ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
本隊メンバーは自分たちがどこに転送されたのかは前回の選抜試験と同様に太陽と建物の位置で判断し、城郭都市の北東だということは誰でもすぐにわかった。
そしてツグミが想像していたように東門を目指して注意深く進んでいたが、アフトクラトル兵士役の
こうなると一刻も早く城門を開かねばならないとして、全員が
ただ修だけはシールドをサブトリガーに入れているだけなので、メインのレイガストを
レイガストが重たいせいか、または単純に機動力の低さなのか、集団の一番後ろで仲間たちを追いかけて行くのが精一杯だ。
戦闘開始の30分ほど前、本隊メンバーは東を中心として作戦会議を開いていた。
選抜試験の際に城壁を破壊することは不可能だと理解しているので、城門を抜けるしか入城する方法がないことはわかっている。
そこでツグミが推測したように「城門をアイビスで破壊する」と「城壁を乗り越えて内部から開ける」という2案が持ち上がるのだが、そのどちらにするかで意見が分かれていた。
しかし後者を推す隊員が圧倒的に多い。
特に
その案だと
後者の策では敵
よって「城壁を乗り越えて内部から開ける」作戦で意見が全員一致していた。
防衛戦となるアフトクラトル兵士役の
本隊メンバーを発見次第全員が1ヶ所 ── 今回は東門 ── に集合して城門付近で待ち受けるだけである。
当然
相手がA級とA級レベルの隊員であっても、迎撃側もA級とA級レベルの隊員はおり、さらに人数は2倍である。
戦力に問題はない。要は頭を使った戦いができるかどうかなのだ。
本隊メンバーには東という智将がおり、迎撃側の
面白い訓練になるはずなのである。
戦端は本隊・奈良坂のイーグレットによって開かれた。
彼はボーダーの
奈良坂の狙撃でアフトクラトル兵士役の
逆に城壁の上からであれば防御壁にある鉄砲狭間の隙間から地上の敵を狙うのだから射程に入りさえすればそう難しいことではないのだ。
「アイビスの射程まで行くぞ。城壁を破壊できずとも、頂面にいる敵を蹴散らすことはできるはずだ」
東の指示で全員が前進した。
アイビスの射程はイーグレットよりも短いため、
そうなるとアフトクラトル兵士役の
アイビスに持ち替えた
「東さん、ぼくにも手伝わせてください。ぼくは戦闘で役に立ちそうにありませんから、ここでトリオンを全部使い切ってもかまいません。全力で
その場にいた全員が修の意見に賛成した。
正直言って激しい戦闘になれば今の修では戦力にならない。
これまでの彼の価値は遊真やヒュースが戦いやすいようにスパイダーで罠を張るなど仲間のサポートに徹していたことだが、この訓練ではそんなものは役に立たないのだ。
乱戦になっている状態でうろうろされるだけでは手練の隊員にとっては邪魔にしかならない。
ならば
それに本人に無理強いしているのではなく、自らやりたいと言っているものをダメだと止める理由はない。
「では三雲は古寺を、出水は奈良坂、そして木崎に俺の
「了解!」
東門の城壁の上では10名の
本隊メンバーと距離は同じでも狙撃地点が15メートルの高さというアドバンテージがあり、さらに1メートルの防御壁があって鉄砲狭間からの狙撃であるから防御も十分である。
東・奈良坂・古寺の3名がA級クラスの
単純に10対3という数の不利もあって厚い銃弾の壁に阻まれる本隊メンバーであったが、東のアイビスが見張り小屋の屋根を吹き飛ばしたことで一気に戦況が変わった。
いくら城壁がトリオンでできた頑丈なものであっても慢性的なトリオン不足に喘いでいるアフトクラトルであるから、主要な部分以外はトリオンの量を減らした耐久力の少ない建造物にするしかなく、城壁の強度を100とすれば城門を85とか見張り小屋を60といった割合にせざるをえない。
そういった点もリアルに再現してあるため、東はそれを狙ったわけだ。
見張り小屋の近くにいた
「よし、
東の指示に従って本隊メンバーは適宜バラバラとなり、それぞれの判断で個別に攻撃を開始した。
城壁の周囲を幅20メートルの堀があるものの城壁の頂面にいる
そうなれば狙撃の密度が減り、その間に十数メートル接近して
それが東の作戦であった。
(ここまでは予定どおり進んでいる。…しかしそれが逆に気味が悪いな。まるで霧科の手のひらで踊らされているようだ。アフト兵役が42名で攻撃は
東はツグミの考えが読めずにいた。
(選抜試験のようにクリアをあえて容易にしておき、実際には裏があるとも考えられる。アフト兵は42名でまだ倒したといえるような兵士はいない。このまま中に侵入すれば42名の
そこで東は違和感を覚えた。
(いや…42という敵の数、どうしてそんな中途半端な数なんだ?)
その答えを見付ける前に状況は大きく変化した。
城壁の頂面からアフトクラトル兵士役の
それを喜ぶ者、訝しがる者…本隊メンバーの反応はさまざまだが、東はこの状況を「吉」ではなく「凶」だと判断した。
この攻撃が止んだことがツグミの罠であると考え、城壁を乗り越えようとして次の行動に移る隊員たちを制止する。
「待て! これは罠の可能性が高い。この訓練の条件クリアにタイムリミットはない。ゆっくり考える時間はあるんだ、慌てて動くんじゃない!」
本隊のリーダーは東なので彼の命令は絶対である。
ツグミの性格を良く知っているレイジや三輪、二宮たちもこのままで済むとは考えておらず慎重になるが、米屋や影浦、小南は罠と見せかけたチャンスだと言って譲らない。
意見がふたつに分かれた状態でいると、さらに彼らを混乱させることが起きた。
これまでずっと外敵の侵入を妨げていた城門がまるでここから入って来いと言わんばかりに開いたのだ。
こうなると積極的に攻めたい隊員たちもどんな罠が仕掛けられているのか不安になり、隊員たちの間に不穏な空気が漂い始めた。
「これも『空城の計』でしょうか?」
古寺が東に訊く。
「いや…一般にいう『空城の計』とは少し違う。しかし城門を開いて俺たちを招き入れようという意思は感じられるから、試しているのは間違いないな」
「空城の計」とは「三国志演義」の中の諸葛亮孔明による第一次北伐の際のエピソードに登場するもので、城の城門を開け放ち何かしらの罠があると相手に思わせる計略である。
籠城戦を試みても勝つことは困難となった状況において城門を開け放つことは敵を自ら招き入れることになり戦闘を放棄したように思えるが、敵軍の指揮官が有能で慎重であれば敵が城内に自軍を誘い込んで伏兵で攻撃しようと構えていると疑い攻めこんで来なくなる、という寸法なのである。
もし相手が物を考えない無能な指揮官であれば何も考えずに城内に突撃、そのまま城は攻め落とされてしまうことだろう。
よって通常は敵軍に比して自軍が圧倒的に劣勢である場合に用いられるものだから、東の言うように一般のケースとは違う。
(今の状況は攻撃側に有利となっている。しかしだからといって防衛側が不利というわけでもないのに『空城の計』を真似た状況を作る意図は何なんだ?)
今回の訓練では攻撃側の東と防衛側のツグミによる心理戦の部分が大きく、ツグミのことを良く知っているからこそ東は慎重にならざるをえないのだ。
なにしろ彼女に戦術指南をしたのが東であり「空城の計」についても教えていた。
(『どうぞお入りください』といった状況でノコノコと城門をくぐって入るはずがない。何かしらの罠があると考えるのが普通だ。だからこそ司馬懿仲達は諸葛亮孔明の策にまんまと引っ掛かってしまったわけで、霧科が孔明を気取っているなら俺が仲達のような真似はしないとわかるはずだ)
東が悩んでいるとそこに奈良坂が近付いて来て報告をする。
「東さん、開け放たれた門から中をイーグレットの
城門が開いたことで中の様子が見えるようになり、城門の内側に数名の
しかし見えない場所にも隠れているのは間違いなく、その対策を考えねばならない。
(城門の幅は約5メートル。烏丸のエスクードを2枚並べてバリケードにすれば敵のアイビスもある程度は防げる。エスクードの射程は約25メートルだから城門に近付かなくても張ることは可能だ。エスクードを張った後に敵の正面攻撃を受けないようにして城門の入口まで近付き、エスクードの隙間や上の凹みの部分から攻撃すればいい)
さらにカメレオンを起動した歌川が城壁の上から中の様子を覗い、詳しい状況を報告する。
「城門の正面にいる連中は
城門の幅が5メートルしかないことで本隊メンバーとアフトクラトル兵士役の
よって本隊メンバーは門の中に入らなければ扇形に配置されていると思われるアフトクラトル兵士役の
そうなると「10名が城内に入る」という条件をクリアするためにはその集中砲火の対策が必要となる。
(敵の数を減らしていけば火力も落ちるが、こちら側もダメージなしというわけにはいかない。10名が入城すればいいのだから12名までは犠牲になってもギリギリ条件はクリアできるが、そんなことになれば前回のようにクリアしても不合格のようなことになりかない。それこそが霧科の目論見なのではないのか?)
東は意を決し、本隊メンバーに自分の考えと作戦を説明した。
当初の作戦では正面突破ではなく城壁を乗り越えるものであったから、その作戦を大きく変更するものとなった。
さらにツグミが何らかの罠を仕掛けていて、それにまんまと嵌ってしまうのではないかと危惧する者もいる。
「これは明らかな罠ですよ。それを承知で彼女の策に乗るというんですか?」
古寺は反対だと言う顔で東に迫った。
他にも反対派はいるのだが、東の判断に異論を唱えることができずにいる。
「これは俺の『勘』による判断だ。心理戦において相手の思考を読んだ上でそれに対応することが求められる。しかし相手も同様にこちらの思考を読んで行動するから、こちらはさらに相手が『こちらの思考をどう読んで行動しようとしているか』を想定して対策をしなければならない」
「しかしそんなことを繰り返していれば無限ループに陥ってしまうと思うのですが」
レイジが東に言う。
「まあ誰もがそう考えるのも当然だ。特に同レベルの人間であれば同じような計略を考えるから、お互いに読み合いをすればそうなる。しかし実際に対人ゲームなどで心理戦を行うとそうはならないものだ。一般人は『みんなの裏をかく』程度で行動するので、『ならば自分は裏の裏をかく』ことにすると勝率は上がる。しかし『では俺は裏の裏の裏を』とそこまで考えて行動するとそれはもう相手の思うツボに嵌ってしまって自滅するだけだ。そこでいわゆる『裏の裏をかく』が最適解であると結論付けた場合、霧科は俺たちが城壁を乗り越えて来ると判断するだろう」
東の説明でわかる者はわかるのだが、わからない者はまったくわからないという顔である。
「結局のところ、霧科を相手にして心理戦で勝とうと思ってはダメだ。こちらの手の内を読んでいてその対策を練るのだが、それが俺たちの想像の斜め上をいくのだから考えても時間の無駄。特に今回は彼女から仕掛けられたのだから、こちらは逆に彼女の裏をかこうなどと考えるのではなく、単純に開いている城門を突破すればいい。それも無策で行動するのではないのだから勝ち目は十分ある」
力強い東の言葉に皆が大きく頷いた。
東はもっともらしいことを言っていたが、結局のところ彼がツグミの策に乗ることにしたのは、城門突破作戦に変更したことでデメリットは特にないからである。
(霧科、どういう計略で俺たちを出迎えてくれるのかな? 俺の期待に応えられるような
◆
本隊メンバーの様子を戦闘の行われているエリアから少し離れた城壁の防御壁に腰を下ろして見物していた迅。
カメレオンを起動していて東たちからは姿が見えないため高みの見物を決め込んでいる。
本当ならもっと近付きたいのだが、本隊メンバーの中に菊地原がいることから物音で存在がバレる恐れがあるためアフトクラトル兵士役の
(まずは
迅は自分の目で見た状況をツグミに内部通話で報告する。
[ツグミ、こっちでは東門にいた
[ええ、ここからでも見えます。本隊メンバーの様子までは見えませんけど]
ツグミの言葉を聞いて迅は彼女の強化視覚の能力のことを思い出した。
(そうだ、あいつなら1000メートルくらいの距離なら十分見えるんだった。だがトリオン製の厚い城壁のせいで本隊メンバーの様子までは見ることができないから、俺が見た状況を報告させようってことか)
迅はしばらく戦況を眺めていて、自分の見たままを正確にツグミに伝えた。
内部通話だから彼女の顔が見えないものの、迅には彼女がこの訓練で本隊メンバーに何を求めているのかがわかった気がした。
(これ、東さんを上手く利用しているな…。戦術面について東さんの弟子や孫弟子はいるが、実戦で使えるほどの軍師になりうる人材はいない。城門を開け放ったツグミの奇策も古寺は罠だと考えて尻込みしている。東さんならツグミの性格や考え方を良く知っているからそれらも判断の材料にして、罠と思える状況を逆に利用して突破することにしたみたいだな)
迅は会話の内容まではわからずとも東と古寺のやりとりとそれに続く動きから「開け放たれた城門を抜ける」策を選んだことを知ると、それをツグミに伝えた。
すると彼女はクスクス笑いながら言う。
[東隊長ならそうするとわかっていました。では迅隊員は城門から離れた安全な場所で見物していてください]
[は?]
[わたしだって今日の訓練ではアフトクラトル側の人間のひとりなんですから、条件が揃ったらここから参加させてもらおうと考えていたんです。大事なことなのでもう一度言っておきます。城門から離れた安全な場所で見物してくださいね。巻き込まれてもそれは自己責任ですから]
迅はわけがわからないままの状態でツグミに内部通話を切られてしまった。
(あの言い方だとあいつも戦闘に参加するってことだよな。いったい何をしようというんだ?)