ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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248話

 

 

第2回のアフトクラトル遠征参加メンバー「本隊」の特別訓練は東の指示によって戦力バランスを考慮した分け方をした紅白戦で行われた。

これはツグミが担当から外れ、以降の訓練は東たち「実際に遠征に参加するメンバーのみ」で行うことになったからである。

前回はアフトクラトルの城郭都市を外から攻略するという実戦に近い訓練であったが、今回は普段の訓練で使用する「市街地B」のマップ。

訓練内容に不満はないのだが、かといって満足できるものでもないという中途半端な気持ちで本隊のメンバーは反省会を行うことになる。

会議室に全員が集合し、東がホワイトボードの前に立って呼びかけた。

 

「反省会を行う。今日の訓練に関して意見や感想のある者は手を挙げてくれ」

 

「……」

 

誰からも手は挙がらない。

意見や感想がないというのではなく、言葉に表すのに苦労しているのが東にはわかった。

特別に何か良いことや悪いことがあったなら言うのは簡単なのだが、これといって何の変哲もないものについて意見を言うのは難しいものだ。

また東がお膳立てした訓練であり、それに対して何か異論を唱えるとなれば東にケンカを売っているようにも思えてしまう。

一方、ツグミが立案した訓練の方は特殊な設定でクリア内容も単純に「勝てば良い」というものではないから善し悪しは別にして感想は持ちやすいし、ツグミになら賛成でも反対でも意見を言いやすい。

 

「なんだ、誰も意見がないのか? ないのならこれで今日は終わりにしよう。それと今回の訓練の内容に意見がないようだからみんなも納得しているものだと判断する。よって次回の訓練も同様の紅白戦とする。では ──」

 

東が解散を告げようとした次の瞬間、太刀川が手を挙げた。

 

「東さん、ちょっといいですか?」

 

「いいぞ、太刀川。言ってみろ」

 

「俺は前回の訓練に参加していなかったから良く知らないんだけど、出水から聞いた話だと選抜試験と同じアフトクラトルの城郭都市のマップで、城壁の外側から攻めて何人かが中に入ることでミッションクリアってゲームみたいなもんだったらしいじゃないですか。それなのに何で今日の訓練はいつもの市街地のマップでの紅白戦ってことになったんですか?」

 

「それは前回の訓練の終了後に霧科の行う訓練の内容に異論が上がり、彼女はアドバイザーを辞めることになった。そして反省会の後に俺は彼女と話をし、次回からは遠征に参加するメンバーだけでやってくれと言われた。俺には彼女のようにアフトクラトルでの実戦を想定しての訓練内容を考えることはできないから、()()()()()()市街地のマップを使った()()()()()()部隊(チーム)戦を行ったまでだ」

 

「だけどこんな訓練なら別に遠征用の特別訓練の時間にやる必要はないでしょ? わざわざ全員が集まってやるんだから、こう…もっと遠征に向けての内容でやった方がいいんじゃないかって思うんですけど」

 

「じゃあ、具体的にどんなことをすべきだと思うんだ?」

 

「やっぱアフトクラトルの街の中での戦闘を想定した模擬戦の方がいいんじゃないかな。市街戦の訓練をやるにしてもいつもの市街地の設定じゃ面白くない。訓練だって同じやるなら面白い方がいいじゃないか」

 

「…!」

 

太刀川の「やるなら面白い方がいい」という言葉に皆がハッとした。

言われてみればそのとおりなのである。

ツグミが考えた訓練内容は「敵をすべて倒す」とか「制限時間内に何人の敵を倒すか」という単純な戦闘ではなく「城内に一定の数の隊員が侵入する」という戦闘能力を試すというよりは頭を使ってどうこのクエストをクリアするかというゲームのようなものであった。

今回の訓練で誰もが不満はないが満足もできないというのはそれが原因であったのだ。

馴染みのあるマップで敵も良く知っている相手だから緊張感がない。

レーダーも使用できたからツグミが考えた前回の訓練内容よりも難易度は低く、()()()も格段に下がっていた。

 

太刀川から意見が出たことで、東はツグミとの話を打ち明けた。

 

「実は前回の訓練の反省会の後に彼女と話をしたと言ったが、その時に彼女は助言…のようなものを俺にくれた。そこで俺は彼女に言われたように()()()戦闘訓練をして、そして反省会を開いた。その時に普通のマップで当たり前の部隊(チーム)別の模擬戦をすれば『何かおかしい』と感じる人が現れると言っていたがそのとおりになったな。そして反省会の時にどんなことをやればいいかの議論を行って、その結果を次の訓練に反映させればいい、と。そうやって試行錯誤して自分たちで考えた訓練を行い、自分たちが納得するまでやるべきだというのが彼女の意図らしい。学校の課題でも与えられたものを黙々とやるよりも、自分たちでテーマを決めてやりたいことをやる方が楽しいしやる気も出る。そういったことなんじゃないかな」

 

東の説明を聞き、誰もが理解した。

ツグミがアドバイザーの役を放り出したのは面倒臭くなったとか、小南とのやりとりで腹を立てたからだと考えていた者も、これがすべてツグミのシナリオによるものだとわかって苦笑する。

 

「霧科のやることにはどんな些細なことでも何らかの意図がある。周囲の状況をしっかりと把握し、それを材料に自分の行動や選択が後にどんな影響を与えるかを考えているから、彼女がB級ランク戦で怒涛の快進撃を見せてくれたのも納得できるんだ。それに相手の性格や人間性を正しく掴んでいて、その相手に合わせた行動をする。人によっては褒めた方が伸びる場合があり、また叱った方が効果があるタイプの人間もいる。褒めて伸びるタイプの人間に叱りすぎるとモチベーションを下げてしまい、やる気や自信をなくしてしまう。そういう人間には褒めることで良い部分を伸ばしてやることができる。また叱られて伸びるタイプの人間に褒めてばかりいると、悪いところを指摘してもそこを改善せずに褒められているのだから問題ないと考えてしまっていつまでも問題部分を反省しようとはしなくなる。厳しく叱る時にもきちんと理論的に話すから相手も納得し、反省して以後気を付けようとする。良い教師はこれができるから生徒はより一層成長することができるようになるし、ダメな教師はこれができないために生徒を伸ばしてやることができない。霧科はまだ若いながら様々な経験を積んでいるから自然とそんな知恵や技術を身に付けたんだろうな」

 

「……」

 

「まあ、それはともかく太刀川から意見が出たわけだから、次回の訓練内容についてみんなで議論してみよう。マップはアフトクラトルの城郭都市が良いという意見だがこれに賛成・反対どちらでもかまわない、意見のある者は何でもいいから発言してくれ。霧科のシナリオに上手く乗せられたのだから最後まで付き合ってやろうじゃないか」

 

一度は中止になりかけた反省会であったがこれで無事に行われることとなった。

ツグミの性格を知っている者は納得したし、彼女の手のひらの上で転がされているようで気分は良くないものの乗せられたままでは癪だから彼女の想定を上回るようなことをしてやろうと火が点いてしまった者もいる。

結果的にツグミの計算どおりとなったわけで、()()()()()大成功であった。

 

 

◆◆◆

 

 

昼休みにツグミは東から午前の訓練の様子とその後の反省会の内容についての報告を受けていた。

それがほぼ彼女の想定どおりであったものだから、得意げな顔で東に言った。

 

「これで軌道に乗ったわけですから、後は東さんの腕の見せどころですね。アフトクラトルでの戦いは完全アウェイで、おまけに敵はボーダーの装備についての情報はありますが、ボーダー側にはアフト側のトリガー使いの情報はゼロ。ハイレインの卵の冠(アレクトール)、ランバネインの雷の羽(ケリードーン)、ミラの窓の影(スピラスキア)、ヴィザの星の杖(オルガノン)、そして泥の王(ボルボロス)…奴らの使用する特殊なトリガーに関してはある程度の情報があってその対策もできますが、普通のトリガー使いがどんなトリガーを使用するのかや、城郭都市にどのような仕掛けがしてあるか、さらに他にも未知の(ブラック)トリガーがあるのかなど不明な点は多いです」

 

「ああ。ボーダー側にとって不利な状況で戦わなければならないのだから訓練にも熱が入る。その火を点けてくれたのがきみだ。感謝している」

 

「いえいえ、東さんには返しきれないほどの恩がありますから、こうして少しずつでも返していかなければなりません。わたしの方はわたしなりのやり方でいろいろ対策をしていますので、あなたが想像しているよりは多少楽になるはずですからご安心を」

 

「楽になる、とは?」

 

「今はまだ話せません。ですが話せることもありますよ。まあ、これはわたしの推測ですけど城郭都市の中で戦うとなれば星の杖(オルガノン)の使用は避けるでしょうね。星の杖(オルガノン)は周囲をなぎ払うタイプの攻撃をしますから、街の中でアレを使用すれば周囲の建物や市民を巻き込んでしまいます。大規模侵攻ではアウェイでしたからその憂いがありませんので全力で戦っていましたが、ホームではそうもいきません。あと泥の王(ボルボロス)の新しい使い手がすぐに見付かったとしてもエネドラのように自由自在に扱えるようになるには時間がかかるはず。なのでエネドラの時ほど脅威とはならないでしょう」

 

「なるほどな…」

 

「ただ一番の問題はさらわれたC級たちの居場所がわからない以上、彼らは人質のようなものです。彼らの居場所が判明するまではボーダーの存在を知られてはなりません。本隊の何人かが潜入して居場所を調べるしかないんですが、戦闘力はあってもそんなスパイみたいな役をやったことがない素人ばかりですから。トリガーの改造である程度まではカバーできますが、ここは専門的な訓練をした方が良いかも知れませんね。ステルス戦闘に特化した風間隊なんてこういう仕事にはうってつけでしょう。たぶん唐沢部長に訊けば良い知恵を授けてくれると思います。あの人の人脈は広いですから」

 

ゼノンたちというプロ集団はいるが、さすがに近界民(ネイバー)を講師に迎えることはできない。

それに彼らはまもなく近界(ネイバーフッド)へ旅立つのだから。

 

ツグミと東がそんな会話をしているところに忍田が苦虫を噛み潰したような顔でやって来た。

もちろんツグミに用事があるのだが、東は空気を読んで言う。

 

「俺は席を外した方が良さそうですね? 俺は用事が済みましたからこれで失礼いたします」

 

「ああ、すまない」

 

東は軽く敬礼をしてツグミの作戦室を出て行った。

残されたツグミはなんとなく忍田の不愉快そうな表情の理由がわかるものだからバツが悪い。

 

(午前中に緊急会議が入って訓練に参加できなくなったとは聞いていたけど、その会議って昨日の事件の顛末を忍田本部長たち上層部のメンバーに知らされるものだったんだろうな…。さすがに今回のことは幹部が知らなかったというわけにはいかない。それを事後承諾を得るってカンジになったから機嫌悪いのね。わたしも昨日の夜に真史叔父さんが帰宅した時に何も言わなかったし。でもそれは口外しちゃいけないって城戸司令に言われていたからわたしが悪いんじゃないわ)

 

などと心の中で呟いている間に忍田は東の座っていた椅子に腰掛けてツグミの顔を真っ直ぐに見た。

 

「その顔だと私が何のために来たのかわかっているようだな?」

 

「はい」

 

「もちろんおまえを叱るために来たわけではない。内緒にしていたのは城戸さんの指示であったのだし、今回の一件は民間人だけでなく一般隊員にも知られてはならないことだからだ。あの人の判断は正しい。それはわかっている。しかし会議で昨日の事件のあらましを聞かされた時、私は事件が無事解決しているというのに震えが止まらなかった。昨日の夜、帰宅した私を笑顔で出迎えて夜食を作ってくれたあの時におまえは事件があった様子を一切見せなかったし、今朝だっていつもと同じに送り出してくれた。おまえは私に悟られたくはないと考えて普段と変わらぬ態度でいたのだろうし、私はそのことについて何も言わない。ただ何も知らず悠長にしていた自分が嫌になった」

 

これは本部長としてでなく父親としてツグミのことを心から心配してのこと。

ツグミは忍田の父親としての気持ちを蔑ろにしているつもりはなく、ボーダーを守ることが自分と自分の親しい人間の平穏な日常を守ることに繋がると考えているから、自分が()()危険な目に遭おうとも平気でいられる。

そんな自分を心配して忍田が自己嫌悪に陥ってしまうなど想像もしていなかった。

忍田も本部長という立場であれば仕方がないと諦めもつくのだが、彼女の父親であるという個人的な感情を完全に無視することもできない。

ボーダーのために必要な任務であったとしても、なぜ自分の娘ばかりが危険なことをしなければならないのかと腹が立つのは当然で、同時に彼女の献身がなければボーダーという組織を維持できないという自分たち大人の不甲斐なさにも腹が立ってしまう。

おまけに拉致監禁事件があったことすら知らずにいて、すべてが終わった翌日に事後報告という形で知らされたのだ。

この怒りというか悲しみというか…単純な言葉では表せないこの感情のぶつけ先がなく、ツグミの元気な顔を見ることで気持ちを落ち着けたいと思ってついやって来てしまったというわけだ。

 

肩を落としてうなだれている忍田の姿が哀れで、ツグミはいたたまれなくなる。

 

「真史叔父さん…」

 

思わず立ち上がって忍田の頭を胸に抱いてしまうツグミ。

 

「自分を嫌いにならないでください。わたしが世界で一番好きなあなたが自分で自分を責めるなんて我慢できません」

 

「ツグミ…」

 

「わたしは自分で決めたことや行動したことが間違っていたとは思っていませんから後悔はありません。ですがあなたがこれほど憔悴すると想像ができなかったことには自分の落ち度を感じています」

 

「……」

 

「ボーダーに対して敵対する組織があって、そいつらが隊員や職員に危害を加える可能性があると聞けば何とか対処しなければならず、その最適な人選がわたしだというならやるしかないでしょう。悪意のある連中がやって来てトリガーの技術を盗もうとする。そのために隊員や職員に危険が及ぶかも知れないとなれば城戸司令は全力で防ぐしかありません。今回だってジンさんの未来視(サイドエフェクト)で拉致事件が起きるとわかったから、それを利用して敵組織を叩こうとした。()()城戸司令がゼノン隊長たちに頭を下げたくらいなんですから、今後の憂いがないようにということでどうしてもやらなければならなかったことなんです。以前にゼノン隊長たちに拉致された時とは違ってボーダー側のシナリオで進めることができたのですから、こちらには一切…とまでは言えませんが危険はありませんでした。でも危険がないのだから安心で、何も心配しなくても良いというのなら事前に打ち明けても良かったのかも知れませんね」

 

「……」

 

「あなたがわたしのことを心配する気持ちは良くわかります。ですがそれは忍田真史個人の感情で、ボーダー本部長としてはそんな個人的感情で一喜一憂していてはいけないとわたしは思います。城戸司令はボーダーの最高司令官です。ボーダーの運営に関して全責任を負い、最善と思える行動をしなければならない立場ですが、同時に多くの隊員・職員の安全が最優先と考えています。未成年者が多い組織ですから彼らの親御さんから大事な子供を預かっていて、市民の信頼を失わないためには彼らの身の安全を蔑ろにはできないとい打算的な面がないとは言えませんけどね。それでも結果オーライなわけで、本部長としてのあなたにはもっとボーダーのことを優先してほしいです」

 

「……」

 

「大規模侵攻後、城戸司令は今までになく辛い立場に追い込まれています。三門市の被害は最小限に抑えることができましたが、C級隊員32名がアフトクラトルに連れ去られたという人的被害が出たのですから。そのC級隊員を救出するために遠征部隊を送り出すことになりましたが、まだ準備はできていません。これ以上面倒事は勘弁してほしいというのに今回の事件が起きました。たぶん城戸司令の精神は限りなく消耗していると思います。何かをしてあげたいと思ってもあの人自身が周囲に甘えたり助けを求めようとはしないからどうすることもできません。ならばせめてわたしにできること、つまり今回の事件の解決に協力するのは当たり前のことで、あの人がわたしのことを娘のように大事にしてくれた恩返しでもあります。その恩返しをするのに本当の父親を苦しませるなんて本末転倒なんですけど」

 

「……」

 

そこまで言うとツグミは忍田から離れて椅子に腰掛ける。

そして続けた。

 

「ちょっと冷たいことを言うようですけど、わたしがボーダー関連で行動したことに関しては本部長の立場で判断してもらいたいんです。ボーダーの防衛隊員である以上は誰にだって多かれ少なかれ危険は伴います。それを承知して納得の上で隊員の保護者は子供をボーダーに預けているわけで、それは霧科ツグミの父親である忍田真史も同じ立場です。もっとボーダーという組織を信用してやってください。そしてあなたはそのボーダーの本部長なんですから、隊員の保護者の信頼を失わない行動をする義務があります。わたしが好きな忍田真史はもっと毅然とした態度でいて少々のことで動揺しない男性だったはずなんですけどね。どこへ行ったんでしょうか?」

 

ツグミにここまで言われてはいつまでも落ち込んでいるわけにはいかないと、忍田は顔を上げた。

 

「おまえに説教されるのは何度目だろうか? 毎回おまえの正論に絆されて反省しているというのに。おまえは日々成長しており、嬉しいことなのに寂しく感じるのは私が歳をとったせいなのかな?」

 

「子供は親の所有物ではなく一個の人間ですから考え方や生き方は親の思いどおりにはなりません。時に対立したり仲違いしてしまうのは仕方がないことですが、だからといって相手のことを嫌ったり憎んだりしているのではないんです。ちゃんと話し合えば和解することはできますし、そもそも喧嘩をするのは相手のことを認めているから。相手のことが眼中になければ喧嘩にすらなりませんよ。親子喧嘩なんてあって当たり前。わたしが真史叔父さんという父親の思いどおりにならないのも、意見の食い違いで対立することがあっても、それはすべて家族だから起きることで、家族だから解決する方法も単純。自分の主義主張は大事ですが、それよりも相手のことを大事にしてあげればいいんですから。相手の言葉に耳を傾け、それが自分のことを大事に思うゆえのことだとわかれば振り上げた拳だって下ろすことはできます。わたしは様々な経験を積んで日々成長しています。それを寂しいと感じてしまうのは違いますよ。あなたから離れていってしまうのではなく、大人になることであなたのこれまでの言動を理解できるようになっていくんですから。小さい時にはわからなかったことも今になってみればわかることは多いです。だからわたしは早く大人になりたい。親の苦労は親になってみて初めてわかるといいますから、わたしも結婚して子供ができたら真史叔父さんの気持ちが今以上にわかるようになるんでしょうね」

 

そう言い終えて微笑むツグミの顔に忍田は姉・美琴の面影を見た。

 

(そうか、私は美琴姉さんを喪った哀しみをツグミに愛情を注ぐことで癒そうとしていたのだ。美琴姉さんの最期の言葉に囚われ、この子を託されたことでこの子の人生の全てに責任を持たなければいけないと自分で自分を縛っていた気がする。その呪縛のようなものから解き放とうとしてくれているツグミの行動が私を捨ててしまうように感じたからなのか。それでは父親として失格だ)

 

忍田は自嘲気味に笑うとツグミに言う。

 

「おまえの方が私よりもずっと大人だな。城戸さんの計略もおまえが自ら囮になったのもすべて理性的な判断によるもので、私もボーダーの本部長として理性的に対応すべきだった。騒がせてすまなかったな」

 

「謝ることなんてありません。誰だって同じ立場だったら同じような気持ちになるでしょう。ただその気持ちを抑えられるかどうかの違いです。真史叔父さんがそれを抑えられなかったのは、それだけわたしのことを愛してくれているってことの証拠。娘としてはとても嬉しいです。どうもありがとうございます」

 

ツグミと話していたことで気持ちが落ち着いた忍田だったが、急に恥ずかしくなってきてしまった。

 

「こんなみっともない姿を見て私に幻滅していないのか?」

 

するとツグミは首を横に振って答えた。

 

「そんなことはありません。それってわたしが本当の家族だから見せられる姿なんですよね? 他人にそんな姿を見せたなら怒りますけど、娘のわたしにだから見せたというのならむしろ嬉しいことです。だから気にしないでください」

 

「本当の家族」というもっとも嬉しい言葉を聞けたことで、忍田はえも言えぬ幸せな気分になった。

しかしツグミの言葉ですぐに現実に呼び戻される。

 

「でもここへはボーダーの本部長として来てください。さあ、そろそろお仕事の話をしましょう」

 

 

 

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