ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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245話

 

 

アフトクラトルへの遠征計画はツグミの活動で順調に進んでいるかのように思えた。

たしかに遠征艇の破壊工作を目論んだガロプラの侵入者を捕まえて取引をした件や、キオンの諜報員から近界(ネイバーフッド)やアフトクラトルの情報を手に入れて訓練に役立てていること、新しい武器(トリガー)の開発など様々な方面で貢献している。

これは自分の過去の()の結果によって遠征に参加できないことになり、その分を様々な「援護」で補おうというのである。

アフトクラトル遠征はこれまでにない大規模なものであり、何よりも一般市民にも発表してしまったものであるから秘密裏に進めることができる部分と公表しなければならない部分があった。

大規模侵攻が起きたのは1月20日。

すでに2ヶ月が経過していて、メディア対策室では定期的に市民向けに経過報告を行っている。

アフトクラトルに連れ去られたC級隊員の家族や友人はもちろんのこと、関わりのない市民であっても関心を持つのは当然の成り行きで、ボーダーがいつ遠征に行ってC級隊員を取り戻すのかが日常会話の話題の中心となっていた。

一日でも早く出発してC級隊員全員を無事に帰還させるのが今回のアフトクラトル遠征の目的だが、市民の多くは4年半前の第一次近界民(ネイバー)侵攻で行方不明になっている約400人の市民の捜索と生還を待ち望んでいるのだ。

近界(ネイバーフッド)へ行ってさらわれた市民や隊員を救出するのが容易なことではないことを誰もがわかっているから不満の声はまだ上がっていないが、アフトクラトル遠征が失敗することになろうものならすぐに非難轟々となるだろう。

よって今回の遠征はボーダーの将来を決めるものとなるわけで、全ボーダー隊員及び職員は一丸となって遠征成功を目指している。

メディア対策室では毎月第1・3日曜日にボーダーの広報番組を放映していて、記者会見でアフトクラトル遠征が発表されたことで2月からはその遠征計画の進捗具合なども報告されるようになった。

最新の放映分では遠征に参加する隊員の人選が行われ、特別訓練が始まったことが市民にPRされ、市民のボーダーに寄せる期待が一層高まっていったのだった。

 

ところが市民のすべてが好意的に応援してくれるとは限らず、中にはボーダーに対して敵意に似た感情を持つ者たちもいた。

未だに第一次近界民(ネイバー)侵攻がボーダーの自作自演であったというだけでなく、先の大規模侵攻はボーダーの必要性を再アピールするデモンストレーションだなどとバカバカしいデマを吹聴する連中がいるのも事実だ。

もちろんそんなデマを信じる者はほとんどいないが、ごく少数の人間はこういう陰謀説的な話が好きで信じるというよりも信じたい奴らもいる。

ただデマを流す個人レベルなら放置しておいてもさほど脅威ではないのだが、時々ボーダーの存続が危ぶまれるような大問題を引き起こす原因となる人間も現れる。

第一次近界民(ネイバー)侵攻によってトリオンやトリガーといったこちら側の世界にない文明が異世界に存在すると知られてしまったわけで、その知識や技術をボーダーという民間の一組織が専有していることを危険視したり不満を持つ連中が動くとなれば放ってはおけないというもの。

中にはトリガーの技術を手に入れようと企む者も現れるのは至極当然だ。

そういったボーダーにとって近界民(ネイバー)とは違う「敵」の存在は後々面倒になってくるので、唐沢の()()の「人脈」を利用して見つけ次第「処理」していた。

処理といっても人命を奪うのではなく、例の記憶を操作することでボーダーに関することだけでなく()()()()記憶を消す ── これまでの人生の中で積み重ねてきた知識や経験といったものを初期化てしまうことでその人物の()()()()()()()を断ってしまうのだ。

一時は下火になったもののアフトクラトル遠征が公になったことで国内外の様々な組織の活動が再燃し、それが遠征計画の支障となってしまっては非常に困る。

特に唐沢が()()に手間を取られてしまうと()()の外務・営業が疎かになってしまう。

金策や各団体との折衝はボーダーの運営にとって欠くことのできない重要なものであるから、さすがの城戸も頭を悩ませてしまい()()()()()()ひとつの策を考えた。

 

 

◆◆◆

 

 

「まさか…そんなことが実際に起きていただなんて…」

 

ツグミは城戸から話を聞いて困惑していた。

 

本部司令執務室には城戸と迅とツグミの3人しかいない。

これは最高レベルの極秘会談で、ここで見聞きしたことはたとえ忍田や林藤であっても口外無用となっている。

 

「ボーダーの、というよりも近界民(ネイバー)のトリオンに関する知識や技術は誰だって興味を持つし使いたいと思うでしょう。でも現状では襲撃してくる近界民(ネイバー)やトリオン兵を倒すという兵器としての利用だけで、それが欲しいということはトリガーを使って戦争をしたいと言っているようなものじゃありませんか」

 

ツグミが腹立たしげに言うと、城戸は彼女を宥めるように答えた。

 

「それが現実だ。日本だけでなく世界各国に近界民(ネイバー)の存在と、近界民(ネイバー)の兵器がトリガーを使う以外に抵抗する手段がないと知られてしまった。こちら側の世界の兵器では何の役にも立たないということは、逆に言えばトリガーの技術を独占してしまえば無敵の状態となるのだから、()()()どもは喉から手が出るほど欲しいに決まっている」

 

「その戦争屋と言われている連中は自分が武器を持って戦うのではなく、絶対に安全だという場所でふんぞり返りながらモニターの向こう側でドンパチやっている様子を暢気に見ていて、そこで消費された兵器や武器を製造するメーカーのお偉方は私腹を肥やす。そんな連中の手にトリガー技術が渡ってしまったら大変なことになってしまいます」

 

「だから様々な組織のスパイが三門市に送り込まれていて、発見次第『処理』をしていたのだが…」

 

「今回の()はこれまでと違ってちょっと厄介な連中だということですね?」

 

「そうだ。これまでは防衛隊員として潜入するというケースが多かったが、今回は技術者(エンジニア)を誘拐するという手に出た。なにしろスパイが潜入するというケースが相次いだことで入隊試験の合格者の身元調査を慎重に行い、その時点でかなりの数のスパイを排除してきたのだが、敵はやり方を変えてきたらしい」

 

「それはそうでしょう。正隊員になって正規のトリガーを手に入れてそれを持ち出したところでトリオンのことをまったく知らない人間には解析のしようがないし、隊員本人にはトリガーの仕組みなんてまったくわからないんですから。それならいっそのことトリガーを持っている正隊員と技術者(エンジニア)をさらってしまえばいい…と考えるのは当然です。潜入するよりもはるかに安全で確実です。正隊員の名前と顔写真は誰でも閲覧できるサイトに載っていますし、技術者(エンジニア)は本部基地から一番近いコンビニで張っていれば()()()ですぐにわかりますからね」

 

城戸は大きく頷いた。

 

「そこから先は俺が説明をしますよ」

 

迅はそう言ってツグミに説明をする。

 

技術者(エンジニア)の高木大輔(たかぎだいすけ)さんのことはおまえも知ってるよな? 寺島さんと一緒にイーグレットの製作に携わったベテランで、彼は今朝の8時まで本部基地(ここ)で仕事をしていて3日ぶりに自宅へ帰ろうとしていて行方がわからなくなった。あ、別に心配しなくていい。これは前もってそうなることが視えていたから、あの人にはそのことを伝えて()()()()()()()()()だけだから」

 

「はあ? そんなことをすれば次は正隊員の誰かが狙われるということじゃ…」

 

「そう。ここで正隊員がさらわれて敵の手にトリガー使い、トリガー、技術者(エンジニア)の3つが揃えば奴らは喜び勇んで()に帰る。そこを一気に叩こうって作戦だ。これまでのように記憶を消して放り出すという生易しいやり方じゃダメだってわかったからな、今回はこっちの本気を見せようってわけさ」

 

迅の説明でようやく自分が呼ばれた理由がわかった。

 

「おとり捜査をするにしてもそんな危険な役目を普通の隊員にさせられない。こういうヤバイことはボーダーの()を知っているベテラン隊員に任せようと。いざという時に使()()()頭の回転が速くて十分な戦力と度胸を持ち、そして一般隊員のように記憶を封印せずに済むのはわたしくらいですものね。もちろんいいですよ。やりましょう。それで具体的にどうすればいいんですか?」

 

ツグミは迅から作戦内容を聞き、流れの大部分は納得できたのだが一部不満なところがあった。

 

「大規模侵攻で特級戦功を受賞した完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)という宣伝文句は敵にとって魅力的でしょうね。攻撃手(アタッカー)射手(シューター)銃手(ガンナー)、そして狙撃手(スナイパー)とすべてのポジションのトリガーを装備していて、わたしのトリガーを手に入れることができれば近・中・遠距離のトリガーの解析ができて便利ですから。でもだからといって敵がわたしを狙うとは限りません。たしかに敵がわたしを拉致しようとする可能性は高いですが、他の隊員を狙うことも考えられます。それはどうするんですか? それに今のわたしはS級なんですけど」

 

「そのことなら心配いらない。敵が技術者(エンジニア)と隊員を拉致する未来が視えてすぐに手は打った。広報のサイトのおまえのプロフィールはB級に戻してある。奴らも詳しく調べてあるだろうからリスクの高いA級に手を出そうとはしないだろうし、C級の訓練用トリガーではハイリスクでローリターンとなるから避ける。そこでB級が標的(ターゲット)になるわけだが、B級の半数以上は部隊(チーム)を組んでいるから市内巡回などで外回りをしていても狙いにくい。問題は無所属(フリー)の連中だが、こいつらも市内巡回の際には即席の部隊(チーム)を組んで行動させているし、今()()本部基地に集合させて特別訓練を行っている。この状態でおまえがひとりで市内巡回をしているとなればそれはサバンナで群れから離れた草食獣みたいなもので、襲ってくれと言っているようなものとなる」

 

「でもプライベートの時間、たとえば学校の登下校時とか、非番で町へ遊びに出かけている時とかに襲われるかも」

 

「人の目の多いところではさすがに拉致はできないだろ? その点市内巡回の任務中なら警戒区域内がメインだから誰の目にも付かない状態でさらうことができる。民間人にトリガーを使ってはいけないという大原則が頭に刷り込まれているからトリガーを使って戦おうとはしないし、たったひとりの女子なら成人男性がひとりかふたりで簡単に取り押さえることができるから仕事はスムーズに進むと敵は考える。おまえもそうは思わないか?」

 

「まあ、ジンさんの未来視(サイドエフェクト)でこの作戦がベストだと考えているのならそうなんでしょうね。わかりました。さっそく始めましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミは()()()()()()()()()()()()()で換装して、警戒区域と緩衝エリアの境を中心に「巡回任務」を行っている。

近くに迅がいることがバレるとそこで作戦失敗となるから、彼には本部基地で待機してもらうことにした。

よって本当にたったひとり「群れから離れた草食獣」の状態で、いつ敵に襲われてもおかしくない。

 

(この忙しい時に面倒事を持ち込んでくれたのはどこの誰かしら? …まあ相手がどんな連中であってもその組織に痛手を負わせることができるなら何でもやってやるわよ。それでも本拠地を潰す…なんてトコまではできないだろうけど、組織の末端を派手に叩けば上の方まで『ボーダーの本気』を知らしめることができるはず。そして他の組織にも噂は広まり、誰も下手に手出しできなくなる。だから絶対にこの作戦は成功させなきゃ!)

 

ツグミがそんなことを考えながら無人の()住宅地の道路を歩いていると、前方約30メートルと後方約20メートルの地点それぞれに「殺気」を垂れ流している人間がいるのを感じた。

本人は消しているつもりなんだろうが完全には消えていないものだから、彼女にはバレバレだったのだ。

 

(あらら…殺気の消し方が下手ね。たぶん素人の女の子だと甘く見られたんだわ。こっちは7歳の時から剣術を習ってるのよ、それくらいの殺気の消し方じゃバレバレだってーの。でも気付かないフリしてあげなきゃ)

 

ツグミはそのまま真っ直ぐ歩き、前方の殺気の主のすぐそばに来たタイミングで敵に動きがあった。

前方の殺気の主はツグミの前に立ち塞がり、逃げようとする彼女を羽交い締めにする。

身長が190センチくらいある筋肉質の大柄な男で、着ているグレーの作業着がパッツンパッツンなものだから派手に動いたらマンガのように上着が弾け飛びそうでツグミはつい笑いそうになってしまった。

 

「イヤ、放して!」

 

ツグミは()()()少女のように暴れて抵抗する。

トリオン体だから本気になれば格闘技の達人の成人男性でも投げ飛ばすくらい簡単にできるのだが、それでは拉致されないで終わってしまうので力を加減しなければならない。

 

(ああ、面倒くさい。手加減しながら戦うのは難しいんだから。さっさともうひとりも出て来なさいよ)

 

後方の殺気の主もグレーの作業着を着ているが中肉中背の男で、駆け寄って来て何かスプレー缶のようなものを彼女の顔に向けて噴射した。

 

(これ、催眠ガスみたい。だったら眠ったフリをしなきゃ悪いわね)

 

暴れていたツグミはわざと脱力して眠ったフリをする。

彼女の耳には男たちの会話が聞こえた。

 

「案外あっけなく済んだもんだな」

 

「ああ。もっと手を焼くかと思ったが、所詮16歳の小娘だ。アジトでリーダーが待っている。さっさと行くぞ」

 

ツグミを羽交い締めにした大男が彼女を荷物のように肩に担ぎ上げ、もうひとりの男が辺りを警戒しながら走って行く。

 

(近くに車を止めてあるんだろうな。どこへ連れて行く気だろ? ま、どこでもかまわないんだけど)

 

眠ったフリをしているツグミはレイジのような鍛えられ上げた筋肉モリモリの腕でしっかりとホールドされて運ばれて行った。

そして警戒区域と緩衝地帯の境に止めてあった冷蔵トラックのコンテナの荷台に置いてあった頑丈な手錠と足枷を付けられる中にと放り込まれ、男たちはドアを閉めてから運転席の方へ走って行く。

 

(コンテナなら外から覗けないし、万が一わたしが目を覚ましても外は見えないし助けも呼べない。車の選択は間違っていないわね。いちおうこのふたりはプロなんだろうな。殺気の消し方は完璧じゃないけど素人ではないし、わたしを羽交い締めにしたガチムチの男はタダの格闘家ではなさそうだった。トリオン体についても調査はしているからこんな頑丈な手枷足枷を付けたんだろうけど、催眠ガスを使うってことは生身を強化して戦っているものだと考えているみたい。トリオン体に換装しているってことは知らないのね)

 

さらにツグミは考えた。

 

(トリガー起動時は三門市内ならどこにいても位置がバレることを奴らは知ってるのかな? 市内のどこかにアジトがあってそこに運ばれるならあまりにもイージーモードでつまらないわね。徒歩が基本の市内巡回中に時速20キロを越えるスピードで移動したら城戸司令とジンさんの携帯するタブレット端末に異常を知らせるようにしてあるんだけど、そろそろふたりにわたしが拉致されたことが知らされた頃かな?)

 

 

 

 

ツグミがそんな想像していた頃、城戸と迅はツグミの異常を察知していた。

迅はすでに本部基地の外で待機しており、アラートが鳴ってタブレット端末に表示された赤い点 ── ツグミの現在の所在地を目指して車を走らせている。

 

(換装を解いた形跡はないから大丈夫だろうが、どこの国の組織かわからない連中にさらわれたんだから油断は禁物だ。…っとあと200メートル、もうすぐだ)

 

「ジン、ツグミを連れ去った奴らの車にまだ追いつかないのか?」

 

助手席に座っているゼノンがイライラしながら訊く。

 

「う~ん、あと200メートルってトコかな。この先に高速道路のインターチェンジがあるから、そこから市外へ出ようってことらしい」

 

「どこへ行くつもりなんだ?」

 

「さあね。でも大丈夫だって。あいつの現在地はリアルタイムでわかるようになっていて、こうして地図を見ながら追っているんだし、居場所さえ正確に掴んでいれば救出はいつでもできる。だろ? 今は先に拉致された技術者(エンジニア)とあいつが合流し、敵の本拠地…とまでいかずともボーダーに対する戦略拠点の所在地がわかればこっちのもんだ」

 

この車には迅の他にゼノン、リヌス、テオの3人が同乗している。

なぜならこの作戦には彼らの協力が不可欠であり、彼らの了解があって初めてツグミは行動を開始したのだから。

 

「しかし万全の対策をしているといっても彼女の身に万が一のことがあれば取り返しのつかないことになる」

 

後部座席のリヌスが迅に声をかけ、その隣のテオも同感だと言わんばかりに頷いた。

 

「心配いらないって、リヌス。敵はおまえたちの時と同じようにトリガーとその使い手を必要としているんだ。無闇に傷付けたり殺したりはしないさ。あいつもそのことをわかっているからおとなしくしているはず。…お、見えてきたぞ。たぶんあの冷蔵トラックにツグミは乗せられている。もう少し近付いて内部通話で呼びかけてみよう」

 

迅は車のスピードを上げて冷蔵トラックのすぐ後ろにつくと、内部通話で呼びかけた。

 

[ツグミ、聞こえるか?]

 

するとすぐにツグミからの返答があった。

 

[あ、ジンさん、今どこにいるんですか?]

 

[もうすぐ三門ICに入るところだ]

 

[じゃあ、市外に出るんですね。このトラックだと外が見えないし、()()()()()()手錠と足枷を付けられていて身体を動かすこともできないんで暇を持て余していました]

 

[ハハハ…じゃ、今のところは大丈夫だな]

 

[はい。…ところでわたしを拉致った男はふたり。ひとりはガチムチの大男でレイジさんと同じくらいの身長で、もうひとりは中肉中背でこれといって特徴のない平凡な体型。グレーの作業着を着ていて、どちらも日本人。言葉に違和感はなかったから。殺気の消し方は下手くそですぐバレてしまうレベルだからベテランの諜報員ってカンジじゃありません。アジトでリーダーが待っそのていると言っていましたから、一旦そこに行ってから別の場所に移送すると思われます。アジトってところに高木さんもいるんじゃないでしょうか]

 

[たぶん、な。おまえの乗せられたトラックは特定できたが見失うとマズイからGPS発信機を付けておく]

 

[了解です。それとゼノン隊長たちはそこにいますよね?]

 

[ああ]

 

[じゃあ、みんなに伝えておいてください。わたしのことは心配せずに予定どおりの行動をしてくださいって]

 

[わかった。じゃ、またな]

 

そこで通信は切れた。

通話の内容は迅にしかわからないものだから、ゼノンたちは早く事情を知りたいと身を乗り出していた。

 

「ツグミはまったく心配いらない。手錠と足枷で身体は拘束されているがそれを壊してしまうと今後の展開が狂うからおとなしくしているだけで、いざとなれば自分ひとりで脱出できる状態にある。コンテナの中だから外が見えなくて退屈だと言っていたくらい余裕があるから精神的にも落ち着いている。犯人は男ふたりで、諜報員としてはあんたたちよりもはるかにレベルが低いみたいだ。『わたしのことは心配せずに予定どおりの行動をしてください』と伝言を頼まれた」

 

迅にそう言われたものだから、ゼノンたちは安堵のため息をついてシートに腰を深く下ろした。

 

「考えてもみてくれ、あんたたちに拉致された時にも落ち着いて行動し、わずかな手がかりを元に自分の居場所を特定した洞察力や、近界民(ネイバー)の男3人に囲まれても動じない冷静さを持っていることは承知していて、だからこそこの計画に協力してくれたんだろ? あの時の状況に比べれば今回は楽なもんだ。なにしろこっちのシナリオで進めているんだからな」

 

たしかに迅の言うとおりである。

ツグミが「敵の手に落ちた」なら不安にもなるが、「敵の策略に乗ったフリをしている」であるから気を揉む必要はないのだ。

しかし100%安全であるという保証がない以上は心配もしたくなるというもの。

迅ですらまだ未来が確定はしていないので多少不安はあるものの、大規模侵攻の時に比べればなんてことはない。

なにしろあの時はツグミがアフトクラトルに連れ去られる可能性もあったわけだが、彼女は自分の意思でその未来を跳ね返して無事に戻ってきたくらいであるから、今回も彼女の「意思の力」を信じている。

 

「高速に乗るくらいだからしばらくはドライブを続けることになりそうだ。あんたたちも今から気を張ってると身体が持たないぞ。しばらくは三門市以外の玄界(ミデン)の景色を楽しむといい」

 

そう言って迅はツグミが囚われているトラックのコンテナにGPSの発信機を撃ち込むと、怪しまれないように離れることにした。

しかしいつでも内部通話ができる状態を保ち、三門ICから高速道路の上り線に進入したのだった。

 

 






ボーダーにとっての「敵」は近界民(ネイバー)だけとは限りません。
近界(ネイバーフッド)のトリオンとトリガーの知識や技術を欲しいと思っている連中はこちら側の世界にも大勢いることでしょう。
第一次近界民(ネイバー)侵攻でその存在がバレてしまった近界(ネイバーフッド)という異世界と、そこにある未知の知識や技術は世界各国の諜報機関の注目の的になっているはず。
防衛隊員に志願して潜入し、トリガーを持ち出そうとするスパイは絶対にいたことでしょう。
しかしそれが「なかったこと」になっているのは例の記憶封印措置でボーダーやトリガーに関する記憶を消してしまっているから。
ただ「なかったこと」にするだけではいつまでも同じような事件が起きるでしょうから、今回は今までにない厳しい「処理」をすることにしました。
城戸としては不本意ですが、ゼノンたちに協力を求めることになりました。
それは迅の提案で、彼らの協力なしには成功しない計画だからです。
さあ、ツグミは()()()()()()敵に拉致されてしまいました。
彼女を守る4人の「騎士」たちはどう動くのでしょうか?
次回に続きます。


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