ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「今回の訓練の目的のひとつは城郭都市を外側から攻略するのは非常に難しいということを実際に経験することで知るというものだった。今回の敵は
東はツグミの作った資料を広げながら説明をすると、誰もが頷きながら真剣な目で彼を見つめて話を聞いている。
「みんなも2回の戦闘で城郭都市の持つ意味と、その構造がタダの壁に囲まれた都市ではなく、攻め込んで来る敵に対して完全な防御を担う砦であることが良くわかったはずだ。高さが15メートルの頑丈なトリオン製の城壁はボーダーの既存のトリガーでは破壊することはできず、登るのに足がかりになるようなものはなく、ジャンプしようとしても戦闘体での垂直ジャンプでは届かない。おまけに堀まであるということだから侵入を困難なものにしている。だからグラスホッパーやエスクードを使ってジャンプしようと考えたわけだが、それも敵の厚い狙撃の弾幕に阻まれると逆に危険となる。当初の計画では『城壁を乗り越えて内部から開ける』ことになっていて、途中までは順調だった。それは敵が本気で俺たちを倒そうという攻撃はせず、消極的な狙撃しかしなかったからだ。俺たちはそのことを不審に思わず、自分たちの戦力が敵を圧倒しているものだと勘違いしてしまった。今になって考えれば、カメレオンを使うためにトリオンを温存していたのだとわかるのだがな」
「……」
誰もが心当たりがあるといったカンジで俯いてしまう。
「そこに『空城の計』を真似た戦術を仕掛けてきた。古寺や何人かの隊員は明らかな罠だと言って反対したが、俺たちがその罠に飛び込まずに予定どおりの行動をしたと仮定して、それで勝てただろうか?」
「……」
「霧科はその時のことも考えていて対策は万全であったことがこの企画書に書かれている。なにしろ彼女は都市の中央にあるベルティストン家の居城の最上階にいて、東門付近で行われている戦闘をすべて把握していたからな。俺たちの行動は全部迅によって彼女に筒抜けになっていて、彼女は
「東さん、昔からあいつは突拍子もない戦術で俺たちを翻弄してきましたが、だとしたらこの訓練ではどう行動すればよかったというんですか?」
二宮が東に質問をした。
「う~ん…彼女の裏をかくのは容易なことじゃない。彼女は俺がチームリーダーになることを確信していて、俺の心理や考え方を読んだ上でこの訓練内容を考えたわけだから、俺以外の人間が考えた方が良かったかのように思えるが、結局最初の2案のどちらかを選ぶことになっただろうから意味はない。いっそ一切何も考えないで個々がバラバラに行動した方が良かったかもしれないが、それはあまりにも危険であり犠牲が多く出て『10名が入城する』という条件をクリアできなかった可能性は非常に高い」
「つまりこのゲームは初めからこちらに勝ち目のないものだったということになりますね?」
「まあ、そうなるな。しかし霧科の目指すものは単純な勝ち負けではなく、実際に経験して理解をするということに主眼を置いている。城郭都市を外側から攻略するのは非常に難しいことを体験したことから、街の中に入るには現地の人間に紛れてこっそり侵入するしかないことはわかった。そして前回の経験から侵入したことを敵に知られてしまうと面倒なことになり、迂闊に
「相変わらず俺たちの斜めはるか上を行ってるな、あいつは」
そう呟いて二宮はにやりと笑った。
「さらに今回の訓練でポイントとなるのはレーダーが使えない状態でのカメレオンの有用性だ。カメレオンの弱点はレーダーに映ってしまうことと、攻撃の際には解除をしなければならないことで、レーダーが使えないのであれば前者の問題は解決したようなもの。さらに後者も攻撃の直前までは誰にも知られずに自分にとって都合の良い場所に移動することができるわけで、こちらも特に気にすることはないだろう。だから俺は風間隊に彼女を制するよう命じた。彼女にはトリオン体でできているものを
正面の敵に対してのみの防御であったから、8名の
しかし背後にいた32名の
「俺たちが
「……」
「俺たちが捕虜になるということは、遠征艇に残ったメンバーも捕まることになり、C級を助け出すどころではなくなりミイラ取りがミイラになるようなものだ。さらに残ったボーダー隊員たちは50名以上の隊員を救出するために新たな遠征部隊を出さなければならなくなる。そうなると巨大な艇を作らなければならないが、そのトリオンをどこからかき集めてくるというんだ? 建造のための費用は莫大なものとなるだろうし、その費用を捻出する手段はどうなる? そして一番の問題は32名のC級を助け出すためにA級B級の精鋭を20名以上投入して失敗したことを市民に知られてしまうこと。ボーダーに対する市民の信頼度がガタ落ちになるのは火を見るよりも明らかだ。ボーダーが存続できないとなれば、今後の
誰も何も言えない。
あまりにも恐ろしいことで、想像をしただけで背筋に冷水を浴びせかけられたかのように震えが止まらなくなってしまったのだ。
「ボーダーの模擬戦やランク戦の生ぬるいゲームのような試合の結果なんて
東の話を聞いていた隊員たちはそれぞれ自分の思い付く「最悪の状況」を考えみた。
敵は
地上からの攻撃では致命的なダメージを与える前に遠征部隊が壊滅してしまうことだろう。
さらに敵側には少なくとも4本の
大規模侵攻では
こういった「可能性」をいちいち想定して対策を考えることは不可能だが、少なくともこのような「最悪の状況」を想定しておけば今回の訓練で背後から想定外の攻撃をされたくらいでパニックになって降参するような無様な姿を見せることはなかっただろう。
ツグミが「
「霧科が俺に戦術を学んでいた時に『戦術で勝負する時は、敵の戦術レベルを計算に入れる』ことが重要だと俺は教えた。彼女はその教えを忠実に守っており、B級ランク戦においては第4戦までしか参加していないが、たったひとりで全勝したのは敵
「……」
「さっきの小南のように頭から霧科のことを否定し、勝手に空回りして出て行ってしまったことをみんなはどう感じた? 俺の話を聞いた今の状況では彼女の言動はあまりにも幼稚で浅はかであったと思うだろう。彼女も霧科の説明を聞いて真意を知ればあのような態度はしなかったはずだが、彼女の短絡的思考のせいで俺たちは霧科という有能なアドバイザーを失ってしまった」
そして東は書類に貼ってあった付箋紙を剥がしておもむろに言った。
「この訓練内容の企画書だが、バインダーにこんなものが貼ってあった。『訓練後の反省会の席でわたしのやり方に異論を唱える隊員が出ると思います。その時にはわたしは身を引きますから、この資料を東隊長に渡して後を任せてください』と忍田さん宛てのメッセージが書かれている。つまり霧科は小南の行動自体も想定していたということだ。俺はこの付箋紙を見た瞬間、ここまで考えて行動している彼女に戦術で勝てる気がしなくなったよ」
付箋紙には具体的に「小南」という名前は書かれていないが、まるで彼女の行動を予言しているように思えるから皆が絶句してしまった。
前回の選抜試験と今回の訓練という2回の戦闘において「屈辱的な敗北を喫した」と勘違いする隊員が現れるとツグミは考えていた。
そしてツグミに対して小南のように聞く耳持たずの隊員であっても、東の言葉になら素直に耳を貸すということまで織り込み済みであったというわけだ。
もっとも東の話も聞かずに小南が出て行くことまでは想像していなかったのだが。
「勝負に負けることは悔しい。しかしその悔しさを乗り越えて強くなろうとする気持ちが自らや仲間を強くする原動力となるものだ。順調に勝ち続けていて挫折を知らない人間よりも数々の敗北を糧にして成長する人間の方がボーダー隊員としてだけでなく人としても強くなれると俺は信じている。だから今回の訓練で悔しいと思ったのなら小南のように霧科を非難するのではなく自分の成長のために役立ててほしい。…何か質問や意見があったら手を挙げてくれ」
東がゆっくりと全員の顔を見回すと、古寺が手を挙げた。
「東さん、
「う~ん…他にも探せばあるのだろうが、どちらにしても戦闘体を破壊されたとなれば次に戦えるようになるまでに相当な時間がかかる。その間ずっと生身でいるわけだから、安全な場所で待機していなければならないが、
「でもそれは彼女が
「古寺、きみは霧科が生まれつきどの
「いえ、そんなことはありませんが…」
「彼女は忍田さんの弟子であったから弧月を使う
「それは…」
「彼女がすべての攻撃用トリガーを使えるようになったのは、使える
「……」
「いないようだからこれで解散とする。次回は通常の設定の仮想空間での
東はそう言い残すと自分からさっさと退出してしまったのだった。
残された隊員たちはスッキリしないままに三々五々と会議室を出て行く。
そして最後に迅と忍田のふたりが残された。
「なんだか妙な流れになってしまいましたね…」
迅は忍田にそう言うが、忍田は平然と答えた。
「まあ、後は東とツグミに任せておけばいい。これを見ろ」
忍田は訓練内容の企画書のバインダーを開き、付箋紙の1枚を迅に見せた。
それには「反省会が終わったらわたしの作戦室にいらしてください」という東に宛てたメッセージが書かれている。
「あの子のことだから私たちには想像しがたい何かを企んでいるんだろう。遠征部隊のメンバーにとって悪いようにはしないはずだから、私はしばらく静観しようと思う。おまえもツグミのことを信頼しているのなら黙って見ていろ。いいな?」
「わかりました。…それにしてもツグミはどんな未来を視て走っているんでしょうね?」
「あの子は織羽義兄さんと美琴姉さんの娘だからこそ、私たちとは違うものが視えるのではないかと思うのだよ。あの子に視える未来は私たちの目指すものとは違うのかもしれないが、私は父親としてあの子を見守ってやりたいと思っている」
「じゃあ、俺は恋人として敵となるものからあいつを
「ああ。東はツグミに呼び出されてしまったからな」
そしてふたりは連れ立って本部司令執務室へと向かうのだった。