ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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229話

 

 

話は時間を少々遡って3月20日に戻る。

この日から遠征参加メンバーの特別訓練が始まり、週1-2回のペースで様々なシチュエーションでの模擬戦闘が行われることになる。

第1回目は「本隊」による城郭都市への攻撃で、遠征に参加しない狙撃手(スナイパー)たちに敵役として協力してもらうことになっている。

これは狙撃手(スナイパー)の合同訓練に便乗した形で、狙撃手(スナイパー)たちも普段は行わないタイプの訓練にやる気満々であった。

もっともこの訓練は「本隊」のもので、遠征艇の「居残り組」は別メニューが組まれていて、「本隊」は午前で「居残り組」は午後に行われる予定である。

 

 

午前の部、つまり本隊メンバーの訓練は仮想訓練室にて行われる。

〇九〇〇時から一一三〇時までの2時間半で、参加者は開始30分前に会議室に集合なのだが太刀川の姿はない。

大学に提出するレポートが完成していないのか、提出してもOKをもらえていないかのどちらかのようで、太刀川は初回の訓練は欠席となった。

 

遠征参加者のうち本隊メンバーが全員会議室に集合したところで忍田とツグミが会議室に入って来たのだが、忍田は本隊メンバーの席に着いた。

この訓練では忍田は責任者とか引率者という立場であると同時に本隊メンバーのひとりなのだ。

 

「今日から遠征に向けての特別訓練を行います。今日のメニューは先日の選抜試験で使用したステージ『アフトクラトル城郭都市』で、時刻『昼』、天気『晴れ』の設定で、内容は前回と逆の外側から都市内に侵入するというものです。時間制限は特に定めていませんが、1時間もあればクリアできると考えております。なおこれは隠密行動ではなく堂々と戦って10名が城内に入ることでクリアとなるルールですので、みなさんの持つ力を出し切って敵を倒してください」

 

ツグミは笑顔で明るく説明する。

選抜試験で城郭都市というものがどのような意味を持つものなのかを体験したメンバーは自分なりにいろいろ考えて来ている者もいるようだが、誰も効果的な攻略法を思い付くことはできなかったらしい。

難しそうな顔をしている本隊メンバーと笑顔のツグミの表情が対照的で、会議室内の温度差が視覚的にも良くわかる状態だ。

 

「今回の敵役は遠征に参加しない狙撃手(スナイパー)さんたちに協力してもらい、正隊員を中心とした42名のアフトクラトル兵士役の隊員が応戦することになっています。また今回は初回ということで攻撃は狙撃手(スナイパー)オンリーになっています。接近戦になればみなさんの方が圧倒的に有利ですからクリアもそう難しくはないと思います。…あ、それから言い忘れていましたが、前回のマップでは城壁の周囲は普通に地面になっていましたが、実際には幅が約20メートルの『堀』がめぐらされているとのことですので、それもリアルに再現してみました。ですので近付くのはちょっと面倒になっていますね。まあ、頑張ってください。なお訓練開始時間は一〇〇〇時ですので、5分前集合でお願いします。わたしはこれから狙撃手(スナイパー)さんたちのところに行って打ち合わせをして来ます。質問があれば今ここでお願いします。何かありますか?」

 

ツグミがそう言うと、風間が手を挙げた。

 

「この場に迅の姿が見えないが、奴は訓練に参加しないのか?」

 

「迅隊員は別件で行動していますので、今日はみなさんと一緒に戦うことはできません。太刀川隊長もお休みですので、ここにいるメンバーだけでお願いします。他にありませんか? …ないようですので、これで訓練内容の説明は終わります」

 

誰の手も挙がらないということで質問はなしと判断したツグミは会議室を出て行った。

 

迅と太刀川の戦力抜きで戦わなければならないということで、いくら敵側が狙撃手(スナイパー)しかいないといってもかなり厳しいものになりそうだと誰もが不安そうな顔をする。

そんな沈鬱な雰囲気を東が和らげようとして言った。

 

「霧科が言ったように敵が狙撃手(スナイパー)だけなら攻略方法はいくらでもある。たしかに迅と太刀川がいないとなれば戦力ダウンは否めないが今日はこのメンバーだけでやろう。それにクリアできなくてもこの訓練で自分たちに何が足りないのかがわかるはずだ。霧科のやることだから単なる訓練ではなく、その結果から何かを得られるものにしようと考えているだろうからな」

 

前回の試験でツグミの「企み」によって自分たちの近界(ネイバーフッド)での戦闘に対する意識の甘さについて思い知らされたものだから、この訓練でも何かあると考えるのが自然だ。

それに条件をクリアしたからといって万々歳というわけにはいかないという前例があるため、この東の言葉に皆が納得とばかりに頷いた。

 

「それじゃ、せっかくミーティングタイムをもらったんだ、それを有効活用させてもらおう。みんな、集まってくれ」

 

東を中心として本隊メンバーの作戦会議が始まったが忍田は積極的に参加せず、隊員たちが熱心に意見を交わす様子を見守るだけであった。

 

 

 

 

ツグミは場所を移動してアフトクラトルの兵士役をやってくれる狙撃手(スナイパー)たちに訓練のルールを説明した。

普段の訓練だと基本は動かない的当てで、レーダーの情報なしで隠れながら他の隊員を見付けて撃つ「捕捉&掩蔽訓練」やレーダーで指示された的を探して撃つという「レーダーサーチ訓練」といったものもあるが、本格的な対人戦闘訓練はない。

近・中距離攻撃の敵に対する訓練は一切やっていないので、狙撃手(スナイパー)たちにとっても今回の遠征部隊の訓練は非常に都合が良いものとなる。

特に№1狙撃手(スナイパー)・当真にとっては普段戦うことのできないランカークラスの攻撃手(アタッカー)射手(シューター)銃手(ガンナー)を「的」として撃つことができるのだからテンションが上がるのも無理はない。

 

「この訓練では遠征メンバーは緊急脱出(ベイルアウト)できないことになっています。それは遠征艇から3000メートル以上離れた場所での戦闘を想定しているからです。なので戦闘体を破壊しても生身の状態でその場に存在する…という設定になっています。その生身の隊員を撃ってもかまいません。撃たれた人は戦闘体の時とは違って当たるとかなりの痛みを感じることになります。腹や胸に当たれば悶絶してしばらく身動きひとつできないことでしょう。まあ、擬似死亡ってトコですね。実戦なら生身だと撃たれた人間は当たり所によっては即死となる場合もありますから」

 

できるかぎり実戦に近い状況での訓練をしたいと考えたツグミは、戦闘体を失った隊員が緊急脱出(ベイルアウト)できないだけでなくトリガーを使えない「生身」になってしまうことを理解してもらうためにこのようなシステムにしてもらっていた。

もちろんこれは本隊メンバーには内緒にしてあることで、戦闘体を失った状態で戦場の真っ只中に放り出された時の恐怖を感じてもらうためのものである。

ここで怖気づくようであれば、その隊員はそれだけの人間であったということで近界(ネイバーフッド)へ行かせてはならない。

その恐怖に打ち勝てる精神力がなければ敵地での戦闘など不可能なのだ。

近界(ネイバーフッド)への遠征は近界民(ネイバー)と戦って勝てるだけの戦闘力は当然必要なのだが、それ以上に重要なのは「戦場において生と死は隣り合わせである」と認識することで、絶対に死なないような戦い方をしなければならないことを肝に銘じておかなければいけない。

これは普段のランク戦での戦いが()()()()()()意味を成さないことを認識させるための訓練なのである。

 

アフトクラトル兵士役の狙撃手(スナイパー)の布陣は東西南北にある見張り小屋にそれぞれ2名ずつを配置し、それ以外は城門のそばにある詰所に8名ずつ待機。

本隊メンバー()がどの方向から攻めて来るのかわからない状態であるから、この布陣は当然のことである。

そしてツグミは()()()()()ベルティストン家の居城の一番見晴らしの良い部屋で待機することになっていた。

今回は狙撃手(スナイパー)だけでの防衛戦だが、いずれはアフトクラトルの兵士の方も近・中距離攻撃用のトリガーを使用しての白兵戦もツグミは考えている。

ありとあらゆるシチュエーションを想定しての訓練を行うことで、実戦でも臨機応変に対応できるようになるだろうとの考えだ。

 

(さあ、どうなるか楽しみだわ。()()()()()()わたしは特等席で見物させてもらおう、っと)

 

 

◆◆◆

 

 

ベルティストン家の居城の最上階の部屋に置いてあるソファに深く腰を掛けているツグミと、彼女の横で立っている迅。

その様子はこの城の主とその従者のようである。

このふたりだけは訓練開始時間の10分前からここにいるのだが、それには理由があった。

 

「ツグミは本隊メンバーがどうやって攻め込んで来ると考えている?」

 

迅の問いにツグミは即答する。

 

「彼らにはミーティングタイムを与えましたから、きっと東隊長を中心として作戦を立てていることでしょう。選抜試験では北東約5000メートルの位置に遠征艇を停めたという設定でしたから、今回も北東側にして城壁から約1000メートル離れた位置に彼らをまるごと転送します。城壁を破壊するのは不可能だとわかっているでしょうから、城門を突破してなだれ込んで来ると思います」

 

「北と東のどちらだと思う?」

 

「当然東門です。このマップでも時刻『昼』、天気『晴れ』に設定してありますから、北側から進撃すると逆光になってしまって不利です。そのくらいのことを東隊長が気付かないはずがありません。前回の時に太陽とこの城の位置関係で転送された場所を推測させることをしましたから、彼でなくても太陽と転送された場所の関係について意識せざるをえないはずです」

 

「なるほど。それで?」

 

「城壁の強度はボーダー本部基地の外壁と同レベルらしいので、それよりは弱い城門を狙撃手(スナイパー)3人の同時アイビス攻撃で破壊するか、グラスホッパーやエスクードをジャンプ台として使って城壁を乗り越えた隊員が城内で暴れて内部から城門を開けるかのどちらかでしょう。太刀川隊長がいれば彼も参加することで状況を有利に運ぶことになったでしょうけど」

 

「アイビスを使うにしても城門を射程に捉えるまで接近すればアフト兵役の狙撃手(スナイパー)にバレてしまうだろ? フィールドはほぼ平坦で隠れる場所なんてないんだから」

 

「ええ。東門の上にある見張り小屋ではふたりが哨戒任務に就いていて、敵を発見次第アラートが発せられることになっています。今回はそこに正隊員をふたり配置していますから、彼らがどのタイミングで本隊メンバーを発見するかがポイントとなります。たぶん本隊メンバーはシールドを2枚張った両防御(フルガード)の状態で全力疾走し、アフトクラトル側からの狙撃はそれでなんとか防ぎ、狙撃手(スナイパー)3名が狙撃位置に着いたところで全員が狙撃手(スナイパー)3名を守るようにしてアイビスを撃たせるんじゃないかと思います。3名いれば2射目で城門は破壊されるでしょう。そうしたら後はそれぞれが自ら防御しながら城門を抜けるだけです。これだと無駄な戦闘をしないで済みます」

 

「だがおまえがそうやって本隊メンバーの行動を予測しているのだから、それに合わせた迎撃方法を考えて狙撃手(スナイパー)に伝えてあるんだろ?」

 

迅がニヤニヤしながら訊く。

 

「もちろんです。…城門の幅は5メートル弱で、そこを通って来るとわかっているんですから、待ち伏せして集中砲火を浴びせかけるよう指示してあります。東隊長もわたしの思考を読めば城門を破壊して突破する時のリスクはわかっているはずです」

 

「そうなると危険でもグラスホッパーやエスクードを使って城壁を乗り越えた隊員が中で暴れるパターンの方がいいのか? レイジさんのフルアームズを使えば狙撃手(スナイパー)しかいないアフト側は手も足も出ないぞ」

 

「でも多勢に無勢という言葉もあります。アフトクラトル兵士役の狙撃手(スナイパー)は40名を4つの方角にそれぞれ10名ずつ転送されますから東門にも10名しかいません。ですが本隊メンバー発見の報があれば全員が東門に集まって来ます。最も遠い西門の兵士でも10分もあれば駆けつけることができますから、いかに短時間でどれだけの敵を撃破できるかが重要です」

 

「それでおまえはどっちだと思うんだ?」

 

「たぶん後者で攻撃力・防御力ともに能力の高い隊員を中へ送り込むパターンだと思います。木崎隊長だけでなく忍田本部長や小南隊員らもいますから、彼らを使わないのはもったいないです。外側からは二宮隊長や加古隊長や出水隊員らの射手(シューター)組が城壁の頂面にいる敵を相手にし、内と外の両面から翻弄してくれるでしょう」

 

「なるほど。…ところで本当なら俺は向こう側の部隊(チーム)で戦うはずなんだが、何で俺はここにいるんだ?」

 

ツグミは迅にすら彼の役目について何も説明していなかったのだ。

 

「迅隊員はこの『ゲーム』のバランスブレイカーなんですもの。今回の訓練ではアフトクラトル側は狙撃手(スナイパー)だけにしていますし、半分以上が実戦形式の試合なんてしたことがない隊員ばかり。これでは本隊メンバー側に有利なだけでなく、あなたが加わるとゲームとして成立しないものになってしまいます。それにあなたの未来視(サイドエフェクト)でアフトクラトル兵士の配置や戦術が視えてしまったら他の隊員たちはどのような展開になるのか自分たちで考えることをしなくなります。あなたの未来視(サイドエフェクト)に頼ってばかりの戦いではダメだと思うので、今回あなたには敵側に回ってもらうことにしたんです。もちろん実戦ではあなたも本隊メンバーに加わって戦うことになるわけですから、別の訓練日には本隊に合流してもらいます。その時には攻略の難易度をかなり上げてしまいますけどね」

 

ツグミの説明に納得した迅は「一本取られた」といった顔で笑った。

 

「東さんはおまえが考えていることを想像してその対抗策を考えているんだろうけど、おまえはその対抗策を承知の上で、さらに斜め上のことを考えているわけだから、この訓練も前回同様におまえの思惑どおりの結果になるんだろうな」

 

「あなたがそう言うならそのとおりなんでしょうね。わたしは常に近界民(ネイバー)との戦いにおいては最悪のケースを想像し、それに対応できるように考えています。だから今回の訓練でわたしはコントロールルームではなくここで見物することにしたんです」

 

「どういう意味だ?」

 

「わたしはハイレインがどのような景色を見ているのかを知りたいと思ってここにいるんです。ここからは城壁に囲まれた街のすべてが見渡せます。だから奴の視点でボーダーの戦いを見てみたいと考えていて、だったら自分が仮想フィールドに入ってしまえばいいかなって。全体の様子はコントロールルームにいる月見オペレーターに監視してもらい、後で映像データを見ながら状況を聞こうと思っています」

 

「敵の視点に立ってみる、か…。これは頭で考えてもダメで、実際に経験してみないとわからないからな。たしかにここは街の中心にあって高さが約25メートル。周囲の建物はどれもが10メートル以下だから、15メートルの城壁で街が守られるってことになる。しかしこんな高い場所だと外側から狙われるんじゃないのか? アイビスで撃たれたらひとたまりもないぞ」

 

「敵が城壁の外にいるのなら、イルガーやバドといった飛行型のトリオン兵の攻撃を受けない限り大丈夫です。もしアイビスなどの高火力の狙撃用トリガーがあったとしても、この場所を撃つなら相当な射程のあるものでなければ弾が届きません。単純計算すると射程が2500メートル以上ないとダメですから現実的には不可能です。周囲よりも高いといっても15メートルの城壁の外側からだとこの場所は1500メートルくらい離れないと目視することもできません」

 

「……」

 

ツグミから具体的な数値を言われてもピンと来ない迅。

彼女の説明は続いた。

 

「この城郭都市というのは良くできていて、この場所にいると街全体を見渡すことができ、城壁の上にある見張り小屋からは城外の様子が360度監視可能です。逆に外側にいる敵は街に近付こうとしても隠れるものはなくすぐに発見されてしまい、さらに敵の本拠地への直接攻撃はほぼ不可能。中の様子もまったく見えないので攻撃側には圧倒的に不利となる構造なんですよ。もちろんベルティストン家はボーダーからの攻撃を想定しているのではなく、他の有力貴族との戦いに備えたものなんですけどね。…っと、そろそろ開始時間です」

 

 

◆◆◆

 

 

一〇〇〇時、22名の本隊メンバーと40名のアフトクラトル兵士役の狙撃手(スナイパー)が仮想戦闘フィールドに転送された。

選抜試験の時と違って本隊メンバーは全員が同じ場所に固まっていて、城郭都市の北東約1000メートルの位置からのスタートである。

そこから城郭都市まで隠れることのできるようなものはほとんどなく、哨戒中の兵士に発見されたらそこで戦端が開くこととなる。

 

敵発見のアラートが鳴り響き、開け放たれていた城門は4ヶ所同時に閉められた。

発見者は東門の見張り小屋にいた佐鳥と荒船で、その報は一斉にアフトクラトル兵士役の狙撃手(スナイパー)に伝えられた。

 

「始まりましたね。これで東門以外に転送された狙撃手(スナイパー)たちが集まって来ます。東門の10名の狙撃手(スナイパー)は城壁の上から近付いて来る本隊メンバーを狙撃するわけですが、残念なことにここからだと狙撃手(スナイパー)の様子は見えても外側にいる本隊メンバーの様子は見えないんですよね。まあ、ハイレインなら自分はここから離れずに信頼できる部下を現場に行かせて報告を得るでしょう」

 

ツグミはそう言って迅の顔を見た。

 

「つまり俺に行って見て来いってことか?」

 

「そのとおりです。でなければあなたにカメレオンを装備してもらった意味がありません。たぶん現場に行ってもあなたの存在に誰も気付かないはずです。手は出さずに状況だけ報告してください。今日の敵は狙撃手(スナイパー)だけということになっていますからね」

 

「了解」

 

迅はそう言って東側の窓を開くとそこから出て行った。

 

(さて、わたしも()()()()見物させてもらおうかな)

 

ツグミは立ち上がると迅が開けた窓の縁に腰を掛けて東側の街並みを見渡した。

 

 

 

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