ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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235話

 

 

遠征参加者のための短期特別訓練・午後の部は遠征艇に残る隊員・職員を対象としたもので、ツグミの強い希望によって行われることになっている。

しかし対象者の多くが技術者(エンジニア)やオペレーターといった非戦闘員なので彼らの都合で全員が集まっての合同訓練というわけにはなかなかいかない。

そこで可能な限り出席するというレベルでの参加となり、初回の訓練ではオペレーター3名、そして別メニューの千佳の計4名だけであった。

非戦闘員が使用する「簡易トリオン銃」の開発に参加していたツグミは確認のために研究室(ラボ)へと赴いた。

 

 

「こんにちはー、寺島さんはいらっしゃいますか?」

 

ツグミが研究室(ラボ)で忙しそうに作業している技術者(エンジニア)に声をかけるとすぐに返事があった。

 

「チーフなら冬島さんと一緒に例の簡易トリオン銃の最終調整をするために第1訓練室にいますよ。何度も改良を重ねてやっとできたって言って喜び勇んで出て行きましたから」

 

「ありがとうございます。じゃ、わたしも行ってみます。…お土産はここに置いておきますね」

 

そう言ってツグミは()()()()レモンのハチミツ漬けを手近な作業台の上に置くと研究室(ラボ)を退出し、その足で第1訓練室へと向かう。

 

(あ、そうだ…オサムくんの様子を見に行かなきゃ。そろそろ目が覚めている頃だろうから)

 

午前の訓練で修は生身の状態で背中を撃たれ、そのまま気絶してしまったとツグミは報告を受けていた。

仮想空間での訓練でありまったく怪我はないのだが、痛覚だけは50%再現するように設定してあったから撃たれたショックで倒れてしまったのだ。

 

(普段は痛覚をゼロにしているから撃たれたり斬られたりしてもその衝撃だけはあっても痛みは感じない。そんな模擬戦ばかりしているから人は撃たれたり斬られたりしたら()()()()痛いって忘れちゃっているのよね…。これが近界(ネイバーフッド)での実戦だったら死んでいたことだけど、本人はどう感じているんだろ? まあ、怖がって遠征に行きたくないって言えばそれはそれで良し。それでも行くと言うならそれだけの覚悟を持っているってことだから大歓迎。さあ、どうなってるかな?)

 

ツグミは訓練室へは遠回りになるが先に医務室へ行くことにした。

 

 

 

 

修が医師に礼を言って医務室を出て行こうとしているタイミングでツグミが入って来た。

 

「あ、霧科先輩…」

 

先に修がツグミの存在に気付いて呼びかけてきた。

 

「オサムくん、具合はもういいの?」

 

「はい。別に身体に怪我をしたわけではなく、撃たれたショックで気を失っただけですから。念のためにいろいろ検査もしてもらいましたが問題はありませんでした。…ところで先輩はこんなところに何か用なんですか?」

 

「あなたの様子を見に来たのよ。怖い思いをしたんだから、もう遠征へ行きたくないって気持ちになったかな…って」

 

ツグミが申し訳なさそうな顔で言うと、修は瞳に強い意思を宿して答えた。

 

「ぼくはどんなことがあってもアフトクラトルへ行きます。あれくらいのことでビビったりしません。大規模侵攻では敵の(ブラック)トリガーで死にそうな目に遭ったんです、それに比べたら大したことはありませんよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。ぼくたちは城内にいる敵のことだけしか頭になくて、敵がカメレオンを使ってぼくたちの背後に回っているなんてまったく考えてもいませんでした。だから挟み撃ちにあっても対応が遅れ、何人かは戦闘体が破壊されて換装が解けてしまいました。そこでぼくは次の行動に移るのに他の人よりも遅かったものだから背後から撃たれてしまったんです。これが実戦だったらと思うとものすごく怖いですが、次に同じようなことがあったらどう動けばよいのか今のうちに考えておくことができます。だから遠征へは行くつもりです」

 

「強くなったね、オサムくん」

 

「いいえ、全然強くなんかありませんよ。さっきの訓練では何も役に立てなかったですし」

 

「ううん、違うの。トリガー使いとしての強さじゃなくて、気持ちの強さの方。普通の人ならこんなことがあった後ですぐに『どんなことがあってもアフトクラトルへ行きます』なんて答えられないもの」

 

「そう…ですか?」

 

「そうよ。きっかけはチカちゃんとユーマくんと一緒に遠征に行くという目的だったけど、その目的を持つ前と後ではボーダー隊員としての意識が変わったように思えるの。ユーマくんに出会う前のあなたはチカちゃんを守るためにボーダーに入ったといっても何もせずにいてC級のままだったでしょ? 半年近くダラダラと過ごしていた間は何も成長がなかったけど、玉狛で過ごした3ヶ月の間にあなたはC級からB級2位の部隊(チーム)の隊長にまでなった。まあ、B級になれたのはユーマくんとレプリカのおかげだけど、その後はたくさんの先輩たちに学んだり努力をして成長してきたのをわたしは見ていたから知っている。もっとも周囲の親切に甘えてばかりだったけどね」

 

「はい…」

 

「B級2位というとすごく強くなったような気分になるけど、それってボーダーのルールの中での戦いで出た結果で、そんなものは近界民(ネイバー)との戦いには関係ない。だって向こうがボーダーのルールに従って戦ってくれるわけじゃないもの。近界(ネイバーフッド)では近界民(ネイバー)のルールに従って戦うことになり、勝敗はどちらが生きるか死ぬかで決まるものなの。ううん、負ければ死ぬよりももっと辛い目に遭うことだってありうる恐ろしい世界。そんな世界に自ら飛び込んで行こうっていうんだから、心が強くなったってことよ。それとも忘れていた現実を思い出して怖気づいた?」

 

「そんなことはありません。…話は変わりますが、ぼくは母に遠征の承諾書にサインをもらいに帰宅した時、霧科先輩が母と話をしていたことを聞きました。先輩が母に事情を説明してくれたこととお願いをしてくれたことでぼくはようやくサインを貰うことができました。ぼくひとりじゃどうにもならなかったのでとても助かりました。どうもありがとうございました」

 

「それはわたしのサジェストもあるけど、ほとんどはあなたの日頃の行いが功を奏したのよ。香澄さんもあなたが頑張っていることを知っているから、あなたのことを信用して応援する気になったんだと思う」

 

「何で母がぼくのボーダーでのことを知っているんですか?」

 

不思議そうな顔をする修にツグミは言う。

 

「あなたたちが玉狛支部で寝泊りするようになってから週一のペースでボーダーや玉狛支部での生活についての報告書を香澄さんとチカちゃんのご両親に送っていたのよ。未成年の子供がボーダーなんて組織にいること自体が好ましい状態ではないんだから、せめて無事で楽しくやっているってことを知ってもらわないとね。でも遠征に行くって大事なことを親に言わずに自分たちだけで決めたちゃダメよ。いつまでも内緒にしておくことができないんだから早めに言うべきだったと思う」

 

「それは反省しています。でもぼくの場合は母にフォローを入れてくれたのに、千佳の両親には何もしなかったみたいですが、それはどうしてですか?」

 

「ああ、それは彼女に自分の立場ってものを知ってもらうために少し厳しくしているのよ」

 

「自分の立場?」

 

「そう。この遠征の参加者は戦闘員や非戦闘員を合わせて30名近くいるんだけど、オサムくんやシオリさんたちは行きたくなかったら行かなくてもかまわない。つまり他の人でも代替えが効くということ。でもチカちゃんは遠征艇のエネルギーとなるトリオンの供給源となるわけで、彼女がいるといないでは計画自体に大幅な変更が必要になり、場合によっては延期せざるをえなくなる。それなのに遠征に参加するという重要なことをご両親に内緒にしていた。チカちゃんのご両親は彼女の入隊自体を歓迎していなかったんだし、本人はボーダーでの活動について何も報告していない。だから信用されていないのよね。ここでわたしが手を貸してしまうことはできるけど、それは彼女のためにはならない。彼女が今までに貯めた『ツケ』は自分自身で支払ってもらわなきゃダメなのよ」

 

「ツケ…?」

 

「ボーダーに入隊した隊員たちにはそれぞれ事情がある。近界民(ネイバー)に親しい人を殺されたから復讐をしたい人。今の生活を守りたい人。チカちゃんのように近界(ネイバーフッド)へ連れ去られた人を探したい人。入隊動機はさまざまだけど、入隊した以上はボーダーという組織のために働かなければならない。それなのに彼女は自分の『兄と友人を探す』という目的が最優先になっている。彼女が今度の遠征に参加すると言い出したのはC級隊員を救出するというボーダーとしての目的を達成するためではなく、自分が近界(ネイバーフッド)へ行くための手段でしかない。城戸司令たちには玉狛第2という部隊(チーム)で遠征に参加すると豪語していたけど、あれはまだ自分が人を撃てないと悩んでいた時期のこと。自分が部隊(チーム)に貢献できないとわかっていてB級2位までに入ると言えるのは、ヒュースが仲間になればランク戦で勝てるって自信があったってことね。全部他人任せで、自分は何もできない上に何もしようとしない彼女らしい考えだわ」

 

「……」

 

「まあ、彼女の性格とかこれまでの経験とかを鑑みれば仕方がないことかもしれない。でも近界民(ネイバー)から逃げ回る生活から戦って退けるという道を()()選んだというのに、自分自身が変わろうとしていないのよ。人を撃てるようになったって思い込んでいるけど、まだ仲間が危機的状況にならないと撃てない。それはB級ランク戦の最終戦で目に見える形で証明されている。だとしたら遠征でも仲間が命を失いかねないというギリギリにならなければ彼女は撃とうとはしない。それは今のうちに訓練の中で何とかするしかない」

 

「……」

 

「追い詰められなければ人が撃てないというのなら、彼女に撃たせるには追い詰めるしかないわ。承諾書にサインをもらうのも同じこと。自分が参加できなければ遠征自体が全部ご破算になって、大勢の人間が困ることになる。遠征によってさらわれたC級を連れ戻すと記者会見で発表したのだから彼らの家族はものすごく期待している。そんな家族の希望を打ち砕き、市民の期待を裏切ることになるって理解してもらわないとご両親を説得しようともしないでしょうね。だからわたしは彼女には手を貸さないし、誰にも手を貸さないように言ってある。遠征計画で自分の立場を理解すればいつまでも()()はできないって気付くでしょう」

 

「……」

 

「これは人を撃つ・撃たないと根っこは同じものなの。追い詰められないと撃たないけど追い詰められたら撃つ。だからご両親の許しをもらわないと遠征計画が()()となれば、必死になってご両親を説得して承諾書にサインをもらうでしょう。いいえ、サインをもらわないとボーダーは本当に困ることになるの。遠征っていうものは参加する隊員や職員だけでなく大勢の人間が技術面や資金面などで動いているわ。その大勢の人たちの働きを無駄にしてしまうことになると知れば『できない』『やりたくない』なんて言っていられないのよ。これまではそれで済んでいたかも知れないけど、遠征に参加すると決めた以上は『やらなきゃいけない』こと。そしてそれは彼女自身のために誰の手も借りてはいけないわ」

 

ここまで話したツグミはにやりと笑う。

 

「なぜわたしがここまで話したのかオサムくんならわかるわよね? このままチカちゃんを放っておくと彼女だけでなく遠征に関わるすべての人間にとって不幸にしかならない。そこであなたの出番よ。彼女もあなたの言葉なら心に染みるだろうから、自分がいつまでもわがままを言っていられないって気になると思うの。もちろんあなたがやっていいのは彼女に自分の立場を理解させることだけ。彼女と一緒になって彼女のご両親を説得しようだなんて考えちゃダメ。ここで彼女を甘やかしてしまっては元も子もないんだから」

 

「わかっています。ぼくがやるのは千佳に自分の力だけで解決しろと背中を押すだけってことですよね?」

 

「そう。でもチカちゃんの心配はそれだけじゃないのよね…」

 

「心配って?」

 

「彼女はお兄さんと友人を探して連れ戻すことで頭がいっぱいで、その他のことに頭が十分に回らないから」

 

「どういう意味ですか?」

 

「たとえばだけど、アフトクラトルに到着したらまずは本隊メンバーによる情報収集活動を行うことになる。そこでさらわれたC級隊員以外に『玄界(ミデン)からやって来た人間がいる』ってことを耳にしたら、彼女はそれがお兄さんや友人なのかどうか自分の目と耳で確認したいって思うようになる。あきらかに別人だとわかればおとなしくするでしょうけど、十代半ばの女の子とか二十代前半の青年だって聞けばますます居ても立ってもいられない。自分の立場を理解していれば我慢をしなければいけないってわかるはずなんだけど、今の彼女にはそれができそうにないから。街へ行きたいといってもみんなが反対するから諦めるしかないんだけど、諦めなかった時が怖いのよ。夜中にこっそりと抜け出して勝手に街へ行ってしまったら探すのに手間取るし、その間に敵に捕まってしまったらその時点で彼女の悲劇的な運命が決定するだけでなく、C級隊員を取り戻すどころか遠征部隊が無事に帰還できるかどうかわからなくなる。こんなことを考えるわたしは心配性だと思う?」

 

「…いえ、千佳ならやるかも知れません。先輩が心配するのは当然です」

 

「でもこれはチカちゃんだけでなく、オサムくんにも言えることなのよ」

 

「え?」

 

不思議そうな顔をする修にツグミは言う。

 

「もし大規模侵攻でレプリカがあんなことにはならず無事でいたなら、あなたはこんなに積極的にアフトクラトルへ行こうとしたかしら? 記者会見で大見得切ってしまったから仕方がないと言えばそうなんだけど、少なくともチカちゃんを遠征に巻き込むようなことはしなかったでしょうね。彼女はアフトクラトルの連中に狙われているのだから、本来なら遠征に参加させたくはないはず。あなたが今回の遠征に参加するために必死になっていたのはユーマくんとレプリカに対する罪の意識が大きくて、自分でレプリカを見付け出してユーマくんと再会させようって考えているからでしょ? もしアフトクラトルでレプリカのことを知っているという人間がいたら、あなたも後先考えられずに突っ走って行っちゃいそう」

 

「それは…」

 

「わたしはチカちゃんが近界(ネイバーフッド)遠征に行きたいという気持ちが良くわかるから応援するつもりでいた。でもその遠征はずっと先のこと。もっと経験を重ねて実力をつけた後に、戦闘になる恐れの少ない治安の良い国に潜入するような遠征を想定していた。それなのにオサムくんはレプリカのことがあって、チカちゃんは1日でも早くお兄さんと友人を連れ戻したいからと焦りすぎで、こともあろうか()()アフトクラトルの本拠地に乗り込んで戦争をすることが確定の遠征に参加したいって言うんだもの、わたしは今回の参加には反対よ。だけどあなたたちを止めないのは、わたしが訓練で何とかしてあなたたちを無事に帰還できるように育てようと決めたからなの。ただ…わたしは訓練のアドバイザーを解任されてしまったので、もう本隊メンバーの訓練には関われなくなってしまったわ」

 

「ええっ!? それはどうして…?」

 

「事情はレイジさんかキョウスケに聞くといいわ。今後の訓練は忍田本部長と東さんがリーダーとなっていろいろ考えてくれると思うから大丈夫。あ、もちろんあなたが近界(ネイバーフッド)に行って無事に帰還することができるようになるかどうかはあなた次第だから、そのことを忘れないようにね」

 

「あ、はい! …それで先輩はこれからどうするんですか?」

 

「訓練には関わらなくなるけど、新しい武器(トリガー)の開発をしている技術者(エンジニア)の人たちのお手伝いとか、近界(ネイバーフッド)の情報収集や根回しとかやることは山ほどあるわ。今日はこれから午後の訓練だけど、それに使う簡易トリオン銃の最終調整をやっている寺島さんたちのところに行って手伝って来ようかなって思ってるの」

 

「午後の訓練って千佳が参加するんですよね? ぼくが見学してもかまわないでしょうか?」

 

「別にいいんじゃない。チカちゃんの訓練会場は第2訓練室で開始時間は一四〇〇時だから。…あ、でもまだお昼食べてないわよね? 訓練開始までまだ時間があるんだから食堂で食事を済ませて来るといいわ。しっかり食べてから見学しても間に合うから」

 

「わかりました」

 

「わたしは先に行ってるから。じゃあね~」

 

 

◆◆◆

 

 

第1訓練室では寺島と冬島が簡易トリオン銃の試射をやっていた。

 

「寺島さん、冬島さん、お疲れさまです」

 

ツグミが声をかけて近付いて行くと、冬島がナイスタイミングとばかりに彼女に簡易トリオン銃を持たせた。

 

「ちょうど良かった、俺だとイマイチ感覚が掴めないもので困っていたんだ。狙撃手(スナイパー)のおまえなら扱いも得意だろ?」

 

冬島がツグミに手渡したのは既存のライトニングに酷似した銃である。

当初は銃手(ガンナー)用のトリガーを改造する予定であったが、威力や射程などの面から狙撃手(スナイパー)用トリガーの中でもっとも扱いやすいライトニングを基本とすることにした。

威力は小さいが弾速と速射性に優れていることで敵に命中させやすいことに注目し、生身の女性でも扱えるようにサイズをいくらかコンパクトにしたので初めて銃を持つ人間でも抵抗なく使えるだろうとのこと。

何もない無機質な訓練室の壁には普段狙撃手(スナイパー)が訓練に使用している的と同じものがあり、射程は約100メートルだ。

 

「アレを試し撃ちすればいいんですね?」

 

生身のままのツグミは簡易トリオン銃を構えて、いとも簡単に標的を撃ち抜いた。

 

「どんな感じだ?」

 

寺島に感想を訊かれ、ツグミは感じたままを言った。

 

「既存のライトニングに比べるとダウンサイズしていますし、命中させやすくなっている気がします。非戦闘員でも使用するのは十分可能ですが訓練は必要です。なにしろ人を撃たなければならないんですから。…それはそうと、トリオンチャージの件は上手くいってますか?」

 

「それをこれから試してみるんだ。おまえという適当な()()()()()()()が来てくれたおかげで試せる」

 

そう言って寺島は別の簡易トリオン銃を持った冬島とツグミの居場所を交代させた。

 

「この銃にはトリオンが充填されていない。つまりエネルギーゼロの状態だ。そこで今2メートルほど離れた場所にいるおまえのトリオンを吸収して弾とする。冬島さん、撃ってみてくれ」

 

「了解」

 

銃自体のトリオンはゼロであるにも関わらず、冬島は的を撃つことができた。

これは簡易トリオン銃の「充填したトリオンがなくなれば、再充填しないと使えない」という最大の弱点を見事に解消したシステムである。

当初はカートリッジを交換するという案で進めていたが、交換に手間がかかるとかカートリッジのコストの問題で頓挫していたのだが、ツグミの提案によって「近くにいるトリオンを豊富に持つ者から吸収する」システムが採用された。

これならトリガー使いでない一般人でもトリオンの弾を撃つ銃を使え、トリオンの心配もせずに撃ち続けることが可能だ。

このトリオン能力者とは千佳のことで、同じ艇の中にいるのだから彼女のトリオンを吸収して簡易トリオン銃のエネルギーにすればいいとツグミは考えたわけだ。

トリオンの吸収はアフトクラトルの偵察用ラッドが近くにいる人間のトリオンを集めて、それを(ゲート)を開くためのエネルギーにしていたことをヒントにし、保管されていた偵察用ラッドのトリオン吸収システムを応用したのだった。

 

「じゃあ、次は4メートルで試してみよう。ツグミ、もう少し離れてみてくれ」

 

ツグミは寺島に言われたように冬島から4メートル離れた場所に移動して様子を見守る。

どこまで離れても大丈夫なのかを確かめる実験をしたかったのだが寺島と冬島のふたりだけではそれも適わず、ツグミが来たことでそれが可能となったのだった。

 

「この実験をするならもっと早くにわたしを呼んでくれたら良かったのに…」

 

するとその声を耳にした寺島が言う。

 

「どうせおまえが様子を見に来ると思ってたからな、それまでに別の実験をしていたんだ。この簡易トリオン銃の発案はおまえで、それを最後まで責任持って見届けるに決まってる、ってな」

 

「別の実験って何ですか?」

 

「ああ、それは…。ちょっと待て、そこからさらに1メートル離れて」

 

「はい」

 

「これが終わったら実物を見せてやるから待ってろ」

 

冬島が撃ち、ツグミが1メートルずつ離れて行くことを繰り返して限界を見極めるようである。

その結果7メートルが限界であったが、これは遠征艇で敵を迎撃するためのものであり、常にエネルギー源である千佳の半径7メートル以内にいるだろうから大丈夫ということで問題はなさそうだ。

 

「後は実際に使用する人に持ってもらって、そこで改善点があれば直すってことでおしまいですね」

 

「ああ。遠征艇に残る非戦闘員の自衛に役立つものができた。どこまで効果が出るかは訓練次第だがな」

 

「それじゃ、さっき言っていた別の実験というものを見せてもらえますか?」

 

「いいぞ。冬島さん、例のものをこいつに見せてやってください」

 

冬島は足元にあるコンテナボックスの中から「ドローン」と思われる物体を取り出した。

 

「これってドローンですよね? なんでこんなものが…?」

 

それは4つの回転翼を持つ「クワッドローター」と呼ぶ無人機で、一般には「ドローン」と呼ぶものである。

 

「この前おまえが『近界民(ネイバー)との戦いに玄界(ミデン)の技術を用いることはできないだろうか』って言ってただろ? それでドローンを使った情報収集はどうかと考えたわけだ。素材はトリオンではないから奴らのレーダーには反応しないし、上空からやって来るとは奴らも想像していないだろうから、これで奴らの意識外から情報収集ができると思う」

 

「なるほど…それはいいアイデアですね。詳しく教えてください」

 

「ああ」

 

冬島は特殊工作兵(トラッパー)必携の「スイッチボックス」を起動し、ドローンを浮遊させた。

同じタイミングで訓練室の天井は青空を映し出した。

グレーの本体であるから青空の中では目立つと思われたが、冬島が何かのキーを押すと急にドローンの姿が消えてしまう。

 

「ええっ?」

 

ツグミは驚いてメガネを外し、意識を集中してドローンを探そうとすると、ぼんやりとだが機体の輪郭が見えてきた。

 

「光学迷彩ですか?」

 

「そうだ。本体の底面を曇りガラスのような素材にしておき、中にあるカラーLEDライトで光を当ててやると全体がぼんやりとLEDの色で発光するようになっている。これでドローン本体を任意の色に変化させることで周りの色に紛れ込んでしまうという理屈だ」

 

「すごい…」

 

「こうして空の色が変わればドローンの色も変える」

 

そう言って冬島は空を夕焼け空に変更すると、ドローンの色もそれに合わせて赤っぽいものに変わった。

 

「肉眼では見えにくくなるから操縦は本体に装備したGPSとカメラで確認しながらのものになるが、現地の自然環境がわからないので使えるかどうか不確定だ。ドローンの操縦は風に影響されやすいからな」

 

「でも使えたら情報収集に大いに役立ちますね。空撮ができると地図がなくても地形がわかりますし、戦術面では必要な情報ですから」

 

「そうだろ? だから時間がある時には屋上で操縦の練習をしようかと思っている。多少の風でも使えるようになれば、この努力も報われる」

 

「本部基地周辺なら航空法に引っかかることもないですからね。頑張ってください」

 

「あ、ああ…」

 

女子高生を苦手としている冬島だが、ツグミが純粋に自分の技術や成果を評価してくれて、同じ目標を目指して戦っている「同志」だと考えることで自然に会話できる。

そんな彼女に屈託のない笑顔で「頑張って」と言われ、冬島は顔を真っ赤にするしかなかった。

 

 

 

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