ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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26話

 

 

千佳を含むC級隊員のキューブの回収や、残敵の掃討作戦に参加するなど、ツグミは深夜になるまで玉狛支部に戻ることはできなかった。

だから彼女が修を見舞うことができたのは翌日になってからで、三門市民病院に駆けつけると修はICUの中で死んだように眠り続けている。

ガラスの向こうにいる修を見つめながら、ツグミは自分の判断が修を危険に晒してしまったことを心の底から詫びていた。

 

「オサムくん…ごめんなさい…」

 

その声はとても弱々しく震えている。

ツグミのことを良く知っている人間なら、その憔悴しきった姿が彼女だとは信じられないだろう。

 

「そこにいるのは…ツグミさんね?」

 

ツグミが声のした方を向くと、そこには修の母親の香澄がいた。

修が玉狛支部へ転属となる際、林藤と迅とツグミが一緒に三雲家へ挨拶に行っている。

香澄は39歳だが見た目が非常に若くて、ツグミは初めて会った時に修の姉だと思ったくらいだ。

だからなのか高校生のツグミとも気が合い、それ以降もツグミは修の様子を定期的に報告していて個人的にも親しい間柄となっている。

 

「香澄さん…この度は大変申し訳ございませんでした」

 

ツグミは香澄に向かって深く頭を下げた。

 

「そうやって頭を下げるのは二度目ね。…あの子が玉狛支部に転属になる時にもあなたはそうやって頭を下げた。『息子さんをお預かりします。わたしたちを信頼してお任せ下さい』って言って」

 

「はい。それなのにわたしは彼を守るどころか大怪我を負わせてしまいました。わたしのミスで取り返しのつかないことになり、お詫びのしようがありません」

 

ツグミは顔を上げることができず、堪えていた涙が床の上に落ちる。

 

「…いえ、ミスなどという簡単な言葉では済まない大失態です。御子息の安全の確保を約束しておきながら、わたしはその約束を守ることができませんでした。いかなる処罰も覚悟しております」

 

「それなら責任とってあの子のお嫁さんになってくれる?」

 

「はい、もちろんです。…って…ええっ!?」

 

香澄の冗談にもすぐには気付かないほど、ツグミはいつもの調子ではないのだ。

そんなツグミの様子を見た香澄は彼女と並んで修の姿を眺めながら言った。

 

「…半年前、あの子がボーダーに入るって言い出した時に私は大反対したのよ。あの子の性格を良く知っているから。でも同時に反対しても無駄だってこともわかっていた。あの子が決めたことだもの、あの子の好きにさせるしかないって…もう諦めていたわ」

 

「……」

 

「あの子はボーダー隊員になったけど、どんな訓練をしているのかとか、どんな友達ができたとか、自分から話すことは全然なかったの。ボーダーは学校と違って近界民(ネイバー)と戦う組織だから楽しい場所ではないとわかっているけど、何も話してくれないのは嫌なこととか辛いことがあっても親に心配をかけたくないからじゃないかって逆に心配になってしまうわ」

 

「……」

 

「でも玉狛支部へ転属して、一緒に戦う仲間もできて今は毎日が楽しいみたい。自分から1日の出来事を教えてくれるようになったわ。訓練は大変だけど先輩方が丁寧に教えてくれるとか、みんなで料理を作って一緒に食べると一層美味しいと思えるとか…。特にあなたのことをいろいろと教えてくれたわよ」

 

「わたしのこと…ですか?」

 

「ええ。私たちが近界民(ネイバー)なんてものを知らないでいたずっと前からボーダーがあって、4年半前の近界民(ネイバー)侵攻の時には11歳のあなたがこの街を守るために命懸けで戦ったんですってね。私たちが今をこうして生きていられるのはあなたのおかげ。そしてあの子が生き生きと毎日を過ごしているのもあなたのおかげなのよ。自分の行動にもっと自信を持ちなさい」

 

「……」

 

「もしあなたが自分のことを責め続けて悩み苦しむなら、それこそ私はあなたのことを許しはしない。あの子も同じ気持ちのはずよ。だからあなたは自分の役目を果たしなさい。ここで過去を悔んで立ち止まっているのではなく未来のために行動することで、あなたが失態と呼ぶ行為の埋め合わせになるのだから」

 

「…ありがとうございます」

 

自分のことを一言も責めることはせず、むしろ励ましてくれる香澄に対して、ツグミは心からの感謝の言葉を述べた。

 

「わたしはこれから防衛任務がありますので、これで失礼いたします」

 

深々と頭を下げたツグミの目にはもう涙はなかった。

そしてもう一度修の顔を見てから病院を後にしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

防衛任務を終えたツグミが玉狛支部へ戻って来たのは深夜になってからだった。

住み込みの隊員は自室で休んでいる時間なので、彼女は足音を立てないように静かに廊下を歩いて行く。

しかしオペレータールームに明かりが点いているのを見付けて、静かにドアを開けた。

すると栞がPCのキーボードを叩きながら何かの調べものをしている。

 

「シオリさん、お疲れさまです」

 

「ああ、ツグミちゃん、おかえりー」

 

「何か調べものですか?」

 

「うん。遊真くんがレプリカを見つけてきたの」

 

「見つかったんですね!?」

 

「で、調べてほしいって言うからちょっと、ね」

 

栞のいる机の隣の台の上には何本もの配線で繋がれている半分だけのレプリカとちびレプリカがいる。

 

「本体の半分はアフトクラトルの遠征艇で近界(ネイバーフッド)へ行っちゃったけど、もし向こうの本体の半分が壊れて死んでしまったらこっちの半分とかちっちゃいレプリカも消えてしまうんじゃないかってアタシは思うのよ」

 

「なるほど…。ということは、レプリカはまだ生きていると?」

 

「そう。アフトクラトルの連中も無闇にレプリカを破壊したりはしないと思う。ヤツらをあれだけ苦しめたトリオン兵だもの、アタシだったらいろいろ調べて自分たちの戦いに利用するわね。遊真くんから聞いたけど自律トリオン兵って珍しいらしいし、アフトクラトルにはない技術みたいだから」

 

栞が自信ありげに言うので、ツグミも希望が見えてきた。

 

「そうですよね! たしかに今は動きませんけど、調べていくうちにこの半分の方の再起動の方法が見つかるかもしれませんし。クローニンさんが帰って来たら見てもらいましょうよ」

 

「そうね。それまであたしもレプリカを元に戻してあげるつもりで頑張るわ」

 

「応援してます、シオリさん」

 

「うん。でも遊真くんには期待させたくないから言わないでね」

 

「わかっています。じゃ、わたしはこれで失礼します。シオリさんもあまり無理しないでください。もう夜も遅いですから」

 

「今夜はここに泊まっていくから大丈夫。じゃ、おやすみー」

 

「おやすみなさい」

 

栞と別れたツグミは自室に戻ると着替えもしないままでベッドに突っ伏した。

体力的にというより精神的に疲労していた彼女にとってレプリカの行方が判明し、修への罪の意識から開放されたことで一気に脱力してしまったのだろう。

そして彼女は生まれて初めて朝寝坊をしてしまったのだった。

 

 

 

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