ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
午後の特別訓練は今回も2班に分かれて行われる。
遠征艇で留守番をする居残り組の非戦闘員に対しての簡易トリオン銃・ターミガンの射撃訓練と、千佳のトリオン兵や人型
前者は特に問題はなく、100メートル先にある動く
おまけに東は「非番だから指導を代わってやる」と言ってくれたものだから、ツグミはお言葉に甘えて千佳の訓練に専念することにした。
◆
「雨取隊員、トリガーセットは遠征用にのものに変えてきたかしら?」
ツグミが訊くと、千佳は大きく頷いてはっきりと答えた。
「はい。前回の訓練の時にツグミさんに指摘されたことを参考にして、修くんと栞さんと相談して決めました」
「へえ~」
これまでになく自信を持ったといった感のある千佳の様子にツグミは驚いた。
彼女や修のフォローがあったとはいえ、自分自身で両親に遠征を認めさせたという「自分の力で何かを成し遂げた」という達成感が彼女に自己肯定力を与えたのかも知れない。
「想定される敵がトリオン兵と人型
「
「はい。わたしは
「うん、いい心掛けだわ。それでエスクードを入れた理由は?」
「シールド1枚よりもエスクードの方が防御力は高いですから、エスクードに隠れながら狙撃するようにすればバンダーの砲撃にも回避行動をせずに済みます」
「ちゃんと考えて選んだみたいね。じゃ、さっそく前回の復習からやりましょうか」
千佳はアフトクラトルの草原を模したマップに転送された。
[前回の復習だから同じタイミングで同じトリオン兵を出すわよ。第1弾の2匹は5分後に出すから、それまで準備をしていてちょうだい]
[了解です]
千佳は遠征艇の上に飛び乗るとそこでイーグレットを起動して周囲を哨戒しながら待機する。
5分後にバンダーとモールモッドが現れると素早く遠征艇から飛び降りてバンダーの砲撃が遠征艇を掠めない場所まで走って行った。
そしてバンダーの射程に入る直前にエスクードを起動して、バンダーに自分の存在をアピールする。
バンダーに1発撃たせてしまえば次の砲撃まで時間がある。
その隙にモールモッドの
最後にバンダーの
第2弾のバンダー1匹とモールモッド2匹にバド1匹の合計4匹も慌てることなく順に倒していく。
(まあ、これは前回とまったく同じパターンで3回目なんだからできて当然よね。これならこのまま人型を出しても大丈夫かも)
第3弾のトリオン兵のバンダー2匹、モールモッド3匹、バド3匹の合計8匹を全部倒した千佳にツグミは呼びかけた。
[このまま人型
[はい、お願いします]
やる気満々の千佳。
やはりこれは自分の責任の重さについて認識できた結果によるものであろうとツグミは思った。
[じゃあ、対人型
[了解しました]
千佳の声は少しだけ震えていたが、これがいくつもある「壁」だということを理解し、逃げるのではなく自分の力で乗り越えなければいけないと覚悟を決めているのがわかる。
(チカちゃん、本気なのね。だったらこっちも本気でやらなきゃ。…とはいえ初回だから手加減してあげないとね)
ツグミがモニターを見ると、千佳は遠征艇へと戻って行く。
トリオン兵はトリガー使いを狙って攻撃するのだから遠征艇から離れて戦うのは正しいが、人型
それはちゃんと理解しているようである。
(とにかく人を撃つということに慣れてもらわなきゃ。それが
モニターの向こう側にいる千佳はライトニングを抱え、気持ちを落ち着けようとしているのか何度も深呼吸をしている。
彼女はこれまでに何度か
しかしそれはすべてB級ランク戦の中であり、勝つために必要な作戦を立ててその中で
狙撃の腕はもちろんだが、心構えという点を試されているのだ。
(誰も指示をしてくれない。自分で考えて自分が最適だと思う行動をしなければならないこの場面、あなたにそれができるかどうか見させてもらうわよ)
5分経ったのでツグミは人型
このような対人型
対人戦闘はランク戦や模擬戦といった仲間内で戦う訓練だけである。
これはツグミが
しかしボーダーの組織が拡大して隊員の数が増えていくと隊員同士での対人戦闘訓練にシフトしてしまったため、長い間使われていなかった。
それを久しぶりに使用したのだが、ツグミは千佳に対してだけでなく他の隊員にも使用する予定で
装備のわからない人型
しかし「本隊」の訓練を東に任せてしまったので使用されるかどうかは彼
ちなみに今回の4人は
同時に同じ場所に4人出現したといっても相手は
それに走る速度も個人差があるわけで、場合によっては
ボーダーの情報はアフトクラトル側に漏れているのだから、
射程に入る前に4人がバラバラになりそれぞれ4方向から接近してきたら千佳ひとりで対処するのは難しい。
だから単純に撃てば良いというものではなく、敵の動きを正しく把握して戦わなければいけないのだ。
ツグミは難易度1の最低レベル ── 彼女が初めてこの訓練プログラムを使用した時の難易度 ── で設定してある。
これをクリアできなければこの先は苦労するだろう。
(まずここでチカちゃんがトリガー使いと一般兵のどちらを先に叩くかの判断が重要となる。トリオン兵と同じで遠距離から攻撃する敵と接近戦の敵。どちらが彼女にとっての脅威になるかを考えれば
モニターを見ながらツグミは千佳の表情を確認するが、あまり良い印象はなかった。
(あー、これはダメかも。たしかに人という的はトリオン兵よりも小さいから精密な狙撃スキルが必要とされる。B級ランク戦なら隠れていて敵に隙があったところで撃てばいいということでそう難しくはない。でもこの訓練では敵もこっちの位置を把握していて常に攻撃されるだろうと構えているから隙はない。おまけにモールモッドよりも動きが速くて想定できない動きをするからなかなか当たらないのよね)
千佳は人型
彼女のトリオン能力ならノーマルな弾とライトニングであれば射程と弾速に問題ないのだが、
(ここで外してしまうと後がキツイな。いくらライトニングでも
ツグミの不安は的中し、1発目を外してしまったことで千佳は臆病になり2発目と3発目も外してしまう。
さらに一般兵の簡易トリオン銃の射程に入ってしまうと一対二で不利となり、エスクードの陰に身を隠して防戦一方にとなる。
エスクードを起動しているということは
そして4人の敵兵は全員遠征艇に到着し、ゲームオーバーとなってしまったのだった。
結局千佳は最後までノーマルな弾でのライトニングを撃つことは一度もなかった。
◆
コントロールルームに戻って来た千佳に対し、ツグミは厳しく言い放つ。
「たった4人の人型
「……」
「C級隊員を取り戻すだけでも大変なことだというのに、ボーダーの中でも特に優秀な隊員を失った状態で次の遠征を計画するのは不可能と言えるわ。市民もこのアフトクラトル遠征に大きな期待を寄せているのにミイラ取りがミイラになる状態では彼らの期待や信頼は失われてしまう。ボーダーは市民の信頼によって成り立っている組織だもの、その原動力がなくなればおしまいになってしまい、結局60人近い人間がアフトクラトルに捕まってしまうだけ。こんな悪夢が現実になるかどうかがあなたの肩に掛かっているのよ」
「…はい」
「ライトニングによる
「……」
「これが実戦だったらどうなるか想像できる? あなたは間違いなく捕らえられて次の
「……」
言い返すことができないものだから、千佳は無言で唇を噛みしめている。
これ以上責めて心を折ってしまうわけにもいかず、ツグミは言い方を変えることにした。
「雨取隊員、あなたの考えるアフトクラトル遠征の最悪の結果というのはどんなものかしら?」
「それは…」
千佳は少し考えてから答えた。
「遠征に参加した人たちの中から犠牲者が出て、C級隊員を救出できなかった…ということでしょうか?」
「疑問形なのはおかしいわね。まあ、それはともかくあなたの考える最悪の結果はわかったけどその理由は?」
「理由…ですか?」
意味がわからないという顔で千佳はツグミの顔を見た。
「自分のせいで遠征が失敗したとなった時、あなたは誰かが自分を責めるんじゃないかってまだ考えているでしょ? あなたが未だに人を撃つことに躊躇して撃つべき時に撃てないのは事実で、そのことで一緒に行った隊員だけでなく運良く帰って来ることができたとしてもその話を聞いた人から陰口を叩かれると考えている。あなたは参加者に犠牲者が出て、C級隊員を救出できなかったとなったら彼らに申し訳ないという気持ちにはなるでしょうけど、あなたの心の中では誰かに責められるのが怖いという気持ちの方が大きいんじゃないの? 正直に言ってみなさい」
ツグミに促され、千佳は重い口を開いた。
「はい、ツグミさんの言うとおりです。修くんや遊真くん、木崎さんや栞さんたちがわたしを責めることは絶対にないとわかっています。でも他の玉狛以外の人だとまだ良く知らない人ばかりで、その人たちから責められるじゃないかと思うと怖くて…」
「だったら考え方を変えたらいいじゃない?」
「え?」
「逆に撃つことができたら褒められる、って思えば撃てるようになるかもね。人を撃てないから苦労しているんだと言えばそうなんだけど、狙撃うんぬんは別として、他の隊員ともっと交流を持った方がいいとわたしは思う。ひとりじゃ無理でも本部の隊員と親しい三雲隊長や空閑隊員と一緒にいろいろな人と会って会話をし、あなた自身のことをもっと良く知ってもらえばいい。あなたのことを悪く言う人はひとりもいないはずだから安心して大勢の人の中に入って行ったらどうかな? そうしてあなた自身が周りの人のことを良く知れば、何かあった時に責められるんじゃないかという不安はなくなる」
「……」
「誰だって初めて人を撃ったり斬ったりした時には抵抗があるわよ。わたしだってそうだったもの。だけどボーダー隊員である以上はそれを乗り越えて慣れなければやっていけない。慣れてしまえば普通に攻撃できるようになるわ。ただし相手が人間である以上、命というものに敬意を示さなければいけないとわたしは考えていて、その上で戦っているの。敵だから命を奪っていいという理由にはならない。敵にだって正義はあって、そのために戦っているんだから。…わたしはボーダーの敵となるのなら躊躇なく相手を撃つことができる。それは誰かから褒められたいのでもないし責められたくないのでもない。もちろん人を撃つのが好きなわけでもないわよ。わたしは自分にとって大切なものを守るためなら何だってできるからなの。それがわたしの正義であり、敵対する相手の正義と相反するなら人型
「……」
ツグミの真剣な目に千佳は息を呑む。
「ボーダーの弾丸トリガーには流れ弾防止のために当たっても気絶するだけで済むように設定されている。トリオン体であれば換装が解けて生身になるだけだし、生身の人間なら気絶するだけ。
「……」
「あなたはこれまでにB級ランク戦で戦ってきて不本意であっても対戦相手に当ててしまい
「…!」
「大規模侵攻で大怪我をして入院した三雲隊長に対して誰も彼を辞めさせた方がいいとは言わなかった。それはみんなが彼を一人前のボーダー隊員として認めているから。そして今回の遠征だけど、本隊がC級奪還で行動している時にあなたが遠征艇で留守番をすることは全員が知っている。それなのに誰も『雨取だけじゃ心配だから誰か残って守ってやれ』だなんて言い出す人はいないのはなぜだと思う? それはあなたのことを一人前のボーダー隊員として認めているからだと考えられないかな? 以前のあなただったら木崎隊長が『雨取と遠征艇を守るために俺が残る』って言っていたはず。それなのに言わないってことは
「
千佳は迷うことなくはっきりと答えた。
「そう。わかってはいるのよね。だけど頭ではそうわかっても心が付いていかない。そういうことってよくあることだけど、だからできなくても良いということにはならない。遠征艇の居残り組にはオペレーターや
「はい、少しずつでも慣れるように努力します」
「うん、いい返事だわ。まあ、これは心の問題の比重が多いわけで、一朝一夕には無理。まずは誰かに相談してみよう。相談する相手としては木崎隊長がベストだけど、それだけじゃなく
「わかりました」
「それじゃ今日の訓練はこれくらいにしておきましょうか。今の気分ではいくら続けようとしても効果は薄いから」
「いいえ、トリオン兵なら撃つことはできます。だからせめてトリオン兵の数を増やしてそれを殲滅する狙撃訓練をさせてください」
意外なことに千佳自身がやる気を見せてツグミに頼み込んだ。
「おっ、これまでとは全然違う気迫だね。いいわよ、時間いっぱいまで付き合うわ。でもどうして?」
「わたしは両親と約束したんです。
「わかったわ。じゃ、準備をして。準備ができたら転送するから」
「はい!」
それから1時間ほどトリオン兵を倒す訓練を続け、次の訓練日までに人を撃つことに関して何らかの努力をする約束をしてから解散したのだった。