ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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226話

 

 

「遠征に行くことは絶対に許しません」

 

普段からクールな香澄がその表情を崩さずに淡々と言うものだから、修は身震いした。

むしろ感情をむき出しにして怒ってくれた方がまだマシというものだ。

 

「あなたがボーダーに入隊したいと言った時、私が大反対をしたのを覚えてる?」

 

「はい…」

 

「それでもボーダーでの戦いはトリオン体とかいう生身じゃない戦闘用のボディで戦うから死にもしないし怪我もしないって言うから渋々だけど許したのよ。それなのに2ヶ月前に近界民(ネイバー)が攻めて来た時、あなたは瀕死の重傷を負って私だけでなくたくさんのボーダーの人にも心配と迷惑をかけたこと、忘れてはいないわよね?」

 

「はい…」

 

「あの時こそボーダーを辞めさせようと思ったけど、周りの人たちがあなたのことを辞めさせろと言わなかったし、何よりもあなたが続けたいと言うから私は許した。2度よ。2度も私はあなたの意思を尊重して許したけど、3度目の今度は絶対に認めません。ボーダーを続けるのは仕方がないとしても、遠征だけは絶対に行かせませんから」

 

「……」

 

 

香澄は久しぶりに実家に戻って来た修を歓迎したが、アフトクラトル遠征に参加するにあたって保護者の承諾のサインをもらってくるという理由であったから、冷ややかな表情のままで激昂してしまったのだった。

修から渡された書類には遠征における危険性についてや、参加の際には「遺書」を書くことが義務付けられているとか、万が一のことが起きた場合は「殉職」扱いをして「弔慰金」の支払いがあるなどの生々しいことが書かれていたものだから、香澄がショックを受けて怒るのも無理はない。

修はというと香澄に逆らうこともできず、ただ俯いて黙っているだけだ。

 

「記者会見の時にあなたはさらわれたC級隊員の子たちを助けに行くと大見得を切ってしまったけど、今のあなたにそれができるだけの力があるのかしら? たぶん遠征に参加する人たちはA級のベテラン隊員の人たちばかりで、あなたじゃそういう人たちの足を引っ張ることになるんじゃないの?」

 

「……」

 

「前にあなたが千佳ちゃんの友達とお兄さんを探しに行くために遠征に参加したいと言っていたことがあるけど、その千佳ちゃんなんて入隊してまだ2ヶ月ちょっとしか経っていないのよ。そんな素人みたいなあなたたちが行って役に立つとは思えないわ。やめておきなさい」

 

香澄が一方的に言うだけ言って、それを修がじっと聞いているだけの時間が過ぎていった。

 

(母さんの言うことはもっともで、ぼくのことを心配しているからこそ遠征に行くなと言っているんだ。だけどぼくは行かなければならない。ぼくがC級のトリガーで戦ったせいでトリガーの秘密がバレて、C級は緊急脱出(ベイルアウト)ができないって敵に知られてしまったからいけないんだ。空閑に言われたようにあそこで戦うべきではなかったのかもしれない。でもそうしたら生徒に犠牲が出ていたかも。ぼくはあの時に戦うべきだと思ったから戦ったんだけど、本当は違ったんだ。入隊してから半年近く何もせずにいて、B級になろうという努力を怠った。もしぼくがB級になっていたら、あんなことにはならなかったんだ。自分の怠惰のせいでC級がさらわれたというのに、ぼくは記者会見で偉そうなことを言ってしまった。おまけに勢いに任せて民間人には秘密だった遠征のこともペラペラと話してしまって、そのせいでアフトへの遠征計画が前倒しになった。本来なら十分に準備をしてから行くのだろうけど、世間に知れ渡ってしまったから時期が来たら準備不足でも行かざるをえない。全部ぼくのせいだ)

 

自分で自分を責める修。

いつも誰かに庇ってもらったり、手伝ってもらったり、そうやって自分の力ではどうすることもできないことを他人任せにして乗り越えてきたものだから、ひとりになってしまうと親を説得することすらできない。

ただ自分の弱さを悔いてばかりだ。

 

(千佳は遠征艇の機関員として戦闘はしないけど遠征の参加が決定している。ヒュースは案内人として参加する。空閑は単独で遠征に参加できるだけの実力がある。つまりぼくだけが遠征に参加できない状態でいたから部隊(チーム)として参加するしか方法はなかったのに、ぼくは玉狛第2が部隊(チーム)として遠征に参加するのでなければ意味がないようなことを言っていた。そして空閑たちが頑張ってくれたおかげで2位になって、ぼくはその恩恵に預かって参加できることになっただけだ。もし空閑がいなかったらぼくはまだC級で、遠征に行くとか行かないとかの話じゃなくて、大規模侵攻の時も戦闘に参加できずに指を咥えて見ていただけだっただろう。やるべき時に何もやらずにいて、いざという時に何もできない。いや、それだけじゃない。自分がやるべきことをやっているなんて偉そうなことを言っても、現実には何の力もないから何もできない。最低だ、ぼくは…)

 

修が世界の終わりのような絶望的な顔をしているものだから、香澄は呆れ返ってしまった。

 

「修、あなたはここで『遠征が行われるまでにはまだ時間がある。それまでに母さんを心配させずに済むような力を付けるから承諾書にサインしてほしい』ってなぜ言えないの?」

 

「え?」

 

香澄の意外な言葉に修は驚いて顔を上げた。

 

「実は昨日の夕方にツグミさんから電話があったわ」

 

「霧科先輩から?」

 

「そう。あなたが私に内緒にして近界(ネイバーフッド)への遠征に参加を希望していることを教えてくれたのよ。そして選抜試験に合格したから、これから特別訓練に入るということも。それで遠征に参加するには保護者の承諾が必要で、近いうちにあなたが書類を持って来るからその時に少し厳しく言ってくれと頼まれたわ。そしてもしあなたが『遠征までに強くなる』って言えたらサインしてほしいとも。彼女はあなたのボーダー隊員としての未熟さを良く知っていて、それでもなおチャンスを与えてくれたのよ。遠征の実施までにあなたを鍛えて近界(ネイバーフッド)での戦闘に耐えうるだけの力を身に付けさせるからあなたの言葉を信じて遠征参加を認めてくれと言うの。だけどあなたは何も言わないのね?」

 

「それは…」

 

近界(ネイバーフッド)に行って無事に戻って来る自信がないのなら諦めなさい。無事に戻って来るための努力をするつもりがないのなら、ボーダーにいても無駄だからさっさと辞めてしまいなさい。それが嫌なら今あなたがやるべきことをやりなさい」

 

「ぼくが今やるべきこと…」

 

修はそう呟くと両手の拳をぎゅっと握って言った。

 

「母さん、ぼくは遠征に参加したい。今のぼくじゃ母さんを心配させて、反対されるのも仕方がない。だけど霧科先輩がぼくにわずかでも期待をしてくれていてチャンスを与えてくれるなら、ぼくは全力を尽くすよ。近界(ネイバーフッド)に行って無事に戻って来る自信が付くまでぼくはどんなに辛い訓練でも耐えてみせる。それがぼくの今やるべきことだから。…母さん、お願いします。承諾書にサインをください」

 

そして深々と頭を下げた。

すると香澄はフッと表情を和らげ、仕方がないといった顔で言う。

 

「ツグミさんはこうも言っていたわ。自分はこれまで他人の親切や厚意に甘えてばかりいて、目先の目標をクリアすることだけしか考えてなかった。おまけに近界民(ネイバー)との戦いに耐えられるだけの力を身に付けたわけじゃないのにチームメイトが強いから自分も強くなった気になってしまっていた。実力を伴わないうちに遠征に参加したいと身の程知らずのことを言ってしまった。自分はなんて厚かましい人間なんだと考えてあなたはすごく落ち込んでいる。だから遠征までに強くなるなんてことを言い出せないでしょう、って。実際にそのとおりだったわね」

 

「…はい」

 

「その時には厳しい言い方になったとしてもあなたから覚悟の言葉を引き出すようにって頼まれていたのよ。ツグミさんって何でもお見通しなのね。まあ、私としてはまだ複雑な気分でサインなんかしたくはないけど、ツグミさんから頼まれたらNOとは言えないわ。だから承諾書にはサインをしてあげる」

 

「本当!?」

 

「ええ。ツグミさんはあなたが遠征に不適格な人材なら絶対に参加させないと約束してくれたから、あなたが遠征に参加できることになればそれは十分な力を身に付けたということで笑って見送ってあげられる。もし()()()()()()()()()()()()()()()()()はグダグダ言っても諦めさせるから覚えておきなさい」

 

「はい!」

 

修は元気良く返事をした。

しかし問題は解決したわけではない。

 

(これだって承諾書にサインをしてもらうというハードルをひとつ飛び越えただけ。それも霧科先輩の厚意によって首の皮一枚で繋がっているような状態だ。これから先もいくつものハードルがあってそれをひとつひとつ越えて行かなければならない。そのハードルのひとつを飛び越えたくらいで喜んでいちゃダメだ。この先のハードルはもっと高くなるんだから)

 

 

◆◆◆

 

 

修が強い決意を固めた頃、雨取家でも同様の家族会議が行われていた。

千佳の場合は彼女のボーダー入隊自体を両親が大反対していた経緯があり、さらに大規模侵攻でさらわれかけたという事実があるから、そのさらおうとした張本人のいるアフトクラトルへ遠征に行くといって賛成してもらえるはずがないのだ。

おまけに千佳は内向的で他人に対して自分の気持ちを正直に話すことを苦手としているから、両親に対しても自分の思っていることを上手く話すことができずにいて一方的に否定の言葉を投げかけられ、泣きたくなるのを堪えながら黙って聞いているしかなかった。

しかし千佳の遠征参加は決定事項であり、彼女が参加できないとなれば遠征の計画自体を大きく変更しなければならず、彼女ひとりの問題では済まない。

そういった周囲の人間に与える影響を考えず、ただ()()()()()()行方不明になったと()()()()()()()兄と友人を探したいというエゴによって彼女は近界(ネイバーフッド)に行こうとしていた。

たとえ自分のエゴを最優先に考えていたとしても、せめて事前に遠征に参加することを保護者である両親に話しておくべきであった。

いつまでも内緒にしておくことができないのはわかっていたことで、それなのに突然遠征に行くから承諾書にサインしろと言われたら両親の怒りが頂点に達するのも無理はない。

 

修のケースではツグミが前もって香澄に事情を話してあり、修が自らの未熟さを責めてどん底に落ちたところで手を差し伸べてやる気を出させることにした。

自分で決めたことは途中で投げ出さないで最後までやろうとする彼の性格を踏まえた上での判断である。

しかし千佳のケースではツグミはあえて何もしていない。

だから遠征の話も千佳の両親にとっては寝耳に水で、驚くと言うよりは生死に関わるような危険な遠征に行く話を内緒にしていたことへの怒りで頭がいっぱいになり、彼女を徹底的に責め立てるようなことになってしまったのだった。

もちろんツグミは千佳の両親に対しても香澄と同じように話をしておくこともできた。

それをしなかったのには理由があり、彼女の心の問題を解決するために荒療治を行うことにしたからである。

 

千佳は幼い頃から近界民(ネイバー)に狙われていたが、当時は誰も近界民(ネイバー)の存在を知らなかったから彼女の言葉を信じようとしなかった。

誰でも自分の見たものしか信用できないのは当然で、怪物がいると言われたところで「子供が大人に注目されたい」がためにつく嘘だと考えるのは当然だ。

そのせいで千佳が両親や周囲の人間に対して不信感を抱くようになってしまったのは仕方がないが、だからと言って彼女は被害者なのだろうか?

否。

千佳は小学生の時に理解者であった青葉が行方不明になったことを自分のせいだと思い込んで自らを責めて()()妄想に駆られてしまう。

唯一の味方を失ったことを自分のせいだと思い込むが、そこが間違いなのである。

青葉がさらわれたのは彼女がトリオン能力者であったからで、千佳の友人であったかどうかは無関係だ。

そして誰も信じてくれないと嘆いていたが、兄・麟児は彼女の味方であった。

そんな麟児のことも信用していないのは、彼がボーダーを頼るように言った言葉さえ否定していることからわかる。

もしここで千佳が麟児の言葉に従っていれば、彼が近界(ネイバーフッド)へ渡ることはなかった可能性が高いし、修がボーダーに入隊することにもならなかったはずなのだ。

千佳はここでも大きな勘違いをしている。

麟児は自らの意思で近界(ネイバーフッド)に密航したのである。

青葉の時と事情は大きく違い、近界民(ネイバー)に拉致された被害者ではないのだ。

それなのに彼女の頭の中では「兄さんは()()()()()」ことになっており、あれほど嫌がっていたボーダーの手を借りて「近界民(ネイバー)の世界にさらわれた兄さんと友達を捜しに行く」と矛盾したことを言っている。

生まれつき内向的な性格な上に頑固で、思い込みが激しくて兄や友人の言葉にすら耳を貸そうともしない千佳。

他人から嫌われることを極端に恐れ、自分が傷付くのが嫌だからという理由でその結果他人を騙したり傷付けていることにも気づかない鈍感さが罪深い。

ボーダーに入隊した理由はともかく、周囲が甘やかすものだからこれらの問題点を放置していて、彼女の「精神面」における成長はまったくなかった。

そこにツグミが問題提起をして多少は改善されたものの、結局彼女は自分の行動によって「自分のことしか考えていない身勝手な人間」で「自分の言動が周囲の人間に影響を及ぼすことにも気付かない鈍感さ」と「両親を説得する度胸もない」ことを明らかにしてしまったわけだ。

これまで他人を信用せずにいて差し伸べられた手を自ら振り払っていたくせに、ボーダーに入隊してからは周囲の甘やかしにどっぷりと浸かっていて自分の力で問題を解決する努力を怠ってしまった。

こうなると両親を説得して承諾書にサインをしてもらうためには生半可なことでは不可能であり、ツグミは千佳に対してこの避けられない問題をひとりで解決してもらおうと考えている。

つまり両親を説得するくらいのことができないのなら近界(ネイバーフッド)へ行くことなどできるはずもなく、黙って指を咥えて見ていろ。

そして周囲から「おまえのせいで遠征計画を大幅に変更しなければならなくなった。おまえが悪い」と非難されても自業自得であると思い知れ、ということなのだ。

しかし逆にこの状態で両親を説得することができるほどの精神力や自分の本心を曝け出す勇気、相手の心を動かすコミュニケーション能力を持ち得ていると証明できれば、人として成長したと自信持って言えるというもの。

これは本気で近界(ネイバーフッド)へ行こうというのならそれくらいのことはひとりでやってみろというツグミの「愛の鞭」のようなものなのである。

もっとも千佳が参加できないと遠征計画自体が頓挫してしまうから最終的には助け舟を出すことになるだろうが、この長くもなく短くもない1週間という書類の提出期限いっぱいは努力してもらわねばなるまい。

この期限が1週間というのもツグミが決めた猶予期間である。

そしてツグミは本心から良い結果が出ることを待ち望んでいるのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

そしてもうひとり遠征部隊のメンバーのひとりでありながら、参加にブレーキがかかっている隊員がいた。

成人であるから保護者の承諾書など不要であるし、戦闘力についても特に劣っているわけではない。

むしろ遠征では主力となるうるボーダー隊員としてはとても優秀な人物なのだが、天は二物を与えずということなのか人としては大きな問題を抱えている。

アフトクラトルへの遠征のことで頭がいっぱい…というか現実逃避していた太刀川は大学生としての義務を怠り、責任を果たさずにいた。

期限内にレポートを提出せず、提出期限を1週間伸ばしてもらったにもかかわらず結局未提出。

おまけに「近界(ネイバーフッド)に行くのでレポートは帰って来たら書く」なんて言われたら温厚な人間でも堪忍袋の緒が切れるというものだ。

太刀川の担当教授はボーダー活動に対して良き理解者であったからこれまでは太刀川のサボリを大目に見てきたのだが、さすがに提出しなければ留年になるという大事なレポートを提出していないのだから忍田に報告するしかないと考えて事実を報告してしまったのだった。

そうなると忍田がどのような行動に移るのかは明白で、「レポートを()()()完成させて提出し、教授のOKが出るまでは本部基地への入館を禁ずる」と言い渡した。

現在、太刀川は自宅で必死になってレポートを書いていて、この様子では20日から始まる特別訓練に参加できるかどうかわからない。

訓練の出席率が9割を切るか、大学の留年が決まれば遠征には参加させないと忍田から釘を刺されたものだから、今現在も寝る間を惜しんでレポートに取り組んでいる…はずである。

 

 

◆◆◆

 

 

アフトクラトル遠征に関わる人間たちがそれぞれの理由でそれぞれの「やるべきこと」をやっていた。

それはすべて遠征を無事に成功させるためのもので、すべての三門市民に期待されていると思えばやらざるをえないことでもある。

しかし皆が一丸となってひとつの目標を目指し良い雰囲気になっても、それを邪魔しようとする者が現れるのが「お約束」というもの。

迅にはその邪魔者が視えていて、ひとりで深夜のボーダー本部基地内を歩き回って探していた。

以前ならツグミと一緒にこの()()()()に携わっていただろうが、彼女が遠征の選抜試験や特別訓練、さらにトリガーの改良などに参画していて忙しいので、今回は迅ひとりで行動することにしたのだった。

 

(やっぱ正体はアフトのトリオン兵なんだろうな…。時期的にはガロプラの報告を受けてまもない頃で、遠征艇を破壊したって証拠付きの報告を受けても信用していないのか? ツグミの話だとハイレインって奴は一筋縄ではいかない()()()()()男という印象だ。偵察用のトリオン兵を本部基地内に潜入させて情報収集しようってトコだろう。さっきのバムスターの腹の中にでも潜んでいたんだろうな)

 

夕方、迅は外回り中に偶然バムスターに遭遇し、これを撃退していた。

その直後に視えるようになったのだから関連性があると考えるのは無理もない。

事実そうであった。

しかしバムスターの腹から出たのは迅が到着する前で、既に移動してしまっていたから居所は不明である。

さらに大規模侵攻の際に使用した偵察用ラッドのステルスはボーダーによって無効化されているので新たなタイプのものを送り込んでいた。

今度はボーダーの遠征計画の進み具合を知るためのものなので前回のような数千という数ではなく、わずか20体と少数である。

迅に視えているのは偵察用の小型トリオン兵が本部基地に侵入しているということだけで、まだそれがどこにいるのか視えないものだから、こうして本部基地内をウロウロしていることしかできないのだ。

 

(目的が目的だから市内を歩き回るのではなく、本部基地に忍び込んで情報を得ようとするのは当然だな。しかしそう簡単に侵入できるものではないんだから、エネドラってヤツが侵入してきた時のように通気口や排水口を使って入って来るに決まっている。そうなるとサイズはかなり小さいものだろう、きっと)

 

迅の推理は正しいのだが、前回のように人海戦術で片っ端から退治していけば良いというものではない。

それにまず1匹目を捕まえてステルスを無効化、レーダーに映るようにしなければ隊員を動員することもできず自分で探すしかないのだ。

 

(人のいない深夜の方が敵も動きやすいと思ったんだけど全然気配がないな…。これだけ広い本部基地内をひとりで巡回してるんだから効率が悪いったらありゃしない。ツグミに相談すればいいアイデアを教えてくれるんだろうけど、そんなことをすれば自分も一緒に探すって言い出すに決まってる。また身体を酷使して倒れられたらたまったもんじゃないんだよな…)

 

迅が考えるようにツグミに相談すれば彼女は喜んで協力してくれるはずだが、こうして深夜まで働かせるわけにはいかない。

しかしアフトクラトル側にボーダーの情報が筒抜けでは遠征の成功の可否に大きく影響することになり、ひとりで手に負えないのなら協力を求めるべきである。

そこで迅はアフトクラトルのトリオン兵を探しているとは言わずに「例え話」で訊いてみることにした。

 

(今は…10時半か…。まだ起きてる時間だよな)

 

迅はポケットから取り出した携帯電話でツグミに電話をかけた。

 

 

「あ、ジンさん? こんな時間にどうしたんですか?」

 

ツグミの声は思いのほか明るく、1週間ぶりに聞いた恋人の声に迅は胸がときめいた。

 

「夜遅くに悪いが、ちょっと相談したいことがあるんだ」

 

「相談? どんなことですか?」

 

「えっと…端的に言うと害虫駆除で、通気口や排水口から侵入してきた虫をどうにかしたいんだ。どうしたらいいと思う?」

 

「ええ~っ、ゴキブリ退治の話ですかぁ? もっと楽しい話を期待していたのに~。まあ、いいですけど。…ああいった虫はどこにでもいるようで実は決まった場所にいるものです。圧倒的に台所ですね。そこに餌になるものや水がありますし、意味のないところでウロウロするよりも生存するのに効率の良い場所で身を隠して人間に見付からないようにするでしょ、普通」

 

「ふむ、なるほど」

 

「それで台所でも冷蔵庫やシンクの下、他には食器棚と壁の隙間とか、そういった人目につかない狭い場所に隠れていることが多いですから、そこに捕獲器をセットしておけばあとは待つだけ。寝室とか、洗面所とかにもいるので念のために仕掛けておいた方がいいかもしれません。…そうそう、見付けたからといって新聞紙とかで叩き潰しちゃダメですよ。潰れると菌を撒き散らすことになって余計に被害を広げることになりますから。…って、こんな感じですけど、参考になりましたか?」

 

「ああ。すっごく参考になった。ありがとな、ツグミ」

 

「いいえ、どういたしまして。しばらくはお互いに忙しいですけど、時間ができたら動物園へ行くという約束を果たしてもらいますからね」

 

「ああ、忘れちゃいないさ。遠征の前に必ず行こう。…じゃ、おやすみ」

 

「おやすみなさい、ジンさん」

 

ツグミは電話を切ったが、迅の話を最後の最後までゴキブリ退治のこと話だと信じて疑っていなかった。

 

迅は携帯電話を握りながらニヤリと笑った。

ツグミの話で何かインスピレーションが湧いてきたのだ。

 

(なるほどな…。ゴキブリは台所。なら偵察用ラッドがいそうな場所は…格納庫、か。奴らは遠征艇が本当に破壊されたのか気になっていて、自分の目で確かめたいと思っているはずなんだから。ガロプラの件で格納庫の場所はアフトの連中にバレているだろうから、早めに捕獲器をセットしないとマズイぞ。念のために研究室(ラボ)にも置いておいた方がいいかも。…ああ、それから技術者(エンジニア)の連中には見付けても壊さないようにしろと言っておかないといけないな)

 

迅は続いて城戸に電話をかけ用件 ── 偵察用ラッドの捕獲方法をツグミに教えてもらったことと罠の設置の許可をもらうこと ── を伝えると、城戸は声を押し殺して笑いながら「好きにしろ」と言い、ついには笑いを堪えられなくなって城戸の方から電話を切ったのだった。

 

 

 

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