ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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236話

 

 

遠征部隊参加者の短期集中訓練のアドバイザーを解任されたのだから、午後の訓練でツグミが指揮をすることはできないはずだった。

しかし忍田から『居残り組の訓練に付き合ってくれ』というメールが送られてきたものだから、結局ツグミは予定どおりの訓練を行うことになるため、そのまま訓練室で開始時間まで待つことにした。

 

 

「そう言えば、()()の名称は決めたんですか?」

 

ツグミは簡易トリオン銃を掲げて寺島に訊く。

 

「ああ? いや、まだだ。ちょうどいい、おまえが適当に名付けておいてくれ」

 

「わたしがですか? わかりました」

 

ツグミはそう答えてから簡易トリオン銃を眺めながら考えた。

 

「ボーダーの狙撃手(スナイパー)用トリガーのイーグレットとアイビスは鳥の名前由来だけど、ライトニングは鳥じゃないから…」

 

ツグミはしばらく考えてピッタリの名称を思い付いた。

 

「寺島さん、『ターミガン』にしましょう。英語で『雷鳥』を意味する言葉で、雷鳥は他に『グロース』というのもあるんですけど、銃だから『ガン』が付く方にしました。ライトニングの稲妻から雷を連想し、そして鳥の名前という両方に縁のある良いネーミングになったと思いませんか?」

 

自信満々で言うツグミに寺島が怪訝そうな顔で訊く。

 

「雷鳥ってのはいいアイデアだが、英語では『サンダーバード』じゃないのか?」

 

「違いますよ~。一般にそう思われていますけど、サンダーバードというのはネイティブアメリカンの伝説に登場する想像上の鳥のことで、某鉄道会社の特急の名称が一般に知れ渡って『雷鳥=サンダーバード』になってしまったんですって。簡易トリオン銃なんて味気ない一般名詞ではなくこれからはターミガンと固有名詞で呼びましょう。いいですよね?」

 

「いいんじゃないか。じゃ、開発室の方で正式名称として()に申請しておいてやるよ」

 

「はい、お願いします」

 

こうして簡易トリオン銃の正式名称は「ターミガン」と決定した。

 

 

◆◆◆

 

 

「午後の非戦闘員対象の訓練は簡易トリオン銃・ターミガンをマスターすることが目的です。このターミガンはライトニングをベースにしているので、僭越ではありますが狙撃手(スナイパー)経験者であるわたしが指導員を務めさせていただきます」

 

国近、月見、栞を前にツグミが挨拶をする。

 

「本来でしたら()()狙撃手(スナイパー)にお願いしたいところなんですが彼らも遠征に参加したり、残る人たちも市内巡回などの任務の負担が増していますのでみなさんとても忙しい。そこで簡易トリオン銃の使用の提案と訓練内容を考えたわたしがみなさんの技術指導をすることになりました。最終目標は自分自身と仲間の命を守ることができるようになることで、そのためには人を撃つこともできるようになってもらいます」

 

そして付け加えた。

 

「なお、今回の遠征でみなさんのオペレーターとしての役目はあまりありません。本隊メンバーの集めた情報の分析や負傷者の手当などをやっていただくことになります。こんなことを言うとみなさんのプライドを傷付けることになるかも知れませんがあえて言わせてもらいます。遠征に参加するのはみなさんでなく他のオペレーターの方でもできることなので、この訓練がきついとか嫌だと思ったらすぐに辞めてもかまいません。すぐに他の方と交代してもらいます」

 

「……」

 

「なにしろ自分の身を守るためとはいえ近界民(ネイバー)、人間を撃つのですから普通の感覚の持ち主なら嫌悪感を抱くものです。それを我慢して人を撃て、と強いることはできません。また敵が生身であればその人を死なせてしまうかも知れません。自分の手で人を殺すのが怖くて撃てないということになれば今度は自分の命が失われることになりかねないのです。敵はみなさんを殺すことにためらいはありませんから。人を撃つ覚悟がないならここで遠征参加を辞退してくださってもかまいません。いえ、むしろその方がいいです」

 

「……」

 

「ただみなさんがターミガンを使用するのは最後の最後であり、遠征艇の周りを敵に囲まれて崖っぷちに追い詰められた時に限ります。遠征艇で留守番をするメンバーの中には現役戦闘員の雨取隊員がいますし、現役を退いて久しいですが寺島さんは元凄腕の攻撃手(アタッカー)。さらに特殊工作兵(トラッパー)の冬島隊長がいて、遠征艇の周囲には各種のトラップを仕掛ける予定です。そして現在建造中の遠征艇ですが、本部基地ほどではありませんが外装をトリオンで強化しており、計算上はイルガーの自爆1回分の衝撃を防ぐことができるそうなので極端に恐れることはありません」

 

恐れることはないと聞いて安堵のため息を漏らすオペレーター3人組。

 

「さあ、あまり時間もありませんので射撃訓練に入りましょう。ひとりに1挺ずつありますので、それぞれ持ってみてください」

 

生身の女性が使用することを前提としているため、ライトニングよりも軽量化したのだがそれでも2.5キログラムほどある。

しかし「負い紐(スリング)」が付いていて肩に掛けることができるようになっているので多少なりとも負担は減るだろうし、射撃の際の銃の安定感も得られるはずだ。

 

「今日は簡単な的当てをしてもらいます。普段狙撃手(スナイパー)が訓練で使用している的を50メートル離れた場所から撃ちます。このターミガンの射程距離は100メートルですから、いずれは100メートル離れた的に確実に当てられるようになってもらいます。ライトニング同様に弾速と速射性に優れていることで敵に命中させやすいですが威力は小さいですので、トリオン兵には効果はないと思ってください。でもトリオン兵相手なら本職の狙撃手(スナイパー)に任せておけば良いので気にすることはありません。それからターミガンはトリガーではありませんのでエネルギーは予め本体に充填しておくシステムで、それがなくなったら近くにいるトリオン能力者から自動的に吸収する形で補填します。最初の満タンの状態で50発撃てるので、50発全部撃ってみましょう。トリオンが100%から50%の場合は緑のランプが点灯し、50%未満になると黄色、残量25%になると赤いランプが点灯し、10%で点滅してゼロでランプが消えますので残弾はそれを目安にしてください。トリオンの再充填で満タンにするには約2分かかりますが、黄色ランプの状態になれば再び射撃できるようになります。訓練終了後、使った感じを寺島さんに報告し、調整すべきことがあれば彼にやってもらってください。なお、今みなさんが手にしているターミガンはあなた専用となりますので、返却時にはそれぞれがタグに名前を記入しておいてくださいね」

 

 

ツグミは実際の使い方と構え方をレクチャーし、国近、月見、栞の順にひとりずつ撃たせてみた。

思ったほど反動はなく、3名とも銃を撃つことが怖いという意識も持たずに済んだようだ。

 

「ではゆっくりとでかまいませんので、丁寧に1発ずつ的に当てるようにしましょう。最初のうちは真ん中に当てるのは難しいですけど、そのうちに慣れでできるようになります。なお、実戦で撃つ場合には遠征艇の中から艇の側面に開いている鉄砲狭間のような場所に銃身を固定して撃つので、銃身のブレはなくなりますし防御面でも安心ですよ」

 

近界(ネイバーフッド)遠征における遠征艇は砦としての機能がなければ意味がなく、艇を破壊されたらゲームオーバーとなる。

その砦を非戦闘員にも守ってもらうのだから彼女たちの安全の確保は必須で、艇の外に出なくても射撃できるように非常時には艇の側面にある「穴」から撃ってもらうことで防御の問題を解決した。

非戦闘員に戦わせることは極力避けたいものの「最悪の場合」は想定しておかなければならず、簡易トリオン銃の導入についての他、トリオンの補充方法、射撃をする際の安全面の確保など、すべてツグミのアイデアでそれを寺島が形にしたのである。

 

50発の的当ては順調に進み、終わりの頃には3名ともほぼ真ん中を撃つことができるようになっていた。

しかし充填してあったトリオンがゼロで「弾切れ」となり、一時手が止まる。

 

「では弾切れになった場合ですが、この銃床(ストック)の脇にある切り替えスイッチをONにします。そうすると近くにいるトリオン能力者のトリオンを自動的に吸収して弾の補充ができるようになります。みなさんもやってみてください」

 

ツグミは実際に自分のターミガンでスイッチの位置を教え、自動補充モードに切り替えた。

 

「このシステムは半径7メートル以内にいるもっともトリオン能力の高い人間からトリオンを集めますので、みなさんのトリオンを使うことにはなりません。射撃する時はトリオン値38の雨取隊員が()()範囲内にいるはずですから心配は不要です」

 

トリオンがゼロになったターミガンであったがスイッチをONにすることでツグミからトリオンを吸収して再充填が始まり、約30秒で黄色のランプが点灯した。

 

「このように非戦闘員であるみなさんにも自分自身の命を守るために銃を持ってもらうことになります。こちらは武器を用意しました。安全対策も怠りはありません。残るはみなさんの心構えだけです。訓練前にわたしが言ったように遠征では人を撃つことになるかも知れません。そのことを良く考えて『自分のやるべきこと』をやってください。…では本日の訓練はこれで終了です。お疲れさまでした」

 

ツグミは一礼すると訓練室を出て行き、隣の第2訓練室へと移動した。

 

 

◆◆◆

 

 

第2訓練室の観覧席の長椅子に修と千佳が並んで座って話をしていた。

談笑しているというのではなくふたりとも真剣な様子であったので、修が千佳に遠征に参加する意思表示をしたことでの周囲への影響や責任について説明をしているのだろうとツグミは思った。

 

(さっそくオサムくんはチカちゃんに話をしてくれているみたいね。チカちゃんに上手く気持ちが伝わってくれるといいんだけど、伝わったところで彼女だと行動に移すことができないのよね。承諾書の提出期限まであと2日。まだ誰かが何とかしてくれるなんて他力本願でいられたらマジで困るんだけどな…)

 

修たちに気付かれないように観覧席を退出したツグミがコントロールルームでスタンバイしていると間もなく忍田が入室して来た。

さっそくツグミは忍田に少々嫌味を込めて訊く。

 

「さっきのメールは何ですか? 『居残り組の訓練に付き合ってくれ』って、わたしは遠征部隊の訓練のアドバイザーを解任されたはずなんですけど、それは『本隊』の担当を外れただけだったみたいですね?」

 

「当然だ。遠征艇居残り組の訓練に関してはおまえに訓練メニューを組み立ててもらわないと何もできないだろ? それに私には自分のこと以上に私の身体のことを心配する可愛い()がいて、ただでさえ忙しい私にこれ以上負担がかかるようだと彼女が心を痛めることになる。私は彼女に心配をかけたくはないから、悪いとは思うが()()()()にはもうしばらく付き合ってもらおうと思っている」

 

「そうですね、いくら任務が最優先だといっても家族を心配させてはいけません。わたしがお手伝いすることで本部長が定時に帰宅して()()()の作ったご飯を食べることができるのなら、喜んでお手伝いしましょう」

 

「それは良かった。…ところでさっきのオペレーターたちへの簡易トリオン銃の射撃指導はなかなか堂に入ったものだったじゃないか。コントロールルームで見物させてもらったが、戦闘は素人の彼女たちに訓練初日であそこまで使えるようにしたのはおまえの指導の賜物だ」

 

「お褒めに預かり光栄です。褒められて嬉しいので、今夜の夕食はちょっと豪勢なものにしようかな、って気分になってきました。寄せ鍋のつもりでしたが、黒毛和牛のすき焼きに変更しようかしら?」

 

そう言ってはしゃいでいたツグミだが、時刻が14時になった瞬間に表情がガラリと変わった。

 

「さあ、開始時間になりました。始めますよ。本部長はそこで座ってご覧になっていてください」

 

 

続いて千佳に呼びかけた。

 

[訓練開始時間です。雨取隊員は戦闘体に換装して訓練室に入ってください]

 

千佳を訓練室へ入室するよう促すと、コントロールパネルを操作して草原の広がるマップを展開した。

ゼノンたちの話ではアフトクラトルでは首都と貴族が支配する城郭都市以外の土地は畑か草原か荒地だということなので、これはごく当たり前の風景である。

マップの中央にある小高い丘の上に遠征艇が停まっていて、周囲は数キロ先まで見渡せるというものだから、ランク戦などで通常使用している住宅地や工場地帯といったマップとはまったく印象が違う。

千佳はその光景をぽかんと口を開けて見回していた。

 

[訓練内容は遠征艇に接近するトリオン兵、トリガー使い、簡易トリオン銃を持つ一般兵から遠征艇を守るという()()()ものです。本隊メンバーが出撃している間、遠征艇には戦闘員がいなくなります。冬島隊長は特殊工作兵(トラッパー)ですから直接戦闘には参加しませんし、寺島さんは元攻撃手(アタッカー)ですが、現在は技術者(エンジニア)ですのでそちらをメインにやってもらいます。オペレーターたち非戦闘員は簡易トリオン銃の訓練をしていますが、それはあくまでも自分自身を守るため。つまり居残り組で主戦力となるのはあなたで、あなたには遠征艇を守る義務があります。そこであなたには特別メニューの訓練を受けてもらうことになりました。あなたの装備している武器(トリガー)をどのように使用してもかまいません。制限時間の60分間、敵を絶対に遠征艇に近付けないようにしてください。敵は遠征艇を破壊しようとして攻撃をしてきますが、艇が一定のダメージを受けるとそこでおしまい。さらに遠征艇の20メートル以内に接近されてもゲームオーバーになります]

 

ルールを説明した後に()()()()()()重要なことを付け加えた。

 

[なお、敵トリガー使いはすべてノーマルトリガーのみ使用。そして戦闘体で戦いますから即死することはありません。しかし一般兵は生身の兵士で攻撃を受ければ怪我をしますし、場合によっては死亡します。この訓練でも撃たれたら怪我をしたり死にますから、そのことを頭の中に入れて戦ってください。もちろんこれは仮想空間での訓練ですから本当に人が死ぬわけではありませんけど。今から10分間、どのように戦うのか考える時間を与えます。始まってしまえばゆっくり考えている暇などありませんから、この時間を有効に活用してください。以上です]

 

たったひとりで心細い思いをしているであろう千佳に対してツグミは淡々と事務的に説明をする。

それを聞いていた忍田は少々不安になってツグミに訊いた。

 

「ちょっと厳しすぎやしないか? たったひとりですべての敵を排除するなんて彼女には初めての経験だろ?」

 

「いいえ、厳しすぎるなんてことはありません。わたしが東さんから狙撃の技術を学んでいた時、似たような訓練をしましたよ。草原の真ん中の身を隠す場所もない状態で、出現するトリオン兵と人型近界民(ネイバー)を制限時間もなく延々と撃ち続けるという訓練をやらされたのは正式に狙撃手(スナイパー)用トリガーを持つようになって間もない頃でした。わたしが12歳の時です」

 

「それはおまえがその訓練に耐えられると東が判断したからであって、それをそのまま雨取にさせるのは無理だろ…」

 

「ですがわたしの時とは違って制限時間は60分間と決まっていますし、初回ですから簡単で楽なものにしています。狙撃手(スナイパー)歴1週間のわたしにできたことが狙撃手(スナイパー)歴3ヶ月の彼女にできないわけがありません」

 

そんな会話をしていると千佳から通信が入った。

 

[あの…訊きたいことがあるんですけどいいですか?]

 

[はい、どんなことですか?]

 

[敵はどこから来るんですか?]

 

[何をバカなことを訊くのよ? 敵がどこから攻めて来るかなんてわかるはずがないでしょ? まあ、今回は特別に教えてあげる。遠征艇から見て南西方向からだけに設定してあるわよ]

 

[じゃあ、わたしはどこから攻撃すればいいんですか?]

 

[そんなことは自分で考えなさい。考える時間を与えたんだから今のうちに自分で適当な場所を探しておくのね]

 

ツグミが冷たく突き放すように言うものだから、千佳はしゅんとしてしまう。

 

[くだらない質問をする暇があったら自分の頭を使いなさい。いつでも誰かが手助けしてくれるわけじゃないんだから。通信、切るわよ]

 

苛立たしげに通信を切ったツグミは大きくため息をついた。

 

「はぁ…。何か困ったことがあると自分で考えるということをせずに他人に訊こうとする。悪い癖だわ。もっとも彼女に限らないことだけど。だから今日は彼女に時間を与えてゆっくりと状況判断をして()()()考えてもらうことにして、さらにひとりでいることの不安に耐える根性を鍛えてもらおうと思ってこの訓練内容を考えたんです。まあ、見ていてください」

 

ツグミはきっちり10分経過すると千佳に伝えた。

 

[訓練開始! 今から60分間、全力で任務遂行してください]

 

 

 

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