ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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232話

 

 

会議室に集合した本隊メンバーの顔には疲労の色が見えていた。

トリオン体で戦ったのだから生身の肉体に疲労感はないのだが、精神的に疲れたといったカンジである。

特に東はツグミによって振り回されたのだから相当ダメージを受けているものと思われる。

そこに少し遅れてツグミが姿を現すと、何人かの隊員たちが悔しげな顔でトゲのある視線を彼女に向けた。

それを感じながらもツグミは平静を装い、本隊メンバーの前に立った。

 

「みなさん、どうもお疲れさまでした。今から反省会をするわけですが ──」

 

ツグミがそこまで言いかけたところで小南が立ち上がって口を挟んだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ。反省会をするですって? この訓練ってあんたが一方的に自分に都合のいいルールを決めて、あたしたちをボッコボコにして喜んでいるだけでしょ!」

 

「わたしは別に喜んでいるつもりはありませんが、今回の訓練の内容と結果が小南隊員には気に食わないということですね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「それと自分たちには非はないから反省することもない、と?」

 

「当然じゃない。だいたい敵があんなことをするはずがないもの、ありえないシチュエーションの訓練なんかして何の役に立つってのよ。時間の無駄だったわ」

 

小南は自分の言い分をツグミにぶつけているうちに腹立ちがだんだん増してきたようで、とんでもないことを言い出した。

 

「あたしはあんたのやり方にはついていけない! このままあんたが訓練の責任者を続けるっていうなら、あたしは遠征部隊を抜けるわ!」

 

小南の戦力はアフトクラトル遠征に欠かせないものだということは誰もが納得している。

そんな彼女が抜けるとなると遠征部隊の戦力はガタ落ちとなるのは自明の理で、他のメンバーも動揺し始めた。

 

「わかりました。誰も小南隊員の意見に対して異論が出ないということは彼女の意見に全員が賛成しているとみなします。よって邪魔者のわたしはもうみなさんの訓練に関わらないようにしますのでご安心を。では、わたしはこれで失礼いたします」

 

ツグミが反論するものと思っていたのに素直に身を引いたものだから、忍田を含めて全員があっけにとられてしまう。

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ! 何か反論はないの!?」

 

会議室を出て行こうとするツグミに慌てて呼びかけたのは小南である。

そんな彼女にツグミは言った。

 

「あなたや他の方々がわたしの計画した訓練に不満があるのでしたら、みなさんが満足するような訓練を自分たちで考えてやればいいじゃありませんか? わたしはアフトクラトルに限らず近界(ネイバーフッド)遠征には参加できない立場ですから、せめてバックアップで貢献したいと思っていました。でも参加するメンバーがわたしに対して不満を持つのでしたら、わたしはもう一切関わらないようにすべきでしょ? ここにいる方々はA級並びにA級レベルの実力者ばかりですから、()()()()()()が出しゃばらなくても十分に遠征を成功させる自信があるのでしょう。だからわたしは身を退くと言うのです。そもそもあなたはわたしを排除したいのであり、わたしはおとなしく引き下がるというのですから何の問題もないはずですけど」

 

「それはそうだけど…でも説明責任ってものがあるんじゃないの?」

 

「わたしが説明をしても『聞く耳持たず』の姿勢でいるのであれば時間の無駄です」

 

「聞く耳持たずって…あたしはあんたの説明を聞くって言ってるじゃないの!」

 

「でもさっきはわたしの言葉を遮って非難を始めたじゃありませんか? そんな喧嘩腰で人の話を聞こうとしない人間には何を話しても無駄です。それにあなたはわたしが訓練の責任者を続けるのであれば自分が遠征部隊を抜けると宣言しました。仮にここで説明をしてみなさんがわたしのやり方に納得して今後もわたしが訓練の責任者を続けることに()()()()()()()()、あなたは遠征部隊を抜けざるをえなくなってしまいます。つまりあなたが勢い任せの軽率な発言をしてしまったことで、どちらかが現在の立場から身を退くしか道はないのです」

 

「う…」

 

「だからわたしが潔く身を退くと言うのに、あなたはまだ事を荒立てたいのですか? それとも自分の不満の矛先をわたしに向けてフラストレーションを発散させようと? わたしはあなたのストレスの原因にはなりたくありませんし、溜まったストレス解消のためのサンドバッグにもなりたくありません。これからは遠征責任者の忍田本部長と東隊長のおふたりに訓練内容を考えてもらい、『お仲間同士』で楽しく訓練をすればいいんです。それならあなたも満足なんですよね?」

 

「……」

 

「普段のわたしならあなたの売ってきた喧嘩を買って全力で戦いますけど、今のわたしには他にやるべきことがたくさんありますのであなたとバカバカしい喧嘩なんてやっている暇なんてないんです」

 

「あんたのやるべきことって何よ?」

 

「当然『アフトクラトル遠征を成功させること』に決まっているじゃないですか? 現状でボーダー隊員にとって一番重要なことは三門市民を安心させることで、まずはさらわれたC級を連れ戻すことです。近界(ネイバーフッド)への遠征で重要なものは戦闘員の戦力だけじゃないってわかってますか?」

 

「そんなの当たり前じゃないの! だから何をやろうとしているのか訊いているの!」

 

「『(しょう)を以て(こく)を量る』…あなたにこの言葉の意味がわかればわたしの言いたいこともわかると思います」

 

ツグミは小南にそう告げて会議室を出て行ってしまった。

小南たちは黙って会議室を出て行く彼女の後ろ姿を見ているだけで、ドアが閉まるとそのタイミングで会議室内がざわめき始めた。

 

「みんな、静かにしろ!」

 

東が一喝すると一瞬で場は静まり返る。

 

「訓練の内容について不満がある者もいるようだが、俺は小南が言ったように『一方的に自分に都合のいいルールを決めて』『遠征メンバーをボッコボコにして喜んでいる』とは思わない。俺は彼女の訓練内容について不満はなかったぞ。まあ、結果は残念なものになったが、なかなか面白い戦いになったと俺は思っている」

 

「面白い戦いになったですって? 東さんはツグミに散々振り回されてコケにされたというのに腹が立たないんですか?」

 

小南はまだ腹を立てているようで、ツグミの味方をする東にも食ってかかった。

 

「腹が立つということはないな。むしろ彼女がいろいろなことを考えてこの訓練内容を決めたのだと思うと感心するしかない」

 

「はあ? どこに感心する要素があるって言うんですか? だいたい換装が解けてしまった状態の人間を攻撃するなんてひどすぎる。修なんて生身で背中を撃たれて悶絶してたじゃないですか。医務室に運ばれて休んでいるからここにも来られなかったんですよ。あそこまでする必要なんてなかったとあたしは思いますけど」

 

「だが実戦では戦場で換装が解けてしまうとあのようなことにもなりかねない。ボーダーの弾丸トリガーは生身の身体に当たっても気を失う程度で済むが、近界民(ネイバー)のトリガーではそんな処置をしていないだろうから、当たり所が悪かったら即死だろう。霧科の考える訓練は実戦で起きるかも知れないというシチュエーションを想定している。だから今回の訓練では緊急脱出(ベイルアウト)できない状態での戦闘体の破壊を想定したもので、三雲以外にも換装が解けてしまった者がいただろ? 彼は運悪く生身の状態で弾を避けきれなかっただけだ」

 

「だけどカメレオンを使って背後に回り、挟み撃ちにするなんて卑怯です!」

 

「ガロプラとの戦いで、奴らは緊急脱出(ベイルアウト)を使って逃走している。ボーダーが近界(ネイバーフッド)の技術を取り入れて新しいトリガーを作り出すように、近界民(ネイバー)もボーダーのトリガーを解析して利用するのはごく自然な流れだ。レーダーが使えない状況でのカメレオンの有用性は風間隊が証明して見せてくれて、同時に霧科は狙撃手(スナイパー)に装備させて上手く背後を取るように指示し、背後からの攻撃に無警戒だった俺たちに警鐘を鳴らすことになった」

 

「でも普通狙撃手(スナイパー)はカメレオンなんて使いませんよ。アレは隠密部隊の強襲用のトリガーだから」

 

「俺たちの感覚では、な。だがアフトクラトルの奴らとの戦いに『普通』が通用しないと霧科は考えているんだ。あいつは大規模侵攻でハイレインと直接戦った人間のひとりだからな、奴が危険な人物だと考えて俺たち以上に警戒しているんだろう」

 

「ツグミは心配しすぎなんですよ。だいたいアフトの連中のことなんて何も知らないのに、どうしてあいつらが『こんなことをするだろう』とか『こういう状況もありうる』なんてわかるんですか? 何かあるとすぐに考え込むし、それで余計なことを考えて無駄なことをするあのコの性格、昔からウザかったのよね~」

 

ツグミが思慮深い人間であると東は認めており、彼女のような人間が敵にならず味方にいてくれたことを心から喜んでいた。

思慮深い人間は行動を起こす前に必ず計画を立て、軽はずみなことはしない。

常に「なぜ?」と考えることで、物事の本質を見極めようとする。

不測の事態が起きてもけっして慌てず、これまでの経験と知識の積み重ねがあるから冷静に対処できる。

物事を深く考えるから起こりうるあらゆる可能性を推測するができ、危険を回避することが上手い。

そういった優れた能力を「余計なことを考えて無駄なことをする」と言う小南に対してツグミは「(しょう)を以て(こく)を量る」ということわざを捨て台詞のように吐いて出て行った。

(しょう)を以て(こく)を量る」とは中国の古典「淮南子(えなんじ)」由来の故事成語である。

「升」とは1.8リットル、「石」は180リットルの単位のことで、小さなもので大きなものをはかると誤差が生じてしまう。

転じて、小人物は大人物を理解できないということのたとえである。

ツグミは自分を大人物だと自惚れているわけではないが、小南のように短慮な人間には自分の考えが理解できないのは当然だと考えており、さらに言葉の意味さえわからないだろうという嫌味も含んでいて、この言葉を残したのだと東は察した。

 

「小南、きみの考えは良くわかった。しかし俺はその考え方に賛同はできない。霧科のどの言動にも理由があり、余計なことを考えているとか無駄なことしているとは思わない。よって訓練の反省会も必要だと考えている」

 

東がそう言うと、小南はあからさまに不満顔になった。

そして東は続けて他の隊員たちに言った。

 

「みんなにもいろいろ思うところがあるだろう。小南のように反省会を無駄だと考えているのであれば退出してかまわない。反省会をやるべきだと考えている者はここに残ってくれ」

 

すると小南はさっと立ち上がって歩き出した。

 

「あたしは出て行くわ。こんなところで時間を無駄にできるほどあたしは暇じゃないから。さ、みんなも行くでしょ?」

 

小南が声をかけるものの、誰も退席しようとはしない。

それを見た彼女は声を荒らげた。

 

「何なのよ!? みんなツグミの味方なの!? あんなふざけた訓練をさせられてムカついてないの!?」

 

するとレイジが彼女の方を見て言う。

 

「小南、俺はツグミの訓練内容についてまだわからない部分が多い。だけど東さんの言い方だとたぶんあいつの言わんとしていることがわかっているんだと思う。だから俺は東さんから話を聞きたいと思って残ることにした。おまえはツグミのことを『余計なことを考えて無駄なことをする』と言っていたが、俺はそうは思わない。きちんとした理由があって行動していて、そのおかげで助けられたことは何度もある」

 

「それはそうだけど…」

 

「ツグミにも言い分はあったのだろうが、おまえがギャンギャン言うものだからあいつは引き下がった。なにしろあいつが訓練の責任者を続けるのであればおまえが遠征部隊を抜けるなどと言ったものだから、他に手段はなかったんだろう」

 

「あれは…ちょっとした勢いで言ったことで、本気で抜けるつもりなんて…」

 

「小南、おまえは単純な性格だからよく他人に騙される。素直だから相手のことをすぐに信じてしまうと言えばそうかもしれないが、物事を深く考えることをしないで早とちりしてしまうからだ。他人の言うことをすべて疑えとは言わないが、その言葉の意味や裏に隠されているものがあるということは覚えておいた方がいいと俺は思う。それに一度口から出てしまった言葉をなかったことにはできない。これからはそれを考えて行動しろ」

 

「……」

 

「それなら、おまえは俺たちがどんな訓練をすればいいと考えているんだ?」

 

「そりゃ…武器(トリガー)の腕を上げるために模擬戦の回数を増やすとか…」

 

「そんなものは合同訓練でなくても任務の合間に個人的にできるだろ? あえて遠征に参加するメンバー全員でやることとなれば、できるかぎり実戦に近い形でやるのは当然だ。さっきおまえは『敵があんなことをするはずがない』『ありえないシチュエーション』と言っていたが、その根拠はあるのか?」

 

「だって今までにそんなことがなかったから…」

 

「先の大規模侵攻ではこれまでの戦いではありえなかったことがたくさん起きたのをもう忘れたのか? 敵が俺たちの常識の範囲内の戦い方をするのなら苦労はしないだろう。しかしトリガー使いをキューブ状にして捕えるトリオン兵だとか、同時に複数の(ブラック)トリガー使いを相手にするとか、想定外のことが起きたから俺たちは苦戦した。レプリカが身を張ってアフトの連中を追い返してくれたから勝ったように思えるが、もし戦闘が長引けば民間人にも犠牲が出ていたかもしれない厳しい戦いだったんだ。そんな奴らの本拠地に乗り込むとなれば、どんなことが起きてもおかしくはない。だからこそツグミは様々なシチュエーションを考えているんだと思う。それを無駄だとは俺は思わないぞ」

 

東だけでなくレイジにも責められるものだから、小南はもう爆発寸前だ。

 

「東さんとレイジさんはあたしを悪者にしたいのね!? もういい! あたしは帰る!」

 

誰も自分の味方になってくれる気配がないものだから、小南は子供のみたいに地団太を踏むように激しく足を踏み鳴らしながら会議室を出て行ってしまったのだった。

一瞬にして再び静けさが戻り、何とも言えない辛気臭い雰囲気を払拭するかのように東が立ち上げって言う。

 

「よし、残ったメンバーで反省会をするぞ。…ただし霧科がいない以上は俺の推測でしか話せないこともあるだろうが ──」

 

「東、これを見てくれ」

 

忍田がバインダーに挟まれた書類を東に手渡す。

 

「今回の訓練内容の企画書だ。私はこれを見て納得したので承認した。東、おまえなら彼女の真意がわかるだろう」

 

「お借りします」

 

そう言って東は書類を読み始めた。

そこには今回の訓練の主旨や段取りと、なぜそういったことをするのかの理由などが詳細に書かれていて、ツグミの行動のひとつひとつに意味があったことが東にもよく理解できた。

そしてこの訓練で実際に起きた一連の事象はすべて彼女が開始前に、というよりもこの企画書を書いた時点で想定していたことであった。

本隊メンバーが「城門をアイビスで破壊する」と「城壁を乗り越えて内部から開ける」の2つの策を考案し、後者を選ぶこと並びにその理由も彼女は読んでいた。

その上で彼女はアフトクラトル兵士役の狙撃手(スナイパー)の配置を指示しており、彼らの行動のタイミングもシナリオに定められていたので、彼女が訓練中に状況を見て指示を出すというものではなかった。

さらに彼女が「空城の計」を真似た城門を開ける策を講じたのは、東に自分がベルティストン家の居城の上層階にいることを悟らせるためでもあり、風間隊がカメレオンを使って急襲してくることもすべて織り込み済みのものであったことには驚いてしまった。

東は自分が現場で戦況を見ながら作戦の変更を行っていたというのに、ツグミはその作戦の変更すらも事前にわかっていたわけで、彼は自分の弟子が自分を遥かに超える水準で戦術を練ることができるようになっていたことを改めて思い知らされたのだった。

 

「忍田さん、今日の訓練であなたが俺の指示に口を出さずに従っていたのは、この内容を知っていたからなんですね?」

 

「ああ。彼女の手の内をすべて知っている私が本隊側にいるわけだから、この勝負をフェアなものにするには私が何も知らないということにしておくしかない」

 

忍田はその立場上ツグミの立てた計画を東たちに教えるわけにはいかず、東の作戦に従うだけの一隊員として行動したのである。

 

「それはそうですね。…となると迅が敵側にいたことにも意味はあるんだな?」

 

東は迅に事情の説明を求めた。

 

「俺にはいろいろ事情があるから必ずしもみんなと行動できるとは限らないし、何より俺の未来視(サイドエフェクト)を頼りにしてばかりじゃダメだってツグミが言うものだからさ。俺もそのとおりだと思ってあいつの考えに賛成して、今回だけはアフト側の人間になったってわけ。俺の役目はカメレオンを使って姿を消し、城外にいるみんなの動きをあいつに教えることだけで誰にも手は出していないからな」

 

風間隊の報告で迅がアフトクラトル側にいたことは皆が知っていて、その理由をここで説明したことで誰もが納得をした。

たしかにアフトクラトルとガロプラの侵攻の際には迅の未来視(サイドエフェクト)によって戦闘を有利に運ぶことができたのであり、逆に彼がいなければ大規模侵攻では民間人への被害が出ていたり、ガロプラ戦では遠征艇を破壊されていたかもしれないのだ。

迅がいない状態でも戦闘を行わなければならない可能性もあるわけで、それを想定してツグミはあえて彼を除いた残りのメンバーでのみの戦いを強いたのである。

 

「なんだ…オレはてっきり迅さんがアフト側に寝返ったのかと思ったぜ」

 

米屋が暢気に言うが、迅は急に厳しい顔になって言った。

 

「そういう可能性もなくはない」

 

「え?」

 

「たとえばアフト側の様子を探るために潜入調査をすることになり、そのために奴らの仲間になったフリをすることになるかもしれない。また何らかの事情で捕虜になり、洗脳されて奴らの手下にされてしまうかもしれない。そうなる可能性は極めて低いがゼロじゃない」

 

誰もが「迅が敵側についた」時のことを想像し、それが小南の言う「敵があんなことをするはずがない」「ありえないシチュエーション」だとは思えないものだから背筋が寒くなった。

 

普通の人間ではわからない些細なことにも気付くツグミは「何かあるとすぐに考え込む」のではなく、常に考えることでわずかな可能性を見付けることができるのである。

もちろん直感やひらめきといったものも重要だが、考えることを放棄して自分に都合の良い未来だけを想定し、不都合な事実から目を逸らせてしまってはいけないと考えている。

だからツグミは自分の納得できない結果に憤り、怒鳴るという短絡的な行動によって他人に不満をぶつけるような人間とは冷静に話し合いができないと考えて捨て台詞を残して出て行ったのだった。

もし小南が不本意であっても反省会でツグミの考えた訓練の内容について聞くことができれば、いくら浅慮な彼女であっても納得するものがあったはずなのだ。

 

しんと静まり返った会議室内に迅の声が響く。

 

「前回の選抜試験でツグミが全員を合格にした理由を教えてやろうか? あいつは参加を希望する人間は()()()遠征に参加させようと考えていた。なぜかと言うと試験で不合格者を出してしまうと最終的な遠征部隊のメンバーの数が足りなくなるからなんだってさ。敵の本拠地に乗り込むんだから大規模侵攻よりも激しい戦いになる。それを踏まえた上で遠征に参加したいと申し出たんだからから、その覚悟は並大抵のものではないだろうって。ようするに戦闘技術はこれからの訓練次第で身に付けることは可能だけど、強大な敵と戦うという覚悟は後から湧いてくるものじゃないってことで、あいつは全員が遠征に参加して無事に任務を遂行して戻って来られるように特殊な訓練を考えているんだ。小南が言ったように武器(トリガー)の腕を上げるために模擬戦をするなら、別にツグミが考えた訓練じゃなくていいと俺は思う。だけどあいつの考える様々な可能性を想定した訓練も必要だと思わないか?」

 

「……」

 

さらに忍田までもがツグミの真意を知ってもらいたいという気持ちで口を開いた。

 

「ツグミは今までのボーダーの訓練内容についていろいろ思うところがあった。彼女はランク戦についてもA級B級というランク分けや模擬戦による順位付けについて以前から疑問を抱いていた。もちろんランク戦で順位付けをすることで部隊(チーム)の士気を高め、同時に同レベルの仲間と戦うことで切磋琢磨して成長を促すという点では優れたシステムだと認めている。しかしそれは仮想空間においてお互いがルールを守って命の奪い合いがない戦いをしていてその中で出た結果だ。相手の武装が前もってわかっていて、戦闘マップも知り尽くしていて、策を講じる時間も十分にあって、その状態で戦って負けても失うものは何もないというそんなボーダーの()()()()戦い、戦闘を模したゲームのような試合の結果など近界民(ネイバー)との戦いにおいては意味がないと考えている。彼女は近界民(ネイバー)との戦いで重要なのは戦闘能力だけでなく、想定外の敵襲でも慌てず冷静な判断をするための知識や心構えを持っていたり、敵の心理を読んでその裏をかくことができるような要領の良さがある方が自分と仲間の命を救うことになると信じている。前回の選抜試験ではいくら戦闘能力が高くても考えて行動しなければ敵の術中にはまってしまうということを受験者たち悟らせ、自らを省みる良いきっかけになったなら成功であったと言っていた。きみたちはあの選抜試験で何か得るものがあっただろうか?」

 

「……」

 

「アフトクラトルへの遠征はボーダー発足以降初めての大規模なプロジェクトで、マニュアルなどないからすべてが手探りの状態だ。何から手を付けて良いのかわからないという時に彼女が『こういうことをやったらどうでしょうか?』と訓練内容を考えてくれるおかげで私は非常に助かっている。しかし彼女も情報がゼロの状態から始めているのだから、この短期間で形にするには並大抵の苦労ではなかったはずだ。詳しいことは極秘扱いで話せないが彼女はとある人物と親交を持ち、その人物からベルティストン家のある城郭都市の様子について教えてもらった。実戦に近い環境で訓練ができるのはそのためだ」

 

「そのとある人物とは近界民(ネイバー)なのか?」

 

三輪が胸糞悪いといった顔で忍田に訊く。

 

「それについては答えられない。しかしその人物は彼女のことを心から信頼していて、彼女だからこそ教えてくれたのだ。彼女が得た情報はアフトクラトル遠征が成功するか否かを分ける重要なもので、それらの情報から訓練内容を考案しているのだから小南のように頭から否定してはいけない。本来なら本人の口から説明してもらうべきだったのだが、こうなったのだから東にお願いするしかない。続けてくれ」

 

「わかりました」

 

東は忍田に促されて説明を始めた。

 

 

 

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