ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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241話

 

 

三者会談を終えたツグミはその足でゼノンたちのいるキオンの遠征艇へ向かうことにした。

 

「ツグミ、俺もゼノンに用事がある。一緒に行こう。だからちょっとだけ待っててくれ」

 

林藤は玉狛支部を出て行こうとするツグミを引き止め、5分ほどして玄関へとやって来た。

彼は紫色の風呂敷に包まれた一辺が30センチ弱の立方体の箱らしきものを抱え、小さな紙袋をひとつ左手に下げている。

 

「悪ぃが紙袋の方を持ってくれ」

 

そう言ってツグミに紙袋を手渡す林藤。

 

「中に何が入っているんですか?」

 

「キオンの連中のトリガーだ。俺が預かっていたんだが、これはおまえに渡しておいた方がいいだろうと思ってな」

 

このトリガーはゼノンたちに一旦返却されたものだが、彼らが林藤に再び預けていたものだ。

玉狛支部を出る時に捕虜でなくなったとはいえかつては敵であった近界民(ネイバー)であるから、ボーダー本部に警戒されないためにと帰国するまで林藤に持っていてもらおうということになっていたのだった。

ツグミはゼノンたちから全面的な信頼を得ているが、そんな彼女を林藤も信頼しているということ。

信頼しているからこそ彼女の常識の枠を外れた計画に全面的に賛成とまではいかないが見守ることに決め、その証としてゼノンたちのトリガーを彼女に預けたのだ。

 

「林藤支部長、わたしにこんな大事なものを預けてしまったら大変なことになるかも知れません。遠征艇のトリオンも満タンになったことですからいつでも出発できる状態で、彼らのトリガーとミリアムの(ブラック)トリガーを持ったわたしが彼らの艇に行くんですよ。このまま拉致されてキオンへ連れて行かれてしまうかも…」

 

ツグミが困ったような顔で言うと、林藤はニヤニヤしながら答えた。

 

「そんなことは100%ありえないって思ってるんだろ?」

 

するとツグミも意味深な笑みを浮かべて言い返した。

 

「もちろんです。でもわたしが悪用するかも知れませんよ」

 

「悪用?」

 

「わたしの計画を城戸司令たちが認めてくれない場合、強硬手段に訴えることができるということです。つまり親の許しを得られないからと家出して、近界(ネイバーフッド)で好き勝手してしまうかも知れないじゃないですか」

 

「ハハハ…おまえならやりかねないからな。そん時は俺が責任を取らされて頭を丸めることになるんだろうな…」

 

「支部長の坊主姿を見てみたい気もしますが、たぶん似合わないのでそんなことにはならないように気を付けます。…って冗談はさておき、その風呂敷包みの中身は何なんですか?」

 

「あ、これか? これは連中が帰国する時に持たせてやろうと思っていたもんだ」

 

「お土産…ですか?」

 

「まあ、そんなもんだな。前にゼノンと一緒に酒を飲んだ時に渡すって約束してたからな、突然帰国することにでもなったら渡すタイミングを逃しちまう。だから今のうちに渡しておこうと思ったんだ」

 

「もしかしたらこちら側の世界のお酒ですか? ゼノン隊長って酒豪っぽいから」

 

「…そろそろ行くぞ」

 

ツグミの問いに答えないまま、林藤は彼女を連れて玉狛支部を出た。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミがゼノンたちの遠征艇を訪問するのは5日ぶりであった。

それまで毎日弁当を作って届けていたのだが、ゼノンからの連絡でしばらく不要であると言われて「本業」に専念していた。

よってこれは久しぶりであり突然の訪問となるわけで、ゼノンたちは嬉しいような困ったような複雑な顔をして彼女を出迎えた。

その表情に気付いたが、それは単にアポなしでいきなり訪ねて都合が悪いことがあったのだろうという程度にしか思わなかった。

しかし事実は9年前に彼女の両親を殺したのがキオンの諜報員であったことをリヌスとテオも知ってしまったからである。

彼女がボーダーに入隊して近界民(ネイバー)と戦う道を進むことになった原因が同胞による残虐な行為であったとなれば合わせる顔がないというものだ。

心の整理がつくまで会わずにいようと決めていたというのに、その途中で彼女が突然やって来てしまったのだから無理もない。

 

「みなさん、突然押しかけてしまってすみません。ご迷惑のようでしたら今日はこれで失礼しますけど…」

 

ツグミがそう言うと、ゼノンが前に進み出て言った。

 

「いや、別にかまわないさ。久しぶりでちょっと戸惑っただけだ。用があればこちらから連絡するという話だったからな」

 

「ええ、そうでしたね。でもわたしの方で用があったんです。みなさんにお願いごとがあって、できるだけ早いうちにお話したいと思ったものですから」

 

「お願いごと? きみのお願いなら何でも叶えてあげたいと思うが、やはり内容を聞かなければ良い返事はできない。それを今から聞かせてくれるんだね?」

 

「はい、そうです。ただしこれは極秘で進めなければならない計画のひとつで、林藤支部長とヒュースとみなさんの3人とわたしという6人だけが知っているものになります」

 

「ヒュースだって? あのアフトの小僧も関わっているのか?」

 

ゼノンが渋い顔で訊く。

 

「この計画というのがアフトクラトルへの遠征に関わるものですから、彼にも協力してもらわなければならないので。そしてついさっき彼の協力が得られましたので、その足でここへ来てしまったというわけです。とにかくアフトクラトルの人間が関わっているからという理由で門前払いはしないで話だけでも聞いてください。ゼノン隊長たちにとって悪いようにはなりませんから」

 

「いや、そういうのではなく…我がキオンとアフトクラトルは近界(ネイバーフッド)の二大大国として対立していたからな。直接戦争をしたことはないがお互いを敵視しているのは間違いなく、その2国の人間が玄界(ミデン)の少女を介して一時的に手を組むことになると思うと妙な感覚に陥っただけだ」

 

「その顔はそういう意味でしたか。では作戦室へまいりましょう。わたしの計画の内容をご説明いたします」

 

ツグミはそう言って「勝手知ったる」といった様子で作戦室へと歩いて行く。

すると林藤はゼノンに耳打ちをして言った。

 

「例のものを持って来た」

 

「例のもの?」

 

「おまえさんの先輩のアレだ」

 

林藤が抱えていた風呂敷包みの中身は9年前のツグミの両親を殺害したキオンの諜報員の男の遺骨が入った骨壷であった。

以前にふたりだけで話をして秘密を共有していたのだが、その時の約束でゼノンたちが帰国する際には渡すことになっていたのだ。

 

「そろそろ帰国するだろうから渡し損ねないようにって、な。それとおまえさんたちのトリガーはツグミに預けてある」

 

「ツグミに?」

 

「ああ。だからおまえさんたちがあいつや俺の信頼を裏切ろうとすればできるってことだ。もちろん俺はおまえさんたちがそんなことをするはずがねぇと思ってるからこんな話をしたわけだがな」

 

「俺たちが玄界(ミデン)…ボーダーの人間を裏切るようなことは絶対にない。リンドウ支部長、あなたの厚意に深く感謝する」

 

ゼノンはそう言って深く頭を下げると、骨箱を受け取ってひとりで倉庫へと向って行った。

 

 

 

 

作戦室に全員集合したことでツグミは説明を始めた。

 

「まもなくみなさんはキオンへと帰国されることになるわけですが、その時にわたしも一緒に連れて行ってください」

 

前置きもなくいきなり本題に入ったものだから、ゼノンたちは目を丸くして固まってしまう。

 

「やっぱり突然こんなことを言い出したらビックリしますよね? でもこれは冗談でもふざけているのでもありません。わたしは本気です」

 

ツグミの真剣な目に射抜かれ、ゼノンは正気を取り戻して訊き返した。

 

「一緒に…ということは、きみがキオンへ行くという意味なのか?」

 

「はい、そうです。もちろんミリアムの(ブラック)トリガーを持って行きますよ」

 

ツグミがあっけらかんと言うものだから、リヌスは彼らしくなく声を荒らげた。

 

「何を言っているんですか!? そんなことをしたらあなたは ──」

 

「でもそうすればみなさんは任務を無事に遂行したということで処分されるどころか一等市民になれるんですよ。当初の目的を果たせるというのになぜそんな困ったような顔をするんですか?」

 

「それは当然じゃありませんか…。ではなぜあなたはこれまで私たちの減刑のために役立ちそうなものを探して走り回ってくれたんですか? (ブラック)トリガーよりも価値のあるものを持って帰れば罪が軽くなるだろうと言っていろいろなものを私たちに教えてくれたことの意味がなくなってしまう。あなたをさらおうとした私が言うのはおかしいですが、あなたをキオンに連れて行くことはできません!」

 

するとツグミは笑みを浮かべながら答える。

 

「わたしも初めは自分がキオンに行こうだなんて考えてはいませんでした。でもいろいろ考えて行動しているうちにわたし自身がキオンへ行って事情を説明した方が効果があると思ったんです。今までやったことも無駄にはなりません」

 

「しかしあなたがミリアムの(ブラック)トリガーを持ってキオンへ行くことは、あなたが近界(ネイバーフッド)の戦争に利用されるということですよ。あなたはなぜ危険な国に自ら乗り込もうというんですか?」

 

「キオンが危険な国だとは思っていません。キオンはわたしの友人たちの国です」

 

「……」

 

ツグミの言葉にその場にいた全員が黙り込んでしまった。

世間知らずの小娘が性善説を信じて、相手が誰であっても話し合いで解決できると能天気に構えているように感じられたのだ。

しかし彼女がそんな甘い考えでいるはずがない。

 

「わたしはミリアムの(ブラック)トリガーを持ってキオンへ行っても、キオンの人間に利用されることはありません。なぜなら()()はわたし以外に使うことはできず、わたし自身が使わないと決めたものだからです。それにもしキオンの誰かがわたしを洗脳して使わせようとしたところでミリアムさんの意思で起動できません。こんなことを言うと変だと思うでしょうが、実はわたしは彼女と意思の疎通ができるんですよ」

 

わけがわからないという顔でゼノンたちにツグミはミリアムの(ブラック)トリガーを見せながら秘密を告白した。

 

「ミリアムさんの魂がこの中に封じられていて、起動すると彼女と会話ができるんです。そこでいろいろなことを教えてもらいました。わたしが抑止力として所持することに賛成してくれていて、逆に戦争に用いることになれば彼女は絶対に起動してくれないでしょう。わたしからこれを取り上げたところで他に適合者はいませんから、勝手に使用されることもありません。そもそもキオンが他国に侵攻するのはその国で産出する食料が欲しいからであり、それを生産する人間を死なせてしまうような戦い方はしないはずです。ですがこれは生身のトリオン器官を破壊してしまうようなヤバイものですから、逆に『これを使用されたくなかったらおとなしくしろ』と脅しに使うくらいしかできません。よってわたしが大量殺戮者になったり、わたし自身が命を落とすようなことにはならないんです。テオくん、わたしの言っていることが嘘か本当かわかるでしょ?」

 

ツグミに訊かれ、テオは頷いた。

 

「ツグミはオレたちに嘘を付いたりしないことはサイドエフェクトを使わなくてもわかるさ。それにおまえがいろいろ考えた結果、キオンに行くことが玄界(ミデン)の人間のためだけでなく、オレたちのためにもなるってわかったからこんな無茶なことを言い出したんだってこともわかる。だからおまえがキオンに行きたいって言った時は驚きはしたけど反対はしないぜ」

 

「ありがとう、テオくん。…そういうことで、わたしがキオンに行っても危険な目に遭う確率は非常に低く、逆に先方が玄界(ミデン)の『お土産』を気に入ってもらえたらボーダーと手を組んだ方が得だってわかるはずなんです。わたしは別にキオンの元首と友人になりたいわけじゃなくて、共通の敵であるアフトクラトルを弱体化する良い機会だから手を結ぶというだけ。()()まだそれで十分だから。わたしの考える最終目標まではまだずっと長い道のりがあって、今回のキオンの元首との会見はその第一段回といったところなんです」

 

ツグミの言う「最終目標」が気になった林藤が訊く。

 

「その『最終目標』ってのは何なんだ?」

 

「それはまだ秘密です。いずれ話す時が来ると思いますので、それまで楽しみに待っていてください。…って、楽しみというよりは胃に穴を開けちゃうことになるかしらね。それにわたしの突拍子もない計画に協力してもらうんですから、みなさんだけにはお話しておきましょうか」

 

そう言ってツグミは4人の男たちの不安げな顔を見回してから続けた。

 

「いずれは現在の界境防衛機関ボーダーという組織を解体し、有吾さんやわたしの父がボーダーの創設理念『ボーダーを玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)を結ぶ架け橋にしたい』を叶えて再出発したいと思っています。そのためには近界民(ネイバー)玄界(ミデン)へやって来てトリオン能力者をさらうという悪行から市民を守るという現在の状況から一歩進んで、悪意のある近界民(ネイバー)を来させないようにしたい。そのためには近界(ネイバーフッド)の国々で『わざわざ玄界(ミデン)までやって来て人をさらう必要なんてない』ってことにしてしまえばいいんです。トリオンという生体エネルギーに頼りきっている文明だから、近界(ネイバーフッド)では戦争が絶えないんですよ。別に近界(ネイバーフッド)で戦争が続いてお互いを滅ぼそうとするのは勝手ですが、彼らの都合で玄界(ミデン)の人間を巻き込むことだけは絶対に許せません」

 

「だからこっちのトリオンを使わないいろんな技術を近界(ネイバーフッド)に広めようってのか?」

 

「はい、林藤支部長のおっしゃるとおりです。とにかく近界民(ネイバー)たちが玄界(ミデン)の人間をトリオン目当てでさらうようなことをしなくなればいい。そうなればボーダーが界境防衛機関である必要はなくなるわけですから。防衛機関としての役目はなくなりますが、本来の『異世界同士の架け橋』という目的を果たす組織として存続させます。もちろんその時には武器としてのトリガーはすべて破棄してしまい、トリオン技術は平和的利用のみにしなければいけませんけど」

 

「武器としてのトリガーをすべて破棄するというのは…?」

 

「本来ならトリオンやトリガーに関わる技術や知識は玄界(ミデン)に存在しなかったはずのものです。ですが近界(ネイバーフッド)で戦争が頻繁に起きるものですから、近界民(ネイバー)が人をさらいに来るとか亡命者がやって来るとかして持ち込まれてしまいました。近界(ネイバーフッド)のトリガー技術、特に兵器や武器については玄界(ミデン)の最新の兵器でも太刀打ちできないほど強力なものです。その技術を欲しがっている国が玄界(ミデン)にあることは想像に難くない。もしボーダーのトリガー技術が世の中に出てしまったら取り返しのつかないことになり、今度は玄界(ミデン)がトリオンとトリガーを使った果てしなく愚かな戦争を繰り広げることでしょう。世界のいくつかの国に保有されている核兵器をゼロにできないことで、それをお互いが抑止力として利用しているのが現状です。これと同じようなことがトリガーで起きてはいけません。現在のボーダーは強大な武力を持つ『民間武装組織』として認識されている部分が大きく、あまり規模を拡大すると危険視される恐れがあります。ボーダーにはそんな意思はなくても、邪心のある連中は自分たちがそうだからと『ボーダーはその強力な兵器を使って世界征服を企んでいる』なんてくだらないことを考えてボーダーのことを疑うことでしょう。トリオンとトリガーの技術や知識については今のところボーダーだけで専有しているものですから、ボーダーが完全に放棄してしまえば玄界(ミデン)から武器としてのトリガーはなくなります」

 

「……」

 

「トリオンやトリガーを医療や福祉などに利用することについては大歓迎です。ですから近界(ネイバーフッド)との交流は続けたい。そこでキオンを窓口にできたらいいと思っています。キオンは国民を満足させることのできる十分な量の食料さえあれば他国を侵略しようなどとは考えないそうですから、キオンを中心として近界(ネイバーフッド)の各国が不可侵条約を結ぶように働きかけ、近界(ネイバーフッド)の二大強国の勢力バランスを崩そうと考えています。もちろんこれはわたしが自分の小さな頭で考えているだけのものですから妄想とか妄言に過ぎませんが、可能性がゼロではない以上は試してみたいんです。そのためにはわたしが自らキオンに赴いて元首と面会し、そこで直接話がしたい。だからわたしは危険であろうが無茶と言われようがキオンに行きたいんです。それにはまずゼノン隊長たちがわたしをこの艇に乗せてくれるかどうかを確認し、承諾を得たら次のステップに進みますが、ダメであれば別の方法を考えることにします。それでキオンのみなさんはわたしの計画に両手を挙げて賛成…とは言わないでしょうけど一緒に艇に乗せてキオンへ連れて行ってくれる気持ちはありますか?」

 

ゼノン、リヌス、テオの顔をそれぞれ見つめながらツグミは訊いた。

しかし誰も答えようとはしない。

 

「それはそうですよね…。こんなことを即決できるはずがありません。なにしろ自分たちの祖国の未来にも影響しようという話なんですから。ですので今すぐに答えをもらおうとは思っていません。ゆっくりと考えてください。と言ってもあまりのんびりはしていられません。家の庭の桜の蕾が今朝ふたつほど開いていました。1週間もすれば見頃になっていますから一緒にお花見をし、そして帰国されるのですから。それまでに遊園地へ行ったり、他にもお土産になるものを集めたりと忙しくなります。できることなら1-2日のうちに決めてください」

 

無理強いはできないことなので引き下がることにしたツグミだが、ゼノンたちの気持ちは既に決まっていたようであった。

3人は顔を見合わせてから黙って頷いた。

そしてゼノンが代表して答える。

 

「ツグミ、俺たちに異存はない。きみがキオンへ行くと言うのなら、俺たちは全力できみを守り、無事に玄界(ミデン)まで送り届けることを約束しよう。リンドウ支部長、証人になってくれ」

 

林藤としてはゼノンがNOと言ってくれるのを期待していたが、後押しをするような形となってしまった。

こうなれば仕方がない。

 

「わかった。おまえたちの一致した意見なら俺が反対するのも野暮ってもんだ。だがこの計画…というか企みには俺も一枚噛んでいるわけだから、何かあれば必ず俺にも教えろよ。それを約束しなければ俺は反対する。いいな、ツグミ?」

 

「はい、承知しました。…それとゼノン隊長にはまだお願いがあります」

 

「お願い?」

 

ゼノンはもう驚かないようにしようと気持ちを落ち着けてから訊いた。

 

「キオンに帰る途中でアフトクラトルに立ち寄ってもらいたいんです」

 

「アフトに立ち寄るだと!?」

 

一瞬だけビックリしたが、ゼノンはすぐに冷静になった。

 

「そうです。アフトクラトルへ立ち寄ってエリン家のご当主に面会し、ボーダーを頼って一時的でも亡命してもらえるよう促すんです。そのディルク・エリンという人は次の『神』にされそうになっていて、ヒュースはそれを阻止するためにアフトクラトルへ帰りたがっている。ボーダーはそんな彼を利用して遠征を行う予定ですが、彼の守りたいエリン家の一家をボーダーで匿うことにできれば遠征の時に楽になるはずなんです。エリンさんは神候補になるくらいのトリオン能力者ですしトリガー使いとして優れた人物だそうですから彼を敵にしたくはありませんし、さらにヒュース自身を味方にしてボーダーの駒として利用できるというわけです」

 

「なるほど、それであのアフトの小僧も関わっているということか」

 

「はい。ヒュースったらご主人様のことが心配で一日も早く帰りたいっていう気持ちでいっぱいなのはわかるんですけど、生贄にされそうになっているエリンさんをどうやって助けるのか、またハイレインたちとの関係をどうするのかなど全然考えていなかったみたいなんですよ。わたしがエリンさんの亡命を提案したら彼も賛成らしく、エリン家の家族のことまで教えてくれました。これまで何を訊いても教えてくれなかったのに。これって彼が自分の力だけではどうすることもできないって認めたからなんでしょうね。…そこでキオンへの往路でエリンさんと接触して事情を説明し、復路でも立ち寄ってどうするのか答えをもらうように考えています。彼に亡命の意思がなければ仕方がありませんから諦めますけどね。ヒュースには手紙を書いてもらい、一時的にでもボーダーへ身を寄せるようにエリンさんを説得してもらおうと思っています。敵勢力の弱体化…城戸司令たちを説得するにはちょうど良いネタだと思いませんか?」

 

「たしかにエリン家当主がベルティストンの一派から抜けるとなればかなり戦力を削ることができるだろう。さらにベルティストン家は四大領主の中で頭ひとつ抜きん出ていたから他の3つの貴族たちは奴らを煙たがっていて、最近ではベルティストン家対3貴族連合という雰囲気もあった。3貴族を味方に付けるのは難しいだろうが、きっかけさえあればベルティストン家の弱体化は可能だと考えていた。まさかエリンを奴らから切り離すとは…なかなかの策士だな、きみは」

 

「恐れ入ります。これでわたしがアフトクラトルへ行く手段を得て、キオンの元首と面会する機会も得られましたが、まだ城戸司令たちの説得という面倒な仕事が残っています。忍田本部長は絶対に認めないと言うでしょうが、城戸司令はボーダーの利益になるのであれば少々の無茶でも認めてくれるはず。時間はあまりありませんが全力でアタックしてみます」

 

やる気満々のツグミの様子を見ていたリヌスが彼女に訊く。

 

「ジン…にはどう説明するんですか? 彼はあなたのことをとても大切にしていますから危険なことはさせられないと反対するんじゃないでしょうか?」

 

「ジンさんか…。彼なら大丈夫だと思います。彼なら今頃わたしのやろうとしていることに気付いていて、止める気ならとっくに行動しているはずなんです。それがないということはわたしの行動がボーダーのために役立つということと、わたし自身に危険が及ばないとわかっているのでしょう」

 

ツグミが推測したように迅には彼女の行動のいくつかが視えていて、それによってアフトクラトル遠征の成功の確率が格段にアップすることがわかっていた。

そして彼女の身柄の安全は彼女が無事に帰還する未来が視えているので不安はなく、今のところは彼女の意思に任せて良いと考えていたのだった。

 

「彼にはきちんと話をして納得してもらってから出発します。そうしないとお互いに後悔することになりそうですから」

 

この時、ツグミには「ひとつの未来」が視えていた。

その未来とは迅の未来視(サイドエフェクト)とは違う力で「勘」のようなものだが、ここでふたりの心にすれ違いが生じてしまったら取り返しのつかないことになるというもので、迅が納得しないうちに彼女が近界(ネイバーフッド)へ旅立ってしまったら「二度と会えなくなる」という恐ろしいものだ。

しかしそれはいくつもある未来の内のひとつであり、選択肢さえ間違わなければそんな「最悪の未来」にはならないとツグミは固く信じているのだった。

 

 

 

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