ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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246話

 

 

途中のサービスエリアで一度休憩した後、ツグミをさらった男たちの運転するトラックはは六会(むつあい)市街に入っていった。

六会市というのは三門市から100キロほど離れた人口約60万の都市で、主産業は乗用車や精密機械などの製造。

それらを海外に輸出するための大きな港があり、港湾施設として倉庫や関連する事務所など「秘密組織のアジト」としてピッタリの場所がいくつもある。

ツグミたちを輸出品と一緒に国外へ秘密裏に()()()()ことも可能だ。

そんな港湾施設の一番奥、すぐそばにいくつものコンテナが積み込まれている貨物船が停泊しているエリアがあって、ツグミが乗せられているトラックは走って行き二階建ての事務所の前に停車した。

迅たちの車は港湾施設エリアの入口に停め、そこから迅とリヌスとテオは一緒に行動し、ゼノンだけ別行動をすることになった。

 

「俺とリヌスとテオは敵のアジトに向かう。ゼノンはここで待機していて、俺が合図したら打ち合わせのとおりに動いてくれ」

 

「「「了解」」」

 

迅とリヌスとテオはトリオン体に換装して目的地の事務所へと進んで行く。

ツグミのトリオン体の反応がタブレット端末のマップに表示されており、換装を解いて生身になった時には彼女のジャケットのボタンに偽装したビーコンが反応するようになっている。

今のところトリオン体のままのようであるから、彼女の身の安全は保証されているようなものだ。

トリオン体なら彼女ひとりで生身の男の10人や20人は軽く叩きのめすことは可能なのだが、高木が人質に取られていることを考えると少々不安も残る。

 

(あいつのことだから危険があれば機転を利かして回避できる。言葉巧みに相手を煙に巻くのが得意だから、いざとなれば口八丁手八丁でその場を誤魔化すだろう。ただ…あいつは危険を承知で無茶をすることもある。そっちの方が心配だな)

 

 

迅たちはツグミたちが監禁されている事務所が見える一角へとやって来た。

その入口付近には同じグレーの作業着を着た男たちが4人いて、周囲を警戒しながらバラバラに歩いていたり近寄って情報交換をしているような様子が見られる。

 

「あの様子だとまだ俺たちの存在には気付いていないようだ。ここから先は敵のテリトリー。カメレオンを使って接近し、トリガーを使わず格闘術で敵を倒してくれ。武器(トリガー)を使わずに素手で戦えばカメレオンは解除せずに済むからな。俺は格闘に関して素人だからプロのふたりに任せた。俺はゼノンが開けた(ゲート)に奴らを放り込んでいく役をする」

 

「「了解」」

 

迅の指示でリヌスとテオはカメレオンを起動し、敵がバラバラになったタイミングで襲撃を開始した。

リヌスとテオの動きは謎の男たちにうめき声ひとつ上げさせずに次々と失神させていく。

いくら相手がプロ集団といえどもトリオン体を透明化して視認できないリヌスたちの接近に気付くことはできず、気付いた時にはすでに手遅れの状態であった。

左手で敵の右手首を持つと同時に敵の顎を右掌で押し上げ、左足を踏み込んで敵を後ろに崩し、右足を敵の右足に掛けて押し倒すという自衛隊格闘術の「首返し」と同じ技を駆使し、小柄なテオですら身長180センチの男を一発で失神させてしまった。

 

(さっすが~。ボーダーでも格闘術を組み合わせた訓練をやったら面白いかも? …なんてのんびり見ている暇なんてなさそうだ)

 

迅はゼノンに通信で呼びかける。

 

[あんたの部下は優秀だな。もうあんたの出番だぜ。それぞれの位置は確定できているか?]

 

[ああ。今から(ゲート)を開いて2点を繋ぐ。(ゲート)が開いたら敵を放り込んでくれればいい]

 

[了解。じゃ、頼む]

 

ゼノンは「タキトゥスの(ブラック)トリガー」を起動し、迅たちのいる事務所のすぐそばに(ゲート)を開いた。

そこに迅は失神している男たちを放り込んでいく。

そいつらの行く先はボーダーの牢屋である。

つまり(ゲート)を本部基地の牢屋の中にも開き、双方を繋いだということだ。

タキトゥスの(ブラック)トリガーはゼノンの使用する(ブラック)トリガーで、アフトクラトルのミラが使用していた窓の影(スピラスキア)と同様のタイプの「(ゲート)を開いて対象を別の空間に転移させる」ことができるというもの。

窓の影(スピラスキア)と違って攻撃ができない非戦闘用で人間や物の移動にしか使えないが、その代わりに繋ぐ2点の距離は200キロメートルまで可能だというのだから彼らのような諜報員としての任務 ── 要人の拉致や破壊工作の後の逃走など ── には向いている。

 

迅が男ふたりを(ゲート)の中に放り込んだタイミングで、カメレオンを解除したリヌスとテオがそれぞれ自分の倒した男の上着の襟首を掴んでズルズルと地面を引き摺って戻って来た。

 

「ジン、この辺りにはこいつらだけしかいないようだ。ツグミの方に何か変化はあったか?」

 

リヌスに訊かれて迅は首を横に振って答える。

 

「いや、まだ何もない。たぶんあいつのことだから敵組織の情報を集めているんだろう。無理をしなくてもいいんだが、ここで今後の憂いを取り除くために自分の手でやりたいんだ。こっちはいつでも行動できるよう準備をしておくだけでいい」

 

 

 

 

その頃ツグミは拉致グループのリーダーと思しき人物と対峙していた。

彼女が連れ込まれた建物は1階が普通の事務所のようにいくつかの机や電話、書類棚などが置いてあって怪しい部分はまったくないのだが、2階に上がると雰囲気がガラッと変わった。

外観はプレハブの簡易な建物のように見えるのだが、内部はコンクリート造りの頑丈な壁になっていて、さらに外に音が漏れないように音楽スタジオのような防音処置がされている。

ここなら叫び声を上げようが、中で銃撃戦をしようが外にいる人間にはわからないだろう。

ツグミはずっと眠らされたフリをしており、トラックが停車した時点でもまだ()()を続けていた。

そして2階の床の上に転がされ、彼女を拉致したふたりの男とは別の男の声で()()()()()()

 

「おい、起きろ。いつまで寝ているんだ」

 

ツグミは男に肩を揺すぶられ、ぼんやりとした目で相手を見た。

 

(こいつ…さっきの連中とは違う。日本語の発音は完璧だけど、日本人じゃない。体格は良いけどわたしを担ぎ上げた大男がプロレスラータイプなら、この男はラガーマンタイプ。それにさっきのふたりよりも賢そうな顔をしていて黒いスーツを違和感なく着こなしている。管理職っぽいから、わたしを拉致したふたり組の言っていたリーダーって奴かな?)

 

目はぼんやりとしている演技をしていながらも頭は冴えているから、ツグミはそんな推理をしていた。

 

「ここは…どこ…?」

 

自分の身に何が起きたのかまったくわからないという演技をしながら部屋の中をキョロキョロと見回した。

すると男の肩越しに壁に貼ってある赤いものが目に入る。

それは某共産主義国の国旗で、赤地に金色で星とハンマーとライフル銃のようなデザインが描かれている。

その隣には軍服を着た60代くらいの男の写真が飾られて、ツグミにはその両方に見覚えがあった。

 

(あ…アレってたしか隣の国と国境を争っている△△国の国旗。その横にある肖像写真はその国の××って国家元首だから間違いない。ってことはこいつらはあの国のアルファベット3文字で表す情報機関のメンバーってこと? それかその下部組織で使いっぱしり、とか。とにかく△△国が絡んでいるとなればこいつらにトリガーの情報がバレたらものすごくヤバイってことじゃない!)

 

△△国というのは年がら年中戦争をやっているというイメージしかない国で、隣国との国境争いが30年以上続いていた。

国内の治安も悪く、国民は貧困に喘いでいるというのに政府の幹部たちは贅沢三昧。

そんな国の情報機関がボーダーの隊員と技術者(エンジニア)を誘拐したとなればその目的はひとつしかない。

 

「おまえがボーダーの戦闘員の霧科ツグミだな?」

 

黒スーツ男が訊く。

 

「……」

 

ツグミはわざと無視して答えずにいると、黒スーツ男は彼女のジャケットの襟を掴んで睨みつけた。

 

「生意気な態度でいると痛い目に遭うぞ。言われたことに素直に答えろ」

 

「ふん、わたしに答える義務はないわ」

 

わざと相手を挑発するように言うと、次の瞬間左頬を平手打ちされた。

 

「私は無駄が嫌いだ。特に時間を無駄にすることが大嫌い。『Time is money』、答える気がないのなら無理矢理にでも吐かせるしかない。…あの男を連れて来い」

 

「了解した」

 

黒スーツ男は作業服の大男に命じて奥の部屋から高木を担いで戻って来た。

 

「高木さん、大丈夫ですか!?」

 

ツグミは高木に呼びかけたが反応がない。

どうやら眠っているようだ。

 

「わたしの時のように薬で眠らせたの?」

 

「拉致した時はな。しかし薬が切れたはずなのにずっと眠り続けている。騒がれても面倒だからそのまま寝かせているだけだ」

 

大男の言葉に嘘はなかった。

なにしろ高木は二徹ののちに家に帰ろうとしていた途中で拉致されたものだから、催眠ガスで眠らされたのをきっかけにぐっすりと寝込んでしまっていたのだ。

気持ち良さそうに大きなイビキをかいている。

 

「こいつに危害を加えるつもりはないのだが、おまえが素直に私たちに従わない時には少々痛い思いをしてもらうことになる。トリガーの解析をしてもらわなければならないから殺しはしないし手や頭は傷付けない。だが足の1本や2本失くしたところで問題はなかろう。一生を車椅子で生活してもらえばいいのだからな」

 

これはツグミに対する脅しであるが、これ以上彼女が逆らえば本気で足の骨を折ったり切断するかもしれない。

()()()16歳の少女ならここで怯えておとなしくなるものだから、ツグミも同じように振舞うことにした。

 

「わかりました、何でも言いますからこの人を傷付けたりしないでください!」

 

ツグミがそう言うと、黒スーツ男はにやりと笑った。

 

「初めからそう素直にしていれば良いものを。…もう一度訊く。おまえが霧科ツグミだな?」

 

「そうです」

 

「今、トリガーは持っているだろうな?」

 

「はい、もちろんです」

 

「では、トリガーをこっちへよこせ」

 

そこでツグミはわざと困った顔をする。

 

「それはできません。トリガーはボーダーの最重要機密で、関係者以外に渡したら隊務規定違反で処罰を受けます」

 

「そんなことは我々に関係ない。早く渡せ!」

 

黒スーツ男が懐から拳銃を取り出し、その銃口をツグミではなく高木の右脚の大腿部に当てた。

 

「渡しますから乱暴なことはやめてください。…トリガー、解除(オフ)

 

ツグミは換装を解いて生身の身体に戻ると右手に握ったトリガーを黒スーツ男に手渡した。

生身の身体なので換装中に付けられた手錠と足枷がない状態になったものだから、男は驚いてしまう。

 

「どういう仕組みになっているんだ?」

 

黒スーツ男に訊かれ、ツグミは正直に教えた。

 

「トリオンを使って戦闘用のボディに換装してから戦うシステムなんです。これを使えばトリオンでの攻撃以外、たとえばあなたがその拳銃でわたしを撃ってもかすり傷ひとつ負うことはありません」

 

「本当か!?」

 

「はい。でもこれを使えるのはトリオン能力の高い人間だけで、普通の人には起動することもできません」

 

本来なら口外してはいけないことだが「いずれ全部記憶を消す」のだからとトリガーの秘密を話すツグミ。

どうせいずれは話さなければならないことで、高木を傷付けられたくないから何でも話すといったフリをして話しているのだ。

 

「ほう…。それで近界民(ネイバー)と戦う武器はこの中に入っているのか?」

 

「そうです。でも詳しいことはわたしにはわかりません。技術者(エンジニア)の人たちに作ってもらったものをわたしたち防衛隊員は指示されたように使っているだけですから」

 

「だろうな。だから私は以前から諜報員に試験を受けさせて入隊させ、正隊員になったら正規のトリガーを盗んで逃げるという潜入作戦はダメだと上申していた。戦闘員にトリガーの詳しい仕組みなんてわかるはずがないんだ。しかしこうして正隊員と技術者(エンジニア)をさらえば簡単にトリガーが手に入り、解析をさせることができる。今まで無駄な時間を費やしてしまったが、これでもう終わりだ。やっと国に帰ることができるぞ」

 

黒スーツ男の話だと若い諜報員に入隊試験を受けさせ、正隊員になったところでトリガーを奪うというやり方を繰り返してきたらしい。

それを何度も失敗し、やっと彼の提案で正隊員と技術者(エンジニア)をさらうことにしたようだ。

 

「わたしはこれからどうなるんですか?」

 

ツグミがこれ以上ないというくらいに不安そうな顔で黒スーツ男に訊く。

すると想定どおりの答えが返ってきた。

 

「これからおまえとこの男は船で日本を離れる。行き先は我が祖国だ。そこの研究施設でトリガーの解析を行うのだが、その時におまえにはいろいろとやってもらうことになる。安心しろ、おとなしくしていれば客人待遇で歓待してやる」

 

「……」

 

泣きそうな顔をしてツグミは黒スーツ男の顔を無言でじっと見つめる。

 

「ふん、そんな顔をしてもダメだ。親きょうだいや友人と離れ離れになるのが寂しいのだろうが、これもボーダーなんかと関わってしまったおまえの業というもの。諦めろ。逃げようとしても無駄だ。周囲は我々の仲間が警備していて、部外者がいれば丁重に()()()()()()()()()()。だから助けを呼ぼうとも誰も来ない。…さあ、行くぞ」

 

黒スーツ男はツグミに再び手錠を付けてから立たせた。

眠っている高木は大男が担ぎ上げ、ツグミ、黒スーツ男、大男の順で階段を降りて行く。

そして事務所のドアを開けて外へ出たタイミングで迅たち3人は行動を開始した。

 

 

迅、リヌス、テオはカメレオンで姿を消し、音を立てずにツグミたちに接近する。

まず迅がツグミを抱き抱えて男たちから引き離すと、突然彼女が()()()()()()ものだから黒スーツ男は慌てて彼女を追うがそこをテオが「首返し」で失神させた。

高木を担いでいた大男は自分の周囲で起きる不可思議な状況に茫然としてしまう。

その間に迅はツグミを安全な場所まで運び、彼女の手錠をスコーピオンで切断した。

 

「ツグミ、大丈夫か?」

 

「ありがとうございます、ジンさん。わたしは何ともありません」

 

そんな会話をしていると、リヌスが黒スーツ男から奪い返したツグミのトリガーを持って来た。

 

「ツグミ、これを」

 

「リヌスさん、ありがとうございます。じゃ、あの大男はわたしに任せてください」

 

自分を拉致した男にひと泡吹かせてやりたいという気持ちがあるものだから、迅たちに任せず最後は自分の手で始末しようというのだ。

 

「トリガー、起動(オン)

 

ツグミは再び戦闘体に換装すると、大男にゆっくりと近付いて行った。

 

「貴様…」

 

「高木さんを解放しなさい。あなたは孤立無援の状態で、わたしには4人の騎士(ナイト)がいる。わたし自身も戦うことができるのよ。無駄な抵抗はやめた方がいい。それでも抗うというのならわたしが相手になってあげるわ」

 

ツグミの言葉に触発されたのか自棄になったのかわからないが、大男は高木を少し離れた安全な場所に寝かせるとツグミの前に戻って来た。

 

「おまえのような小娘が俺を倒せるというのか? ならばやってみろ。どうせ俺たちは任務に失敗した。組織からは不要な人間とされ、最悪消されることになるだろう。ならばわずかでもチャンスがあるなら戦って勝ち、世界の果てまで逃げてみせるさ」

 

大男は格闘になれば自分の方が有利だと考えているようだ。

たしかにツグミが戦闘用のボディになってダメージを受けないといっても手練の格闘家に絞め技をかけられたら外すのは不可能。

だからこの男は勝てるという自信があるのかも知れない。

格闘家としての腕はあるようだが人間として頭が悪いことは一目瞭然。

ここまでの展開で今回の拉致事件がボーダー側のシナリオに沿って進んでいることに気が付かないのだから。

 

熊が立ち上がって前脚を挙げたようなポーズでツグミを威嚇するが、彼女はそれくらいで怯えるような小娘ではない。

身の丈の何倍もあるトリオン兵相手に何年も戦ってきたのだから。

彼女は何度も命の危険に晒され、この大男よりもはるかに数多くの死線をくぐり抜けてきた強者なのだ。

冷静な…というよりも冷ややかな目で大男を見つめながら、両手にトリオンキューブを浮かべた。

 

「何!?」

 

迅はツグミが例によって徹甲弾(ギムレット)を撃ち込もうとしているのだと推測した。

ボーダーの弾丸トリガーには流れ弾防止の処置がされていて当たっても気絶する程度で済むはずなのだが、さすがに徹甲弾(ギムレット)のゼロ距離射撃で無事に済むとは思えない。

迅がツグミを止めるために声をかけようとしたが、それよりも早く大男が先手必勝とばかりにツグミに向かって突進、ツグミは大きく後ろにジャンプしてトリオンキューブを真上に撃ち上げて叫んだ。

 

「エスクード!」

 

すると頑丈なトリオン製の壁が大男の前にせり上がるが、いきなり壁が現れたものだから大男は勢い余って体当たりしまう。

 

「ぐはっ!!」

 

大男は踏み潰されたカエルのような声を上げ、そのまま仰向けにバタリと倒れた。

その様子を見ていた迅たちは呆気にとられてしまい、張本人のツグミは倒れている大男のそばに近付くと見下ろしながら言う。

 

「気分的には徹甲弾(ギムレット)を顔面に撃ち込みたいところだけど、悪人とはいえ民間人相手にそれはマズイわよね。だからこれくらいで勘弁しておいてあげるわ。そもそもわたしは攻撃してないわよ。あなたが勝手に突っ込んで来て自爆しただけだものね」

 

大男は意識を失っているわけではないのでツグミの声は聞こえていたはずだ。

まともに戦おうとしても不利だと判断したらしく、降参することにした。

 

「参った…。好きにしろ」

 

ツグミはゼノンに(ゲート)を開いてもらうと大男を中へ放り込んだ。

その様子を見ていた迅が訊く。

 

徹甲弾(ギムレット)を顔面に撃ち込みたい気分って…何があったんだ?」

 

「あの男、わたしを拉致した時にわたしを荷物のように担ぎ上げたのは仕方ないとしても、その時にどさくさに紛れてお尻を触ったんです。それにあのアジトの2階に運び込む時にも。2回ですよ、2回。レディのお尻に触るなんてサイテーの男じゃありませんか。ねえ、ジンさんもそう思いますよね?」

 

「あ、ああ…」

 

曖昧な言い方しかできない迅はツグミから目を逸らしながら答えた。

 

「でもわたしが制裁を加えるまでもなく、それに加えたところでどうせ全部忘れちゃうんだから意味はない。…ってことで民間人にトリガーを使うという私的制裁で自己満足するよりも、ボーダートップの判断に任せることにしたんです。わたしは城戸司令にもう二度と隊務規定違反をしないと約束したんですから」

 

ツグミは捕虜を逃がすという隊務規定違反をしたことで、逃がしたことを後悔はしていないものの違反行為については深く反省している。

だから感情のままに徹甲弾(ギムレット)を撃ち込むことを我慢し、ボーダー隊員としての正義を全うしたというわけだ。

 

「それよりもこれで全部片付いたなら、敵の正体を暴く証拠を探して早く撤退しましょう。くだらない連中のせいで1日まるまる無駄にしちゃいましたから。2階にちょうど良いものが貼ってありましたから、それも持って行きましょう」

 

そう言ってツグミが敵アジトに戻ろうとした次の瞬間、アジトの建物が爆発した。

建物の破片がツグミたちに襲いかかるが、全員がトリオン体であるから無傷である。

 

「火薬のにおい…。事故じゃなくて誰かが証拠隠滅のために爆破したんだわ」

 

ツグミは続いて迅に言う。

 

「この火の勢いだと家捜ししている余裕はありません。わたしが行って持って来ます」

 

「待て、俺も行く」

 

「いいえ。場所がわかるのはわたしだけですし、国旗と写真を剥がすだけですから手間はかかりません。それよりも爆破した犯人が近くにいるはずですからそいつを探してとっ捕まえてください。お願いします」

 

そう言ってツグミは燃え盛る事務所の建物の中に飛び込んで行った。

普通に生身であったら絶対にできないことだが、トリオン体なら心配はない。

 

「証拠品はツグミに任せて俺たちは残りの敵を探そう。俺たちの様子を見ていただろうから、必ず近くにいるはずだ」

 

迅とリヌスとテオは分かれて残敵を探すことにした。

 

ツグミは事務所の2階に駆け上がると壁に貼ってあった国旗と写真を剥がし、燃えないように抱えて外へ出た。

するとその十数秒後にプレハブの建物は脆く崩れ落ち、中にあったものはほぼ残骸に押し潰されてしまった。

これでは消火を急いでも証拠らしいものは残らないだろう。

ツグミが非常時でも冷静に行動できる人間であったからわずかな時間でも周囲の様子に気を配り、国旗と国家元首の肖像写真という動かぬ証拠を手に入れることができたわけだ。

 

一方、テオが気絶している作業着姿の男を引き摺ってツグミたちの元へ戻って来た。

 

「こいつが犯人だ。オレが確認したから間違いない」

 

テオには自分が会話をしている相手の感情が色でわかるサイドエフェクトがあるから、嘘をついたところで無駄である。

 

「ええ、こいつはわたしを拉致したふたり組の片割れよ。どこに隠れていたのかしら?」

 

ツグミは男をつま先で突きながら言う。

そんなことをしているうちに迅とリヌスが戻って来た。

 

「もうこの辺りに人はいない。逃げちまったか、初めからいなかったか…。とにかく今が撤退のタイミングだな。これ以上ここにいても得られるものはなさそうだし」

 

迅は崩れ落ちた事務所だった建物を眺めながらそう言うとゼノンに通信を入れる。

 

[こっちは終わった。今からもうひとり放り込むから(ゲート)を開いてくれ。俺たちはそっちに戻る]

 

[了解]

 

迅は気絶したままの男を(ゲート)の中に放り込む。

 

「さて、この爆発で消防や警察がやって来るだろうからその前に撤退しよう。リヌス、テオ、ツグミの案内を頼む。俺は高木さんを背負って後を追う」

 

リヌスとテオの先導でツグミはゼノンの待つ場所へと走って行く。

その後ろを高木を担いだ迅が追った。

これだけの騒ぎの中でもまだぐっすりと眠ったままなものだから寝かせておこうという迅の思いやりだ。

なにしろ開発室のメンバーは慢性的な人手不足で、家に帰ることができるのは週に1-2回。

二徹三徹は当たり前の超ブラックな職場であるから、せめて眠れる時には寝かせてやりたいと思うものだ。

 

(明日一日特別休暇を与えてほしいって城戸さんに頼んでみよう。それくらいの働きはしてくれたんだからな)

 

高木は拉致されただけで何もしていないのだが、拉致をされるという重要な役目を果たしたのは間違いない。

事情が事情だから誰にも言えないことであり特別手当を出すこともできないが、せめて休暇を与えて労ってやるくらいは城戸も許してくれるはずだ。

 

ゼノンが待つ港湾施設エリア入口まで戻って来たツグミたちはタキトゥスの(ブラック)トリガーで開かれた(ゲート)の中に入って行く。

迅は高木を車の後部座席に乗せてから運転して(ゲート)の中へ消えて行き、最後にゼノンが中に入ると(ゲート)は消滅した。

ツグミたちの行き先はボーダー本部基地の幹部や来賓客用の駐車場で、誰ひとり負傷することなく無事に帰還することができたのだった。

 

「さて、高木さんはそのまま寝かせておいて、俺たちだけで城戸さんに会いに行こう」

 

ツグミたち5人は人目を気にしながら基地内に入り、本部司令執務室へと直行した。

 

 

 

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