ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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238話

 

 

第3弾のトリオン兵はバンダー2匹、モールモッド3匹、バド3匹の合計8匹である。

千佳はバドが上空を旋回する前に落としてしまわないと面倒だということはわかったようだがアイビスでは撃ち落とすことはできず、ある程度まで接近させてからのライトニングという手段しかないとなるとタイミングが難しい。

モニター画面に映し出される千佳の表情はどういう順番で倒せば良いのかわからないといった困惑のもので、迷っているうちにトリオン兵はどんどん近付いて来る。

 

「ボーダーの本来の任務は三門市にやって来るトリオン兵から市民を守ることで、人型近界民(ネイバー)を相手に戦うことは滅多にありません。だからトリオン兵の特性を正しく理解し、出現した場所や周囲の状況と照らし合わせて最適な武器(トリガー)を使用して速やかに殲滅することが重要です。それなのに玉狛第2の新人はB級ランク戦で勝ち抜いて遠征に参加することしか考えていなかったものだから、トリオン兵のことを何も知らず、倒す効率的な手順がわからないでいるようです。人を撃ちたくないと言いながら人を相手にした模擬戦しかしてこなかったためにトリオン兵の倒し方がわからないんですね。人が羨むほどのトリオン能力を持っていながらもまったくもってダメダメじゃないですか」

 

ツグミの言い分はもっともなものである。

ボーダーは近界(ネイバーフッド)からの侵略者と戦う組織であり、主たる敵は市民をさらおうとするトリオン兵だ。

人型近界民(ネイバー)と戦うことになるのは非常に稀なことで、入隊して2年以上経つ米屋でさえも人型とは旧弓手町駅で遊真と戦った時が初めてであった。

それくらい人型と戦うことは滅多にないというのに普段の訓練では対人戦闘ばかり。

慣れてくれば対トリオン兵の特別な訓練などしなくても日常の防衛任務等の実戦経験から身に付くものだが、C級やB級になったばかりの隊員ではその経験がないから突然の事態に対してパニックになってしまうのだ。

千佳がトリオン兵を相手にしたのは大規模侵攻の際にアイビスでラービットを撃った時くらいで、正隊員になってからは市内巡回でもトリオン兵に遭遇することはなかったから、バンダーやモールモッドなどを倒すのはこれが初めての経験と言える。

 

「普段の訓練が対人戦闘ばかりだからこうなるんです。もちろん対人戦闘訓練も必要ですけど、対トリオン兵の訓練をないがしろにしても良いというものではありません。現にこうして雨取隊員は対トリオン兵の訓練をしていないから『倒す()()』ができずにいます。今後の戦闘訓練では対トリオン兵も含めた内容で行うべきだとわたしは考えます」

 

ツグミがあまりにも千佳のことを罵倒するものだから、修はもうこれ以上は我慢ならないといった顔で立ち上がって叫んだ。

 

「それなら霧科先輩はこういう状況でどう戦えと言うんですか!? 遠征艇を守りながらひとりで何匹ものトリオン兵を倒すんですよ。先輩は新人だった頃にこんな難しい訓練をやったと言うんですか!?」

 

「あら、難しいかしら? わたしが12歳で狙撃手(スナイパー)になったばかりの時に同じようなシチュエーションの訓練をした経験があるから、こうして雨取隊員にもやってもらっているのよ。草原の真ん中の身を隠す場所もない状態で、出現するトリオン兵と人型近界民(ネイバー)を延々と撃ち続けるという終わりの見えない訓練だったわ。あの頃は第一次近界民(ネイバー)侵攻の経験から対人よりも対トリオン兵の訓練がメインで、何度も繰り返したからどのトリオン兵がどんなスピードで進軍してくるかとか、どんな動きをするのかとか、装甲強度がどれくらいだから武器(トリガー)はどれを使うのがベストなのかなど考えることもなく自然と身体が動くようになったわね」

 

「……」

 

近界(ネイバーフッド)遠征になんて行かなければ別にこんな訓練をしなくてもいいのよ。でも行きたいと言うならやるべきことをやってもらわなきゃ。この遠征の責任者は忍田本部長で、その本部長からわたしは訓練を任されているの。文句があるなら本部長に上申してわたしを辞めさせればいいわ。ほら、今ここにいるんだからやってみなさい」

 

忍田をちらりと見るが、何も言えない修。

 

「あなたはわたしに『こういう状況でどう戦えと言うんですか?』と訊いたわね? じゃ、教えてあげる。…この訓練では制限時間が60分間で、その間に出現するトリオン兵や人型近界民(ネイバー)から遠征艇を守るというもの。艇が一定のダメージを受けるとそこでおしまい。さらに遠征艇から20メートル以内に接近されてもゲームオーバーだと言ってあるわ。それはあなたも聞いて知っているわよね?」

 

「はい」

 

「遠征艇を守るためにはトリオン兵を排除しなければならない。何とかして倒さなきゃって頭の中が混乱しているみたいだけど、トリオン兵の特性を知っていれば倒す順番は簡単にわかるわ」

 

「だから砲撃をするバンダーを先に倒して、それからモールモッド、バドという順番になるんじゃありませんか? バンダーの砲撃で遠征艇が破壊されたらそこでおしまいですし、モールモッドは鋭い(ブレード)を使う近距離攻撃をしますから近付けたら絶対にダメです。でもバドは攻撃をしないから後回しでもいいと思います」

 

修が当然のように答えるが、ツグミは呆れたといった顔で首を横に振る。

 

「わかっちゃいないわね。バンダーはそこに停まっているだけの遠征艇ではなく、攻撃をする雨取隊員を優先して砲撃するのよ」

 

「?」

 

「だから彼女が遠征艇の上にいて狙撃をするから、バンダーは彼女とその足元にある遠征艇を狙って砲撃することになるの。つまり彼女が艇から離れた場所でバンダーを狙撃すれば、バンダーは艇ではなく彼女を狙うようになる。モールモッドも同じ。モールモッドは動く物体、つまり人間を襲うから、艇から離れた場所にいれば艇は攻撃を受けない。彼女が艇の上にいるから艇が危険な目に遭うのよ。周囲の状況を確認するために艇の上という高い場所に乗るのは正しいけど、守るべきものの真上で戦うなんて愚策中の愚策だわ」

 

「あ…」

 

「バンダーの砲撃は強烈だけど射線は丸わかりだから回避は簡単。そうやってバンダーを避けながら先に速度が最も早くて先に近付いて来るバドをライトニングで撃ち、次にアイビスでモールモッドを倒す方が効率は良い。バンダーは砲撃を避けることができれば倒すのは最後でかまわないのよ。ただしバドに手間取っているとモールモッドに接近されてしまうから、本当ならイーグレットで早いうちに撃ち落としてしまうべきなんだけど、彼女はセットしていないからライトニングの射程に入るまで待たなければならない。その間にモールモッドも接近して来るからどっちを先に始末すべきか迷うことになるのよね…」

 

千佳以外の正隊員の狙撃手(スナイパー)は全員イーグレットを装備しているが、理由はイーグレットが威力・射程・弾速のバランスが良く万能型の狙撃手(スナイパー)用トリガーであるからで、それをランク戦で勝つためだけに捨ててしまい、ランク戦が終わったのに再装備していないのだから愚かとしか言いようがない。

ツグミの言うようにイーグレットがあれば射程は伸びるし、バドだけでなくバンダーやモールモッドも弱点の()を狙うことで簡単に倒せるはずで、それほど苦労せずに済むのだ。

 

ツグミたちが見守っている中、千佳はバンダー1匹を砲撃前にアイビスで沈めたが、もう1匹の砲撃を受けてしまい遠征艇は大きく揺れた。

その揺れで彼女は地面に落下し、地面の上で態勢を整えてバンダーを撃とうとするが動きがノロノロとしていたものだから再び砲撃を食らってしまう。

彼女は両防御(フルガード)で自らの戦闘体を守るものの、砲撃を受けたショックで立ち上がることができずにいた。

 

「ああ、もうグズグズしていたらバドとモールモッドが近付いて来ちゃうじゃないの! いくら遠征艇の外壁を頑丈にしたところで何度も砲撃を受けたら無事じゃ済まないわ! バンダーの砲撃を受けて無傷なのはさすがにトリオンモンスターだけど、本来なら砲撃を受けちゃダメなのよ!」

 

ツグミがモニター画面の中の千佳に叫ぶのだが、千佳はパニック状態となり戦闘不能に陥り、結局モールモッドに接近されてもなすすべがなくそこでゲームオーバー。

人型を出すまでもなく訓練終了となってしまったのだった。

 

 

 

 

ツグミと忍田、千佳と修の4人がコントロールルームで反省会をすることになった。

しかし結果が最悪なものであったから千佳の落胆っぷりは尋常なものではなく、修も励まそうとしても彼女に良い点がまったくなかったのだからどうしようもない。

 

「では、反省会を行います。まずは雨取隊員、今日の訓練で自分がダメだったと思うことを言ってください」

 

ツグミに促され、千佳は恐る恐る口を開く。

 

「わたしはこういった訓練は初めてで、トリオン兵を倒すのも初めてだったので、同時にたくさんのトリオン兵が現れたことで頭がいっぱいいっぱいになってしまいました。なのでバンダーとモールモッドとバドの3種類のトリオン兵をどういう順番で倒せば良いのかわからなくて、最後にはモールモッドが遠征艇に近付いてしまって…訓練終了になってしまいました」

 

「つまり冷静さを失っていたからパニックになってしまい、本来の力が出せなかったということかしら?」

 

「…はい」

 

小さく頷く千佳に対し、ツグミは嫌味っぽく大きくため息をついて言う。

 

「あなたは近界民(ネイバー)と戦うということの本質的な部分が何もわかってはいない。あなたがB級になれたのは、あなた自身の実力ではなく上層部の斟酌によるもの。三雲隊長がB級になれたのと同じで、あなたの努力が認められたのではなく、ボーダーの都合によるものなのよ。それを自分の力だと勘違いして、強くなったと思い込んでいたのは大きな間違い。たしかにB級ランク戦では2位になったけど、それはボーダーのルールで戦った上での結果。その結果が近界民(ネイバー)との戦いに通用するものじゃない。近界民(ネイバー)との戦いはトリオン兵と人型を組み合わせたもので、トリオン兵を倒すことができなければ何の意味もないのよ」

 

「……」

 

「大規模侵攻をきっかけにB級になったあなたはB級ランク戦で上位2位までに入ること()()を考えて対人戦闘訓練しかやってこなかった。まあ、あなただけじゃなく他の隊員も対トリオン兵の戦闘訓練はしていないけど、ベテラン隊員たちは日常の市内巡回での実戦を経験している。あなたはそれすらないから、トリオン兵に対する戦闘経験がない。ないのに近界(ネイバーフッド)でトリオン兵と戦うことを前提とした遠征に参加するのだから、せめて並の隊員レベルでトリオン兵を倒せるようになってもらわなければ困るわ」

 

「……」

 

「あなたは『冷静さを失っていたからパニックになってしまい、本来の力が出せなかった』ということだったけど、じゃあ冷静でいられたら本来の力が出せたということよね? だったら今からさっきとまったく同じ条件で戦闘を行ったら大丈夫ってことかしら?」

 

「それは…」

 

自信がないのか、千佳は口ごもってしまう。

 

「トリオン兵が現れるタイミングと種類と数…全部わかっていれば対処できるというのなら、もう一度やってみる? でもあなたは同じところで躓くことになる。それはあなたがトリオン兵のことを何も知らないから。そしてトリオン兵と戦うという準備ができていないから、わたしは訓練開始時点でゲームオーバー確定ってわかってたわ」

 

「どうしてですか?」

 

これまですっかり萎縮していた千佳が初めて顔を上げてツグミを睨みつけた。

 

「訓練開始時にあなたがアイビスを抱えていたから」

 

「アイビスを使ったらダメなんですか?」

 

「ダメってことはないけど、いつどんなトリオン兵が現れるかわからない場合、イーグレットを起動しておくのがセオリー。だってイーグレットならどんな状況でも対応しやすいから。それを使わないのはトリガーにセットしていないからでしょ? B級ランク戦で鉛弾(レッドバレット)を使いたいがためにイーグレットを追尾弾(ハウンド)と交換している。そしてそれ以来あなたはイーグレットを使っていないのだから、トリガーセットはB級ランク戦の時のままだと判断したわ。わたしの推理、間違ってる?」

 

「いいえ…」

 

「今日は遠征参加者対象の短期特別訓練を行うと事前に言ってあったのに、その準備ができていないのだから『これはダメだ』って思うのは無理ないでしょ? そして実際にダメだった。アイビスとライトニングは特定の標的(ターゲット)に特化した狙撃手(スナイパー)用トリガー。こういう場合は万能型のイーグレットを1本持っている方がアイビスとライトニングの2本持ちよりも役に立つものよ。たしかにバンダーみたいな大型トリオン兵に対してはアイビスが適しているでしょうけど、バンダーだって砲撃直後の()を狙えばイーグレットで十分倒せる。モールモッドも同じ。バドも接近させずに撃つことができれば、同時にモールモッドを相手にしなくて済む。あなたは射程の短いライトニングを使おうとしたから、モールモッドとバドのどちらを先に倒すべきか判断できなかったじゃないの?」

 

「……」

 

「それとあなたはなぜバンダーを先に倒そうとしたの? バンダーは進行速度が遅いから後回しにしてもいいのに」

 

「バンダーは遠距離からの砲撃がありますから、先に倒さないと遠征艇を破壊されてしまいます。だから…」

 

「だったらバンダーが遠征艇を攻撃しないようにすればいいだけじゃないの。第3弾のトリオン兵はバンダー2匹、モールモッド3匹、バド3匹だったけど、あなたが艇の上からバンダーを狙撃したことで1匹目は倒せたけど、2匹目の砲撃を受けてしまった。これはバンダーが遠征艇ではなくあなたを狙ったからで、その足元にあった艇はあなたの巻き添えを食ったようなものなのよ」

 

「え?」

 

「トリオン兵はプログラミングされたロボットのようなもの。モールモッドは動くもの、つまり近くにいる人間を攻撃する。一方バンダーが攻撃する最優先の標的(ターゲット)は自分を攻撃してくる対象だから、あなたが遠征艇から離れた場所でバンダーを攻撃すれば、バンダーは艇ではなくあなたを砲撃する。あなたは射線から逃れる回避行動をするか両防御(フルガード)で身を守った直後に奴の()を撃てばいい。ううん、バンダーは後回しにしておいた方が良いわね。動きの鈍いバンダーよりも速度の早いバドか近寄られたらおしまいのモールモッドを先に始末すべきだから。この時にイーグレットなら射程が長いから早いうちにバドを撃ち落とし、次にモールモッドでも十分間に合うはず。そして最後に落ち着いて残り1匹のバンダーを倒せばおしまい。あとは人型が現れるのを待つだけ。人型はトリオン兵と違って行動が読めない部分はあるけど、それでもトリオン兵を全部片付けておけば戦闘は楽になるわ。もっともあなたは人を撃ちたくないといってライトニングでの鉛弾(レッドバレット)狙撃だけしかできないでしょうけど」

 

「……」

 

「わたしにいろいろ酷評されたことが悔しかったなら、これを使ってもう一度やってみなさい」

 

ツグミはそう言って千佳にトリガーを手渡す。

 

「これにはメインにイーグレットとシールド、サブにはシールドだけがセットしてある。つまり攻撃はイーグレットだけで、防御は両防御(フルガード)ができる。4年前にわたしがこの訓練をやった時はこの組み合わせだけだったから、あなたにできないはずがないわ。わたしの言ったことを頭の中に入れて戦ってみれば気が付くことがあるはずよ。それとも自信ない?」

 

「…やります!」

 

ツグミが煽り立てるように言うと、トリガーをギュッと握って千佳は立ち上がった。

 

「いい覚悟ね。じゃ、あなたが訓練室に入ったら始めるわよ。今度は30分の待機時間なしですぐに第1陣のバンダーとモールモッドを出すから、あなたの準備ができたら合図してちょうだい」

 

「わかりました」

 

千佳を焚きつけることに成功したツグミはにやりと笑う。

 

「これでトリオン兵を倒せないのであれば、それは純粋に彼女の腕が劣っているということ。そっちは自主練習でなんとかしてもらうしかないわね」

 

ツグミはそう呟くとコントロールパネルを操作して再び訓練室をアフトクラトルの草原に変えた。

 

 

 

 

千佳の準備完了の合図と同時にさっきの訓練と同じくバンダーとモールモッドが1匹ずつ現れた。

もう同じ轍は踏むまいと、千佳は遠征艇から30メートルほど南側へ狙撃地点を移動し、イーグレットの射程に入るとすぐにバンダーを撃った。

それは()を撃ち抜くことはなかったが、これでバンダーは千佳を標的(ターゲット)と定めたわけで遠征艇は砲撃を受けることはない。

さらにモールモッドも同様に彼女に向かって突進して来る。

バンダーは千佳を射程に捉えると砲撃を開始するが、射線は丸わかりであるから回避するのはそう難しくない。

そしてゆっくりと落ち着いて狙いを定め、モールモッドを一撃で撃破。

続いてバンダーに砲撃をさせ、その直後に()を撃ち抜いて第1弾目のトリオン兵は全滅した。

第2弾はバンダー1匹とモールモッド2匹にバド1匹の合計4匹で、これもバンダーを狙撃して自分を狙うようにし、バドを撃ち落としてからモールモッド2匹、最後にバンダーを倒した。

第3弾のトリオン兵はバンダー2匹、モールモッド3匹、バド3匹の合計8匹である。

数は増えたものの倒す手段と順番は変わらず、落ち着いて対処すれば何の問題もない。

 

「イーグレット1本で十分に活躍しているじゃないですか。トリオン兵の特性を知れば自分が何をどうすれば良いのかすぐに判断して行動に移すことができる。やっぱり普段から対トリオン兵の訓練も行うべきですね。近界(ネイバーフッド)遠征に参加したいという意思があるなら尚更です。極秘に潜入しての調査であっても現地の近界民(ネイバー)と本格的な戦闘にならないとは言い切れませんから。いつも部隊(チーム)で行動していて役割分担をしながら戦っていると、いざ単身で戦うことになったらどうして良いのかわからないということにもなりかねません。4年前にわたしがこの訓練をした頃はまだ新体制のボーダーが発足したばかりで隊員の数が少なかったですから部隊(チーム)で連携して戦うということよりも単独での戦闘の訓練が多かったです。そのせいでいつの間にかわたしは何でもひとりでOKの完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)になっていました。すべての隊員にそうしろとは言いませんが、せめて単身であっても複数同時出現のトリオン兵を片付けられるような力は持っているべきですね」

 

千佳の奮戦の様子を見ながらツグミは言う。

 

「実戦でこんなことが起きるはずがないと思えるようなシチュエーションでの訓練も行っておけば、どんな状況に陥っても慌てずに行動できるものです。なにしろ東さんはわたしに容赦しなかったですからね。この訓練は制限時間がありますが、わたしの時はそれがなくて結局2時間半近くずっとトリオン兵やら人型を撃ち続けていました。その2時間半だって市内巡回の任務の交代だから打ち切りにしただけで、それがなかったらいつまで続けていたわかりませんでしたよ」

 

仮想訓練システムが完成したことで、トリオン消費がないからと訓練を延々と行えるようになっていた時期のことだ。

このシステムのおかげで防衛隊員は飛躍的に成長し、以後入隊した新人隊員も目覚しい成長を遂げるようになって現在に至るというわけである。

 

「この訓練が終わったら三雲隊長は雨取隊員と相談してトリガーセットを再考してください。もちろん今度は近界(ネイバーフッド)遠征、対人・対トリオン兵両方に効果のある組み合わせでお願いします。いいですね?」

 

「はい、わかりました。…それからさっきは失礼なことを言ってすみませんでした」

 

頭を下げる修にツグミは言う。

 

「別に気にしてはいないわよ。それにこれからもわたしは彼女に対してビシビシいくから。でも厳しく接する理由があることはわかってもらえたと思うの。だからいちいち腹を立てないでね」

 

「はい」

 

仮想戦闘フィールドでは千佳がなんとか全部のトリオン兵を撃破したことで訓練を終了とした。

コントロールルームに戻って来た彼女の表情はさっきのものとは大違いで「大仕事をやり遂げた」といった満足感で嬉しさが溢れている。

 

「お疲れさま。武器(トリガー)をイーグレットに変えただけでさっきとは違って戦いやすかったでしょ?」

 

「はい。イーグレットなら射程が長いので早いうちに撃つことができるので、失敗してももう一度撃つ時間的余裕があります。それにバドはライトニングだと何発か撃たないと落とせませんが、イーグレットなら当たれば1発で落とせます。狙撃手(スナイパー)のみなさんがイーグレットを使用する理由がわかりました」

 

「それは良かったわ。ところでわたしがあなたにアイビスではなくイーグレットを使用させた理由がもうひとつあるんだけどわかるかしら?」

 

「…わかりません」

 

千佳は少し考えたが思い浮かばなかった。

そこでツグミは真剣な眼差しで千佳に言う。

 

「あなたの並外れたトリオン能力がアフトクラトル側にバレたのは、大規模侵攻であなたがラービットに襲われた時にアイビスで反撃したことでそのトリオン反応をハイレインたちに察知されてしまったからだと思うの。それ以外に思い当たる節はないから。それなのに奴らの本拠地でまたアイビスを使ってみなさい。そうしたら金の雛鳥(あなた)がアフトクラトルに来ていることがバレちゃうのよ。そしてまたあなたを捕らえようとして遠征艇を狙ってくることになる。そうなるとマズイでしょ? だからアイビスではなくイーグレットを持たせたのよ。本隊メンバーの選抜試験で迂闊に緊急脱出(ベイルアウト)を使うと遠征艇の場所がバレてしまうことを教えたのと一緒。便利なものでもそれを使うことで敵にとって都合の良い情報を与えてしまうことにもなりかねない。そういうことなのよ」

 

「わたし、そんなこと考えてもみませんでした。でも言われたらそのとおりだと思います。わたしが戦うということは遠征艇に危険が迫っているということで、わたしがいるとわかればもっと戦力を投入して戦いは激しくなるということが今のわたしなら想像できます」

 

単に言葉で説明されても理解しにくいことは多いが、実際に経験してみると良くわかるものだ。

ツグミの指導方針はそれで、まず経験させてみてダメな点を悟らせ、そして本人の意思で改善させていく。

千佳もバカではないからツグミの言いたいことは理解できたようで、これで難関のひとつをクリアできたことになる。

 

「うん、今日はトリオン兵を倒すところまでしかできなかったけど、もうこれで複数のトリオン兵が現れても武器(トリガー)と心の準備大丈夫よね? 次回は人型と戦う訓練をすることになる。あなたが未だに人を撃ちたくないという気持ちがあることはB級ランク戦の最終戦を見てわかったわ。だけど近界(ネイバーフッド)ではそんな甘えは許されない。…まあ、ノーマルな弾で人を撃てと言って撃てるかどうかわからない状態よりは鉛弾(レッドバレット)狙撃の精度を上げた方が手っ取り早い気がするの。次の訓練は23日、日曜日のこの時間だからそれまでに遠征用のトリガーセットを考えておいてちょうだい」

 

「はい、わかりました」

 

「だけど保護者の承諾書を22日までに提出できなかったらあなたは遠征に参加できないことになる。そのことを忘れてはいないわよね?」

 

「…はい」

 

「もし承諾書を提出しなかったら23日の訓練は中止になるわよ。もちろんそれ以降も訓練はなし。だって遠征に参加できないなら訓練の必要はないもの。あなたが参加できないとこの遠征計画は大幅に変更し、延期になるのはほぼ間違いない。あなたの存在がこの遠征計画の要となっているからどうしても参加してもらわなければならないんだけど、保護者が反対するならボーダーはどうすることもできないのよ。あなた以外の未成年の参加希望者は全員が親を説得してサインを貰ってきた。三雲隊長だってもう承諾書を提出しているわ。それは他の隊員の保護者が遠征の危険性を知らないで暢気に構えているのではなく、子供のことを心配していないのでもなく、遠征に参加したいという強い気持ちを自分の言葉で説明をして理解してもらえたからなの。だからあなたも自分の気持ちをご両親に知ってもらい、絶対に生還するって覚悟を見せなさい。この説得は誰かに頼ってはいけない。自分の力だけで解決しなければならないことで、誰かを頼ろうと考える弱い気持ちがご両親の不安の種にもなるのよ。あなたはひとりでは何もできない。そんな娘が近界(ネイバーフッド)なんていう危険な場所で戦争をするなんて無理に決まっているって思われてしまう」

 

「……」

 

「あなたがこの遠征計画においての自分の立場を理解しているなら、どんなことをしてでも承諾書にサインをしてもらわなければならないこともわかっているわよね? これまでのように『できません』『やりたくありません』で済まされる問題じゃない。ご両親との関係は良好なものではないんでしょうけど、今回のことは逃げて済まされることではない。正面からぶつかって、きちんとご両親を納得させてサインを貰って来なさい。やり方を間違えるとボーダーを辞めさせられるかも知れないのだから慎重にね」

 

「自信はありませんがやってみます」

 

消極的な態度だが、ここまで言われたらいつものように逃げることはできない。

千佳は両手の拳をギュッと握って歯を食いしばる。

そんな彼女なりの決意の表れをツグミは嬉しく思うのだが、手放しで喜ぶことはできない。

いくらやる気を出しても結果が伴わなければ意味はないのだから。

 

 

 

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