ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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233話

 

 

「今回の訓練の目的のひとつは城郭都市を外側から攻略するのは非常に難しいということを実際に経験することで知るというものだった。今回の敵は狙撃手(スナイパー)だけだったが、たぶん次回以降は近・中距離攻撃のトリガー使いを含めた難易度の高いものを霧科は計画していたに違いない。アフトにも俺たちと同じような(ブレード)や弾丸トリガーを持つ兵士がいることは容易に想像がつく。手始めに敵を狙撃手(スナイパー)限定にしたのは攻城戦の入門編として適当だったと思う。籠城する側は狙撃中心の防衛となるからな」

 

東はツグミの作った資料を広げながら説明をすると、誰もが頷きながら真剣な目で彼を見つめて話を聞いている。

 

「みんなも2回の戦闘で城郭都市の持つ意味と、その構造がタダの壁に囲まれた都市ではなく、攻め込んで来る敵に対して完全な防御を担う砦であることが良くわかったはずだ。高さが15メートルの頑丈なトリオン製の城壁はボーダーの既存のトリガーでは破壊することはできず、登るのに足がかりになるようなものはなく、ジャンプしようとしても戦闘体での垂直ジャンプでは届かない。おまけに堀まであるということだから侵入を困難なものにしている。だからグラスホッパーやエスクードを使ってジャンプしようと考えたわけだが、それも敵の厚い狙撃の弾幕に阻まれると逆に危険となる。当初の計画では『城壁を乗り越えて内部から開ける』ことになっていて、途中までは順調だった。それは敵が本気で俺たちを倒そうという攻撃はせず、消極的な狙撃しかしなかったからだ。俺たちはそのことを不審に思わず、自分たちの戦力が敵を圧倒しているものだと勘違いしてしまった。今になって考えれば、カメレオンを使うためにトリオンを温存していたのだとわかるのだがな」

 

「……」

 

誰もが心当たりがあるといったカンジで俯いてしまう。

 

「そこに『空城の計』を真似た戦術を仕掛けてきた。古寺や何人かの隊員は明らかな罠だと言って反対したが、俺たちがその罠に飛び込まずに予定どおりの行動をしたと仮定して、それで勝てただろうか?」

 

「……」

 

「霧科はその時のことも考えていて対策は万全であったことがこの企画書に書かれている。なにしろ彼女は都市の中央にあるベルティストン家の居城の最上階にいて、東門付近で行われている戦闘をすべて把握していたからな。俺たちの行動は全部迅によって彼女に筒抜けになっていて、彼女は狙撃手(スナイパー)用トリガーを構えて迎撃態勢は整っていた。彼女のトリオン能力と強化視覚(サイドエフェクト)があればアイビスで射程1000メートルは可能で、実際に彼女は城門前の広場に大きな穴を開けている。つまり彼女にとっては二択で俺たちがどちらを選んでもかまわなかったというわけだ」

 

「東さん、昔からあいつは突拍子もない戦術で俺たちを翻弄してきましたが、だとしたらこの訓練ではどう行動すればよかったというんですか?」

 

二宮が東に質問をした。

 

「う~ん…彼女の裏をかくのは容易なことじゃない。彼女は俺がチームリーダーになることを確信していて、俺の心理や考え方を読んだ上でこの訓練内容を考えたわけだから、俺以外の人間が考えた方が良かったかのように思えるが、結局最初の2案のどちらかを選ぶことになっただろうから意味はない。いっそ一切何も考えないで個々がバラバラに行動した方が良かったかもしれないが、それはあまりにも危険であり犠牲が多く出て『10名が入城する』という条件をクリアできなかった可能性は非常に高い」

 

「つまりこのゲームは初めからこちらに勝ち目のないものだったということになりますね?」

 

「まあ、そうなるな。しかし霧科の目指すものは単純な勝ち負けではなく、実際に経験して理解をするということに主眼を置いている。城郭都市を外側から攻略するのは非常に難しいことを体験したことから、街の中に入るには現地の人間に紛れてこっそり侵入するしかないことはわかった。そして前回の経験から侵入したことを敵に知られてしまうと面倒なことになり、迂闊に緊急脱出(ベイルアウト)を使えば遠征艇の場所を自ら教えてしまうことになることも理解した。単純に勝った負けたという結果だけで判断するのではなく、その結果から何を得るかが重要であると彼女は言いたいに違いない」

 

「相変わらず俺たちの斜めはるか上を行ってるな、あいつは」

 

そう呟いて二宮はにやりと笑った。

 

「さらに今回の訓練でポイントとなるのはレーダーが使えない状態でのカメレオンの有用性だ。カメレオンの弱点はレーダーに映ってしまうことと、攻撃の際には解除をしなければならないことで、レーダーが使えないのであれば前者の問題は解決したようなもの。さらに後者も攻撃の直前までは誰にも知られずに自分にとって都合の良い場所に移動することができるわけで、こちらも特に気にすることはないだろう。だから俺は風間隊に彼女を制するよう命じた。彼女にはトリオン体でできているものを検索(サーチ)できるという能力を持っているからその力を使われたら奇襲にはならないが、彼女はその力を使わないと俺は踏んでいた。なぜなら彼女は敵の立場で行動していて、敵の中に同じ能力を持っている人間がいないのであれば使うことはフェアではないと考える人間だからだ。そしてそのとおりになり、彼女は風間隊に急襲された。今回のクリア条件が『霧科(ラスボス)を倒す』であったなら俺たちの勝ちだった。これでカメレオンの有用性がハッキリと証明されたわけだが、敵も同様に使用したことで俺たちは背後に回った狙撃手(スナイパー)に気付かずにいて、正面の敵にばかり気を取られてしまったことで挟み撃ちにあってしまった」

 

正面の敵に対してのみの防御であったから、8名の狙撃手(スナイパー)からの攻撃は完全に防ぐことはできた。

しかし背後にいた32名の狙撃手(スナイパー)の攻撃に対してはまったくの無警戒であり、無防備のままで攻撃を受けたものだから戦闘体を破壊されて生身の状態に戻ってしまった隊員が大勢出たのだ。

 

「俺たちが近界民(ネイバー)武器(トリガー)を解析して利用するように、近界民(ネイバー)もボーダーの武器(トリガー)を研究しているのは間違いない。だからカメレオンを実用化してすでにトリガー使いの何人かが使用して訓練をしている可能性もある。今回の訓練では俺たちが白旗を掲げたことで終了となったが、これがアフトでの実戦であったら俺たちは全員捕虜になっていただろう」

 

「……」

 

「俺たちが捕虜になるということは、遠征艇に残ったメンバーも捕まることになり、C級を助け出すどころではなくなりミイラ取りがミイラになるようなものだ。さらに残ったボーダー隊員たちは50名以上の隊員を救出するために新たな遠征部隊を出さなければならなくなる。そうなると巨大な艇を作らなければならないが、そのトリオンをどこからかき集めてくるというんだ? 建造のための費用は莫大なものとなるだろうし、その費用を捻出する手段はどうなる? そして一番の問題は32名のC級を助け出すためにA級B級の精鋭を20名以上投入して失敗したことを市民に知られてしまうこと。ボーダーに対する市民の信頼度がガタ落ちになるのは火を見るよりも明らかだ。ボーダーが存続できないとなれば、今後の近界民(ネイバー)に対する防衛手段はなくなり、アフトのような国々から近界民(ネイバー)がやって来て市民がさらわれることが日常の光景となるだろう。三門市を出て行けば良いというものではない。三門市に人がいなければ次は近隣の市町村に奴らの手が伸びるだけだ。そんな悪夢のような光景が絶対にありえないと言い切れる自信のある者はいるか?」

 

誰も何も言えない。

あまりにも恐ろしいことで、想像をしただけで背筋に冷水を浴びせかけられたかのように震えが止まらなくなってしまったのだ。

 

「ボーダーの模擬戦やランク戦の生ぬるいゲームのような試合の結果なんて近界民(ネイバー)との戦いにおいては意味がないという霧科の考えに俺は賛成だ。敵の本拠地で戦う以上は()()()()()()()()()()()()になる可能性もある。そんな最悪の状況を想定して予め準備をしておくことは必要だと思う。その準備は武器(トリガー)や個人の戦闘能力だけでなく心構えも重要だ。霧科の考えたこの訓練内容はその心構えを身に付けるための訓練でもあるのだと俺は考えている」

 

東の話を聞いていた隊員たちはそれぞれ自分の思い付く「最悪の状況」を考えみた。

敵は近界民(ネイバー)であるからトリオン兵を用いるのは当然で、100や200のモールモッドやバンダーだけならなんとかなるだろうが、イルガーによって高所から爆撃されたら対応できる隊員は少ない。

地上からの攻撃では致命的なダメージを与える前に遠征部隊が壊滅してしまうことだろう。

さらに敵側には少なくとも4本の(ブラック)トリガーがあり、いくらその能力を把握しているといっても対抗できる手段はまったくない。

大規模侵攻では(ブラック)トリガー使いを引き離して戦ったが、この城郭都市での戦いとなれば奴らが連携してくるのはほぼ確実で、たとえば星の杖(オルガノン)卵の冠(アレクトール)の連携した同時攻撃を受けたら回避できる自信のある者は誰もいないはずだ。

こういった「可能性」をいちいち想定して対策を考えることは不可能だが、少なくともこのような「最悪の状況」を想定しておけば今回の訓練で背後から想定外の攻撃をされたくらいでパニックになって降参するような無様な姿を見せることはなかっただろう。

ツグミが「近界民(ネイバー)との戦いで重要なのは戦闘能力だけでなく、想定外の敵襲でも慌てず冷静な判断をするための知識や心構えを持っていたり、敵の心理を読んでその裏をかくことができるような要領の良さがある方が自分と仲間の命を救うことになる」と信じているのも頷けるのだ。

 

「霧科が俺に戦術を学んでいた時に『戦術で勝負する時は、敵の戦術レベルを計算に入れる』ことが重要だと俺は教えた。彼女はその教えを忠実に守っており、B級ランク戦においては第4戦までしか参加していないが、たったひとりで全勝したのは敵部隊(チーム)の情報を『()る』だけでなく『()る』ことができたからだと俺は考えている。『知る』は単に新しい知識を得ることで、『識る』は新しい情報を自分の中で分析・整理して理解することだ。みんなもランク戦では敵部隊(チーム)の情報を『識る』ことで作戦を考えていたと思うが、情報のほとんどないアフトの連中のことを『識る』のは非常に難しい。そこで想像力というものが重要となってくる。想像するにしても根拠となるものがないのだから不可能のように思えるが彼女は細かいことに気付き、これまでに経験したことや得た知識、さらに敵の性格や行動パターンまでも考慮に入れて計算をするから答えを出すことができる。彼女が俺たちの斜め上の行動をしているように思えるのは、俺たちが彼女の思考レベルに達していないから理解できていないだけなんだよ」

 

「……」

 

「さっきの小南のように頭から霧科のことを否定し、勝手に空回りして出て行ってしまったことをみんなはどう感じた? 俺の話を聞いた今の状況では彼女の言動はあまりにも幼稚で浅はかであったと思うだろう。彼女も霧科の説明を聞いて真意を知ればあのような態度はしなかったはずだが、彼女の短絡的思考のせいで俺たちは霧科という有能なアドバイザーを失ってしまった」

 

そして東は書類に貼ってあった付箋紙を剥がしておもむろに言った。

 

「この訓練内容の企画書だが、バインダーにこんなものが貼ってあった。『訓練後の反省会の席でわたしのやり方に異論を唱える隊員が出ると思います。その時にはわたしは身を引きますから、この資料を東隊長に渡して後を任せてください』と忍田さん宛てのメッセージが書かれている。つまり霧科は小南の行動自体も想定していたということだ。俺はこの付箋紙を見た瞬間、ここまで考えて行動している彼女に戦術で勝てる気がしなくなったよ」

 

付箋紙には具体的に「小南」という名前は書かれていないが、まるで彼女の行動を予言しているように思えるから皆が絶句してしまった。

前回の選抜試験と今回の訓練という2回の戦闘において「屈辱的な敗北を喫した」と勘違いする隊員が現れるとツグミは考えていた。

そしてツグミに対して小南のように聞く耳持たずの隊員であっても、東の言葉になら素直に耳を貸すということまで織り込み済みであったというわけだ。

もっとも東の話も聞かずに小南が出て行くことまでは想像していなかったのだが。

 

「勝負に負けることは悔しい。しかしその悔しさを乗り越えて強くなろうとする気持ちが自らや仲間を強くする原動力となるものだ。順調に勝ち続けていて挫折を知らない人間よりも数々の敗北を糧にして成長する人間の方がボーダー隊員としてだけでなく人としても強くなれると俺は信じている。だから今回の訓練で悔しいと思ったのなら小南のように霧科を非難するのではなく自分の成長のために役立ててほしい。…何か質問や意見があったら手を挙げてくれ」

 

東がゆっくりと全員の顔を見回すと、古寺が手を挙げた。

 

「東さん、緊急脱出(ベイルアウト)についてなんですが、戦闘体が破壊されてしまって緊急脱出(ベイルアウト)できないってことになれば、さっきの三雲くんのように攻撃を食らって気絶するか、その前に全力で戦場を脱出するか、諦めて捕虜になる…しか道はないんでしょうか?」

 

「う~ん…他にも探せばあるのだろうが、どちらにしても戦闘体を破壊されたとなれば次に戦えるようになるまでに相当な時間がかかる。その間ずっと生身でいるわけだから、安全な場所で待機していなければならないが、近界(ネイバーフッド)遠征ともなればその安全な場所が遠征艇だ。そこまでどうやって敵に見付からずに逃げるかが問題だな。たぶん霧科ならこういう時に『だったら戦闘体が破壊されるような大ダメージを受けないように考えて戦えばいい』と言うのだろう。ランク戦では手足の1本や2本失っても勝てばいいという考え方が多いが、それは命を失う可能性がゼロだという保証があるからだ。しかし実戦では足を失えば歩くことはできないし、手を失えばポジションによっては武器(トリガー)を持つことができなくなるという重大なリスクを抱えることになる。ならば普段の訓練の中でダメージを受けないで戦えるようになればいい。それが不可能ではないことは霧科がB級ランク戦で証明してみせた」

 

「でもそれは彼女が完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)だからできることなんじゃありませんか?」

 

「古寺、きみは霧科が生まれつきどの武器(トリガー)も自由に扱うことができた天才だと思っているのか?」

 

「いえ、そんなことはありませんが…」

 

「彼女は忍田さんの弟子であったから弧月を使う攻撃手(アタッカー)から始めた。そのうちに弾丸トリガーが開発され、後に通常弾(アステロイド)と呼ばれる射手(シューター)用トリガーの訓練をして、第一次近界民(ネイバー)侵攻では両方のトリガーを使って戦った。新生ボーダーが発足すると狙撃手(スナイパー)用トリガーが製作され、彼女の強化視覚の能力と相性が良いということで狙撃手(スナイパー)用トリガーもマスターした。彼女の努力がただならぬものであったことは彼女を何年も見守ってきた忍田さんや木崎、迅なら良く知っていることだと思う。それを『彼女が完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)だからできる』というひと言で片付けてしまえるのか?」

 

「それは…」

 

「彼女がすべての攻撃用トリガーを使えるようになったのは、使える武器(トリガー)が多ければそれだけ戦術の幅が広がり、いざという時に自分と仲間の命を守ることになると考えてのことだ。日頃からダメージを受けない戦い方を訓練しておけば、実戦で役に立つのではないだろうか? その努力をせずに他人を羨むようなことがないことを祈っている。…他にはいないか?」

 

「……」

 

「いないようだからこれで解散とする。次回は通常の設定の仮想空間での部隊(チーム)対抗の模擬戦を行うことにする。以上」

 

東はそう言い残すと自分からさっさと退出してしまったのだった。

残された隊員たちはスッキリしないままに三々五々と会議室を出て行く。

そして最後に迅と忍田のふたりが残された。

 

「なんだか妙な流れになってしまいましたね…」

 

迅は忍田にそう言うが、忍田は平然と答えた。

 

「まあ、後は東とツグミに任せておけばいい。これを見ろ」

 

忍田は訓練内容の企画書のバインダーを開き、付箋紙の1枚を迅に見せた。

それには「反省会が終わったらわたしの作戦室にいらしてください」という東に宛てたメッセージが書かれている。

 

「あの子のことだから私たちには想像しがたい何かを企んでいるんだろう。遠征部隊のメンバーにとって悪いようにはしないはずだから、私はしばらく静観しようと思う。おまえもツグミのことを信頼しているのなら黙って見ていろ。いいな?」

 

「わかりました。…それにしてもツグミはどんな未来を視て走っているんでしょうね?」

 

「あの子は織羽義兄さんと美琴姉さんの娘だからこそ、私たちとは違うものが視えるのではないかと思うのだよ。あの子に視える未来は私たちの目指すものとは違うのかもしれないが、私は父親としてあの子を見守ってやりたいと思っている」

 

「じゃあ、俺は恋人として敵となるものからあいつを()()()()守ることにします。城戸さんへの報告は忍田さんがするんでしょ? 俺も一緒に行きますよ」

 

「ああ。東はツグミに呼び出されてしまったからな」

 

そしてふたりは連れ立って本部司令執務室へと向かうのだった。

 

 

 

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