ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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234話

 

 

作戦室にやって来た東を笑顔で出迎えたツグミ。

こうなることをすべて予測していたといった感があり、東のために緑茶と羊羹が用意されていた。

 

「本来ならわたしの仕事なのに東隊長にお任せしてしまってすみませんでした。これ、お詫びのつもりです」

 

ツグミが差し出したのは普通の茶と菓子ではなくどちらも有名店の高級品で、東は彼女がこれをわざわざ購入するために蓮乃辺にある店舗まで足を運んだのだと気付いて苦笑してしまった。

 

「きみはいつの段階でこうなる未来が視えていたんだ?」

 

「そうですね…選抜試験と今回の訓練ではそれぞれ城郭都市の構造やその成立の意味などを知ってもらうことが主な目的で、同時に敵がどのような意図があってそのような行動をしているのかを察する洞察力を鍛えてほしいという期待が込められていたんですけど、理解してもらえる人には効果があっても、そうでない人にはただ単に私の手のひらの上で転がされているという不快な気分にしかならないとわかっていました。訓練といえば単純に武器(トリガー)の扱いが上手くなり、戦闘力がアップするような試合をするものだと決めつけている人は多いですから、絶対に不満の声が上がると思っていました。『いつの段階で』と訊かれましたら『初めから』としか答えられませんね」

 

「だから企画書にあんな付箋紙を貼っておいたのか」

 

「ええ。アレを忍田本部長に見せた時に『これは何だ?』と訊かれて『その時になればわかります』とだけ答えておきました」

 

「それにしても企画書の段階で俺の行動はすべて読まれていたと思うと少し怖いな」

 

「東隊長がリーダーになることはほぼ100%決まっていて、あなたが作戦を立てるとなればある程度は想像できます。あなたがわたしのことを良く知っているように、わたしもあなたのことを良く知っているんですから。それにあなただけでなく他の人たちの中にも行動が読みやすい人がいます」

 

「小南とか?」

 

「はい。彼女は『短期決戦』『火力押しの力技』『インスピレーションによる行動』といったキーワードでまとめることができる戦闘スタイルを持っています。そんな彼女は戦闘能力が誰よりも秀でていて自信があるから『さっさと片付けてしまいたい』と考えてしまうわけで、複雑な戦術だとか長期戦になることを嫌います。敵が狙撃手(スナイパー)オンリーでしたから、彼女が敵と交戦するまでに時間がかかっていますし、『空城の計』に似た作戦を行ったことであなたは作戦の変更を考えてしまい、彼女の手持ち無沙汰の時間が増えました。この訓練には制限時間はありませんから、あなたにはゆっくりと考える時間があったのですが、逆に彼女は暇を持て余してしまったわけです。そうなると彼女にとってストレスの溜まるものとなったはずで、前回の選抜試験で合格したにも関わらずスッキリしない結果となったことと相まって、計画を立てたわたしに対してイライラをぶつけてくると推測できるのです」

 

「なるほどな…」

 

「別にわたしは彼女に悪意があってこんな訓練を計画したのではありません。わたしは()()訓練の中で武器(トリガー)使用のスキルアップを求めてはいません。そんなものは個人的に模擬戦でもやってくれたらそれで十分。わたしは近界(ネイバーフッド)遠征において自分と仲間の命を守る手段を身に付けてもらいたいと考えています。そのためには今の自分に足りないものに気付いてもらい、日常生活の中で意識して改善をしてもらうしかないと思うんです」

 

「ふむ…」

 

「さっきの小南隊員の態度は他人の言葉に耳を傾けようとはせず、思いどおりにならないからと癇癪を起こしてしまい、後先考えずに重大なことを口走ってしまいました。たとえばわたしと彼女が模擬戦をしようとすれば圧倒的に彼女の方が有利ですが、彼女の性格を利用してイライラさせて冷静さを失わせ、本来の力を出せない状況に追い込めばわたしにも勝てるチャンスはあります。彼女は物事を深く考えないために勝手に勘違いして大騒ぎをする癖がありますから」

 

「そのことなら木崎が指摘していたぞ。他人に騙されるのは物事を深く考えることをしないで早とちりしてしまうからで、他人の言うことをすべて疑えとは言わないが、その言葉の意味や裏に隠されているものがあるということは覚えておいた方がいいと諭していた」

 

ヤレヤレといった顔の東が言った。

 

「やっぱりそうなりましかた。…もっともそうなることは予測済みでしたけど」

 

「は?」

 

「わたしが退席してしまえば東さんが反省会の司会をすることになりますが、彼女はおとなしく従うような性格ではありません。反省会が無駄だと言ったことを撤回するはずがありませんから会議室を出て行こうとするでしょう。ですがひとりだけではできないから、同じような不満を持っている人を誘って出て行こうとする。でも彼女に従う人はおらず、ブチ切れた彼女は自分の正当性を訴えようとするでしょうがそれは単なる自己弁護で終わり、場の沈静化のために木崎隊長が彼女を諌めようとする。ところがこれは逆効果となり、彼女はむくれて出て行ってしまう」

 

「まるで見てきたように言うんだな?」

 

「やっぱりそうなったんですね。わたしの推測がここまで順調に進んだのであれば、彼女は『変わる』と自信持って言えます。急に思慮深くなるとか短気な部分がなくなるとかは無理ですけど。…たぶん今頃彼女は自分の正当性を訴えていろいろな人に今回の訓練の話をしていると思うんです。自分の言い分が正しいと認めてくれる人が出るまでやろうとするでしょう。でも常識人であれば彼女の一方的な意見だけを聞いて結論を出すことはないでしょうから、ますます彼女はイラつく。そして最終的には彼女がもっとも信頼する人物、つまり林藤支部長にたどり着く。林藤支部長の言葉であれば彼女は問答無用で従いますから、支部長に諭されたら自分を変えようと努力をするはずです」

 

「……」

 

「彼女が騙されやすいのは普通の人間ならちょっと考えて『おかしい』と気付くようなことでも考えないから気付かないのであり、平和な日常生活の中でならかまいませんが、近界民(ネイバー)との戦いでおかしいことに気付かないとなればそれは命に関わることもになりかねません。彼女が自分の欠点に気付き改善をしようとすることで自分と仲間の命を守ることにもなると理解してくれたらなら、わたしの『計略』は大成功ということになり、今は良い結果となることを心から祈っています」

 

東は少し冷めた緑茶をゴクリと飲み、静かに笑みをたたえているツグミの顔をチラリと見た。

 

(ここまですべてが霧科のシナリオどおりだというなら、今後の訓練についてどう考えているんだ? まさか本気で辞める気じゃないだろうな)

 

東がそんなことを考えていると、ツグミは彼の心の中を読んだかのように言った。

 

「東隊長をお呼びしたのは他でもありません。次回からの訓練についてですが ──」

 

「さっきの訓練に関わらないようにするという話は本気なのか?」

 

慌てる東の様子が普段の彼らしくなくて滑稽だったものだから、ツグミはつい吹き出してしまった。

 

「プッ…何をバカなことを言っているんですか。小南隊員には遠征部隊に残ってもらわなきゃならないんですから、わたしがアドバイザーを辞めるに決まっているじゃありませんか」

 

「しかしきみに落ち度はないのだし、辞められてしまうと俺たちは困る」

 

「でもこれからは遠征責任者の忍田本部長と東隊長のおふたりに訓練内容を考えてもらい、『お仲間同士』で楽しく訓練をすればいいってわたしは提案したじゃありませんか。訓練に参加する隊員の誰もが納得する内容のものを考えてやればいいんです」

 

「しかし俺や忍田さんではそんな訓練を考え出すことはできない」

 

「だから()()()()考えるんです」

 

「え?」

 

「そんな驚いた顔をしないでください。…まずは普通の戦闘訓練をして、そしてその後に必ず反省会をしてください。たぶんその時に誰からか意見が出ると思います。普通のマップで当たり前の部隊(チーム)別の模擬戦をすれば『何かおかしい』と感じる人が現れるはず。だって一緒に遠征に行く仲間同士で戦うのだし、マップだって敵地の環境とはまったく異なる玄界(ミデン)の街並みというのは変ですもの。意味がないとは言いませんが賢い人なら他にやるべきことがあると考えるはずで、反省会の時にどんなことをやればいいかの議論を行って、その結果を次の訓練に反映させればいいと思います。まあ、おかしいと感じる人が現れなかったら、その時には東隊長が提案をしてくれたらOKです。みんな東隊長のことを信頼していますから、聞く耳持たずといったことにはならないでしょう。参考までにわたしが立案した企画書がここにありますけど、お渡ししておきましょうか?」

 

「……」

 

呆気にとられたといった顔の東。

 

「遠征に行くメンバーにとってわたしは部外者でしかありません。そんな赤の他人が考えた訓練内容よりも、自分たちで考えて作ったものの方が納得できるものになってやる気も増すことでしょう。後はあなたの腕の見せどころです。…というわけであなたに負担をかけてしまうことになりますので、このお礼は何らかの形でさせていただきます」

 

ツグミの真意がわかり、東は頭を掻きながら頷いた。

 

「…。まあ、仕方がないか。本来なら俺や忍田さんがやる仕事をきみに任せていたようなものなのだからな。それできみはこれから何をしようと言うんだ?」

 

「遠征に関することでやることはたくさんあります。新しいステルストリガーの開発とか、近界(ネイバーフッド)での情報操作とか…」

 

「新しいステルストリガーの開発はともかく、近界(ネイバーフッド)での情報操作って…きみはいったい何をしようとしているんだ!?

 

東は度肝を抜かれ、身を乗り出して訊いた。

 

「新しいステルストリガーというのはアフトクラトル側のレーダーに映らない新しいタイプのバッグワームで、それも通常のマント型ではなく現地の住民に混じっても違和感のないタイプを考案しました。レーダーに映るということはトリオン体の反応をキャッチするからで、ボーダーで従来使われているバッグワームはもうアフトクラトル側に解析されて無効化されていると考えた方が良いということなので、某国のステルストリガーを参考にしたものを製作中です」

 

「その某国というのは…?」

 

「極秘事項ですので東隊長にも教えることはできません」

 

「それが忍田さんの言っていた『とある人物』なのか?」

 

「はい。たぶん同一人物です。極秘といってもどうせ近界民(ネイバー)だとバレているでしょうね。わたしはその人物と奇妙な因縁で出会い、交流していくうちに彼らはボーダーの味方になってくれることになったんです。彼らの持つ近界(ネイバーフッド)の情報はボーダーの数十倍、いえ数百倍の量があり、その中でアフトクラトルに関するものを()()()()()教えてもらっています」

 

「じゃあ、情報操作というのは?」

 

「それに関しては何も言えません。もし東隊長たちにお願いすることがあれば、城戸司令か忍田本部長から指示が下ります。そして話せる時が来ればちゃんとお話しますから、今は勘弁してください」

 

「わかった。…じゃ、最後にひとつだけアドバイスが欲しいのだが、俺が狙撃手(スナイパー)用トリガー以外の攻撃用トリガーを使うとしたら、どんなものが合うだろうか?」

 

今度はツグミが東の質問に驚いてしまった。

 

「何の心境の変化ですか? 東隊長が狙撃手(スナイパー)用トリガー以外の武器(トリガー)を使うなんて想像もしていませんでした」

 

「ハハハ…きみにも想定外のことはあるんだな?」

 

「それはそうですよ。わたしは神さまじゃありませんから。それでどうして他の武器(トリガー)を使おうなんて考えたんですか?」

 

東は古寺との会話の内容をツグミに話した。

 

「なるほど…。狙撃手(スナイパー)は敵に近付かれたらおしまいですからね。それで逃げるのでも防御するのでもなく『攻撃は最大の防御』と言うわけですか。…それなら射手(シューター)用トリガー、とりあえず基本の通常弾(アステロイド)がいいと思います」

 

「それはなぜだ?」

 

射手(シューター)用トリガーなら手がなくても使えます。つまりメイントリガーに入っているアイビスの照準器(スコープ)を覗きながら撃鉄に指をかけている状態でも敵の位置がわかればサブトリガーに入れた通常弾(アステロイド)を起動してトリオンキューブを撃ち出すことができますから。東隊長は器用ですからすぐに覚えられると思いますよ。無理をしない程度に頑張ってください」

 

「了解。もしきみに弟子入りしたいと思ったら頼んでもいいかな?」

 

「いいですけど、わたしの指導は厳しいですよ」

 

ふたりは冗談とも本気ともつかない会話を交わしながら笑った。

 

「東隊長、お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございました。後のことはよろしくお願いいたします」

 

「ああ、わかった。任せておけ。じゃ、失礼するよ」

 

ツグミは東を廊下まで出て見送り、彼との「密談」が成功した旨を忍田にメールで報告をする。

するとすぐに「了解した」という返信があり、ツグミは遠征部隊の訓練のアドバイサーから正式に解任された。

 

「う~ん…午後は遠征艇居残り組の訓練か。早くお昼ご飯を食べて例のもの最終確認しなきゃ」

 

ツグミはそう呟いてから作戦室に戻ると、しばし任務のことは忘れてランチタイムを楽しむことにした。

 

 

◆◆◆

 

 

その頃、ツグミが想像したように小南は自分の言い分が正しいと認めてもらいたくて、嵐山隊のいるメディア対策室へ行って嵐山たちに訓練の内容について不満をぶちまけていた。

しかし木虎や時枝、綾辻、さらに佐鳥にまで「ツグミの考えた訓練には正当性があり、東やレイジの言っていることが正しい」と言われ、さらに従兄の嵐山にも否定されてしまったことで憤る気力さえ失ってしまい、自分の期待はずれに終わったことで心が折れてしまったのだった。

 

「もういい…。あたし、帰る」

 

小南はそれだけ言い残し、凄まじい形相でやって来た時とは逆にしょぼくれた顔でメディア対策室を出て行った。

そしてひとり玉狛支部へと帰ると自我を守るための「最後の砦」ともいうべき林藤の元へ直行したのだった。

 

 

「よう、合同訓練は終わったのか?」

 

本部基地であったことをまったく知らないといった態度の林藤が小南に声をかけた。

しかしすぐに彼女の様子がいつもと違うことに気付く。

 

「どうした? 本部で何かあったのか? 俺で良ければ話を聞いてやるぞ。遠慮なく何でも言え」

 

林藤に優しい言葉をかけられたものだから、小南はここまで耐えてきた怒りや悲しみを一気に爆発させて大泣きし始めた。

 

「おいおい、何があったかわからねぇが、こっちに来て座れ。そして好きなだけ泣いてスッキリしたら俺に全部話してみろ」

 

それから小南は10分ほど号泣し、林藤にハンカチで涙を拭いてもらうとようやく落ち着きを取り戻したようで、しゃくり上げながらも事情を林藤に話し始めた。

 

「う~ん…おまえひとりの言い分だけじゃ何とも言えないな。ただどっちが正しくて反対側が間違っているというものじゃないだろ、これは。まあ、ツグミの考えることは常人にはわからないことが多い。だけど話を聞けば納得できる。おまえはあいつの話を聞く前にキレちまったんだよな?」

 

「……」

 

「いつものおまえらしくねぇことをしたな。いくら腹が立ったからといっていきなり怒鳴るようなことは普段しないだろ? 何か他に理由がありそうだ」

 

「うん」

 

小南は小さく頷くと、静かに語り出した。

 

「あの子が小さかった時、あたしはあの子のお姉さんのつもりで面倒を見てきた。あの子もあたしのことを頼って慕ってくれたし、一緒にいると楽しかったし気持ちが安らいだわ。でも成長していくに連れてあの子はあたしのことを見下しているんじゃないかって思えてきたの。そりゃあの子は勉強はできるし料理もあたしより上手い。あたしが勝てるのはトリガーを使った模擬戦くらい。ううん、それだってあたしには双月があって、双月を使っているから勝てるだけ。昔みたいに弧月で戦ったらあの子にはきっと勝てない。それがあの子の努力の成果だってことはあたしも知っている。昔のようにあたしを頼らなくなって何も言わなくなった。あたしのことなんて必要ないって顔して勝手にひとりで何でもやろうとするのよ」

 

「……」

 

「あの子が突然B級ランク戦に参戦すると言った時、あたしはそんな大事なことを何であたしに相談してくれなかったのかと思って悲しくなった。そしてお父さんの形見の(ブラック)トリガーを持ってS級になるって時も、玉狛支部(ここ)を出て行くって時も全部勝手にひとりで決めちゃった。もうあたしになんて話をする価値もないんだって思えてすごく悔しいと言うか悲しい。そして同時にすごく腹が立つし、憎らしいとも思えてきたの。そしたらもう訳がわかんなくなっちゃって…。ねえ、あたしはどうしたらよかったの!?」

 

小南は自分なりに抱えてきた悩みや苦しみを吐露した。

実質ボーダー№1攻撃手(アタッカー)を自称する彼女であるが、それは双月の使い手だからで弧月やスコーピオンのような汎用トリガーを使うことになれば太刀川や風間に勝てるかどうか怪しいものだ。

おまけに直情タイプだからツグミのように頭を使った戦い方を苦手とし、彼女に負けたくないからともう何年も模擬戦をしたことはない。

さらにツグミが成長して自分ひとりで物事を考えて自身の判断で行動するようになったものだから、彼女との関わりは減っていく。

しかし小学生の頃なら一緒にじゃれ合っていられたとしても、成長して中学・高校と進む道が違うものとなればいつまでも子供の頃のようにはいられないのが当然だ。

それを寂しいとか悲しいと思うのは小南がツグミのことが好きだからであり、ここ数ヶ月の間のツグミの行動を見ていれば「可愛さ余って憎さが百倍」となるのも無理はない。

プライドが人一倍高い小南であったから、誰にも相談できずにずっと抱え込んだままでいて、それが暴発してしまったというのが今回の事件の原因であった。

 

「おまえの気持ちもわからなくはねぇが、ツグミにはツグミの事情ってもんがある。それを知りもしないで自分の気持ちだけを爆発させたのは失敗だったな」

 

「……」

 

「おまえだって昔は俺のそばにべったり付きっきりで、何かあればすぐに話してくれたり頼ってくれた。だが中学生になってしばらくすると手のひらを返したかのように大事なことであればあるほど話をしなくなってしまった。そりゃ年頃の娘だからオジサンには話せないことも多いだろうが、やっぱ俺は寂しかったな」

 

「……」

 

「誰だって大人になっていく過程での悩みや重要な判断を他人に相談できなくて自分だけで解決しようとして苦しむことは多い。俺もそんな時期があった。ツグミの場合は旧ボーダー時代からのメンバーを家族だと思い込んでいて、その想いが強いほど心配をかけたくないとかみんなの期待に応えなきゃいけないって無理をしているようにも見えるほど頑張っちまう。そんなあいつを見ていると逆に心配になるが、俺は父親の立場で黙って見守ることに決めた。おまえみたいに何かあって俺に頼ろうとしてくれたら、その時は全力で抱きしめてやろうと思っていたんだ。まあ、そのせいであいつがトリオン切れでぶっ倒れる前に止めることができなかったんだがな」

 

「……」

 

「玉狛支部の連中はみんな家族みたいなもんで、その家族ってのは距離感が難しい。人はそれぞれパーソナル・スペースってもんを持っていて、相手のパーソナル・スペースを尊重することで良い関係が続けられる。ツグミはそれを理解していて、おまえや俺や他の連中も自分と同じようなパーソナル・スペースがあるのだから、それを侵害してはいけないって考えているんだろう。何も相談をしないでひとりで決めてしまうというのは、おまえを信頼していないとか反対されるのが嫌だというのではなく、逆に信頼しているからこそ自分の決断を認めてもらえると信じているからなんだと俺は思う」

 

「……」

 

「さっきおまえは『どうしたらよかったのか?』って俺に訊いたが、その答えはない。終わってしまったことを振り返ってどうすればよかったのかなんて考えても無意味だ。だが『これからどうすべきか?』なら答えはある。…と言うよりもおまえはもうわかっているはずだ。きょうだい喧嘩なんてもんはひと言『ごめん』で済む。ツグミはおまえよりも精神年齢はずっと上だから、これくらいのことで怒ってやしないし根に持つこともない」

 

「そうかな…?」

 

「もちろん。それにあいつは意味のないことはしない。遠征部隊の選抜試験や訓練でも『遠征を成功させる』という目的があって、そのために必要だと思われる内容を考えて行っているのは間違いない。選抜試験では無闇に緊急脱出(ベイルアウト)をすると遠征艇の場所がバレてしまうから気を付けろってことを教えたかったわけで、反省会でちゃんとネタばらしをした。だったら今日の訓練でも反省会で『あいつがみんなに知ってもらいたかったこと』を説明しようとしていたんじゃないかって俺は思うんだ。後でレイジか京介に聞いてみるといい。その上でおまえは自分のすべきことをしろ」

 

「…はい」

 

林藤はうなだれている小南の頭を優しく撫でた。

 

「おまえは遠征部隊の戦力として欠かせない隊員のひとりだ。だからツグミが訓練の責任者を続けるならおまえが遠征部隊を抜けるなんて軽率な発言をしたことで、ツグミは自分が身を退くしかないってことになった。あいつは遠征には参加できないが、遠征計画には必要な人材ではある。これからはあいつ抜きで訓練をしなきゃならないだろうから、忍田や東は忙しくなるだろうな」

 

「あたしが謝ればツグミは許してくれるかしら?」

 

「ああ。許すも何も怒っちゃいないだろうからな。だけど事態は変わらねぇ。『覆水盆に返らず』ってやつだ。あいつだって自分の発言をおいそれと撤回できるもんじゃねえ。おまえの非礼はなかったことにしてくれても、みんなの前で自分が辞めると言ったことはおまえみたいに考えなしで口にしたわけじゃねえだろうから『はい、わかった』とは絶対に言わねえな」

 

「どうしよう…。あたしのせいで遠征が失敗したら…」

 

自分の軽はずみな言動が大きな結果を招くことになるなんて想像もできなかった小南は顔を真っ青にして震えていた。

そんな彼女を慰めるように林藤は言う。

 

「大丈夫。ツグミのことだからちゃんとその先のことも考えて言ったに決まってる。何ならあいつに会って直接訊いてみたらどうだ? まあ、その前にレイジたちから話を聞いてあいつの真意を知ってからにしろ。何も知らないでいて謝罪するだけじゃ気持ちは伝わらないからな」

 

「わかった。レイジさんたちが帰って来たらちゃんと話を聞く。そしてツグミに謝りに行く」

 

「よし、それでいい。…それはそうとまだおまえたちには話していなかったが、アフト遠征に参加する忍田の代わりに俺が本部長の任を引き継ぐことになった。だから支部長のいなくなる玉狛支部は近いうちに廃止になる。さっき城戸さんから連絡があった」

 

「え? ええぇぇぇえ!?」

 

突然の林藤の重大発言に小南は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「どうして!? 何で玉狛支部が廃止されなきゃならないの!? 支部長がいないっていうのならレイジさんになってもらえばいいじゃないの! …ああ、どうしよう。玉狛支部がなくなったらあたしたちは本部所属ってことになるのよね? ここも閉めることになって置いてある私物とか、運び出さないといけないけどやってる暇なんてないわ。どうしよう…」

 

狼狽える小南にニヤニヤした顔の林藤が言った。

 

「嘘だ」

 

「え?」

 

「玉狛支部が廃止になるなんて嘘だよ。普通の人間ならおかしいとかありえないってことでもおまえはすぐに信じちまうんだよな」

 

嘘だと気付いた小南はムラムラと怒りが沸いてきて、林藤に対して声を荒らげた。

 

「何でそんな嘘をついてあたしを騙すんですか!?」

 

「こんな嘘を信じるのはおまえだけだよ。ちょっと考えてみろ。忍田が遠征に行くからしばらくの間本部長職が空席になるのは事実だ。そこに俺が期間限定で座るわけだが、忍田が遠征から帰って来たらどうなる? 俺の居場所がなくなることになるんだぞ」

 

「あ…」

 

「そのことに気付けば玉狛支部が廃止になるはずがないってこともわかる。おまえは素直で他人の言葉をすぐに信じてしまう…と言えば長所のように思えるが、聞いたことを鵜呑みにしてしまい何も考えないからこうして騙されることになるんだ。すぐに行動するのではなくちょっと立ち止まって『これはおかしい。本当にそうなのか?』と疑問を抱くことで考えることになり、考えた上で本当か嘘か冷静に判断すれば騙されることはなくなる。今すぐに思慮深くなれと言うのは無茶だが、おまえが意識して少しずつでも考えることを心掛けるようにすれば、戦闘でも有利になるだろうし人として成長できると俺は考えている。これは本当だ」

 

ぐっと真面目な顔になって言う林藤に小南は大きく頷いた。

 

「わかったわ。やってみる」

 

林藤に相談したことで真っ暗闇だった目の前に光が射してきたものだから、小南の表情にもいつもの明るさが戻ってきた。

わがままで高飛車な性格だが皆に愛されるキャラクターでもある小南。

そんな彼女がいつまでも落ち込んでいては周囲の人間までも暗くなってしまう。

騙されやすい彼女の性格はムードメーカーとして役立つ資質であったが、そんなものがなくても彼女は皆を元気付たり明るくすることができるはずだ。

 

入って来た時とはガラリと変わって明るい笑顔で小南は支部長室を出て行く。

そんな彼女の後ろ姿を見ながら林藤は思った。

 

(ああは言ってみたものの、これであの性格がすぐに変わるとは思えない。ただ世の中には他人を陥れようとして嘘をついたり騙したりする悪い人間が多いのは事実で、そんな悪い奴に利用されてもらいたくはないんだ。ボーダーの中ではそんな悪意のある奴はいねえ。だけど一生ボーダーの中だけで生きていけるもんじゃない。だからこのままだとおまえは世の中に出た時に苦労すると思う。これをきっかけに世間の荒波にのまれない強い人間にもらいてぇんだ、俺は。頑張れよ、桐絵)

 

 

 

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