ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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251話

 

 

ツグミが迅を案内した場所はボーダー関係者の殉職者慰霊碑のある公園であった。

ここは大規模侵攻の後に迅が彼女を連れて来た場所でもあり、ゼノンたちの誘拐事件の際に取引の場所として彼女が指定した場所だ。

そして先月には大規模侵攻で犠牲になった職員6人の慰霊祭が行われた。

もちろんツグミと迅も参列しており、その時に新たな犠牲を出さないように努めると城戸が宣誓したのだった。

迅はそんな場所に自分を連れて来たツグミの意図がわからず、言われるままに花束や酒などの飲み物を供える。

 

「また会いに来てしまいました」

 

ツグミは小さくそう言って目を瞑る。

「また」と言うからには何度かここに来ているという意味であり、迅が彼女から話を聞くと以前から何か迷いがあるとひとりここでいろいろ考えていたということだった。

 

「別にここに来れば正解が得られるというわけではありませんが、なんとなく背中を押してもらえるような気分になれるものですから」

 

「背中を押してもらえる?」

 

「ええ。それに迷っていると言っても自分の中ではもう答えは出ていて、その答えを変更するつもりなんてないんです。でもその選択が100%正しいという自信はありません。もしかしたら自分のせいで大勢の人間を巻き込んでしまうことになるかもしれないと考えるとちょっと躊躇してしまうこともあります」

 

「……」

 

「すべてにおいて答えはYesかNoの二択ではありません。100%正しいという自信がなくても100%間違っているというわけではなく、わたしが近界(ネイバーフッド)へ行くという決断もそこから先のわたしの行動によって、後に正しかったのか間違っていたのかをわたし以外の人が判断するものだと思うんです。ただしわたしにとってYesだという結果を出しても他の人からはNoと言われることだってありえます。なにしろわたしは自分のために戦っていて、他人の利益とか思惑とかそういったものは一切考慮していませんからね。そして他人からNoと言われることも怖くはありません。怖いのはわたしの考えに賛同して行動を共にしてくれた仲間たちに何かあったらと想像してしまい、まだ何もしていないのに怯えて前に進めなくなること。そんなわたしをここにいるみんなが励ましてくれて背中を押してくれるような気になるんです」

 

「……」

 

「ここに祀られている人たちは近界民(ネイバー)によって命を奪われました。でもだからといってすべての近界民(ネイバー)がエネドラのように好戦的な悪人だというわけではありません。先日亡くなった職員の方とは交流がなかったので彼らの気持ちはわかりませんが、旧ボーダー時代の仲間たちは自分を殺した近界民(ネイバー)のことは恨んでいても元々はふたつの世界の平和的な交流を目指していたわけですから、わたしがキオンやアフトクラトルといったボーダーに敵意を向けてきた近界民(ネイバー)と一緒に手を組んで行動することについて反対はしないと思うんです。むしろ応援してくれると思うので、ここに来てそれを確認する…といったところでしょうか。もちろんそれはわたしの思い込みでしかありませんけど」

 

「……」

 

「今日はこうしてジンさんと一緒に来たわけですが、その理由はわかりますか? たぶんあなたも自分の判断を正しいと信じていて、近界(ネイバーフッド)へ行くと決心しているはず。でもほんの少し迷いがあるんじゃないですか?」

 

「…!」

 

「あなたにだってすべての未来が視えるわけじゃなく、どこかにある選択肢のひとつでも間違えたらゲームオーバーになりかねないという綱渡りのようなものだから不安はあるものの、その不安を他人に悟られてはいけないといつも自信満々の顔をしている。それってかなりストレスが溜まるんじゃないですか? おまけにわたしが女性のお尻に触るのを禁止しているからストレス発散の場もない。さっき支部長室で会った時、あなたは平然としていましたが、わたしにはひと目でわかりましたよ。もしかしたらあなたも自分の決断に100%正しいという自信がなくて不安になっているんじゃないかって。だからあなたも()()()()()()()()気持ちに整理が付くかなって思ったんです」

 

ツグミが自信ありげに言うものだから、迅は降参だという顔で白状した。

 

「参ったな…。そのとおりだよ、ツグミ。俺には不確定な未来も視えてしまう。前にも話したが、今の俺にはおまえがそばにいてくれる未来とおまえがいなくなる未来の両方が視えて、そのどちらも未だに視えるんだ。ああ、アフトとキオンに行くことに関しては無事に帰国できることは間違いないんだが、その結果が未来にどんな影響を与えることになるのかがわからない。今回の渡航が成功すればアフトの連中に捕まったC級たちを救出することが楽になってボーダーにとっては良い影響を与えるだろうが、もしかしたらそのことがおまえにとって悪い未来に続くフラグになってしまうかも知れない。ならば今俺がおまえを引き止めておけば最悪の未来にはならないんじゃないのか…と考えてしまったんだ」

 

「ジンさん…」

 

「だけどおまえの話を聞いて自分がバカだってことに気が付いた。俺はくだらないことに悩んでいて、一番心配をかけたくないおまえに心配かけていたんだからな。それにおまえはいつでも『都合の悪い未来は自分の意思で捻じ曲げてみせる』って豪語していて、それでいてたしかに何度もあった命の危機を乗り越えてきた。俺の視た未来には人間の強い心があれば変えることができるものもある。…たぶん最上さんたちが生きて帰ることができなかったのは、おまえほど強い意思がなかったからなのかも知れないな」

 

「……」

 

「だったら俺はおまえがいなくなるという最悪の未来を意思の力で捻じ曲げてやるよ。そのためにひとつ良いアイデアがあるんだ。聞きたい?」

 

迅が妙に明るく言うものだから、ツグミは聞いてみることにした。

 

「教えてください」

 

「すっごく簡単なことさ。俺とおまえが常に一緒にいればいい。そうすれば何かあった時にはお互いに助け合えるし、縁起でもないけどおまえが死んでしまうことで『いなくなる』なら、その時には俺もおまえと一緒に()()。それなら永遠に離れ離れになることはないだろ?」

 

「ええ、たしかに縁起でもないですけど、そうすればわたしたちを最悪の未来へと導こうとした神様への最後のささやかな意趣返しってことにもなりそう。でもその時には真史叔父さんたちを悲しませることになるでしょうけど、わたしたちにとっては最善でなくとも自分たちで選んだ答えになるんだから後悔はないと思います」

 

「後悔はない、か…。おまえが言うように死ぬ間際になって人生を振り返り、悔いを残すことがなければ自分の人生は良いものだったって言えるだろうからな」

 

「わたしは今のところこの16年間は普通の人よりも辛いことや哀しいことが多かったですけど、だからといって不幸だったとは思いません。両親が死んでしまっても真史叔父さんが父親になってくれて、城戸さんや林藤さんも同じように暖かい目で見守ってくれました。家族と思える人もいっぱいいましたから、むしろ第一次近界民(ネイバー)侵攻で突然家族を失った人たちよりは幸せだったかも知れません。…いえ、幸せの形なんて人それぞれですから、家族がいても不幸だと思えば不幸になります。わたしはボーダー隊員であることで家族だけでなく多くの仲間を得ることもできました。そんな大切なものを守るために全力を尽くすのは当然で、わたしが近界(ネイバーフッド)へ行って交渉をすることに成功すれば良い未来への道が開かれると信じています。それなのに迷ってしまってタイミングを外してしまうようなことになれば、それは決心をした時の自分自身を裏切ることと同じで、同時に未来の自分に対して罪を犯すことのような気がするんです」

 

「……」

 

「現在のボーダーや近界(ネイバーフッド)の状況は刻一刻と変化していますから、この瞬間に正しいと思えることでも数時間後には間違っていることにもなりうる。だからいろいろ迷ったり悩んだり考えたりすること自体は悪いことではないと思うんですが、そのせいで立ち止まってしまってはいけません。そういう意味でわたしが今日ここに来たのはジンさんに最上さんと話をしてもらいたいということと、わたし自身の迷いを吹っ切るためです」

 

「おまえは何に迷っていたんだ?」

 

「ジンさんの視た未来ではあなたが同行してもしなくてもわたしは無事に帰還できるというものでした。たぶんゼノン隊長たちが約束を守ってくれるからだと思います。ですが真史叔父さんの許可を得るためにあなたが同行するという話になり、それはわたしにとって頼もしいし嬉しいことなんですが、わたしだけのために他の人を不安にさせてしまうのことは正しいのかそうでないのか考えてしまいました。もちろん最終的にはあなたと一緒に行くんですけど、この迷いを吹っ切るためにいつもの()()として来たというわけです。でも今日は最上さんたちではなくジンさん本人に背中を押してもらうことになりましたけど」

 

そう言ってツグミは迅の顔を見て微笑んだ。

 

「背中を押してもらったのは俺もだ。おまえはいつも俺がひとりでは解決できないことあると的確な答えを与えてくれる。それに甘えてしまっているのは情けないが。…でもまあ、俺とおまえは比翼の鳥だってことだから許されるかな?」

 

「比翼の鳥」とは「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」という白居易の「長恨歌」の一節にある言葉で男女の仲の深いことを意味するもの。

以前にツグミが「わたしたちは比翼の鳥だからいつも一緒にいないと飛ぶことすらできない」と言っていたことを迅は思い出したのだった。

 

「甘えることは情けないことじゃありません。甘えられるということはあなたがわたしのことを信頼し、自分の弱みといった無様な部分を見せられるほど心を許しているという証拠です。それはとても嬉しいことですから許すも許さないもありません。安心して甘えてください。前みたいに抱き枕にしてもいいですよ」

 

ツグミはそう言って両腕を広げた。

すると迅は首を横に振って断る。

 

「あの時はまだ兄妹としてだったからできたけど、今の俺たちは恋人同士なんだぜ。こんなところで抱き合っていたら最上さんたちにからかわれるに決まってる。こういうことはふたりきりの時だけにしよう」

 

「でもそれってふたりきりの時にはもっと恋人らしいことをしたいって言っているように感じます」

 

「あれ? 俺はそういうつもりで言ったんだけどな~」

 

迅がツグミをからかうように言うものだから、ツグミは顔を真っ赤にさせた。

 

「ふたりきりならいくらでも甘えていいんだぞ、ツグミ」

 

「わたしは絶対にジンさんに甘えたりしません! わたしの用事はもう済みましたから、車に戻っています。ジンさんも最上さんたちと話をしたらすぐに来てくださいね。わたしはいろいろと忙しいんですから」

 

そう言い残して走って逃げてしまうツグミ。

よほど恥ずかしかったのだろう。

そんな彼女の後ろ姿を迅はニヤニヤしながら見つめており、彼女の姿が見えなくなると慰霊碑に向かって祈りを捧げるように言った。

 

「最上さん、みんな、俺はツグミのおかげで正しい道を外れることなく進んでいるみたいだ。…()()()以来俺は近界(ネイバーフッド)へ行っていないから5年ぶりになるわけだけど、今度の渡航は絶対に誰も死なせないし、その後にあるアフト遠征でも犠牲は出さないようにする。どんなに条件が悪くて不都合な未来しか視えなくても、ツグミみたいに強い意思で変えてみせるってみんなに約束する。だから心配せずに見ててくれていいからな。次に来る時にはあいつと一緒にキオンとアフトの面白い話を聞かせてあげられると思うから楽しみにしていてくれ」

 

迅はそう言ってその場を離れようとしたが、何かを思い出したらしく振り向いて言った。

 

「そうそう、次に来る時には俺も二十歳になってるんで一緒に酒を飲もうよ、最上さん。…じゃあ、また」

 

軽く手を挙げ、迅はツグミの待つ駐車場へと向かって歩いて行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「この後はどこへ行くんだ?」

 

運転席に腰掛けた迅が助手席のツグミに訊く。

 

「そうですね…荷物を運んでくれる人がいるわけだから、今日は大型のものの買い物をしましょうか」

 

「大型?」

 

「はい。手に持ったりクロスバイクに積めないような大型のものでもこの車なら大丈夫。買いたいもののリストはここにあります」

 

ツグミはバッグパックの中から手帳を取り出し、ページをめくった。

 

「ここから近いのは…国道沿いにある家電量販店ね。ここは規模も大きいから希望に合う物もありそう」

 

「家電量販店で何を買うんだ?」

 

「ポータブル電源の装置です。一緒にソーラーパネルを買って、近界(ネイバーフッド)の太陽でも発電できるか試してみようと思っています。キオンまでの往復には何回か途中のどこかの国で滞在しなければならないでしょうから。あとはこの電源があれば小型冷蔵庫と炊飯器くらいは持ち込めるので、キオンまでの道中でもホカホカの炊きたてご飯が食べられますよ。まあ、発電できればですけどたぶん大丈夫です」

 

「俺はそういったものに詳しくないけど、そういうのって結構高いんじゃないのか?」

 

「ええ。でも最近では比較的リーズナブルなものも多く売られていますよ。従来の発電機と違ってカセットボンベやガソリンといった燃料を使わないのでキャンプなどのアウトドアの時に便利だということで購入者が増えていますから。わたしも予算はポータブル電源とソーラーパネルで20万、他の家電もいくつか買いたいので全部で30万くらいになると思います」

 

「そんな大金持ってるのか?」

 

「大規模侵攻の時の報奨金がまだだいぶ残っていますから問題ありません。それに領収書はボーダーで書いてもらって、あとは任務を無事に成功させてからその領収書を唐沢部長経由で処理してもらう予定です」

 

「しっかりしてんな」

 

「当然ですよ。…あ、家電量販店でも買い物を済ませたら、次はショッピングモールへ行ってランチを済ませて、それから個人的な買い物をする予定です。40日もの長旅ですからたくさんあります。途中で急に必要になったからといってコンビニに寄って買うってことはできませんからね。ジンさんも必要なものがあるでしょうから、買い物のお手伝いをしますよ」

 

「でも俺、持ち合わせがない」

 

「わたしが立て替えておきますから大丈夫です。それと、ランチは荷物運びを手伝ってもらうので、わたしが奢ります。何を食べましょうか?」

 

ツグミの楽しそうな表情を見ているうちに迅は彼女が近界(ネイバーフッド)へ行くことについて不安はあるものの、その何倍もの期待と楽しみがあるのだろうと感じてきた。

 

(俺は不安の割合が大きいってのにこいつは近界(ネイバーフッド)へ行くことを楽しんでいる。それは俺やゼノンたちのことを信頼しているからなんだろうな。ならばその信頼に応えるのが俺たちの義務。我らがお姫様の笑顔を曇らせるようなことだけは絶対にしてはならないぞ)

 

今回の近界(ネイバーフッド)への渡航が成功するか否かでボーダーの未来が大きく変わることは視えている。

ツグミが無事に帰還することとこの計画が成功するということは同義ではなく、迅にもまだこの渡航が成功するとも失敗するともわからない。

その状態では不安になるのも無理はないのだが、こういう時にツグミの明るさは迅にとって心の支えになるのだ。

 

 

この後、ツグミは目的のものをほぼ予定どおりに購入し、それをゼノンたちの遠征艇ではなく忍田家に運んでもらった。

理由はひとつ、出発前に使い方をマスターするためである。

「いざ使おうと思った時に使えなかったら宝の持ち腐れだもの、ちゃんと使い方もマスターしておかなきゃね」というツグミの用意周到さは今に始まったことではなく、子供の頃から変わらない。

もっとも子供が新しいオモチャを貰った時のようなもので、早く使ってみたくてたまらないのだ。

それは何年もそばで見ている迅にはすぐわかった。

 

(出発まで時間がないというのに、こいつはやることが山積みじゃないか。こいつの『To Doリスト』はゼロになることはないんだろうな…)

 

そんなことを考えながら迅は縁側に置かれたポータブル電源の装置と仕様説明書を真剣に照らし合わせているツグミの様子を見ている。

 

(これって恋人と一緒にいる女の子の態度じゃないよな。それに今この家には俺とこいつのふたりきりしかいないっていうのにまるっきり警戒感がない。俺のことを男として意識してるんだかしてないんだかわかんねぇな)

 

実を言うとツグミは迅を意識していないのではなく、迅とふたりでいたいと思うが意識するとパニックになるのであえて別のものに意識を注いて誤魔化しているだけである。

だから迅がわずかでも()()動きをすればこの穏やかな時間は一気に壊れてしまうことだろう。

それがなんとなくわかるものだから、迅は黙ってツグミの姿を見守っていたのだった。

 

「ところでジンさんはいつまでここにいるんですか?」

 

仕様説明書を読みながら、ツグミがいきなり迅に訊いた。

 

「え? いちゃマズイのか?」

 

「いいえ、そんなことはありませんよ。日が陰ってきたのでそろそろ夕食の支度をしなきゃいけないなと思ったので。玉狛支部に帰らないでかまわないなら夕食を一緒にどうですか?」

 

「そっか…それは嬉しいけど、ちょっとダメだな。忍田さんと顔を合わせると良くないことになる未来が視えるんだ。今はあの人と揉めたくない」

 

迅と忍田が「揉める」ことにはなってもらいたくはないのだから、ツグミは諦めるしかない。

 

「それじゃ仕方がありませんね。…じゃ、申し訳ありませんけど、今のうちに玉狛支部へ行ってわたしのクロスバイクを運んで来てください。よろしくお願いします」

 

ツグミはそう言い終えると再び仕様説明書に目を落として読み始めた。

 

(俺よりも新しいオモチャに夢中か…。いや、ちゃんと俺のこともちゃんと頭の片隅にあったから、夕食に誘ってくれたんだ。今はこいつにとって優先順位が俺より上のもんがあっても仕方ねぇよな)

 

迅は腰を上げるとツグミの頭を軽く叩いて言う。

 

「じゃ、ちょっと行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

迅はツグミが自分を見ていないとわかっていながらもヒラヒラと手を振りながらその場を後にしたのだった。

 

 

 

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