ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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253話

 

 

西三門駅前のバス乗り場でミカドファミリーパーク行きのバスを待っている4人の人間がいた。

4人とも日本語で会話をしているのだが、見た目は欧米系の外国人のようだ。

30代前半の男性、20代半ばの男性、10代半ばの少年と少女というグループで、それはもちろんゼノン、リヌス、テオのキオン3人組とツグミのことである。

そして彼女たちの他にも何組かの家族連れやカップルの姿もあって、発車までまだ20分以上もあるというのにバスを待つ列には15-6人ほどが並んでいる。

平日ではあるが春休み中であるためになかなかの盛況っぷりだ。

 

玄界(ミデン)には子供がたくさんいるのだな…」

 

ゼノンがポツリと言う。

 

「それもみんな笑顔で幸せそうだ。なんとも羨ましい」

 

ツグミは彼の言葉を聞いて思い出した。

キオンでは女性の数が圧倒的に少なくて、一等市民や二等市民でも軍のエリートや比較的裕福な男性でないと結婚できないという話を聞いていた。

 

(キオンという国は人口の約7割が男性で、約3割が女性だと言っていた。キオンだけでなく近界(ネイバーフッド)の国々は玄界(ミデン)と比べて人口が少ないから、子供も少ないんだろうな。無邪気な子供の笑顔って万国共通平和の象徴だもの、こうして子供たちが楽しそうにしているってことはまさに平和という証拠。この子たちとキオンの子供と比べてしまうのは無理もない。わたしたちがごく当たり前だと思っている平和とか自由が彼らにとってはなかなか得難いものなんだな…)

 

近界(ネイバーフッド)の文明の根幹となるものが人間由来のエネルギー「トリオン」である。

国土を成立させるのが「(マザー)トリガー」で、あらゆる生産行為に対してトリオンを使用するというのだから、国民は貴重な「資源」であることはどの国も承知している。

しかし自国民の生活の向上のために他国を侵略しようとする行為が正当化されるものではない。

 

(そもそも侵略する側もされる側も多くの人間が戦うわけで、そこには大きな矛盾をはらんでいるというのに誰も戦争反対の声を上げないのかしら? 好き好んで人殺しをしたいなんて人間はそう多くはない。ほとんどの人間は戦いなんて無縁な世界で生きていきたいと願っているはずなのに、そんな声を上げることができないほど虐げられているのだろうか? …そういえばわたしがこれまでに出会った近界民(ネイバー)も生きていくためには仕方がないと諦めたような目をした人ばかりだった。テオくんだって二等市民の家族の生活を向上させたいと考えて軍の中でも過酷な諜報員の任務に就いているんだし。すべての元凶がトリオンだけに頼る文明のあり方なのよ)

 

しかしそれは近界(ネイバーフッド)の大原則を否定することと同義で、近界(ネイバーフッド)の国々と近界民(ネイバー)の存在はトリオンと切ろうとしても切ることはできない。

できるのはトリオンに代わるエネルギーを使用して、トリオンに頼る割合を減らすことしかないのだ。

ツグミは不足するトリオンを太陽光を利用した発電によって補えないかと考えているわけで、もしそれが成功して近界(ネイバーフッド)に広がることになれば蒸気機関の発展によって18世紀半ばにイギリスで起きた産業革命のように世界を変革させるかも知れない。

 

近界(ネイバーフッド)の世界って、SF小説なんかでよくある『自分たちの世界とは違う発展をした世界』で、蒸気機関が発達した世界とか魔法が存在する世界、錬金術によって成り立っている世界なんかと同じなのよね。そんなSFの世界にこちら側の技術を持ち込むことが正しいのかどうかわからないけど、わたしは正しいと信じて行動する。最終的な判断は何年か後の近界民(ネイバー)が判断してくれるだろうから、今はわたしが自分のやるべきことをやるだけ。もしわたしのやったことが『悪』だというのなら、誰かがわたしを罰するだけだもの)

 

ツグミが難しい顔をしてそんなことを考えていたものだから、リヌスが彼女の肩をポンと軽く叩いて思考の海で泳ぐ彼女を呼び戻した。

 

「ツグミ、今は近界(ネイバーフッド)のことは考えずに私たちと遊ぶことだけに集中しましょう。この列に並んでいる人の中でそんな難しい顔をしているのはあなただけですよ」

 

「あ…すみません。つい、いつもの癖で。気を付けます」

 

ツグミは微笑みながら返事をすると、リヌスは安心したかのように表情を崩した。

 

「別に謝ることはありません。どうせ私たちのことを考えていてくれたのでしょ? そのこと自体はとても嬉しいのです。あなたが私たちのことで思い悩む姿を見るには嬉しいと思うと同時に申し訳ないと感じてしまうので複雑な気持ちになります」

 

「わかりました。今日はみなさんと楽しく遊ぶことだけを考えることにして、余計なことは考えないようにします」

 

「ええ、それでいいんです。…それにしてもあの人も遊園地で遊ぶんですか?」

 

バスを待つ列はさっきよりも長くなっており、20人は超えている。

その後ろの方に80歳くらいの老婆がおり、リヌスは老人がいることに疑問を持ったようだ。

 

「たぶん途中にある病院に行くんだと思います。このバスの他にも病院へ行く路線はあるんですが、普段は空いているバスなのでいつもと同じくこっちに並んでしまったんでしょう」

 

「でも大勢並んでいますから、あんなに後ろだと座席に腰掛けることができないかも知れませんね?」

 

「大丈夫ですよ。お年寄りや身体の不自由な方優先の席がありますから、そこに座ることができるはずです」

 

するとリヌスが不思議そうな顔をした。

 

玄界(ミデン)では年寄りや身体の不自由な人を優先するという習慣があるんですか?」

 

「はい。社会的弱者はみんなで助けようという考え方があるからです」

 

ツグミが当然という顔で答えるものだからリヌスはさらに不思議に感じてしまった。

 

「キオン…いえ、近界(ネイバーフッド)では若くて働ける人間を大事にし、年を取って働けなくなった人間には価値がないと考えて軽視しています。それはすべての人間を十分に養っていくだけの食料がないためで仕方がないのですが、玄界(ミデン)は豊かな国だからこそできるのでしょうね」

 

「そうかも知れませんね。この国も昔は貧しくて、地域によっては一定の年齢に達した老人を山へ捨てに行ったという伝承もありましたから。でも今のこの豊かな時代にも老人は生産性が低いから不要だという考えを持つ人間もいます。それは悲しいことです。誰だって若いうちに死なない限りいずれ老人になるんですから」

 

「そうですね。今は若くて活力があっても、それが衰えることで死を意識せざるをえません。キオンでは一等市民なら70歳以上の高齢者もいますが、そうでない二等市民やそれ以下の人間は50歳まで生きることができれば運が良かったと思えるほどなんです。三等市民だとトリオン能力が高ければ兵士になるかトリオンの供給源として軍に属することになりますから30歳まで生きられないということもありえます」

 

「そんな…」

 

リヌスはトリオン能力の高い人間の例を挙げたが、低い人間のことは言わなかった。

それだけ過酷な人生が待ち構えているということなのだが、それすら20年に満たないものになるのだから言えるはずもない。

 

玄界(ミデン)には我々近界民(ネイバー)にとって驚くことがたくさんあります。あなたにとっては当たり前のことであっても我々には考えも及ばないことばかりで、なぜこんなにも人間の命の重さが違うのだろうと思うと哀しくなります」

 

玄界(ミデン)にだって人命に格差のある国はたくさんありますよ。貧しいだけでなく伝染病が蔓延していて幼くして死亡する子供たちは大勢いますし、内戦ばかりで国内の産業が疎かになっているために生きるための手段を持たず、自分たちを不幸にしている原因ともいえる内戦に参加する子供もいます。この日本という国は玄界(ミデン)の中では裕福で恵まれていますから、リヌスさんたちの目には素晴らしい国に見えるのでしょうね」

 

ツグミとリヌスが真剣な顔で話をしていたものだから、その様子を見ていたテオが呆れて言った。

 

「せっかくこれから遊びに行こうってんだから難しい話はこれでヤメヤメ。ツグミ、オレとも話をしようぜ」

 

「ええ、いいわよ。…ってわたしたちの乗るバスが来たみたいよ」

 

ツグミの視線の先には「ミカドファミリーパーク」という行き先を表示した低床バスがあった。

 

「話は現地に着いてからね。さ、乗るわよ」

 

「ちぇっ」

 

残念そうなテオを促し、ツグミたちはバスに乗り込んだ。

彼女たちは比較的早くから並んでいたので座ることはできたのだが、彼女がさっき見付けた老婆は空いている座席が見付からずに車内をキョロキョロ見回していた。

優先席には若いカップルが座っていて、老婆の姿を見ても立とうとはしない。

 

「ここにお座りください」

 

ツグミは立ち上がると自分の座っていた座席を示した。

すると老婆は杖をつきながらトボトボと近付いて来て彼女に頭を下げる。

 

「すみませんね。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「かまいませんよ。さあ、どうぞ」

 

老婆が座りやすいように立ち位置を少しずらし、老婆が座ると自分は背もたれに付いている取っ手を握った。

そんなツグミの様子をゼノンたちは見ている。

 

「お嬢さんは外国の人なのに日本語がお上手ですね」

 

老婆が親しげにツグミに声をかけた。

見た目が完璧な外国人の少女なので、老婆は気になったのかも知れない。

 

「幼い頃にこちらに引っ越してきましたので日本語は普通に話せます」

 

こういう突発的な出来事にも慌てずに対処できるところがツグミの要領が良いところである。

ゼノンたちは改めて彼女の冷静沈着さに感心した。

 

それから西三門病院前というバス停に着くまでツグミと老婆は他愛のない会話を続けていて、老婆はツグミの手を握って礼を言ってからバスを降りたのだった。

 

そして空いた座席にツグミが腰掛けると、彼女のすぐ後ろの座席に座っているテオが身を乗り出して声をかけてきた。

 

「あのバーさん、おまえと話をしていてすごく楽しそうだったな」

 

「ええ。わたし、昔からああいったお年寄りから好かれるタイプみたい。街を歩いていても道を訊かれることも多いし」

 

「ツグミって年寄りだけでなく誰からも好かれていると思うぞ」

 

「そう? それならアフトクラトルやキオンへ行っても先方との交渉は上手くいくかもね。あまり気負わずに自然体のままでいこう、っと」

 

そんなことを言うツグミだが、内心では自分の交渉の結果がボーダーの未来に大きな影響を与えることを知っているので非常に神経質になっていた。

それを悟られないように明るく振舞っているだけなのだが、心の中が読めるテオにはバレバレである。

 

(ツグミ、オレには全部わかるんだぞ。オレたちに心配かけたくないって気持ちはわかるけど無理すんなよ。せめて今日くらいはオレたちと目いっぱい楽しもうぜ)

 

一方、ツグミも自分の虚勢がテオにバレていることを知っている。

 

(テオくんにはバレバレだろうけど、こんなことをしてカラ元気を装っていないと足が止まっちゃいそうなのよ。だからゼノン隊長とリヌスさんには内緒にしておいてね)

 

 

◆◆◆

 

 

バスは終点のミカドファミリーパークに到着した。

前回ここへ来た時には迅とふたりのデートであったが、今回はここでツグミをさらおうとしたゼノンたちと4人で来ているのだから不思議なめぐり合わせである。

 

「そういえば前に来た時にゼノン隊長が1万円札しか持っていなくて、わたしが両替をしたんでしたね」

 

ツグミがゼノンに言うと、彼は苦笑する。

 

「そうだったな。しかしずっと後をこっそり尾行していた標的(ターゲット)に声をかけられた時には心臓が止まりそうなほど驚いたが、きみは何も知らずに親切にしてくれた。そのことで俺はその後の仕事がものすごくやりにくくなったよ。こんな見ず知らずの男に親切にしてくれる少女を拉致しなければならないんだからな」

 

「わたしも一緒にバスに乗っていた男の人に拉致されるなんて想像もできませんでした」

 

「あの時のことを思い出すと大変申し訳ないと思っている」

 

「もうそんなことは気にしていません。それよりもこれからチケットを買うんですけど『グループ券』を買うと非常にお得なんです。大人も子供も関係なく4人グループなら全員分で8000円。ひとり当たり500円お得になり、さらに園内での飲食が10%オフになるんですよ」

 

ツグミはチケット売り場でグループ券を購入し、入口で日付入りの入場スタンプを押してもらった。

 

 

「さあ、まずはどこに行きましょうか?」

 

ツグミがマップを見ながら訊くと、真っ先にテオが叫んだ。

 

「ローラーコースター!」

 

前回の任務の際にツグミと迅の様子をそばで探るという理由でテオはローラーコースターに乗ったのだが、その時に気に入ってしまったのだった。

 

「わたしもローラーコースターに1票。ゼノン隊長とリヌスさんはどうします? 慣れていないとけっこう身体にきますよ」

 

ゼノンとリヌスはさほど興味はないのだが、一生に一度の経験になるだろうということで乗ることに決めた。

そうなると問題は誰がツグミの隣に座るか、である。

乗り場にはすでに20人くらいの行列ができていて、その最後部に並ぶと座る位置を決めるジャンケンを始めた。

ジャンケンはキオンにはない習慣なのでこちら側の世界に来てから覚えたのだが、ごく自然にジャンケンをしようと言い出したのだからこの2ヶ月に及ぶ滞在が彼らを変えたのだ。

結果、ツグミの隣はゼノンということになり、リヌスとテオは彼女たちの後ろの席に座ることになった。

 

そして降りて来た4人のうちゼノンはもう二度と乗りたくはないという顔をしていて、リヌスとテオに身体を支えられて歩いている。

 

「なんだ、もう降参かよ。隊長って無敵かと思ってたら、こんな弱点があったんだな」

 

テオが呆れ顔で言うものだから、ゼノンは怒った。

 

「誰だってあんな全身を振り回される拷問のような乗り物に乗せられたら気分が悪くなるぞ」

 

「オレは全然平気ですけど。リヌスだって…」

 

「私も二度目はないな。食後でなかったことが幸いだ。満腹だったら…想像するだけで気分が悪くなる」

 

リヌスももう乗りたくはないという顔をしている。

 

「じゃあ、今度はツグミとふたりだけで乗って来るからここで待っててよ。…さあ、行こう、ツグミ」

 

テオはツグミの手を握って駆け出し、行列の最後尾に並んだ。

 

「あんなもののどこがいいのかまったくわからん。しかしあんな恐ろしい乗り物を娯楽として楽しめる玄界(ミデン)の人間はどういう…」

 

「いいえ、隊長、住む世界の違いではなく若いからこそなんですよ、きっと。私も楽しいとは思えませんが、あれはあれで面白いと思います。この世界では命の危険に晒されるような恐ろしい体験をすることはあまりないそうなんですが、だからこそ日常生活の中で少々恐ろしい経験をしてスリルを味わってみたくなるのだとツグミは言っていました。ただし安全が確保されていて命を失うことが絶対にないという保証があるからできることで、そうでなければ『わたしでも絶対に無理!』だそうですから」

 

「俺には理解できないな。なにしろ毎日が命の危険に晒される状態でいるのだから、好き好んでスリルを味わいたいとは思えない」

 

「隊長もあと10年若かったらテオと同じにはしゃいでいたかも知れませんよ」

 

「かもな」

 

ゼノンとリヌスはそんな会話を交わしながらツグミとテオが戻って来るのを待っていたのだった。

 

 

 

 

園内のフードコートで昼食を楽しむことにしたツグミたち。

4人がけの丸テーブルでそれぞれが好きなものを注文し、それをシェアしながら食べている。

ツグミはマルゲリータ、ゼノンはフライドチキンとポテト、リヌスはクラブサンド、テオはチキンカレー(ナン付き)で、料理の味はそれほどではないものの、青空の下でワイワイと食べる雰囲気で美味しく思えてくるものだ。

 

そして食事の後にソフトクリームを買って食べながら園内をフラフラと散歩する。

 

「ツグミは動物がたくさんいるところに行きたいんだろ?」

 

テオに言われてツグミは頷いた。

 

「うん。でもそんなことを知っているってことは、前に来た時にずっとわたしたちのことを見張っていたという証拠よね。全然気付かなかったわ」

 

「だってオレたちはプロだもん。素人のおまえに気付かれるようじゃダメじゃん」

 

「それはそうだけど、なんだかモヤモヤする。…ま、いいか。もう済んだことだもんね。それよりもみなさんも一緒に動物たちとふれあいましょう」

 

ツグミは「ふれあい農場(ファーム)」へやって来ると、アルパカをモフったり「ヒヨコプール」でフワフワの羽毛に包まれたヒヨコたちに囲まれて至福の時間を過ごした。

さすがにゼノンたちはウサギを撫でたりヤギに餌をやるくらいで十分だ。

 

「動物と触れ合うと人は優しい気持ちになれるのだろうか?」

 

ゼノンがポツリと呟いたのを聞いてリヌスは答えた。

 

「それはどうかわかりませんが、彼女は動物が大好きであり、他人に優しくできる気持ちを持っています。動物であっても命を持っていて、その命を慈しむのであれば人間の命はもっと大切にしたいと思えるようになるんじゃないでしょうか」

 

「動物にも命があって、か…。玄界(ミデン)に来る前には動物なんて我々の食料だとしか考えたことはなかったのだが、だいぶ彼女の影響を受けて我々も考え方を改めるようになったものだな」

 

「そうですね。でも我々が彼女の考えを受け入れられたからといって総統閣下が彼女の言葉に耳を傾けてくれるかどうかはわかりません。彼女の人柄を知れば受け入れてくれるでしょうが、そのためには時間が足りないのでは…」

 

「だからオレたちが3人でツグミの味方をしてやればいいじゃんか」

 

いつの間にかテオもそばに来ていて会話に加わっていた。

 

「オレたちにはツグミに大きな借りがある。それにキオンに一緒に行ってくれるというのはオレたちが任務に失敗したことを誤魔化すためだろ? だったら今度はオレたちが身体を張ってあいつのために男にならなきゃダメだ。絶対にあいつの願いを叶えるんだって覚悟でやる。それがキオンの男だ」

 

「テオの言うとおりです。隊長もそう思いますよね?」

 

「ああ。それに俺たちは誰よりも総統閣下の()()()は弁えているのだからな」

 

ゼノンたちがそんな会話をしているとは知らず、ツグミは相変わらずヒヨコたちに囲まれて幸せそうな顔をしていたのだった。

 

 

 

 

最後のアトラクションはやはり観覧車にした。

 

「観覧車とはふたりで乗るのが相応しいもののようだ。俺はテオと乗るから、おまえはツグミと一緒に乗るといい」

 

ゼノンはリヌスにそう言うと、テオと一緒に行列の最後尾に並んだ。

それはゼノンによる精一杯のリヌスへの気遣いである。

リヌスがツグミに対して異性に対する好意を抱いているが、迅がいることで自分の気持ちを押し殺していることをゼノンは知っていた。

だからせめて玄界(ミデン)での最高の思い出作りに、と気を利かしたのだ。

もっともリヌスはツグミと一緒に別の形で()()()()をすることになっているのだが、ゼノンはそのことを失念しているようである。

リヌスもわざわざ事情を説明することもないと、ゼノンの厚意を素直に受け取った。

 

「ツグミ、私とでかまいませんか?」

 

リヌスに訊かれても意味がわからないツグミは笑顔で答える。

 

「もちろんいいですとも。さあ、あなたが望んでいた一番高いところから玄界(ミデン)の景色を見ることができますよ」

 

 

順番が回ってきて、ツグミはリヌスと一緒にゴンドラで向かい合って腰掛けた。

 

「なんだかちょっと緊張しますね」

 

リヌスが照れながら言う。

 

「大丈夫ですよ。これは安全な乗り物で、ローラーコースターみたいに激しく動く乗り物ではありません。気を楽にして楽しんでください」

 

リヌスの気持ちに気付かないツグミはそう言って窓の外を見ている。

 

「わたしがみなさんに拉致された事件から30日。まさかこうして一緒に遊園地で遊んだり、わたしが自らの意思でみなさんと近界(ネイバーフッド)へ行くことになるなんて、あの時はまったく想像もしていませんでした」

 

「私もです。あの時は敵同士でしたが、今は志を同じくする()()ですからね。それもすべてあなたのおかげです。言葉にできないほど感謝しています、ツグミ」

 

「感謝なんて…。わたしは自分がその時に何をなすべきか考え、そのために最善の努力をしているだけです。むしろわたしの希望を聞き届けて近界(ネイバーフッド)へ連れて行ってくれることにわたしは感謝しています。なにしろわたしはボーダー隊員である以上は近界(ネイバーフッド)遠征に参加できないということになっています。でも今回は遠征ではありませんからOKということになっているわけで、城戸司令もみなさんのことを信頼しているからこそわたしを預けてくれたわけです。城戸司令は誰よりも近界民(ネイバー)のことを憎んでいますが、同時に信じたい、手を組みたいと考えている人です。ゼノン隊長とテオくんとあなたはボーダーにとって希望でもあるんですよ。かつて同盟を組んでいた3つの国は亡国となってしまいましたが、新たに同盟を結ぶことができる国があるのならボーダーにはまだ別の道がある、と」

 

「キド司令が我々に希望を託している…。ならばより一層頑張らないといけませんね」

 

「でも無理は禁物です。今自分にできることを考え、その範囲内でやれるだけやれば結果がどうであれ後悔はありません。…あ、そろそろ頂上ですよ。今、わたしたちがこの世界の中で一番高いところにいるんです」

 

「うわぁ…私は今までにこれほど美しく広がりのある景色を見たことがありません」

 

眼下には三門市だけでなく近隣の市や町も見え、さらにもっとその先にも同様の街並みが広がっていると思うとリヌスは胸が高鳴ってしまう。

 

「ありがとう、ツグミ。この景色をあなたと一緒に見られただけで私は生まれてきた甲斐があったと思えてきます」

 

「フフッ、大げさですね。だったら次に行く場所はもっと驚いて感動して、そして一生忘れることのない思い出を一緒に作りましょうね」

 

「はい」

 

それからツグミとリヌスは地上に戻るまでずっと無言で外の景色を眺めていたのだった。

 

 

 

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