ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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【ご注意】

拙作はオリジナル設定や独自解釈が多いものとなっております。
240話ではヒュースの主人であるエリンの話が登場します。
しかしこの「エリン」はファミリーネームで、ハイレインたちの「ベルティストン」と同じものですから、勝手にファーストネームを付けさせてもらいました。
さらに彼には夫人と息子がいる設定で、ほんの少しですが彼の人柄を創造してみました。

この作品では原作の第196話(コミック22巻)の時点までは原作沿いで進めてきましたが、その先は完全にオリジナル展開にしていますので、原作の設定・展開と矛盾が出て来るでしょう。
その点は「二次小説」ですのでお許しくださいませ。





240話

 

 

ツグミとヒュースと林藤の「三者会談」は極秘扱いのものであったから、林藤に頼んで玉狛支部のメンバーには何らかの理由を付けて全員に外へ出て行ってもらっている。

話の内容はもちろんのこと、ツグミはヒュースと接点を持ったこと自体を知られたくはないのだ。

しかし会談を行う前に、ツグミは林藤に事情を説明して「味方」になってもらわなければならない。

これから彼女がやろうとしていることは忍田と迅には相談できないこと ── このふたりに知られたら絶対に反対されるという確信がある ── で、唯一第三者の立場となって正しいか否か判断してくれるのは林藤だけだと信じているからだ。

もっともここで林藤に反対されてしまったら元も子もないのだが、その場合は「最後の手段」が残っている。

 

 

ツグミは支部長室で待っていた林藤に自分の「計画」を打ち明けた。

もちろんすべてを話したわけではないが、協力を求めるのであればかなりディープなところまで教えなければならず、内容を聞かされた林藤はツグミのやろうとしていることが途方もないことで、普通の人間なら考えもしないことだから驚いてしまい言葉がなかった。

そしてしばらくして口から出た言葉はツグミの想像していたものだった。

 

「そりゃ、忍田や迅に反対されるだろう。俺だってすぐに賛成…とは言い難い計画だからな。だけどどうして俺にだけは話してくれたんだ? 俺だっておまえの親父のつもりでいるんだぞ。忍田みたいに頭っから反対されるとは思わなかったのか?」

 

林藤が半分呆れたといった顔でツグミに訊いた。

 

「わたしが信頼できて何でも相談できる相手は林藤さんなんです。理由はとても簡単。必要とあらば個人的な感情を捨てて現実的判断ができる理性的な人物だと判断したからです。真史叔父さんは姪のわたしのことを実の娘として大切に育ててくれましたが、わたしがボーダー隊員になったことを後悔しているようなんです。ですからわたしのことをボーダー隊員というよりも娘として扱うことが多く、わたしがボーダーのためになることをしようとしても、わたし自身が危険な目に遭うとなれば絶対に反対します。つまりボーダーの利益よりも自分の娘を選ぶわけです。一方、あなたは父親のようにわたしのことを慈しんでくれましたが、一歩退いた位置にいますから感情的にならず冷静に判断ができるので、正しいことであれば賛成してくれるでしょうし間違っているなら反対する。反対するにしても真史叔父さんのように『危険だからダメだ』としか言わないのではなく、きちんと理由を説明してわたしを納得させてくれます。わたしは子供の頃から林藤さんの方が大人として常識人だと思っていました」

 

「なんだ、『世界で一番素敵な男性は真史叔父さん』だとか言っていたのは嘘だったのか?」

 

「いいえ、それは事実です。でも大人としては林藤さんの方がずっと上ですよ。真史叔父さんは典型的な親バカですから。まあ、そんなあの人のことがわたしは大好きなんですけどね。…それはともかくさっきの言い方だと賛成とは言えないまでも反対ではないということですよね?」

 

「まあな。条件付き賛成、といったところだ。なにしろやろうとしていることの意味や成功した時の効果の大きさは理解できる。しかしだからといっておまえがそこまでする必要があるのか? おまえがやろうとしていることはアフトへの遠征部隊に参加するよりもはるかに危険なんだぞ。いや、これまで俺たちが経験したことのない未知の国をひとりで相手にするなんて、俺が忍田の立場なら絶対に反対だ。あいつの気持ちは良くわかるんだが、おまえの気持ちもわからなくはない。おまえがボーダーと仲間のためにやれることをやりたいという気持ちも大事にしたいと思うから条件付きとしたわけだ」

 

「その条件とは?」

 

「おまえの身柄の安全確保だ。俺はおまえの親父のつもりでいても法的な保護者ではないから、最終的な判断は忍田に任せるしかない。したがってあいつを説得できるだけの『安全』という保証がなければ何もできないってことだ。そうなるとあいつを安心させられるだけの根拠となるものを示すことが必要となるがそれはどうするつもりなんだ?」

 

「今のところ確実なものは何もありません。どれも相手の善意や誠意を信じるしかなく、わたしを利用しようとか騙そうとしているのならすべてが水の泡となるでしょう。命にも関わることですから真史叔父さんが反対するのは無理もないんです。でもわたしだって自分の命を無駄に捨てる気はありませんから無謀な賭けはしません。勝ちが見込めるからこそ行動しているんです。その第一段階としてヒュースから話を聞くことができればふたつある道のひとつに絞ることができ、その計画を進めることができます。もしダメならその時はもうひとつの計画に専念するつもりでいます」

 

「とにかくまずヒュースと話をさせろということか…。いいだろう、好きにやってみるんだな」

 

「ありがとうございます!」

 

まずはヒュースと話をする許しを得たことで最初のハードルを越えたことになる。

しかしこれはツグミの長い旅の始まりに過ぎないのだ。

 

 

 

 

林藤の「今日は天気が良くて暖けぇから屋上でいいだろ」というひと言で「三者会談」は屋上で行うこととなった。

理由がわからずに林藤から呼び出しをされたものだからヒュースは少々ご機嫌斜めであったが、ツグミの顔を見るとますます不機嫌そうな顔になった。

 

「ツグミ、何の用だ?」

 

「何の用だとは随分なご挨拶じゃないの。まあ、こっちも忙しい身だからビジネスライクにさっさと用件を済ませてしまいましょうか。話の内容はあなたにとっても重要なことだから、本気で考えて答えてちょうだい、いいわね?」

 

ツグミの真剣な目に気圧されて、ヒュースは黙って頷いた。

 

「アフトクラトルへの遠征計画は徐々に進んでいるわけだけど、その中であなたの役割はボーダーのメンバーをアフトクラトルへ導く案内役。よって現地に着いてしまえばあなたはお役御免となって、あなたはご主人様のエリンさんのところへ真っ先に駆け付けることになるのよね?」

 

「当然だ。俺は自分が本国へ帰還するためにボーダーを利用するだけだからな。そしてエリン家のために戦うことが俺の役目。今、あの方は危機に瀕していて、本来俺はこんな場所で暢気にしてはいられないのだ」

 

「それってエリンさんがアフトクラトルの『神』候補になっているからよね? それはエネドラッドの情報で知っているわよ。チカちゃんを連れ去ることができたらその話は立ち消えになったんでしょうけど失敗したのだからその神候補の話は再燃しているはず。そうなった時のことを考えていたハイレインがエリンさんのことを守るあなた邪魔だから玄界(ミデン)に置いてけぼりにされたって聞いている。このままじゃエリンさんが犠牲になってしまうわけだけど、あなたがアフトクラトルに帰還したからといって彼を守る手立てはあるの? あなたやエリン家の家臣たちの戦力でハイレインたちを倒すことは可能なのかしら?」

 

「それは…」

 

ヒュースは一日も早くアフトクラトルに帰還することしか頭になかったものだから、その先のことまで考えてもいなかったので答えに窮してしまった。

 

「ハイレインは単なるトリガー使いとしてでも強敵だけど、それ以上にあらゆる意味で危険な人物だって実際に戦ってみてつくづく感じたわ。あの男は指揮官としても戦術家・戦略家としても非常に優秀、単純に戦力だけで勝てる相手じゃない。奴が優秀なトリガー使いのあなたを切り捨ててまでエリンさんを次期の神にしようとしているくらいだから、奴も必死になっているのは良くわかる。だったらあなたひとりがご主人様の元へ帰ったところでどれだけ役に立つかしら?」

 

「……」

 

「もちろん帰還することを無駄だと言っているんじゃないのよ。エリンさんはあなたのことを家族同様に可愛がってくれた優しい人だから、あなたが無事に帰って来たとなれば大いに喜ぶに決まっている。だけど現実は厳しいわ。あなたやエリン家にとって最悪の状況をひっくり返すには駒が足りないとわたしは思う。違うかしら?」

 

「それならどうすればいい?」

 

「エリンさんを助けるためには彼よりもトリオン能力の高い人間を捕まえてハイレインに差し出せばいい。たぶんあなたのことだから遠征にチカちゃんが参加すると知って、現地に着いたら彼女をさらって帰還の()()()にしようなんて考えたこともあるんじゃない?」

 

「……」

 

一瞬だがヒュースの表情に変化があった。

 

「別にそのことをとやかく言うつもりはないわ。あなたにとって一番大事なのはご主人様を守ることだもの、そのためならどんな卑怯な手段を講じることも厭わないでしょうから。でもそんなことをされるとボーダー(わたしたち)は困るのよ。そこでお互いにとってwin-winになる道はないかなと模索してみたわ。そしてひとつ良い策が見付かったんだけど、その内容を知りたいと思わない?」

 

ツグミはヒュースに問いかける。

ヒュースにとって自身の存在意義はエリンを守ること()()で、それが叶わないのであれば生きている価値はない。

しかし現状でエリンを守る手立てがないことは事実で、そのためにボーダーを()()()()ことができるなら利用したいと考えるのは至極当然だ。

 

「…と言ってもまだ情報が少ないからこの計画も確定じゃないのよ。なにしろアフトクラトルのことについてはまったく情報がないからわからない部分が大きい。そこでこの計画の内容を聞いて協力をしてもいいと思ったらいろいろ教えてほしいの。強制はしないけど、アフトクラトルのことやエリンさんのことを知らなければ話にならないからぜひ協力してもらいたい。あなたにとっても悪いことにはならないはずだから」

 

「いいだろう、話だけは聞いてやる。言ってみろ」

 

「偉そうな態度ね。でもこれでお互いに一歩前に踏み出せるわ」

 

ツグミはそう言って話を始めた。

 

「このままエリン家がベルティストン家の直属の貴族である以上、現在の『神』問題が無事に解決したとしても双方の軋轢は続くとわたしは思うの。だってエリンさんにとっては大事な家族を遠征に連れて行って置き去りにされたんだし、自分を神という名の生贄にしようと考えていたことを知ってしまうのだから、これまでのように忠実な配下でいられるはずがない。ハイレインもあなたが戻って来てしまったのだから扱いに苦労することになるでしょうから、もう元の関係には絶対に戻れない。もしわたしがエリンさんの立場だったらベルティストン家を見限って別の有力貴族に乗り換えるわね。いえ…戦争ばっかりやっているアフトクラトルに嫌気が差して、自分を受け入れてくれる平和な国に亡命するわ。それが(マザー)トリガーなんてものがなくても問題のない世界ならもっと良いけど」

 

「亡命」という単語を聞いてヒュースは目を大きく見開いた。

 

「エリンさんをハイレインの手の届かない場所に匿うことで、彼が生贄にされてしまうことはなくなるわ。でも彼の人柄や考え方をわたしは知らないから、彼が亡命を承知するかわからない。もし彼が祖国を愛し、祖国のためなら喜んで自分の命を捧げるという人物なら亡命なんて考えるはずもないんだから。またはとても勇敢な戦士で、逃げるくらいならハイレインたちと戦って玉砕する方がマシと考える人かも知れない。エリンさんという人はあなたの目から見てどういう人物なのか教えてもらえるかしら?」

 

これまでヒュースは自分のことやアフトクラトルのことなど一切口にしなかったが、主君の危機が間近に迫っていて自分だけでは守りきる自信がないということであれば藁にでもすがりたくなるものだ。

ツグミはヒュースに対して友好的な態度で接し、ある程度は信用しても良い人物だと認定されている。

そして同時に敵に回すのは得策ではないことも知っており、ここはツグミとボーダーを利用する方が賢いと判断した。

 

「話しても良いが、ここだけの話ということにしてくれるか?」

 

「もちろん。そもそもこの会談自体が極秘だもの。あなたが協力してくれるかどうかが成功の鍵だから、あなたの誠意を裏切らないことを誓うわ」

 

ここで林藤が口を挟んだ。

 

「この俺ですらさっき話を聞いたばかりなんだぜ。まずは慎重に外堀を固めてから本丸を攻めるってことなんだろうが、まあとにかく話を聞けば納得できることだから、おまえも話せることは全部話してやれ。その上でどうしたらいいかみんなで考えんだ」

 

「わかった」

 

そう言ってヒュースは言葉を選びながら自分の主人と彼の家族について話し出した。

エリン家の現当主ディルク・エリンは32歳。

貴族といっても大貴族に仕える最底辺のクラスで、こちら側の世界で言うなら騎士爵(knight)であるようだ。

よって立場は非常に弱く、侯爵(marquess)に相当するベルティストン家に仕えている立場だからどんな非情な命令であっても従わざるをえなく、よってハイレインから「次の神はおまえだ」とか言われたら絶対に嫌だと拒否する権利はない。

しかし卓越したトリオン能力者であり、トリガー使いとしても優秀な人材であるから、おいそれと(マザー)トリガーの生贄にはしたくないので、ハイレインは今でも代わりのトリオン能力者を探しているだろうとのこと。

幼い頃に才能を見込まれてエリン家の養子となったヒュースは家族同然に育てられてきたものだから、恩人でもあり上司でもあるディルクに対しての忠誠心は高く、それゆえに自分の野望の障害になると考えたハイレインによって玄界(ミデン)に置いてけぼりにされたといえよう。

ヒュースにとってエリン家はツグミにとっての旧ボーダーの仲間たちと同じような「かけがえのない、絶対に失いたくないもの」であるから、どんな手段を講じてでも「守りたい」というヒュースの気持ちはツグミにも痛いほど良くわかる。

当主ディルクにはマーナという27歳の夫人とレクスという8歳のひとり息子がいるそうだ。

ヒュースが陽太郎を可愛がるのはレクスの姿をダブらせていたからなのかも知れない。

ディルクは優秀なトリガー使いではあるが戦士として戦うことよりも趣味の読書や家族との時間を大切にする温厚な人物らしい。

祖国のためなら戦うことを厭わないがそれは家族を守るためであって、ボーダーのためというよりも家族・仲間のために戦うツグミの価値観に近い。

だから(マザー)トリガーになれと言われて承諾するはずはないのだが、断ることも難しいという立場にある。

ヒュースが早くアフトクラトルに帰りたいのも当然だ。

 

 

ツグミはヒュースの話を聞きながら頭の中で未来を描いてみた。

 

(エリン家の家族の話をする時のヒュースの表情はこれまでになく穏やかで幸せそうな笑顔で、彼にこれだけ慕われている家族なのだからハイレインの野望の犠牲にしてはいけない。…そうなるとやっぱり遠征の前にアフトクラトルへ行ってエリンさんと直接話をする必要がある。一時的でもエリン家の人たちを保護してボーダーの遠征部隊との戦いに巻き込まないようにすれば、ヒュースをC級救出に協力させることも可能になるんじゃないかしら?)

 

ボーダーのノーマルトリガーでも十分な戦力となるだろうが、蝶の楯(ランビリス)を使えば彼自身の力をもっと発揮できるようになる。

そうすれば「本隊」の戦力がアップし、救出作戦が現在の計画よりも有利に運べるようになるだろう。

ボーダー上層部はヒュースがアフトクラトルに着くなりボーダーに反旗を翻して敵となることを危惧している。

特に千佳をヒュースに連れ去られるという最悪の事態もありうるわけで、そうさせないために遠征前にエリン家の家族を保護することでそれは防げる。

悪い言い方をすればエリン家の家族を人質にしてヒュースをボーダーの都合の良いように使うことができるということだ。

 

(この計画を城戸司令たちに反対されたら『人質』の話をしてみよう。ヒュースの裏切りを心配する必要がなくなり、現地での戦力を増やすことができるんだもの)

 

これらの計画を実行するのであれば城戸たちに上層部のメンバーに説明をして許可をもらわなければならない。

いくら遠征を成功させるためとはいえ、アフトクラトルに潜入して敵の配下の人間と接触、さらに当該人物とその家族をボーダーで保護するという「常軌を逸した」行動をそう簡単に許すはずがないのだ。

しかしここでエリン家の人間を人質にしてヒュースを利用するというもっともらしい説明をすれば、この計画を頭っから反対することもなくなるとツグミは考えたわけだ。

 

そしてツグミはヒュースに訊いた。

 

「ハイレインは遠征に失敗したと言っていいと思う。戦力の多くを失ったあの男は新しい生贄を探すよりもエリンさんを次の神にしようって考えるだろうから、さっき言ったようにエリンさんを奴の手の届かない場所で保護するのが得策だと思うの。そこは理解できるわよね?」

 

「ああ」

 

「そこでもしエリンさんが玄界(ミデン)に亡命したいと言ってボーダーがそれを承知するというのなら、あなたは賛成する? それとも反対?」

 

「ディルク様がそう願うのなら俺には異存はないが、ボーダーで保護するって本気なのか?」

 

「もちろん。でもこれはまだわたしの頭の中にあるだけの計画だから、城戸司令たちに説明をして許可をもらわなければ実行できない。でもその前にあなたの話を聞いて、実現可能なことなのかを確認したかったのよ。あなたがこの計画に賛成なら話を進めることはできるけど、反対だったら計画そのものを破棄するしかない。あなたが賛成して協力してくれるのなら、わたしは全力で成功させてみせるわよ」

 

「では仮に俺が賛成したとして、おまえはどうするつもりだ? アフトクラトルへ行くとしてもそう簡単にできることじゃないだろ?」

 

「そうね。まず順番はあなたにエリンさんに宛てた手紙を書いてもらって、それを持ってわたしがアフトクラトルへ行く。その手段はキオンの3人が帰国する時に一緒に艇に乗せてもらうの」

 

ツグミのとんでもない告白にヒュースだけでなく林藤までもが口を半開きにしたまま固まってしまった。

 

「「……」」

 

「ゼノン隊長たちにお願いすればたぶん同乗させてもらえるはずだし、キオンへの帰還の途中でちょっと寄り道をしてもらうだけでアフトクラトルには行けそうだから」

 

「「……」」

 

「エリンさんに会うことができればあなたが無事だということを報告できるし、あなたが亡命を勧める手紙を書いてくれたならそれを読んでもらって()()()()()で行動してもらう。ボーダーの遠征部隊がアフトクラトルに行くまでにはまだ数ヶ月かかると思うの。だからそれまでに覚悟を決めてもらって準備をしておいてもらうのよ。もちろんエリンさんが亡命をしたくないと言うのなら強制はできないからこの計画はそこでおしまいになるけどね」

 

そこまで話したところで林藤がやっと正気に戻ったようでツグミに訊いた。

 

「おまえの考えることは昔から想像の斜め上を行ってるもんが多かったが、今回のはそれをはるかに超えているぞ。おまえの話ではおまえ自身がキオンの連中と一緒に近界(ネイバーフッド)へ行くってことだよな?」

 

「はい、そうです。近いうちにゼノン隊長たちは帰国しますから、その時に一緒にキオンへ行こうと考えていたんです。それで近界(ネイバーフッド)の国の配置図を確認するとキオンへの途中でアフトクラトルへ行くことができるみたいなのでちょうど良いかなって思って」

 

「ボーダー隊員のおまえがボーダーの正規の遠征計画とは違う手段で近界(ネイバーフッド)へ行くなんてことできると思っているのか?」

 

「城戸司令たちの許可があれば大丈夫ですよ。まあ、彼らを説得するのが大変なんですけど不可能なことじゃありません。ただやることがたくさんあって面倒なものばかりですが、それをひとつひとつ順番に片付けていけばそう難しいことじゃないんです。まずヒュースがこの計画に賛成か否か確認してみたんですが、どうやら彼も条件付き賛成といったカンジです」

 

ツグミはそう言ってヒュースの顔を見ると、渋々といった顔で頷いた。

 

「ああ。俺はディルク様のご意志に従うだけだ。…だが個人的にはツグミの計画に賛成する。エリン家の人たちはとても優しくて良い人たちだ。それなのに身分が低いせいでハイレインたちに利用されてしまっている。それも戦士としてであればまだしも(マザー)トリガーに放り込まれるとなれば絶対に許せん。もしディルク様がボーダーに保護を求めるのであれば、ぜひその願いを叶えてほしい。その代わりに俺はボーダー隊員としてハイレインたちと戦うことを約束する」

 

「うん、これで最初のハードルは越えたわね。でもまだこれは本決まりではない。次のハードルはゼノン隊長たちにわたしの計画を説明して協力をしてもらうこと。近界(ネイバーフッド)に行く手段は今のところ彼らの艇しかないから。…さて、ヒュースが協力してくれるというならいろいろ教えてほしいことがあるのよ。エリンさんとどうやってコンタクトをとるのかわからないとあなたの書いた手紙を渡す手段がないし、万が一この時点でわたしが奴らに見付かったらボーダーの遠征計画のことも知られてしまうから十分に注意を払って行動しなければならないからね」

 

「エリン家の使用人や兵士らとの接触はそう難しいことはない。エリン家は南の城門を守護する役目を勤めている。だから街へ入る際には南の城門を通ればいい。そこで身元のチェックを行うのだが、俺がおまえをエリン家へ案内するよう手紙を書いておくからそれを兵士に見せれば連れて行ってくれるはずだ」

 

「念の為にあなたの写真を一緒に入れておけば信用度も高まるわね、きっと」

 

「それは良いアイデアだ。エリン家の使用人や兵士のディルク様に対する忠誠心は非常に強く、仲間内での団結力も固い。たぶんアフトでは俺が玄界(ミデン)で死んだということになっているはずだ。なにしろアフトでは戦士が敵の捕虜になることは非常に不名誉なことで、仮に捕虜になったとしても死んだことにして名誉を守るからな。玄界(ミデン)で生きているという情報を持って来た人間を冷遇するはずがない。しかしあまり楽観的でいられても困るぞ。キオンの艇で入国するのだから警備兵に見付かったらおしまいだ」

 

「それならゼノン隊長たちはプロよ。諜報員として何度も潜入調査をしていたのだから、わたしがヘマをしない限り大丈夫…だと思う」

 

「ああ、そうだったな。とにかく今頃ハイレインたちは周囲の有力貴族たちから小馬鹿にされているだろう。あれだけ大規模な戦力を投入した侵攻作戦だったというのにたった数時間の戦闘で逃げ帰ったのだからな。トリガー使いを32人捕獲したといっても実際はまだ実戦投入できない『雛鳥』でしかない上に、トリガー使い6人のうちふたりが()()した。星の杖(オルガノン)を持ったヴィザ翁までもが敗退したという話が広まっているだろうから、ベルティストン家の勢力はかなり削られたことで四大領主の勢力バランスは大きく変わってきていると思う。おまけに玄界(ミデン)の連中が攻めて来るという噂も流れているに違いないから国内の混乱はますます激しくなり、その原因を作ったベルティストン家を敵視する勢力はこの機会にハイレインを陥れようと考えているはずだ。したがってベルティストン家の人間は他所の国の諜報員が潜入してもそれどころではないという状態だろう」

 

「今がまさにチャンスってことよね。だったら早いうちに本格的な行動に移さなきゃ。今日はこれからゼノン隊長のところに行って事情を説明してこよう、っと」

 

やる気満々のツグミを制止する手段のない林藤は黙って見守るしかない。

 

(だけどよ…城戸さんや忍田を説得するのは並の手じゃ無理だぞ。特に忍田が娘をキオンの連中に託して近界(ネイバーフッド)へ行かせるなんて絶対に許すはずがねぇ。ボーダーの人間としての俺は応援したい側だが、やっぱ父親の立場だと行かせたくはねぇな。ま、やれるとこまでやってみろ。それでダメなら諦めるだろ)

 

林藤の胸中など知らぬツグミは自分の計画が一歩前進したことを心から喜んでいた。

 

 

 

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