ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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254話

 

 

翌日、ツグミは午前中に本部基地へと出かけた。

それは寺島と約束した「バッグワーム(改)」の返却と使用後の報告のためである。

研究室(ラボ)では相変わらず数名の技術者(エンジニア)が自分の仕事に夢中になっているのだが、その様子を見ると徹夜をしたのは間違いなさそうだ。

 

「寺島さん、おはようございます」

 

寺島もまた他の技術者(エンジニア)と同じく仕事に専念していた。

 

「おう、来たか」

 

「はい。昨日は有意義な一日を過ごさせてもらいました。みなさんが一所懸命働いているのに申し訳ないと思いましたので、お土産を買って来ました」

 

ツグミはそう言って紙袋を寺島に手渡した。

それは三門市内では「テラスモールMIKADO」でしか買えない有名店の肉まんである。

ミカドファミリーパークからの帰りに冷凍した持ち帰り用の商品を買って来たのだ。

 

「冷凍のものを家で解凍して持って来ましたので冷蔵庫に入れておきます。お昼ご飯の時にでも温めてみなさんで召し上がってください」

 

「いや、朝食として今もらうよ」

 

「じゃあ、わたしが温めてきますね」

 

そう言って人数を確認すると、研究室(ラボ)の隅に置いてある電子レンジで加熱をする。

そしてアツアツの肉まんを載せた大皿を運んで戻って来た。

すでにそのにおいに引き寄せられ、技術者(エンジニア)たちは彼女の周りに集まっている。

 

「お待たせしました。ひとり2個ずつでお願いしますね」

 

「あざーっす!」

 

技術者(エンジニア)たちは両手に肉まんを掴んで「アチ、アチ」などと言いながら自分の作業机へと戻って行った。

その様子を見ながらツグミは呆れた顔で言う。

 

「新しい仕事をいくつも持ち込んでいるわたしが言うのは厚かましいのですが、もう少しご自分の身体のことを考えてお仕事をなさった方がよろしいのではないでしょうか? 寝不足では仕事の効率は落ちますし、そもそも健康に悪いです。せめて週一や週二でもいいですからきちんと休暇を取って自宅でゆっくり休むことを義務化でもしないといずれ誰かが倒れてしまい、それが他の人への負担となってまたひとり倒れてしまうという負のスパイラルに陥ってしまいます。早いうちに手を打った方がいいですよ」

 

「それはわかっちゃいるんだが、ひとまずおまえが近界(ネイバーフッド)へ発つ前に片付けてしまいたいものがあるから、それが終わるまではこのままだろな。他にも城戸さんがおまえのために依頼をしてきたものもあるし」

 

「城戸司令がわたしのために?」

 

「ああ。木崎の使っているものと同じ14つの枠を持つ改造型トリガーホルダーをおまえにも使わせようと言ってさ。おまえもS級になってランク戦にも参加しないのだろうから本部未承認の玉狛製トリガーでも好きに使えということだな。トリガーホルダーは昼過ぎには完成するから、遠征部隊の特別訓練が終わったら取りに来い」

 

「はい、わかりました。…では本題のバッグワーム(改)についての報告をします。肉まんを食べながら聞いてください」

 

ツグミがバッグワーム(改)についての報告を終えると、寺島も彼女に伝えることがあったようで机の引き出しから紙片を取り出して彼女に手渡した。

それは本部で管理されている全隊員のトリガーの使用履歴一覧で、使用者の名前と起動した時間と解除した時間、市内のどこにいたのかなどがひと目でわかるようになっている。

通常は防衛任務か基地内での訓練でしか使用されないものであるから、市内巡回の当番になっている隊員が担当区域で使用しているのなら別に問題はない。

しかしそれ以外での使用が()()()()()ある。

 

「おまえも知っているだろうが、ボーダーの管轄下にあるトリガーは起動するとすべて本部で把握できるようになっている。緊急脱出(ベイルアウト)可能な範囲ということで三門市全域をカバーしており、任務以外で使用していればすぐにバレるということだ。バッグワームを使えば本部でもトリオン反応を追うことができないと思うだろうが、実際は特殊な装置で位置を確定できるようになっている」

 

寺島はそこまで言ってツグミの持つ紙片のとあるポイントを指さした。

 

「これが昨日おまえの使用したトリガーの履歴だが、〇八二四時にポイントD-15で起動したのは本部でも確認している。ところがその直後に反応が消えてしまい、司令室では少々騒ぎになったようだ。なにしろおまえのトリガーが起動してすぐに反応が消えたのだからな。任務外での私的使用か…と思われたがすぐに反応が消えたことで誤作動もしくはおまえが()()()()起動させたのだろうということで事態は収拾した」

 

「わたしがトリガーを起動してすぐにバッグワーム(改)の試作品を起動しましたからね、従来のボーダーの規格のバッグワームではないですから反応を追えなかった。つまり成功ということですよね?」

 

「そうだ。キオンの連中から借りた奴らのステルストリガーのデータをそのまま使っているからな、現在の本部でのレーダーでは探知できるはずがない。奴らの言葉を信じるなら、このバッグワーム(改)を使えばアフトクラトルの連中の使っているレーダーにも探知できないということになる」

 

「それが姿形をアフトの人間に似せ、服装も現地で使用されているものと同様のものにすればトリオン体でありながら生身の現地人を装って城郭都市内へと潜入できるようになります。C級隊員の救出にはボーダー隊員であることを悟られないことが重要で、密かに居場所を確定したり、救出作戦決行時にも忍び込みやすくなります。これは遠征部隊のメンバーにとって朗報となりますね」

 

「ああ。だからこれからこれを人数分作らなきゃならないってことだ。服装の形や色など全員同じものというわけにはいかねえから、面倒だが全部別々のデータを入力しなきゃならないってことで俺たちはものすごく忙しい。これで用が済んだならさっさと出て行ってくれ」

 

遠征に参加するメンバーの中でトリガーを使用するのは27人。

つまり作戦内容によっては最大27人分の姿や服装などのデータを新規で作成して入力した「チップ」を作らなければならないのだから大仕事だ。

 

「わかりました。でもこれは大急ぎの仕事ではないはずなので、無理をしない程度に頑張ってくださいね。では、失礼します」

 

そう言ってツグミは研究室(ラボ)を退出した。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが続いて向かったのは遠征参加メンバーの特別訓練の午前の部が行われている訓練室である。

と言っても訓練は原則非公開なので、コントロールルームへ()()()として入室した。

すでに訓練は中盤で、コントロールルームでは国近と月見がふたつにチーム分けされた本隊メンバーにそれぞれ指示を出し、栞が中立の立場で動向を見守っている。

彼女たちの邪魔をしないように静かに近付くと、モニターに映る映像を見つめた。

マップはアフトクラトルの城郭都市で、総合的な戦闘力を考慮して分けた2チームの一方が攻撃、もう一方が防衛をするという紅白戦だ。

中央にあるベルティストン家の居城の最上階に攻撃側チームがひとりでも到達すれば勝ちになるようで、現状では攻撃側がわずかに有利といった感がある。

 

「ツグミちゃん、来てたんだ」

 

栞がツグミを見付けて声をかけた。

 

「お邪魔してます。今日も紅白戦なんですね。マップはアフトクラトルのものを使っているみたいですけど」

 

「うん。前回がいつもの『市街地B』でそれが不評だったからね。だから今日はマップを変えてみたけど、やっぱり何か物足りないカンジがするんだ」

 

「それはそうですよ。お互いに敵のことを知り尽くしていて、手の内は見えているんですから。結局これもマップを変えただけでいつもの模擬戦と大差はありません。まあ、アフトクラトル側の戦力がどのようなものかわからない上に敵となる相手が遠征に参加するメンバーしかいないとなると仕方がないんですけどね。でもその物足りないということに不満を持つことで、それならどうしたらいいのかと考えるようになります。その考えるということが重要で、わずかな手掛かりから敵の戦力を推測し、その対抗策を考えるというのは敵も自分たちと同じ人間であるということを再認識することになるからです」

 

「うん」

 

「対人戦闘の訓練は日常的に行ってはいるものの、それは戦力を熟知している仲間内でのゲームのような模擬戦でしかありません。今回の遠征に参加するメンバーの中には実戦で対人戦闘をしたことのない隊員もいます。本来ならこれまで一度も戦ったことのない、そして戦力が不明の相手と戦う訓練をすべきなんですけど、そこまでの本格的な戦闘訓練は不可能ですからね。せめてアフトクラトル側の兵士役をする隊員は全員同じ黒いマントとフードを被った姿になって個人を識別できないようにでもしてくれたら、目の前の敵が攻撃手(アタッカー)なのか射手(シューター)銃手(ガンナー)なのか、もしくは万能手(オールラウンダー)なのかわかりませんから緊張すると思うんです。攻撃手(アタッカー)であっても弧月なのかスコーピオンなのかで攻撃方法は違っていますし、弧月を握っていても万能手(オールラウンダー)なら拳銃(ハンドガン)を同時に使うかも知れない。そうなると攻撃側のチームもここまで有利に進めてはこられなかったと思いますよ」

 

ツグミの言い分はもっともなものである。

彼女が選抜試験の際にアフトクラトル兵士役の隊員には個人、つまり武装をを特定できないようにしていて初めてのマップであったために誰もが緊張して戦闘を行っていた。

第1回の訓練でも敵役の狙撃手(スナイパー)は試験の時と同じく全員黒マントで、やはり個人を特定できないから対象の技量は不明であった。

このことを本隊のメンバーは「単に敵味方をわかりやすくするために、敵役の隊員に同じ格好をさせた」のだと思い込んでいて、ツグミの考えは理解できていなかったのだった。

 

「実戦で初見の敵に遭遇して相手の武装や実力がわかるはずがありません。ですがこの方式ですと誰でも一瞬見ただけでわかってしまいます。これでは緊張感がないというか面白みに欠ける訓練にしかなりませんよ。だから訓練の後の反省会で意見を出し合って次の訓練に生かすことにして、今日の訓練は前回の訓練よりは()()なものになっています。今日も反省会を行えば次回の訓練に反映されることでしょう。反省会にはオペのみなさんも参加しますよね?」

 

ツグミは遠回しに栞たちへ反省会に参加するよう促す。

ここでツグミが話したことを本隊メンバーの訓練に反映させるためにはそれを伝える役目をする人間が必要だからだ。

しかし彼女は訓練のアドバイザーを解任されているから意見を言うことは憚られる。

よって栞たちの意見として反省会で取り上げてもらおうというのだ。

ツグミの意図は栞にもすぐに理解できたようだ。

 

「うん、今日の反省会には参加する予定だよ。…で、参考までに聞きたいんだけど、気のせいかいつものみんなと比べて今日の動きに()()がないように思えるのはアタシだけじゃないと思うんだ。ツグミちゃんはどう思う?」

 

「わたしも同意見です。でもこれは当然ですよ。チーム分けでは戦力を公平にするために部隊(チーム)と関係なく分けましたから、普段行っている連携ができないんですよ。たとえば三輪隊は攻撃側が三輪隊長と古寺隊員、防衛側が米屋隊員と奈良坂隊員というようにふたつに分かれてしまっています。これだとお互いに敵の手の内がわかっているからどちらも思い切った戦い方ができずにいます。それに三輪隊は4人が揃ってこそ三輪隊()()()戦い方ができる。これは彼らに限らず他の部隊(チーム)にも言えることなんですけど」

 

「それじゃ部隊(チーム)単位で分けた方が良いってこと?」

 

「いえ、そうではありません。普段の部隊(チーム)ごとの連携も重要ですけど、必ずしもそのメンバーが揃っていて連携して戦えるとは限りません。むしろ部隊(チーム)がバラバラになってしまっていても即席のメンバーで作ったチーム内で連携が取れるように()()()必要があるとわたしは思います。大規模侵攻で東隊長をリーダーとしたA級B級合同部隊がランバネインを撃退した例もあります。あの時は東隊長がそこにいるメンバーの戦力を熟知していて、彼の判断力によって上手い具合に機能したという良い例です。実戦では突発的なことが起きやすく、想定外の状況でも冷静に対応できるようにする必要があり、これはそのための訓練のはずなんです」

 

「ふむ…」

 

「アフトクラトルでの戦闘はアウェイである上にボーダー側の戦力は大部分が敵に知られているというのに、こちら側はハイレインたちのトリガーの情報はあっても一般兵士の情報はほぼ皆無。ものすごく不利な状況で戦わなければならないわけですから、戦力のバランスを考えて…などと言わずに極端な戦力差をつけたり、数も攻撃側を少なくするといった『初めから圧倒的に不利』な状況やルールでやってみたらどうでしょうか? その方が喜びそうな隊員がいますよね、太刀川隊長とか小南隊員とか」

 

「なるほど。たしかにその方が面白そうだわ」

 

「とにかく考えうる最悪の状態から這い上がるような意識でいないとダメです。だってその想定よりも悪い状態に陥ったら対処できないじゃないですか。特に三雲隊長は他の隊員よりもはるかに劣るレベルなんですから、彼用の特訓メニューを考えて鍛えてやらないと取り返しのつかないことになるかも知れませんよ。大規模侵攻の時にはすぐに病院へ運ぶことができたから一命を取り留めたようなもので、同じことが敵地であったら絶対に助かりません。彼にはまず換装が解けてしまうような大ダメージを受けないようにすることと、後先考えずに無茶なことをさせないように慎重に行動するよう言い聞かせる必要があります。誰かを助けるためだといって自分の命を犠牲にしてしまうようなことをすれば、助けられた方は心に一生消えない傷が付くことになってしまうんですから」

 

大規模侵攻でツグミは修に助けられたが、彼が生きているからこそツグミは自責の念という「重荷」を背負わずに済んだのだ。

もしそこで修が死んでいたら、ツグミはどれだけ自分を責めたことだろうか。

だから彼女はランク戦でも常に「勝つ戦い」ではなく「負けない戦い」を心掛けており、さらに「腕や足の1本くらい犠牲にしても勝つ」ような試合ではなく「傷ひとつ負うことのない戦い方で勝つ」ことを信条としてきた。

彼女の考え方が正しいか否か判断しがたいが、少なくとも彼女のやり方なら犠牲者は出ない。

 

「それは個別に訓練内容を考えて行うってこと? それはけっこう手間が掛かるよ」

 

「ええ、そうですね。でもここでその手間を面倒だと言ってやらないでいて、実戦で万が一のことがあった時に誰か後悔しなければいいんですけど」

 

「…えっと、反省会でそのことも提案しておくね。それはそうと、一昨日の午後に千佳ちゃんを交えて遠征参加組女子による女子会を開いたんだよ」

 

それは一昨日ツグミが本部基地の廊下を歩いていて偶然に栞たちと出会い、その時に千佳のことを相談して女子会を開くという話になっていた件のことである。

 

「小南はもちろん加古さんと双葉ちゃんも喜んで参加してくれて、ファミレスで3時間くらい話をしたんだ。初めのうちは遠慮がちだった千佳ちゃんもそのうちに会話に参加できるようになって、終わる頃にはもう大丈夫かなっていうカンジにまで親しくなった。たぶん今日の訓練ではその効果が少しは現れるかも。少なくとも女子6人は千佳ちゃんが頑張っていることを知っていて、誰も責めないってわかってもらえたから」

 

「そうですか。どうもお疲れさまでした。ではもうひとつお願いをしてもいいですか?

 

「ん? お願いって?」

 

「今日の午後の訓練でシオリさんたちにはチカちゃんの訓練の様子をコントロールルームで見物してもらいたいんです。それで彼女が人を撃つことができたらその場で褒めてあげてください。人を撃つことは責められることではなく褒められること、ミッションクリアして遠征艇を守ることができたらそれはシオリさんたちを守ることができた証であるということで、彼女に『他人の役に立った』という意識を持てるようにさせたいんです」

 

「ほう…」

 

「以前にシオリさんはチカちゃんがランク戦で『囮役や砲台の役をやりたい』と自分の身を顧みない危険なことをやりたがるからという理由で目いっぱい甘やかすことにしたと言っていましたね?」

 

「うん。それで甘やかしすぎてツグミちゃんに叱られたっけ」

 

「ええ。ですから自分を犠牲にしなくても仲間のために役立てる方法があるのだとわかれば無茶もしなくなるはずなんです。つまり仲間のために役立てばみんなが喜んでくれるし褒めてくれる。自分が危険なことをしたり怪我をしたりすればみんなが悲しむし自分も辛い。それがわかれば今まで自分が大きな勘違いをしていて、勝手に怯えていたことを反省するに違いありません。人を撃つことは相手を死なせるのではなく行動不能にすることであり、それによって自分や仲間が危険な目から逃れられるとなれば自ずと『自分のすべきこと』が見えてくるというものです。わたしは彼女にそれを言葉ではなく経験によって気付いてもらいたい。他人の言葉よりも自分の経験によって感じたことの方が身に染みるはずですからね」

 

「それがツグミちゃんの教育方針、ってことなんだね。わかった。じゃ、今日の午後の訓練はレイジさんが指導してくれるってことになってるから、事情を説明して千佳ちゃんの訓練の方を優先するね」

 

「よろしくお願いします。では、他に用事がありますのでこれで失礼します」

 

ツグミは栞たちに挨拶をするとコントロールルームを出た。

 

(さて、これで午後の訓練が楽しみになったな~)

 

足取りも軽く、ツグミは自分の作戦室へと向かうのだった。

 

 

 

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