ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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220話

本部司令執務室へ向かうツグミを忍田が追いかけて呼び止めた。

 

「待ってくれ、ツグミ。一緒に行こう」

 

そして忍田は立ち止まったツグミの隣に並び、彼女の歩調に合わせて歩き出す。

 

「忍田本部長はわたしに何か言いたいこととか訊きたいことはもうないんですか?」

 

ツグミが正面を向きながら忍田に訊いた。

 

「まあ、アフトクラトル側におまえと同じような狡智に長けた奴がいないことを祈るよ。今回の試験も私の想像のはるか斜め上を行っていて、説明をしてもらわなければまったく意味がわからなかった。おまえの指示のひとつひとつに深い意味があったのだな」

 

「遠征部隊の引率者になる方が何を言っているんですか…。これじゃ忍田本部長も東さんから戦術を学んだ方がよろしいのでは?」

 

「ああ、本気で勉強した方がいいと感じたよ」

 

「でも何で誰も気付かないんでしょうかね? 特にガロプラ戦に参加した狙撃手(スナイパー)ならわかるはずなんです。あの時は本部基地に侵入しようとする敵を阻止するために彼らは屋上からトリオン兵を狙撃したというのに。この本部基地もいわば城郭都市と同じで、外から襲ってくる敵を迎撃するための設備ですから砦の外側こそが危険であると気が付いても良さそうなものなんですけど」

 

そう指摘されれば誰でもわかるのだが、指摘されなければ気付かないというのが普通の人間だ。

忍田もその普通の人間であるから、ツグミに言われてやっと気付くというレベル。

彼女が修のことを心配するのと同じくらい忍田の戦術面の知識には不安があって、彼女の「東さんから戦術を~」は冗談ではなく本気の発言である。

 

「そう言えばガロプラの連中が基地内に侵入した時は迅の未来視(サイドエフェクト)があったから切り抜けられたようなものだったな。外部の敵に対しては堅牢な砦である本部基地も内部に侵入された時のことは想定していなかった。大規模侵攻ではエネドラに侵入されて6人の職員が殉職したというのに、未だに防御体制が確立していないのは問題だ」

 

「ボーダー本部基地のように外敵に対して万全の体制の城郭都市も内部に侵入されると弱い部分が多々あります。ですから侵入されないようにいろいろと策を練っているはず。今回の試験は敵から逃げるという設定でしたからそれほど難しくはありませんでした。本当に難しいのは敵に見付からずに潜入して短時間でできるだけ多くの情報を得ること。敵に発見されたら今日の試験のように逃げなければなりませんからね」

 

「そうなると今後行う遠征用の戦闘訓練もさまざまなシチュエーションを元に考えなければならないな…」

 

アフトクラトルへの遠征が単純に隊員同士を戦わせて戦闘技術を磨くという訓練だけでは意味がないということを忍田が()()()理解してくれたことにツグミは安堵した。

ツグミの持論は「他人から言葉で教えてもらうよりも自分自身が経験して気付くことの方が本人のために重要である」なので、忍田にすら自分で気付いてくれるようにと仕向けたのだった。

 

「そこは東さんにも協力をお願いしましょう。とにかく準備万端で挑まなければならない最優先で最重要プロジェクトなんですから」

 

「私もそう思う。…ところでさっきの試験だが、おまえが受験者だったらどう行動した?」

 

「わたしは…普段はグラスホッパーを装備していませんから城門を開けて出て行くしかないので、アイビス(カノン)かスラッシュのアイビスモードをMAXにして敵の本拠地であるベルティストン家の居城を攻撃します。あれは目立つし中央にあるので攻撃しやすいですから」

 

「情報のない状態で敵の本拠地を攻撃するだと? もしそこにC級隊員がいたらどうする?」

 

「捕虜を自分の居城の()()に匿いますか? 仮に居城に監禁しているとしても地下の牢だとか、他にはトリガー使いの訓練をさせるために子飼いの貴族に預けるとか、別に専用の建物を用意してそこに住まわせます。街の真ん中に堂々と建っている城の上層階に32人もの捕虜がいる可能性は限りなくゼロに近いです」

 

「たしかにそう言われればそうだな」

 

「それにこの強襲によって兵士の指揮系統を混乱させ、逃走するボーダー隊員を追撃できないようにするという意味もあります。城壁の頂面から狙撃されると厄介ですからね。敵の本拠地を攻撃することで兵士への指揮系統が麻痺して街中を混乱させ、その混乱に乗じて城門の開閉システムを乗っ取ってしまおうというわけです。ついでに城門の上の見張り小屋を破壊し、緊急脱出(ベイルアウト)をしても軌道を追うことができないような状態にしてから走って逃げ、念のために緊急脱出(ベイルアウト)はどうしてもしなければならない状態になってから最終手段として使いますね。トリオン体なら制限時間内に遠征艇まで走って行くことができるはずですから」

 

 

ツグミと忍田はそんな会話をしながら本部司令執務室の前までやって来た。

ドアの前で深呼吸をひとつしてから、ツグミは部屋の主に声をかける。

 

「城戸司令、霧科ツグミがまいりました」

 

「入れ」

 

許可を貰い、ツグミと忍田は中へ入った。

 

「アフトクラトル遠征部隊の選抜試験は無事に終了いたしましたので、結果のご報告にまいりました」

 

「ふむ。それでどうだった?」

 

「受験生は全員合格。()()()()()()脱落者はゼロです。詳細については明日までに書面にて提出いたします」

 

「そうか。しかし不合格者のいない試験では何のために行ったのかわからん。意味のないことだったのではないのか?」

 

「いいえ、そんなことはありません。それにここで不合格者を出してしまったら最終的な遠征部隊のメンバーの数が足りなくなって困ってしまいますよ。敵の本拠地に乗り込むのですから先の大規模侵攻よりも激しい戦いになると誰にでもわかります。それを踏まえた上で遠征に参加したいと申し出たのですから、その覚悟は並のものではないはず。まあ、一部例外はいますけど。…ただ、わたしは現在の戦闘能力のみで彼らを選別してはいけないと思いました。戦闘技術はこれからの訓練次第で身に付けることは可能ですが、強大な敵と戦うという覚悟は後から湧いてくるものではありませんからね」

 

「なるほどな。それで試験は成功であったと言えるのか?」

 

「受験者はベテランのA級からギリギリでB級2位になった部隊(チーム)まで戦闘能力のレベルはさまざまですが、それは仮想空間においてお互いがルールを守って命の奪い合いがないというゲームのような戦いの中で出た結果のこと。相手の武装が前もってわかっていて、戦闘マップも知り尽くしていて、策を講じる時間も十分にあって、その状態で戦って負けても失うものは何もない。そんなボーダーの()()()()戦い、戦闘を模したゲームのような戦争の結果なんて近界民(ネイバー)との戦いにおいては意味がありません。いえ、まったく無意味だとは言いませんが、少なくとも突然の敵襲でも慌てず冷静な判断をするための知識や心構えを持っていたり、敵の心理を読んでその裏をかくことができるような要領の良さがある方が自分と仲間の命を救うことになるでしょう。いくら戦闘能力が高くても考えて行動しなければ敵の術中にはまってしまうことになるとわかったはずです。この試験が受験者たちにとって自らを省みる良いきっかけになったなら成功したと言うことができるのです。わたしは手応えがあったと感じています」

 

「ふむ…」

 

「それぞれがボーダー隊員としての自分自身を振り返ってみて部隊(チーム)の一員としては役に立っても個人としては何の力もないのだとか、切羽詰ってしまうと視野が狭くなって何も見えなくなってしまうとか、自分の欠点に気付くことができればそれを克服しようとしてこれまでとは違った形での鍛錬を積むことになるでしょう。まあ、とにかくボーダー初の『敵地に殴り込んでさらわれた仲間を取り戻すぞ!』という遠征を行うのですから、これまでのやり方ではダメに決まっています。通常の戦闘技術を高める訓練はもちろん続けますが、他にもやっておくべきことはたくさんあります。ですがあまり準備に時間をかけてはいられませんからそれが難しいところです。わたしは()()戦いに赴く仲間を見送ることしかできませんから、わたしは自分にできることを精一杯させてもらっているつもりです。遠征部隊に参加する隊員たちだけに苦労はさせられませんからね」

 

「……」

 

ツグミの「戦いに赴く仲間を見送ることしかできない」という言葉を聞いて、城戸は胸に痛みを感じた。

城戸も若い隊員たちを戦地に送り込んで無事を祈るしかできないという自分の不甲斐なさを心苦しく思っていた。

過去にも遠征で多くの隊員を死なせてしまった自分の無力さを悔いていて、それでもボーダー最高司令官としての務めを果たしている城戸。

そんな彼も自分だけでなくツグミもまだ5年前の傷が癒えていないのだと知り、それで彼自身も心に負った傷が痛んだというわけだ。

 

ツグミが遠征部隊選抜試験の内容を提案したと聞いた時、城戸は忍田と同様に彼女が何を考えているのかまったくわからなかった。

S級とはいえタダの一隊員に重要な試験の一切合切を任せてしまって良いものか迷うものだが、9歳で正式入隊した時からずっと彼女の行動を見てきた城戸のボーダー最高司令官としての目と勘と経験が彼女に任せてみようという気にさせた。

彼女の他人とは違った価値観や信念を貫く意思の強さがボーダーにとってのカンフル剤となっていた事実を否定することはできず、自ら望んでS級となった彼女がこれまでの停滞している組織に風穴を開けるのではないかと期待をしてしまうのも無理はない。

ボーダーの最高司令官という立場にある城戸は何でもできるように思えて実はその立場に縛られて何もできずにいた。

逆にツグミは世間の目や社会的立場なんてものを気にせずに自由に立ち回ることができる。

そんな彼女は城戸にとって自分の夢や願いを託せる存在で、時々若気の至りで危なっかしいことをするが、それすらも自らの若い頃を思い出させるものだから黙って見守りたくなるというものだ。

()()ボーダーのためになる結果を出すと確信しているからこそ、今回も彼女のやろうとしていることの意図がわからなくても全権を委任したのだった。

試験の内容を彼女の口から詳しく聞きたいのだが、残念ながら城戸には城戸の最高司令官としての役目がある。

 

「ご苦労だった。この短時間に試験の立案から下準備まですべてひとりでやったということだから寝る間もなく働いたのだろ? 明日は一日特別休暇を与える。家でゆっくりと休みなさい」

 

城戸の口から自分を労う言葉が発せられるとは思ってもいなかったものだから、ツグミはすぐに返事ができなかった。

 

「何か不満でもあるのか?」

 

ツグミの反応がないものだから、城戸は彼女に異存があるのかと思ったのだ。

 

「あ…いえ、不満などありません。ただこれくらいのことで特別休暇が貰えるとは思っていませんでしたから、ちょっと驚いてしまっただけです。寝る間もなく、というのは大げさですがこのところずっと家族に不便をかけていましたから休暇を貰えるのはありがたいです。最近お疲れ気味の叔父に精のつくものを食べさせてあげたいですからね。城戸司令、ありがとうございます」

 

そう言って頭を下げるツグミ。

 

「まだまだおまえにはやってもらいたいことがたくさんある。この前のように倒れられても困るからな。…下がってよろしい」

 

「はい。では、失礼いたします」

 

ツグミは一礼するとひとりで本部司令執務室を出た。

 

 

◆◆◆

 

 

続いてツグミが向かった先は自分の作戦室である。

明日は完全オフになるため、やるべきことを全部やっておこうというのだ。

 

(報告書は宿題にして、今のうちに遠征について気付いたことをまとめておこうかな)

 

そんなことを考えながら歩いていると、自分の作戦室の前で佇んでいる修の姿を見付けた。

 

「オサムくん、そんなところでどうしたの?」

 

ツグミが声をかけると、修はすっと姿勢を正して返事をする。

 

「霧科先輩、少しお話したいんですけど…今、いいですか?」

 

「うん、いいわよ。中に入って」

 

作戦室のドアを開けて修を中へ招くツグミ。

修の話の内容についてはおおよそ見当が付くものだからついほくそ笑んでしまうが、それを悟られないようにしながら椅子に座り、修にも座るように勧めた。

 

「さあ、そこに座って。お互いに無駄な時間はないんだから、さっさと話をしましょう」

 

「はい」

 

修はツグミの正面に置いてあるスチール製のスツールに腰掛けようとしたが、思い直したのか立ったままで頭を下げた。

 

「先輩、まず謝らせてください。すみませんでした」

 

「わたしに謝罪するってことは、あなたはわたしに対して何か許しを乞わなければいけないことをしたのね? いったい何をしたというの?」

 

「それは…さっき試験の前に先輩が作戦室にやって来て千佳とヒュース抜きで試験を受けろと言った時なんですが、それはぼくを不合格にするためにわざと試験直前まで教えてくれなかったのだと思いました。だって4人で受験する前提で試験対策をしてきたのに、突然ぼくと空閑だけで試験を受けろって…。先輩のことを意地悪な人だって思ったんです。千佳のことがあって先輩があんな形で玉狛支部を出て行ったので、きっと先輩はぼくたちのことが嫌いになって、それで意地の悪いことをしたんじゃないかって」

 

「うん、それで?」

 

ツグミはニコニコしながら修の話を聞いている。

 

「だけど先輩からの説明を聞いて、そのとおりだと思ったので何も言えませんでした。たしかにヒュースはアフトクラトルに着いたら戦力として期待できないし、千佳は遠征艇から出られないのだから潜入調査や戦闘には参加しない。こんな当たり前にことに気付かなかった自分が悪いのに、先輩が意地悪だと思うなんてぼくこそ愚かで酷い人間です」

 

「だからあなたがひとりで謝りに来たのね?」

 

「そうです。でもそれだけじゃありません」

 

「それなら座りなさい。もう謝罪は終わったんだから」

 

「はい…」

 

安堵の表情で座る修が言う。

 

「試験の前、先輩がぼくたちのことを三雲とか空閑って呼ぶのを聞いて、なんか他人行儀なカンジがしてきっとぼくたちは先輩から嫌われているんだろうなって思っていたんです。でもまた名前で呼んでくれるようになってホッとしています」

 

「あら、別に嫌ってなんていないわよ。ただ試験の責任者としてはどの受験者とも個人的な関係を完全に排除して中立な立場でいなければならないから()()を同じように呼んでいたけど、気付かなかった?」

 

「…あ」

 

修はこれまでのツグミの言動を振り返ってみて納得した。

普段なら年長者のことを「さん」付けで呼ぶ彼女だが、受験者全員苗字と「隊長・隊員」という肩書きを付けて呼んでいた。

いつもと違うよそよそしい印象を受けたのはそのせいであったのだ。

 

「試験官に求められるのは公正さよ。受験者の多くは本部所属の隊員たちで、わたしが玉狛支部の受験者と親しいことを知っている。レイジさんやユーマくんたちは実力で試験に合格できるってみんなは思っているけど、オサムくんが合格したらそれが実力であってもわたしがあなたを贔屓したんじゃないかって邪推されてもおかしくない。受験者全員を合格させたのはわたしが後輩を合格させるためだって思われたらこの試験自体がイカサマだってことになって再試験にもなりかねない。そうならないために受験者全員とは一定の距離を置くことに決めたのよ。わたしの本部のS級という立場、そしてわたしが突然玉狛支部を出て実家に戻ったことがみんなに知れ渡っていたのは都合が良かったわ」

 

「……」

 

修はここでも物事を深く考えることの重要さを思い知らされた。

 

(霧科先輩の言動のひとつひとつにはどれにも理由があって、何をするにも自分の言動によって周囲にどんな影響を与えるのかきちんと考えているんだ。それって『先を読む』ってことだよな…。ランク戦だって敵の行動の先を読んで戦うのが当たり前なのに、日常の中では意識しないってことの方がおかしい。先輩は常にそうやって先のことを考えて行動しているから失敗しないのかな?)

 

「まだ他にも話があるんでしょ? 悪いけどまだわたしは仕事が残っているの」

 

ツグミに急かされて謝る修。

 

「すみません! …それで先輩から見て今後ぼくはアフトクラトルへ行くことができるようになるでしょうか?」

 

修は真剣な目でツグミに訊く。

選抜試験では合格となったが、全員合格であったのだから自分が遠征部隊に参加できるのかどうか不安になるのは当然である。

 

「ええ。アフトクラトルへ行くことはできると思うわよ」

 

その答えが嬉しかったのか、修の顔に笑みが浮かぶ。

しかしすぐにその笑顔は失われた。

続くツグミの言葉が突き放したような冷たい言い方だったからだ。

 

「アフトクラトルに限らず近界(ネイバーフッド)へ行くことは誰にでもできる。だけど生還できるかどうかは本人の意識や覚悟、それと生き抜く力を持っているかによるわね。だからオサムくんは今のままでもアフトクラトルへ行くことはできるけど、無事に生きて戻って来られるかはこれからのあなた次第。あなたがこんなバカなことを訊くということは、自分に自信がないということよね? きっとこの試験でいかに自分が無力であったかを知ったのだと思う。これまでのあなたはB級ランク戦で上位2位までに入ること()()を目的として、隊長として玉狛第2を勝たせるために部隊(チーム)に貢献できること()()をやってきた。その努力は認めるし、ユーマくんに出会う前の何もしなかったC級の頃よりもボーダー隊員としては成長してきたと思う。だけど部隊(チーム)の一員としての役目は果たすことができるようになっても、個人としてはダメダメのまま。ユーマくんがいなければ転送された場所すら推測できなかったし、城壁を登ることもできなかったでしょ? 遠征先で必ずユーマくんや他の部隊(チーム)の隊員があなたのそばにいて守ってくれるとは限らないのよ。近界(ネイバーフッド)で死にたくなかったら、自分自身の力だけで敵からの攻撃から身を守り、敵を倒すことができるようにならなきゃダメ。もちろんノーマルトリガー使いだけじゃなく、(ブラック)トリガー使い相手でもね」

 

「そんな…」

 

「今回の試験の最大の目的は受験者に自分の『甘さ』を認識してもらうためのもの。トップチームの隊長である太刀川さんや風間さんですら自分が甘いってことに気付いたと思うのよ。もしこの試験内容とまったく同じ条件の実戦であったら、C級隊員を救出するどころか情報収集の段階で遠征部隊は全滅していたかもしれないんだから。オサムくんも近界(ネイバーフッド)遠征が『生死が紙一重の危険なもの』だって思い知らされたでしょ?」

 

「はい…」

 

「遠征参加メンバーのための短期集中訓練ではこれまでの常識が通用しない戦闘を想定して行われることになるわ。その訓練内容を考えるのもわたしの仕事なの。だから単純な戦闘訓練だけでなく、いろいろな手を使ってオサムくんたちをみっちり鍛え上げてあげるから覚悟しておきなさい。そして最終試験で合格できなければ遠征参加は諦めるしかない。最終試験は今回のよう生ぬるいものではないわよ。わたしは近界(ネイバーフッド)で誰ひとりとして死なせたくないから。そこで全力を出しても手が届かなかったというのなら諦めもつくでしょ? それでも諦められないというのなら、その時はわたしが本気で相手をしてあげるわ。5年前にわたしがジンさんに負けて遠征に参加できなかった時のように、圧倒的な力の差を見せ付け、己の無力さを思い知らせてやるから」

 

「わかりました。心の整理ができましたので、これで失礼します」

 

心の整理ができたとは言っているが、これ以上いてもツグミに迷惑をかけるだけと考えて退散することにしただけだ。

選抜試験に合格すれば自信がつくと思っていたというのに、実際は「首の皮一枚で繋がっている」という散々な結果なのである。

自分でもわかっていることだというのに、改めてツグミからダメ出しされたようなものであるから意気消沈もするわけだ。

沈鬱な面持ちで部屋を出た修はすぐに遊真たちと合流する気になれず、ひとりになりたいと思って屋上へ繋がるエレベーターに乗るのだった。

 


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