありました。城壁を乗り越える、城壁を破壊する、そして城門を開けてそこから出て行く、の3つです。玉狛第2は空閑隊員のグラスホッパーを使って戦闘を避けて城壁を乗り越える策を考えたようですが、途中で緑川隊員と空閑隊員が交戦状態となりました。それ以外の部隊(チーム)は敵兵と戦って城門を開ける道を選んだようでしたね。彼らの所持するトリガーでは城壁を破壊するだけの火力はなく、グラスホッパーを使わなければならないほどの高さの城壁ですから、グラスホッパー持ちがいないと城門を出て行くしか方法はありませんから。まあ、太刀川隊は太刀川隊長がグラスホッパーを持っていますが、彼自身が戦闘をしたいタイプですからこれは当然の流れでしたね」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

忍田がツグミの説明を遮った。

 

「第1試合でおまえは三輪隊の話をした時に『わたしならあの人のアレを使って城壁を乗り越える』と言っていたが、それは何だったんだ?」

 

「ああ、そのことですか。わたしは三輪隊長の鉛弾(レッドバレット)を城壁に撃ち込んで、それを足場にして乗り越えれば簡単だと思っただけです」

 

「…!」

 

忍田だけでなく会場内のすべての隊員が「なるほど」といった顔をした。

三輪当人も気付かなかったものだから、少々悔しそうな顔でツグミを見ている。

 

「まあ、そんなことをしなくても三輪隊は試験をクリアできるだけの実力者揃いですから敵との戦闘を避ける必要はなく、当然のごとく戦って正面から堂々と出て行きましたね」

 

すると三輪が立ち上がって叫んだ。

 

「ふざけるな! 正面から堂々と出て行った、だと? それは敵が途中で戦闘を放棄して降参したような流れになっただけだ。なぜ全力ではなく手を抜いて戦うように指示したのか説明しろ!」

 

「はい、その疑問に関しては順に沿って説明をしていきたいので後でお答えします。…さて、城郭都市の4つの城門の上には見張り小屋があり、常時そこには狙撃手(スナイパー)が見張り役として待機しているという情報を得ており、その点もリアルに再現させてもらいました。本来は外からやって来る敵をいち早く発見して対処するために存在するのですが、今回は城壁の内部に敵がいるという設定になっていますので、受験者の動きを追ってもらいまいした。もちろんここで受験者を発見できたのですからすぐに狙撃して倒してしまえばいい…と誰もがそう思うはずです。しかしわたしは『アフトクラトル側の司令官』の立場になって考え、あえて城内にいる間は撃たせないことにしました。そして城外へ出たとたんに背後からの一撃。これも狙撃手(スナイパー)の技術なら頭や背中を狙って戦闘体を破壊することもできました。それを()()()に手や脚を撃つように指示したのには理由があります。受験者、つまり潜入したボーダー隊員に緊急脱出(ベイルアウト)をさせるために戦闘体を破壊せずに逃がしたのです」

 

「…?」

 

ツグミが何を考え、何をしたいのかかまったくわからない。

言っていることとやっていることの意味がわからず、ツグミの考えていることが理解できないといった顔の聴衆に対して彼女は説明を続けた。

 

「わたしが提案したこの試験、みなさんはわたしの意図が理解できずにいて、せっかく合格してもモヤモヤを抱えたままだということは感じます。そもそもこの試験は全員合格させることを前提としていて、この試験で不合格になるようでしたらその時点でアフトクラトルどころか近界(ネイバーフッド)へ行くことも不可として、二度と遠征参加を希望しても試験を受けさせないという厳しい措置をするつもりでいました」

 

ツグミはそう言って修の顔を見た。

 

「まあ、その心配はいらなかったようですが、今回合格したからといってもみなさんの今の状態でのアフトクラトルへの遠征参加は不可能だとわたしは断言します。今後行う遠征のための訓練で隊員ひとりひとりの能力の底上げをし、その訓練終了後に改めて最終試験を行って合格しなければ遠征参加は認められません。今回の選抜試験は選抜と言いながらも全員を合格させるためのもので、試験を行ったのは他に目的があるためなのです」

 

ツグミがなかなか本題に入らないものだから、三輪の顔がますます険しいものとなってきた。

 

「受験者のみなさんには合格条件を『45分以内に部隊(チーム)全員で遠征艇へ帰還すること』で『どういう手段を使っても遠征艇に帰還できればそれでOK』だと説明しました。この45分という制限時間がポイントです。城外へ脱出するのに大部分の時間を費やしてしまいますから、ミッションクリアをするにはどうしても城外で自発的に緊急脱出(ベイルアウト)をしないとタイムオーバーで不合格になってしまいます。ただし戦闘体を破壊されてしまえば緊急脱出(ベイルアウト)できずに生身の身体で遠征艇まで走っていかなければならず、よって絶対に戦闘体を破壊されてはならない。受験者のみなさんもそのことは頭に入っていて、それを意識しながら戦っていたと思います」

 

皆がそのとおりだと言わんばかりに頷いた。

普段は平気で手足を失うような戦い方をしていても、この試験では戦闘体を失えば不合格になるとわかっているので慎重に戦闘を行っていたのはツグミもモニターで確認している。

 

「ボーダーの正隊員のトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)の機能があることをアフトクラトル側の人間も知っています。ボーダー隊員なら自分の身に危険が及べば逃走手段として自発的に緊急脱出(ベイルアウト)をする。ちょっと追い詰めれば緊急脱出(ベイルアウト)をして本拠地、遠征であれば遠征艇へと帰還するだろうから、その緊急脱出(ベイルアウト)の軌道を追えばその先に遠征艇がある。これでアフトクラトル側は簡単にボーダーの遠征艇を見付けられるというわけです」

 

「…!」

 

ツグミはこの試験内容を作成する際に自分がアフトクラトル側の司令官になったつもりで考えた。

アフトクラトル側はボーダー隊員が城内に潜入しているという情報を得たことで城門を閉めて都市内に閉じ込めることには成功する。

ただし潜入した人数はわからないので4つの城門に兵士を均等に割り振ることとなり効率の悪い戦い方をしなければならない。

さらに城郭都市では城外の敵と戦うようにできているので城内での戦闘に対応はしてはおらず、街の中で戦闘を行えば建物や市民に被害が及ぶことになり、よって戦闘は城外で行いたいと考えるのが普通である。

そこでボーダー隊員を()()()追い詰めてから城外に逃がし、さらに追い打ちをかけるように狙撃手(スナイパー)によって隊員の手や脚を撃たせて精神的にも追い詰める。

そうなればボーダー隊員は深く考えずに全員が自発的に緊急脱出(ベイルアウト)をしてしまうのは当然の流れである。

そしてアフトクラトル側は緊急脱出(ベイルアウト)の軌道から遠征艇の停まっている場所を特定するだけでなく、緊急脱出(ベイルアウト)可能な距離や潜入していた隊員の数まで知ることができるというわけだ。

ここでアフトクラトル側が本隊を動員して素早くボーダーの遠征艇を襲撃すれば遠征部隊は全滅してしまうことになるだろう。

 

「みなさんも薄々わかってきたと思います。アフトクラトル側の立場になってみると、今回の受験者の行動はアフトクラトル側に上手く操作され、利用されてしまっていたということに気が付くことでしょう。遠征部隊の隊員はアフトクラトルの情報を手に入れるために潜入しましたが、アフトクラトル側も遠征部隊の情報が欲しい。受験者のみなさんは試験に合格するための行動に専念していて、非常に重要なことをあまり意識していなかったに違いありません。東隊長や古寺隊員なら城郭都市の成り立ちや城壁の意味について良く知っているはずなのに、彼らにはそれをすっかり失念しているような行動が見られました。だから致命的な失敗をしてしまったわけです」

 

「……」

 

東と古寺はツグミの言わんとしていることの意味がわかって肩を落としている。

 

「城郭都市は領主が敵の侵入や攻撃から領地と領民を守るために堅牢な城壁によって街を囲んだ要塞のようなものです。ですから基本は城壁の()()にいる敵に対して攻撃や防御をするもので、城内にいる敵を閉じ込めるためにあのような高い城壁を造ったのではありません。まあ、逃げられないようにするにも役に立っていますから敵を捕獲するにも適してはいますが、戦闘には向いていません。さすがにあのハイレインも自分の領民のいる街の中での戦闘は避けたいでしょう。つまり本来の目的は城外の敵に対する万全な防御と迎撃なのですから、城外こそが最も危険な場所であり、城外に出たらこれまで以上に警戒をしなければいけなかったのですが、受験者のみなさんはそういったことを知りませんでしたし気付きもしませんでした」

 

「……」

 

「なぜ気付かなかったのか…。それはこの試験がすでに敵地に潜入していて、逃走の成功がクリア条件であったからです。もし城郭都市への潜入を目的とした試験であったなら、この高い城壁と敵による狙撃で苦労したと思います。そうなれば城郭都市の意味が理解できていたでしょう。外側から中側に入る困難さを知らずにいたので、本来の城壁の意味に気付かなかった。これもわたしの作戦のひとつです」

 

「……」

 

「結果がこういう形になったのはなぜか? それは現実世界における戦争についての知識がなかったことと、タイムリミットが迫っていたことによる焦り、さらに敵の本拠地から抜け出すことに必死になっていて、外に出たことで安心してしまったからでしょう。東隊長と古寺隊員も攻城戦・篭城戦についての知識はあるのですから、冷静に考えればわかったことでしょうが、時間制限を設けて精神的に追い詰めるようなことをしましたから頭が回らなかったに違いありません」

 

東と古寺は小さく頷いた。

 

「今回の試験では全員が合格となりましたが、それを手放しで喜んでいてはいけません。これが実戦であったならみなさんは無事に遠征艇へ帰還することはできても、その直後にアフトクラトルの大軍が攻めて来たかもしれないのですから。いくら遠征艇を遠くに停めても、レーダーで発見されないようにしても、ボーダー隊員が自ら遠征艇の場所を教えるようなことをしてしまってはC級隊員を救出するどころか遠征部隊が全滅してしまうことにもなりかねません」

 

「……」

 

ツグミの言い分が正論なので、受験者たちだけでなくアフトクラトル兵士役の隊員たちも言葉がない。

 

「それにこれは実戦を模したといっても非常に難度の低いものです。アフトクラトルの兵士の数が合計で12人()()おらず、装備はボーダーのノーマルトリガーのみでしたからね。軍事大国アフトクラトルの城郭都市に潜入してどこにいるのかわからないC級隊員32人を全員無事に助け出し、自らも無事に帰還するという目的を達成するには戦闘の技術を磨くだけでなく様々な知識を身に付けて必要な時に適切に応用することが成功の鍵となるでしょう。受験者のみなさんがベルティストン家の居城と太陽の位置で転送された場所を推測したのも小学生レベルの『知識』があったからです。知識ではトリガーのように直接敵を倒すことはできませんが、間接的になら大いに役立つものになります。単純なものであっても知っていると知らないでは生と死を分けることになりかねません。…今回の試験の最大の目的は遠征参加を希望するみなさんの『甘さ』を認識してもらうためのものであり、それが成功したと思われるので試験の責任者であるわたしはとても満足しています」

 

そう言ってツグミは意味深な笑みを浮かべた。

 

「これでわたしの説明及び総評は終わりですが、何かご質問のある方はいらっしゃいますか? また試験の判定に関して異議を唱える方がいらっしゃいましたら今のうちにお願いします。この後すぐに城戸司令に試験結果の報告に行かなければなりませんから」

 

ツグミはそう言って会議室内を見回すが、発言する者は誰もいなかった。

改めて質問をする必要がないほど丁寧に解説をしたし、全員が合格であるから判定に異議を唱える者などいるはずがないのだ。

もっとも太刀川のようにこれだけ説明してもまだよくわからないといった顔をしている者もいるが。

そして三輪は何も言い返すことができずに悔しそうに歯ぎしりをしていた。

 

「どうやら誰もいらっしゃらないようなのでこれでアフトクラトル遠征部隊選抜試験の全行程を終了といたします。みなさん、お疲れさまでした。…あ、なお今後の遠征に向けての短期集中訓練についてもわたしは関わってきますので…」

 

そこまで言ってから全員の顔を見回して続けた。

 

「…覚悟しておいてくださいね」

 

微笑みを浮かべながらそう言い残し、ツグミは会議室を出て行った。

 

 

 

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